第1 調査の対象と結論
1 調べたこと
本記事は,日本の主なリーガルテック企業が,どのような技術について特許を出願し,審査の中でどのように権利を得ているかを,公開された公報と審査書類から調べたものである。
基準日は令和8年11月6日であり,公報と審査書類は,特許庁の公報等を収録する特許情報プラットフォーム(J-PlatPat)で確認した。
調べた方法は,次の4つである。
① 出願人名で検索して各社の公開済みの出願を数え,公報の要約又は請求項1を読んだ。
② 公知日が2026年の公報のうち,弁護士ドットコム株式会社の80件と,主要9社の24件について,J-PlatPatの経過情報から拒絶理由通知書,手続補正書,意見書,上申書,特許査定等の審査書類187通を取得し,そのうち本文の文字を取得できた183通を読んだ(応対記録3通と面接記録1通は,本文の文字を取得できなかった)。
③ 審査で引用された文献の出願人を,J-PlatPatの番号照会等で確認した。
④ 特許庁の「特許・実用新案審査ハンドブック」(令和8年11月6日時点で入手した版)の本文と附属書A・B・Dで,審査書類が参照した箇所と大規模言語モデルを使う発明の事例等を確認し,「特許出願の早期審査・早期審理ガイドライン」(令和8年3月)で早期審査の要件と手続を確認した。
本記事で主要9社というときは,株式会社LegalOn Technologies(旧株式会社LegalForce),GVA TECH株式会社,株式会社リセ,FRAIM株式会社(旧株式会社日本法務システム研究所),株式会社Legalscape,株式会社BoostDraft,株式会社Hubble,株式会社AtoJ及びリーガルテック株式会社を指す。
特許出願は,原則として出願の日から1年6か月を経過した後に出願公開される(特許法64条1項)。
そのため,最近の出願の多くは本記事の件数に入っていない。
出願人名の部分一致で検索したため,子会社や別名義の出願は漏れることがある。
公報と審査書類から分かるのは各社の出願と権利化の行動であり,製品との対応や経営上の意図についての記述は,本記事の整理による推測を含む。
2 結論の要旨
① 公開済みの出願件数では,弁護士ドットコムが190件と突出し,LegalOn Technologiesの64件,GVA TECHの30件が続く。
② 弁護士ドットコムの出願は電子契約と契約管理が多いが,2024年以降の出願では,大規模言語モデル(LLM)による回答を含む法律情報の検索・回答の分野が最も多くなっている。
③ LegalOn Technologiesは,契約書の条文の分割,対応付け,不足条項の検出等の処理を,細かい要素ごとに権利化している。
④ 2026年に公知となった公報の審査経過では,早期審査,分割出願及び「拒絶の理由を発見しない請求項」への絞り込みを組み合わせて,短期間で権利を得る例が多い。
⑤ 審査では,他のリーガルテック企業や自社の先願の公報も,引用文献や参考文献として使われている。
⑥ 意見書で出願人自身が述べた先行技術との区別は,後に権利範囲が争われたときに問題となりうるため,請求項と併せて読む必要がある。
⑦ 特許庁の審査ハンドブックの附属書Bは,人間が行っている業務の単なるシステム化を進歩性が否定される方向に働く要素とし,附属書Aは,人間が行っている業務を効率化するために質問文を大規模言語モデルに入力して回答文を得ることが慣用されているという前提で,進歩性を否定する事例を載せている。
リーガルテック企業の審査でも,データ構造そのものの請求項が発明該当性の拒絶理由を受けたり,回答に用いる情報の選び方を具体的に請求項へ加えて特許査定を得たりした例がある。
第2 企業別の出願件数
1 公開済みの出願と登録
令和8年11月6日時点のJ-PlatPatの一覧によれば,各社の公開済みの出願件数は次のとおりである。
区分はJ-PlatPatの一覧の表示によるもので,「登録」は特許権が有効なもの,「拒絶・取下げ等」は拒絶・却下,みなし取下げ,拒絶査定不服審判の係属中等と表示されたものである(拒絶査定を受けた後も「審査中」と表示されているものは審査中に数えた)。
| 出願人 | 公開済み | 登録 | 審査中 | 審査請求前 | 拒絶・取下げ等 | 出願の年 |
|---|---|---|---|---|---|---|
| 弁護士ドットコム | 190 | 61 | 39 | 65 | 25 | 2015〜2026 |
| LegalOn Technologies | 64 | 30 | 22 | 10 | 2 | 2018〜2026 |
| GVA TECH | 30 | 15 | 6 | 2 | 7 | 2018〜2024 |
| リセ | 18 | 9 | 3 | 5 | 1 | 2020〜2025 |
| FRAIM | 18 | 9 | 3 | 1 | 5 | 2019〜2025 |
| リーガルテック | 10 | 10 | 0 | 0 | 0 | 2017〜2025 |
| AtoJ | 9 | 5 | 2 | 2 | 0 | 2024〜2026 |
| BoostDraft | 5 | 4 | 0 | 0 | 1 | 2021〜2022 |
| Legalscape | 5 | 2 | 0 | 1 | 2 | 2018〜2024 |
| Hubble | 3 | 3 | 0 | 0 | 0 | 2025 |
LegalOn Technologiesの64件のうち21件は,旧社名の株式会社LegalForce名義である。
MNTSQ株式会社等,出願人名の検索では公開済みの出願が見当たらなかった企業もあるが,未公開の出願や別名義の出願がある可能性は否定できない。
2 弁護士ドットコムの出願年の推移
弁護士ドットコムの公開済みの出願を出願年で数えると,2022年が40件,2023年が33件,2024年が36件,2025年が54件(公開済みの分だけ),2026年が21件(早く公開又は登録された分)である。
