第1 補償金請求権とは何か
補償金請求権とは,特許出願人が,出願公開から設定登録までの一定の実施について,実施料に相当する額を請求できる権利である。
対象は,出願公開後に発明の内容を示した書面による警告を受け,その後に業として発明を実施した者,又は出願公開された特許出願に係る発明だと知りながら業として実施した者である。
出願人が補償金を請求できるのは,対象の発明について特許権の設定登録を受けた後である(特許法65条1項・2項)。
出願公開から設定登録までに他社が製品を販売していても,全期間が一律に補償の対象になるわけではない。
警告が到達した時点または相手方が認識していたと立証できる時点と,設定登録の時点とで期間を区切り,その間の行為を特定する。
以下では,令和8年11月6日現在の特許法に基づき,日本の通常の国内特許出願を扱う。
第2 出願公開・警告・設定登録を区別する
特許出願は,法律上,原則として出願の日から1年6月を経過すると公開される。
すでに特許掲載公報が発行されているときは,特許法64条1項による公開の義務の対象から除かれる。
優先権主張がある場合などは起算日が異なることがあり,特許出願非公開制度により公開が留保される場合もある。
個別案件では予定日から逆算するだけでなく,実際の公開番号と公開日を公報で確認する。
特許権は設定登録により発生する(特許法66条1項)。
出願日,出願公開日,特許査定日,設定登録日はそれぞれ区別する。
登録前の実施について65条で請求できるのは補償金であり,同条によって販売の差止めを求めることはできない。
登録後の行為には,特許権侵害が成立する場合に,差止めや損害賠償を別に検討する(特許法65条4項・100条,民法709条)。
第3 警告の書面と相手方の認識
警告を根拠にする場合,出願公開後に,特許出願に係る発明の内容を記載した書面を相手方に示す。
知財高裁平成22年5月27日判決(平成21年(ネ)第10006号)は,発明の内容を示す書面を実際に提示し,設定登録後に補償金請求権が行使され得ることと,そのための警告であることが,書面から少なくとも黙示に分かれば足りるとした。
同判決では,相手方の製品と公開された発明との関係の検討を求めた通知と,公開公報の送付を併せて評価した。
実務では,通知に公開番号,対象製品・行為,問題となる請求項と対応する構成,設定登録後に補償金請求を検討する旨を明記し,参照させる公報や対比資料も保存する。
発送日と到達日を区別し,通知本文だけでなく,どの添付書面が相手方に提示されたかを確認できるようにする。
警告をしていなくても,相手方が自ら実施する発明を出願公開された特許出願に係る発明だと知って,設定登録前に業として実施したことを立証できれば,特許法65条1項後段の対象となる。
ここでいう認識は,公報が検索できる状態にあったという事実だけから当然に認められるものではない。
出願人側は,例えば受領確認や相手方の具体的な応答を,対象となる発明,実施行為及びその時点と結び付けて検討する。
第4 補正後に再警告が必要か
警告後に請求項が補正されたときは,警告時に示した内容と設定登録時の請求項を照合し,相手方の製品や方法がどちらにどう対応するかを確認する。
特許法17条の2第3項は,原則として補正を当初の明細書,特許請求の範囲及び図面に記載した事項の範囲内に限る。
同条5項は,最後の拒絶理由通知への応答など一定の時期の請求項の補正について,削除,限定的減縮などに目的を限る。
特許庁の審査ハンドブック4203は,補正箇所とその根拠となる当初書類の記載箇所を示し,補正が当初書類に記載された事項の範囲内にあることを説明するよう求めている。
例えば附属書Aは,予測式電子体温計のセンサを,当初の明細書に選択肢の一つとして示されていた熱電対に絞る補正を,解決する課題と産業上の利用分野が変わらない限定的減縮の例としている。
一方,補償金請求で再警告が必要かは,特許法65条の下で,警告時に何が示され,相手方がどの製品や方法を実施していたかを踏まえて判断する。
前記知財高裁判決は,当初の明細書等に記載された事項の範囲内で請求の範囲を明瞭にし,又は減縮する補正を前提に,相手方に不意打ちとなる特段の事情がなければ再警告は不要とした。
本件では,被告製品が補正の前後を通じて発明の技術的範囲に属していたことなどから,そのような特段の事情を認めなかった。
実務では,公開公報,警告時に実際に示した書面,その後の手続補正書・意見書,登録時の請求項を日付順に並べる。
補正で加わった文言が当初の書類のどこに対応し,対象製品のどの構成に当たるかを記録する。
公開前に提出された手続補正書でも,方式審査が公開特許公報の発行準備に間に合わなければ後日の補正公報に掲載されることがあるため,提出日,公報の発行日及び警告の到達日を分けて確かめる。
当初の通知で相手方が自社製品との関係を把握できたかに疑問が残る場合は,再警告の要否と,どの時点から請求できるかを個別に検討する。
第5 事例で見る請求の対象期間
