令和元年司法試験刑事系第1問(刑法)について,カードすり替えの窃盗・詐欺の区別,事後強盗と共犯,防衛行為が被救助者を傷害した場合を,模範解答と73の評価項目で整理する。重みは本記事の独自判断であり,法務省の配点ではない。
第1 この記事の対象と結論
対象は,令和元年司法試験論文式試験・刑事系科目第1問である。基準時は試験日である令和元年5月18日とし,その後の法改正や裁判例を答案要求へ遡って持ち込まない。
設問1はAの占有と処分意思が残っていたとして窃盗既遂とする。設問2は事後強盗を真正身分犯とする構成を採り,乙に事後強盗未遂の共同正犯を認める一方,脅迫の共同正犯にとどめる構成も説明する。設問3は丙の刑事責任を否定する複数の理論と各難点を比較する。これらの採用解釈が唯一の公式正解という意味ではない。
公式資料から独自に抽出した評価項目は73項目で,重み5は11項目である。条件付きの許容分岐は全答案への累積要求にしない。答案の採用構成に必要な内容と,比較学習のための別構成を分けて読むことができる。
第2 評価項目の示し方と重み付けの基準
1 評価項目の示し方
一つの行を一つの判定対象とし,評価項目に「必須/高評価/負例/許容分岐」と適用条件を付けた。資料の頁はPDFの先頭を1頁とする。出題の趣旨は合冊の14~18頁の第1問部分,採点実感は刑事系科目PDFの1~5頁を用いる。
根拠欄の短句は所在を探すための手掛かりである。「記載なし」は当該問題の関連範囲を読んだ結果であり,未閲覧の意味ではない。一般的な答案作法は集計外へ分けた。通し番号は設問ごとにリセットしない。
2 5段階の重み付けの基準
重み5:採点実感が評価の分かれ目とした事項,又は答案の骨格そのもの。
重み4:出題の趣旨が検討を求め,採点実感も評価又は具体的な誤りの指摘を通じて取り上げた事項。
重み3:どちらか一方が明示する中核の理由付け。
重み2:一方が軽い表現で触れる補強,又は典型的な誤り。
重み1:一方が控えめに触れるだけの事項。
本記事の重み4は「採点実感が高く評価した事項」だけに限定する基準ではない。両資料の該当箇所を確認した基準であり,項目の区分や適用条件とは独立している。件数を各重みに割り振るための調整はしていない。
第3 本問の概要
設問1では,甲が金融庁職員を装ってA方を訪ね,Aのカードと暗証番号のメモを封筒へ入れる。Aに印鑑を取りに行かせている間にダミーへ交換し,本物をバッグに隠して持ち去る。後日のATM行為も示されるが,問われるのはAに対する罪責である。
設問2では,ATMの窃盗未遂直後に甲を制止したCに,途中から加わった乙がナイフを示して殺害を予告し,甲と逃走する。乙は甲が商品を万引きしたと誤信している。事後強盗の共同正犯と脅迫の共同正犯の双方から説明し,自説と根拠を示すことが求められる。
設問3では,店長Dへの甲のナイフ攻撃を止めようと丙がワインボトルを投げ,狙いが外れてDを傷害する。投擲がDを救う唯一の手段との与件を維持し,Dへの刑事責任を否定する説明と難点を示す。
第4 評価項目と重み
1 設問1・カードすり替え
| 番号 | 評価項目 | 重み | 出題の趣旨 | 採点実感 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 窃盗と詐欺の区別を処分行為の有無から論じる 必須/常時 | 5 | 14頁・刑事系科目 第1問 設問1(処分行為の有無) | 1頁・2 採点方針 設問1(処分行為の有無) |
| 2 | 印鑑を取りに行かせた時点を処分行為の判断場面として特定する 必須/常時 | 5 | 14頁・刑事系科目 第1問 設問1(印鑑を取りに行かせた場面) | 1頁・2 採点方針 設問1(印鑑を取) |
| 3 | 処分行為の客観面を占有移転と占有弛緩の区別で示す 必須/常時 | 4 | 15頁・刑事系科目 第1問 設問1(占有の弛緩) | 1頁・2 採点方針 設問1(占有の弛緩) |
| 4 | 玄関先がAの場所的支配領域であることを評価する 必須/常時 | 4 | 14頁・刑事系科目 第1問 設問1(場所的支配領域) | 1頁・2 採点方針 設問1(場所的支配) |
| 5 | 印鑑を取りに行く部屋が玄関近くであることを評価する 必須/常時 | 4 | 14頁・刑事系科目 第1問 設問1(玄関の近く) | 1頁・2 採点方針 設問1(位置関係) |
| 6 | 封筒の大きさを持去りの容易さと占有評価に結び付ける 高評価/常時 | 3 | 記載なし | 1頁・2 採点方針 設問1(封筒の大きさ) |
| 7 | 終局的占有移転の認識という処分意思の意義を示す 必須/常時 | 4 | 15頁・刑事系科目 第1問 設問1(占有の終局的移転についての認識) | 1頁・2 採点方針 設問1(Aの認識) |
| 8 | すぐ戻る予定と後日預けるまで自分で保管する意思を評価する 必須/常時 | 4 | 15頁・刑事系科目 第1問 設問1(自己が保管しておくつもり) | 1頁・2 採点方針 設問1(Aの認識) |
