AIで作成したこの記事は,「プライバシー保護」を切り口に,裁判所が関与する三つの場面――①司法行政文書の開示請求で不開示とされた判断例,②家庭裁判所調査官の論文・書籍の公表とプライバシー侵害が争われた最高裁令和2年10月9日判決,③裁判官・裁判所職員の文書廃棄義務と家庭裁判所調査官の職業倫理――を,最高裁判所情報公開・個人情報保護審査委員会の答申,判決文,申合せ・通達といった原典へのリンクとともに整理したものです。個別の法律相談や訴訟手続の手引ではなく,制度と資料の所在を確認するための記事です。
本記事は令和2年10月10日に公開したものに,その後の少年法改正や関係する裁判の経過等を加筆しています。インターネット検索の結果に関する記載は,いずれも公開当時(令和2年10月10日)の状況です。
第1 プライバシー保護に関する司法行政文書開示手続の判断例
最高裁判所が保有する司法行政文書の開示請求では,文書の内容そのものではなく,その文書が存在するかどうかを答えるだけで不開示情報を開示することになるとして,存否を明らかにせずに不開示とされる場合があります(存否応答拒否)。ここでは,プライバシー保護がその判断を左右した二つの答申を取り上げます。
1 松山市の20代女性の誤認逮捕に関する文書――逮捕状を出した裁判官の氏名の不開示
(1) 最高裁判所情報公開・個人情報保護審査委員会の答申
令和2年9月24日答申(令和元年度(情)第25号)は,「委員会の判断の理由」として次のように述べています(原文の1・2を①・②に置き換えています)。
① 本件開示の申出の内容からすれば,本件開示申出文書の存否を明らかにすると,特定市の特定年代の女性が特定犯罪の容疑で特定警察署に逮捕されたという事実の有無(以下「本件存否情報」という。)が公になると認められる。本件存否情報は,特定の個人を識別することができる情報には当たらないものの,仮に上記事実に該当する女性が存在した場合において,当該女性に関して入手可能な他の情報と照合することにより,当該女性が識別される可能性があることは完全には否定できず,ひいては,当該女性の逮捕歴という機微な情報が明らかとなって当該女性の権利利益を害するおそれがあるといえる。したがって,本件存否情報は,公にすることにより,個人の権利利益を害するおそれがある情報であると認められる。よって,本件開示申出文書については,その存否を答えるだけで法5条1号後段に規定する情報に相当する不開示情報を開示することになると認められる。
② 以上のとおり,原判断については,本件開示申出文書の存否を答えるだけで法5条1号後段に規定する情報に相当する不開示情報を開示することになると認められるから,妥当であると判断した。
本件開示申出文書は,「松山市の20代女性が窃盗容疑で愛媛県警松山東署に誤認逮捕された問題について,逮捕状を出した裁判官の氏名が書いてある文書」です。答申は,逮捕状を出した裁判官の権利利益を不開示の理由としているわけではありません。それにもかかわらず,誤認逮捕された女性のプライバシー保護の反射的効果として,逮捕状を出した裁判官の氏名も開示されない結果となりました。
ここで不開示の根拠とされた「法5条1号後段」は,特定の個人を識別することはできないものの,公にすることによりなお個人の権利利益を害するおそれがある情報を指します(行政機関の保有する情報の公開に関する法律5条1号。最高裁判所の司法行政文書開示は,これに準じた基準で運用されています)。
1 松山市の20代女性が窃盗容疑で愛媛県警松山警察署に誤認逮捕されたという事実の存否が明らかになった場合,当該女性の逮捕歴という機微な情報が明らかとなって当該女性の権利利益を害する恐れがあるから,不開示情報とのことです。
2 誤認逮捕の詳細につき産経HP参照https://t.co/qrtMHA8e85 https://t.co/UKb781GXVM
— 弁護士 山中理司 (@yamanaka_osaka) October 2, 2020
(2) 誤認逮捕の事実自体は松山地裁・愛媛県警により公表されていること
逮捕状を出した裁判官の氏名は不開示となりましたが,誤認逮捕の事実そのものは,公的な資料により明らかにされています。
