第1 何が不開示になったのか
大川原化工機事件で,逮捕状,勾留状,勾留延長及び保釈請求の各手続を担当した裁判官の氏名が分かる文書について,東京地裁は,文書があるかどうかを明らかにしないで不開示とした。
東京地裁が答えなかったのは,開示を申し出た文書の存否そのものである。
文書の存否を答えると明らかになるとされたのは,特定の被告人に対して逮捕状が請求された事実や,勾留,勾留延長及び保釈の各請求がされた事実の有無である。 東京地裁の不開示通知書,最高裁判所事務総長の理由説明書
本記事では,令和3年から令和8年までの開示申出,苦情申出,諮問及び答申の資料に基づき,裁判所が文書の存否を答えない仕組みと,事件に関する公開資料との関係を整理する(令和8年11月6日時点)。
第2 裁判所が文書の存否を答えない仕組み
1 司法行政文書と事件記録
裁判所の司法行政文書の開示は,最高裁判所の取扱要綱に基づいて行われる。
行政機関情報公開法は裁判所に直接適用されないが,要綱記第2は,同法5条の不開示情報に相当する情報を不開示の基準としている。
事件記録のように裁判事務に関して保有している文書は,原則として司法行政文書の開示の対象にならず,事件記録の閲覧・謄写はそれぞれの法律が定める手続による。 取扱要綱1~2頁,裁判所の手続案内
2 存否応答拒否と個人識別情報
要綱記第5は,開示の申出があった司法行政文書が存在しているか否かを答えるだけで不開示情報を開示することとなるときは,その存否を明らかにしないで開示しないことができると定めている。
行政機関に対する開示請求については,情報公開法8条が同じ構造の規定を置いている。
本件の申出は,事件を特定した上で各雑事件の担当裁判官が分かる文書を求めたものであったため,存否を答えることによって被告人に関するどの事実が分かるかが問題になった。 取扱要綱記第5,行政機関情報公開法5条1号・8条,令和5年度(情)答申第37号の第6
文書の一部を伏せて開示する部分開示は要綱記第3に,公益上特に必要がある場合の開示は記第4に定められている。
存否応答拒否の通知からは,申出文書を裁判所が保有しているかどうかは分からない。 取扱要綱記第3~5
第3 最初の不開示と令和6年の答申
1 申出と原判断
令和3年12月9日付けの開示申出は,令和4年に2回補正された。
東京地裁所長は,令和5年5月25日,対象文書の存否を答えることは,公にすることにより個人の権利利益を害するおそれがある情報(情報公開法5条1号後段に相当)を開示することとなるとして,その存否を明らかにしないで不開示とした。
「既済事件一覧表」は,申出の対象文書の例として申出書に挙げられたものである。 東京地裁の令和5年5月25日付け不開示通知書
2 匿名の答申と事件を結び付ける資料
令和5年7月24日付けの諮問は,令和5年度(情)諮問第22号である。
同年7月31日付けの諮問番号通知には,対象となった外為法違反被告事件の2つの起訴日が示されている。
令和6年1月31日付けの答申書の写しの送付状は,同じ諮問に対して同月24日に令和5年度(情)答申第37号がされたことを示している。
裁判所のウェブサイトに掲載された答申は罪名と起訴日を匿名化しているため,事件との対応はこの通知と送付状で確認できる。 諮問番号通知・理由説明書,答申書の写しの送付状と答申書,裁判所のウェブサイトの答申
3 委員会が原判断を妥当とした理由
最高裁判所事務総長の理由説明は,存否を答えると被告人に対する身柄拘束の事実の有無という機微な情報が明らかになるとして,情報公開法5条1号後段に相当するとした。
委員会は,存否を答えることは当該被告人の逮捕状の請求,勾留,勾留延長及び保釈の各請求に関する事実の有無を明らかにすることと同様の結果を生じさせるとして,同号に規定する個人識別情報に相当すると判断し,原判断を妥当とした。 答申第4及び第6
苦情申出人は,日弁連のウェブサイトの記事と警察白書を挙げた。
委員会は,特定の団体がその判断で公表したにとどまる情報は,それによって慣行として公にされた情報になるとはいえないとし,警察白書にも身柄拘束に関する各裁判の記載はないと説明した。
ここで問題になったのは,同号ただし書イにいう「法令の規定により又は慣行として公にされ、又は公にすることが予定されている情報」に相当するかどうかである。
