第1 この記事が扱う範囲と資料
1 対象とする判断と時期
大川原化工機株式会社の社長らが外国為替及び外国貿易法違反の被疑事実で逮捕されたのは令和2年3月11日であり,検察官が公訴を取り消したことにより公訴棄却決定がされて手続が終了したのは令和3年8月2日である。この約1年5か月の間に,逮捕状の発付,勾留状の発付,接見等の禁止,勾留の延長,勾留の更新,保釈請求の却下,保釈の許可,勾留の執行停止及びこれらに対する準抗告の裁判が,東京簡易裁判所及び東京地方裁判所の複数の部で繰り返された。本記事は,これらの身体拘束に関する判断をした裁判官の氏名を公開資料から一覧化し,最高検察庁が公表した検証文書が用いる仮名「J1」から「J27」までとの対応を示した上で,各裁判官のその後の補職を確認するものである。公開資料の本文を生成AIで通読し,資料相互の記載を突き合わせて構成した。
刑事事件の事件番号は,東京地方裁判所令和2年特(わ)第858号(第1事件・外為法違反)及び同年特(わ)第1327号(第2事件・関税法違反,外為法違反)である。日本弁護士連合会は,本件を「そもそも犯罪が成立しない事案について,会社の代表者らが逮捕・勾留され,検察官による公訴提起が行われ,約11か月もの間身体拘束された後」に公訴取消しがされた「えん罪事件」として取り上げている。本記事が扱うのは身体拘束に関する判断であり,公訴提起の当否,捜査の適法性及び国家賠償請求の当否は扱わない。各裁判官の判断の当否について本記事が独自の評価を述べることはせず,公表資料に現れた判断の内容と,その後の補職という客観的事実を示すにとどめる。
2 実名の出典となる公開資料
裁判官の実名を確認できる公開資料は,4種類ある。第一に,日本弁護士連合会が令和7年12月9日付けで取りまとめた「大川原化工機事件の刑事手続に関する検討報告書」であり,その39頁から47頁までの別紙「身体拘束関係時系列表」に,逮捕状発付から公訴棄却決定までの各判断と担当裁判官の氏名が記載されている。第二に,相嶋静夫氏の遺族が国を被告として提起した国家賠償請求事件(東京地方裁判所令和8年(ワ)第8637号)の訴状であり,その16頁から18頁までに,違法と主張する34の処分について年月日・処分の種別・裁判官の氏名が(1)から(34)まで列挙されている。第三に,同事件の訴訟資料として公共訴訟プラットフォームCALL4に公開されている裁判書の謄本であり,逮捕状,勾留状,準抗告に対する決定,保釈請求却下決定,保釈許可決定及び勾留執行停止決定の各原本の写しから,署名した裁判官を直接確認することができる。第四に,季刊刑事弁護116号及び同119号に掲載された趙誠峰弁護士の記事であり,前者は身体拘束の経過を検察官の意見及び裁判所の判断とともに逐語で記録し,後者はその判断内容を「罪証を隠滅すると疑うに足りる相当な理由」の解釈という観点から検証している。
最高検察庁は,令和7年8月7日付けで「噴霧乾燥器の輸出に係る外国為替及び外国貿易法違反等事件における捜査・公判上の問題点等について」と題する全60頁の文書を作成しており,同文書はCALL4に全文が公開されている。同文書は,関与した裁判官を「J1」から「J27」までの仮名で表記し,検察官についても「P1」以下の仮名を用いている。仮名と実名の対応表は別紙とされているが,情報公開請求に対する部分開示決定において裁判官名の部分が不開示とされたため,同文書だけでは仮名と実名が結び付かない。本記事は,同文書が記載する年月日・裁判所の部・処分の種別・理由の要旨を上記の各公開資料と突き合わせることにより,この対応を明らかにする。
第2 最高検察庁文書の仮名J1〜J27
1 仮名の付け方