第一に,愛媛弁護士会の意見・会長声明のうち,令和元年11月28日付の「愛媛県警察(松山東警察署)誤認逮捕事件に抗議する会長声明」には,「本年7月,愛媛県警察(松山東警察署)がタクシー窃盗事件の被疑者として20代の女性を誤認逮捕する事件が発生した。」と書かれており,その全文が松山地裁によって開示されています。
第二に,篠原英樹愛媛県警察本部長(令和元年9月9日着任)は,令和元年9月18日の愛媛県議会9月定例会において,松山東警察署が女性を誤認逮捕した事実を認める次の答弁をしています(会議録の発言番号No.15。愛媛県議会会議録検索システムで「令和元年9月定例会」から確認できます)。
松山東警察署の誤認逮捕についての御質問のうち,今回の事案の問題点に関する御質問にお答えいたします。今回の事件では,事件と全く無関係の女性を逮捕しており,当事者の女性にはまことに申しわけないと思っております。現在,県警では,被疑者特定の経緯,裏づけ捜査の状況,捜査指揮のあり方等,誤認逮捕に至った要因や取り調べの状況について調査中であり,結果を取りまとめた上で,丁寧に御説明したいと考えているところでございます。現時点で把握している問題点としては,タクシー内のドライブレコーダーの映像を誤認逮捕された女性と見誤ったことや幹部によるチェック機能がおろそかになったことが挙げられます。
つまり,誤認逮捕という事実自体は公表されている一方で,逮捕状を出した裁判官の氏名という個別の情報は,存否応答拒否によって開示されないことになったわけです。
愛媛・女子大生誤認逮捕 手記公開で分かったずさん捜査の中身 https://t.co/qrtMHA8e85 @Sankei_newsより
— 弁護士 山中理司 (@yamanaka_osaka) October 2, 2020
2 勾留延長却下に対する準抗告を退けた理由の要旨に関する文書の不開示
(1) 最高裁判所情報公開・個人情報保護審査委員会の答申
令和2年9月24日答申(令和2年度(情)答申第12号)は,「第6 委員会の判断の理由」として次のように述べています(原文の1・2・3を①・②・③に置き換えています)。
① 本件開示の申出の内容からすれば,本件開示申出文書の存否が明らかにされた場合,特定人が当該申出で例示された準抗告事件を含む特定の刑事事件の当事者であるという事実の有無が公になり,したがって,この情報は法5条1号に規定する個人識別情報に相当すると認められる。
② 苦情申出人は,報道機関による報道を主な根拠として,特定人の刑事事件に関し,東京地方検察庁の準抗告を退けた理由の要旨については東京地方裁判所が報道各社に明らかにしたものであるから,慣行として公にすることが予定されている情報であるといえる旨を主張し,これに対して,最高裁判所事務総長は,当該特定人の準抗告に関する報道は報道機関の責任において当該報道がされたものであり,そのことをもって,上記情報が法令の規定により又は慣行として公にされ,又は公にすることが予定されている情報とはいえない旨説明する。この点につき,当委員会庶務を通じて確認した結果によれば,東京地方裁判所が報道機関からの個別の取材に応じたことはあったものの,裁判所として公表したものはないことが認められる。このことも踏まえて検討すれば,特定の刑事事件に関する当事者名等の情報が新聞等で報道され,そのことにより,当該情報が一時的に公衆の知り得る状態に置かれたとしても,これはあくまでも報道機関がした取材の結果に基づき,当該報道機関の報道に関する方針等に沿ってそれぞれ報道されたものにとどまるから,そのことをもって,当該情報が慣行として公にされ,又は公にすることが予定されている情報に該当することになるとはいえない。以上によれば,特定人が準抗告事件を含む特定の刑事事件の当事者であるという事実の有無に関する情報について,法5条1号ただし書イに掲げる情報に相当する事情があるとはいえない。したがって,苦情申出人の上記主張は採用できない。そのほか,法5条1号ただし書ロ及びハに掲げる情報に相当するような事情も認められない。よって,本件開示申出文書については,その存否を答えるだけで法5条1号に規定する情報に相当する不開示情報を開示することになると認められる。
③ 以上のとおり,原判断については,本件開示申出文書の存否を答えるだけで法5条1号に規定する情報に相当する不開示情報を開示することになると認められるから,妥当であると判断した。
