第1 第1次分限裁判の概要
岡口基一裁判官に対する第1次分限裁判は,犬の返還を求める民事訴訟についてTwitterに投稿した行為が,裁判所法49条の「品位を辱める行状」に当たるかが問題となった事件である。
最高裁判所大法廷は,平成30年10月17日,平成30年(分)第1号事件について戒告決定をした(民集72巻5号890頁)。
本記事はこの決定だけを扱う。令和元年のFacebook投稿等を原因とする第2次分限裁判及びその後の弾劾裁判は,別の記事で整理する。
第2 分限裁判の法的根拠
1 裁判所法49条
裁判所法49条は,裁判官に職務上の義務違反,職務懈怠又は品位を辱める行状があったときは,別に法律で定めるところにより裁判によって懲戒されると定めている。
裁判官分限法2条によれば,懲戒は戒告又は1万円以下の過料である。
2 分限裁判と弾劾裁判の違い
分限裁判による戒告又は過料と,国会に設置された裁判官弾劾裁判所による罷免は別の制度である。
本件の結論は戒告であり,罷免ではない。
第3 戒告の原因となった投稿
1 犬の返還請求訴訟
問題となったのは,飼い主であった原告が,犬を保護して育てていた被告に返還を求めた民事訴訟である。
東京高裁は,原告が犬の所有者であるとして,被告に犬の引渡しを命じた。
2 平成30年5月17日のTwitter投稿
岡口裁判官は,平成30年5月17日,この訴訟を取り上げたインターネット記事のURLとともに,公園に置き去りにされた犬を保護して育てていた人に対し,元の飼い主が返還を求めたという趣旨を投稿した。
最高裁決定は,リンク先の記事が主として被告側の言い分を記載していたこと,投稿が原告の請求を不当と評価する見方を示したこと及び記録に基づかない一面的な情報発信であったことを重視した。
第4 最高裁大法廷の判断
1 「品位を辱める行状」の意味
最高裁平成30年10月17日大法廷決定は,裁判所法49条の「品位を辱める行状」について,職務上か私生活上かを問わず,裁判官に対する国民の信頼を損ね,又は裁判の公正を疑わせるような言動をいうとした。
2 本件投稿に対する評価
最高裁は,岡口裁判官が現職裁判官であることを広く知られた状態で投稿していたことを前提に,次の事情を指摘した。
①投稿は,判決を受けた私人である原告が不当な訴えを起こしたかのような印象を与えた。
②原告の感情を傷つけるとともに,裁判官が当事者を一方的に非難していると受け取られるおそれがあった。
③事件記録に基づかない表面的かつ一面的な情報発信であり,裁判及び裁判官に対する信頼を損なった。
その上で,投稿は「品位を辱める行状」に当たり,戒告が相当であるとした。
3 表現の自由との関係
決定は,裁判官にも一市民として表現の自由が保障されることを前提とした。
しかし,裁判官が当事者の感情を傷つけ,裁判の公正に対する信頼を損なう態様で具体的事件について発信した本件では,裁判官に許容される限度を超えたと判断した。
第5 3裁判官の補足意見
山本庸幸,林景一及び宮崎裕子の各裁判官は,共同補足意見を付した。
補足意見は,裁判官の表現活動を萎縮させないよう慎重な運用が必要であることを明示する一方,岡口裁判官が過去に同種の行為について注意を受けていたことを踏まえ,本件投稿が戒告を避けられない段階に至らせたという趣旨を述べた。
したがって,本決定を,裁判官による法的意見の一般的な発信を直ちに懲戒対象とするものと理解すべきではない。
第6 第1次分限裁判の前後にある手続
| 時期 | 手続又は出来事 | 本件との関係 |
|---|---|---|
| 平成30年10月17日 | 最高裁大法廷が戒告決定 | 本記事の対象である第1次分限裁判 |
| 令和2年8月26日 | 最高裁大法廷が再度の戒告決定 | 犯罪被害者遺族に関するFacebook投稿を扱う第2次分限裁判 |
| 令和3年6月16日 | 裁判官訴追委員会が罷免訴追 | 分限裁判とは別の弾劾手続が開始 |
| 令和6年4月3日 | 裁判官弾劾裁判所が罷免判決 | 本件投稿を含む複数の行為が審理されたが,適用される法的基準は分限裁判と異なる |
同じ投稿が複数の手続で取り上げられても,裁判所法49条の懲戒要件と裁判官弾劾法2条の罷免事由は同じではない。
その後の罷免の訴追と令和6年4月3日の判決は,岡口基一裁判官の弾劾裁判―訴追から令和6年4月3日罷免判決までで,訴追された各行為と判決の判断を対応させて説明している。本件の戒告決定と弾劾裁判の罷免判決は,それぞれの判断基準及び対象行為を確認して読む必要がある。
第7 関係文書及び関連記事
本件の申立書,答弁書,最高裁の決定等は,岡口基一裁判官に関する文書にまとめている。
関連して,次の記事も参照されたい。
①岡口基一裁判官の経歴,異動歴等
②裁判例の掲載基準
③裁判官の弾劾制度―訴追から罷免判決・資格回復まで
第8 出典
①最高裁判所・平成30年10月17日大法廷決定の裁判例情報
②最高裁判所・同決定PDF
③裁判所法
④裁判官分限法
本記事は,令和8年9月27日現在の上記一次資料を基に作成した。