第1 司法修習生に対する経済的支援の三つの時期
1 給費制,貸与制及び修習給付金制度
司法修習生に対する国の経済的支援は,昭和22年から現在までの間に三つの形態を経ている。第一が,修習期間中に国庫から給与が支給された給費制であり,これは昭和22年に導入され,現行第65期の司法修習生までを対象とした。第二が,給与を支給せず無利息の貸付けを行う貸与制であり,平成23年11月採用の新第65期から第70期までの司法修習生がこれに服した。第三が,平成29年の裁判所法改正によって創設された修習給付金制度であり,平成29年11月採用の第71期以降の司法修習生に適用されている。
この三つの区分は,同じ司法修習を受けながら,採用時期が1年違うだけで経済的な処遇が大きく異なるという結果をもたらした。とりわけ新第65期から第70期までの司法修習生は,給与も修習給付金も受けられなかったことから,谷間世代又は無給修習世代と呼ばれており,この世代の取扱いは現在も政策課題として残っている。
2 現行の修習給付金及び修習専念資金
現行制度において,司法修習生には,その修習のため通常必要な期間として最高裁判所が定める期間,修習給付金が支給される(裁判所法第67条の2第1項)。修習給付金の種類は,基本給付金,住居給付金及び移転給付金の三つであり(同条第2項),基本給付金の額は,司法修習生がその修習期間中の生活を維持するために必要な費用であって,その修習に専念しなければならないことその他の司法修習生の置かれている状況を勘案して最高裁判所が定める額とされている(同条第3項)。
最高裁判所の定める具体的な額は,司法修習生の修習給付金の給付に関する規則(平成29年8月4日最高裁判所規則第3号)により,基本給付金が給付期間ごとに13万5000円,住居給付金が同じく3万5000円とされ,移転給付金は路程に応じた定額とされている。住居給付金は,自ら居住するため住宅を借り受けて家賃を支払っている場合に支給されるものであり,司法研修所が設けた寮等に居住した期間は対象から除かれる。これらの内容は,最高裁判所の「司法修習生の修習給付金について」で確認することができる。
修習給付金とは別に,司法修習生は,申請により,無利息で修習専念資金の貸与を受けることができる(裁判所法第67条の3第1項)。修習専念資金は,「司法修習生がその修習に専念することを確保するための資金であつて,修習給付金の支給を受けてもなお必要なもの」と定義されており,その額及び返還の期限は最高裁判所の定めるところによる(同条第2項)。額は原則として月額10万円であり,扶養親族を有する司法修習生が貸与額の変更を希望する場合は月額12万5000円となる(司法修習生の修習専念資金の貸与等に関する規則(平成21年10月30日最高裁判所規則第10号)及び修習専念資金貸与要綱)。返還が困難となったときの期限の猶予(同条第3項)及び死亡又は障害による返還の免除(同条第4項)も法定されている。手続の詳細は,最高裁判所の「司法修習生の修習専念資金の貸与等について」に掲載されている。
3 修習給付金の税務上及び社会保険上の取扱い
修習給付金の税務上の取扱いについて,40期の小山太士法務省大臣官房司法法制部長は,平成29年3月21日の衆議院法務委員会において,給費制の下では給与所得として課税されていたのに対し,修習給付金は給与として支給されるものではないから給与所得に該当せず,雑所得として区分されるものと認識していると答弁している。社会保険についても,同じ答弁において,司法修習生は国家公務員ではなく修習給付金も給与ではないことから,裁判所共済組合の組合員たる職員には該当せず国民健康保険の被保険者となり,年金についても厚生年金保険の被保険者には該当せず国民年金の第1号被保険者に該当することになるとの認識が示されている。
三つの給付金のうち,基本給付金及び住居給付金は雑所得として確定申告の対象となるのに対し,移転給付金は転居に伴う旅費に相当するものとして課税関係が生じない。この区別は,第71期以降の司法修習生の確定申告の実務に直結する。
第2 給費制の導入と定着
1 昭和22年の給費制導入
給費制は,裁判所法(昭和22年4月16日法律第59号)第57条第2項が「司法修習生は、その修習期間中、国庫から一定額の給与を受ける。」と定めたことに始まる。もっとも,給与の金額については,裁判官の報酬等の応急的措置に関する法律(昭和22年4月17日法律第65号)第8条が「司法修習生の受ける給与の額は、当分の間、最高裁判所の定めるところによる。」と定め,同法第9条が「裁判官の報酬及び司法修習生の給与等に関する細則は,最高裁判所がこれを定める。」と定めていたことから,昭和22年12月31日までの応急的措置として扱われていた。司法官試補が昭和22年5月3日に高輪第1期又は高輪第2期の司法修習生に切り替わった時点で,給費制が現実に適用されることとなった。
給費制を導入した理由を直接に説明した国会答弁は見当たらない。帝国議会会議録検索システムにおいて「司法修習生」で検索しても,弁護士の卵についてまで給費制を導入した理由に関する答弁は確認できず,22期の山崎潮内閣官房内閣審議官も,平成16年12月1日の参議院法務委員会において,国会の議事録に明確な説明が残っていない旨を述べている。文献上の説明としては,裁判所法逐条解説(中巻)397頁が,法曹の資格要件としての司法修習生の地位の重要性にかんがみ,これに人材を吸収し,また修習に専念させる等の見地から,特に一定額の給与が支給されることとされたものであると述べている。
2 司法官試補及び弁護士試補が合体したものとしての司法修習生
戦前の法曹養成は,判事及び検事の候補者である司法官試補と,弁護士の候補者である弁護士試補とに分かれていた。司法官試補には給与が支給され,官吏ではないものの奏任官待遇が与えられていたのに対し,弁護士試補は官吏ではなく官吏待遇でもなく,給与も支給されていなかった(裁判所法逐条解説(中巻)384頁)。裁判所法によって司法修習制度が新設され,従来の司法官試補と弁護士試補とが合体した形となったことにより,弁護士の卵にも給与が支給されるようになった。
司法官試補としての正式な採用は昭和18年採用の第29期までであったが,終戦直後に司法官試補に採用されて昭和22年5月3日の制度改正前に修習を終了した者については,司法官試補第30期と呼ばれることがある(「司法省司法研究所の沿革」参照)。第10代最高裁判所長官の寺田治郎裁判官がこれに当たる。
司法官試補に対応する弁護士試補の制度は,弁護士法(昭和8年5月1日法律第53号)に基づき昭和11年4月1日に開始したが,無給であったため生活問題が生じていた。東京弁護士会百年史447頁によれば,昭和13年頃からは,修習に差し支えなく試補の品位を汚さず会の許可を受けた場合には他の職業に就くことも差し支えないという方針が採られ,国庫補助金の大幅増額を求める決議や,司法官試補と比較して不平等である無給制の是正を求める意見も繰り返し出されたものの,いずれも実現しなかった。無給の法曹養成が生活上の困難を生むという構造自体は,戦前から認識されていたことになる。