本件開示申出文書は,「平成30年12月21日に公表された,カルロス・ゴーンの勾留延長却下に対する東京地検の準抗告を退けた理由の要旨が書いてある文書」です。答申は,報道機関が取材結果として報道したことは,情報が「慣行として公にすることが予定されている」(法5条1号ただし書イ)ことにはならないと整理した点に特徴があります。
(2) 東京地裁が準抗告棄却の理由を公表した経緯
もっとも,この準抗告棄却の理由の要旨は,当時,東京地裁が異例の対応として公表したものと報じられていました。産経新聞(2018年12月21日付「東京地裁,ゴーン容疑者めぐり異例の対応…準抗告の棄却理由公表」)は,次のように報じています(同記事のウェブページは現在は公開されていません)。
東京地裁は21日,日産自動車の前会長,カルロス・ゴーン容疑者(64)らの勾留延長を認めなかった20日の決定に対する東京地検特捜部の準抗告を棄却した理由を公表した。異例の対応で,裁判所の決定に海外からも注目が集まっており,説明責任を果たす必要があると判断したもようだ。
この報道と,前記答申②の「裁判所として公表したものはない(個別の取材に応じたにとどまる)」という認定とは,一見すると食い違うようにも見えます。もっとも答申は,報道機関の取材への応対と,裁判所が制度として情報を「公表」することとを区別しており,前者があっても情報公開法上「慣行として公にすることが予定されている情報」には当たらない,という立場です。
でかい事件だと期日の何日か前に書記官から事務所に電話かかってきてテレビカメラはいるとかそういう連絡がくるのは記者クラブに情報を提供しているからだよねえ https://t.co/6EsDSngKsH
— パラサイトイリーガル (@parasiteillegal) July 17, 2021
R021008 最高裁の不開示通知書(裁判所時報において,上告した刑事事件の被告人の氏名を載せている理由が分かる文書)を添付しています。 pic.twitter.com/NLO4SQj5kp
— 弁護士 山中理司 (@yamanaka_osaka) October 11, 2020
第2 プライバシー保護に関する最高裁令和2年10月9日判決
最高裁判所第二小法廷令和2年10月9日判決(令和元年(受)第877号・第878号,民集74巻7号1807頁)は,自ら担当した少年保護事件を題材として家庭裁判所調査官が執筆した論文・書籍を公表した行為について,少年のプライバシーに属する情報が含まれていたとしても,公表されない法的利益がこれを公表する理由に優越するとまではいえず,プライバシー侵害として不法行為法上違法とはいえないとした事例です。「プライバシーを侵害しない」と述べたのではなく,プライバシー情報が含まれていたことを前提に,比較衡量によって公表の違法性を否定した点に注意が必要です。
1 事案の概要
(1) 当事者と請求の内容
判決文1頁によれば,事案は次のとおりです。
家庭裁判所調査官であった上告人Y1は,被上告人に対する少年保護事件を題材とした論文を精神医学関係者向けの雑誌及び書籍に掲載して公表した。本件は,被上告人が,この公表等によりプライバシーを侵害されたなどと主張して,上告人Y1,上記雑誌の出版社である上告人アークメディア及び上記書籍の出版社である上告人金剛出版に対し,不法行為に基づく損害賠償を求める事案である。
判決文3頁には,被上告人が「先天的な発達障害の一種であるアスペルガー症候群(以下「本件疾患」という。)を有するとの診断を受けていた」こと,上告人Y1が「平成N+2年■月までに家庭裁判所調査官を退官し,同年■月,大学の心理学部教授に就任した」ことが記載されています(判決文は,時期を「平成N年」等と匿名化しています)。
(2) 保護事件から論文・書籍の公表に至る経過
判決文2頁・3頁によれば,被上告人(当時17歳)は,ナイフを持ち歩いたという銃砲刀剣類所持等取締法違反の保護事件で東京家庭裁判所に送致され,同事件は不処分で終了しました。同事件の調査を担当した家庭裁判所調査官のY1は,臨床精神医学に関する月刊誌(発行は株式会社アークメディア)の症例報告に関する公募論文特集に応募し,本件保護事件を題材とした論文を執筆して,同誌に掲載しました(本件公表)。被上告人は,本件公表の当時,19歳でした。
