第1 事件と最高裁の結論
本記事は,福島第一原発事故の国家賠償訴訟について,国が事故前に規制権限を行使していた場合にどのような津波対策が講じられ,事故を防げたかを最高裁がどのように検討したかを整理するものである。
多数意見と三浦守裁判官の反対意見の違いは,当時講じられたはずの対策を防潮堤等の設置にとどめて評価するか,建屋の水密化等を組み合わせて評価するかに表れている。
東京電力福島第一原子力発電所の事故(以下「本件事故」という。)により放出された放射性物質によって当時の居住地が汚染されたと主張する住民らが,国に損害賠償を求めた。
争われたのは,経済産業大臣が事故前に,平成24年法律第47号による改正前の電気事業法40条に基づく規制権限を行使しなかったことを理由として,国が国家賠償法1条1項に基づく損害賠償責任を負うかである。
判決の説示によれば,当時の電気事業法39条1項は,事業用電気工作物を設置する者に対し,経済産業省令で定める技術基準に適合するように事業用電気工作物を維持する義務を課していた。
同法40条は,経済産業大臣が,事業用電気工作物が技術基準に適合していないと認めるときに,その修理,改造,移転若しくは使用の一時停止を命じ,又はその使用を制限することができると定めていた。
最高裁第二小法廷令和4年6月17日判決(令和3年(受)第1205号,集民268号37頁)は,東京高裁令和3年2月19日判決(平成29年(ネ)第5558号)のうち国の敗訴部分を破棄し,その部分について住民側の控訴を棄却した。
これにより,国に対する請求を棄却した第1審判決が維持された。
裁判長は菅野博之裁判官であり,菅野裁判官と草野耕一裁判官の各補足意見と,三浦守裁判官の反対意見が付されている。
同じ日に,同じ第二小法廷は,仙台高裁令和2年9月30日判決(平成29年(ネ)第373号)に対する上告事件についても,最高裁第二小法廷令和4年6月17日判決(令和3年(受)第342号,民集76巻5号955頁)で,同じ判示事項の下に国の損害賠償責任を否定した。
同事件の主文には,一部の住民の損害賠償請求に関する訴えを却下する部分も含まれている。
本記事では,第1205号事件の判決に沿って説明する。
第2 多数意見が想定した津波対策
多数意見は,地震調査研究推進本部地震調査委員会が平成14年7月に公表した「三陸沖から房総沖にかけての地震活動の長期評価について」(以下「長期評価」という。)を前提に規制権限が行使された場合,東京電力がどのような措置を講じたと考えられるかを検討した。
本件事故以前の我が国の原子炉施設の津波対策は,敷地の浸水が想定される場合に,防潮堤,防波堤等の構造物(以下「防潮堤等」という。)を設置して敷地への海水の浸入を防ぐことを基本としていた。
そのため,多数意見は,長期評価に基づいて東京電力の委託により行われた津波の試算(敷地の南東側前面で最大海抜15.707m)と同じ規模の津波による浸水を防げるように設計された防潮堤等を設置する措置が講じられた蓋然性が高いとした。
しかし,長期評価が今後発生する可能性があるとした地震の規模は津波マグニチュード8.2前後であったのに対し,実際の地震は津波マグニチュード9.1であった。
試算された津波による主要建屋付近の浸水深は約2.6m又はそれ以下とされたのに対し,実際の津波による浸水深は最大で約5.5mに及んだ。
また,試算された津波は敷地の東側前面では敷地の高さを超えないとされていたが,実際には南東側だけでなく東側からも大量の海水が敷地に浸入した。
多数意見は,これらの事情から,試算された津波に対応する防潮堤等は南東側からの海水の浸入を防ぐことに主眼を置いたものとなる可能性が高く,一定の裕度を持たせて設計されることを考慮しても,実際の津波による大量の海水の浸入を防げなかった可能性が高いとした。
その結果,非常用電源設備が浸水により機能を失うなどして,本件事故と同様の事故が発生していた可能性が相当にあるとし,規制権限を行使していれば本件事故又はこれと同様の事故が発生しなかったであろうという関係を認めることはできないと結論づけた。