最高検察庁文書の仮名の付け方には,一貫した規則がある。第一に,番号は文書の叙述に登場した順に付されており,J2からJ27までは,いずれも公訴提起後(令和2年3月31日以降)の身体拘束に関する判断をした裁判官に対応する。逮捕状の発付,被疑者段階の勾留及びその準抗告といった捜査段階の判断をした裁判官には,仮名が付されていない。第二に,同一の裁判官が複数の判断をした場合には,同じ番号が繰り返し用いられる。例えばJ3は令和2年4月8日と同年6月23日の2回,J12は同年10月2日,同月28日及び同年12月9日の3回,J13は同年10月9日と同年11月25日の2回それぞれ登場する。第三に,合議体を構成する裁判官の列挙順は,裁判書の署名順と一致する。この点は,J8・J2・J9が楡井英夫裁判長・赤松亨太裁判官・竹田美波裁判官の順に対応し,J4・J5・J6が蛭田円香裁判長・坂田正史裁判官・島尻大志裁判官の順に対応し,J4・J6・J11が蛭田円香裁判長・島尻大志裁判官・佐藤みなと裁判官の順に対応するという3例で確認できる。
この三つの規則を前提とすると,合議体の陪席裁判官についても,裁判書の署名順から仮名との対応を定めることができる。次の対応表は,各仮名について,最高検察庁文書が記載する年月日・部・処分の種別・理由の要旨が,日本弁護士連合会の検討報告書別紙,国家賠償請求事件の訴状及びCALL4に公開された裁判書謄本のいずれかと一致することを確認して作成したものである。
2 仮名と実名の対応
| 仮名 | 裁判官 | 対応する判断 |
|---|---|---|
| J1 | 平出喜一(46期) | 令和2年4月27日 第1事件を公判前整理手続に付する決定等(東京地裁刑事第13部) |
| J2 | 赤松亨太(55期) | 令和2年3月31日 接見等禁止決定(同刑事第14部) |
| J3 | 遠藤圭一郎(60期) | 令和2年4月8日及び令和2年6月23日 保釈請求却下決定(同) |
| J4 | 蛭田円香(52期) | 令和2年4月15日及び令和2年9月16日 準抗告棄却決定の裁判長(同刑事第8部) |
| J5 | 坂田正史(54期) | 令和2年4月15日 準抗告棄却決定(同) |
| J6 | 島尻大志(63期) | 令和2年4月15日及び令和2年9月16日 準抗告棄却決定(同) |
| J7 | 特定できていない | 令和2年6月15日 第2事件の公訴提起後の接見等禁止決定(同刑事第14部) |
| J8 | 楡井英夫(45期) | 令和2年7月3日 準抗告棄却決定の裁判長(同刑事第15部) |
| J9 | 竹田美波(72期) | 令和2年7月3日 準抗告棄却決定(同) |
| J10 | 宮本誠(66期) | 令和2年8月31日 保釈請求却下決定(同刑事第14部) |
| J11 | 佐藤みなと(71期) | 令和2年9月16日 準抗告棄却決定(同刑事第8部) |
| J12 | 本村理絵(68期) | 令和2年10月2日 保釈請求却下決定,令和2年10月28日及び令和2年12月9日 勾留執行停止決定(同刑事第14部) |
| J13 | 岡田佳子(69期) | 令和2年10月9日 勾留執行停止決定,令和2年11月25日 指定条件変更決定(同) |
| J14 | 牧野賢(68期) | 令和2年10月21日 保釈請求却下決定(同) |
| J15 | 向井亜紀子(55期) | 令和2年11月16日 勾留執行停止期間延長決定(同) |
| J16 | 三貫納隼(60期) | 令和2年12月4日 保釈請求却下決定(同) |
| J17 | 守下実(45期) | 令和2年12月17日 準抗告棄却決定の裁判長(同刑事第1部) |
| J18 | 家入美香(59期) | 令和2年12月17日 準抗告棄却決定(同) |
| J19 | 一社紀行(71期) | 令和2年12月17日 準抗告棄却決定(同) |
| J20 | 鏡味薫(61期) | 令和2年12月28日 保釈許可決定(同刑事第14部) |
