第1 結論
加害者が違法行為によって利益を得たとしても,現行日本法の一般不法行為について,その利益の全額が当然に被害者の損害となるわけではない。
まず,民法709条に基づき,被害者に生じた損害と違法行為との因果関係を主張立証するのが基本である。
もっとも,加害者の売上げ,粗利益,経費節約又は利用料相当額は,何の役にも立たない資料ではない。
法律に侵害者利益を損害額と推定する特則がある場合,損害額の推計資料となる場合,不当利得の要件を満たす場合又は慰謝料等の評価事情となる場合があるためである。
実務では,次の五つを分ける必要がある。
①被害者の損害を填補する通常の損害賠償
②加害者利益を損害額の推定又は裁量評価に使う制度
③損害とは別に加害者利益を返還させる利益吐出し
④制裁及び抑止を目的として上乗せする懲罰的損害賠償
⑤一定の基準額を法律上の倍率で増額する倍率型賠償
本記事は,令和8年9月30日現在の日本法を基準とし,外国法については,法務省ウェブサイトに掲載された公益社団法人商事法務研究会「不法行為に基づく損害賠償制度に関する調査研究報告書」(令和7年2月)が報告する範囲を比較材料として用いる。
同報告書は比較法調査であり,外国の現行法令又は判決原文そのものではない。個別事件で外国法を用いる場合は,利用時点の公式法令及び判例を別に確認する必要がある。
第2 日本の不法行為損害賠償の基本
1 填補と原状回復が基本であること
最高裁大法廷平成5年3月24日判決(昭和63年(オ)第1749号,民集47巻4号3039頁)を参照した最高裁第二小法廷平成9年7月11日判決(平成5年(オ)第1762号,民集51巻6号2573頁)は,日本の不法行為損害賠償制度について,被害者に生じた現実の損害を金銭的に評価し,不法行為がなかったときの状態に回復させることを目的とするものと述べた。
制裁又は一般予防は本来的な目的ではなく,損害賠償義務を課した結果として生じる制裁・予防効果は反射的,副次的なものと位置付けられている。
この基本からは,「行為が悪質である」「加害者が大きく儲けた」という事情だけで,現実損害を超える金額を当然に請求できるとはいえない。
悪質性は慰謝料その他の損害評価に関係し得るが,どの損害項目をどの法的根拠で評価するかを示す必要がある。
2 外国の懲罰的損害賠償判決
最高裁平成9年7月11日判決は,カリフォルニア州裁判所の判決のうち,補償的損害賠償及び訴訟費用に加えて,見せしめと制裁のために命じられた懲罰的損害賠償部分は,日本の法秩序の基本原則ないし基本理念と相いれず,当時の民事訴訟法200条3号,現在の民事訴訟法118条3号にいう公の秩序に反するとした。
最高裁第三小法廷令和3年5月25日判決(令和2年(受)第170号,同年(オ)第135号,民集75巻6号2935頁)は,この考え方を弁済の充当にも及ぼした。
外国裁判所の強制執行手続による弁済であっても,日本で効力を有しない懲罰的損害賠償部分へ充当されたものとして執行判決をすることはできないとしたものである。
第3 利益を基準にする五つの仕組み
| 仕組み | 基準となる金額 | 主な目的 | 日本法上の確認事項 |
|---|---|---|---|
| 通常の損害賠償 | 被害者の現実損害,逸失利益,慰謝料等 | 填補・原状回復 | 民法709条以下の要件と因果関係 |
| 利益を用いる損害推定・評価 | 加害者利益,売上げ,利用料相当額等 | 損害額の立証軽減 | 特別法の推定規定又は民事訴訟法248条の適用範囲 |
| 独立の利益吐出し | 違法行為に帰属する加害者の純利益 | 利得の剥奪 | 独立した請求権の法的根拠,費用控除及び寄与率 |
| 懲罰的損害賠償 | 填補額を超える裁量的な上乗せ | 制裁・抑止 | 日本の一般不法行為法には同型の一般制度がないこと |
