第1 三つの手続の違い
特許の有効性を争う手続として,特許庁の特許無効審判,その審決に対する知的財産高等裁判所の審決取消訴訟,特許権侵害訴訟における特許法104条の3の無効の抗弁がある。機関,目的,結果の効力及び提出できる主張の範囲が異なるため,「どこでも同じ無効理由を主張すればよい」と考えてはならない。
本記事は,令和8年9月25日現在の法令,特許庁・裁判所の公表資料及び裁判例本文に基づく。
| 手続 | 判断機関 | 主な目的 | 結果 |
|---|---|---|---|
| 特許無効審判 | 特許庁審判部 | 特許を対世的に無効とする審決を求める。 | 無効審決が確定すれば原則として特許権は初めから存在しなかったものとみなされる。 |
| 審決取消訴訟 | 知的財産高等裁判所 | 特許庁の審決の違法を審査し,取り消す。 | 取消判決確定後,特許庁で再度審理する。裁判所が自ら無効審決をする手続ではない。 |
| 無効の抗弁 | 侵害訴訟の裁判所 | 当該侵害訴訟で特許権の行使を制限する。 | 請求棄却等につながるが,判決だけで特許登録が対世的に消滅するわけではない。 |
第2 特許無効審判
特許法123条は,特許が新規性・進歩性等の特許要件に違反してされた場合,記載要件を満たさない場合,冒認その他の法定事由がある場合に,無効審判を請求できることを定める。請求人適格は条文上の「利害関係人」等の要件を無効理由ごとに確認する。
請求書では,無効を求める請求項,無効理由,事実及び証拠を具体的に特定する。進歩性を争う場合,主引用発明,副引用発明,周知技術,技術常識,組合せの動機付け,阻害要因及び予測困難な効果を区別する。複数の引用例を並べるだけでは,どの構成をどの証拠から導くのかが不明になる。
無効審決が確定すると,特許法125条により,原則として特許権は初めから存在しなかったものとみなされる。確定審決後の再請求制限は同法167条の当事者・参加人,同一の事実及び同一の証拠という要件を確認する。
第3 審決取消訴訟
特許無効審判の審決に対する訴えは知的財産高等裁判所の専属管轄であり,審決の謄本送達日から30日以内という出訴期間を確認する。裁判所は審決の違法性を審理し,取消判決が確定したときは,行政事件訴訟法33条及び特許法181条に沿って特許庁が再度審理する。
再度の審判や審決取消訴訟では,取消判決の拘束力が及ぶ判断を先に特定する。
最高裁平成4年4月28日判決は,取消判決の主文を導くために必要な事実認定及び法律判断に拘束力が及び,これに抵触する認定判断は許されないとした。
同じ引用例について,新たな証拠を提出したというだけで,拘束力の及ぶ判断をやり直すことはできない。
新しい主張や証拠を検討するときは,その主張を認めると従前の必要な認定判断に抵触するかを具体的に確認する。
この問題は,審決取消訴訟で審理できる範囲の問題や,確定審決後の特許法167条による再請求の制限とは区別する。
最高裁昭和51年3月10日大法廷判決は,審判で審理判断されなかった公知事実との対比における無効原因を,審決取消訴訟で新たに主張することを許さないとした。もっとも,審判で審理された無効原因について,その判断の当否を明らかにする補充的な主張・証拠まで一律に排除されるわけではない。新しい証拠を提出できるかは,証拠が新しいかだけでなく,別個の無効原因を持ち込むことになるかで判断する。
特許権が共有に係る場合は,審判の当事者と訴訟の当事者を分けて考える。共有者が共有に係る権利について審判を請求するときは,共有者の全員が共同して請求しなければならず(特許法132条3項),共有に係る特許権について特許権者に対し審判を請求するときは,共有者の全員を被請求人としなければならない(同条2項)。
他方,取消訴訟については,最高裁平成14年3月25日判決(平成13年(行ヒ)第154号,民集56巻3号574頁)が,特許異議の申立てに基づく特許取消決定の取消訴訟を特許権の共有者の一人が単独で提起できるとし,最高裁平成14年2月22日判決(平成13年(行ヒ)第142号,民集56巻2号348頁)も,商標登録の無効審決の取消訴訟について,商標権の共有者の一人による単独の提起を認めた。これに対し,最高裁平成7年3月7日判決(平成6年(行ツ)第83号,民集49巻3号944頁)は,実用新案登録を受ける権利の共有者が拒絶査定不服審判の請求不成立審決に対して提起する取消訴訟を,固有必要的共同訴訟とした。