その後,金剛出版が,本件論文を含め,Y1がそれまでに発表した論文を1冊にまとめた書籍を出版しました(本件再公表)。この書籍は,少年事件において発達障害を有する者に関与した事例の知識を共有し,研究活動の促進と発達障害への正しい理解を広めることを目的として,研究者等を読者に想定して市販された専門書籍でした。
(3) 論文・書籍に含まれたプライバシー情報
判決文3頁によれば,Y1は,本件保護事件の調査の際に作成した手控えを基礎資料として論文を執筆しました。対象少年の氏名・住所等は省略され,関係者を直接特定した記載や,事実関係の時期を特定した記載はありませんでしたが,症例報告としての学術的意義を保つため,本件疾患の診断基準に合致するエピソードや,家庭環境・生育歴・学校生活の具体的な出来事が記載されていました。そのため,これらを知る者が読めば,対象少年を被上告人と同定し得る可能性はありました。
判決は,論文中の「対象少年の非行事実の態様,母親の生育歴,小学校における評価,家庭裁判所への係属歴及び本件保護事件の調査における知能検査の状況に関する記載部分」に,対象少年である被上告人のプライバシーに属する情報が含まれていたと認定し,これを「本件プライバシー情報」と呼んでいます。この認定は,後述の判断枠組みの出発点になります。
2 最高裁の判断――比較衡量による違法性の否定
(1) プライバシー侵害の不法行為の判断枠組み
判決文4頁で,最高裁は,プライバシー侵害の不法行為について,確立した比較衡量の枠組みを示しました。
プライバシーの侵害については,その事実を公表されない法的利益とこれを公表する理由とを比較衡量し,前者が後者に優越する場合に不法行為が成立するものと解される。
この枠組みの根拠として,判決は次の二つの最高裁判例を引用しています。
- 最高裁平成6年2月8日第三小法廷判決・民集48巻2号149頁(ノンフィクション「逆転」事件)
- 最高裁平成15年3月14日第二小法廷判決・民集57巻3号229頁(「石に泳ぐ魚」事件)
そのうえで判決は,本件で違法となるか否かは,①本件プライバシー情報の性質及び内容,②公表当時の被上告人の年齢や社会的地位,③公表の目的や意義,④開示の必要性,⑤伝達される範囲と被上告人が被る具体的被害の程度,⑥表現媒体の性質などの諸事情を比較衡量して判断すべきものとしました。
(2) 本件における比較衡量と結論
判決は,少年法が少年審判を非公開とし(22条2項),少年本人を推知させる記事等の出版物への掲載を禁止し(61条),少年保護事件の記録の閲覧・謄写を制限していること(少年審判規則7条)を挙げ,これらは少年の健全な育成のための配慮であるとしました。そして,家庭裁判所調査官が調査で得た情報は少年等のプライバシーに属する情報を多く含むから,対外的に公表することは原則として予定されていないとし,本件プライバシー情報の秘匿性は極めて高いと評価しました。
他方で判決は,本件論文の特集の趣旨が本件疾患の臨床知識の共有と正しい理解の普及にあったこと,公表が医療関係者や研究者を読者とする専門誌・専門書籍で行われたことなどから,公表の目的は重要な公益を図ることにあったとし,症例報告として家族歴・生育歴等を正確に記載する必要があったことも認めました。さらに,論文には関係者を直接特定した記載や時期を特定した記載がなく,事実関係を知る者の範囲も限定されていたことから,読者が対象少年を被上告人と同定して具体的被害が生ずる可能性は相当低かったとしました。
これらの諸事情に照らし,判決文7頁は次のように結論づけました。
本件プライバシー情報に係る事実を公表されない法的利益がこれを公表する理由に優越するとまではいい難い。したがって,本件各公表が被上告人のプライバシーを侵害したものとして不法行為法上違法であるということはできない。
この結果,最高裁は,損害賠償請求を一部認容した原判決を破棄し,請求をいずれも棄却した第1審判決を維持しました(控訴棄却)。
(3) 草野耕一裁判官の意見
本判決には,草野耕一裁判官の意見が付いています。草野裁判官は,結論には賛成しつつ,理由づけを異にします。すなわち,調査権限に基づいて得た少年のプライバシー情報を,少年の改善更生という少年法の趣旨に抵触する態様で利用することは許されず,一般のプライバシー侵害案件に用いる比較衡量の枠組みだけでは適切に評価できない事案だと指摘します。そのうえで,本件では,被上告人が公表から7年以上経過した後に,上告人Y1自身の自発的な告知によって公表の事実を知ったのであり,公表によってプライバシー侵害の結果が現実化したとはいえず,相当因果関係を欠くから不法行為に当たらない,と構成しました。多数意見が比較衡量で違法性を否定したのに対し,草野裁判官は結果の不発生(因果関係)を理由とする点で,論理の道筋が異なります。
