第1 「除くクレーム」で何が変わるか
「A。ただし,Bを除く」と書く補正は,Bを除外して請求項を限定する方法である。
引用発明と文言上重なっていた部分を外せる場合がある。
補正を検討するときは,出願当初の書類でその限定を支えられるかと,補正後に残る発明について通知された拒絶理由が解消するかを分けて確認する。
特許庁は,令和8年7月1日以降の審査に利用する審査ハンドブックに第Ⅻ部を設け,拒絶理由で挙げられた引用発明との重なりを外す補正を取り上げた。
特許庁は,同時期の審査基準改訂案に対する意見募集への回答で,「除くクレーム」に関する改訂は運用を改めるものではなく,明確化を図るものであると説明している。
主な確認点は,補正が新規事項を追加しないか,補正後の範囲に進歩性を否定される部分が残るか,除外する範囲を明確に読めるか,補正後の範囲を発明の詳細な説明が支えているかである。
第2 除外を加える根拠を当初明細書等に求める
特許法17条の2第3項は,明細書,特許請求の範囲又は図面の補正を,原則として願書に最初に添付した明細書等に記載した事項の範囲内に限る。
知財高裁平成20年5月30日大合議判決(平成18年(行ケ)第10563号,ソルダーレジスト事件)は,訂正について,当業者が当初明細書等の記載全体から導く技術的事項との関係で,新たな技術的事項を導入するかを基準とした。
審査ハンドブック12101は,この考え方に沿って「除くクレーム」とする補正を判断する。
当初明細書等に除外後の構成が明記されていれば,対応箇所を示せる。
明記がなくても,図面や実施例を含む記載全体から当業者に自明である場合や,除外により新たな技術上の意味が付け加わらない場合には,補正が許され得る。
意見書では,除く対象,補正後に残る構成,当初明細書等の段落・図面・実施例を対応させる。
引用発明と重なる箇所だけを外したという説明に加え,除外が発明の課題,手段及び作用効果にどのような意味を持つかを具体的に示す。
附属書Dが取り上げる知財高裁平成21年3月31日判決(平成20年(行ケ)第10358号)では,経口投与用吸着剤について,別件特許と重なる特定の構成を外す補正が争われた。
裁判所は,当初明細書に記載された発明が,熱硬化性樹脂を炭素源として選択吸着性を高めるものであることを踏まえ,別件特許と同一となる部分を除く補正は新たな技術的事項を導入しないと判断した。
除外の可否を考えるときは,元の書類に示された技術上の特徴と,補正後にも残る特徴を具体的に対比する。
第3 進歩性は補正後に残る構成で判断する
引用発明と同じ構成を除外しても,そこから通常の設計変更で到達できる構成が請求項に残っていれば,進歩性の拒絶理由は残り得る。
逆に,技術的思想が顕著に異なり,たまたま文言上重なっていた発明では,その重なりを外すことで,新規性と進歩性の拒絶理由が同時に解消することがある。
除外によって初めて進歩性を支える技術上の意味が生じる場合は,その意味を当初明細書等に基づいて説明できるかも確認する。
知財高裁令和7年9月29日判決(令和6年(行ケ)第10081号)は,愛玩動物の引渡し場所から動物病院と獣医師が立ち会う場所を除外した請求項について,進歩性を否定した審決の取消請求を棄却した。
裁判所は,引用文献に照らし,引渡し場所が動物病院等に限られるという原告の主張の前提を認めず,補正後の構成への容易想到性を検討した。
意見書で阻害要因を主張するなら,引用文献がその構成を採る技術上の理由と,その構成を外すと機能や効果にどのような支障が生じるかを示すと,争点を絞りやすい。
ソフトウエア関連発明でも,別の分野で知られた処理をそのまま転用するだけで,技術的特徴や予測し難い効果がなければ,進歩性を否定する方向に働く。
附属書B第1章は,転用を妨げる事情や,技術条件を設定することで初めて得られる予測し難い効果も考慮すると説明する。
マッチングシステムで除外を主張する場合も,対象業界が違うことだけで判断せず,予約・輸送などの処理が引用発明とどう異なり,出願時の技術でどのように変更できたかを検討する。
