第1 結論
生成AIの普及により,出願当時の当業者が通常使えたAIで設計の候補を絞り込み,既知の方法で試作・検証して請求項の構成に容易に到達できたといえる場合には,その分野では特許の進歩性が認められにくくなる。
以前なら専門家が多くの試行錯誤を重ねていた設計でも,そのようなAIの利用が当時の通常の研究開発手段であれば,特許法29条2項の判断で進歩性を否定する方向の事情となるからである。
特許庁の委託調査も,より高度なAIを利用できるようになって当業者の創作能力が向上すると,進歩性の水準も向上するのではないかという観点から論点を設けている。
問題となるのは,請求項の構成が当時の文献にそのまま記載されていたかではなく,当該技術分野の当業者が,基準時より前の先行技術を出発点として,請求項の相違点に容易に到達できたかである。
発明者自身がAIを使ったかどうかは,それだけでは進歩性の有無を左右しない。
今日のAIに特許の内容を入力して同じ案が得られても,その一回の応答から出願当時の容易想到性を導くことはできない。特許法29条・特許・実用新案審査基準 第Ⅲ部第2章第2節・特許庁委託調査の要約版「課題4」
検討する資料は三つに分ける。
第一は,出願当時に当業者が使えた研究開発手段としてのAIである。
第二は,出願前に公開されたAI生成の技術資料である。
第三は,現在のAIを使って見つけた原典や,過去の技術を再現した実験記録である。
三つの資料は,証明する事実が異なる。
第2 進歩性を争う手続と判断の出発点
1 無効審判・審決取消訴訟・無効の抗弁
特許法29条2項に違反して付与された特許は,同法123条1項2号による無効審判の対象となる。
特許庁の審決の違法を争うのが審決取消訴訟であり,無効審決が確定すれば,同法125条により特許権は原則として初めから存在しなかったものとみなされる。
特許権侵害訴訟では,同法104条の3第1項により,特許が無効審判で無効にされるべきものと認められれば,相手方に対する権利行使が制限される。
侵害訴訟の裁判所が抗弁を認めること自体で,特許登録が対世的に消滅するわけではない。特許法104条の3・123条・125条・178条・特許無効を争う三つの手続
2 請求項ごとに基準時と相違点を確定する
まず対象の請求項と基準時を確定する。
優先権の主張があるときは,問題となる発明にその効果が及ぶかを確認する。
次に,出発点となる主引用発明を認定し,請求項との一致点・相違点を明らかにする。
相違点ごとに,基準時の当業者に副引用発明を適用する動機があったか,通常の設計変更で到達できたか,適用を妨げる事情や予測しにくい効果があったかを検討する。ピリミジン誘導体事件・知財高裁判決要旨・特許・実用新案審査基準 第Ⅲ部第2章第2節
知財高裁令和7年2月27日判決(令和6年(ネ)第10032号)は,発明の名称を「携帯情報通信装置及び携帯情報通信装置を使用したパーソナルコンピュータシステム」とする特許について,主引用発明と優先日当時の技術常識から具体的な相違点への到達を検討し,特許権者の権利行使を認めなかった。
生成AIが関わる案件でも,どの手段をどの相違点に適用して何が得られるのかを示す必要があるという点で参考になる。知財高裁令和7年2月27日判決
第3 出願当時のAIは当業者の通常の手段か
特許庁の審査基準は,当業者を,研究開発(文献解析,実験,分析,製造等を含む。)のための通常の技術的手段を用いることができる者として想定している。
これをAIに当てはめると,基準時にその技術分野で,特定の作業に特定のAIを使うことが通常であったと示せる場合には,その能力を相違点への到達経路の評価に織り込む余地がある。
当時の技術資料,導入事例,製品仕様や利用条件は,利用可能性と実際の用途を確かめる手掛かりになる。特許・実用新案審査基準 第Ⅲ部第2章第2節2
AIの能力が相違点への到達にどう結び付くかは,次の三つの段階に分けると整理しやすい。
①候補を作る段階では,先行技術と当時知られていた課題から,AIが組合せや設計変更の案を出す。
②選別し確かめる段階では,当時既知の評価基準,試験データ,シミュレーション又は試作手順で有力な候補を選び,動作を確かめる。