3 判決文からインターネット検索でたどれる資料
判決文は,論文が掲載された雑誌名や書籍名そのものは匿名化していますが,「アスペルガー症候群」「発達障害」といった語は残しています。そのため,令和2年10月10日時点では,これらの語を手がかりにインターネット検索を行うと,候補となる専門誌・専門書籍にたどり着くことができました。以下は,あくまでそのような検索の結果であり,本判決が取り扱った事案と結び付くものとは限りません(この点は次の項で改めて述べます)。
令和2年10月10日時点で,判決文を参照して「アークメディア 臨床精神医学 アスペルガー」で検索すると,「臨床精神医学 Vol.34 No.9 特大号 2005年9月 『アスペルガー症候群をめぐって-症例を中心に-』」(Amazonの販売ページ)が上位に表示されました。メディカルオンラインの「臨床精神医学34巻9号」では個別の論文を購入できるようですが,該当頁とされる部分は含まれていませんでした。
また,「金剛出版 少年事件 発達障害 家庭裁判所調査官」で検索すると,家庭裁判所調査官の勤務経験を経て大学教授に就任した著者による2008年7月8日出版の書籍「発達障害と少年非行―司法面接の実際」が上位に表示され,紀伊國屋書店の目次には「特異な非行とアスペルガー障害」を扱う章が含まれていました。
4 検索結果は参考程度にとどめるべきこと
前項のインターネット検索の結果は,あくまでも参考程度にとどめてください。理由は次のとおりです。
第一に,最高裁判所は,第1で述べたとおり,誤認逮捕の事実の存否が明らかになるだけで女性の権利利益を害するおそれがあると判断するほど,個人識別情報の範囲を広く解しています。第二に,少年法61条は,家庭裁判所の審判に付された少年等について,氏名・年齢・職業・住居・容ぼう等により本人であることを推知できる記事・写真を出版物に掲載することを禁じています。第三に,最高裁判所は,裁判所ウェブサイトの記載によって当事者の感情を傷つけないよう配慮していると考えられます(この点は,掲載基準に違反して刑事事件の判決を裁判所ウェブサイトに掲載した件で裁判長らが厳重注意・注意を受けた例や,投稿で当事者の感情を害した裁判官が戒告された例からうかがえます。詳細は後掲の補記を参照)。
これらのことからすれば,最高裁判所が,インターネット検索で容易に特定できるような機微情報を含む判決文を裁判所ウェブサイトで公表するとは考えにくく,前項で挙げた検索結果と,本判決が取り扱った事案とは無関係であるかもしれません。したがって,検索結果を本判決の当事者と結び付けて理解することは避けてください。
5 判決文の匿名化の程度についての疑問
他方で,判決文の匿名化の程度には,検討の余地があると考えます。仮に「アスペルガー症候群(以下「本件疾患」という。)」及び「発達障害」という語が,例えば「特定症候群(以下「本件疾患」という。)」及び「特定障害」といった表記にされていれば,判決文だけを見てインターネット検索で関連する専門誌・専門書籍を見つけることは,相当困難であったと思われます。
本判決は,「アスペルガー症候群」や「発達障害」という具体的な病名に着目して結論を導いたわけではありません(結論は前記の比較衡量によるものです)。そうすると,これらの語を伏せても,判例としての意義が損なわれることはなかったと考えられます。裁判所ウェブサイトにおいて,判決文にこれらの具体的な病名を残した理由は判然とせず,匿名化の程度については疑問が残るところです。
第3 裁判官及び裁判所職員の文書廃棄義務
第2の判決は,家庭裁判所調査官が調査で作成した手控えを基礎資料として論文を執筆したことが出発点になっていました。そこで,裁判官や裁判所職員が職務上作成・取得した書類の廃棄について,どのようなルールが定められているかを整理します。
1 裁判官の文書廃棄義務
裁判官については,二つの申合せがあります。まず,裁判官が所持する裁判書の写し等の廃棄に関する申合せ(平成29年12月19日付の高等裁判所長官申合せ)には,次の記載があります。