3 昭和23年の裁判官の報酬等に関する法律の制定
裁判官の報酬等に関する法律(昭和23年7月1日法律第75号)により,裁判官の報酬等の応急的措置に関する法律は廃止された。もっとも,同法第14条は「裁判官の報酬等の応急的措置に関する法律(昭和二十二年法律第六十五号)は、これを廃止する。但し、司法修習生の受ける給与については、なお従前の例による。」と定めていたため,司法修習生の給与の額等については応急的措置のままとなり,この状態が平成16年の改正まで続いた。
4 給費制時代の給与
給費制の下での司法修習生の給与は,文字どおり「給与」として支給されていたため,税務上の取扱いは給与所得であった。給与所得とは,雇傭契約又はこれに類する原因に基づき使用者の指揮命令に服して提供した労務の対価として使用者から受ける給付をいうとされるが(最高裁昭和56年4月24日判決),会社との間で委任関係にある役員の給料も給与所得とされるように(国税庁の「No.2508 給与所得となるもの」参照),労務の対価性の有無だけで所得区分が決まるわけではない。
平成16年の裁判所法改正当時の司法修習生の給与は,本俸が月額20万2900円であり,これに調整手当(平均額1万3000円),寒冷地手当(平均額1000円),期末手当(平均額を月割にして4万2000円),勤勉手当(同じく2万円),扶養手当(配偶者1万3500円,子ども1人当たり6000円),住居手当(家賃の約半額,上限2万7000円)及び通勤手当(交通費実費,上限5万5000円)が加わる構成であった。給与としての支給であったため各種の手当が付随していた点が,一律定額の基本給付金との最も大きな違いである。他方で,第71期以降の移転給付金に相当する手当は,給費制時代には存在しなかった。
司法修習生の法的地位について,最高裁昭和42年4月28日判決は,給費制,兼職禁止及び守秘義務等について「これらのことはすべて、司法修習生をして右の修習に専念させるための配慮ないしはその修習が秘密事項に関することがあるための配慮にすぎないのであり,司法修習生の勤務形態が国の事務に従事する職員に類似し又はこれに準ずる形式ないし実態があるからではない。」と判示している。給費制の下でも,司法修習生は国の職員に準ずる存在とは位置付けられていなかった。
5 平成10年の裁判所法改正
裁判所法の一部を改正する法律(平成10年5月6日法律第50号)による改正後の裁判所法第67条第2項は,「司法修習生は、その修習期間中、国庫から一定額の給与を受ける。ただし、修習のため通常必要な期間として最高裁判所が定める期間を超える部分については、この限りでない。」となった。これにより,第53期司法修習以降は修習期間が1年6月となるとともに,二回試験の合格留保者に対する給与の支給が廃止された。
この改正の趣旨について,22期の山崎潮法務大臣官房司法法制調査部長は,平成10年4月10日の衆議院法務委員会において,従前は二回試験で合格留保となった者もそのまま修習生の身分を継続し追試により合格するまで給与の支給を受けていたが,改正後は最高裁判所の定める期間を過ぎると修習生の身分は残るものの給与は出ないことになると説明している。同じ答弁において,司法修習生に給与が支給される理由については,法曹は非常に公的な仕事であり大事なものであるから,給与を支給して修習に専念させるということになるのだろうと述べられている。
なお,二回試験の不合格者の取扱いは時期によって異なる。第28期から第52期までの二回試験では不合格により罷免された司法修習生はいなかったのに対し,第69期以降は,一科目でも不合格になった司法修習生について,二回試験の不合格発表の翌日にある最高裁判所裁判官会議の決議をもって同日付けで一律に罷免される取扱いとなっている(「二回試験不合格時の一般的な取扱い」参照)。
第3 給費制の廃止と貸与制への移行
1 平成16年の裁判所法改正
裁判所法の一部を改正する法律(平成16年12月10日法律第163号)による改正後の裁判所法第67条第2項は,「司法修習生は、その修習期間中、最高裁判所の定めるところにより、その修習に専念しなければならない。」となり,給与に関する定めが削られた。同法附則第3項は,裁判官の報酬等に関する法律第14条ただし書も削っている。給費制の廃止と修習資金貸与制の導入は,この改正によって決定された。
もっとも,施行時期は当初の案から後ろ倒しされている。「裁判所法の一部を改正する法律案」(第161回国会閣法第7号)は,新第60期司法修習生から貸与制を導入することを前提に平成18年11月1日からの施行を予定していたが,日弁連の「司法修習給費制の堅持を求める緊急声明」(平成16年6月14日付)等の活動を経て,修正案が可決され,施行は平成22年11月1日からとされた。
2 給費制の廃止理由
廃止理由は,裁判所法の一部を改正する法律案について(司法修習生に対する修習資金の貸与制)と題する法務省文書(平成16年9月13日付)の別紙1・4頁に整理されている。同文書は,以前の財政経済事情と数百人体制の予算額の下では,法曹の社会的使命の重要性にかんがみ,公務員でなく公務にも従事しない者に対する給与の支給という特例的な取扱いについても一定の社会的な理解が得られていたと考えられるとした上で,現下の厳しい財政経済事情と増大する財政負担の状況の下で,今後の法曹人口の更なる拡大や司法制度全体の財政負担の増大等の諸事情も踏まえれば,司法修習は個人が法曹資格を取得するための課程である以上,負担と受益の観点からは司法修習生が自ら必要な経費を負担すべきであるなどの批判があることも考慮して,国民の理解が得られる制度を再構築することが不可欠の状況に立ち至っていると述べている。
この点を国会で整理した答弁として,41期の小出邦夫法務省大臣官房司法法制部長の平成30年3月20日の衆議院法務委員会における答弁がある。同答弁は,給費制から貸与制への移行の理由として,①司法修習生の増加に実効的に対応する必要があったこと,②司法制度改革の諸施策を進める上で限りある財政資金をより効率的に活用し司法制度全体に関して国民の理解を得られる合理的な財政負担を図る必要があったこと,③公務員ではなく公務にも従事しない者に国が給与を支給するのは現行法上異例の制度であることを挙げ,これらを考慮すると給費制を維持することについて国民の理解を得ることは困難だと考えられたことによるものであると説明している。
3 貸与制に移行しても法的地位に変化はないとされたこと
37期の小川秀樹法務省民事局長は,平成25年10月30日の衆議院法務委員会において,司法修習生は公務員ではなく裁判所法上は法曹に必要な能力を身につけるための修習を行うべき者と位置付けられており,このような法的地位は平成16年の裁判所法改正により給費制から貸与制に移行しても何ら変更されていないと答弁している。同答弁は,従前は給与の支給が公務員に準じて行われていたことからその意味で公務員に準じた面があったとしつつ,労働基準法との関係では,司法修習生は事業又は事務所に使用される者ではなく労働基準法上の労働者の性質は有しないから同法の適用はないとされてきたと述べている。