特許無効審決の取消訴訟は,権利が成立した後の共有に関する点で前二者に近く,共有者の一人が単独で提起できると考えられる。もっとも,出訴期間は30日と短いため,共有者間で審決送達後の対応を事前に取り決め,共同で提起するか単独で提起するかを早期に決めておくのが安全である。
審決取消訴訟は,所定の場合に知財高裁が行政事件の第一審として取り扱う。地裁判決に対する民事控訴事件とは別である。東京高裁の特別の支部という位置付け,専属管轄,移送の例外及び大合議の対象は,知的財産高等裁判所の組織・取扱事件・管轄を参照されたい。
第4 侵害訴訟における無効の抗弁
特許法104条の3は,特許が特許無効審判により無効にされるべきものと認められるとき,特許権者は相手方に対して権利を行使できないと定める。被告は無効審判を請求していなくても抗弁を提出できる。
この判断は当該訴訟における権利行使を制限するものであり,特許登録を対世的に消滅させる無効審決とは異なる。差止めを将来にわたり安定して排除したい,第三者との関係でも特許を消滅させたい,又は侵害訴訟が終わっても無効判断を得る必要がある場合は,無効審判を併用する意味がある。
裁判所は,当事者の審理を不当に遅延させる目的でされた無効の抗弁を却下できる。侵害論の進行に合わせ,主引用例,対比表,技術説明及び証拠を早期に整える。
第5 訂正請求・訂正審判との関係
特許権者は,無効審判の中で特許法134条の2の訂正請求を行うことがある。訂正は,特許請求の範囲の減縮,誤記・誤訳の訂正,明瞭でない記載の釈明等の法定目的に限られ,新規事項の追加や実質的な拡張・変更は許されない。
訂正には承諾を要する者がある。特許権者は,専用実施権者又は質権者があるときは,これらの者の承諾を得た場合に限り訂正審判を請求でき(特許法127条),無効審判における訂正の請求にも同条が準用される(同法134条の2第9項)。令和3年法律第42号による改正前は,職務発明に基づく通常実施権者及び許諾による通常実施権者(同法35条1項,77条4項,78条1項)の承諾も必要とされていたが,同改正により,令和4年4月1日から通常実施権者は承諾を要する者から外れた。同日前にした訂正の請求及び訂正審判の請求については,なお従前の例による(同改正法附則2条9項)。
そのため,改正前の解説で「通常実施権者の承諾が必要」とされている記述を,現在の案件へそのまま当てはめることはできない。専用実施権や質権が設定されている特許では,訂正への協力をライセンス契約・担保権設定契約で定めておくかを検討する。
侵害訴訟で無効の抗弁を受けた場合も,現在の請求項だけでなく,訂正後の請求項が無効理由を解消するか,かつ被告製品・方法が訂正後も技術的範囲に属するかを同時に検討する。訂正の請求・審判をいつ行えるかは,無効審判・審決取消訴訟の進行段階によって制限されるため,答弁・反論の前に手続日程を確認する。
第6 並行手続と中止
同じ特許について無効審判と侵害訴訟が並行することがある。特許法168条は,審判手続又は訴訟手続の中止及び裁判所・特許庁間の通知を定めるが,一方の手続を開始すれば他方が当然に停止するわけではない。
並行手続では,無効理由,引用例,クレーム解釈及び訂正後の主張を整合させる。提出時期のずれにより,一方で有利な説明が他方で不利に働くことがあるため,共通の主張証拠一覧と提出履歴を作る。
侵害訴訟の判決が確定した後に無効審決等が確定した場合にも注意を要する。特許法104条の4は,特許権侵害訴訟等の終局判決が確定した後に,特許を取り消すべき旨の決定若しくは無効にすべき旨の審決,延長登録を無効にすべき旨の審決又は政令で定める訂正の決定・審決が確定したときは,当該訴訟の当事者であった者は,終局判決に対する再審の訴え(当該訴訟を本案とする仮差押命令事件・仮処分命令事件の債権者に対する損害賠償等の請求を目的とする訴えを含む。)において,その確定を主張できないと定める。
無効審決が確定すれば特許権は初めから存在しなかったものとみなされる(同法125条)が,確定した侵害判決に基づいて支払った損害賠償金を取り戻すには,その判決の効力を再審で失わせる必要があると考えられ,104条の4によりその主張が封じられる。したがって,侵害訴訟の被告となった側は,判決確定前に無効の抗弁と無効審判を尽くしておく必要がある。差止判決の将来に向けた効力をどう扱うかは,請求異議の訴え等との関係で別に検討を要する。
第7 無効理由と証拠の作り方
