第1 本記事の対象と結論
1 本記事の対象
本記事は,裁判官の早期退職,すなわち国家公務員退職手当法8条の2に基づく「早期退職希望者の募集」に応じて定年前に退官する仕組みを,制度の全体像と関係資料の読み方の両面から整理するものである。
令和8年10月6日を基準日とし,法令の条文はe-Gov法令検索で取得した現行の本文によっている。
特定の回の募集実施要項の内容と前回との違いは,令和8年4月の裁判所の早期退職募集実施要項2通を読む―裁判官6人・一般職29人の募集,認定の順位,応募の締切及び退職手当の割増しで詳しく整理している。
平成25年以降の募集実施要項のPDFは,早期退職希望者の募集実施要項(裁判官向け)及び裁判官以外の裁判所職員の早期退職希望者の募集実施要項(一般職向け)に掲載している。
実際に50歳以上で依願退官した裁判官は,50歳以上の裁判官の依願退官の情報に早期退職の枠ごとにまとめている。
2 結論の要旨
①最高裁判所長官は,国家公務員退職手当法8条の2第1項1号に基づき,下級裁判所の裁判官(簡易裁判所判事を除く。)で50歳以上65歳未満の者と,簡易裁判所判事で55歳以上70歳未満の者を対象に,早期退職希望者の募集を行っている。
②裁判官向けの募集実施要項は平成26年以降おおむね年4回作成されており,募集人数は,平成29年2月6日付以降,11月頃の要項が12人,それ以外の要項が6人である。
③応募は任意であり,応募した裁判官は,不認定の事由に当たらない限り,退職が予定されている者として認定を受け,指定された退職すべき期日に退官する。
④懲戒処分に準ずる処分(裁判官については裁判官分限法2条の懲戒)を募集の開始の日に受けている者や募集の期間中に受けた者は,応募できない。
⑤勤続25年以上の裁判官が認定を受けて退職すべき期日に退官した場合,退職手当の基本額は定年退職と同じ規定で計算され,一定の要件の下で退職日の俸給月額が割り増される。
第2 早期退職募集の仕組み
1 根拠規定と2つの類型
国家公務員退職手当法(以下「法」という。)8条の2第1項は,各省各庁の長等は,定年前に退職する意思を有する職員の募集を行うことができると定める。
各省各庁の長等とは,財政法20条2項に規定する各省各庁の長及び行政執行法人の長並びにこれらの委任を受けた者をいい,財政法20条2項は最高裁判所長官を各省各庁の長に含めている。
募集には,職員の年齢別構成の適正化を図ることを目的とし,一定の年齢以上の職員を対象として行う募集(法8条の2第1項1号)と,組織の改廃又は官署若しくは事務所の移転を円滑に実施することを目的とする募集(同項2号)の2類型がある。
裁判官向けの募集実施要項は,いずれも冒頭で「第8条の2第1項第1号の規定により」募集を行うと述べており,年齢別構成の適正化を目的とする1号の募集である。
内閣官房内閣人事局の「早期退職募集制度について」によれば,この制度は平成25年11月1日から,制度に基づく退職(応募認定退職)が可能となったものである。
当ブログに掲載している裁判官向けの募集実施要項で最も古いものは,平成25年8月30日付のものである。
2 対象となる年齢
法8条の2第1項1号の募集の対象は,法5条の3の政令で定める年齢以上の職員である。
国家公務員退職手当法施行令(以下「施行令」という。)5条の3第3項は,この年齢を,退職の日において定められている定年から20年を減じた年齢とし,施行令附則4項は,当分の間,この「二十年」を「十五年」と読み替えている。
裁判所法50条は,高等裁判所,地方裁判所又は家庭裁判所の裁判官の定年を65歳,最高裁判所及び簡易裁判所の裁判官の定年を70歳と定める。
定年から15年を減じると,下級裁判所の裁判官(簡易裁判所判事を除く。)は50歳,簡易裁判所判事は55歳となり,裁判官向けの募集実施要項の対象年齢の下限と一致する。
対象年齢の上限が65歳未満又は70歳未満とされているのは,退職すべき期間の末日までに定年に達する者は応募できないとされていること(法8条の2第3項3号)に対応していると考えられる。
3 募集実施要項の記載事項
法8条の2第2項は,募集を行うに当たり,1号・2号の別,認定を受けた場合に退職すべき期日又は期間,募集をする人数,募集の期間その他政令で定める事項を記載した要項(募集実施要項)を,募集の対象となるべき職員に周知しなければならないと定める。
裁判官向けの募集実施要項は,「募集の対象」「募集人数」「募集の期間」「退職すべき期間」「応募の手続」「認定の手続」「応募の取下げの手続」「応募等の手続に関する問合せ先」の各項と注で構成されている(令和8年4月28日付の要項)。
