第1 裁判官は副業・兼職ができるか
裁判官の兼職は,報酬の有無,他の職務の内容及び営利業務への該当性を分けて確認する必要があります。
裁判所法52条2号は,最高裁判所の許可のある場合を除いて,報酬のある他の職務へ従事することを禁止しています。
同条3号は,商業を営み,その他金銭上の利益を目的とする業務を行うことを禁止しており,2号の許可があれば営利業務も当然にできるという仕組みではありません。
令和7年度の裁判官の兼職についてには,兼職通達,許可申請書及び手続の説明が収録されています。
通達は,継続的又は定期的な調査・研究・執筆等も対象に含め,旅費・宿泊料等の実費弁償を報酬から除いています。
活動の呼び名だけで判断せず,実際に行う職務と対価の内容を確認することが必要です。
第2 無報酬の場合と大学等の講師
無報酬であっても,兼職通達上,あらかじめ所属庁又は最高裁判所の許可を要する類型があります。
一般の他職務,国・公共的団体の委員会,地方公共団体の委員会及び弁護士会の資格審査会・懲戒委員会・綱紀委員会等では,許可の経路が異なります。
町内会,居住するマンションの管理組合,子の学校のPTA等の役員については例外の説明がありますが,あらゆる無償活動が許可不要という意味ではありません。
報酬を得て継続的又は定期的に大学等の講師を兼ねる場合には,一定の高等裁判所が最高裁判所名で許可できる仕組みがあります。
通達には,授業が官庁の執務時間外であること,兼職期間が3か月以上なら週2時間以下,3か月未満なら週6時間以下という基準と,特別の事情がある場合の扱いが記載されています。
講演依頼の相手との倫理上の関係は,裁判官の倫理で別に説明しています。
第3 申請の時期・許可期間と不動産賃貸
令和7年度研修資料に収録された通達は,原則として兼職開始予定日の1か月前までに,所属庁へ申請書2部を提出し,許可期間を2年以内とする手続を説明しています。
所属庁が許可権限を有するかどうかによって,送付先とその後の手続も異なります。
許可を受ける前に始めてよいと判断せず,活動内容と予定期間を明らかにして確認することが必要です。
不動産賃貸については,室数などの一般職員向け基準だけで裁判官の許否を決めることはできません。
以下の平成29年の答申は,特定の計画について裁判所法52条2号・3号の解釈運用を検討したものであり,あらゆる不動産所有又は賃貸を一律に禁止したものではありません。
答申で扱った計画の内容と判断理由を,個別事案に即して読む必要があります。
所得税の「事業としての不動産貸付け」の判定と,裁判官の兼職・営利業務の判断は別の問題です。
国税庁のタックスアンサーNo.1373及び所得税基本通達26-9は,建物の貸付けについて,原則として社会通念上の規模で実質的に判断し,独立した室数がおおむね10室以上,又は独立家屋がおおむね5棟以上である場合等の取扱いを説明しています。
これは不動産所得の計算上の取扱いを区分するための基準であり,通常の建物賃貸が税務上事業的規模であることだけで,所得区分が事業所得へ変わるという意味ではありません。
他方,裁判所法52条2号・3号は,報酬のある他の職務への従事と,営利業務の禁止について定めています。
税務上の5棟10室という目安から,「これを下回れば兼職許可は不要である」,又は「これに達すれば必ず同条3号に該当する」という結論を導くことはできません。
所得税の判定と兼職上の許否を,それぞれの根拠に即して検討する必要があります。
平成29年度答申第1号は,相続等で取得した賃貸不動産や転補で住めなくなった自宅の維持・管理と,在任中に多額の融資を受けて賃貸用不動産を新築する計画とを,事情に即して区別しています。
相続した賃貸物件,転居後の自宅及び新たな投資計画を,すべて同じものとして扱うことは適切ではありません。
このような相談では,取得の経緯と目的,資金調達,管理への関与及び本務との関係を確認し,兼職上の許否と所得税の申告上の扱いを分けて検討することが必要です。
第4 条文・平成29年の答申と関連資料
1 総論
(1) 最高裁判所は,裁判官が他人の業務に従事する行為に限らず,自ら一定の業務の主体となる行為であっても,裁判所法52条2号の「報酬のあるほかの職務に従事すること」に該当するものとして許可申請の対象となることを前提に,その従事しようとする職務が裁判官としての職務の遂行に支障がないと認められる場合その他裁判所法の精神に反しないと認められる場合に限り,裁判所法52条2号の許可を出しています。