| J21 | 佐伯恒治(46期) | 令和2年12月28日 検察官の準抗告を認容し保釈許可決定を取り消した決定の裁判長(同刑事第6部) |
| J22 | 室橋秀紀(55期) | 令和2年12月28日 同決定(同) |
| J23 | 名取桂(71期) | 令和2年12月28日 同決定(同) |
| J24 | 道垣内正大(68期) | 令和3年2月4日 大川原氏及び島田氏の保釈許可決定(同刑事第14部) |
| J25 | 吉崎佳弥(45期) | 令和3年2月4日 検察官の準抗告を棄却した決定の裁判長(同刑事第11部) |
| J26 | 村田千香子(55期) | 令和3年2月4日 同決定(同) |
| J27 | 池田翔平(72期) | 令和3年2月4日 同決定(同) |
J24からJ27までの対応は,最高検察庁文書の記載と日本弁護士連合会の検討報告書47頁の記載とが,年月日(令和3年2月4日),裁判所の部(東京地裁刑事第14部及び同第11部),処分の種別(保釈の許可と検察官の準抗告の棄却),理由の構造(刑事訴訟法89条4号に該当する事由があることを認めた上で「しかしながら」と転じる構成)及び保釈保証金の額(大川原氏について第1事件と第2事件のそれぞれにつき1000万円,合計2000万円)において一致することから確定できる。最高検察庁文書は,相嶋氏について同日に保釈請求が取り下げられた旨も記載しており,この点はCALL4に公開されている令和3年2月4日付けの保釈請求取下書とも符合する。
J1は,身体拘束の判断ではなく,第1事件を公判前整理手続に付する決定及び第1事件と第2事件の弁論を併合する決定をした東京地裁刑事第13部の裁判官である。同部は本件の公判を担当した部であり,令和3年8月2日の公訴棄却決定も同部が行っている。同決定の裁判官は,平出喜一裁判長,須田雄一裁判官及び赤瀬柚紀裁判官である。
3 J7を特定できない理由と検討できる範囲
J7は,令和2年6月15日に第2事件の公訴が提起された当日に,東京地裁刑事第14部が被告人3名について第1回公判期日終了までの接見等を禁止した決定をした裁判官である。この判断については,次の理由により公開資料から氏名を特定することができなかった。第一に,CALL4に公開されている身柄関係の裁判書58点には,逮捕状,勾留状,準抗告に対する決定,保釈請求書及びその却下決定,勾留執行停止の申立書及び決定が含まれているものの,接見等禁止決定の謄本は1通も含まれていない。第二に,国家賠償請求事件の訴状は,勾留に伴う接見等禁止決定(令和2年3月13日及び同年5月28日)を違法と主張する処分として掲げているが,同年6月15日の起訴後の接見等禁止決定は掲げていない。第三に,日本弁護士連合会の検討報告書別紙は,同年6月15日について「追起訴」の事実のみを記載し,接見等禁止決定に触れていない。第四に,季刊刑事弁護116号も同様に,同年6月15日を追起訴の日として記載するにとどまる。
もっとも,範囲を絞り込むことはできる。前記1のとおり最高検察庁文書は同一の裁判官に同一の仮名を用いているから,J7は,同文書が叙述する他の判断をしていない東京地裁刑事第14部の裁判官である。すなわち,J2からJ6まで及びJ8からJ27までに対応する裁判官は,J7ではない。この条件を満たし,かつ令和2年6月当時に東京地裁刑事第14部に在籍していたことを公表資料から確認できる裁判官は,島田一(41期。当時の同部の部総括),藤井俊彦(63期),佐藤薫(61期),大伴慎吾(58期)及び向井志穂(57期)である。ただし,この5名のうちのいずれかであると断定することはできない。判事補については所属する部が公表資料に現れないことが多く,同部に在籍していた裁判官を網羅的に確認する手段がないためである。以上は,これらの裁判官が同部に在籍していたという事実を示すものであって,J7であることを示すものではない。