4 平成22年の議員立法による1年延長
平成22年3月10日の再投票で当選し同年4月1日に日弁連会長に就任した宇都宮健児弁護士の主導により,日弁連は給費制の存続を訴える活動を開始し,同年5月28日の定期総会において給費制維持と法科大学院生に対する経済的支援を求める決議を採択した。他方,法科大学院協会の理事長は,同年10月12日,修習生の給費制維持は司法制度改革に逆行するとの理事長所感を発表して給費制の維持に反対しており,法曹養成に関わる関係者の間でも評価が分かれていた。
裁判所法の一部を改正する法律案(第176回国会衆法第13号)は,平成22年11月24日に衆議院に付託され,翌25日に衆議院本会議で,翌々26日に参議院本会議で可決成立した(衆議院の「議案審議経過情報」参照)。これにより,裁判所法の一部を改正する法律(平成22年12月3日法律第64号)附則第4項及び第67条第2項に基づき,同年11月1日から平成23年10月31日までに採用された司法修習生,すなわち新第64期及び現行第65期の司法修習生は,1年間の修習期間中,本俸月額20万4200円の給与を受けることとなった。貸与制は平成22年11月1日にいったん開始していたため,同年12月3日に,同年11月1日に遡及して新第64期司法修習生に給費制が適用される形となった。
この遡及適用は予算面での対応も必要とした。最高裁判所長官は財務大臣に対し平成22年12月27日付けで予算流用等の承認要求を行い,財務大臣は平成23年1月4日付けで承認を通知しており,「修習資金貸与金」という目から「司法修習生手当」という目へ20億4676万2000円が流用された(「平成22年度一般会計歳出予算流用等の承認要求書及び承認通知書」参照)。34期の林道晴最高裁判所経理局長は,平成22年11月25日の参議院法務委員会において,給費制が1年間延長された場合には平成22年度予算において司法修習生手当及び共済組合の負担金等として合計約27億円の予算を計上する必要があり,裁判所の他の予算を流用する手続を速やかに取ることになると答弁している。
裁判所の現場に生じた影響も記録されている。37期の菅野雅之最高裁判所事務総局審議官は,平成23年7月13日の第3回「法曹の養成に関するフォーラム」において,前年は貸与制がいったん施行された後によく分からない状況のもとで議員立法によりこれを遡及的に延期するという正に異例の事態が起こり,現場には大きな影響が生じてその対応に苦慮することになったと発言している。
5 平成23年11月の新第65期からの貸与制開始
平成23年3月11日に東日本大震災が発生した後,法務省の「法曹の養成に関するフォーラム」は,同年8月31日,司法修習生に対する経済的支援の基本的な在り方について,貸与制を基本とした上で個々の司法修習終了者の経済的な状況等を勘案した措置を講ずるなどとする第一次取りまとめを行った(概要参照)。同フォーラムは,「法曹養成制度に関する検討ワーキングチーム」の検討結果(取りまとめ)及び平成22年11月24日付け衆議院法務委員会決議の趣旨を踏まえつつ検討を行うこととされていた(平成23年5月13日付の内閣官房長官等の申し合わせ参照)。平成23年11月採用の新第65期以降について特段の法改正がされなかったため,新第65期司法修習生から修習資金貸与制が開始した。
第一次取りまとめの4頁及び5頁には,給費制を維持すべきとの見解として表明された意見も記録されている。すなわち,①法科大学院在学中の学費・生活費及び司法試験合格までの生活費の負担に加え,貸与制導入による経済的負担の増大により資力に乏しい者が法曹になれなくなるおそれがあること,②経済的負担の増大は法曹志願者が大幅に減少している現状において社会人出身者や他学部出身者を含む志願者減少を更に拡大させ人材の多様性を確保できなくなるおそれがあること,③給費制は法曹の公共的使命の自覚を促し弁護士の公共心や強い使命感の醸成を制度的に支えること,④給費は,司法修習生が修習に専念すべき義務を負い兼職禁止や守秘義務等の公務員同様の身分上の制約を受ける代償であり,司法修習の実態は訴状や判決文の原案作成,被疑者の取調べ,接見など労働に近く,全国各地への任地配属に伴う経済的負担も大きいことが挙げられている。
貸与を受けた修習生の返還は,貸与終了から一定期間を置いて開始する。新第65期司法修習生であった者の返還は平成30年7月25日に開始し,第68期については令和3年7月25日,第69期については令和4年7月25日,第70期については令和5年7月25日にそれぞれ返還が開始した(修習資金貸与金の返還状況参照)。
6 第67期から第70期に対する経済的支援と導入修習
法務省の法曹養成制度検討会議の「取りまとめ」(平成25年6月26日付)11頁は,貸与制を前提とした上で,経済的な事情によって法曹への道を断念する事態を招くことがないようにするため,可能な限り第67期司法修習生から,①分野別実務修習の開始に当たり現居住地から実務修習地への転居を要する者本人について旅費法に準じて移転料を支給すること,②集合修習期間中に司法研修所への入寮を希望する者のうち通所圏内に住居を有しない者については入寮できるようにすること,③司法修習生の兼業の許可について修習専念義務を前提としつつ従来の運用を緩和し,休日等を用いて行う法科大学院における学生指導をはじめとする教育活動により収入を得ることを認めることを実施すべきであるとした。
これらの支援は,実際に第67期司法修習生から実施された。最高裁判所事務総局が第13回法曹養成制度改革顧問会議(平成26年11月20日)に提出した資料「司法修習の充実等に向けた検討の状況について」(資料6-1)は,司法修習生に対する経済的支援として「実務修習地への移転料(転居費用)の支給」,「集合修習期間中の入寮の確保」及び「兼業許可の運用緩和」の三点を挙げ,「上記3点はいずれも第67期司法修習生から実施済み」と明記している。もっとも,第71期以降の移転給付金とは範囲が異なり,移転料が支給されたのは分野別実務修習地への転居に限られ,集合修習のための移動及び選択型実務修習のための移動については,旅費は支給されるものの移転料は支給されなかった。この点は,第5回法曹養成制度改革顧問会議の資料「司法修習生の修習資金等の状況のあらまし」(資料3-2)に図示されており,同資料は移転料が「第67期(平成25年11月)から支給開始(第60〜66期は不支給)」であること,及び集合修習中の通所費,家賃・寮費並びに日額旅費がいずれも不支給であることも示している。支給された移転料は,旅費法別表第一・2項の「三級以下の職務にある者」のうち「赴任の際扶養親族を移転しない場合」(旅費法第23条第1項第2号)に該当するものとしての金額であった。なお,法曹養成制度改革顧問会議のページは内閣官房のウェブサイトから既に削除されているため,右の二つの資料はインターネットアーカイブに保存された版を示した。