| 9 | 採用した窃盗構成でカードの経済的価値による財物性を示す 必須/窃盗・詐欺いずれでも財物対象 | 4 | 15頁・刑事系科目 第1問 設問1(客観的な経済的価値) | 3頁・3⑵ ア(財物性) |
| 10 | 暗証番号を記したメモ紙自体の財物性を示す 必須/常時 | 4 | 15頁・刑事系科目 第1問 設問1(メモ紙の財物性) | 3頁・3⑵ ア(財物性) |
| 11 | 窃取の意義を占有者の意思に反する占有移転として示す 必須/窃盗構成 | 4 | 15頁・刑事系科目 第1問 設問1(「窃取」について) | 1頁・2 採点方針 設問1(正確な意義) |
| 12 | すり替え・バッグ隠匿を実行行為と既遂時期へ対応させる 必須/窃盗構成 | 4 | 15頁・刑事系科目 第1問 設問1(実行行為や既遂時期) | 3頁・3⑵ ア(既遂) |
| 13 | 窃盗の構成要件事実の認識を故意として示す 必須/窃盗構成 | 4 | 15頁・刑事系科目 第1問 設問1(故意及び不法領得の意思) | 3頁・3⑵ ア(認識・認容の対象) |
| 14 | 預金を無断で引き出す計画を不法領得の意思へ結び付ける 必須/窃盗構成 | 4 | 15頁・刑事系科目 第1問 設問1(預金を無断で引き出して) | 3頁・3⑵ ア(不法領得の意思) |
| 15 | 詐欺構成を採るなら印鑑取得の依頼を処分に向けた欺罔として検討する 許容分岐/詐欺構成のみ | 3 | 15頁・刑事系科目 第1問 設問1(処分行為に向けられた欺罔行為) | 2頁・3⑵ ア(処分行為に向けられている) |
| 16 | 詐欺構成を採るなら占有を自己へ移させる認識・認容を示す 許容分岐/詐欺構成のみ | 3 | 15頁・刑事系科目 第1問 設問1(認識,認容) | 3頁・3⑵ ア(認識・認容の対象) |
| 17 | 欺罔の実行行為を肯定しておきながら未遂を検討せず詐欺不成立としない 負例/欺罔実行を肯定する場合 | 2 | 記載なし | 2頁・3⑵ ア(詐欺未遂罪の成否) |
| 18 | 物の交付を財産上の利益として2項詐欺へ置き換えない 負例/常時 | 2 | 記載なし | 3頁・3⑵ ア(2項詐欺罪) |
| 19 | 銀行管理現金へのATM行為をAへの罪責として論じない 負例/常時 | 4 | 15頁・刑事系科目 第1問 設問1(Aに対する罪責とはならない) | 3頁・3⑵ ア(「Aに対する罪責」) |
| 20 | 明示除外の住居侵入を答案本体へ混入させない 負例/常時 | 2 | 記載なし | 3頁・3⑵ ア(住居侵入罪) |
2 設問2・窃盗後に加わった乙
| 番号 | 評価項目 | 重み | 出題の趣旨 | 採点実感 |
|---|---|---|---|---|
| 21 | 事後強盗共同正犯説と脅迫共同正犯説の双方の理論を示す 必須/常時 | 5 | 15頁・刑事系科目 第1問 設問2(双方からの説明) | 1頁・2 採点方針 設問2(双方からの説明) |
| 22 | 事後強盗の身分犯説と結合犯説を実行行為の違いから区別する 必須/常時 | 5 | 15頁・刑事系科目 第1問 設問2(身分犯と解するか,結合犯) | 1頁・2 採点方針 設問2(身分犯説) |
| 23 | 真正身分犯+65条1項の連帯作用で事後強盗を説明する 許容分岐/採用・比較する真正身分構成 | 4 | 15頁・刑事系科目 第1問 設問2(真正身分犯) | 1頁・2 採点方針 設問2(各立場からの説明) |
| 24 | 不真正身分犯について成立を1項・科刑を2項で分ける構成を説明する 許容分岐/比較素材・任意 | 3 | 15頁・刑事系科目 第1問 設問2(科刑の個別的作用) | 記載なし |
| 25 | 結合犯+承継的共犯全面肯定による事後強盗構成を説明する 許容分岐/比較素材・任意 | 3 | 16頁・刑事系科目 第1問 設問2(承継的共犯を全面的に肯定) | 記載なし |
| 26 | 不真正身分犯+65条2項の個別作用で脅迫構成を説明する 許容分岐/採用・比較する加重身分構成 | 3 | 16頁・刑事系科目 第1問 設問2(加重身分) | 記載なし |
| 27 | 取返防止と他の目的を違法身分・責任身分に分ける構成を説明する 許容分岐/比較素材・任意 | 3 | 16頁・刑事系科目 第1問 設問2(責任身分) | 記載なし |
| 28 | 目的別身分構成では未遂で取返す財物がない点を処理する 許容分岐/目的別身分構成のみ | 3 | 16頁・刑事系科目 第1問 設問2(違法身分の前提を欠いている) | 記載なし |
| 29 | 結合犯+承継的共犯全面否定により脅迫構成を説明する 許容分岐/採用・比較する承継否定構成 | 4 | 16頁・刑事系科目 第1問 設問2(承継的共犯を全面的に否定) | 3頁・3⑵ イ(結合犯説) |
| 30 | 中間説を示す場合は先行行為の効果の積極的利用という要件を示す 許容分岐/採用・比較する中間説 | 4 | 16頁・刑事系科目 第1問 設問2(自己の犯罪遂行の手段として積極的に利用) | 3頁・3⑵ イ(利用して犯罪を実現) |