2025年以降の数は今後の公開で増えるため,年ごとの増減の比較には使えない。
第3 各社が出願している技術
1 弁護士ドットコム
(1) 分野別の内訳
190件の要約を読み,本記事で次のとおり分類した。
| 分類 | 件数 | うち登録 | うち2024年以降の出願 |
|---|---|---|---|
| 電子契約の締結・署名・承認フロー | 59 | 23 | 17 |
| 締結後の契約管理 | 38 | 12 | 19 |
| 法律情報の検索・回答(LLMによる回答を含む) | 37 | 14 | 35 |
| 法律相談・弁護士への接続 | 18 | 9 | 16 |
| 契約書のレビュー・作成支援 | 12 | 0 | 8 |
| 企業法務部門の業務 | 7 | 3 | 7 |
| 会議・議事録・業務マニュアル | 7 | 0 | 4 |
| 利用規約の管理 | 7 | 0 | 1 |
| その他 | 5 | 0 | 4 |
電子契約と契約管理が計97件と半分を占めるが,2024年以降の出願に限ると,法律情報の検索・回答が35件と最も多く,契約管理(19件),電子契約(17件),法律相談(16件)が続く。
利用規約の管理の7件のうち,2022年10月から12月に出願された6件は,すべてみなし取下げとなっている。
(2) 電子契約と契約管理
契約の送信者・受信者・承認者の設定と承認フロー(特許第7174870号等),外部の契約締結サービスとの連携(特許第7249452号等),書類のハッシュ値を利用者の秘密鍵で暗号化させる電子署名(特開2024-027133号の出願等),締結後の契約文書の分類や相手方の信用情報の監視等が出願されている。
令和7年3月31日には,締結済みの契約データを使って入金・支払義務・義務の履行を検知するもの等の出願10件をまとめて出している(いずれも審査請求前)。
(3) 法律情報の検索とLLMによる回答
法律に関する情報源を検索して検索結果をLLMに要約させるもの(特許第7755690号),法律問題の質問からLLM用のプロンプトを組み立てて回答を生成し,根拠となる法令・判例等を示すもの(特許第7749749号)がある。
法令・判例・書籍・ガイドラインの各部分の参照関係をグラフ型のデータ構造で持ち,質問に関連するコンテンツを抽出して回答を生成する系統(特許第7796273号,特許第7802985号,特許第7812021号,特許第7812024号,特許第7910187号)は,複数の登録を得ている。
コンテンツごとに対応する法律上の論点をLLMに特定させるもの(特許第7866613号)もある。
(4) 法律相談の支援
相談者の相談内容をLLMで所定の項目に沿って要約して弁護士に示すもの(特許第7693920号),案件の相談内容から論点をLLMに抽出させるもの(特許第7702545号),相談者からの電話を回答者に転送し,一定時間応答がなければ通話サービスへ戻すもの(特許第7900583号)等がある。
2 LegalOn Technologies
2019年から2021年の出願は,契約書の文書処理が中心で,多くが登録されている。
条・項・号の単位で2つの文書を分割して対応付けるもの(特許第7831837号),契約書の各単位にラベルを付け,ラベルを付けられなかった単位を不足条項として特定するもの(特許第7857665号),条ヘッダーの番号と本文中で参照している番号の整合を確かめるもの(特許第7689649号)等である。
契約書レビューの基本となる出願として,第1の契約書とこれに関連する第2の契約書を読み込み,第1の契約書の条項と第2の契約書の内容に基づいてコメントを生成する特許第7761276号と,その分割出願で,覚書等による変更を反映してコメントを生成する特許第7944097号(令和8年10月23日登録)がある。
2023年以降の出願は,定義語の判別と使用状況の確認,修正履歴からのバージョンの分離,契約書の画像からの文字の抽出,原文と翻訳文のリスクの指摘等,契約書処理の個別技術を細かく押さえている。
生成AIの関係では,入力単位ごとの修正方針とプロンプトを「自然言語処理モデル」に与えて法的文書を修正する特許第7691604号(国際出願,登録)がある。
3 GVA TECH
2018年から2019年の出願は,契約書等の法律文書の評価・レビュー・修正が中心で,多くが登録された。
商業・法人登記の登記記録を取得して変更登記の申請を支援する出願(特許第6531311号等)もある。
2022年以降は,案件リクエストの受付と法務担当者の割当て(特開2024-004804号の出願。登録)等,企業法務部門の相談受付と案件管理へ出願の対象が移っている。
2023年から2024年の出願には,相談と回答を生成AIで要約して対応付けるもの,プロンプトと生成AIで法務相談の回答案を作るもの等,生成AIを使うものが入っている。
同社には,公知日が2026年の公報はない。
4 リセ
契約書レビューの指摘・修正の出し方を中心に権利化している。
文章生成モデルを使ってドラフトの評価に基づく修正を提案するもの(特許第7506867号),相手方の指摘事項に対する返答コメントを生成するもの(特許第7709711号),既定の観点と利用者が追加した観点の双方でチェックした結果を表示するもの(特許第7688861号)等がある。
2024年以降には,メールに添付された法律文書の自動アップロード(特開2026-110923号)や,顧客管理(CRM)システムから契約書データを送ってチェック結果を受け取る連携(特開2026-167973号)も出願している。
5 FRAIM
旧社名の時代(2019年から2021年の出願)に,契約書の条項をベクトルに変換して条項の種類や法令の改正・法令違反の情報と対応付けるもの,条・項・号の階層と番号を自動で変更するもの等の登録を得ている。