同じ「取りまとめ」21頁は,最高裁判所において司法修習生に対する導入的教育や選択型実務修習を含め司法修習内容の更なる充実に向けた検討を行うことが求められるとしており,導入修習は平成26年11月採用の第68期司法修習生に対するものから開始した。入寮できる司法修習生の人数を増やすため,最高裁判所は司法研修所近隣の税務大学校から導入修習期間中の寮の借用について承諾を得ている(「導入修習の実施に関する司法研修所事務局長の説明」参照)。
第4 修習給付金制度の創設
1 創設に至る経緯
「法曹養成制度改革の更なる推進について」(平成27年6月30日法曹養成制度改革推進会議決定)の「第5 司法修習」は,法務省が,最高裁判所等との連携・協力の下,司法修習の実態,司法修習終了後相当期間を経た法曹の収入等の経済状況,司法制度全体に対する合理的な財政負担の在り方等を踏まえ,司法修習生に対する経済的支援の在り方を検討するものとするとした。日弁連は,「司法修習生に対する給付型の経済的支援を求める会長声明」(平成28年1月20日付)において,給付型の経済的支援すなわち修習手当の創設が早急に実施されるべきであると表明した。
政府の文書にも支援の方針が現れる。経済財政運営と改革の基本方針2016(平成28年6月2日閣議決定)28頁には,推進すべき施策の一つとして「法科大学院に要する経済的・時間的負担の縮減や司法修習生に対する経済的支援を含む法曹人材確保の充実・強化」が掲げられ,「未来への投資を実現する経済対策」(平成28年8月2日閣議決定)22頁にも,「若者への支援拡充,女性活躍の推進」の項目の中に「法科大学院に要する経済的・時間的負担の縮減や司法修習生に対する経済的支援を含む法曹人材確保の充実・強化等の推進(法務省,最高裁判所,文部科学省)」が記載された。
これを受け,法務省は,第71期司法修習生に対応する平成29年度司法試験の願書受付が終了した後の平成28年12月19日,「司法修習生に対する経済的支援について」を公表した。同文書は,法務省,最高裁判所及び日本弁護士連合会の三者間で,①平成29年度以降に採用予定の司法修習生に対する新たな経済的支援策となる給付制度を新設すること,②法務省が当該支援策を実施する上で必要となる裁判所法の改正に向けた作業を進め次期通常国会における同改正法案の早期成立に向けて努力すること,③最高裁判所及び日本弁護士連合会は新制度の円滑な実施に協力すること,④新たな制度の導入後は同制度について継続的かつ安定的に運用していくことをそれぞれ確認したと述べている。
2 平成29年の裁判所法改正の内容
裁判所法の一部を改正する法律(平成29年4月26日法律第23号)により裁判所法第67条の2が新設され,第71期以降の司法修習生に対して,基本給付金,住居給付金及び移転給付金からなる修習給付金が支給されることとなった。移転給付金の額は,移転距離に応じて4万6500円から14万1000円までとされている。修習給付金に加えて,従前の修習資金に相当する修習専念資金が貸与される仕組みとなった点が,給費制とも貸与制とも異なる現行制度の特徴である。
なお,配偶者又は子に収入がある場合であっても修習専念資金の扶養加算は認められる取扱いとなっている(最高裁判所の「修習専念資金貸与FAQ ~これから貸与を受ける方へ~」参照)。
3 国会答弁で示された制度の性格
修習給付金がかつての給費制の復活ではないことは,立案担当者が明確に述べている。40期の小山太士法務省大臣官房司法法制部長は,平成29年4月18日の参議院法務委員会において,給費制下の司法修習生については平成16年改正前の裁判所法第67条第2項において「国庫から一定額の給与を受ける」とされ法律上給与としての支給がされていたのに対し,本法案は修習給付金を支給する制度を創設し貸与制については貸与額を見直した上でこれを併存させること等を内容とするものであって,修習給付金は給与として支給されるものではないと述べた。同答弁は,給費制下では最終的に月額20万4200円の給与に加えて通勤手当,期末手当といった各種の諸手当が支給されていたのに対し,修習給付金は司法修習生全員に一律に支給される月額13万5000円の基本給付金のほか住居給付金及び移転給付金から構成されるものであって給与に伴うような各種の諸手当は支給されないとした上で,今回の修習給付金制度はかつての給費制に復活するものではなく貸与制度と併存する新たな給付金制度を創設するものであると結論付けている。この整理は,後の学資金該当性の議論においても前提とされている。
金額の決定根拠について,41期の堀田眞哉最高裁判所人事局長は,平成29年3月22日の衆議院法務委員会において,具体的な金額は最終的に最高裁判所規則において定めることになるが,基本給付金として全ての修習生に対して一律13万5000円,そのほか住宅を借り受け家賃を支払っている場合には住居給付金,移転に必要な移転給付金を支給することを予定していると述べ,これらの額は,制度設計の過程の中で,法曹人材の確保・充実強化の推進等を図るという制度の導入理由のほか,修習中に要する生活費や学資金等の司法修習生の生活実態その他の諸般の事情を総合考慮するなどして決定されたと承知していると答弁している。
なお,基本給付金及び住居給付金について必要経費として控除することができる費用が存在しないという趣旨の国会答弁は存在しない。最高裁判所は,文書を作成するほどの複雑な内容の検討をすることもないまま,基本給付金及び住居給付金について必要経費として控除することができる費用は存在しないと判断している(平成30年度(最情)答申第77号(平成31年3月15日付)参照)。
4 貸与制導入時からの状況の変化
法務省の「修習給付金(仮称)について」は,平成16年の貸与制導入の立法理由として挙げられていた三点について,その後の状況の変化を整理している。すなわち,①司法修習生の増加への対応という点については,司法試験の年間合格者数3000人目標が現実性を欠くものとして「法曹養成制度改革の推進について」(平成25年7月16日法曹養成制度関係閣僚会議決定)において事実上撤回されており,平成27年度の司法修習生数は1787人と給費制下の平成22年度(2124人)よりも少なくなっていること,②財政負担という点については,司法制度改革関連予算が上記3000人目標の撤回や法科大学院の統廃合等を背景に平成22年度の567億円をピークに減少傾向にあり平成28年度予算では約450億円程度にまで減少していること,③公務員でない者への給与の支給が異例であるという点についても,導入予定の制度は貸与制を前提とするものであり給与を支給する給費制を復活させるものではないから必ずしも妥当しないことが,それぞれ指摘されている。
5 掲載資料
平成29年の裁判所法改正に関する行政文書として,平成29年6月26日付の内閣法制局長官の行政文書開示決定通知書によって開示された法律案審議録(内閣法制局保有分),平成29年7月14日付の法務大臣の行政文書開示決定通知書によって開示された法律案審議録(法務省保有分),並びに平成29年11月16日付の司法行政文書開示通知書によって開示された裁判所法の一部を改正する法律案関係資料(平成29年・第193回国会提出)及び想定問答を掲載している。関係資料及び想定問答の作成名義人は法務省となっているが,これは,裁判所が国会に対する法案提出権を有していないため国会における法案審議等において想定問答等を裁判所が作成することは想定されておらず(平成28年度(最情)答申第28号(平成28年10月11日付)),法務省が作成したものを最高裁判所が取得したことによるものと考えられる。