(2) 裁判所法52条の条文は以下のとおりです。
(政治運動等の禁止)
第五十二条 裁判官は、在任中、左の行為をすることができない。
一 国会若しくは地方公共団体の議会の議員となり、又は積極的に政治運動をすること。
二 最高裁判所の許可のある場合を除いて、報酬のある他の職務に従事すること。
三 商業を営み、その他金銭上の利益を目的とする業務を行うこと。
2 裁判官の兼職許可申請に関する答申(平成29年9月6日付)
・ 最高裁判所行政不服審査委員会が出した,平成29年度答申第1号(平成29年9月6日答申)「兼職許可申請不許可処分に関する件」には,裁判所法52条2号と3号の関係等に関する一般論として以下の記載があります(ナンバリング及び改行を行っています。)。
1(1) 本件不許可処分の適法性及び妥当性を検討するに当たっては,その前提として,裁判所法52条2号と3号の関係や,これと兼職通達との関係を整理する必要があるので,以下において検討を加えることとする。
裁判所法52条は,裁判官が在任中することができない行為として,「最高裁判所の許可のある場合を除いて,報酬のある他の職務に従事すること」(同条2号),「商業を営み,その他金銭上の利益を目的とする業務を行うこと」(同条3号)を規定しているところ,処分庁は,裁判官の兼職許可の運用について,「他の職務に従事すること」(同条2号)とは他人の業務に従事する行為には限られず,裁判官が自ら一定の業務の主体となる行為も同号の許可申請の対象となると解した上で,そのように一定の業務の主体となる行為が「商業を営み,その他金銭上の利益を目的とする業務を行うこと」(同条3号)に該当する場合には,同条2号の規定に基づく兼職許可をすることができないという関係にあるものとして解釈運用しているものと認められる(審査庁の説明書面)。
(2) そこで,このような処分庁の解釈運用につき検討する。
ア 処分庁の上記解釈運用は,裁判官が自ら一定の業務の主体となる行為の全てが直ちに禁止されることにはならず,在任中に行うことが許される業務行為もあり得るものとして,そのような業務行為も裁判所法52条2号が規定する「報酬のある他の職務に従事すること」に含まれ,同号の規定に基づく許可をすることがあり得るというものである。
イ 裁判所法52条2号及び3号の文言を見れば,「他の職務に従事すること」(2号)は他人の業務に従事する行為の意と解し,一方で裁判官が自ら一定の業務の主体となる行為は全て「商業を営み,その他金銭上の利益を目的とする業務を行うこと」(3号)に該当して全面的に禁止されるという解釈も採り得るところではある。
しかし,このように解した場合には,裁判官が相続等により取得した賃貸不動産や転補により居住できなくなる自宅を維持・管理することを目的とする不動産賃貸などは全面的に禁止となり,あまりに厳しい結果となることが想定されるところである。
そこで,第2の解釈として,裁判所法52条2号の定める「報酬のある他の職務」が,他人の業務に従事する行為に限られず,裁判官が自ら一定の業務の主体となる行為を含むと解釈することも,文理上許容できないとはいえないものである。このように解する場合には,上記のとおりの裁判官の不動産賃貸などについて,実情に応じて柔軟に対応することが可能となる。
処分庁の上記解釈運用も,同様の観点から,裁判所法の文理及び趣旨に反しない範囲で,裁判官の一定の経済的活動の必要性にも配慮しようとするものとみることができる。
つまり,処分庁による許可の処理状況を見ると,裁判官の兼職許可申請(ただし,兼職通達第1の2及び第2に掲げる場合の許可に係る申請を除く。以下同じ。)の件数が年間五十数件程度であり,そのうちのほとんどが,上記のとおりの裁判官による不動産賃貸の例であり,裁判官が自ら一定の業務の主体となる行為を対象とするものであるという実情(審査庁の説明書面(3項),審査庁の提出資料)が認められるところ,処分庁の上記解釈運用はこうした実情に配慮した対応を図るものということができる。
