第1 特許法102条の結論
特許法102条は,特許権侵害による損害額の立証を容易にするため,1項の特許権者等の販売利益,2項の侵害者利益及び3項の実施料相当額という算定方法を定めた規定である。
同条は損害賠償請求権そのものを新設する規定ではなく,民法709条に基づく損害賠償請求における損害額の立証を支える規定である。
1項は「侵害品がなければ特許権者等が売れた数量」を,2項は「侵害者が侵害行為で得た限界利益」を,3項は「特許を適法に実施するなら支払うべき実施料」をそれぞれ出発点とする。
4項は3項の実施料相当額を定める際に特許権侵害があったことを考慮できる旨を定め,5項は3項による請求をした後でも,これを超える損害の請求を妨げない旨を定める。
どの項が最も有利かは,特許権者等の製品と侵害品の競合関係,販売数量,利益率,実施能力,代替品,特許発明の顧客吸引力及びライセンス実績によって変わる。
請求時には一つの算定方法だけを早期に決め打ちせず,1項・2項・3項の各計算に必要な資料と,相手方が主張し得る控除・推定覆滅事情を並行して整理する必要がある。
以下は令和8年10月15日現在の現行法と公表裁判例を基準とする。
第2 特許法102条の1項・2項・3項の違い
| 規定 | 計算の出発点 | 主に必要となる資料 | 主な減額・反論要素 |
|---|---|---|---|
| 1項1号 | 特許権者等の製品1個当たりの利益額×販売できた数量 | 特許権者等の販売実績,限界利益,実施能力 | 販売能力の上限,侵害品がなくても販売できなかった事情 |
| 1項2号 | 1項1号で数えない数量×実施料相当額 | 侵害品の数量,合理的な実施料率 | 侵害がなくても実施許諾しなかった事情 |
| 2項 | 侵害者が侵害行為で受けた利益 | 侵害者の売上高,変動費・個別固定費,販売数量 | 市場の相違,競合品,営業努力,特許発明以外の特徴など |
| 3項 | 侵害品の売上高等×合理的な実施料率 | 売上高,契約例,業界相場,特許の価値 | 発明の寄与,代替技術,競争関係,ライセンス方針など |
1項・2項・3項は,常に単純に足し合わせる選択肢ではない。
同じ損害について重複した回復は認められないため,各規定が対象とする数量と損害の範囲を区別しなければならない。
令和4年10月20日の知財高裁大合議判決は,2項の推定が覆滅された部分について,特許権者等にライセンス機会の喪失が認められるときは3項による損害を認め得るとした。
ただし,2項の覆滅部分であれば常に3項分を上乗せできるわけではなく,覆滅理由とライセンス機会の有無を個別に検討する必要がある。
第3 1項による損害額の計算
1 1項1号の基本式
1項1号は,侵害者が譲渡した侵害品の数量のうち,特許権者等の実施能力に応じた数量を上限として,特許権者等が販売できた数量に1個当たりの利益額を乗じる考え方である。
そこから,侵害品が存在しなくても特許権者等が販売できなかった事情に相当する数量を控除する。
計算の骨格は,「特許権者等の製品1個当たりの限界利益額×特許権者等が販売できた数量」である。
ここでいう1個当たりの利益額は,通常,売上高から販売数量の増加に伴って追加的に必要となる費用を控除した限界利益を基礎とする。
実施能力は,現実に製造・販売していた数量だけに固定されず,侵害がなければ合理的に追加できた製造委託,仕入れ,設備,人員及び販売網を含めて具体的に主張立証することが重要である。
2 1項1号から差し引かれる事情
侵害品と特許権者等の製品の市場・価格帯・用途が異なること,競合品が多数存在すること,侵害者のブランド・広告・販売網が需要を生み出したこと及び特許発明以外の機能が購買動機となったことは,販売できなかった事情として問題になり得る。
もっとも,事情が存在するというだけで全量が除外されるのではなく,その事情がどの程度の数量に影響したかを証拠に結び付ける必要がある。
3 1項2号の役割
1項2号は,特許権者等の実施能力を超える数量や,1項1号で販売できなかったとされた数量について,実施料相当額を損害として算定する規定である。
令和元年改正で設けられ,1項1号だけでは評価されにくかったライセンス機会の喪失を補う役割を持つ。
ただし,侵害がなければ特許権者等がその数量について実施許諾をしなかったと認められる事情があるときは,その数量は1項2号の計算対象にならない。
