第1 契約後に確認する五つの事項
会社名義の土地や建物が売却された後,取締役会で決めていなかったことが分かる場合がある。
このときは,社内で必要な手続を欠いたことと,買主との売買契約の効力を分けて検討する。
決議がないという事情だけで,直ちに契約が無効となり,所有権移転登記を戻せるとは限らない。
本記事は,令和8年11月4日時点の法令を基準に,会社法362条4項1号による取締役会決議が必要となる重要な不動産の売却を扱う。
同条による決定権限の配分に特則がある機関設計や,株主総会承認・利益相反承認が必要な取引については,その承認根拠を別に確認する必要がある。
最初に,次の五つを別々に整理する。
とくに,売却した不動産が会社にとって重要であることと,買主が決議の欠缺を知っていたことは,同じ事実ではない。
| 確認事項 | 確かめる資料・事情 |
|---|---|
| 誰が会社を代表したか | 契約締結時の登記事項,代表者の選任経緯,契約書の名義 |
| どの機関の決定が必要か | 機関設計,定款,売却財産の内容,事業活動の承継の有無 |
| 必要な決議があったか | 議事録,招集通知,議案,出席・同意の記録 |
| 相手方は何を認識していたか | 契約交渉時の説明,資料の交付,質問と回答,関係者間の連絡 |
| 誰がどの欠缺を理由に争うか | 売主会社,買主,第三者の地位と,求める救済 |
会社法362条4項1号は,重要な財産の処分・譲受けの決定を取締役へ委任することを禁止している。
一方,同法349条4項は,代表取締役の対外的な代表権を定めている。
社内の意思決定権限と,会社を対外的に代表する権限を,まず分けて確認する。
不動産であれば常にこの承認が必要になると決め付けず,その会社の財産の構成や事業上の役割を調べる。
本記事の判例による効力の説明は,必要な取締役会決議を欠いたことが前提となる。
第2 決議を欠いた取引の効力と無効を主張する者
1 昭和40年9月22日判決の判断
最高裁第三小法廷昭和40年9月22日判決(昭和36年(オ)第1378号,民集19巻6号1656頁)は,代表取締役が必要な取締役会決議を経ないでした対外的な個々の取引について,内部的意思決定を欠くにとどまるため原則として有効とした。
ただし,相手方が決議を経ていないことを知り,又は知ることができたときには無効になると判断した。
同判決の事案では,売主会社に必要な決議はなかったが,買主の組合がその欠缺を知り,又は知ることができたとの事実は認められなかった。
判決は,その事実認定を前提に原審の結論を維持している。
したがって,「議事録を受け取っていない」という一つの事情だけで,判例のいう相手方の認識まで確定するものではない。
この判決は旧商法の下の判決である。
現行会社法との関係では,次の平成21年判決が会社法362条4項に言及した上で,同じ効力の判断枠組みを示している。
2 平成21年4月17日判決が扱った「誰が主張するか」
最高裁第二小法廷平成21年4月17日判決(平成19年(受)第1219号,民集63巻4号535頁)は,重要な業務執行に必要な取締役会決議を欠いた取引について,前記昭和40年判決を引用した。
さらに,決議事項を定める趣旨が会社の利益保護にあることから,決議欠缺を理由とする無効は原則として会社のみが主張できるとした。
会社以外の者が主張するには,その会社の取締役会が無効を主張する旨の決議をしているなど,特段の事情を要するとしている。
この事件で問題となったのは,会社の過払金返還請求権が譲渡された場面で,その債権の債務者が決議欠缺を理由に債権譲渡の無効を主張できるかであった。
不動産売買の買主が負う調査義務や,訴訟上の主張立証責任の配分を直接判示した事件として引用することは適切でない。
不動産売買でも,会社が契約を争う場合と,買主や第三者が決議欠缺を理由に契約から離れようとする場合とでは,誰が無効を主張できるかの検討が異なる。
相手方の認識だけでなく,無効を主張する者の地位も確認する必要がある。
第3 議事録が見つからない場合の調べ方