裁判官が事件処理に関し職務上作成し,又は取得した判決書,決定書,審判書等の裁判書の写しその他の書類(事件記録の写し,事件の手控え,期日メモ(合議メモ),和解条項の写し等をいう。)で所持するものについては,裁判情報を適切に管理するという観点から,退官時までには,廃棄するものとすること。
次に,裁判官が所持する裁判書の写し等の廃棄に関する申合せ(平成29年12月20日付の最高裁判所裁判官会議申合せ)には,次の記載があります。
裁判官が事件処理に関し職務上作成し,又は取得した判決書,決定書,審判書等の裁判書の写しその他の書類(事件記録の写し,調査報告書,事件の手控え,期日メモ(合議メモ)等をいう。)で所持するものについては,裁判情報を適切に管理するという観点から,退官時までに,廃棄するものとする。
なお,高等裁判所長官申合せの違反事例について最高裁判所が作成した文書は存在しません。
R011209 最高裁の理由説明書(裁判官が所持する裁判書の写し等の廃棄に関する申合せの違反事例について作成した文書)を添付しています。 pic.twitter.com/pzl27XjexF
— 弁護士 山中理司 (@yamanaka_osaka) October 4, 2020
2 裁判所職員の文書廃棄義務
裁判官以外の裁判所職員については,裁判官以外の裁判所の職員が所持する裁判事務に関する書類の廃棄について(平成31年2月20日付の最高裁判所事務総長通達)に,次の記載があります(原文の1・2を①・②に置き換えています)。
① 職員は,その所持する裁判事務に関する書類を職務上利用する必要がなくなったときは,速やかにこれを廃棄しなければならない。
② 職員(退職し,又はその任期が満了した後に,再び職員として勤務することが予定されている者を除く。)は,退職し,又はその任期が満了するまでに,その所持する裁判事務に関する書類を全て廃棄しなければならない。
②の括弧書きにいう「再び職員として勤務することが予定されている者」の例としては,7月30日までに依願退官し,8月1日付で簡易裁判所判事として勤務することが予定されている裁判所職員が挙げられます。この通達が守られていれば,家庭裁判所調査官が退官後に手控え等を保持し続ける事態は避けられることになります。
第4 家庭裁判所調査官の職業倫理
家庭裁判所調査官が担当事件で得た情報を研究資料として用いることについては,職業倫理の観点からも整理がされています。家庭裁判所調査官執務必携(平成20年3月,最高裁判所事務総局家庭局作成)の53頁・54頁には,次の記載があります。
国倫法及び国家公務員倫理規程(平成12年政令第101号)においては,公務員が遵守すべき職務に係る倫理原則(同法3条)が定められ,職員の職務に利害関係を有する者からの贈与や接待など,国民の疑惑や不信を招くような行為が禁止又は制限されている(同規程3条)。さらに,職員と事業者等との接触についての透明性を確保するため,行(一)5級以上の職員には事業者等からの贈与等の報告(同法6条)が義務付けられている。これら倫理規律を遵守することはもちろんのことであるが,国倫法や国家公務員倫理規程は国家公務員として守るべき最低限の倫理を定めたものに過ぎず,国民の信頼を基盤とする裁判に携わる裁判所職員には,一般の公務員以上に高い倫理性,公共性,中立性等が強く要請されていることを肝に銘じる必要がある。
その上,調査官は,その職務として,当事者等の心情や家庭といった内面的領域に立ち入って,個人や家族の高度のプライバシーにかかわる事柄を取り扱うとともに,利害関係を持ち,あるいは立場の異なる当事者等に直接面接して調査及び調整を行っている。(中略)このような調査官の職務の特質から,裁判所職員としての倫理規律にとどまらず,調査官としてのより高度な「職業倫理」が強く要求されている。特に,当事者等との関係における秘密保持の義務,中立公正性の保持及び私的関係の排除の3点については,調査官が遵守すべき基本的な職業倫理として,一層厳格な服務規律と倫理性の保持が要請されている。