FRAIM名義では,比較文書との差分に基づいて評価対象文書の適正性を評価するもの(特開2026-047298号)等を出願し,テキストからの項目抽出や条項のインデント整列の分割出願(特開2026-048980号,特開2026-040749号)を審査中である。
6 Hubble・AtoJ
株式会社Hubbleの3件は,いずれも生成AIを使うもので,生成AIに指示して契約書を図解する図面データを作るもの(特許第7943471号),版のある契約書から契約内容の概要を生成AIで作ってデータベースを構築するもの(特許第7927135号),契約案と資料から契約内容の要約と事前確認項目を生成AIで作り,法務部門への審査依頼を支援するもの(特許第7837463号)である。
株式会社AtoJの出願は,すべて2024年8月以降の出願で,オンライン紛争解決(ODR)の交渉支援と債権回収に関するものである。
申立人が譲歩できる条件を登録しておき,相手方の交渉内容がそれを満たすかを判断して自動で交渉するもの(特許第7832727号),生成AIで当事者の代わりに交渉し又は当事者を支援するAIエージェントを構成するもの(特許第7936643号),会計情報から申立ての条件に合う債権を選んで申し立てるもの(特開2026-047032号の出願。特許第7840079号として登録)等がある。
7 BoostDraft・Legalscape・リーガルテック
株式会社BoostDraftの5件は,契約書等の文書を編集する作業の補助で,編集者名の一括変更と相反する変更履歴の削除,保存ごとの識別子によるファイルの派生関係の特定,表記の不統一を直す「平仄合わせ」等である。
株式会社Legalscapeの5件は,判決文・評釈を章立て・項目分けしてデータベースを作り検索するもの(登録2件)と,登録された文書の記載を引用して応答文を生成するもの(審査請求前)等である。
リーガルテック株式会社(旧AOSリーガルテック株式会社)の10件はすべて登録されており,弁護士のマッチング,データ管理,特許・実用新案の図面と請求の範囲の構成要素の関連性を解析するもの(特許第7813440号)等である。
8 同じ課題を各社が別の切り口で押さえている例
契約書の定義語の確認は,LegalOn Technologies(特開2026-035781号),BoostDraft(特開2023-119766号)及びFRAIM(特開2023-001042号)が,それぞれ出願している。
条番号の整合・自動変更は,LegalOn Technologies(特許第7689649号)とFRAIM(特開2021-197130号の出願)が登録を得ている。
同じ機能に見えても,各社の請求項は処理の手順や対象を違えて書かれているため,個別に請求項を読み比べる必要がある。
9 法律業務の分類と生成AIを請求項に含む出願
特許庁の分類(FI)で「G06Q50/18」(法律業務)が付され,公知日が令和5年1月1日から令和8年11月6日までの公報1,122件のうち,451件は出願人がソフトバンクグループ株式会社である。
そのうち445件は発明の名称が「システム」だけで,405件は審査請求前である。
同社の公報を7件抜き取って読んだところ,いずれも数行の構成で,具体的な処理の限定は少なかった。
J-PlatPatの全期間の公報のうち,請求の範囲に「大規模言語モデル」「言語モデル」「LLM」又は「生成AI」と,「法令」「判例」「契約書」「法律相談」又は「弁護士」の双方を含むものは121件あり,うち112件が2025年から2026年の公知である。
出願人はソフトバンクグループが56件,弁護士ドットコムが27件で大半を占める。
この検索は請求の範囲の用語に依存するもので,生成AIを使う法律分野の公報を網羅したものではない。
LegalOn Technologiesの特許第7691604号のように「自然言語処理モデル」と書く公報は,この検索に入らない。
第4 2026年に公知となった公報の審査経過
1 対象
本節で「公知日が2026年の公報」とは,J-PlatPatで各社を出願人とし,公知日を令和8年1月1日から同年11月6日までとして検索した結果に出た公報をいう。
令和8年に登録された特許でも,公開公報が令和7年以前に発行されていた出願は,この検索結果に入っていない(例えば,LegalOn Technologiesの特許第7944097号は,令和7年に公開された特開2025-188162号の出願である)。
令和8年11月6日時点の状況は次のとおりである。
主要9社のうち,GVA TECH,Legalscape及びBoostDraftには,この意味で公知日が2026年の公報がない。
| 出願人 | 公報 | 登録 | 審査中 | 拒絶 | 審査請求前 |
|---|---|---|---|---|---|
| 弁護士ドットコム | 80 | 15 | 16 | 1 | 48 |
| AtoJ | 8 | 4 | 2 | 0 | 2 |
| LegalOn Technologies | 6 | 0 | 5 | 0 | 1 |
| Hubble | 3 | 3 | 0 | 0 | 0 |
| FRAIM | 3 | 0 | 2 | 0 | 1 |
| リセ | 3 | 0 | 1 | 0 | 2 |
| リーガルテック | 1 | 1 | 0 | 0 | 0 |
AtoJの登録4件には,公開公報の後に登録された特開2026-047032号(特許第7840079号)を含む。
2 早期審査で短期間に権利を得る
(1) 早期審査の要件と手続
特許庁の「特許・実用新案審査ハンドブック」によれば,早期審査は,一定の要件の下,出願人からの「早期審査に関する事情説明書」による申請を受けて,審査を通常に比べて早期に行うものであり,実施関連出願,中小企業・大学等の出願,外国関連出願等を対象としている(第Ⅺ部第2章11201)。
特許庁の「特許出願の早期審査・早期審理ガイドライン」(令和8年3月)によれば,早期審査を申請できる特許出願は,出願審査の請求がされていることのほか,中小企業・個人・大学等の出願,外国関連出願,実施関連出願等のいずれかに当たること等の要件を満たすものである(Ⅱ.1)。