議事録を入手できないことと,決議が実際になかったことは区別する。
まず,対象不動産,価格,相手方及び契約条件を特定し,どの議案・決議によって承認したという説明なのかを確認する。
また,会社法370条は,所定の定款の定めがあり,議決に加わることのできる取締役全員が書面又は電磁的記録で同意した場合の決議の省略を認めている。
監査役設置会社では,監査役が異議を述べた場合を除くことも条文の条件である。
会議が開かれていないという事情だけで決議不存在とせず,定款,同意の対象,意思表示をした者,その記録及び監査役の異議の有無を確認する。
反対に,全員が後で「賛成だった」と述べたことだけから,契約当時に370条の要件を満たしたものと扱わない。
契約後に会社としてどのように対応するかという現在の決定と,契約時に何が行われたかという過去の事実を,記録上も分ける。
過去の日付の議事録を整えることで,実際にはなかった会議をあったものにすることは避けるべきである。
第4 会社と買主が確保する資料
次の表は,判決が一律の提出書類を指定したものではなく,紛争への備えとしての実務上の整理である。
| 立場 | 優先して確保する資料 | 確認する内容 |
|---|---|---|
| 会社側 | 定款,取締役会関係書類,資産台帳,契約書 | 必要な決議,実際の決定内容,売却条件 |
| 会社側 | 相手方とのメール,交渉記録,資料送付記録 | 決議について何を説明し,相手方が何を知り得たか |
| 買主側 | 売主の登記事項,承認に関する説明と受領資料 | 代表者の地位と,決議があるとの説明の根拠 |
| 双方 | 代金の支払記録,登記・引渡しの記録,紛争発覚後の連絡 | 履行状況,現在の権利関係,争いとなっている時点 |
会社側が所有権移転登記の抹消等を検討するときは,決議欠缺だけでなく,契約の相手方の認識についても具体的な事実と資料を整理する。
買主側も,代表者の署名押印があることだけで社内承認の問題がすべて解消したと考えず,説明を求めた経緯と回答を残す。
どの程度の確認が必要かは取引の事情に左右されるため,議事録を求めれば常に足りる,求めなければ常に過失となる,という一律の扱いはしない。
契約前であれば,必要な承認の取得を契約上どのように確認するか,承認が得られない場合にどう扱うかを合意しておく方法も考えられる。
その契約条項に基づく問題と,会社法上の決議欠缺による効力の問題は,別々に検討する。
第5 事業譲渡・利益相反・代表権の問題を分ける
重要な不動産の売却と,営業活動を承継する事業譲渡とは同じではない。
事業譲渡に当たり株主総会承認が必要となるかは,取締役会で重要財産処分を決めたかとは別に判定する。
取締役会決議についての前記判例だけで,別に必要な株主総会承認の欠缺まで処理しない。
取締役個人の債務を会社が保証するなど,利益相反承認が問題となる取引も,承認の根拠と判例の射程を分けて検討する。
また,代表取締役ではない者が会社名義で契約した場合は,代表権を有する者が社内の決議を欠いて契約した場面と同一に扱わない。
契約の効力,社内手続の違反及び取締役の責任は,それぞれ検討対象が異なる。
契約が有効という結論だけで社内の問題がなくなるわけではなく,取締役に問題があるというだけで契約が無効になるわけでもない。
第6 出典と関連記事
① e-Gov法令検索「会社法」。代表権は349条,取締役会の権限は362条,決議の省略は370条,事業譲渡等の承認は467条を参照。
② 最高裁第三小法廷昭和40年9月22日判決・公式情報及び同ページの判決全文。取引の効力については原文1頁を参照。
③ 最高裁第二小法廷平成21年4月17日判決・公式情報及び同ページの判決全文。取引の効力及び無効を主張できる者については原文4~5頁を参照。
契約前の機関決定と日程は,事業譲渡で必要となる社内手続―株主総会・取締役会の承認,省略の条件及び株主通知(AI作成)で整理している。
利益相反がある保証取引は,会社が取締役個人の債務を保証した場合―利益相反取引,取締役会決議と取引相手の確認事項(AI作成)を参照。