③請求項へ結び付ける段階では,主引用発明から出発し,その用途・課題に照らして変更を試す理由があるか,相違点を埋める実装が通常の設計変更等で足りるかを検討する。
例えば,AIが既知の選択肢を所定の指標で順位付けし,当時の資料に基づく入力で有力候補を絞れたことは,②まで当時の通常の手段で行えたことを示し,通常の設計変更だったという主張を支え得る。
候補が増えるだけで選別が難しいままであれば,①が容易になっても,②と③は別に論証を要する。特許・実用新案審査基準 第Ⅲ部第2章第2節3
生成と評価を一体で回す仕組みは,研究開発の場で既に報告されている。
例えば,Google DeepMindの技術報告「AlphaEvolve: A coding agent for scientific and algorithmic discovery」(arXiv:2506.13131)によれば,AlphaEvolveでは,大規模言語モデルがプログラムの変更案を出し,利用者が用意した評価関数で自動的に採点し,有力な案をデータベースに残して次の変更案の作成に使う。
こうした仕組みは,解決策の良し悪しを既知の指標で自動的に判定できる分野では,候補の案出から採用できる設計を見つけるまでの試行錯誤を短くし得る。
もっとも,特許の進歩性に影響するのは,対象の分野と基準時に同種の手段が通常利用でき,先行技術から請求項の相違点を埋めるところまで具体的に説明できる場合である。AlphaEvolveの技術報告(arXiv:2506.13131)第2節
一方で,出力した候補の中から該当構成を選ぶには請求項で初めて示された着眼点が必要であったり,採用には追加の技術的工夫を要したりすることもある。
当時の通常の手段であったかは,その機能が存在した日だけで決めず,その分野での利用実態,モデルの版,利用条件,計算・実験設備,入力資料及び再現性から判断する。
特殊な学習データ,請求項を知った上で作った評価基準,阻害要因や予測しにくい効果は,容易想到性を否定する側の事情となる。
学説にも,当業者によるAIの利用は一般に進歩性のハードルを引き上げる方向に働くとしつつ,AIの一般的・潜在的能力だけで進歩性を否定すると発明の保護が不十分になるおそれがあるとして,その技術分野での具体的なAIの利用事例を示すよう求めるものがある。
候補の提示,特定候補を選ぶ理由,実装・検証の容易さを分けて調べると,当時のAIがどこまで相違点を埋めたかを説明できる。特許・実用新案審査基準 第Ⅲ部第2章第2節3.2・3.3・中山一郎「AIと特許法をめぐる9つの論点」25頁~27頁
特許庁の委託調査報告では,AIを通常の技術的手段に含めるべきとの意見が多く見られた一方,出願当時のAIの技術水準や出力の特定が難しいとの意見もあった。
AIを含めて進歩性を否定する論理付けについては,単にAIを使えば容易というのではなく,審査官が根拠や具体例を明確に示し,客観性を担保することが重要との意見が多く見られた。
報告が整理したのはヒアリングの意見であり,報告のまとめも,今後のAI技術の進展を見据えて引き続き慎重に検討していくことが望まれるとしている。
個別の発明でどこまでAIの能力を考慮できるかは,対象分野と基準時の証拠によって判断する。知的財産研究所の調査研究報告書 要約「課題4」・要約版「課題4」・「まとめ」
第4 AI生成資料を先行技術として引用できるか
1 公開時点と公開内容を分ける
特許法29条1項3号のウェブ資料については,対象の技術内容が基準時より前に公衆に利用可能となったかを確かめる。
サービスの公開日,特定の回答の生成日,その回答が掲載された日を分けて記録する。
掲載ページの版や公開条件が不明であれば,公開時の本文を確認できる記録や,当時の第三者の参照記録を探す。
非公開の会話ログは,特定の時点で特定の出力が得られたことを示し得るが,それだけで公衆がその内容を利用できたことは分からない。特許法29条1項3号・特許・実用新案審査基準 第Ⅲ部第2章第3節3.1.2