| 31 | 中間説を示す場合は先行窃盗が未遂で財物未取得だった事実を評価する 許容分岐/採用・比較する中間説 | 4 | 16頁・刑事系科目 第1問 設問2(甲の窃盗は未遂にとどまっており) | 3頁・3⑵ イ(未遂であったこと) |
| 32 | 最終的に自説の構成と結論を明示する 必須/常時 | 5 | 16頁・刑事系科目 第1問 設問2(自説とする) | 1頁・2 採点方針 設問2(自説の展開) |
| 33 | 自説の根拠を示し他説との違いを理由付ける 必須/常時 | 5 | 16頁・刑事系科目 第1問 設問2(根拠や他説への批判) | 2頁・2 採点方針 設問2(自説の根拠や他説に対する批判) |
| 34 | 238条の窃盗には未遂犯も含むと示す 必須/事後強盗構成 | 3 | 16頁・刑事系科目 第1問 設問2(未遂犯も含む) | 記載なし |
| 35 | ATM直後の同一店内という窃盗機会の継続を評価する 必須/事後強盗構成 | 3 | 16頁・刑事系科目 第1問 設問2(窃盗の機会) | 記載なし |
| 36 | 脅迫の強度を社会通念上一般に反抗抑圧に足りる客観的基準で示す 必須/事後強盗構成 | 3 | 16頁・刑事系科目 第1問 設問2(社会通念上一般に相手方の反抗を抑圧) | 記載なし |
| 37 | ナイフ提示と殺害予告を強度の基準へ具体的に当てはめる 必須/事後強盗構成 | 3 | 16頁・刑事系科目 第1問 設問2(店員Cにナイフを示しながら) | 記載なし |
| 38 | 甲と乙の窃盗内容の認識差を故意・共謀との関係で処理する 高評価/事後強盗構成 | 3 | 16頁・刑事系科目 第1問 設問2(窃盗の内容) | 記載なし |
| 39 | 既遂認識と現実未遂の差を故意・共謀との関係で処理する 高評価/事後強盗構成 | 4 | 16頁・刑事系科目 第1問 設問2(窃盗が既遂か未遂か) | 2頁・2 採点方針 設問2(窃盗が既遂か未遂か) |
| 40 | 甲の逮捕免脱と乙の取返防止という目的差の効果を明示する 高評価/事後強盗構成 | 5 | 16頁・刑事系科目 第1問 設問2(目的の内容について甲乙間で認識の齟齬) | 2頁・2 採点方針 設問2(「目的」の内容に齟齬) |
| 41 | 甲の依頼・乙の問いへのうなずき・共同脅迫から共謀を認定する 必須/常時 | 4 | 16頁・刑事系科目 第1問 設問2(甲乙間の共謀) | 2頁・2 採点方針 設問2(共謀の成否) |
| 42 | 脅迫構成では害悪告知の客観要素・認識・共同実行を閉じる 許容分岐/採用・比較する脅迫構成 | 4 | 16頁・刑事系科目 第1問 設問2(脅迫罪の共同正犯にとどまる) | 1頁・2 採点方針 設問2(脅迫罪の限度) |
| 43 | 事後強盗構成では未遂という完成段階を明示する 必須/事後強盗構成 | 4 | 16頁・刑事系科目 第1問 設問2(事後強盗未遂罪) | 2頁・2 採点方針 設問2(既遂か未遂か) |
| 44 | 共謀の事実評価だけを変えて二理論の説明を代替しない 負例/常時 | 2 | 記載なし | 2頁・2 採点方針 設問2(事実関係の評価を変えることによってのみ) |
| 45 | 身分犯説へ承継論・結合犯説へ65条を無説明に接合しない 負例/常時 | 2 | 記載なし | 3頁・3⑵ イ(刑法第65条の適用を検討する答案) |
3 設問3・被救助者への傷害
| 番号 | 評価項目 | 重み | 出題の趣旨 | 採点実感 |
|---|---|---|---|---|
| 46 | 有形力でDに生理的機能障害を与え傷害罪の客観的構成要件を満たすと示す 必須/常時 | 5 | 16頁・刑事系科目 第1問 設問3(傷害罪の客観的構成要件に該当) | 3頁・3⑵ ウ(どの犯罪の構成要件に該当するか) |
| 47 | 責任否定の複数理論を犯罪論の各層で示す 必須/常時 | 5 | 16頁・刑事系科目 第1問 設問3(理論上の説明及びその難点) | 2頁・2 採点方針 設問3(複数の説明) |
| 48 | 具体的符合説の基準と方法の錯誤によるDへの故意否定を示す 許容分岐/採用・比較する具体的符合構成 | 4 | 16頁・刑事系科目 第1問 設問3(認識した事実と現に発生した事実とが具体的に一致) | 4頁・3⑵ ウ(具体的(法定)符合説) |
| 49 | 具体的符合構成では唯一手段・心理状態から過失否定の可能性を説明する 許容分岐/採用・比較する具体的符合構成 | 3 | 17頁・刑事系科目 第1問 設問3(丙に結果回避可能性はなかった) | 記載なし |
| 50 | 故意を否定しても過失傷害の成立可能性が残る難点を示す 高評価/故意否定構成を示す場合 | 5 | 17頁・刑事系科目 第1問 設問3(過失犯の成立可能性を残す点) | 2頁・2 採点方針 設問3(過失犯が成立する余地) |