第4 2項による侵害者利益の推定
1 2項は利益吐出しそのものではない
2項は,侵害者が侵害行為により利益を受けたとき,その利益額を特許権者等の損害額と推定する規定である。
侵害者が得た利益を制裁として当然に全額吐き出させる制度ではなく,特許権者等に生じた逸失利益の立証を容易にする損害推定規定である。
この違いは,侵害者利益の一部について特許権者等の損害との結び付きが否定されれば,その範囲で推定が覆滅され得ることに表れる。
利益吐出し型損害賠償との違いは,加害者が得た利益を被害者は請求できるか―利益吐出し型損害賠償・懲罰的損害賠償と日本法(AI作成)で整理している。
2 2項が適用されるための関係
2項の適用には,侵害行為がなければ特許権者等が利益を得られたであろう事情が必要である。
令和4年10月20日の知財高裁大合議判決は,特許権者等の製品が特許発明を実施していないという一事だけで2項の適用を否定せず,侵害品と市場で競合する製品を販売していた場合を含めて判断した。
したがって,不実施の特許権者であることだけで常に2項を使えないとはいえないが,単に特許権を保有しているだけでは足りず,侵害がなければどの事業でどの利益を得られたかを具体的に示す必要がある。
3 侵害者利益は売上高ではなく限界利益である
令和元年6月7日の知財高裁大合議判決は,2項の「利益」を,侵害者の売上高から,侵害品の製造販売に直接関連して追加的に必要となった経費を控除した限界利益と解した。
原材料費,仕入費,運送費及び販売数量に応じた手数料などは控除対象になりやすいが,人件費,設備費,研究開発費及び一般管理費は,侵害品の製造販売のため追加的に必要となったことを個別に検討する。
会計上の費目名だけでは控除の可否は決まらない。
総勘定元帳,原価計算表,製品別売上表,請求書,製造記録及び担当者の業務内容から,侵害品との因果関係と追加性を確認する必要がある。
4 2項の推定覆滅
侵害者は,侵害者利益の全部又は一部が特許権者等の損害に対応しない事情を立証して,2項の推定を覆滅できる。
考慮要素には,特許権者等と侵害者の業務態様・価格帯・販売地域等の相違,市場における競合品の存在,侵害者の営業努力,ブランド力及び広告,侵害品の性能のうち特許発明以外の部分が需要に与えた影響がある。
特許発明が製品の一部分だけに実施されている場合でも,そのことだけで機械的に部品価格や面積の割合まで減額されるわけではない。
特許部分が製品全体の需要や販売に果たした役割を,製品構成,機能,顧客の選択理由及び代替可能性から判断する。
部品を販売する特許権者と完成品を販売する侵害者との関係は,部品だけを販売する特許権者に特許法102条1項・2項は適用されるか―レーザ加工装置事件の二つの知財高裁判決(AI作成)で詳しく整理している。
第5 3項・4項・5項による実施料相当額
1 3項の基本式
3項は,特許発明の実施に対して受けるべき金銭の額に相当する額を損害として請求できるとする。
実務上は「侵害品の売上高×合理的な実施料率」を基本形とすることが多いが,製品1個当たりの金額,利益額に対する割合その他の計算方法が適切な場合もある。
合理的な実施料率は,実際のライセンス契約,業界の相場,特許発明の技術的・事業的価値,侵害品の売上げや利益への寄与,代替技術の有無,特許権者等と侵害者の競争関係及び従前のライセンス方針を総合して定める。
業界平均の料率を一つ示すだけで足りるとは限らず,本件特許と対象製品に即した調整が必要である。
2 4項は侵害を前提とした交渉事情を考慮する
4項は,3項の金額を定める際,特許権侵害があったことを前提として当事者間で合意したなら得られたであろう額を考慮できる旨を定める。
適法な事前交渉の料率をそのまま上限にする必要はなく,侵害が判明した後の仮想交渉における特許の有効性,侵害の態様,事業上の必要性及び交渉力を考慮できる。
4項は特定の割増率を自動的に加える規定ではない。
具体的な料率は,契約例と事件固有の事情に基づいて主張立証する必要がある。
3 5項と3項を超える損害
5項は,3項に基づいて損害賠償を請求したことが,その額を超える損害についての請求を妨げない旨を定める。
実際の損害が実施料相当額を超えることを立証できれば,その超過部分も請求し得る。