委託調査では,一般的な課題を入力すれば時点を問わず同一の情報が出力されるという仮定の下でも,モデルの配布時,実際の生成時,出力の公開時のいずれを公知の時点と捉えるかについて意見が分かれた。
過去の記録を用いずに現在の出力との同一性を立証することは困難との意見も多く見られた。知的財産研究所の調査研究報告書 要約「課題5」
2 当業者が把握できる具体的な技術を示す
資料の公開日が立証できても,何が技術として開示されているかを別に検討する。
特許庁の審査基準では,刊行物の記載と出願時の技術常識から当業者が物を作れる,または方法を使用できることが明らかでない場合,その発明を引用発明とすることができない。
生成文書を使うときも,請求項と似た言葉の有無に加え,必要な構成・条件を当時の技術常識で補えるかを確認する。特許・実用新案審査基準 第Ⅲ部第2章第3節3.1.1
ピリミジン誘導体事件の知財高裁平成30年4月13日特別部(大合議)判決(平成28年(行ケ)第10182号・第10184号)は,化合物の一般式に多数の選択肢が含まれる事案で,問題の構成を積極的または優先的に選ぶ事情を検討し,副引用例からその構成を抽出できないと判断した。
この判断は化合物の一般式を扱ったものであるが,AIが大量に列挙した候補の一つと,資料が具体的な技術として開示するものとを区別するときにも参考になる。知財高裁平成30年4月13日特別部判決
3 架空のリーガルテックで新規性と進歩性を比べる
架空のリーガルテックを例に考える。
広い請求項として,質問に関係する箇所を法律文書のPDFから自動検索し,見つけた箇所を生成AIに渡して出典付きの回答を生成する方法を想定する。
(1) 新規性と進歩性で証拠の組み立てが異なる
新規性では,例えば出願前に公開された一つのマニュアルやプログラムに,検索,受渡し,出典付き回答の生成という一連の処理が,当時の技術常識を踏まえて当業者が実施できる程度に開示されているかを調べる。
これに対し,検索と回答生成が別々の先行技術で知られていた場合,進歩性では,例えば回答の根拠を原文にさかのぼれるようにするという当時の課題から,主となる先行技術にもう一方を組み合わせる理由があったかを検討する。
検索箇所の受渡しや,回答と引用箇所との対応付けが,当時の通常の実装でできたかも争点になる。特許・実用新案審査基準 第Ⅲ部第2章第2節3.1.1・第3節3.1.1
一方,PDFが改訂されたとき,見出しの構造と引用箇所の前後の文を使って旧版の引用位置を新版に対応付け,対応が不確かな引用だけ自動出力を止めて人の確認に回す構成を請求したとする。
この場合は,旧版と新版の対応をどう求め,何を基準に人の確認に回すかまで,当時容易に実現できたかが問われる。
誤った版や箇所の引用を減らせることを有利な効果として主張するなら,どの構成がその効果をもたらし,先行技術からその効果をどこまで予測できたかを検討する。特許・実用新案審査基準 第Ⅲ部第2章第2節3.2.1
(2) 二つの資料を組み合わせる理由をどう示すか
例えば,主引用発明が,PDFの抜粋とその抜粋が載っているページとを結び付け,同じ版の中で出典を示す仕組みだったとする。
この仕組みで分かるのは同じ版のどこから抜粋したかであり,旧版の引用を新版のどこに結び付けるかには別の処理を要する。
そこで,副引用発明に,改訂履歴を使って旧版と新版の対応箇所を記録する仕組みがあったと仮定する。
出願前の資料に,文書の改訂で引用先がずれるという問題が示され,対応記録を回答システムに取り込めば正しい版を示せるのであれば,この仕組みを組み合わせる理由を説明しやすい。
これに対し,副引用発明が,改訂履歴を人が閲覧するための仕組みにとどまる場合を考える。
段落が分割・統合されたときに何を手掛かりに対応先を選ぶのか,不確かな引用をどの条件で止めるのかは,なお説明を要する。
新版の全文を検索し直すという方法もあるため,旧版の引用を引き継ぐ必要がどこにあったかも争点になる。
類似する文を探す機能や検索ツールを呼び出す機能が当時利用できたことは,実装の手段を示す事情になるが,どの版をどう照合するかという設計まで容易だったことを直ちに示すものではない。