| 51 | Dが甲の間近にいるため過失まで否定する困難さを評価する 高評価/故意否定構成を示す場合 | 4 | 17頁・刑事系科目 第1問 設問3(甲の間近にDがいる) | 2頁・2 採点方針 設問3(過失犯が成立する余地) |
| 52 | 過失犯にも正当防衛・緊急避難で正当化する分岐があると示す 許容分岐/比較素材・任意 | 3 | 17頁・刑事系科目 第1問 設問3(過失犯について,正当防衛や緊急避難) | 記載なし |
| 53 | 法定的符合説の通常の枠内符合ではDへの故意が残ると示す 許容分岐/比較素材・任意 | 3 | 17頁・刑事系科目 第1問 設問3(一定の構成要件の枠内) | 記載なし |
| 54 | 法定的符合説でも侵害者と被救助者の同価値性を否定する構成を説明する 許容分岐/比較素材・任意 | 3 | 17頁・刑事系科目 第1問 設問3(構成要件的同価値性が否定) | 記載なし |
| 55 | 同価値性否定構成にも過失犯が残る難点を示す 許容分岐/同価値性否定構成のみ | 3 | 17頁・刑事系科目 第1問 設問3(過失犯の成立可能性は残る) | 記載なし |
| 56 | 同価値性否定は法定的符合説の基本発想と緊張する難点を示す 許容分岐/同価値性否定構成のみ | 3 | 17頁・刑事系科目 第1問 設問3(基本的な考えとも合致しない) | 記載なし |
| 57 | 甲のナイフ行為をDへの急迫不正侵害として示す 必須/正当防衛構成を示す場合 | 4 | 17頁・刑事系科目 第1問 設問3(急迫不正の侵害が切迫) | 2頁・2 採点方針 設問3(正当防衛) |
| 58 | 丙のD救助意思と唯一手段から必要・相当な反撃と評価する 許容分岐/正当防衛構成を示す場合 | 4 | 17頁・刑事系科目 第1問 設問3(Dのための防衛行為) | 2頁・2 採点方針 設問3(正当防衛) |
| 59 | 対甲防衛が正当化されれば偶発的D結果も包含する構成を示す 許容分岐/正当防衛構成を示す場合 | 4 | 17頁・刑事系科目 第1問 設問3(正当防衛の範疇に包含) | 2頁・2 採点方針 設問3(正当防衛) |
| 60 | Dは不正な侵害者でないため36条適用が難しいと指摘する 高評価/正当防衛構成を示す場合 | 4 | 17頁・刑事系科目 第1問 設問3(守られるべき者に対する攻撃) | 4頁・3⑵ ウ(Dによる「不正の侵害」がない) |
| 61 | 結果被害者が無関係第三者でなく被救助者D自身である特殊性を評価する 高評価/常時 | 5 | 17頁・刑事系科目 第1問 設問3(守られるべき者) | 4頁・3⑵ ウ(結果が被侵害者に発生) |
| 62 | 緊急避難構成でD生命身体への現在危難を特定する 許容分岐/緊急避難構成を示す場合 | 4 | 17頁・刑事系科目 第1問 設問3(現在の危難) | 2頁・2 採点方針 設問3(緊急避難) |
| 63 | 防衛意思に避難意思を含むとする理由を示す 許容分岐/緊急避難構成を示す場合 | 3 | 17頁・刑事系科目 第1問 設問3(防衛の意思は同時に避難の意思をも含む) | 記載なし |
| 64 | 唯一手段から緊急避難の補充性・相当性を検討する 許容分岐/緊急避難構成を示す場合 | 4 | 17頁・刑事系科目 第1問 設問3(補充性及び相当性) | 2頁・2 採点方針 設問3(緊急避難) |
| 65 | Dへの3週傷害と避ける生命・重傷害の法益権衡を検討する 許容分岐/緊急避難構成を示す場合 | 4 | 17頁・刑事系科目 第1問 設問3(法益権衡の要件) | 2頁・2 採点方針 設問3(緊急避難) |
| 66 | D傷害は意図した結果でないため避難といえるかという難点を示す 高評価/緊急避難構成を示す場合 | 4 | 17頁・刑事系科目 第1問 設問3(この結果は丙が実現しようとしたものではなく) | 2頁・2 採点方針 設問3(引き起こされた結果) |
| 67 | 救うべきD自身を傷害することが避難といえるかという難点を示す 高評価/緊急避難構成を示す場合 | 4 | 17頁・刑事系科目 第1問 設問3(危難から逃れさせるべきDに傷害) | 4頁・3⑵ ウ(結果が被侵害者に発生) |
| 68 | 主観防衛と客観非正当化の差を誤想防衛類似の処理で説明する 許容分岐/比較素材・任意 | 3 | 18頁・刑事系科目 第1問 設問3(誤想防衛の一種) | 2頁・2 採点方針 設問3(誤想防衛) |
| 69 | 誤想防衛類似構成は現実侵害と非誤想に出た点が難点と示す 許容分岐/誤想防衛類似構成のみ | 3 | 18頁・刑事系科目 第1問 設問3(誤想に基づいて防衛行為に出たわけではない) | 記載なし |
| 70 | 誤想防衛類似構成でも過失犯の可能性が残ると示す 許容分岐/誤想防衛類似構成のみ | 3 | 18頁・刑事系科目 第1問 設問3(過失犯の成立を否定することは困難) | 4頁・3⑵ ウ(誤想防衛による解決) |
| 71 | 期待可能性否定により責任阻却を説明する 許容分岐/採用・比較する期待可能性構成 | 3 | 18頁・刑事系科目 第1問 設問3(責任が阻却される) | 記載なし |