このほか,「裁判所法の一部を改正する法律案【説明資料】」(平成29年1月付の法務省大臣官房司法法制部の文書),「修習給付金及び修習専念資金の金額について」,法務省作成の平成29年3月21日の衆議院法務委員会の国会答弁資料,法務省作成の平成29年4月18日の参議院法務委員会の国会答弁資料及び第71期司法修習生向けの修習給付金案内も掲載している。
第5 基本給付金の学資金該当性をめぐる争い
1 国税不服審判所の裁決
修習給付金が雑所得として課税されることについては,第71期以降の司法修習生の側から争いが提起された。国税不服審判所令和3年3月24日裁決は,司法修習生の基本給付金及び修習専念資金の利息相当額は必要経費のない雑所得であると判断した。争点は,これらが所得税法第9条第1項第15号の非課税所得である「学資に充てるため給付される金品」に当たるか,及び雑所得の計算上必要経費を控除できるかであった。
2 訴訟の経過と確定
裁決を経て,第71期司法修習生であった者が国を相手に所得税更正処分の取消しを求めた訴訟が提起された。第一審の大阪地方裁判所は,令和4年12月22日,請求を棄却し(令和3年(行ウ)第48号),控訴審の大阪高等裁判所も,令和5年7月26日,控訴を棄却した(令和5年(行コ)第15号)。最高裁判所第二小法廷は,令和5年12月22日,上告審として受理しない旨を決定し(令和5年(行ヒ)第375号),これにより判決が確定した。
両判決は,判例タイムズ及び判例時報には登載されておらず,掲載誌は「LLI/DB 判例秘書登載」である。もっとも,国税庁が公表する税務訴訟資料に全文が収録されており,第一審判決は税務訴訟資料第272号(順号13795),控訴審判決は税務訴訟資料第273号(順号13866)で読むことができる。
3 裁判所が示した判断
第一審判決は,基本給付金について,法曹人材確保の充実・強化を図るという政策的な目的に基づき,修習専念義務を負い生活費を稼ぐことのできない司法修習生の生活費全般に充てるため使途を限定せずに支給されるものであって,学資すなわち司法修習における教育・指導を受けるために必要な費用に充てるために支給されるものとはいえないから,所得税法第9条第1項第15号の「学資に充てるため給付される金品」に当たらないと判断した。修習専念資金についても基本給付金等とその趣旨を共通にするとして,その利息相当額も同号に当たらないとし,さらに,司法修習生に一律に一定額が支給される基本給付金については必要経費として控除することができる経費は存在しないから,司法修習生が支出した交通費,書籍代等を雑所得の金額の計算上必要経費に算入することはできないとした。ここで裁判所が「学資」を教育・指導を受けるために必要な費用と定義したことが,この争いの核心である。
控訴審判決は,所得税法第9条第1項第15号の非課税の趣旨は学術奨励にあるとした上で,基本給付金は司法修習生がその修習期間中の生活を維持するために必要な費用に充てるために支給される費用であり使途についても限定されておらず,加えて司法修習生は司法修習における教育・指導を受ける対価を負担しないと述べ,これを同号の「学資に充てるための金品」に当たるとすることは規定の趣旨にそぐわないとともに,「学費」を含まない生活費に充てる場合も「学資に充てる」に含まれると解することになり通常の「学資」の意味内容として理解し難いと判示した。同判決は,学校教育法に基づく就学援助が学校教材費,特別活動費等の学校徴収金相当額,修学旅行費及び学校給食費という学費というべきものを含むことを指摘した上で,「給付対象者が教育・指導を受ける対価(学資・学費の中核的な部分)の負担を負うかどうかという点は,所得税法上の学費該当性に係る重要な考慮要素となるというべきである。」と述べており,日本学生支援機構の給付型奨学金と基本給付金とは,根拠法令,制度の趣旨・目的,支給要件及び支給額の基準を異にし支給内容についても学費を含むか否かの違いがあるから,同号の該当性の判断において類似性を有していると解することはできないとした。
控訴審では,移転給付金相当額を必要経費として主張する追加主張もされたが,同判決は,移転給付金が最高裁判所への届出,事実確認及び支給認定という手続を経て初めて請求権が発生するものであることを理由に,支給申請をしなかった者は当該費用につき請求権を取得しておらず収入として得るべきものはなかったにすぎないとして,これを排斥している。
4 学説及び評釈の状況
この一連の判断に対しては,租税法の分野で複数の評釈が公表されている。控訴審判決については,非課税所得該当性を論じる評釈が新・判例解説Watchに掲載されているほか,税法学及び税経通信にも評釈がある。税経通信の評釈は,所得税法の解釈適用の問題として検討する以上,基本給付金が非課税にならないと解釈されることはやむを得ないとして判決の結論自体は支持しつつ,立法論として,現行法の基本給付金制度は平等原則(憲法第14条第1項)に違反し,課税最低限を司法修習生から奪う点で憲法第25条第1項にも違反すると論じている。判決の結論を前提としてもなお制度そのものの当否を問う議論が残っていることを示すものである。
学説の状況としては,所得税法第9条第1項第15号の趣旨をどう捉えるかによって結論の道筋が変わり得る点に注意を要する。裁判所は同号の趣旨を学術奨励にあると措定したが,体系書の中には,同号を「生活扶助のため支給される金品」の一類型として位置付けて解説するものもある。国税不服審判所の裁決については,これを検討した論説が東京大学法科大学院の学生団体が発行する紀要に公表されており,全文が無料で公開されている。
なお,谷間世代に対して日弁連が支給する給付金の課税関係は,修習給付金の課税関係とは別の問題である。この給付金については,「司法修習生の修習期間中に給与等の支給を受けられなかった者に対して支払われる給付金の課税関係について」という東京国税局の文書回答事例があり,一時所得に該当するとされている。
第6 谷間世代の問題
1 谷間世代の範囲
現行第65期までの司法修習生はその修習期間中に国庫から給与の支給を受けており,第71期以降の司法修習生は修習給付金の支給を受けている。これに対し,新第65期から第70期までの司法修習生は,そのいずれの支給も受けられなかったことから,谷間世代又は無給修習世代と呼ばれる。日弁連は,令和7年時点でこの世代の人数を約1万1000人と説明している。
2 給費制廃止違憲訴訟