さらに,別の請求項が段落の分割時の照合手順などを追加していれば,その限定についても検討する。特許・実用新案審査基準 第Ⅲ部第2章第2節3.1.1・3.2.2
(3) 特許庁の審査事例
特許庁の審査ハンドブックの事例にも,既存の業務に生成AIを適用するだけの場合と,具体的な処理を加える場合とで結論が分かれる例がある。
事例37では,金融商品のカスタマーセンターで過去の問合せ事例のデータベースを検索して担当者が回答文を作る方法を出発点に,業務を効率化するため,質問文を大規模言語モデルに入力して回答文を得るという慣用技術を適用することは,当業者が容易に想到できたとされた。
事例38では,質問文と合わせた文字数が大規模言語モデルの制限文字数以下となるように付加文章を作る請求項1は進歩性を有しないとされ,質問文に関連する複数の文章から抽出した複数のキーワードを使って制限文字数内の付加文章を作る請求項2は進歩性を有するとされた。
いずれも進歩性の判断の運用を説明するために設けられた事例であり,上の架空のシステムについての判断ではない。特許・実用新案審査ハンドブック 附属書A「進歩性に関する事例集」事例37・38
第5 一つの相違点で証拠を比べる
次は,説明のために設けた架空の事例であり,実在の特許や事件を基にしたものではない。
請求項は,ポンプの振動を複数の周波数帯に分け,二つの帯域の比が閾値を超えたときに回転数を調整する制御方法とする。
主引用例には振動の総量で回転数を調整する方法が記載されている。
ここで検討する相違点は,制御の判定に二つの帯域の比を採用する点である。
| 資料 | 証明できる事実 | 無効を主張する側 | 特許権者側の反証 |
|---|---|---|---|
| 出願当時のAIの利用記録と仕様 | 当該分野で使えた版,入力・出力,通常の用途 | 当時公知の課題と測定条件を入力すれば帯域比を候補に挙げられ,主引用例への適用も通常の調整で済んだことを示す。 | 当時版は帯域分析までしかできず,帯域比の選択や制御への組込みには独自の知見が必要だったことを示す。 |
| 出願前に公開されたAI生成の技術記事 | 公開時の具体的な開示と公衆のアクセス可能性 | 保存版を示し,帯域の選び方・比の計算・制御への反映のうち,どこが記載され,どこを当時の技術常識で補えるかを示す。 | 当時版には候補の列挙しかない,または診断の指標にすぎず回転数制御へ適用する動機が乏しいことを示す。 |
| 現在のAIによる文献探索・再現実験 | 発見した原典の所在や,再現した条件下での出力 | AIが見つけた基準時より前の原典を提出する。再現結果は,当時版や当時の入力条件を別に裏付けて補助資料とする。 | 現行版の使用,後発資料の混入,請求項を示した入力,成功例だけの採用など,当時の条件との差を指摘する。 |
同じ相違点でも,出願当時のAIでできたことが候補の提示にとどまるか,候補の選定・実装・検証にまで及ぶかによって,双方が論証すべき事項は次のように変わる。
| AIでできたこと | 無効を主張する側の論証 | 特許権者側の反証 |
|---|---|---|
| 候補の提示まで | 帯域比が候補の一つに挙がったことは示せるが,どの二つの帯域を選ぶか,なぜ診断の指標を回転数制御に使うかは,別に論証する必要がある。 | 帯域比に含まれる情報と制御の目的との関係が当時知られておらず,帯域比を優先して選ぶ理由がなかったことを示す。 |
| 候補の選定・実装・検証まで | 負荷による振動総量の変動を避ける目的で比を検討する理由が当時の資料にあり,当時普通に使えた評価方法と過去の測定データで有力な帯域を選び,既知の手法で回転数制御に組み込めたことを具体的に示す。 | 比を採用すると特定の運転域で誤作動するなど適用を妨げる事情や,それを避けるために通常の調整を超える構成が必要だったことを示す。 |
例えば,帯域比を示す古い文献がポンプの診断だけを想定していた場合,制御に転用する動機や,転用すると誤作動を起こす条件が争点になり得る。
また,候補を思いつくことが容易でも,請求項の構成による効果が当時の予測範囲に収まるかは別に検討する。