代理人による手続の場合は,弁理士,弁護士又は法定代理人が筆頭代理人であることも必要とされている(同)。
申請は,特許出願1件ごとに「早期審査に関する事情説明書」を提出して行い,事情説明書には,早期審査を申請する事情のほか,先行技術文献の開示及び対比説明を記載する(Ⅱ.4)。
中小企業・個人・大学等の出願(大企業との共同出願で一定の特例に当たらないもの等を除く)では,先行技術調査は必ずしも必要でなく,知っている文献を記載し,それとの対比を説明すれば足りるが,実施関連出願では先行技術調査が必要とされている(Ⅱ.3,Ⅱ.5(1)③)。
そのため,ガイドラインは,複数の条件に当たるときは事情説明書の作成負担の少ない条件を選ぶことを推奨している(Ⅱ.3)。
スタートアップ(設立から10年を経過しておらず,従業員数又は資本金の額が一定以下で,大企業に支配されていない法人や,事業の開始から10年を経過していない個人事業主)による実施関連出願については,「スタートアップ対応面接活用早期審査」も設けられている(Ⅱ.2)。
この制度では,一次審査結果の通知の前に審査官との面接を行い,審査官は,拒絶理由があればその概要を説明し,補正や分割等を示唆することもある(同)。
事情説明書は,早期審査に選定されたかどうかにかかわらず,出願書類等と同様に閲覧に供される(Ⅱ.6(2))。
また,ガイドラインは,早期処理のため,出願人に応答期間の延長請求の抑制等の協力を求め,協力が十分かつ迅速に得られない場合には早期審査の対象外とすることがあるとしている(Ⅱ.6(3))。
(2) 各社の利用状況
公知日が2026年の公報のうち,弁護士ドットコムの登録15件では13件が,早期審査を使っている。
主要9社の登録8件(Hubble3件,AtoJ4件,リーガルテック株式会社1件)は,すべて早期審査を使っている。
AtoJの特許第7936644号は,令和8年7月15日の出願から同年10月7日の登録まで84日であり,Hubbleの特許第7837463号は,令和7年12月30日の分割出願から令和8年3月19日の登録まで79日である。
早期審査を使ったかどうかは,J-PlatPatの経過情報に「早期審査に関する事情説明書」と「早期審査に関する通知書」の記録があるかで判断した(次に述べるスーパー早期審査の対象となったものを含む)。
本記事で読んだ審査書類には事情説明書の本文が含まれていないため,各社がどの条件で申請したかや,スタートアップ対応面接活用早期審査を使ったかどうかは分からない。
AtoJの特許第7832727号,特許第7936643号,特許第7936644号,特開2026-047032号の出願(特許第7840079号)及び特開2026-047100号の出願に対する拒絶理由通知書には,「この出願は、スーパー早期審査の対象案件であり」との記載がある。
同じ箇所には,通常,通知書の発送の日から30日以内に意見書又は補正書が提出されない場合にはスーパー早期審査の対象外となる旨も記載されている。
弁護士ドットコムの特開2026-087526号の出願(特許第7920419号)とHubbleの特許第7927135号では,早期審査の申請の後,拒絶理由通知書に対して期間延長請求書が出されている。
いずれもその後に特許査定を受けているが,延長請求が早期審査の扱いに影響したかどうかは,経過情報からは分からない。
3 分割出願を使う
特許出願人は,補正をすることができる期間内のほか,特許査定の謄本の送達から30日以内等に,二以上の発明を包含する特許出願の一部を新たな特許出願とすることができ,新たな出願はもとの出願の時にしたものとみなされる(特許法44条1項・2項)。
審査ハンドブックは,出願人が分割をするときは,上申書で原出願からの変更箇所を明示し,分割の実体的要件を満たすことや原出願の発明と同一でないこと等を説明するよう要請している(第Ⅵ部第1章6104)。
実際に,FRAIMの分割出願2件とLegalOn Technologiesの分割出願2件は,審査請求の前後に上申書と自発補正を出し,請求項を組み直している。
FRAIMは,特開2026-040749号の上申書で,本願を,特許査定を受けた原出願の発明の「下位概念」の発明と位置づけた。
AtoJは,特許第7832727号の特許査定(令和8年1月26日起案)の後,登録(同年3月10日)の前の同年2月26日に,同じ出願を原出願とする分割出願(特開2026-086849号,審査請求前)をしている。
その請求項1は,特許第7832727号の出願時の請求項1と同じ文言であり,審査の過程で加えた譲歩条件の具体的な列挙を含まない。
審査で限定した請求項で特許査定を得た後,登録の前に,広い請求項を別の出願で残す使い方といえる。
公知日が2026年の弁護士ドットコムの審査中16件のうち,14件も分割出願である。
審査ハンドブックによれば,原出願の拒絶査定後に分割された分割出願で,原出願が前置審査又は拒絶査定不服審判に係属中のものは,出願人の申請があれば,一定の要件の下で審査が中止される(特許法54条1項,第Ⅵ部第1章6130)。
中止の期間は,原出願の前置審査で特許査定の謄本が送達されるか,審判の結果が判明するまでである(出願人が分割出願の審査の再開を申請した場合を除く)。
LegalOn Technologiesの特開2026-012767号と,弁護士ドットコムの特開2026-113662号及び特開2026-083040号は,この審査中止を上申書で求めている。
4 「拒絶の理由を発見しない請求項」に絞る
審査官は,拒絶理由を通知するときに,その請求項だけが特許請求の範囲に記載されていればその時点で拒絶の理由がない請求項を,「拒絶の理由を発見しない請求項」として付記する(審査ハンドブック第Ⅰ部第2章1206)。
この付記は,審査官の意図を出願人に明確に伝え,それ以外の請求項を削除する等の対応を容易にする趣旨であり,拒絶理由そのものではなく,法的効力を伴う記載事項でもないとされている。