ただし,侵害者に故意又は重大な過失がなかったときは,裁判所が損害賠償額を定める際にその事情を参酌できる。
第6 同じ事例で見る1項・2項・3項の計算
次の数値は規定の違いを示すための単純化した例であり,実際の事件では証拠に基づく費目・数量・因果関係の精査が必要である。
侵害者が侵害品を1万個販売し,特許権者等の製品1個当たりの限界利益が4000円,実施能力に応じた数量が8000個,そのうち市場事情により販売できなかった数量が1000個であったとする。
1項1号の対象は7000個となり,損害額は7000個×4000円=2800万円となる。
残る3000個について,侵害がなければ実施許諾をしなかった事情がなく,合理的な実施料相当額が1個500円であるなら,1項2号の金額は3000個×500円=150万円となる。
この例では1項1号と1項2号の合計は2950万円である。
次に,侵害品の売上高が1億円で,製造販売に直接関連して追加的に必要となった経費が6000万円なら,2項の出発点となる限界利益は4000万円である。
そのうち25%について特許権者等の損害との対応関係がないとして推定が覆滅されれば,2項による損害額は3000万円となる。
3項について,算定基礎となる売上高が1億円,合理的な実施料率が5%なら,実施料相当額は500万円となる。
5%は説明用の仮定であり,実際の事件の料率を示すものではない。
これらの金額を機械的に全て合計することはできない。
1項・2項・3項のどの計算がどの数量・損害を対象にするかを特定し,重複を避けて請求を組み立てる必要がある。
第7 原告側と被告側で準備する資料
1 特許権者等が準備する資料
1項については,製品別の売上数量・売上高,限界利益の計算表,原材料費・外注費・運送費等の裏付け,生産能力,追加調達能力,在庫,販売網及び失注資料を準備する。
特許権者等の製品が特許発明を実施しているか,侵害品とどの市場で競合するかも整理する。
2項については,侵害がなければ利益を得られた関係を示すため,顧客層,用途,価格帯,販売地域,代替関係及び商談・失注の資料を準備する。
侵害者の売上げ・費用に関する資料は相手方が保有することが多いため,具体的な文書の種類と対象期間を特定して提出を求めることが重要である。
3項・4項については,自社及び第三者とのライセンス契約,交渉記録,特許評価資料,代替技術,製品利益率,発明の寄与及び侵害発覚後の交渉事情を準備する。
2 侵害者側が準備する資料
侵害者側は,侵害品の製品別・期間別の売上げと返品,原材料費,仕入費,外注費,運送費,販売手数料及び個別固定費について,元帳と証憑が対応する形で整理する。
費用の控除を求める場合は,侵害品を製造販売しなければその費用が発生しなかったことを説明できるようにする。
推定覆滅については,市場の相違,競合品のシェア,価格差,ブランド・広告の効果,特許発明以外の機能及び顧客アンケート等を,減額割合と結び付けて示す。
抽象的に「ブランド力がある」「他の機能も重要である」と述べるだけでは,具体的な覆滅割合の根拠として弱い。
3 期間と数量を先に固定する
損害計算では,侵害期間,対象製品,型番,販売・輸出・譲渡の申出等の行為類型,返品及び値引きを先に確定する必要がある。
特許権の存続期間満了前の譲渡の申出と満了後の販売の関係は,特許権の存続期間満了前に後発品の参入準備としてできること・できないこと―試験研究の例外,生産・在庫,譲渡の申出(AI作成)で扱っている。
第8 重要な知財高裁大合議判決
1 令和元年6月7日判決
知財高裁大合議令和元年6月7日判決(平成30年(ネ)第10063号)は,特許法102条2項の侵害者利益を限界利益とし,その利益額の全額が一応推定の対象になるとした。
同判決は,推定覆滅事情として,市場の非同一性,競合品の存在,侵害者の営業努力及び侵害品の性能のうち特許発明以外の特徴等を挙げた。
また,同判決は3項の実施料相当額について,実際の実施料率や業界相場だけでなく,特許発明の価値,侵害品の売上げ・利益への貢献,競争関係及びライセンス方針等を総合考慮する考え方を示した。
2 令和4年10月20日判決
知財高裁大合議令和4年10月20日判決(令和2年(ネ)第10024号)は,2項の適用に必要な事情について,特許権者等が特許発明を実施した製品を販売している場合に限られないことを明確にした。