委員会は,同号ただし書ロ・ハに相当する事情も認めなかった。 答申第6の2~3,行政機関情報公開法5条1号
最高裁判所事務総長は,令和6年3月1日付けで,この答申を受けたことを踏まえ,東京地裁の不開示の判断を相当と判断したことを通知した。 苦情の申出に係る対応についての通知
第4 令和7年の再申出と令和8年の諮問
1 再申出から審議まで
令和7年6月24日付けの再申出は,2つの起訴日に加え,捜査の違法性を認めた東京高裁令和7年5月28日判決の確定と,その後の元被告人への謝罪の経過も記して事件を特定した。
求めたのは,逮捕状,勾留状,勾留延長決定及び保釈請求の各雑事件の担当裁判官の氏名が分かる文書である。
東京地裁所長は,令和8年2月25日,文書の存否を答えることは個人識別情報(情報公開法5条1号に相当)を開示することとなるとして,その存否を明らかにしないで不開示とした。 不開示通知書と添付の申出書
同年4月7日付けの苦情申出書は8日に受け付けられ,5月8日に情報公開・個人情報保護審査委員会へ諮問された。
5月15日付けの委員長の通知で諮問番号が令和8年度(情)諮問第10号と示され,9月18日の第6回委員会の議事概要には,調査・審議の新規案件として記載された。
令和8年11月6日時点で最高裁判所のウェブサイトに掲載されている令和8年度の答申((情)答申第1号から第36号まで)には,この諮問に対応するものは含まれていない。
本記事は,同年9月18日の委員会までの経過を扱う。 諮問通知,諮問番号通知・理由説明書,第6回委員会議事概要4頁,令和8年度の公表答申一覧
2 報道機関の取材への対応をどう評価したか
令和8年5月8日付けの理由説明書によると,苦情申出人は,事件を公判前整理手続に付する決定をするなどした東京地裁の裁判官が報道機関の取材に応じたことを挙げ,文書の存否は不開示情報に該当しないと主張した。
最高裁判所事務総長は,その裁判官は個別の刑事事件について取材に応じたわけではなく,報道は報道機関がした取材の結果に基づき当該報道機関の方針等に沿って行われたものであるとして,公表慣行には当たらないと説明した。
この理由説明書は,最高裁判所事務総長が原判断を相当と考える理由を委員会に提出したものである。
最高裁判所は,委員会の答申を受けたときは,これを尊重して苦情申出に対する判断を行う。 理由説明書の記3,取扱要綱記第11の3・7
第5 保釈請求や担当裁判官が公開資料で分かることとの関係
日弁連が令和7年12月9日に取りまとめた報告書の別紙(身体拘束関係時系列表)は,各事実が裁判書や裁判記録に基づくものであるとした上で,個々の請求や決定と担当裁判官を記載している。
最高検察庁の同年8月7日付けの検証報告書にも,元被告人と担当裁判官を仮名で示して保釈請求と決定の経過を記した箇所がある。
また,事件関係者側がCALL4で公開した令和2年4月8日付けと同年6月23日付けの保釈請求却下決定の謄本には,保釈の請求,却下及び担当裁判官が記載されている。 日弁連報告書39~47頁,最高検察庁の検証報告書23~24頁,4月8日付け決定の謄本,6月23日付け決定の謄本
令和6年の答申が検討したのは,当時の日弁連のウェブサイトの記事と警察白書である。
その後に公表された資料を踏まえて考えるときは,①事件や捜査の概要,②個々の請求・決定,③担当裁判官の氏名,④申出対象文書の存否を分けると,何がどの経路で明らかになったかを比較できる。
裁判書の謄本の場合も,文書を作成したのは裁判所であり,公開したのは事件関係者側である。
どの主体がいつ何を公表したか,それが存否を答えることで明らかになる具体的な事実とどこまで重なるかが,公表慣行を検討する際の論点となる。 令和6年の答申第6,令和8年の理由説明書,6月23日付け決定の謄本
第6 関連PDFで分かること
1 裁判所の開示手続をたどる資料
1 令和8年5月15日付けの諮問番号通知・理由説明書等は,1頁が情報公開・個人情報保護審査委員会委員長の通知,2~3頁が5月8日付けの最高裁判所事務総長の理由説明書である。
2 令和8年5月8日付けの諮問通知は,東京地裁の不開示に対する苦情の申出について,同日,委員会に諮問したことを最高裁判所事務総長が知らせたものである。
