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外国政府のスパイウェアによる被害は日本で訴えられるか―対外国民事裁判権法10条の「所在」要件と英米の判決(AI作成)

第1 結論

1 2つの別の問題

外国政府が国外からスパイウェアを送り込み,日本にいる人のスマートフォンを監視したとする。
被害者が日本の裁判所でその外国を訴えるには,日本の裁判所に国際裁判管轄があること(不法行為に関する訴えについては民事訴訟法3条の3第8号)と,その外国が日本の裁判権から免除されないこと(外国等に対する我が国の民事裁判権に関する法律。以下「対外国民事裁判権法」という。)の両方が必要である。
この2つは別の問題であり,前者が認められても,後者で外国が裁判権から免除されることがある。

2 本記事の整理

国際裁判管轄は,不法行為の結果が日本国内で発生していれば,加害行為が外国で行われても認められうる(民事訴訟法3条の3第8号)。
これに対し,対外国民事裁判権法10条は,人の死傷又は有体物の滅失・毀損について外国の免除を否定する例外であるが,行為の全部又は一部が日本国内で行われたことに加えて,その行為をした者が行為の時に日本国内に所在していたことを要件とする。
したがって,本記事では,国外にいる者が遠隔操作で日本国内の機器に働きかけた場合は,同条の例外に当たりにくいと考える。
英国の裁判所は,スパイウェアによる監視と襲撃を理由とする事件で外国の免除を否定したが,英国の法律にはこの「所在」の要件がない。

第2 対外国民事裁判権法10条の要件

1 条文

対外国民事裁判権法4条は,外国等は,同法に別段の定めがある場合を除き,日本の民事裁判権から免除されると定める。
その例外の一つである同法10条は,人の死亡若しくは傷害又は有体物の滅失若しくは毀損が,外国等が責任を負うべきものと主張される行為によって生じた場合において,「当該行為の全部又は一部が日本国内で行われ、かつ、当該行為をした者が当該行為の時に日本国内に所在していたとき」は,損害又は損失の金銭によるてん補に関する裁判手続について,裁判権から免除されないと定める。

同条の要件を分けると,次のとおりである。
①人の死亡若しくは傷害又は有体物の滅失若しくは毀損が生じたこと
②それが外国等が責任を負うべきものと主張される行為によって生じたこと
③当該行為の全部又は一部が日本国内で行われたこと
④当該行為をした者が当該行為の時に日本国内に所在していたこと

主権免除の原則と例外の全体像は,主権免除とは―国家免除の原則・例外と外国国家への民事訴訟(AI作成)で説明している。

2 国連国家免除条約12条と国際法委員会の注釈

国連国家免除条約12条も,人の死傷又は有体物の損害について,作為又は不作為の全部又は一部が法廷地国の領域内で行われ,かつ,その作為又は不作為をした者がその時に当該領域内に所在していた場合に,外国の免除を否定する。
国際法委員会(ILC)が1991年に採択した条文草案12条も,同じ2つの要件を置いている。

ILCの注釈は,この2つの要件は累積的に必要であり,行為の全部又は一部が法廷地国の領域内で行われることで不法行為地を法廷地国に位置付け,さらに行為者が行為の時に法廷地国に所在することを求めて領域的な結び付きをより緊密にするものだと説明する(12条注釈(6))。
そして,行為者の所在の要件は,越境的な損害を同条の適用から除くために入れられたとし,その例として,爆発物や危険物の輸出が過失や事故により国境を越えて損害を生じる場合を挙げ,国境を越えた射撃や,武力紛争に伴う砲撃が国境を越える場合も対象外であることは明らかだとする(同注釈(7))。
また,同条は物理的な損害がない場合を対象としないとする(同注釈(5))。

条約の発効状況と国内法との関係は,国連国家免除条約とは―発効状況と日本の対外国民事裁判権法との関係(AI作成)で説明している。

3 国際裁判管轄との違い

民事訴訟法3条の3第8号は,不法行為に関する訴えについて,「不法行為があった地が日本国内にあるとき(外国で行われた加害行為の結果が日本国内で発生した場合において、日本国内におけるその結果の発生が通常予見することのできないものであったときを除く。)」は,日本の裁判所に提起することができると定める。
同号は,加害行為が外国で行われた場合でも,結果が日本国内で発生していれば管轄を認める余地を明文で残している。
これに対し,対外国民事裁判権法10条は,結果の発生地ではなく,行為が行われた場所と行為者の所在地を問う。

第3 英国のAl-Masarir判決(スパイウェアと襲撃の事件で免除を否定)

1 事案

英国の高等法院(Julian Knowles裁判官)は,2022年8月19日,サウジアラビアの批判者である原告が同国を訴えた事件で,同国の免除の主張を退けた(Al-Masarir v Kingdom of Saudi Arabia [2022] EWHC 2199 (QB))。
原告は,風刺作家・人権活動家で,2003年から英国に住んでいる(同判決13項)。
原告は,同国によって又はその代わりに2台のiPhoneへ悪意のあるテキストメッセージが送られ,そのリンクを開いた後に「Pegasus」と呼ばれるスパイウェアが端末に入れられたと主張した(同14項)。
また,原告は,2018年8月31日にロンドンのナイツブリッジで尾行されて襲われ,この襲撃は同国が指示等をしたものだと主張した(同16項)。

2 英国の国家免除法5条

英国の1978年国家免除法5条は,死亡若しくは人身傷害又は有体物の損害若しくは滅失であって,「an act or omission in the United Kingdom」(英国内における作為又は不作為)によって生じたものに関する手続について,国は免除されないと定める(同判決7項)。
同条には,行為者が英国内に所在していたことという要件はない。