- 対象特許,優先日・出願日,請求項及び訂正履歴を確定する。
- 各無効理由の条文と要件を分ける。
- 請求項を構成要件に分け,引用例の記載箇所と一対一で対応させる。
- 頒布日,公開日,ウェブ公開の真正,翻訳及び技術常識の基準時を証明する。
- 主引用例と副引用例を固定し,動機付け・阻害要因・効果を検討する。
- 相手方の訂正案を予測し,訂正要件,無効理由の解消及び侵害論への影響を別々に分析する。
- 無効審判,取消訴訟及び侵害訴訟の提出物・期限を一つの表で管理する。
1 サポート要件の立証構造
特許法36条6項1号のサポート要件は、請求項に係る発明が発明の詳細な説明に記載した範囲を超えないことを求める。知財高裁大合議平成17年11月11日判決(平成17年(行ケ)第10042号)は、当業者が明細書の記載及び出願時の技術常識から、請求項の範囲全体で発明の課題を解決できると認識できるかを基準とし、出願後の実験で明細書の記載不足を補うことは許されないとした。
無効理由を組み立てるときは、発明の課題、請求項の範囲、明細書の実施例・比較例、出願時の技術常識及び範囲全体への一般化を対応させる。進歩性の予測困難な効果とサポート要件の課題解決可能性は関連することがあるが、条文と立証対象は分ける。
2 数値限定発明の境界値
知財高裁令和7年3月4日判決(令和6年(ネ)第10026号)は、請求項の「分子量700以上」に対し、対象製品の699.91848を文言上含まないとし、均等論の第1要件及び第5要件も満たさないとして侵害を否定した。数値をわずかに下回る場合も、丸めだけで処理せず、測定方法、文言解釈、均等論、出願経過及びサポート要件を分ける。
詳しくは、数値限定発明の境界値を下回る製品は特許侵害か――「700以上」と699.91848判決,均等論及びサポート要件(AI作成)で整理する。
第8 手続選択のチェックリスト
| 目的・状況 | 重点的に検討する手続 | 注意点 |
|---|---|---|
| 侵害請求を当該事件で排斥したい | 無効の抗弁 | 遅延目的の提出を避け,侵害訴訟の進行に合わせる。 |
| 特許を対世的に消滅させたい | 特許無効審判 | 請求人適格,請求項,理由・証拠の特定及び訂正を見込む。 |
| 特許庁の審決の誤りを争いたい | 審決取消訴訟 | 30日の出訴期間と審理範囲を確認する。 |
| 特許権者として無効理由を解消したい | 訂正請求・訂正審判,訂正の再抗弁 | 訂正可能時期と訂正後の侵害・有効性を同時に検討する。 |
第9 調査範囲と限界
確認済みは,特許法,行政事件訴訟法,特許庁の審判資料,裁判所公表資料並びに最高裁昭和51年3月10日大法廷判決,最高裁平成7年3月7日判決,最高裁平成14年2月22日判決及び同年3月25日判決等である。特許法127条は,e-Gov法令検索で令和3年10月1日施行の版と令和4年4月1日施行の版を比較し,同改正法附則2条9項を確認した(令和8年9月25日)。個別特許の有効性には,出願経過,訂正履歴,技術内容,先行技術及び当業者の技術常識の専門的調査が必要である。判例秘書の網羅検索は本記事では実施していない。
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第11 出典・参考資料
追加の根拠:最高裁平成4年4月28日判決PDF5~6頁(審決取消判決の拘束力)及びe-Gov・行政事件訴訟法33条。
確認日は令和8年10月14日である。
具体的な問題例は,令和5年度司法試験知的財産法第1問の模範解答と評価項目(AI作成)でも扱っている。
①e-Gov法令検索「特許法」
②e-Gov法令検索「行政事件訴訟法」
③特許庁「無効審判」
④特許庁「審判便覧」
⑤特許庁「審判制度に関するQ&A」
⑥裁判所「裁判例検索―知的財産裁判例集」
⑦最高裁判所大法廷昭和51年3月10日判決(昭和42年(行ツ)第28号,民集30巻2号79頁)
⑧最高裁第三小法廷平成7年3月7日判決(平成6年(行ツ)第83号,民集49巻3号944頁)
⑨最高裁第二小法廷平成14年2月22日判決(平成13年(行ヒ)第142号,民集56巻2号348頁)
⑩最高裁第二小法廷平成14年3月25日判決(平成13年(行ヒ)第154号,民集56巻3号574頁)
⑪知財高裁大合議平成17年11月11日判決(平成17年(行ケ)第10042号)
⑫知財高裁令和7年3月4日判決(令和6年(ネ)第10026号)