第4 除く対象の明確さと明細書の裏付けを点検する
他の公報を実際に調べなければ何を除いたのか分からない書き方は,明確性要件に抵触し得る。
請求項に加え,明細書・図面と出願時の技術常識から,第三者が範囲の内外を判別できるかを確認する。
意味の曖昧な語を引用文献から移したり,同じ語に両文書で異なる意味を持たせたりすると,範囲の境界が読みにくくなる。
サポート要件では,除外後に残った発明について,当業者が発明の詳細な説明から課題を解決できると認識できる範囲に収まっているかを見る。
除外する範囲が明確でも,残った広い範囲の全体を説明が支えているかは別に検討する。
第5 特許庁の4事例から補正案を比べる
審査ハンドブック12103の事例1は,縮合ピリミジン誘導体について,先行文献の化合物を外しても発明に新たな技術上の意味は加わらず,炎症性疾患に用いる効果は予測できなかったとする例である。
事例2は,動物用経口投与組成物について,補正後の構成に至る一応の論理付けを検討し,有利な効果も考慮して進歩性を肯定した例である。
事例3は,インクジェットプリンタ用洗浄液について,除外する補正を行っても設計変更で到達できる範囲が残る例である。
事例4は,包装袋の小孔群を除外する補正について,新規事項,進歩性及び明確性の問題が生じる例である。
4事例の結論は,事例に設定された引用文献,技術常識及び当初の記載を前提としている。
附属書Aの新規事項を追加する補正に関する事例集では,「除くクレーム」の事例であった事例32・33が削除され,本編12103を参照する扱いになっている。
数値範囲を変える場合は,附属書Aの事例31も参考になる。
この事例の補正2では,補正後の範囲が当初明細書に記載された数値範囲に含まれ,両端の値も実施例に示されていたことなどを踏まえ,新規事項の追加に当たらないとされた。
本編12103の事例3は,除外によって残る数値範囲の境界に当初明細書等の裏付けがなく,進歩性の問題も残った例である。
数値を限定するときは,境界値の根拠と,残る範囲の進歩性を分けて検討する。
第6 意見書と次の補正案を準備する
拒絶理由通知を受けたら,請求項ごとに引用文献の該当箇所と指摘された理由を並べる。
除外で対応する案と,当初明細書等に記載された構成を積極的に特定する案を比較する。
審査ハンドブック4203によれば,出願人は,補正箇所に下線を付し,拒絶理由通知に対応する補正では意見書で,自発補正では上申書で,補正の根拠となった当初明細書等の記載箇所を示して,補正がその記載の範囲内であることを説明することが求められる。
最後の拒絶理由通知後に除外文言だけを削ると,特許法17条の2第5項の補正目的の制限に抵触することが多い。
審査ハンドブック12102は,除外の削除とともに当初明細書等に基づく限定を加え,既に行った審査を有効に活用して拒絶理由がないと判断できる場合の取扱いを示している。
審査官から補正の示唆がないときも,面接等で具体的な補正案を示し,目的外補正に当たるかについて見解を求めることができる。
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第8 出典・参考資料
① e-Gov法令検索の特許法(17条の2,29条,36条)
② 特許庁の特許・実用新案審査ハンドブック(第Ⅳ部4203,第Ⅻ部12101~12103,附属書Aの新規事項を追加する補正に関する事例集,附属書B第1章,附属書Dの新規性・進歩性及び補正に関する審判決例)
③ 特許庁の「特許・実用新案審査ハンドブック」の改訂について(令和8年6月25日)
④ e-Govパブリック・コメントの「特許・実用新案審査基準」改訂案に対する御意見の概要と御意見に対する考え方
⑤ 裁判所HPの知財高裁平成20年5月30日大合議判決(平成18年(行ケ)第10563号)
⑥ 裁判所HPの知財高裁平成21年3月31日判決(平成20年(行ケ)第10358号)
⑦ 裁判所HPの知財高裁令和7年9月29日判決(令和6年(行ケ)第10081号)