最高裁令和元年8月27日判決(平成30年(行ヒ)第69号,集民262号51頁)は,医薬用途発明について,構造が異なる化合物に同等の効果が知られていたという事情から直ちに顕著な効果を否定した原判決を破棄し,差し戻した。最高裁令和元年8月27日判決・医薬用途発明の進歩性と予測できない顕著な効果
第6 証拠をそろえる順序
1 当事者ごとの準備
無効を主張する側は,基準時と請求項を固定し,主引用発明,埋めるべき相違点,適用する副引用発明や技術常識,組み合わせる理由を対比表にする。
AIを通常の手段として主張するときは,当時の版と利用条件,入力に使った情報,得られた候補,実装までに必要だった工程を,相違点の欄に対応付ける。
再現実験を行う場合は,試行回数や失敗例も記録し,結果の選び方を説明できるようにする。
特許権者側は,引用資料の公開時点と記載内容を確認した上で,AIの能力についての主張が当時の仕様と一致するか,請求項を知って初めて選べる入力・条件が含まれていないかを調べる。
相違点の解消に追加設計や検証が必要であったことを示すときは,その工程と阻害要因を特定する。
現在のAIで文献を探す実務は,山中弁護士レベルのAI作成書面が普及した場合の知財訴訟-弁護士業務への影響も参照されたい。
特許公報を参考に自社で方法を使うかを判断するときは,請求項ごとに二つの対比を残す。
第一に,登録請求項の各要件と,自社の処理が実際に行う工程を並べる(第6の2)。
第二に,同じ要件を出願前の原資料と照らし,単独の資料に開示された範囲と,複数の資料を組み合わせて主張する範囲を分ける。
例えば,先行資料が検索方法を示していても,検索後の選別や出力が請求項に含まれるなら,その部分をどの証拠で説明するかを記録する。
自社の処理が請求項の技術的範囲に入ると見込まれる場合でも,無効理由を裏付ける資料の強さは,無効の抗弁(第6の3)が認められる見通しを通じて利用判断に影響する。
利用を始めるか,機能を差し替えるかを決めるには,抗弁が認められなかった場合の差止め・損害賠償や,出願公開後設定登録前の実施に係る補償金(特許法65条)を,対象期間と機能ごとに見積もる。
具体的な判断手順は,公開特許公報の方法を生成AIで使ってもよいか―特許権侵害・補償金・無効審判を参照されたい。
2 プロンプトで使っただけで特許権侵害になるか
業務で生成AIを使う場面でも,プロンプトに似た指示を書いたことや,同じような回答が得られたことだけで,特許権侵害が成立するわけではない。
特許権者は業として特許発明の実施をする権利を専有し,方法の発明の実施はその方法の使用をいうから,方法の特許の文言侵害を検討するには,権利者が根拠とする登録請求項の構成要件を,実際に行われる処理がすべて満たすかを確認する。
特許発明の技術的範囲は特許請求の範囲の記載に基づいて定め,請求項の用語の意義は明細書の記載と図面を考慮して解釈する。特許法2条3項・68条・70条
第4の3の架空例で,利用者が自分で選んだPDFの抜粋と出典を生成AIに渡し,「この抜粋を使って出典付きの回答を作ってほしい」と指示する場合を考える。
AIが渡された抜粋だけを処理し,質問に応じたPDF内の自動検索が行われていなければ,登録請求項が求める自動検索の構成要件を文言上満たさない。
旧版と新版の対応箇所を利用者があらかじめ選び,AIには対応付け済みの引用の確認だけを頼む場合も,請求項所定の版間照合が実行されていなければ,その構成要件を文言上満たさない。
一方,プロンプトを受けたAIが検索ツールを呼び出し,PDFの検索結果を使って出典付きの回答まで生成するなら,その一連の処理が請求項に当てはまる可能性がある。
そのため,プロンプトの文面に加え,入力された資料,呼び出されたツール,実行された処理とその順序及び出力を,構成要件ごとに確かめる。
文言上の相違があるときは,その相違部分が特許発明の本質的部分でないかなど,均等の要件も別に検討する。
知財高裁令和7年6月26日判決(令和7年(ネ)第10005号)は,均等が成立するための五つの要件を示した上で,その事案では第1要件(本質的部分)を満たさないとして均等侵害を否定している。知財高裁令和7年6月26日判決