| 72 | 期待可能性は超法規的で判断基準が不明確という難点を示す 高評価/採用・比較する期待可能性構成 | 3 | 18頁・刑事系科目 第1問 設問3(判断基準が明確でない) | 記載なし |
| 73 | 方法の錯誤を客体の錯誤と取り違えない 負例/常時 | 2 | 記載なし | 4頁・3⑶ その他(方法の錯誤と客体の錯誤) |
4 答案全体の一般的な指摘
採点実感の2~5頁は,事案に必要な法解釈に絞ること,規範と当てはめを区別して事実の法的意味を示すこと,厚く論じる点と簡潔に済ませる点を選ぶこと,用語と文字を正確・明瞭にすることを求めている。これらの一般的な指摘には重みを付けず,73項目の集計にも含めない。
5 重みの分布
内訳は,重み5が11項目,4が31項目,3が25項目,2が6項目,1が0項目である。N=73,W=1×0+2×6+3×25+4×31+5×11=266である。Wは独自の重みの合計で,試験の得点ではない。
重み5の11項目は次のとおりである。
- 番号1:窃盗と詐欺の区別を処分行為の有無から論じる。適用条件:常時。窃盗か詐欺かの選択を開始する区別基準であり,答案の骨格。
- 番号2:印鑑を取りに行かせた時点を処分行為の判断場面として特定する。適用条件:常時。印鑑取得の場面を特定して具体的に検討した答案を,採点方針が高く評価する。
- 番号21:事後強盗共同正犯説と脅迫共同正犯説の双方の理論を示す。適用条件:常時。問題が双方の立場からの説明を指定し,採点方針も要求する答案の骨格。
- 番号22:事後強盗の身分犯説と結合犯説を実行行為の違いから区別する。適用条件:常時。身分犯と結合犯を区別し論理性を保った論述を,採点方針が高く評価する。
- 番号32:最終的に自説の構成と結論を明示する。適用条件:常時。指定された自説を欠く答案は出題趣旨に十分沿わないと採点方針が評価する。
- 番号33:自説の根拠を示し他説との違いを理由付ける。適用条件:常時。自説の根拠と他説批判を積極的に示した答案を,採点方針が高く評価する。
- 番号40:甲の逮捕免脱と乙の取返防止という目的差の効果を明示する。適用条件:事後強盗構成。目的差が故意・共謀に及ぼす効果の検討を,採点方針が高く評価する。
- 番号46:有形力でDに生理的機能障害を与え傷害罪の客観的構成要件を満たすと示す。適用条件:常時。責任否定へ進む前に犯罪の客観的構成要件を確定する体系的出発点。
- 番号47:責任否定の複数理論を犯罪論の各層で示す。適用条件:常時。設問が複数の説明と各難点を求めること自体が答案の骨格。
- 番号50:故意を否定しても過失傷害の成立可能性が残る難点を示す。適用条件:故意否定構成を示す場合。故意否定でも過失犯が残る難点の指摘を,採点方針が高く評価する。
- 番号61:結果被害者が無関係第三者でなく被救助者D自身である特殊性を評価する。適用条件:常時。結果が無関係第三者でなく被侵害者本人に生じた特殊性を,採点実感が重要視する。
第5 模範解答
1 答案の前提と表記
以下は,採用構成を一貫させた学習用答案である。刑法の条番号は試験日当時のものを用い,本文は見出し・改行を除いて4554字である。設問2は双方の理論と自説を,設問3は複数構成と各難点を示す。許容分岐を全部同時に採用するものではない。
大阪高判平成14年9月4日の紹介は公式資料の記述に基づく。判決原文を独立確認したものではないため,答案に「判例同旨」と表示していない。
2 答案
第1 設問1
1 甲のカード等の取得について,詐欺罪(刑法246条1項)と窃盗罪(235条)の区別が問題となる。両罪は占有取得が被害者の処分行為によるか,その意思に反する奪取によるかで区別される。本件では,手渡しの外形だけでなく,甲が封印のため印鑑を持ってくるよう求め,Aが居間へ行った時点に処分行為があったかを検討する。
詐欺罪における処分行為には,客観的な占有移転と,自己の占有を終局的に相手方へ移すことの認識が必要である。占有は物への接触だけでなく,所在,時間・場所,回収可能性等から社会通念により判断する。一時的に監視や支配が弱まる占有の弛緩だけでは,占有移転ではない。
2 カード等を収めた封筒はA方玄関先にあり,Aの場所的支配領域内である。Aが印鑑を取りに行った居間は玄関近くで,すぐに戻れる。封筒はカード等を収納しバッグに隠せる大きさで持去りは容易だが,そのことだけで甲への占有移転を認めることはできない。場所と離席の短時間性から,Aの支配はなお及んでいた。
Aは金融庁職員を装った甲を信用しているものの,カード等は封筒に入れ封印し,後日預けることになるまでは自分で保管するつもりであった。印鑑取得のため離れることも,すぐ戻って封筒を受け取るためであり,甲に終局的な占有を移す認識はない。したがって,印鑑を取りに行った時点では占有の弛緩にとどまり,処分行為はない。