| 法定倍率賠償 | 損失,利益,使用料等に法律上の倍率を適用 | 填補,抑止,私人による法執行等 | 個別法の対象,主観要件,上限及び算定基礎 |
利益吐出しと懲罰的損害賠償は同じではない。
前者は違法行為に帰属する利益を取り上げる発想であるのに対し,後者は填補額を超える負担によって制裁・抑止を図る制度であり,利益額と一致するとは限らない。倍率型賠償も,倍率が法定されている点で,裁量的な懲罰的損害賠償とは区別される。
第4 現行日本法で検討する主な経路
1 民法709条と損害項目
一般不法行為では,財産的損害,逸失利益及び非財産的損害を具体化する。
名誉・プライバシー・肖像等の侵害で,相手方が広告収入又は売上げを得ていても,その利益全額を直ちに自己の損害と置き換えるのではなく,利用許諾料相当額,営業上の損失,権利の市場価値,侵害態様,拡散規模及び継続期間等との結び付きを示す必要がある。
2 民事訴訟法248条
民事訴訟法248条は,損害が生じたことが認められる場合に,損害の性質上その額の立証が極めて困難であるとき,裁判所が口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果に基づいて相当な損害額を認定できるとする。
同条は損害発生の立証を不要にする規定でも,独立の利益吐出し請求権を創設する規定でもない。
もっとも,加害者側の売上げ,数量,粗利益,変動費,侵害期間及び利用状況は,相当額を認定する基礎資料になり得る。
同条の要件と主張立証の順序は,民事訴訟法248条による損害額の認定で整理している。
3 不当利得返還請求
民法703条及び704条の不当利得返還請求を検討する場合は,受益,損失,両者の対応関係及び法律上の原因の不存在を主張立証する必要がある。
違法行為から得た利益であるというだけで,常に被害者の損失に対応し,利益全額が返還対象になるわけではない。不法行為に基づく損害賠償請求との関係及び二重回収の回避も検討する。
4 知的財産法上の利益推定
著作権法114条2項は,侵害者が侵害行為により利益を受けているとき,その利益の額を著作権者等が受けた損害の額と推定する。
これは損害額の推定規定であり,損害と無関係に侵害者利益を当然に移転させる独立の利益吐出し請求ではない。同条1項の数量を基礎とする計算,同条3項の使用料相当額による請求とも区別する。
特許法102条にも損害額の推定等が置かれている。
知的財産事件では,売上げから控除する費用,権利侵害以外のブランド・品質・広告・販売網の寄与,侵害品以外の売上げ及び期間を分けて検討することが重要である。
第5 比較法調査から分かること
法務省掲載の調査研究報告書は,米国,英国,ドイツ,オランダ,韓国及び中国を比較している。
以下は令和7年2月の同報告書の要約であり,各国の現在法を直接確定するものではない。
①米国について,懲罰的損害賠償は州法を中心に処罰と抑止を目的とし,悪意,詐欺,抑圧又は無謀な無視等の加重事情が問題になると報告されている。法定二倍・三倍賠償は,填補,立証容易化,私人による法執行の誘因等の性格を持ち得るため,懲罰的損害賠償と一括りにできないとされる。
②英国について,懲罰的損害賠償,利益吐出し及び合理的当事者が事前に合意したであろう対価を評価する交渉損害・ライセンス料型賠償を別の救済として扱うと報告されている。
③ドイツについて,一般不法行為に横断的な利益吐出しはない一方,知的財産権及び人格権の財産的側面では,逸失利益,仮想ライセンス料及び侵害者利益という三つの算定方法が用いられると報告されている。侵害者利益については費用控除と侵害寄与率が重要になる。
④オランダ民法6編104条について,独立の利益吐出し請求ではなく,基礎責任と何らかの損害がある場合に,裁判所が加害者利益の全部又は一部を損害として評価できる裁量的な算定方法であると報告されている。