給費制の廃止が違憲であるとして,谷間世代の法曹が国に対して給与の一部の支払又は国家賠償を求めた訴訟が,東京,名古屋,広島,福岡及び札幌の各地で提起された。判例秘書に収録されている範囲では,第一審として東京地方裁判所平成29年9月27日判決(平成25年(ワ)第20444号),広島地方裁判所平成29年9月27日判決(平成25年(行ウ)第32号),大分地方裁判所平成29年9月29日判決(平成27年(ワ)第355号ほか),福岡地方裁判所平成29年10月17日判決(平成25年(行ウ)第73号),名古屋地方裁判所平成29年12月20日判決(平成25年(行ウ)第78号)及び熊本地方裁判所平成30年4月16日判決(平成26年(ワ)第890号ほか)があり,控訴審として東京高等裁判所平成30年5月16日判決(平成29年(ネ)第4781号),広島高等裁判所平成30年10月10日判決(平成29年(行コ)第21号),福岡高等裁判所令和元年5月10日判決(平成30年(ネ)第438号)及び名古屋高等裁判所令和元年5月30日判決(平成30年(行コ)第5号)がある。
このうち東京の事件については,最高裁判所第二小法廷が令和元年7月10日,上告を棄却するとともに上告審として受理しない旨を決定し(平成30年(オ)第1231号,平成30年(受)第1511号),確定した。他の系列の上告審の決定は判例秘書に収録されておらず,本記事では東京の事件についてのみ最高裁判所の判断が確認できたものとして整理する。
名古屋高等裁判所令和元年5月30日判決は,裁判所ウェブサイトにも掲載されている。同判決は,本論において,給費制及び給費を受ける権利は憲法上保障されたものではなく,給費制のない者に対して救済措置を講ずるかどうかは立法府の政策的な判断に委ねられており立法不作為が違憲又は国家賠償法上の違法性を帯びるものではないとし,修習給付金の対象としないことは憲法第14条第1項に違反せず,司法修習生に憲法第27条の「労務の提供」があるとはいえないとして控訴を棄却した。他方,同判決は付言において,従前の司法修習制度の下で給費制が果たした役割の重要性及び司法修習生に対する経済的支援の必要性は決して軽視されてはならないとした上で,谷間世代の多くが貸与制の下で経済的に厳しい立場で司法修習を行い貸与金の返済も余儀なくされているなどの実情にあり他の世代に比し不公平感を抱くのは当然のことであると思料すると述べ,谷間世代の者に対しても一律に何らかの給付をするなどの事後的救済措置を行うことは立法政策として十分考慮に値するのではないかと感じられるが,そのためには相当の財政的負担が必要となりこれに対する国民的理解も得なければならないところであるから,その判断は立法府に委ねざるを得ないとした。裁判所は請求自体は退けつつ,救済の要否の判断を立法府に差し戻したことになる。裁判長は38期の戸田久裁判官である。
3 最高裁判所及び法務省の対応
最高裁判所については,平成29年11月14日付の不開示通知書により,貸与制の対象となった新第65期から第70期に対してどのような救済措置を講ずべきかについて最高裁判所が検討した際に作成した文書は存在しないことが明らかになっている。また,令和2年12月18日付の最高裁判所事務総長の理由説明書は,日弁連の谷間世代に対する施策の早期実現に力を尽くす決議(平成30年5月25日の定期総会決議)について,同決議は日本弁護士連合会から最高裁判所に対して参考として送付されたものであり,その内容も最高裁判所に対して何らかの応答を求めるものではないことから,同決議に関し最高裁判所としての検討内容を記載した文書は作成していないと述べている。
法務省の立場は国会答弁に現れている。42期の金子修法務省大臣官房司法法制部長は,令和2年4月2日の参議院法務委員会において,67期の安江伸夫参議院議員の質問に対し,谷間世代に対する救済措置については,既に修習を終えている者に対して国の財政負担を伴う事後的な救済措置を実施することにつき国民的理解を得ることは困難ではないかという問題があるように思われ,仮に何らかの救済措置を実施するとしても従前の貸与制下において貸与を受けていなかった者等の取扱いをどうするかといった制度設計上の困難な問題もあるように思うと述べた上で,貸与金の返還期限の猶予が制度上認められていることを挙げ,立法措置による抜本的な救済策を講ずることは困難であり救済策を講じることは考えていないと答弁している。法務省は一貫してこの立場を維持している。
4 日弁連の給付金制度と基金構想
日弁連は,谷間世代の経済的負担や不平等感を軽減すること等を目的として,谷間世代のうち一定の要件を満たす会員に対し一律20万円を給付する制度を平成31年4月1日から実施している。
日弁連の内部組織としては,平成22年4月に設置された司法修習費用給費制存続緊急対策本部が,平成29年の裁判所法改正による修習給付金制度の創設を受け,平成30年3月の理事会において司法修習費用問題対策本部へ改称され,その目的も,司法修習費用に関する給費,給付,貸与等の問題について,これを改善するための政策を検討し,これを具体化するための諸活動を会長の承認を得て実行することへと改められた。同本部の設置期限は,令和8年1月の要綱改正により令和9年3月31日まで延長されている。
近年の活動の中心は,谷間世代への一律給付そのものではなく,基金の創設に移っている。日弁連は,令和6年度以降,「法曹人材の確保・育成のための基金」という構想を院内意見交換会において提案し,国による是正措置の実現を訴えてきた。令和7年度は,令和7年5月21日及び令和7年11月4日に院内意見交換会が開催されており,このうち後者は「谷間世代の解消のための基金創設を!」と題して衆議院第二議員会館で行われた。基金の内容については,国の補助金等を原資として日弁連の下に基金を設け,谷間世代を中心とした若手弁護士の法律業務や公益的活動等を経済的に支援するというものであり,総額約200億円を想定して支援金を給付することが説明されている。日弁連の要請は,日本弁護士政治連盟の各支部を通じた地元選出国会議員への要請という経路でも行われている。
5 経済財政運営と改革の基本方針への記載
これらの活動の結果として,政府の閣議決定文書に法曹人材の確保に関する記載が置かれ,その内容が年ごとに具体化している。経済財政運営と改革の基本方針2023には「法曹人材の確保及び法教育の推進などの安全・安心な社会を支える人的・物的基盤の整備を図る」と記載され,同2024では「法曹人材の確保及び法教育の推進等の人的・物的基盤の整備を進める」となった。
経済財政運営と改革の基本方針2025(令和7年6月13日閣議決定)34頁は,「法曹人材の確保等の人的・物的基盤の整備を進める。」と記載した上で,その脚注において「法教育の推進、公益的活動を担う若手・中堅法曹の活動領域の拡大に向けた必要な支援の検討を含む。」と明記した。さらに,経済財政運営と改革の基本方針2026(令和8年7月21日閣議決定)22頁は,「司法アクセスの充実」に付した脚注において「総合法律支援の充実、地域司法人材・施設の整備、公益的活動を担う若手・中堅法曹の活動領域の拡大に向けた必要な支援等の質の高い法曹人材の確保を含む。」と記載しており,前年にあった「検討」の語が外れている。もっとも,これらはいずれも基本方針の記載であって,谷間世代に対する具体的な給付を定めた法令ではないから,制度としての実現には別途の立法又は予算措置を要する。
第7 制度の現況
1 基本給付金の額が据え置かれていること