4 応募の任意性と応募できない者
応募及び応募の取下げは職員の自発的な意思に委ねられるものであって,各省各庁の長等は職員に対しこれらを強制してはならない(法8条の2第4項)。
職員は,募集の期間中いつでも応募し,退職すべき期日が到来するまでの間いつでも応募の取下げを行うことができる(同条3項)。
ただし,臨時的に任用される職員その他の法律により任期を定めて任用される者,退職すべき期日又は退職すべき期間の末日が到来するまでに定年に達する者,及び国家公務員法82条の規定による懲戒処分(管理又は監督に係る職務を怠った場合における処分で政令で定めるものを除く。)又はこれに準ずる処分を募集の開始の日において受けている者又は募集の期間中に受けた者等は,応募できない(法8条の2第3項)。
令和8年4月28日付の要項は,注1で,国家公務員退職手当法上,裁判官について,懲戒処分に準ずる処分とは,裁判官分限法2条に規定する懲戒をいうものと解されていると説明している。
裁判官分限法2条は,「裁判官の懲戒は、戒告又は一万円以下の過料とする。」と定める。
法文の基準は「募集の開始の日において受けている者又は募集の期間中に受けた者」であり,過去に一度でも懲戒を受けたことがあれば常に応募できなくなるという書き方にはなっていない。
5 認定,不認定及び認定の失効
各省各庁の長等は,応募をした職員について,次のいずれかに当たる場合を除き,応募による退職が予定されている職員である旨の認定をするものとされている(法8条の2第5項)。
①応募が募集実施要項又は同条3項の規定に適合しない場合
②応募をした後に懲戒処分又はこれに準ずる処分を受けた場合
③処分を受けるべき行為をしたことを疑うに足りる相当な理由がある場合その他認定を行うことが公務に対する国民の信頼を確保する上で支障を生ずると認める場合
④応募者を引き続き職務に従事させることが公務の能率的運営を確保し,又は長期的な人事管理を計画的に推進するために特に必要であると認める場合
これらに当たらない応募者の数が募集をする人数を超える場合,あらかじめ定めて周知した方法に従い,超える分の応募者について認定をしないことができる(同項ただし書)。
裁判官向けの要項では,常時勤務に服することを要する国家公務員としての引き続いた在職期間の長い者から順に認定し,在職期間が同じ者の間では,定年の年齢から退職すべき期間の末日現在の満年齢(月単位まで)を控除した年月数の少ない者から順に認定するとされている(令和8年4月28日付の要項6項(3))。
認定をし,又はしない旨の決定は,遅滞なく書面で応募者に通知され,認定をしない場合は理由も示される(法8条の2第6項)。
認定を受けた応募者が,退職すべき期日の前に退職し,又はその期日に退職しなかったとき,懲戒処分(懲戒免職の処分等を除く。)又はこれに準ずる処分を受けたとき,応募を取り下げたとき等には,認定は効力を失う(同条8項)。
各省各庁の長等は,募集実施要項を内閣総理大臣に送付し,認定を受けた応募者の数を報告しなければならず(法8条の2第9項),内閣総理大臣は,毎年度,これらを取りまとめて公表する(同条10項)。
内閣官房内閣人事局の「早期退職募集制度について」は,各年度の募集実施要項とともに,国家公務員全体で認定を受けた職員の総数(令和3年度1,648人,令和4年度1,721人,令和5年度2,199人,令和6年度1,972人,令和7年度1,867人)を掲載している。
第3 裁判官向けの募集実施要項の読み方
1 名義と作成の時期
裁判官向けの要項は「最高裁判所長官」の名義で作成され,裁判官以外の裁判所職員(一般職)向けの要項は最高裁判所の人事局長の名義で作成されている。
早期退職希望者の募集実施要項(裁判官向け)に掲載している要項の日付を見ると,平成26年以降はおおむね2月,4月又は5月,8月,10月又は11月の年4回作成されている。
一般職向けの要項は,おおむね4月又は5月と10月の年2回作成されている。
2 応募の手続
令和8年4月28日付の要項によれば,応募しようとする裁判官は,早期退職希望者の募集に係る応募申請書(別記様式第一)に必要事項を記入し,募集の期間内に,所属庁の長(簡易裁判所の裁判官にあってはその所在地を管轄する地方裁判所の長,高等裁判所の裁判官にあっては事務局長)に,電子メール,持参又は郵便で提出する。
応募の有効性は,所属庁の長において受信し又は受領した日時をもって判断され,郵便は消印有効とはならないと明記されている。