公知日が2026年の弁護士ドットコムの登録案件で最も多い権利化の型は,新規性・進歩性の拒絶理由が示されなかった従属項の構成を独立した請求項に繰り入れる対応で,6件あった(うち4件は,この付記がされた従属項を繰り入れたもの)。
リーガルテック株式会社の特許第7813440号は,1回目の拒絶理由には意見書で反論したが,2回目の拒絶理由で新たに株式会社椿知財サービスの特許第7536375号を引用されると,反論せず,拒絶の理由がないとされた請求項を独立した請求項にして登録された。
AtoJの特許第7936644号と特許第7832727号も,新規性・進歩性の指摘がなかった従属項を中心に請求項を組み直して登録されている。
5 方法の請求項で動作の主体をコンピュータと明記する
(1) 動作の主体が特定されていない請求項
特許法上の「発明」は,自然法則を利用した技術的思想の創作のうち高度のものをいう(特許法2条1項)。
Hubbleの特許第7927135号に対する拒絶理由通知書(令和8年3月12日起案)は,請求項の方法の各ステップの動作の主体が特定されていないため,人間が実行する方法ともコンピュータが実行する方法とも解釈できると指摘した。
その上で,明確性(特許法36条6項2号)と発明該当性(特許法29条1項柱書)の拒絶理由を示し,明確性の理由の中で審査ハンドブック附属書B第1章1.2.1.3を参照している。
同じ通知書は,引用文献に基づく進歩性(特許法29条2項)の拒絶理由も示している。
Hubbleは,各ステップの主体を「コンピュータ」と明記する等の補正をし,進歩性の拒絶理由には意見書で反論して,登録を得た。
同社の特許第7837463号は,各ステップの実行主体が不明であるとの拒絶理由を受け,意見書を出さずに,主体の明記等の補正をして登録されている。
附属書B第1章1.2.1.3は,ソフトウエア関連発明が明確でない例として,「コンピュータを用いて」,顧客からの商品の注文を受け付け,在庫を調べ,発送の可否を返答する各ステップを実行する受注方法を挙げている。
「コンピュータを用いて、…ステップ」という表現では各ステップの動作の主体が特定されたことにならず,人間がコンピュータを操作して行う方法と,コンピュータが情報処理として行う方法の双方を含むと解釈できるため,一の発明を明確に把握できないという説明である。
ただし,「コンピュータを用いて」という用語が含まれていても,請求項のその他の記載を考慮して一の発明を明確に把握できる場合は,明確であるとしている。
これらからすると,生成AIを使う業務の手順を方法の請求項として書くときは,各ステップをコンピュータが行うことを明記しておくことが,同様の拒絶理由を避けるために重要と考えられる。
(2) 人の判断を含む業務と発明該当性
人の判断を含む業務を支援するシステムが,そのことだけで「発明」に当たらなくなるわけではない。
審査ハンドブック附属書Dは,発明該当性の審判決例として,知財高裁平成20年6月24日判決(平成19年(行ケ)第10369号)を載せている。
同判決は,歯科医師と歯科技工室の間で治療計画をやり取りする歯科治療システムについて,人の行為により実現される要素や評価・判断等の精神活動を含むとしても,精神活動それ自体に向けられたものとはいい難く,全体としてみるとコンピュータに基づいて機能する,歯科治療を支援するための技術的手段を提供するものであるとした。
その上で,「発明」に当たらないとした審決の判断を是認できないとし,審決を取り消した。
弁護士等の専門職の判断を支援するリーガルテックの発明でも,請求項を全体としてみて,コンピュータに基づいて機能する技術的手段を提供するものといえるかが問われると考えられる。
6 データ構造の請求項は「プログラムに準ずるもの」であることを要する
(1) 弁護士ドットコムの審査経過
公知日が2026年の弁護士ドットコムの公報のうち,法令・判例等の参照関係をグラフ型のデータ構造で持つ出願では,「グラフ型のデータ構造」そのものを請求項とした2件が,発明該当性の拒絶理由を受けている。
特許第7802985号と特許第7812021号に対する拒絶理由通知書(いずれも令和7年9月26日起案)は,「データ構造」の発明は「プログラムに準ずるもの」,すなわちデータの有する構造がコンピュータの処理を規定するものという点でプログラムに類似する性質を有するものに当たる必要があるとした。
その上で,請求項に書かれた処理は,質問に対して回答する処理や,法令の情報を応答する処理のように抽象的に特定されているにすぎず,データ構造によって一の結果として導かれるように具体的に規定されているとはいえないとして,発明該当性の要件を満たさないとする拒絶理由を示し,参考として附属書B第1章2.1.2と事例2-8等を挙げた。
(2) 附属書Bの考え方
附属書B第1章2.1.2は,「構造を有するデータ」及び「データ構造」がプログラムに準ずるものである場合にはソフトウエアと判断し,ソフトウエア(プログラムに準ずるデータ構造)とハードウエア資源とが協働した具体的手段又は具体的手順によって,使用目的に応じた特有の情報の演算又は加工が実現されているかにより,「発明」に当たるかを判断するとしている。
同じ2.1.2の例2では,氏名,住所及び電話番号を一のレコードとして記憶し,氏名をキーとした電話番号の検索に用いられる電話帳のデータ構造は,データ要素の内容や順序を定義したものにすぎず人為的な取決めにとどまるため,「発明」に当たらないとされている。
事例2-8は,スライドショー表示用のコンテンツデータのデータ構造について,データ要素の内容を定義しただけの請求項は「発明」に当たらず,画像データの表示後に次のコンテンツデータを制御部が記憶部から取得する処理に用いられることまで特定した請求項は「発明」に当たるとしている。
(3) 補正による対応
弁護士ドットコムは,2件とも,データ構造の請求項を削除する補正をして,特許査定を受けた。
