目次第1 問題の所在と結論1 本記事が扱う問題2 結論の要旨第2 現行法における後見人の権限と医療同意1 民法が定める後見人の権限の範囲2 医的侵襲への同意が代理になじまないとされる理由3 実務書が紹介する限定的肯定説4 受診の付添いと後見事務の区別第3 行政ガイドラインが示す実務の到達点1 身寄りがない人の入院及び医療に係る意思決定のガイドライン2 意思決定支援を踏まえた後見事務のガイドライン3 人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスのガイドライン4 看取り介護の同意書を求められたとき第4 個別の特別法における関与規定1 精神保健福祉法の医療保護入院2 予防接種法の「保護者」と同意の取得3 母体保護法・臓器移植法・感染症法・医療観察法第5 本人の同意能力と緊急時の対応1 医療同意能力は行為能力とは別に判断されること2 緊急時に本人の同意を得られない場合3 身元保証人・身元引受人の問題との区別第6 立法の動向と令和8年改正が残した課題1 利用促進法と基本計画による対応2 法制審部会における検討と立法の見送り3 令和8年改正後に残る課題第7 弁護士が相談を受けたときの実務的検討1 相談類型に応じた手続の選択2 依頼者・関係者から聴取すべき事項3 同意書要求への対応と関連する場面第8 出典・参考資料1 法令2 裁判例3 公的資料4 文献
第1 問題の所在と結論
1 本記事が扱う問題
認知症,知的障害又は精神障害により判断能力が低下した本人について,手術,輸血,内視鏡検査その他の身体への侵襲を伴う医療(以下「医的侵襲」という。)が必要になる場面は多い。
このとき,医療機関が成年後見人に対して同意書への署名を求めることがあり,後見人が対応に迷って弁護士に相談する例は少なくない。
本記事は,後見人自身,病院を顧問する立場又は本人の家族から相談を受ける弁護士を念頭に,成年後見人の医療同意に関する現行法の枠組み,行政ガイドラインが示す実務の到達点,個別の特別法における関与規定,本人の同意能力及び緊急時の扱い,並びに令和8年の法改正を含む立法の動向を,条文及び公的資料に即して整理するものである。
基準日は令和8年9月19日であり,法令は同日現在のe-Gov法令検索で確認した条文による。
2 結論の要旨
現行の民法は,成年後見人に対し,本人に代わって医的侵襲に同意する権限(医療同意権)を与える明文を置いていない。
厚生労働省及び最高裁判所等が関与して作成された複数の行政ガイドラインも,医療同意は成年後見人等の業務に含まれないという立場を明示している。
もっとも,精神保健福祉法の医療保護入院や予防接種法など,個別の特別法が特定の場面で後見人・保佐人又は「保護者」を関与主体として定めている例があり,これらは一般的な医療同意権を認めたものではない。
両者を区別して考える必要がある。
予防接種については,令和6年度から高齢者の新型コロナワクチンがB類疾病の定期接種になり,令和8年9月1日には予防接種実施規則の同意の方法が改正されたため,成年後見人の関与の仕方を改めて確認する必要がある。
後見・保佐を廃止して補助に一元化する令和8年の民法改正でも,医療同意権は創設されなかった。
第2 現行法における後見人の権限と医療同意
1 民法が定める後見人の権限の範囲
成年後見人の代理権について,民法859条1項は,後見人が「被後見人の財産を管理し,かつ,その財産に関する法律行為について被後見人を代表する」と定めている。
民法858条は,後見人が生活,療養看護及び財産の管理に関する事務を行うに当たり,本人の意思を尊重し,その心身の状態及び生活の状況に配慮しなければならないと定めるが,これは一般的な義務を定める規定であり,特定の権限を積極的に付与する規定ではない。
後見人の権限が明文で拡張されている例外は,成年被後見人の死亡後の事務に関する民法873条の2である。
同条は,必要があるときに,相続財産の保存に必要な行為,弁済期の到来した債務の弁済及び死体の火葬又は埋葬に関する契約の締結(火葬・埋葬の契約は家庭裁判所の許可を要する。)をすることができると定める。
このように死後事務については明文の手当てがされているのに対し,生前の医的侵襲への同意については,これに対応する規定が置かれていない。
療養看護に関する事務の代理として,診療契約(医療契約)や入院契約の締結,医療費の支払,診療情報の受領やカルテの開示請求を行うことは,財産に関する法律行為又はその付随事務として後見人の権限に含まれると考えられる。
しかし,契約を締結することと,その履行として実施される個々の医的侵襲に同意することは別の問題である。
本記事では,前者は後見人の事務に含まれるが,後者は含まれないと整理する。
受診に必要な保険資格の確認に関し,電子証明書の期限切れや資格確認書の取扱いについては,別稿「成年後見人のマイナンバーカード管理」で整理している。
2 医的侵襲への同意が代理になじまないとされる理由
医的侵襲への同意は,本人の身体という一身専属的な法益の処分であり,日本国憲法13条に由来する自己決定権の行使としての性質を持つ。
財産に関する法律行為の代理を予定した民法859条1項の枠組みには,このような判断は含まれないと解される。
この自己決定権の性質は,裁判例にもあらわれている。
最高裁平成12年2月29日判決・民集54巻2号582頁は,宗教上の信念から輸血を拒否する固い意思を有する患者について,医師が他に救命手段がない場合には輸血する方針を採っていることを説明せず手術・輸血をした事案において,「意思決定をする権利」を奪われたことによる精神的苦痛について不法行為責任を認めた。
(続きを読む...)成年後見人の医療行為の同意(AI作成)