平成25年8月30日付の要項では,応募申請書の様式の根拠を「国家公務員退職手当法の規定による早期退職希望者の募集及び認定の制度に係る書面の様式等を定める省令」(平成25年総務省令第58号)と表記していた。
平成30年8月1日付の要項では同じ番号の「内閣官房令」と表記され,令和8年4月28日付の要項では単に「別記様式第一」と表記されている。
3 募集人数,募集の期間及び退職すべき期間
当ブログに掲載している裁判官向けの募集実施要項52通(平成25年8月30日付から令和8年4月28日付まで)の募集人数,募集の期間及び退職すべき期間は,早期退職希望者の募集実施要項(裁判官向け)の一覧の第2の2に,各要項のPDFへのリンクを付けて一覧表にしている。
この一覧表から,次のことが読み取れる。
①募集人数は,平成25年から平成28年までは2人から12人まで回ごとに異なっていたが,平成29年2月6日付以降は,11月頃(令和7年は10月29日付)の要項が12人,それ以外の要項が6人で一定している。
②11月頃の要項の退職すべき期間は,年度末をはさむ2月又は3月から4月までである。
③退職すべき期間は,令和2年11月2日付の要項までは原則として「15日から2か月後の15日まで」の形だったが,令和3年2月1日付の要項から「1日から翌月末日まで」の形に変わった。
④募集の期間は,平成25年8月30日付の要項だけが約3週間で,それ以降は約2か月間である。
募集の対象年齢の括り方(50歳以上65歳未満,簡易裁判所判事は55歳以上70歳未満)は52通とも同じであり,年齢は要項ごとに定められた基準日(退職すべき期間の末日)現在で判定される。
認定を受けた者の退職すべき期日は,退職すべき期間内のいずれかの日として,認定後に通知される(法8条の2第7項,各要項の4項)。
4 認定後の期日の変更
令和8年4月28日付の要項の注3は,認定後に生じた事情により,退職すべき期日に退職することにより公務の能率的運営の確保に著しい支障を及ぼすこととなると認める場合には,本人にその旨及び理由を明示し,書面による同意を得た上で,必要な限度で期日を繰り上げ,又は繰り下げることがあるとしている。
施行令9条の8第1項も,本人の書面による同意を要件としている。
第4 退職手当との関係
1 支給率
法5条1項6号は,25年以上勤続し,法8条の2第1項1号に係る認定を受けて退職すべき期日に退職した者を,25年以上勤続後の定年退職者等と同じ規定で退職手当の基本額を計算する者に含めている。
これに対し,勤続25年未満の者は同号に当たらない。
勤続期間ごとの支給率は,国家公務員退職手当支給率早見表(平成30年1月1日以降の退職)で確認できる。
2 定年前早期退職特例
法5条の3は,勤続期間が20年以上で,定年に達する日から政令で定める一定の期間前までに退職し,かつ,年齢が政令で定める年齢以上の者について,退職日俸給月額に,定年と退職の日の年齢との差に相当する年数1年につき政令で定める割合を乗じて得た額を加えて,退職手当の基本額を計算する特例である。
施行令5条の3は,一定の期間を6月とし(2項),割合を,退職日俸給月額が指定職俸給表4号俸の額に相当する額以上の職員は100分の1,同表1号俸の額に相当する額以上4号俸の額に相当する額未満の職員は100分の2,それ以外の職員は100分の3(定年との差が1年の職員は100分の2)としている(4項)。
退職日俸給月額が指定職俸給表6号俸の額に相当する額以上の者等は,この特例の対象外である(法5条の3,施行令5条の3第1項)。
裁判官については,定年が引き上げられた一般職の職員と異なり,定年(65歳又は70歳)をそのまま用いて特例を当てはめることになると考えられる。
一般職との違いと条文の読み方は,令和8年4月の裁判所の早期退職募集実施要項2通を読む―裁判官6人・一般職29人の募集,認定の順位,応募の締切及び退職手当の割増しの第6で整理している。
3 任期終了前の依願退官との違い
任期の終了に伴う配置等の事務の都合により任期終了前1年以内に依願退官した場合の退職手当は,早期退職募集による退官とは別の規定で扱われる。
支給率の比較は,下級裁判所裁判官の任期終了直前の依願退官・任期終了退官と退職手当支給率で整理している。
退職手当の推定額は,裁判官の退職金(退職手当)はいくらか―推定額・計算方法・税金で試算している。
第5 情報公開で分かったこと
1 早期退職の関係で開示されなかった文書
最高裁判所に対する司法行政文書の開示の申出では,次の文書がいずれも「作成又は取得していない」として不開示とされた。
いずれも,情報公開・個人情報保護審査委員会の答申で不開示の判断が妥当とされている。