3 令和8年2月25日付けの東京地裁の不開示通知書には,1頁に不開示の理由が,2頁の添付の申出書に申出の対象が示されている。
4 令和6年1月24日付けの答申書の写しには1月31日付けの送付状が付いており,先行する諮問の番号と答申の番号の対応を確認できる。
5 令和5年7月24日付け理由説明書・同月31日付け諮問番号通知(9月掲載分)からは,先行手続で求めた文書の範囲と,当時の最高裁判所事務総長の説明が分かる。
6 同じ理由説明書等の令和5年8月掲載分は,9月掲載分と同一内容のPDFであり,掲載URLが2つある。
2 国賠判決・検察の対応をたどる資料
7 東京高裁令和7年5月28日判決は,国と東京都を相手とする国家賠償請求訴訟の控訴審判決である。
再申出書が事件を特定するために挙げた判決であり,事件番号は令和6年(ネ)第453号である。
8 国賠控訴審判決に対する上訴の要否に関する文書は,判決の言渡しを受けた東京法務局長の通知,東京地検検事正の回報,事件関係者側の上告及び上告受理申立ての断念を求める要請書などを収めている。
回報の上訴の要否と理由の各欄はマスキングされている。
9 令和7年7月22日付け「行政文書開示請求の確認について」は,検証・謝罪に関する要望書に関して作成し又は取得した行政文書について,検事総長が,探索の結果保有していないとして不存在による不開示決定の見込みを伝え,請求を維持するかを確認した文書である。
東京地裁の存否応答拒否とは,対象と理由が異なる。
10 検証結果報告に関する説明会の会議要旨のうち,令和7年10月2日の東京高検での会議要旨には,検証報告書の問題点や反省点,決裁において注意すべき点を説明し,質疑応答を行ったことが記載されている。
11 令和7年11月14日付け「記者会見の御案内」と別添のうち別添は,最高検が令和7年10月2日から11月6日まで全国8か所の高検を回り,検証報告書を教材として説明したことを伝えている。
会見の案内と実施結果を分けて読むことができる。
12 仮名と実名の対応表のマスキング版では,裁判官の欄にJ1からJ27までの仮名があり,実名欄はマスキングされている。
この対応表は検察の検証に関する資料であり,東京地裁に開示を申し出た司法行政文書とは区別して読む必要がある。 担当裁判官と仮名の対応を調べた記事
第7 類例と関連記事
令和2年度(情)答申第10号は,特定人の保釈請求及び準抗告に関与している裁判官の氏名が分かる文書について,存否を明らかにすると保釈請求等の事実の有無が公になるとして,存否応答拒否を妥当とした。
同年度の(情)答申第14号は,誤認逮捕の問題で逮捕状を出した裁判官の氏名が書いてある文書について,逮捕されたという事実の有無が明らかになると個人の権利利益を害するおそれがあるとして,同様に原判断を妥当とした。 令和2年度(情)答申第10号,同第14号
第8 出典
①最高裁判所「裁判所の保有する司法行政文書の開示に関する事務の取扱要綱」
②裁判所「司法行政文書開示手続」
③行政機関の保有する情報の公開に関する法律(e-Gov法令検索)
④情報公開・個人情報保護審査委員会「令和5年度(情)答申第37号」(令和6年1月24日)
⑤情報公開・個人情報保護審査委員会「令和2年度(情)答申第10号」(令和2年8月24日)
⑥情報公開・個人情報保護審査委員会「令和2年度(情)答申第14号」(令和2年9月24日)
⑦情報公開・個人情報保護審査委員会「第6回委員会議事概要」(令和8年9月18日開催)
⑧最高裁判所「情報公開に関する答申(令和8年度)」
⑨日本弁護士連合会「大川原化工機事件の刑事手続に関する検討報告書」(令和7年12月9日)
⑩最高検察庁「噴霧乾燥器の輸出に係る外国為替及び外国貿易法違反等事件における捜査・公判上の問題点等について」(令和7年8月7日)
⑪東京地方裁判所の保釈請求却下決定の謄本(令和2年4月8日付け,同年6月23日付け,CALL4掲載)
⑫東京地裁の不開示通知書(令和5年5月25日付け,令和8年2月25日付け),最高裁判所の諮問通知・苦情対応通知(令和6年3月1日付け,令和8年5月8日付け)並びに情報公開・個人情報保護審査委員会の諮問番号通知・答申書の写し(令和5年7月31日付け,令和6年1月31日付け,令和8年5月15日付け)