侵害品と競合する製品を販売し,侵害がなければ利益を得られた事情があれば,2項の適用可能性がある。
同判決は,2項の推定覆滅部分に3項を適用できるかを覆滅理由ごとに検討した。
市場の非同一性により販売できなかった部分にはライセンス機会の喪失を認める一方,発明が製品の一部分だけに寄与することを理由に覆滅した部分については,同事件の事情の下で3項損害を認めなかった。
3 令和7年3月19日判決
知財高裁大合議令和7年3月19日判決(令和5年(ネ)第10040号)は,豊胸用組成物の特許権侵害について,特許法102条3項により損害額を算定した。
同判決は,侵害組成物を用いた豊胸手術の売上高約1億7000万円を基礎とし,諸般の事情を考慮して8%の実施料率を認めた。
この判決は,侵害品が独立して販売されずサービスの中で用いられた場合にも,事件の事実関係に即して算定基礎と料率を検討する例である。
8%という料率を他の事件へそのまま適用できるわけではない。
第9 特許法102条についてよくある質問
1 特許法102条とは何ですか
特許権侵害による損害額の立証を容易にするため,特許権者等の販売利益,侵害者利益又は実施料相当額を用いる算定・推定規定である。
侵害の成立,故意・過失,因果関係など,損害額以外の要件を全て不要にする規定ではない。
2 1項・2項・3項はどう違いますか
1項は特許権者等の販売利益,2項は侵害者利益,3項は実施料相当額を基礎にする点が異なる。
利用できる証拠と事業の実態に応じて,複数の算定方法を選択的・予備的に主張することがある。
3 2項の侵害者利益は売上高ですか
売上高そのものではなく,原則として売上高から侵害品の製造販売に直接関連して追加的に必要となった費用を控除した限界利益である。
どの費用を控除するかは,勘定科目の名称ではなく,侵害品との関連性と追加性によって判断する。
4 特許発明を実施していない特許権者も2項を使えますか
不実施であることだけで直ちに2項の適用が否定されるわけではない。
ただし,侵害がなければ特許権者等が利益を得られた事情が必要であり,競合製品の販売やライセンス事業等との具体的な関係を立証しなければならない。
5 2項と3項を同時に請求できますか
同じ損害の二重取りはできないが,2項の推定が覆滅された部分にライセンス機会の喪失がある場合など,対象を分けて3項の損害が認められることがある。
覆滅部分に常に3項を上乗せできるわけではない。
6 4項は実施料を自動的に増額する規定ですか
4項は,侵害があったことを前提とする仮想交渉の事情を3項の金額に考慮できる規定であり,一律の割増率を定めてはいない。
契約例,特許の価値,侵害態様及び当事者の競争関係等から合理的な料率を立証する必要がある。
7 特許法103条との違いは何ですか
102条は主に損害額の算定・推定を扱うのに対し,103条は他人の特許権又は専用実施権を侵害した者の過失を推定する規定である。
損害賠償請求では,両条が異なる要件の立証を支える。
8 差止請求と損害賠償請求の違いは何ですか
特許法100条の差止請求は侵害行為の停止・予防等を求めるものであり,102条は過去の侵害による損害額を算定するための規定である。
同じ訴訟で差止めと損害賠償を併せて請求することがある。
9 特許が無効になれば102条の損害はどうなりますか
特許無効審判により特許を無効にすべき旨の審決が確定すると,特許権は原則として初めから存在しなかったものとみなされるため,損害賠償請求の基礎に影響する。
侵害訴訟でも特許法104条の3に基づく無効の抗弁が問題となるため,損害論と並行して有効性を検討する必要がある。
手続の違いは,特許無効を争う三つの手続―無効審判・審決取消訴訟・侵害訴訟の無効の抗弁(AI作成)で整理している。
第10 関連する記事及び一次資料
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2 一次資料
① e-Gov法令検索・特許法
② 特許庁・令和元年法律改正(令和元年法律第3号)解説
③ 知的財産高等裁判所・大合議事件
④ 知財高裁大合議令和元年6月7日判決・全文
⑤ 知財高裁大合議令和4年10月20日判決・全文
⑥ 知財高裁大合議令和7年3月19日判決・全文