J7の氏名を確定するには,接見等禁止決定の謄本そのものに当たる必要がある。民事訴訟法91条1項及び91条の2第1項により何人も訴訟記録の閲覧を請求することができるから,前記国家賠償請求事件又は大川原化工機株式会社らが提起した前件国家賠償請求事件(東京地方裁判所令和3年(ワ)第23302号)の訴訟記録を閲覧して,同決定が書証として提出されているかどうかを確認することが考えられる。
第3 身体拘束に関する判断と担当裁判官の時系列
次の表は,公開資料から確認できる身体拘束関係の判断を時系列で並べたものである。相嶋静夫氏に対する判断を中心とし,大川原正明氏及び島田順司氏についてのみ行われた判断も併記した。裁判官名は,日本弁護士連合会の検討報告書別紙,国家賠償請求事件の訴状及びCALL4に公開された裁判書謄本のいずれかにより確認したものである。
| 年月日 | 判断 | 裁判所・部 | 裁判官 |
|---|---|---|---|
| 令和2年3月10日 | 第1事実の逮捕状発付 | 東京簡易裁判所 | 岡野清二 |
| 令和2年3月13日 | 勾留決定及び接見等禁止決定 | 東京地裁刑事第14部 | 世森ユキコ |
| 令和2年3月17日 | 勾留に対する準抗告棄却 | 同刑事第11部 | 吉崎佳弥・井下田英樹・池田翔平 |
| 令和2年3月19日 | 第1事実の勾留延長決定 | 同 | 島田一 |
| 令和2年3月27日 | 勾留延長決定に対する準抗告棄却 | 同刑事第1部 | 石田寿一・家入美香・一社紀行 |
| 令和2年3月31日 | 起訴後の接見等禁止決定 | 同刑事第14部 | 赤松亨太 |
| 令和2年4月6日 | 接見等禁止の一部解除 | 同 | 柏戸夏子 |
| 令和2年4月8日 | 保釈請求却下(第1回) | 同 | 遠藤圭一郎 |
| 令和2年4月15日 | 準抗告棄却 | 同刑事第8部 | 蛭田円香・坂田正史・島尻大志 |
| 令和2年5月21日 | 勾留更新 | 同刑事第14部 | 藤井俊彦 |
| 令和2年5月21日 | 第2事実の逮捕状発付 | 東京簡易裁判所 | 長野慶一郎 |
| 令和2年5月28日 | 第2事実の勾留決定及び接見等禁止決定 | 東京地裁刑事第14部 | 宮本誠 |
| 令和2年6月1日 | 第2勾留に対する準抗告棄却(相嶋氏) | 同刑事第4部 | 品川しのぶ・深野英一・渋谷俊介 |
| 令和2年6月2日 | 第2勾留に対する準抗告棄却(大川原氏・島田氏) | 同刑事第3部 | 丹羽敏彦・長池健司・佐藤有紀 |
| 令和2年6月5日 | 第2事実の勾留延長決定 | 同刑事第14部 | 岡田佳子 |
| 令和2年6月9日 | 勾留延長決定に対する準抗告棄却 | 同刑事第16部 | 小林謙介・西山志帆・松村光泰 |
| 令和2年6月15日 | 第2事件の起訴後の接見等禁止決定 | 同刑事第14部 | 特定できていない |
| 令和2年6月23日 | 保釈請求却下(第2回) | 同 | 遠藤圭一郎 |
| 令和2年6月23日 | 勾留更新 | 同 | 宮本誠 |
| 令和2年7月3日 | 準抗告棄却 | 同刑事第15部 | 楡井英夫・赤松亨太・竹田美波 |
| 令和2年7月22日 | 勾留更新 | 同刑事第14部 | 本村理絵 |
| 令和2年8月5日 | 勾留更新 | 同 | 宮本誠 |
| 令和2年8月24日 | 勾留更新 | 同 | 藤井俊彦 |
| 令和2年8月31日 | 保釈請求却下(第3回) | 同 | 宮本誠 |
| 令和2年9月7日 | 勾留更新 | 同 | 道垣内正大 |
| 令和2年9月16日 | 準抗告棄却 | 同刑事第8部 | 蛭田円香・島尻大志・佐藤みなと |
| 令和2年9月23日 | 勾留更新 | 同刑事第14部 | 佐藤薫 |
| 令和2年10月2日 | 保釈請求却下(相嶋氏・第4回) | 同 | 本村理絵 |