原審は,防潮堤等では防ぎきれない浸水への対策として,主要建屋等の水密化を併せて検討した蓋然性があるとしていた。
これに対し,多数意見は,本件事故以前に,敷地の浸水を前提とする防護の措置が主たる津波対策として採用された実績も,その指針となる知見もうかがわれないことなどを挙げ,防潮堤等では浸水を防ぎきれないという前提で他の対策を併せて検討した蓋然性があるとはいえないとした。
第3 三浦裁判官が検討した防潮堤と水密化
三浦裁判官の反対意見は,経済産業大臣が,遅くとも長期評価の公表から1年を経過した平成15年7月頃までの間に,東京電力に対し電気事業法40条に基づく技術基準適合命令を発する必要があることを認識できたとした。
同月頃までに命令を発していれば,本件事故までに7年6か月以上の期間があったことになるから,防潮堤等の設置と水密化等の措置は,本件事故までに全て完了していたと推認した。
反対意見は,当時,国内外の原子炉施設で一定の水密化等の措置が講じられた実績があり,扉,開口部及び貫通口等の浸水を防止する技術的な知見も存在していたとして,水密化等の措置を講ずることは十分に可能であったとした。
また,非常用電源設備が機能を失ったのは,タービン建屋等の内部への浸水によるものであり,その浸水経路は建屋の出入口,開口部等と考えられるとした。
その上で,反対意見は,非常用電源設備に係る重要な区画及びその建屋について水密化等の措置が適切に講じられていれば,非常用電源設備を防護する効果を十分に上げることができ,防潮堤等の設置によって敷地への浸水量も相当程度減少していたと考えられるとした。
そして,技術基準適合命令が発せられていれば本件事故又はこれと同様の事故が発生しなかったという高度の蓋然性があったとして,国の損害賠償責任を肯定した原審の判断を是認できるとした。
第4 規制権限の不行使を争うときの資料整理
判決を読む際は,当時の知見で危険を把握できた時期,その時点の法令で行政庁が命じ得た措置,命令が出れば事業者が講じたと考えられる措置,その措置による実際の事故経過への影響を順に確認すると,多数意見と反対意見の対立点が見える。
多数意見は,規制権限の不行使が違法かどうかの判断に立ち入らず,規制権限が行使されていれば事故又はこれと同様の事故が発生しなかったであろうという関係を検討し,これを認めなかった。
規制権限の不行使を主張し,又は反論する際は,知見が行政庁や事業者に届いた時期,設計と着工の記録,工期,津波の流入方向と設備の配置を分けて整理する必要がある。
浸水が起きても冷却機能を維持できたと主張する場合は,どの電源・配電設備や機器をどの対策で保護できたかを,設備図面や専門家の解析に対応させると,反論の対象を絞ることができる。
第5 東電株主代表訴訟との違い
国家賠償訴訟で問われたのは,事故の被害者に対する国の責任である。
これに対し,東電株主代表訴訟では,株主が,東京電力の取締役であった者らの任務懈怠によって会社が被った損害の賠償を,会社に支払うよう求めた。
津波の予見や結果回避に関する資料は重なるが,義務を負う主体,義務の根拠及び賠償を受ける者がそれぞれ異なる。
東京地裁令和4年7月13日判決(平成24年(ワ)第6274号等)は,旧取締役4人に対し,東京電力へ連帯して13兆3210億円及び遅延損害金を支払うよう命じた。
株主らが請求していた額は22兆円であり,認容額とは異なる。
同訴訟の一審判決と控訴審判決は,東電株主代表訴訟の一審・控訴審判決の論評記事で扱っている。
第6 出典・関連記事
① 最高裁第二小法廷令和4年6月17日判決(令和3年(受)第1205号,集民268号37頁)
② 最高裁第二小法廷令和4年6月17日判決(令和3年(受)第342号,民集76巻5号955頁)
③ 東京地裁令和4年7月13日判決(平成24年(ワ)第6274号等,東電株主代表訴訟)
④ 地震調査研究推進本部「海溝型地震の長期評価」
⑤ 令和4年度最高裁民事破棄判決等の実情-25判決・3決定の一覧と主要8事件
⑥ 福島第一原発事故の東電株主代表訴訟に関する一審・控訴審判決の論評