欺罔行為とは財物の処分に向けられ,その判断の基礎となる重要事項について錯誤を生じさせる行為である。甲の身分や被害についての虚言は,Aを信用させたが,本件の手順ではAに占有を移させるのでなく,監視をそらして交換するためのものだった。印鑑取得の依頼も,その目的と内容から占有移転の処分に向けた欺罔の実行行為とはいえず,詐欺既遂罪も未遂罪も成立しない。欺罔の実行行為を肯定する構成を採るなら,処分行為の欠如だけで詐欺罪を全面否定せず,250条の未遂を検討すべきである。
3 カードは預金の払戻しに用いる財産的機能を持ち,客観的な経済的価値がある。暗証番号を記載したメモ紙も,記載情報を保持しカードとともに払戻しへ利用できる有体物であり,経済的価値を有する。他人の財物に当たるのはこれらの物で,抽象的な暗証番号自体や払戻しを受け得る地位を客体とする2項詐欺の問題ではない。
窃取とは占有者の意思に反して財物を自己又は第三者の占有に移すことである。甲は,Aの占有が残るカード等の封筒をダミーと交換し,本物を自己のショルダーバッグに隠した。Aが許したのは収納・封印の作業であり,本物の持去りではない。交換・隠匿により予定された回収を妨げ自己の排他的支配を設定した時点で窃取は完成する。Aがダミーを封印して受け取ったことも,本物の占有移転への同意ではない。
甲はAの占有するカード等をその意思に反して取得する事実を認識し,実行したから故意がある。また,Aを排除し,他人名義のカードと暗証番号で無断払戻しを行う計画であり,権利者排除意思と経済的用法に従う利用処分意思が認められる。よってカード等の窃盗既遂罪が成立する。翌日のATM行為は銀行管理の現金への行為で,本問のAに対する罪責の対象外である。
第2 設問2
1 乙に事後強盗の共同正犯を認める構成と,脅迫の共同正犯にとどめる構成は,事後強盗罪の構造と,先行窃盗に参加していない者へ責任を及ぼす根拠を異にする。甲のATM行為には窃盗未遂罪が成立するとの前提を維持する。
2 前者は,事後強盗を窃盗犯人の身分によって構成される真正身分犯と解し,65条1項の連帯作用を認める説明である。実行行為は窃盗犯人が所定目的で行う暴行・脅迫であり,窃盗は主体の身分を形成する先行事実となる。同項は身分のない加功者にも共同正犯成立を認めるから,乙自身が加入前の窃盗を引き起こしたことは不要である。
事後強盗の「窃盗」には未遂犯を含む。暴行・脅迫は窃盗の機会に行われ,社会通念上一般に相手方の反抗を抑圧する程度でなければならない。甲は引出し失敗直後,同一店内でAと電話し,Cにバッグをつかまれ制止された。窃盗に関連して発見・逮捕される危険が続き,窃盗の機会は終了していない。乙が10センチメートルのナイフをCに示して殺害を予告する行為は,客観的に一般人の反抗を抑圧するに足り,実際にCも手を離し後退した。
甲には逮捕免脱目的があり,乙は万引きした商品の取返しを防ぐ目的で脅迫した。238条の三目的は択一的な犯罪成立の目的であり,この真正身分犯構成ではその一つを持つ甲の脅迫に,身分と所定目的による脅迫の認識を持つ乙が共同加功すれば足りる。甲乙が同一の目的類型を共有することまでは要しない。乙は取返防止と誤信したが,甲が窃盗に続く制止を排除しようとしている核心を認識しているから,目的差はこの構成で故意・共謀を妨げない。
現実はATM窃盗未遂,乙の認識は商品窃盗既遂である。しかし客体・態様の差は窃盗犯人による事後の脅迫という構成要件的範囲の符合を失わせない。既遂と未遂の差も,乙が認識した重い犯罪のうち現実に存在する軽い未遂の範囲で故意責任を認めることを妨げない。甲のうなずきと「こいつをなんとかしてくれ」との依頼を受け,乙が脅迫の中核を実行し,共に逃走したから,意思の連絡と共同実行がある。先行窃盗が未遂で財物取得がないため,逃走成功で既遂にはならず,乙に事後強盗未遂の共同正犯(238条,243条,60条,65条1項)を認める。
3 後者の説明として,事後強盗を窃盗と暴行・脅迫の結合犯と解し,承継的共同正犯を否定する立場がある。この構成での実行行為は窃盗と暴行・脅迫の全体である。共同正犯の処罰根拠を共同実行による構成要件実現への相互の因果的寄与に求めれば,乙は既に終了したATM窃盗未遂へ因果的影響を与えていない。よって加入前の窃盗を帰責できず,乙が共同した生命への害悪告知について,脅迫罪(222条1項,60条)の共同正犯が成立する。
結合犯でも承継を全面肯定すれば事後強盗構成となるが,過去の行為への因果関係を欠く者に犯罪全体を帰責する難点がある。先行行為が作出した状態を自己の犯罪遂行の手段として積極的に利用した場合に限り承継を認める中間説でも,本件は窃盗未遂で盗品の取得がなく,先行窃盗の効果を利用して犯罪全体を完成したとはいえないので,乙は脅迫にとどまる。
身分犯説でも窃盗犯人を刑を加重する不真正身分と捉え,65条2項の個別作用を認めれば,乙に通常の脅迫の責任を認める説明がある。他方,同条1項を真正・不真正の双方に適用し,2項を不真正身分の科刑のみへ適用する解釈なら,乙に事後強盗の成立を認めつつ脅迫の刑を科する。したがって罪名と科刑を区別する必要がある。