| 令和2年10月6日 | 勾留更新 | 同 | 藤井俊彦 |
| 令和2年10月9日 | 勾留執行停止(同月16日の8時間) | 同 | 岡田佳子 |
| 令和2年10月21日 | 保釈請求却下(相嶋氏・第5回) | 同 | 牧野賢 |
| 令和2年10月22日 | 勾留更新 | 同 | 大伴慎吾 |
| 令和2年10月28日 | 勾留執行停止(同年11月5日から同月20日まで) | 同 | 本村理絵 |
| 令和2年11月4日 | 勾留更新 | 同 | 道垣内正大 |
| 令和2年11月16日 | 勾留執行停止期間の延長 | 同 | 向井亜紀子 |
| 令和2年11月19日 | 勾留更新 | 同 | 本村理絵 |
| 令和2年11月25日 | 指定条件の変更 | 同 | 岡田佳子 |
| 令和2年12月4日 | 保釈請求却下(第6回) | 同 | 三貫納隼 |
| 令和2年12月9日 | 勾留執行停止期間の延長 | 同 | 本村理絵 |
| 令和2年12月17日 | 準抗告棄却 | 同刑事第1部 | 守下実・家入美香・一社紀行 |
| 令和2年12月21日 | 勾留更新 | 同刑事第14部 | 藤井俊彦 |
| 令和2年12月28日 | 保釈許可 | 同 | 鏡味薫 |
| 令和2年12月28日 | 検察官の準抗告を認容し保釈許可決定を取消し | 同刑事第6部 | 佐伯恒治・室橋秀紀・名取桂 |
| 令和3年1月21日 | 勾留更新 | 同刑事第14部 | 道垣内正大 |
| 令和3年2月4日 | 保釈許可(大川原氏・島田氏) | 同 | 道垣内正大 |
| 令和3年2月4日 | 検察官の準抗告棄却 | 同刑事第11部 | 吉崎佳弥・村田千香子・池田翔平 |
氏名を確認できた裁判官は,重複を除いて44名である。このほかに,令和2年6月15日の接見等禁止決定をした裁判官1名の氏名を特定できていない。東京簡易裁判所の岡野清二裁判官及び長野慶一郎裁判官については,当ブログの裁判官経歴記事の収録範囲が地方裁判所,家庭裁判所及び高等裁判所の裁判官であるため,経歴記事を用意していない。
相嶋氏についての保釈請求は合計8回行われた。このうち令和2年12月28日の保釈許可決定は同日中に取り消され,令和3年2月1日の第8回請求は同月4日に取り下げられているから,相嶋氏について保釈が実現したことは一度もなかった。相嶋氏は令和2年11月5日から勾留の執行停止を受けて入院治療を受け,令和3年2月7日に進行胃がんにより死亡している。大川原氏及び島田氏が釈放されたのはその2日前の同月5日であり,関係者との接触を禁止する保釈条件が付されていたため,両氏は相嶋氏の最期に立ち会うことができなかった。
第4 資料の間で食い違う点
公開資料の間には,次の食い違いがある。第一に,第2事実の勾留に対する準抗告の日付である。国家賠償請求事件の訴状は,相嶋氏についての準抗告棄却決定を令和2年6月1日(東京地裁刑事第4部)とし,日本弁護士連合会の検討報告書別紙は,大川原氏及び島田氏についての準抗告棄却決定を同月2日(同刑事第3部)とする一方,季刊刑事弁護116号93頁は後者を同月3日とする。同一の勾留について異なる部が別々の日に決定をしていること自体は,被告人ごとに準抗告が申し立てられたことによるものと考えられるが,刑事第3部の決定の日付が2日か3日かは資料により一致しない。
第二に,勾留更新の日付である。国家賠償請求事件の訴状の一覧は,第2事件の勾留更新の一つを令和2年9月5日とするが,同じ訴状の本文は同月7日とし,CALL4に公開されている当該勾留更新決定の謄本も同月7日付けである。本記事は謄本の日付に従って同月7日とした。
第三に,令和3年2月4日の保釈許可決定の対象である。季刊刑事弁護116号99頁は大川原氏・島田氏・相嶋氏の3名について許可された旨を記載するが,最高検察庁文書及び日本弁護士連合会の検討報告書47頁は,相嶋氏については同日に保釈請求が取り下げられたとしており,CALL4に公開されている同日付けの保釈請求取下書もこれに符合する。本記事は後者に従った。