架空の例として,4月1日に出願が公開され,B社が4月10日に国内で対象製品の販売を開始し,発明の内容を示す有効な警告が5月15日にB社に到達し,9月1日に特許権が設定登録されたとする。
B社が警告前から公開された発明だと知っていた証拠はなく,警告時と登録時の請求項は同じで,販売された製品はその技術的範囲に属するものと仮定する。
この場合,65条の補償金についてまず調べるのは,5月15日の警告到達後から9月1日の設定登録前までの業としての実施である。
4月10日の販売開始から警告の到達までを対象に含めるには,その期間にB社が出願公開された発明だと知って実施していたことを別に立証する必要がある。
9月1日の設定登録後もB社が販売を続けた場合には,その行為について特許権侵害に基づく請求を別に検討する。
第6 出願人と通知を受けた企業が残す資料
出願人側は,公開公報,警告書と添付資料,発送・到達の記録,出願時から登録時までの請求項,設定登録日が分かる資料を一組にする。
対象製品の見本,型番,購入日,販売ページの保存日時を記録し,製造・譲渡等の行為類型ごとに,登録前後の数量や売上げの資料を区分する。
通知を受けた側は,通知と添付資料を受領時の状態で保存し,いつ,どの製品について,何を指摘されたかを確認する。
受領の記録,設計変更前後の仕様書,製造・販売の開始日と終了日,契約と許諾範囲をそろえ,公開時と登録時の請求項を対象製品の仕様に照らす。
設定登録後に請求されたときは,対象期間,警告又は認識の根拠,技術的範囲,金額の算定基礎を分けて検討する。
国内出願で,出願審査の請求が済み,出願公開後かつ特許査定前に第三者がその出願に係る発明を業として実施しているときは,緊急性があれば特許法48条の6の優先審査を検討できる。
事情説明書には実施時期や影響などを記載し,製品・方法と請求項の対応を説明する書面や,カタログ・見本などの裏付けを添える。
優先審査は審査の順番に関わる手続である。
補償金請求権を行使できるのは設定登録後であり,その要件は65条に基づいて別に判断する。
第7 出願公開の請求はどうやってするのか
出願人は,原則として1年6月の経過を待たずに出願公開を求めることができる。
早期の公開を求めるときは,出願の表示と出願人の氏名又は名称等を記載した出願公開請求書を特許庁長官に提出する(特許法64条の2・64条の3,特許法施行規則様式第50)。
共同出願では出願人全員で請求する(同法14条)。
国内に住所又は居所がある者(法人の場合は営業所がある者)が代理人に委任する場合には,出願公開の請求について特別の授権が必要である(同法9条)。
既に出願公開されている場合や,一定の優先権書類又は外国語書面の翻訳文が未提出の場合は請求できない。
出願公開の請求は取り下げられず,請求した時点で直ちに公開されるものでもない。
早期公開を検討するときは,技術内容を早く公にすることの影響と,公開後に警告を行える時期を早める利益を比べる。
早期の出願公開は公報発行を早める手続であり,審査の順番に関わる優先審査とは手続が異なる。
第8 補償金額・時効・特許の有効性
65条1項の補償金は,対象期間における実施について,その発明が特許発明である場合に受けるべき金銭に相当する額である。
実施品の販売数量や売上げ,比較できるライセンスの条件などから算定根拠を整理する。
登録後の侵害による損害額を算定する特許法102条が,65条の補償金にそのまま準用されるわけではない。
仮専用実施権者又は仮通常実施権者が設定行為で定めた範囲内で実施した場合には,補償金は請求できない(65条3項)。
特許が無効審判により無効にされるべきものと認められるときは,65条6項が準用する104条の3により,相手方に対する補償金請求権の行使も制限される。
出願公開後に出願が取り下げられたり,拒絶査定等が確定したりした場合や,原則として特許を無効にする審決が確定した場合は,補償金請求権は初めから生じなかったものとみなされる(65条5項)。
時効については,65条6項が民法724条を準用する。
請求権者が設定登録前に発明の実施の事実と実施者を知った場合,3年の期間の起算点は設定登録の日に読み替えられる。
同条2号の20年の期間とは別に検討する。
第9 関連記事と一次資料
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特許法102条とは―1項・2項・3項・4項・5項の違い,損害額の計算及び推定覆滅
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特許出願を早期に公開してもらうことはできますか(INPIT)
特許・実用新案審査ハンドブック(特許庁,4203・11203及び附属書A第7・8)
優先審査に関する事情説明書の作成方法(特許庁,様式第46)
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