⑤韓国及び中国について,一般不法行為法の横断的制度というより,知的財産,製造物,消費者,環境等の個別法で,侵害者利益の推定又は法定倍率による賠償が展開していると報告されている。対象行為,故意等の主観要件,基準額及び上限は制度ごとに異なる。
比較から得られる実務上の教訓は,制度名だけを輸入しないことである。
被害者損害,加害者利益,使用料相当額,慰謝料及び法定倍率のいずれを基準とするのか,誰が金銭を受け取るのか,複数被害者又は共同加害者がいる場合にどう配分するのかまで確認する必要がある。
第6 主張立証と証拠保全
1 原告側の確認事項
原告側は,次の順に資料を整理する。
①侵害行為,対象商品・投稿・サービス及び侵害期間を特定する。
②被害者側の売上減少,逸失取引,利用許諾実績,削除・調査費用及び非財産的損害を整理する。
③加害者側の販売数量,単価,広告収入,課金収入,変動費及び直接帰属する経費を特定する。
④総利益のうち,侵害行為,既存ブランド,品質,広告又は販売網が寄与した割合を分ける。
⑤通常の損害賠償,特別法の推定,不当利得及び民事訴訟法248条のどの経路で資料を使うかを示す。
相手方だけが資料を持つ場合は,訴訟前の証拠保全,弁護士会照会,調査嘱託,文書送付嘱託,文書提出命令及び鑑定の可能性を検討する。
資料を得られないことと,法律上の請求権が存在することは別問題であるため,先に請求の法的根拠を固定する必要がある。
2 被告側の確認事項
被告側は,売上げ全体ではなく,問題となる行為に直接結び付く利益の範囲を示す。
取消し・返品,仕入れ,決済手数料,配送費その他の変動費,正規商品又は独自サービス部分の寄与,侵害開始前後の比較及び代替要因を証拠化する。
また,損害の発生自体を争うのか,損害額の推定を争うのか,推定を覆す事情を主張するのかを分ける。
会計資料,アクセスログ及び販売データを廃棄すると,適切な反証ができなくなるだけでなく,証拠評価にも影響し得るため,紛争を認識した時点で保存範囲を決めるべきである。
第7 立法提言と現行法を混同しない
日本弁護士連合会は,令和4年9月16日付け「違法収益移転制度の創設を求める立法提言」において,裁判所が違法収益の全部又は一部を損害賠償額に含めることができる制度等を提案した。
これは立法提言であり,現行民法709条の条文又は確立した判例法理ではない。
したがって,訴状,準備書面又は法律相談では,「現行法上の請求根拠」「現行法の解釈として主張する部分」「将来の立法政策として提案されている部分」を分けて記載する必要がある。
第8 出典と資料の性質
1 一次資料
①e-Gov法令検索・民法703条,704条及び709条
②e-Gov法令検索・民事訴訟法118条及び248条
③e-Gov法令検索・著作権法114条
④e-Gov法令検索・特許法102条
⑤最高裁大法廷平成5年3月24日判決(昭和63年(オ)第1749号,民集47巻4号3039頁)
⑥最高裁第二小法廷平成9年7月11日判決(平成5年(オ)第1762号,民集51巻6号2573頁)
⑦最高裁第三小法廷令和3年5月25日判決(令和2年(受)第170号,同年(オ)第135号,民集75巻6号2935頁)
2 調査研究・立法提言
①法務省ウェブサイト掲載・公益社団法人商事法務研究会「不法行為に基づく損害賠償制度に関する調査研究報告書」(令和7年2月)。比較法調査であり,法令又は判決原文ではない。
②日本弁護士連合会「違法収益移転制度の創設を求める立法提言」(令和4年9月16日)。立法提言であり,現行法ではない。
日本の最高裁3判決は裁判所公式全文で確認した。
本記事の作成時点では,この3判決について判例秘書による評釈,引用判例及び後続裁判例の追加照合はしていない。