基本給付金の月額13万5000円及び住居給付金の月額3万5000円は,制度が適用された第71期から,令和8年7月現在の第79期まで改定されていない。最高裁判所の「司法修習生の修習給付金について」に掲載されている修習給付金案内も,第78期及び第79期のいずれについても同額である。
この間の物価及び賃金の動向との差は,最低賃金との比較で示すことができる。司法研修所が所在する埼玉県の地域別最低賃金は,平成29年10月改定時点で時間額871円であったのに対し,令和7年度地域別最低賃金の全国一覧によれば,令和7年11月1日発効の埼玉県最低賃金は時間額1141円である。時間額1141円で労働基準法第32条第1項の法定労働時間である週40時間を働いたと仮定して月額に換算すると,1141円×40時間×30日÷7日=19万5600円となり,基本給付金の月額13万5000円はこれを大きく下回る。この換算は本記事による計算であり,最低賃金は労働者に適用されるものであって修習給付金の水準を法的に規律するものではないが,制度創設時と現在とで金額の持つ意味が変化していることは確認できる。
2 第77期からの修習開始時期の変更
司法修習の開始時期は,令和5年からの司法試験の在学中受験の導入に伴い変更されている。第76期までは11月採用であったが,司法試験の実施時期及び合格発表が前倒しされた結果,第77期の司法修習は令和6年3月に開始した。
これに伴い,修習専念資金の返還時期も期によって異なることとなった。最高裁判所が公表する貸与申請から返還完了までの流れによれば,第71期から第76期までは据置期間5年を経て修習開始年の7年後に返還が開始し16年後に返還が終了するのに対し,第77期以降は修習開始年の6年後に返還が開始し15年後に返還が終了する。第77期以降は貸与申請の電子申請も導入されている。
3 司法試験の受験者数の推移
修習給付金制度の立法理由の一つは法曹志望者の減少への対応であったが,司法試験の受験者数はその後変動している。法務省が公表する令和7年司法試験の結果についてによれば,令和7年司法試験の出願者数は4074人,受験予定者数は4070人,受験者数は3837人,合格者数は1581人であり,令和6年はそれぞれ4028人,4026人,3779人及び1592人である。受験者数は令和4年の3082人が近年の底であり,令和5年からの在学中受験の導入を経て回復に転じている。もっとも,受験者数のピークであった平成15年度の4万5372人とは水準が大きく異なるから,志望者の減少傾向が解消したと評価できる段階にはない。
第8 司法修習生に関する裁判所法の条文
裁判所法「第四編 裁判所の職員及び司法修習生」の「第三章 司法修習生」は,次のとおりである。第66条第1項は,令和5年からの司法試験の在学中受験の導入に伴い改正されており,在学中受験資格に基づいて司法試験に合格した者については,合格発表の日の属する年の4月1日以降に法科大学院の課程を修了したことが司法修習生に命ぜられるための要件とされている。
(採用)
第六十六条 司法修習生は、司法試験に合格した者(司法試験法(昭和二十四年法律第百四十号)第四条第二項の規定により司法試験を受け、これに合格した者にあつては、その合格の発表の日の属する年の四月一日以降に法科大学院(学校教育法(昭和二十二年法律第二十六号)第九十九条第二項に規定する専門職大学院であつて、法曹に必要な学識及び能力を培うことを目的とするものをいう。)の課程を修了したものに限る。)の中から、最高裁判所がこれを命ずる。
② 前項の試験に関する事項は、別に法律でこれを定める。
(修習・試験)
第六十七条 司法修習生は、少なくとも一年間修習をした後試験に合格したときは、司法修習生の修習を終える。
② 司法修習生は、その修習期間中、最高裁判所の定めるところにより、その修習に専念しなければならない。
③ 前項に定めるもののほか、第一項の修習及び試験に関する事項は、最高裁判所がこれを定める。
(修習給付金の支給)
第六十七条の二 司法修習生には、その修習のため通常必要な期間として最高裁判所が定める期間、修習給付金を支給する。
② 修習給付金の種類は、基本給付金、住居給付金及び移転給付金とする。
③ 基本給付金の額は、司法修習生がその修習期間中の生活を維持するために必要な費用であつて、その修習に専念しなければならないことその他の司法修習生の置かれている状況を勘案して最高裁判所が定める額とする。
④ 住居給付金は、司法修習生が自ら居住するため住宅(貸間を含む。以下この項において同じ。)を借り受け、家賃(使用料を含む。以下この項において同じ。)を支払つている場合(配偶者が当該住宅を所有する場合その他の最高裁判所が定める場合を除く。)に支給することとし、その額は、家賃として通常必要な費用の範囲内において最高裁判所が定める額とする。
⑤ 移転給付金は、司法修習生がその修習に伴い住所又は居所を移転することが必要と認められる場合にその移転について支給することとし、その額は、路程に応じて最高裁判所が定める額とする。
⑥ 前各項に定めるもののほか、修習給付金の支給に関し必要な事項は、最高裁判所がこれを定める。
(修習専念資金の貸与等)
第六十七条の三 最高裁判所は、司法修習生の修習のため通常必要な期間として最高裁判所が定める期間、司法修習生に対し、その申請により、無利息で、修習専念資金(司法修習生がその修習に専念することを確保するための資金であつて、修習給付金の支給を受けてもなお必要なものをいう。以下この条において同じ。)を貸与するものとする。
② 修習専念資金の額及び返還の期限は、最高裁判所の定めるところによる。
③ 最高裁判所は、修習専念資金の貸与を受けた者が災害、傷病その他やむを得ない理由により修習専念資金を返還することが困難となつたとき、又は修習専念資金の貸与を受けた者について修習専念資金を返還することが経済的に困難である事由として最高裁判所の定める事由があるときは、その返還の期限を猶予することができる。この場合においては、国の債権の管理等に関する法律(昭和三十一年法律第百十四号)第二十六条の規定は、適用しない。
④ 最高裁判所は、修習専念資金の貸与を受けた者が死亡又は精神若しくは身体の障害により修習専念資金を返還することができなくなつたときは、その修習専念資金の全部又は一部の返還を免除することができる。
⑤ 前各項に定めるもののほか、修習専念資金の貸与及び返還に関し必要な事項は、最高裁判所がこれを定める。
(罷免等)
第六十八条 最高裁判所は、司法修習生に成績不良、心身の故障その他のその修習を継続することが困難である事由として最高裁判所の定める事由があると認めるときは、最高裁判所の定めるところにより、その司法修習生を罷免することができる。
② 最高裁判所は、司法修習生に品位を辱める行状その他の司法修習生たるに適しない非行に当たる事由として最高裁判所の定める事由があると認めるときは、最高裁判所の定めるところにより、その司法修習生を罷免し、その修習の停止を命じ、又は戒告することができる。
このほか,司法修習生の兼職禁止,守秘義務等については司法修習生に関する規則が定めており,司法修習生の身分については最高裁判所の「司法修習生」にも説明がある。