3 判断

判決は,5条は主権的な行為であるか私的な行為であるかを問わず適用されるとした(同判決116項)。
そして,5条が不定冠詞を用いて「an act or omission」と定めていることから,損害の原因として軽微とはいえない作為又は不作為が英国内にあれば足り,すべての作為又は不作為が英国内で行われる必要はないとした(同120項,146項,151項)。
さらに,英国内にある機器が,国外にいる者から送られた電子的な指令によって操作された場合は,英国内の行為とみる根拠があるとした(同132項)。
被告は,次に述べる米国のKidane判決を援用したが,判決は,その判断は米国の法律に特有の事情によるもので英国の国家免除法には当てはまらないとした(同139項〜148項)。

4 その後の経過

その後の高等法院(Saini裁判官)の2026年1月26日判決(Al-Masarir v Kingdom of Saudi Arabia [2026] EWHC 119 (KB))によれば,サウジアラビアは控訴の許可を得たが,命じられた控訴費用の担保を提供しなかったため控訴は棄却され,以後は訴訟に関与しなかった(同判決1項,9項〜11項)。
同判決は,逸失利益と判決日までの利息を含め,損害賠償の合計を302万5662.83ポンドとした(同判決97項)。
また,同判決は,控訴院がShehabi v Bahrain [2025] KB 490で,被告が国外にいても,国家免除法5条の適用上,イングランド及びウェールズにある機器をハッキングする行為は同地で行われたものと認めたことに触れている(同判決73項)。

第4 米国のKidane判決(免除を肯定)

米国のコロンビア特別区巡回区控訴裁判所は,2017年3月14日,エチオピア生まれで米国市民となった原告が,コンピュータプログラムをダウンロードさせられ,それによってエチオピアが国外から原告を監視したとして同国を訴えた事件で,訴えを却下した原判決を維持した(Doe v. Federal Democratic Republic of Ethiopia, No. 16-7081)。
原告は「Kidane」という仮名で訴えたので,本記事ではこの判決をKidane判決と呼ぶ。
米国の外国主権免除法の非商業的不法行為の例外について,判決は,不法行為の全体(entire tort)が米国内で生じたことを要するとした。
そして,ソフトウェアの最初の送り出しと監視の意図という,不法行為の不可欠な要素はもっぱら国外にあったとして,この例外の適用を否定した。

第5 日本の10条に当てはめると

1 英米との比較

対外国民事裁判権法10条は,行為の「全部又は一部」が日本国内で行われれば足りるとしており,この点では不法行為の全体が国内で生じたことを求める米国のKidane判決の基準より広い。
しかし,同条は,行為者が行為の時に日本国内に所在していたことも求めており,この点で英国の国家免除法5条と異なる。
Al-Masarir判決は,国外からの指令による国内の機器の操作を国内の行為とみる根拠があるとしたが,それは行為の場所についての判断であり,行為者の所在を問わない英国法を前提としている。

2 本記事の整理

本記事では,国外にいる者がスパイウェアを送り込んで日本国内の機器を操作した場合,仮に行為の一部が日本国内で行われたと評価できても,行為者が日本国内に所在していないため,10条の例外には当たりにくいと考える。
これは,ILCの注釈が説明する,越境的な損害を除くという所在要件の趣旨にも沿う。
これに対し,外国の工作員が日本国内で人を襲った場合のように,行為者が日本国内にいて人を傷害した場合は,同条の要件を満たしうる。
ILCの注釈も,条文草案12条は暴行や政治的暗殺のような故意による身体への危害も対象とするとしている(12条注釈(4))。

また,10条が対象とする損害は,人の死亡若しくは傷害又は有体物の滅失若しくは毀損であり,情報の取得やプライバシーの侵害そのものは同条に掲げられていない。
ILCの注釈も,国連国家免除条約12条と同じ文言の条文草案12条について,物理的な損害がない場合を対象としないとしている(12条注釈(5))。

3 海外の解説の読み方

欧州国際法雑誌(European Journal of International Law)のブログEJIL:Talk!の2022年8月24日の記事(Viktor Kavaleff・Daisy Peterson「Al-Masarir v Saudi Arabia: A route to state accountability for spyware」)は,英国と同じように「an act or omission」という広い文言を用いる立法の例として,日本の対外国民事裁判権法10条を挙げ,少なくとも米国の「entire tort」の考え方と比べれば,これらの国でAl-Masarir判決の考え方が影響力を持つことが示唆されると述べる。
しかし,同記事は,日本の10条が行為者の日本国内での所在を要件としている点に触れていない。
日本法の下で同じ結論になるとは限らないことに注意が必要である。

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第7 出典

外国等に対する我が国の民事裁判権に関する法律(e-Gov法令検索)
民事訴訟法(e-Gov法令検索)
United Nations Convention on Jurisdictional Immunities of States and Their Property(国連法務部の条約本文PDF)
International Law Commission, Draft Articles on Jurisdictional Immunities of States and Their Property, with commentaries, 1991(国連法務部のPDF)
Al-Masarir v Kingdom of Saudi Arabia [2022] EWHC 2199 (QB)(英国国立公文書館Find Case Law)
Al-Masarir v Kingdom of Saudi Arabia [2026] EWHC 119 (KB)(英国国立公文書館Find Case Law)
Doe v. Federal Democratic Republic of Ethiopia, No. 16-7081(D.C. Cir. March 14, 2017)(コロンビア特別区巡回区控訴裁判所の判決PDF)
Viktor Kavaleff・Daisy Peterson「Al-Masarir v Saudi Arabia: A route to state accountability for spyware」EJIL:Talk!(2022年8月24日,記事)