秘密保持の義務については,前記のとおり,国公法100条に規定されているが,個人情報保護に関する国民の意識が高まっている中で,先に述べたように調査官が高度のプライバシーにかかわる事項を扱っていること等に照らせば,調査官は秘密保持について特に厳格でなければならない。例えば,執務室や裁判所を離れて事件の内容や当事者等について話題にすること,必要性の十分な検討もなく他の関係者の情報等を事件関係者に伝えること,仮名処理等のプライバシー保護の手当てを十分に行わずに担当した事件の内容を研究資料として使用することなどは,いずれも職業倫理上決して許されない行為である。
この執務必携が引用する秘密保持義務の根拠は,職員が職務上知り得た秘密を漏らしてはならないと定める国家公務員法100条です。引用中の「行(一)5級以上」という表現は,作成当時(平成20年)の表記であり,現在の国家公務員倫理法6条は,贈与等の報告義務を負う者を「本省課長補佐級以上の職員」と定めています。いずれにしても,執務必携は,仮名処理等の手当てを欠いて担当事件の内容を研究資料として使用することを,職業倫理上許されない行為として明示しています。第2の判決の事案は,論文において対象少年を匿名化する配慮がされていたと評価された点で,この倫理の観点からも位置づけて読むことができます。
第5 関連する答申・資料と参考記事
1 司法修習生採用選考申込書に逮捕歴を記載させる理由に関する答申
令和2年度(最情)答申第27号(令和2年10月27日答申)には,次の記載があります。
当委員会庶務を通じて確認した結果によれば,「司法修習生採用選考申込書」の「12 不採用事由等の有無」欄に,「(3)審査基準(2)ア(エ)関係」として,「かつて起訴(略式起訴を含む。)又は逮捕(補導)されたことの有無」を記載する箇所があることが認められ,また,「令和元年度司法修習生採用選考要項」には,上記司法修習生採用選考審査基準が掲載されており,同審査基準(2)ア(エ)は,司法修習生の不採用事由の一つとして,「品位を辱める行状により,司法修習生たるに適しない者」を掲げていることが認められる。これらの各文書の記載内容を踏まえれば,「司法修習生採用選考申込書」において逮捕歴及び補導歴を記載させる理由は明らかであるということができるから,このほかに同申込書の記載欄の一つ一つにつき,それぞれ申込者に記載をさせる理由を説明した文書が存在することは通常考え難い。
2 報道機関における実名報道・匿名報道の考え方
東京弁護士会「LIBRA」2015年9月号の座談会「続・司法記者は語る」(リンク先10頁)には,弁護人・代理人の氏名の扱いについて,次のやり取りがあります。
西川:昨今はネットでたたかれるというようなこともありますので,取材には協力するけれども,名前を出さないでほしいというのは,対応していただけるものでしょうか。
橋本:弁護人や代理人の場合,基本的には名前は出さないですね。
和田:伏せてほしいという要望に対してはかなり応えている方なのかなと。ただ例えば,逮捕された容疑者や起訴された被告人の名前は伏せてほしいというのはさすがにできませんが。
また,日本新聞協会は,「実名報道に対する考え方」(2022年3月10日公表)を公表しており,「なぜ事件の犠牲者を実名で報じるのか」「遺族などの匿名希望は考慮しているか」「犠牲者や遺族のプライバシーを侵害していないか」など5つの問いに答える形で,報道機関としての立場を説明しています。
3 参考資料と関連記事
個人情報保護法の解釈・運用については,宮城県が「個人情報の保護に関する法律等の解釈及び運用基準」を公表しています。
本記事に関連して,最高裁判所の内部資料として次のものを別記事で掲載しています。
- 最高裁判所調査官事務取扱要領(平成27年3月31日最高裁判所首席調査官事務取扱要領)
- 最高裁判所民事・行政調査官室作成の「判例集・裁判集登載事項等に関する事務処理要領(平成27年7月)」
- 下級裁判所判例集に掲載する裁判例の選別基準等について(平成29年2月17日付の最高裁判所事務総局広報課長等の事務連絡)
また,次の記事も参照してください。
- 裁判所の情報公開に関する通達等
- 裁判文書の文書管理に関する規程及び通達
- 裁判事務に関する文書の意義―司法行政文書・裁判文書との違いと国立公文書館への移管
- 行政機関等に対する情報公開請求の基礎――対象外の書類,審査会,情報公開訴訟,公文書管理法
- 家庭裁判所調査官の役職(総括主任家裁調査官は,首席家裁調査官及び次席家裁調査官に次ぐ役職です。)
- 首席家庭裁判所調査官の職務
補記 本文で触れた裁判官の懲戒に関する決定とその後の経過