特許第7802985号の拒絶理由は発明該当性だけで,同社は意見書で,その請求項を削除したことだけを述べている。
特許第7812021号では,明確性と進歩性の拒絶理由にも対応して,他の請求項を組み直している。
附属書Bの考え方からすると,データ構造そのものを請求項にするには,そのデータ構造によってコンピュータがどのような処理をするかを,請求項の中で具体的に書く必要があると考えられる。
7 新規性喪失の例外を使う
特許を受ける権利を有する者の行為で公知となった発明(特許等の公報に掲載されたことによるものを除く)は,公知となった日から1年以内に出願し,出願と同時にその旨の書面を,出願の日から30日以内に証明書を提出すれば,新規性・進歩性の判断で公知とならなかったものとみなされる(特許法30条2項・3項)。
審査ハンドブックによれば,審査官は,この例外の適用を認めて特許査定をするときに,その公開の事実を特許査定に記載し,この記載は特許掲載公報に掲載される(第Ⅰ部第2章1210)。
第三者がその事実を知らずに特許無効審判を請求することを防ぐ趣旨とされている。
AtoJの特許第7832727号と特開2026-047032号の出願(特許第7840079号)の特許査定には,自社サービスのウェブサイト等での公開について,Hubbleの特許第7927135号と特許第7837463号の特許査定には,イベントや新聞記事での公開について,この例外の適用が記載されている。
製品の発表を先にして後から出願する場合の注意は,関連記事に書いた。
8 拒絶理由なしの登録と,審判での登録
弁護士ドットコムの特許第7910187号は,拒絶理由通知も補正もなく,令和8年7月22日起案の特許査定だけで登録された。
特許査定の参考特許文献には,PayPay株式会社の特開2025-173701号(特許第7564400号)と弁護士ドットコム自身の特開2024-162162号が挙げられている。
一方,弁護士ドットコムの特許第7866613号は,令和7年6月4日起案の拒絶査定を受け,拒絶査定不服審判で論点を「文章としての法律上の論点」とする補正をして,令和8年4月30日の審決で特許になった。
第5 生成AIを使う発明の進歩性と審査ハンドブックの事例
1 ソフトウエア関連発明の進歩性の考え方
審査ハンドブック附属書B第1章2.2.3.1は,特定分野に関するソフトウエア関連発明の当業者を,その特定分野の技術常識や一般常識と,コンピュータ技術の分野の技術常識(例えばシステム化技術)を併せ持つ者等として想定している。
その上で,ある特定分野に適用されるコンピュータ技術の手順等を他の特定分野に単に適用するのみで,他に技術的特徴がなく,予測される範囲を超えた顕著な効果もないことは,進歩性が否定される方向に働く要素になるとしている。
同じ2.2.3.1は,コンピュータによってシステム化することにより得られる「速く処理できる」「大量のデータを処理できる」「誤りを少なくできる」「均一な結果が得られる」等の効果は,システム化に伴う当然の効果であることが多いともしている。
附属書B第1章2.2.3.2は,当業者の通常の創作能力の発揮に当たり,進歩性が否定される方向に働く要素となる例として,他の特定分野への適用,周知慣用手段の付加又は公知の均等手段による置換,ハードウエアで行っている機能のソフトウエアによる実現,人間が行っている業務やビジネスを行う方法のシステム化,公知の事象のコンピュータ仮想空間上での再現,公知の事実又は慣習に基づく設計上の変更を挙げている。
人間が行っている業務のシステム化については,通常のシステム分析手法及びシステム設計手法を用いた日常的作業で可能な程度のことであれば当業者の通常の創作能力の発揮に当たるとし,FAXや電話で受けていた注文を単にインターネット上のホームページで受けるようにすることを例に挙げている。
弁護士や法務担当者が行っている契約書の確認や法律相談の受付等の業務を,単にコンピュータに置き換えただけの請求項は,この考え方により進歩性を否定されやすいと考えられる。
2 大規模言語モデルを使う発明の事例
審査ハンドブック附属書Aの進歩性の事例集には,大規模言語モデルを使う発明の事例として,事例37と事例38の2件がある。
この事例集は進歩性の判断の運用を説明するために作成されたもので,事例中の引用文献や技術常識は,判断を説明するための前提として設定されたものであり,事例の追加時点の先行技術や技術常識を反映したものではないとされている。
事例37は,金融商品の問合せの質問文を大規模言語モデルに入力して回答文を自動生成するカスタマーセンター用の装置について,進歩性を否定した事例である。
担当者が過去の問合せの事例を蓄積したデータベースを検索して回答文を作る方法を引用発明とし,人間が行っている業務を効率化するために質問文を大規模言語モデルに入力して回答文を得ることが慣用されているという技術水準を前提としている。
その上で,人間が行っている業務をコンピュータにより自動化して効率化を図ることは当業者が通常考慮する自明な課題であり,引用発明にこの慣用技術を適用することは容易に想到できたとしている。
事例38は,質問文に参考情報を付加して大規模言語モデルに入力するプロンプトを生成する方法である。
入力できる文字数の上限(制限文字数)を超えないように付加文章を生成するという請求項1は,制限文字数を超える部分を破棄する周知技術を適用すれば容易に想到できたとして,進歩性を否定された。
これに対し,質問文に関連する複数の関連文章から参考情報として適した複数のキーワードを抽出し,そのキーワードを使って制限文字数を超えない付加文章を生成するという請求項2は,その構成を開示する先行技術は発見されておらず,出願時の技術常識でもなく,より信頼性が高く適切な回答文を得るという有利な効果を奏するとして,進歩性を肯定されている。
3 弁護士ドットコムの審査経過との対応