4 私は,窃盗犯人という地位により特別な犯罪行為が構成されること,238条が「窃盗」を主体として所定目的の暴行・脅迫を強盗として論ずることを重視し,真正身分犯と65条1項による構成を採る。単なる一般的脅迫の加重事情ではなく,窃盗犯人の事後行為への共同加功を処罰する規定だからである。この構成では過去の窃盗への因果関係を擬制する必要がなく,乙の認識と中核的実行にも共同正犯としての実質がある。よって乙には事後強盗未遂の共同正犯が成立し,Cへの脅迫を別罪として累積させない。
第3 設問3
1 ボトルの投擲は有形力の行使で,Dの頭部裂傷という生理的機能障害を生じさせた。因果関係もあり,傷害罪(204条)の客観的構成要件に該当する。以下,Dへの刑事責任を否定する複数の説明と,それぞれの難点を示す。
2 具体的符合説は,認識事実と発生事実の具体的符合を故意成立に要求する。甲を狙った投擲が外れDに当たった方法の錯誤であり,別人Dへの故意はない。甲への行為については,胸元へナイフを突き出す急迫不正の侵害に対し,D救助の意思で唯一の手段を用いた必要・相当な防衛である。Dへの過失も,緊迫した心理状況でこれ以上の注意を要求できず,投擲を控えるほか結果回避の余地がなかったと評価すれば否定できる。
難点は,故意の否定だけでは過失傷害罪(209条)が残ることである。甲の間近にDがおり,誤命中の危険は予見できる。唯一の手段であることも照準等の不注意を否定せず,結果回避可能性の否定には具体的根拠が要る。過失を認めた上で,後記の正当防衛又は緊急避難による違法性阻却を検討する余地もある。
3 法定的符合説は,通常,同一構成要件の枠内で符合すれば故意を認める。しかし防衛行為の対象である侵害者甲と,保護される被侵害者Dとは,その地位から構成要件的に同価値ではないとして,Dへの故意を否定する説明もある。難点は,この説明でも過失犯が残るほか,抽象的な構成要件の枠内の符合で足りるという同説の基本的考えと,主観的な防衛関係から対象者を区別することとの整合性に疑問があることである。
4 正当防衛(36条1項)による説明は,甲への防衛行為が正当化される以上,その行為に伴い偶発的にDへ生じた結果も正当防衛の範囲に含める。甲のナイフによる急迫不正の侵害があり,丙はD救助のため唯一の手段を用いているから,必要性・相当性を認め得る。
難点は,D自身は不正の侵害者でなく,Dへの攻撃を許すことが36条の要件に適合しない点である。しかもDは無関係の第三者でなく,守るべき者本人である。対甲行為の正当化から,被救助者への侵害まで当然に適法とすることはできず,救助を望むことと傷害の承諾も同義ではない。
5 緊急避難(37条1項)による説明は,Dとの関係ではその生命・身体への現在の危難を避ける行為と捉える。Dの防衛意思には危難を避ける意思も含まれる。唯一手段との与件から補充性を認め,ナイフ攻撃を止める投擲として相当性も認め得る。加療約3週間の傷害は,避けようとした死亡・重傷の害を超えないと評価でき,法益権衡も満たす。
難点は,Dの傷害が丙の実現しようとした結果でなく,甲への行為が外れた結果なので,それを避難行為といえるかという点である。また危難から救うべきD自身を傷害することが,Dの危難を避けることになるかも問題となる。現実の傷害が軽いことだけでなく,行為時にDへ及ぶ危険も踏まえなければならない。
6 主観的には正当防衛を行う認識があるのに,Dの傷害を客観的に正当化できないという隔たりを,誤想防衛に類する錯誤として処理し,故意を阻却する説明がある。難点は,現実に急迫不正の侵害が存在し,丙は誤想に基づいて防衛行為に出たのではないこと,さらに,過失犯の成立可能性が残ることである。これはDを侵害者と取り違えたという説明ではない。
7 最後に,違法性を阻却できなくても,生命救助のため即時の唯一手段に出た丙に別の適法行為を期待できないとして,期待可能性を否定し責任を阻却する説明がある。難点は,超法規的責任阻却で判断基準が不明確なこと,唯一手段というだけで心理的に別行動が不可能とはいえないこと,安易に認めると36条・37条の要件を潜脱することである。以上の各構成は責任否定へ至る独立の説明であり,それぞれの難点を解消して初めてその結論を導ける。
3 出題の趣旨・採点実感を踏まえた解説
(1) 設問1の決定場面と別構成
番号1~14は,印鑑を取りに行かせた時点の占有と処分意思から窃盗の実行・完成・主観要素までを接続する。単にカードを手渡したとするだけでは,その後のAの支配や認識を評価できない。封筒の持去りの容易さという反対方向の事情も考慮し,A方玄関,居間の近さ,直ちに戻る予定及び後日までの保管意思を総合した。
詐欺を採る番号15・16の別構成では,印鑑取得の依頼でAに占有を移させることを欺罔と捉え,その錯誤による処分行為及び甲の認識・認容を示す必要がある。窃盗構成がこれらを全部充足すべきという意味ではない。金融庁職員との虚言だけで詐欺の実行を認め,処分がないとして未遂まで検討せず不成立にすることは番号17の負例に当たる。
(2) 設問2の理論構造と目的差