第四に,収録範囲の違いである。日本弁護士連合会の検討報告書別紙は,勾留更新の各決定,令和2年3月19日の勾留延長決定,同年3月27日及び同年6月1日の各準抗告棄却決定並びに同年11月16日以降の勾留執行停止期間の延長決定を記載していない。他方,国家賠償請求事件の訴状は,被告人に有利な判断(保釈の許可及び勾留の執行停止)をした裁判官を,違法と主張する処分の担当者としては掲げていない。したがって,いずれか一つの資料だけでは関与した裁判官を網羅できず,本記事のように複数の資料を突き合わせる必要がある。
第5 各裁判官のその後の補職
以下は,令和8年8月7日現在の補職を,官報及び最高裁判所の人事異動公示に由来する当ブログの裁判官経歴記事によって確認したものである。個々の裁判官の経歴の詳細は,各氏名からリンクした経歴記事を参照されたい。修習期別の一覧は修習期別のあいうえお順及び生年月日順のすべての裁判官一覧に,勤務地別の一覧は勤務地別のすべての現職裁判官一覧にまとめている。
1 保釈請求を却下した裁判官
相嶋氏の保釈請求を却下した決定は6件あり,これを担当したのは5名である。令和2年4月8日及び同年6月23日の遠藤圭一郎裁判官は,令和4年4月に名古屋地裁刑事第5部へ異動し,令和6年12月2日から最高裁判所事務総局家庭局第二課長を務めている。同年8月31日の宮本誠裁判官は,令和3年4月に仙台地家裁へ異動し,令和6年4月から盛岡地家裁遠野支部の判事である。同年10月2日の本村理絵裁判官は,令和4年3月に最高裁判所事務総局行政局付となった後,同年4月から公正取引委員会審判官を務め,令和6年4月から福島地家裁会津若松支部に在籍している。相嶋氏が進行胃がんの診断を受けた後である同年10月21日に保釈請求を却下した牧野賢裁判官は,令和5年12月に最高裁判所事務総局家庭局付となり,令和6年2月から在中華人民共和国日本国大使館二等書記官を務めた後,令和8年4月から東京地裁に在籍している。同年12月4日の三貫納隼裁判官は,令和3年4月に仙台地裁刑事第2部へ異動し,令和7年3月13日から東京高裁の判事である。
2 準抗告審の裁判長
準抗告を審理した合議体の裁判長についても,補職の変化を確認できる。令和2年3月17日の勾留に対する準抗告を棄却した東京地裁刑事第11部の裁判長であった吉崎佳弥裁判官は,令和3年2月27日から最高裁判所事務総局刑事局長を務め,令和6年8月に静岡地裁所長,令和7年9月から東京高裁第3刑事部の部総括である。同年7月3日の東京地裁刑事第15部の裁判長であった楡井英夫裁判官は,令和4年4月に東京高裁第3刑事部の判事となり,令和6年5月に横浜地家裁川崎支部長,令和7年11月から司法研修所上席教官である。同年12月17日の東京地裁刑事第1部の裁判長であった守下実裁判官は,令和3年9月に千葉地裁刑事第5部の部総括となり,令和6年9月に司法研修所第一部上席教官,令和7年11月から仙台地裁所長である。同年12月28日に検察官の準抗告を認容して保釈許可決定を取り消した東京地裁刑事第6部の裁判長であった佐伯恒治裁判官は,令和6年4月にさいたま地裁刑事第1部の部総括となり,令和8年5月から東京地家裁立川支部長である。
3 令状部の部総括と刑事部所長代行
保釈請求の却下は,いずれも東京地裁刑事第14部(令状部)に所属する裁判官が単独で行っている。同部の部総括であった島田一裁判官は,本件の身体拘束が続いていた令和2年8月5日に東京地裁刑事部第一所長代行となり,令和3年11月に甲府地家裁所長,令和4年7月から東京高裁第1刑事部の部総括である。他方,本件の公判前整理手続及び公判を担当した東京地裁刑事第13部の裁判長であった平出喜一裁判官は,令和5年6月に同刑事第14部の部総括と刑事部第二所長代行者を兼ね,令和6年9月から刑事部第一所長代行を務めている。令状部の部総括から刑事部第一所長代行へという同じ経路を,本件の令状部の部総括と本件の公判担当裁判長が相次いで通ったことになる。