①早期退職が認められなかった裁判官の人数が年度別に分かる文書(令和7年度(最情)答申第24号)
②早期退職への応募を考えている裁判官から応募等の手続に関する問合せがあった場合の受け答えに使用している,人事局任用課実施係のマニュアルその他の文書(令和2年度(最情)答申第57号)
③裁判官の辞表の書式を定めた文書(令和3年度(最情)答申第20号)
④早期退職した裁判官のうち,何人が公証人に就いていることが分かる文書(令和2年度(最情)答申第11号)
それぞれの開示申出の経過と答申の理由は,裁判官の早期退職に関する最高裁の情報公開―不認定の人数,辞表の書式,応募手続のマニュアル及び公証人になった人数で整理している。
2 退職準備等説明会
最高裁判所は,裁判官を対象とした退職準備等説明会は実施していないと説明しており,その配布資料も作成又は取得していないとされている(令和2年度(最情)答申第32号)。
下級裁判所の説明会の資料と開示申出の経過は,裁判所の退職準備等説明会―最高裁・大阪高裁等の不開示と答申,東京高裁の令和元年10月30日の配布資料で整理している。
第6 民間の早期退職優遇制度との違い
民間企業の選択定年制について,使用者の承認によって退職の効果が生ずるとされ,承認をするかどうかに関し就業規則等で特段の制限が設けられていない事情の下では,承認されなかった従業員に選択定年制による退職の効果は生じないとした判例がある(最高裁平成19年1月18日判決・集民223号5頁)。
この判例は,選択定年制・早期退職優遇制度の申出を会社は承認しないことができるか―最高裁平成19年1月18日判決と割増退職金で詳しく紹介している。
これに対し,国家公務員の早期退職募集では,法8条の2第5項が不認定の事由と人数を超える場合の制限の方法を定め,同条6項が不認定の理由を書面で通知することを求めている。
また,応募を強制することは禁止されており(同条4項),退職勧奨とは別の制度である。
退職勧奨が違法とされた例(最高裁昭和55年7月10日判決・集民130号131頁)は,退職勧奨の適法性と進め方―違法となる場合,諭旨退職・解雇との違い及び配転・降格との関係で紹介している。
第7 関連記事
①令和8年4月の裁判所の早期退職募集実施要項2通を読む―裁判官6人・一般職29人の募集,認定の順位,応募の締切及び退職手当の割増し
②早期退職希望者の募集実施要項(裁判官向け)
③裁判官以外の裁判所職員の早期退職希望者の募集実施要項(一般職向け)
④裁判官の早期退職に関する最高裁の情報公開―不認定の人数,辞表の書式,応募手続のマニュアル及び公証人になった人数
⑤裁判所の退職準備等説明会―最高裁・大阪高裁等の不開示と答申,東京高裁の令和元年10月30日の配布資料
⑥選択定年制・早期退職優遇制度の申出を会社は承認しないことができるか―最高裁平成19年1月18日判決と割増退職金
⑦50歳以上の裁判官の依願退官の情報
⑧裁判官の退官情報
⑨裁判官の退職金(退職手当)はいくらか―推定額・計算方法・税金
⑩下級裁判所裁判官の任期終了直前の依願退官・任期終了退官と退職手当支給率
⑪裁判官の年収はいくらか―報酬月額・手当・推定計算
⑫判検事トップの月収―報酬・俸給月額と行政機関の主な特別職との比較
⑬裁判官の号別在職状況―令和7年12月の人数と過去の開示資料
⑭裁判官の昇給
⑮裁判官の兼職
⑯裁判所職員(裁判官を含む。)の年齢階層・男女別在職状況
⑰裁判所の指定職職員
⑱裁判所職員の再就職
⑲平成18年度以降の,公証人の任命状況
第8 出典
1 法令
①国家公務員退職手当法5条・5条の3・8条の2(e-Gov法令検索)
②国家公務員退職手当法施行令5条の3・9条の8・附則4項(e-Gov法令検索)
③財政法20条(e-Gov法令検索)
④裁判所法50条(e-Gov法令検索)
⑤裁判官分限法2条(e-Gov法令検索)
2 募集実施要項
①早期退職希望者の募集実施要項(令和8年4月28日付の最高裁判所長官の文書)
②早期退職希望者の募集実施要項(平成30年8月1日付の最高裁判所長官の文書)
③早期退職希望者の募集実施要項(平成25年8月30日付の最高裁判所長官の文書)
④そのほかの要項は,早期退職希望者の募集実施要項(裁判官向け)に掲載している各PDF
3 内閣人事局の資料
①内閣官房内閣人事局「早期退職募集制度について」
②国家公務員退職手当支給率早見表(平成30年1月1日以降の退職)
4 裁判例
①最高裁昭和55年7月10日判決(昭和52年(オ)第405号)
②最高裁平成19年1月18日判決(平成16年(受)第380号)