第9 関連記事
制度沿革については,昭和22年の司法修習生の給費制導入,司法修習生の給費制に関する平成10年の裁判所法改正,司法修習生の給費制に関する平成16年の裁判所法改正,司法修習生の給費制に関する平成22年の裁判所法改正及びその後の予算措置及び平成23年11月採用の新第65期からの修習資金貸与制の導入で,それぞれ詳しく取り上げている。
貸与の実績及び返還については,第66期ないし第70期司法修習開始時点における修習資金の貸与申請状況及び修習資金貸与金の返還状況を参照されたい。
税務及び社会保険の取扱いについては,修習給付金は必要経費のない雑所得であるとした国税不服審判所令和3年3月24日裁決のほか,修習給付金カテゴリーの各記事で個別に取り上げている。
出典
法令
① 裁判所法(昭和22年法律第59号)第66条,第67条,第67条の2,第67条の3及び第68条(e-Gov法令検索による現行条文)
② 所得税法(昭和40年法律第33号)第9条第1項第15号(e-Gov法令検索による現行条文)
③ 裁判所法の一部を改正する法律(平成10年5月6日法律第50号,平成16年12月10日法律第163号,平成22年12月3日法律第64号及び平成29年4月26日法律第23号)
④ 裁判官の報酬等に関する法律(昭和23年7月1日法律第75号)
⑤ 司法修習生の修習給付金の給付に関する規則(平成29年8月4日最高裁判所規則第3号)
⑥ 司法修習生の修習専念資金の貸与等に関する規則(平成21年10月30日最高裁判所規則第10号)
裁判例
① 最高裁判所昭和42年4月28日判決(裁判所ウェブサイト掲載)
② 最高裁判所昭和56年4月24日判決(裁判所ウェブサイト掲載)
③ 名古屋高等裁判所令和元年5月30日判決(平成30年(行コ)第5号,司法修習生の給費制廃止違憲国家賠償等請求控訴事件,裁判所ウェブサイト掲載,掲載誌はLLI/DB判例秘書登載)
④ 最高裁判所第二小法廷令和元年7月10日決定(平成30年(オ)第1231号,平成30年(受)第1511号,司法修習生の給費制廃止違憲国家賠償等請求上告・上告受理申立事件,裁判所HP未掲載,判例秘書で全文を確認,掲載誌はLLI/DB判例秘書登載)
⑤ 大阪地方裁判所令和4年12月22日判決(令和3年(行ウ)第48号,所得税更正処分取消請求事件,裁判所HP未掲載,税務訴訟資料第272号順号13795及び判例秘書で全文を確認)
⑥ 大阪高等裁判所令和5年7月26日判決(令和5年(行コ)第15号,所得税更正処分取消請求控訴事件,裁判所HP未掲載,税務訴訟資料第273号順号13866及び判例秘書で全文を確認)
⑦ 東京地方裁判所平成29年9月27日判決(平成25年(ワ)第20444号),広島地方裁判所平成29年9月27日判決(平成25年(行ウ)第32号),大分地方裁判所平成29年9月29日判決(平成27年(ワ)第355号ほか),福岡地方裁判所平成29年10月17日判決(平成25年(行ウ)第73号),名古屋地方裁判所平成29年12月20日判決(平成25年(行ウ)第78号),熊本地方裁判所平成30年4月16日判決(平成26年(ワ)第890号ほか),東京高等裁判所平成30年5月16日判決(平成29年(ネ)第4781号),広島高等裁判所平成30年10月10日判決(平成29年(行コ)第21号)及び福岡高等裁判所令和元年5月10日判決(平成30年(ネ)第438号)(いずれも裁判所HP未掲載,判例秘書で確認)
⑧ 国税不服審判所令和3年3月24日裁決
公文書・行政資料
① 法務省「裁判所法の一部を改正する法律案について(司法修習生に対する修習資金の貸与制)」(平成16年9月13日付)
② 法務省「法曹の養成に関するフォーラム」第一次取りまとめ及び概要(平成23年8月31日)
③ 法務省法曹養成制度検討会議「取りまとめ」(平成25年6月26日付)
④ 法曹養成制度改革推進会議決定「法曹養成制度改革の更なる推進について」(平成27年6月30日)
⑤ 法務省「司法修習生に対する経済的支援について」(平成28年12月19日付)
⑥ 法務省大臣官房司法法制部「裁判所法の一部を改正する法律案【説明資料】」(平成29年1月付)
⑦ 平成28年度(最情)答申第28号(平成28年10月11日付)及び平成30年度(最情)答申第77号(平成31年3月15日付)
⑧ 最高裁判所事務総長の理由説明書(令和2年12月18日付)
⑨ 経済財政運営と改革の基本方針2016(平成28年6月2日閣議決定)28頁,同2025(令和7年6月13日閣議決定)34頁及び同2026(令和8年7月21日閣議決定)22頁
⑩ 「未来への投資を実現する経済対策」(平成28年8月2日閣議決定)22頁
⑪ 日本弁護士連合会の会務報告書(平成30年度,2023年度,2024年度及び2025年度)のうち司法修習費用問題対策本部の各項
国会会議録
① 平成10年4月10日衆議院法務委員会,平成16年12月1日参議院法務委員会,平成25年10月30日衆議院法務委員会,平成22年11月25日参議院法務委員会,平成29年3月21日衆議院法務委員会,平成29年3月22日衆議院法務委員会,平成29年4月18日参議院法務委員会,平成30年3月20日衆議院法務委員会及び令和2年4月2日参議院法務委員会(いずれも国会会議録検索システム)
統計・データ
① 法務省「令和7年司法試験の結果について」及び同「令和7年司法試験の採点結果」
② 厚生労働省「令和7年度地域別最低賃金の全国一覧」
文献
① 裁判所法逐条解説(中巻)384頁及び397頁
② 東京弁護士会百年史447頁
③ 水野忠恒「大系租税法」第4版(中央経済社,2023年)208頁~209頁
④ 藤間大順「司法修習生が得る基本給付金および修習専念資金の非課税所得該当性」新・判例解説Watch租税法No.186(2024年)
⑤ 木山泰嗣「司法修習生の基本給付金は『学資に充てるため給付される金品』にあたらず非課税ではないとされた事例」税経通信81巻1号115頁(税務経理協会,2026年)
⑥ 税法学594号161頁
⑦ 吉沢健太郎「裁判所法67条の2第1項に基づく修習給付金の課税上の取扱いについて――国税不服審判所裁決令和3年3月24日の検討――」東大ロー・レビュー17巻80頁~102頁
ウェブ資料
① 最高裁判所「司法修習生の修習給付金について」,同「司法修習生の修習専念資金の貸与等について」及び同「司法修習生」
② 国税庁「税務訴訟資料」第272号及び第273号
③ 東京国税局文書回答事例「司法修習生の修習期間中に給与等の支給を受けられなかった者に対して支払われる給付金の課税関係について」
④ 日本弁護士連合会「司法修習費用に関する給費,給付,貸与等の問題(司法修習費用問題対策本部)」及び院内意見交換会の開催案内
⑤ 法曹養成制度改革顧問会議第5回資料3-2「司法修習生の修習資金等の状況のあらまし」及び同第13回資料6-1「司法修習の充実等に向けた検討の状況について」(いずれも内閣官房ウェブサイトから削除済みのため,インターネットアーカイブの保存版で全文を確認)