弁護士ドットコムの特許第7817481号の最初の拒絶理由通知の対象となった請求項1は,取得した情報の少なくとも一部と,法令違反に該当する可能性を評価する指示文とを含むプロンプトを生成し,言語処理を行う情報処理システムの回答を利用者に示すものであった。
拒絶理由通知書(令和7年10月8日起案)は,ポリシーの遵守について文書を評価するプロンプトを大規模言語モデルに送る米国特許出願公開第2024/0289561号を引用し,文書及びポリシーとしてどのようなデータを用いるかは設計的事項にすぎないとして,請求項1等に進歩性がないとする拒絶理由を示した。
同じ通知書は,大規模言語モデル等に実行させるプロンプトでは,含まれる情報の具体的な用途を指定する必要があることが出願時の技術常識であるとして,取得した情報をプロンプトの実行にあたってどのように用いるかが特定されていない請求項1等について,明確性の拒絶理由も示した。
弁護士ドットコムは,進歩性の指摘がなかった補正前の請求項2の構成を請求項1に加える補正をした。
具体的には,法令の各条項,判例,書籍又はガイドラインの情報の間で参照関係を定義したグラフ型のデータ構造のデータを,質問内容から抽出したキーワードで検索し,その検索結果を,回答の出力に用いる参照情報として指示文に含めて,プロンプトを生成するというものである。
あわせて,プロンプトの指示文で,取得した情報を法令違反に該当する可能性の評価の対象として指定することも請求項に書き,特許査定(令和8年1月23日起案)を受けた。
審査書類が事例38に触れているわけではないが,回答に用いる情報の選び方を具体的に特定した構成で進歩性の拒絶理由を解消した点で,事例38の請求項2と共通する面があると考えられる。
第6 審査で引用された他社・自社の文献
拒絶理由通知書には,拒絶理由を構成する「引用文献」のほか,「先行技術文献調査結果の記録」が記載されることがある。
審査ハンドブックによれば,この記録は拒絶理由を構成せず,審査官は,出願人が補正の際に参考にできる等有用と思われる先行技術がある場合に,その文献を記録することができる(第Ⅰ部第2章1204)。
今回読んだ特許査定には,参考特許文献も記載されていた。
これらを見ると,リーガルテック各社の公報が,引用文献,調査結果の記録又は参考文献として,互いの審査に現れている。
| 審査された出願 | 引用・参考とされた文献 | 文献の出願人 | 審査での扱い |
|---|---|---|---|
| 特許第7943471号(Hubble) | 国際公開第2025/018000号 | GVA TECH | 2回の拒絶理由の主引用例 |
| 特許第7837463号(Hubble) | 特開2024-004804号,特開2025-012599号 | GVA TECH | 調査結果の記録・参考文献 |
| 特許第7837463号,特許第7927135号(Hubble) | 国際公開第2025/115798号 | LegalOn Technologies | 調査結果の記録又は参考文献 |
| 特開2026-110923号(リセ) | 特開2022-185179号 | LegalForce(現LegalOn Technologies) | 拒絶理由の主引用例 |
| 特許第7866613号,特許第7812021号,特許第7812024号,特許第7796273号,特開2026-087526号(弁護士ドットコム) | 特開2021-064143号,特開2024-091709号,特開2025-036380号 | Legalscape | 拒絶理由の引用文献 |
| 特許第7936644号,特許第7936643号(AtoJ) | 特開2026-047100号 | AtoJ(自社の先願) | 拒絶理由の引用文献 |
| 特許第7936643号(AtoJ) | 特開2026-029376号 | ソフトバンクグループ | 拒絶理由の主引用例 |
| 特許第7813440号(リーガルテック) | 特許第7536375号 | 椿知財サービス | 2回目の拒絶理由の主引用例 |
国際公開の出願人はGoogle Patentsの表示により,国内の公報の出願人はJ-PlatPatの番号照会により確認した。
AtoJの特許第7936643号は,生成AIの仮想仲裁者キャラクターを設定するソフトバンクグループの公報を主引用例とする拒絶理由を受け,請求項1を447字から1,352字に限定して登録された。
同社の後願2件では,自社の先願の公開公報が引用文献とされた。
出願前に公開された自社の公報も,後の出願の新規性・進歩性を否定する資料になり(特許法29条1項3号・2項),公報への掲載による公開には新規性喪失の例外も使えない(同法30条2項括弧書)。
第7 意見書等で出願人自身が述べた区別
1 意見書・上申書等の主張の例
公開された出願の拒絶理由通知書,意見書,手続補正書等は,J-PlatPatの経過情報で読むことができる。
意見書等には,出願人が引用文献と自らの発明の違いをどう説明したかが書かれている。
主なものは次のとおりである。
① Hubble(特許第7943471号)は,本願の「生成AIモデル」は大規模言語モデル(LLM)を意味し,引用文献の可視化ツールや可視化ライブラリはこれに当たらないと述べた。
② AtoJ(特許第7832727号)は,譲歩条件を満たすかどうかの判断は自動判断であり,人が交渉情報と譲歩条件を確認して判断し,それに応じたデータを入力する構成は含まないと述べた。
③ AtoJ(特許第7936643号)は,第三者(仲裁者)を代行するAIエージェントが引用文献に記載されていることを認めた上で,申立人・被申立人を代行し又は支援するAIエージェントや,交渉を支援する第三者を支援するAIエージェントを構成する点を特徴とした。
④ 弁護士ドットコム(特許第7866613号の拒絶査定不服審判の段階)は,本願の論点はLLMの出力として得た文章としての法律上の論点であり,分類用のキーワードやラベルとは別の概念であると述べた。