第2の4で触れた,裁判所ウェブサイトへの掲載や投稿をめぐる裁判官の懲戒に関する決定は,次のとおりです。
- 刑事事件の判決を選別基準に反して裁判所ウェブサイトに掲載した件については,東京高等裁判所長官が裁判長らに厳重注意又は注意をした旨が,最高裁判所大法廷令和2年8月26日決定(令和2年(分)第1号)の中で述べられています(「栃木力裁判官(33期)の経歴」も参照)。
- 民事訴訟の当事者の感情を投稿によって傷つけたとして,最高裁判所大法廷平成30年10月17日決定(平成30年(分)第1号)により戒告された裁判官がいます(「岡口基一裁判官に対する分限裁判」参照)。この裁判官は,その後の投稿等をめぐり,令和6年4月3日,裁判官弾劾裁判所の判決により罷免されました(罷免は,最高裁判所による分限裁判とは別に,国会に設置された弾劾裁判所が行うものです)。
なお,少年法61条については,令和3年改正(令和4年4月1日施行)により,特定少年(18歳・19歳)のとき犯した罪により公訴を提起された場合には,同条の推知報道の禁止が原則として適用されないこととする例外規定(同法68条。ただし略式命令請求の場合等を除く)が設けられました。もっとも,本記事で扱った家庭裁判所の少年審判・保護事件についての秘匿の要請は,改正後も基本的に維持されています。
出典
法令
- 行政機関の保有する情報の公開に関する法律(平成11年法律第42号)5条1号(e-Gov法令検索)
- 少年法(昭和23年法律第168号)22条2項,61条,68条,少年審判規則7条(e-Gov法令検索)
- 国家公務員法(昭和22年法律第120号)100条,国家公務員倫理法(平成11年法律第129号)3条・6条(e-Gov法令検索)
裁判例
- 最高裁判所第二小法廷令和2年10月9日判決(令和元年(受)第877号・第878号,民集74巻7号1807頁)https://www.courts.go.jp/hanrei/89757/detail2/index.html
- 最高裁判所平成6年2月8日第三小法廷判決(民集48巻2号149頁,ノンフィクション「逆転」事件)
- 最高裁判所平成15年3月14日第二小法廷判決(民集57巻3号229頁,「石に泳ぐ魚」事件)
- 最高裁判所大法廷令和2年8月26日決定(令和2年(分)第1号)https://www.courts.go.jp/hanrei/89658/detail2/index.html
- 最高裁判所大法廷平成30年10月17日決定(平成30年(分)第1号)https://www.courts.go.jp/hanrei/88055/detail2/index.html
公文書・答申・資料
- 最高裁判所情報公開・個人情報保護審査委員会 令和2年9月24日答申(令和元年度(情)第25号)
- 最高裁判所情報公開・個人情報保護審査委員会 令和2年9月24日答申(令和2年度(情)答申第12号)
- 最高裁判所情報公開・個人情報保護審査委員会 令和2年度(最情)答申第27号(令和2年10月27日答申)PDF
- 裁判官が所持する裁判書の写し等の廃棄に関する申合せ(平成29年12月19日付高等裁判所長官申合せ/平成29年12月20日付最高裁判所裁判官会議申合せ)
- 裁判官以外の裁判所の職員が所持する裁判事務に関する書類の廃棄について(平成31年2月20日付最高裁判所事務総長通達)
- 家庭裁判所調査官執務必携(平成20年3月,最高裁判所事務総局家庭局作成)53頁・54頁
- 愛媛弁護士会「愛媛県警察(松山東警察署)誤認逮捕事件に抗議する会長声明」(令和元年11月28日付)
- 愛媛県議会9月定例会会議録(令和元年9月18日,篠原英樹県警本部長答弁・発言番号No.15)愛媛県議会会議録検索システム
- 宮城県「個人情報の保護に関する法律等の解釈及び運用基準」PDF
文献・ウェブ資料
- 東京弁護士会「LIBRA」2015年9月号 座談会「続・司法記者は語る」PDF(10頁)
- 日本新聞協会「実名報道に対する考え方」(2022年3月10日公表)https://www.pressnet.or.jp/statement/report/220310_14533.html
- 産経新聞「東京地裁,ゴーン容疑者めぐり異例の対応…準抗告の棄却理由公表」(2018年12月21日付。ウェブページは現在非公開)