4 保釈又は勾留の執行停止を認めた裁判官
被告人に有利な判断をした裁判官についても,補職の変化に特段の違いは見当たらない。令和2年12月28日に保釈を許可した鏡味薫裁判官は,令和4年4月に仙台地家裁,令和5年4月に仙台高裁刑事部を経て,令和7年4月から千葉地裁刑事第5部の判事である。令和3年2月4日に大川原氏及び島田氏の保釈を許可した道垣内正大裁判官は,同年4月から外務省国際法局課長補佐を務め,京都家地裁を経て令和8年4月から東京地裁の判事である。相嶋氏の勾留の執行を停止した岡田佳子裁判官は令和8年4月から東京地裁に在籍し,勾留執行停止期間を延長した向井亜紀子裁判官は令和5年4月から司法研修所刑事裁判教官である。
5 補職の変化から言えることと言えないこと
氏名を確認できた44名のうち,令和3年4月以降に依願退官したのは柏戸夏子裁判官(令和5年3月31日)1名であり,他の裁判官はいずれも在職している。補職の面で不利益な取扱いを受けたと評価できる異動は,公表資料からは確認できない。他方で,これを超えて,本件への関与が補職に影響したと述べることはできない。第一に,対照群を設定できないため,本件の判断が異なっていた場合にどのような補職となったかを比較する方法がない。第二に,官報及び人事異動公示から分かるのは補職だけであり,本人の希望や個別の事情は公表されない。第三に,前記2及び3に挙げた裁判官はいずれも修習期が41期から46期であって,この期の裁判官が所長,高裁部総括又は事務総局の局長級に到達すること自体は,年次に応じた通常の経過としても説明できる。本記事が示すのは,関与した裁判官のその後の補職という事実であって,因果関係ではない。
保釈請求を却下した裁判官と保釈を許可した裁判官との間で,補職の変化に体系的な差は見当たらない。また,令和2年3月17日に勾留に対する準抗告を棄却した東京地裁刑事第11部は,令和3年2月4日には,構成員のうち2名(吉崎佳弥裁判官及び池田翔平裁判官)が同じ部の裁判体として保釈許可決定を維持している。同一の裁判体が事件の段階に応じて異なる判断をしていることは,保釈の許否と補職とを単線的に結び付ける見方が成り立ちにくいことを示している。
第6 保釈の判断がされた手続の構造
1 令状部の単独裁判官による判断
本件では,6回の保釈請求の却下も,令和2年12月28日及び令和3年2月4日の各保釈の許可も,いずれも東京地裁刑事第14部(令状部)の裁判官が単独で行っている。他方,公判前整理手続を担当していたのは同刑事第13部であり,同部の裁判体は身体拘束に関する判断に関与していない。準抗告は,刑事第8部,第15部,第1部,第6部及び第11部と,そのつど異なる部に配填されている。事件の争点及び証拠の整理を現に行っている裁判体と,身体拘束の当否を判断する裁判官とが分離しているという構造は,本件の経過を理解する上で押さえておく必要がある。
2 抗告審の審査方法に関する最高裁決定
保釈の許否をめぐっては,平成26年から平成27年にかけて,最高裁判所が抗告審の審査方法を示した決定を続けて出している。最高裁判所第一小法廷平成26年11月18日決定は,「受訴裁判所によってされた刑訴法90条による保釈の判断に対して,抗告審としては,受訴裁判所の判断が委ねられた裁量の範囲を逸脱していないかどうか,すなわち,不合理でないかどうかを審査すべきであり,受訴裁判所の判断を覆す場合には,その判断が不合理であることを具体的に示す必要がある」と判示し,保釈を許可した原々決定を取り消した原決定を違法とした。最高裁判所第三小法廷平成27年4月15日決定も,受訴裁判所が審理を現に担当した結果を踏まえて罪証隠滅行為の可能性及び実効性の程度を具体的に考慮した判断について,原決定がその不合理性を具体的に示していないとして,同様の判断をしている。また,最高裁判所第一小法廷平成26年11月17日決定は,勾留の必要性の判断を左右する要素を「罪証隠滅の現実的可能性の程度」であるとした上で,原決定が可能性の程度について原々審と異なる判断をした理由を何ら示していないとして,勾留を認めた原決定を取り消している。