⑤ FRAIM(特開2026-048980号の上申書)は,位置情報を使ったハイライト表示自体は原出願の引用文献にあることを前提に,抽出後のデータを端末に送って対比表示するクライアントサーバの一体的な構成を特徴とした。
2 権利範囲を考えるときの意味
特許発明の技術的範囲は,願書に添付した特許請求の範囲の記載に基づいて定められる(特許法70条1項)。
最高裁平成10年2月24日判決(平成6年(オ)第1083号,民集52巻1号113頁)は,特許請求の範囲に記載された構成と異なる部分がある製品等でも,5つの要件を満たすときは均等なものとして技術的範囲に属するとし,その要件の一つに,製品等が特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たるなどの特段の事情がないことを挙げた。
同判決は,その理由を,特許出願手続において出願人が特許請求の範囲から意識的に除外したなど,特許権者の側においていったん特許発明の技術的範囲に属しないことを承認するか,又は外形的にそのように解されるような行動をとったものについて,特許権者が後にこれと反する主張をすることは,禁反言の法理に照らし許されないからであると説明している。
そのため,意見書等で出願人が引用文献と異なると述べて限定した範囲については,後に権利者が均等を主張しても,この要件との関係で問題になると考えられる。
例えば,上記②の陳述からすれば,人が判断して入力する構成について特許第7832727号の技術的範囲を主張することは難しくなると考えられる。
製品の機能が他社の特許の対象となるかを検討するときは,登録時の請求項だけでなく,経過情報の意見書と補正の経過も読む必要がある。
第8 公報と審査書類から読み取れること
1 出願の進め方の特徴
公報と審査書類から,次の傾向を読み取ることができる。
① リーガルテックの専業各社の登録例は,生成AIの使い方を請求項で具体的に限定している。
これに対し,ソフトバンクグループの公報は件数が非常に多く,抜き取って読んだ7件に限れば,数行の抽象的な構成だった。
② 早期審査と分割出願を組み合わせ,審査で限定した請求項で早く特許査定を得ながら,広い請求項を分割出願で残す例がある。
③ 審査では,他のリーガルテック企業や自社の先願の公報が引用されることもあるため,出願の段階から競合する各社の公報を読んでおく意味は大きい。
④ 契約関係の主要企業の中にも,出願人名の検索では公開済みの出願が見当たらない企業があり(MNTSQ株式会社等),各社の特許への取組みには差があるとみられる。
2 導入や開発をする側の注意
他社の特許の対象となるかを確かめるには,請求項1だけでなく,独立した全ての請求項と,審査の経過を読む必要がある。
公開公報の請求項は出願時のものであり,その後の補正で大きく変わることがある。
例えば,AtoJの特許第7936643号の請求項1は審査で約3倍の長さに限定された。
公知日が2026年の弁護士ドットコムの公開公報68件でも,14件は請求項1が公報から変わっていた。
特許の有効性を争う手続や,生成AIの普及が出願時の当業者や先行技術の判断に与える影響は,関連記事に書いた。
3 本記事の限界
本記事は令和8年11月6日時点のJ-PlatPatの表示に基づくものであり,その後の公開・登録・審査の状況は反映していない。
審査ハンドブック(附属書を含む)の記載は,令和8年11月6日時点で入手した版によるもので,その後の改訂は反映していない。
早期審査・早期審理ガイドラインの記載も,令和8年11月6日時点で入手した令和8年3月の版による。
請求項の権利範囲の確定的な解釈や,特定の製品・サービスとの対比はしていない。
各社の製品と出願の対応は,公報の記載に基づく本記事の推測を含む。
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第10 出典
① 特許情報プラットフォーム(J-PlatPat),特許・実用新案検索,経過情報,番号照会(令和8年11月6日確認),https://www.j-platpat.inpit.go.jp/
② e-Gov法令検索の特許法(2条,29条,30条,36条,44条,54条,64条,70条。令和8年6月24日施行の現行版)
③ 特許庁「特許・実用新案審査ハンドブック」(第Ⅰ部第2章1204・1206・1210,第Ⅵ部第1章6104・6130,第Ⅺ部第2章11201,附属書A「特許・実用新案審査基準」事例集の進歩性の事例37・38,附属書B「特許・実用新案審査基準」の特定技術分野への適用例の第1章1.2.1.3・2.1.2・2.2.3・事例2-8,附属書D「特許・実用新案審査基準」審判決例集の発明該当性の審判決例。令和8年11月6日時点で入手した版),https://www.jpo.go.jp/system/laws/rule/guideline/patent/handbook_shinsa/index.html
④ 最高裁平成10年2月24日判決(平成6年(オ)第1083号,民集52巻1号113頁),https://www.courts.go.jp/hanrei/52790/detail2/index.html
⑤ 知財高裁平成20年6月24日判決(平成19年(行ケ)第10369号),https://www.courts.go.jp/hanrei/36511/detail8/index.html
⑥ Google Patents(国際公開第2025/018000号及び国際公開第2025/115798号の書誌),https://patents.google.com/patent/WO2025018000A1/en,https://patents.google.com/patent/WO2025115798A1/en
⑦ 特許庁「特許出願の早期審査・早期審理ガイドライン」(令和8年3月。Ⅱ.1〜6。令和8年11月6日時点で入手した版)