ウ そうすると,処分庁の上記解釈運用は,一定の合理性があるものとして是認することができ,これを違法又は不当ということはできない。
2(1) 次に,兼職通達は,裁判所法52条2号の規定による許可は,その従事しようとする職務が裁判官としての職務の遂行に支障がないと認められる場合その他裁判所法の精神に反しないと認められる場合に限り行う旨を定めるところ,処分庁は,同条3号に該当するかどうかの判断においても,兼職通達の適用があるものとしているので(審査庁の説明書面),この点について検討を加える。
(2) 裁判所法52条3号の規定は,公務員は全体の奉仕者(憲法15条2項)として常に公共の利益のみを指針として行動しなければならないところ,特に裁判官は,各自独立して各種の争訟事件を審理し,法律を解釈適用して,国家としての判断を示すことをその職務とするものであるから,その職務の性質上,最も公正かつ廉潔であることが求められ,裁判官が私的利益にいざなわれているかのような印象を国民に与える行動があれば,その裁判官による裁判,ひいては裁判制度に対する国民の信頼を失わせることにもなりかねないため,このような事態を生じさせないように,同号が規定する業務を行うことを絶対的に禁止したものと解される。
同号に該当するかどうかの判断において,従事しようとする職務が裁判官としての職務の遂行に支障がないと認められる場合その他裁判所法の精神に反しないと認められるかどうかを基準とする兼職通達を適用しても,同号が規定する業務を絶対的不許可事由とした法の趣旨を踏まえたものということができるから,同号の該当性の判断において兼職通達を適用することが違法であるとか,不当であるとは認められないものと考えられる。
(3) なお,審査請求人は,前記のとおり,本件計画の内容を検討するに当たり,人事院規則14-8の規定ないし趣旨に違反しないように配慮したことがうかがわれるが(前記前提となる事実,審査請求書),裁判官には同人事院規則の適用はないことは審査請求人も認めるとおり(審査請求書)であるし,一般職員に比べ裁判官の職務に上記の特性があることからすれば,
裁判所法52条の規定による許可の判断基準と同人事院規則の判断基準とを同一と解すべき理由も見当たらないものであり,上記判断を左右するものではない。
裁判官の兼職について(令和2年度新任判事補研修の資料)1/2を添付しています。 pic.twitter.com/4eiivtXDrb
— 弁護士 山中理司 (@yamanaka_osaka) April 4, 2021
3 関連資料
・ 裁判官が他の職務に従事する場合の許可等について(平成3年12月27日付の最高裁判所事務総長通達)
→ 略称は「兼職通達」です。
・ 裁判官及び裁判官の秘書官以外の裁判所職員の兼業の許可等について(平成4年6月26日付の最高裁判所事務総長通達)
・ 下級裁判所の裁判官の倫理の保持に関する申合せ(平成12年6月15日付の高等裁判所長官申合せ)
・ 平成29年9月6日付の最高裁判所行政不服審査委員会平成29年度答申第1号(兼職許可申請不許可処分に関する件)
・ 平成29年10月25日付の最高裁判所の裁決書
4 関連記事その他
(1) 最高裁が平成29年10月に不許可とした男性裁判官によるアパート経営(居室は12室)については,元々採算の合うものではなかったという指摘があります(楽待HPの「【実践大家コラム】裁判官のアパート経営をシミュレーション!」参照)。
(2) 以下の記事も参照してください。
・ 柳本つとむ裁判官に関する情報,及び過去の分限裁判における最高裁判所大法廷決定の判示内容
・ 司法修習生の兼業・兼職の禁止
・ 司法修習生の兼業の状況
裁判官が他の職務に従事する場合の許可等について(平成3年12月27日付の最高裁判所事務総長依命通達)2/2を添付しています。 pic.twitter.com/znpwfdeZdm
— 弁護士 山中理司 (@yamanaka_osaka) July 31, 2022
第5 出典
①裁判所法52条(e-Gov法令検索)。
②裁判官の兼職について(令和7年度新任判事補研修資料)71頁~76頁(PDF1頁~6頁)。
③平成29年度答申第1号PDF8頁~12頁。
④国税庁タックスアンサーNo.1373及び所得税基本通達26-9。
答申の引用,関連資料及び関連記事は,第4にも掲載しています。