これらの決定が定めた枠組みは,「受訴裁判所によってされた刑訴法90条による保釈の判断」を対象とするものである。本件の保釈の判断は,前記1のとおり,受訴裁判所である東京地裁刑事第13部ではなく,令状部である同刑事第14部の裁判官が行っている。そのため,令和2年12月28日に保釈許可決定を取り消した決定について,平成26年11月18日決定の枠組みがそのまま及ぶかどうかは議論の余地がある。趙誠峰弁護士は,季刊刑事弁護119号166頁において,同取消決定からは「なぜ鏡味裁判官がした保釈許可決定が誤りなのか,罪証隠滅の相当理由についてどのような点についての評価が判断を分けたのか,何もわからない」と指摘しており,これは同決定が求める理由の明示という観点からの批判である。裁判所の運用がどの範囲でこの枠組みに服するかは本件の資料だけからは確定できないが,保釈の判断主体と受訴裁判所との関係は,本件の経過を評価する際の前提となる論点である。
出典・参考資料
1 法令
①刑事訴訟法(昭和23年法律第131号)60条・89条・90条・426条・432条・339条1項3号(e-Gov法令検索。89条各号の罪名の表記は,令和7年6月1日施行の改正により「懲役」から「拘禁刑」に改められている。)
②民事訴訟法(平成8年法律第109号)91条・91条の2(e-Gov法令検索)
2 裁判例
①最高裁判所第一小法廷平成26年11月18日決定(平成26年(し)第560号,刑集68巻9号1020頁,裁判所ウェブサイト)
②最高裁判所第一小法廷平成26年11月17日決定(平成26年(し)第578号,集刑315号183頁,裁判所ウェブサイト)
③最高裁判所第三小法廷平成27年4月15日決定(平成27年(し)第223号,集刑316号143頁,裁判所ウェブサイト)
④東京高等裁判所令和7年5月28日判決(令和6年(ネ)第453号,国家賠償請求控訴事件。原審は東京地方裁判所令和3年(ワ)第23302号,裁判所ウェブサイト)
⑤東京地方裁判所令和3年8月2日決定(令和2年特(わ)第858号・同第1327号,公訴棄却決定。裁判所HP未掲載。CALL4に公開された裁判書謄本により確認)
3 公的資料・訴訟資料
①日本弁護士連合会「大川原化工機事件の刑事手続に関する検討報告書」(令和7年12月9日付け,全48頁)39頁~47頁の別紙「身体拘束関係時系列表」
②日本弁護士連合会「えん罪事件から見える日本の刑事司法 大川原化工機事件」
③最高検察庁「噴霧乾燥器の輸出に係る外国為替及び外国貿易法違反等事件における捜査・公判上の問題点等について」(令和7年8月7日付け,全60頁)22頁・27頁~32頁・47頁。CALL4「大川原化工機事件 人質司法国賠訴訟」に甲E第1号証として公開
④東京地方裁判所令和8年(ワ)第8637号国家賠償請求事件の訴状(訴状訂正申立書。令和8年4月24日付け,全121頁)16頁~18頁。前記③のCALL4事件ページに公開
⑤同事件の甲A第3号証の1から58まで(逮捕状,勾留状,準抗告に対する各決定,保釈請求却下決定,保釈許可決定,勾留執行停止決定等の謄本)。前記③のCALL4事件ページに公開
4 文献
①趙誠峰「大川原化工機事件・人質司法の記録」季刊刑事弁護116号(現代人文社,2023年)91頁~98頁
②趙誠峰「大川原化工機事件の身柄判断を検証する」季刊刑事弁護119号(現代人文社,2024年)162頁~167頁