番号21~45を,実行行為をどう捉えるかに沿って読む。真正身分犯+65条1項(番号23),不真正身分犯の成立と科刑を分ける構成(番号24),結合犯+承継全面肯定(番号25)は,事後強盗成立を説明する例である。加重身分と65条2項(番号26),結合犯+承継全面否定(番号29),中間説で窃盗未遂の効果利用を否定する構成(番号30・31)は,脅迫へとどめる例である。各例を一つの学説へ混ぜない。
公式資料には,取返防止目的の窃盗犯人を違法身分,他の二目的の窃盗犯人を責任身分とし,前者へ65条1項,後者へ2項を適用する別の構成もある(番号27・28)。本件は未遂で取り返される財物がなく,乙の誤信だけでは現実の違法身分の前提を作れないので,この構成からは脅迫の共同正犯を説明する。これは答案が採用した真正身分犯構成と異なる。
番号38~40の認識差は,客体・態様,既遂と未遂,取返防止と逮捕免脱を分けて,選択した構成に即して故意・共謀の効果を示す。目的の類型が違うとの指摘だけで論述を止めない。番号32・33は自説とその根拠を要求し,両指定説を別々に説明しただけでは満たさない。
(3) 設問3の説明と難点の対応
番号46~73は,傷害の客観的構成要件を出発点に,故意・過失,違法性及び責任を区別する。具体的符合による故意否定には過失の残存(番号48~52),法定的符合の修正には被侵害者と侵害者の同価値性と同説の基本発想との緊張(番号53~56)が問題となる。
正当防衛による説明ではDが不正の侵害者でなく,被救助者本人であることが難点である(番号57~61)。緊急避難では,避難意思,補充性・相当性と法益権衡だけでなく,Dの傷害が意図した結果でないことと,救うべきD自身を傷害した点を扱う(番号62~67)。誤想防衛類似構成も現実の侵害がある点と過失の残存を,期待可能性も超法規性と判断基準の不明確さを示す(番号68~72)。
「唯一の手段」は重要な与件だが,すべての理論の難点を解消する万能な事実ではない。過失の否定,防衛の相当性,避難の法益権衡及び責任阻却はそれぞれ別の判断である。
(4) 採用解釈と限界
答案の目的差の処理,カード等の財物性の理由付け,防衛・避難の適用範囲は本件への解釈と評価である。すべての許容枝を同じ結論へ統一していない。設問3の理論と難点を比較することが答案の目的であり,丙の免責が確実に決まると述べるものでもない。
第6 関連記事
1 同じ年度の別の模範解答
- 令和元年司法試験公法系第1問の模範解答・評価項目―67項目と5段階の重み付け(AI作成)
- 令和元年司法試験公法系第2問の模範解答と評価項目―70項目と5段階の重み付け(AI作成)
- 令和元年司法試験民事系第3問の模範解答と評価項目―出題の趣旨・採点実感から抽出した65項目と5段階の重み付け(AI作成)
2 関連する山中弁護士ブログの記事
- 令和3年司法試験刑事系第1問の模範解答と評価項目―出題の趣旨・採点実感から抽出した84項目と5段階の重み付け(AI作成)
- 法務省HPの司法試験・予備試験の資料の所在―年度別の実施・結果・出題趣旨・採点実感のページ一覧(AI作成)
第7 出典及び確認状態
1 公式資料
- 法務省・令和元年司法試験論文式試験問題(刑事系科目):PDF1~3頁の第1問を確認。
- 法務省・令和元年司法試験論文式試験出題の趣旨:PDF14頁の刑事系第1問見出しから18頁の第2問直前までを確認。
- 法務省・令和元年司法試験の採点実感(刑事系科目):PDF1~5頁の第1問の採点方針,各設問,答案水準及び総括を確認。
- 採点実感の法務省掲載ページ
- 平成31年司法試験の実施日程等について
2 法令
刑法(e-Gov法令検索・令和元年5月18日時点):36~38条,60条,65条,204条,209条,222条,235条,238条,243条,246条,250条等の本文を確認。
3 裁判例
最高裁第二小法廷平成16年12月10日判決・平成16年(あ)第92号:窃盗機会の継続が否定された事案について裁判所掲載の判決本文を確認。窃盗後に安全な状態へ到達した事例と,本問の失敗直後の店内制止を区別するため参照した。
大阪高判平成14年9月4日は,出題の趣旨17頁に,同価値性を否定する故意否定構成の参考として紹介されている。ここでは公式資料による紹介の確認にとどまり,判決原文を独立確認したとは扱わない。
4 確認状態
Confirmed(確認済み):問題文,公式資料の上記関連範囲,試験日当時の刑法本文及び前掲最高裁判決の本文。Source statement(資料の記載):公式資料が例示する理論構成,評価・負例及び大阪高裁判決の紹介。Inference(本記事の判断):項目の原子化,重み,採用解釈と本件への当てはめ。Unknown(未確認):大阪高裁判決原文の全体と射程,カードすり替えの占有及び各身分論についての個別原典による追加の独立確認。
したがって,公式資料に挙がる構成を学習用に比較することはできるが,未確認の原典の判示を直接引用したり,採用した構成が裁判実務の唯一の取扱いであると述べたりはしていない。