3 スキルの普及で広い請求項は行使しにくくなるか
検索・照合・回答などの手順を再利用できる指示やコードを,ここでは生成AIの「スキル」と呼ぶ。
こうしたスキルが広がると,機能の組合せを広く押さえる請求項に対し,同じ処理を示す過去の公開例や,既知の処理を組み合わせる理由を示す資料を見つけやすくなる場合がある。
例えば,出願前の公開版にPDFの自動検索から出典付きの回答生成までの手順が具体的に示されていたなら,その版の説明書やコードを請求項に照らし合わせ,新規性を争う材料にする。
公開時期と当時の内容は,リリース記録や保存された公開ページなどを突き合わせて確かめる。
提供開始の告知から機能や用途を確認できても,検索や照合の順序が分からなければ,その処理まで公開されていたことの裏付けには別の資料が要る。特許法29条・特許・実用新案審査基準 第Ⅲ部第2章第3節3.1.2
出願後に公開されたスキルを今使えば同じ処理を容易に行えるとしても,進歩性の判断の基準時は動かない。
現在のAIが役立つのは,当時のマニュアルや公開コードにたどり着き,請求項の各構成に対応する箇所を探す場面である。
新規性や進歩性を争う証拠としては,見つけた資料の原典を提出する。特許庁委託調査の要約版「課題5」
対象の処理が請求項の技術的範囲に入る場合でも,侵害訴訟でその特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認められれば,特許法104条の3第1項により,特許権者は相手方に対しその権利を行使することができない。
第2の2で触れた知財高裁令和7年2月27日判決も,公知の発明に優先日当時の技術常識を適用して当業者が容易に発明できたとして進歩性欠如の無効理由を認め,同項により特許権を行使できないとして,請求を棄却した原判決を維持した。
相手方が出願前の資料を示し,有効性に対する反論を早い段階で具体化できるほど,権利者が差止めを得る見通しや,差止めを背景にライセンスを求める交渉上の力は弱まる。
本記事の見立てとしては,有効性に疑問のある広い請求項について,相手方がそのような具体的な反証をそろえられる事案では,警告や提訴に踏み切りにくくなると考えられる。特許法104条の3・知財高裁令和7年2月27日判決25頁
もっとも,権利者側も,生成AIを使って実施が疑われる製品やサービスを探しやすくなる可能性がある。
警告や訴訟の件数全体への影響は,こうした双方の変化に左右される。
第7 出典
① 特許法(e-Gov法令検索)
② 特許庁「特許・実用新案審査基準」第Ⅲ部第2章「新規性・進歩性」
③ 特許庁「審査基準の改訂について」(令和8年6月25日。改訂後の審査基準は令和8年7月1日以降に行われる審査に用いられる。)
④ 一般財団法人知的財産研究教育財団「AI技術の進展を踏まえた発明の保護の在り方に関する調査研究報告書」(令和6年度特許庁委託,令和7年3月)・要約版
⑤ 知財高裁令和7年2月27日判決(令和6年(ネ)第10032号)
⑥ 知財高裁平成30年4月13日特別部判決(平成28年(行ケ)第10182号・第10184号)判決要旨・判決全文
⑦ 最高裁令和元年8月27日判決(平成30年(行ヒ)第69号,集民262号51頁)
⑧ 特許無効を争う三つの手続―無効審判・審決取消訴訟・侵害訴訟の無効の抗弁(AI作成)
⑨ 医薬用途発明の進歩性と予測できない顕著な効果―最高裁令和元年8月27日判決(AI作成)
⑩ 山中弁護士レベルのAI作成書面が普及した場合の知財訴訟-弁護士業務への影響(AI作成)
⑪ Alexander Novikovほか(Google DeepMind)「AlphaEvolve: A coding agent for scientific and algorithmic discovery」(arXiv:2506.13131,2025年)
⑫ 特許庁「特許・実用新案審査ハンドブック」附属書A「進歩性に関する事例集」(事例37・38)
⑬ 中山一郎「AIと特許法をめぐる9つの論点」知的財産法政策学研究72号(2026年)1頁~29頁
⑭ 知財高裁令和7年6月26日判決(令和7年(ネ)第10005号)