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平成18年度旧司法試験論文式試験の模範答案―憲法・民法・刑法・商法・民事訴訟法・刑事訴訟法の全12問と出題趣旨を踏まえた解説(AI作成)

第1 この記事の対象と読み方

1 対象とした試験と資料

平成18年度旧司法試験第二次試験論文式試験(平成18年7月16日及び17日実施)の6科目各2問,合計12問を取り上げる。
科目の順は,憲法・民法・刑法・商法・民事訴訟法・刑事訴訟法とする。
法務省のPDFでは商法(3頁)が刑法(4頁~5頁)より前にあるため,各問の見出しに付したPDFの頁は科目の順と前後する。
問題文と出題趣旨は,法務省の公式PDFにより,それぞれの問ごとに掲げる。
模範答案はAIが作成した学習用の答案例であり,法務省が公表した答案ではない。

法務省「論文式試験問題・出題趣旨」(旧司法試験の年度別一覧)
平成18年度の問題PDF
平成18年度の問題と出題趣旨PDF

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2 模範答案の前提と表記

答案は,平成18年度の出題当時の法令・判例を基準とし,公式の出題趣旨を参照した上でAIが作成した答案例である。
以下の答案は一つの見解を採用した学習用の案であり,公式の模範解答ではない。
出題趣旨が特定の結論まで指定していない問題では,答案と異なる結論を採る余地がある。
各問の解説では,出題趣旨が求める検討と,答案で採用した法的構成・推論を区別して示す。

各問の「現行法とその後の裁判例」は,令和8年11月4日を基準日として別に設け,後年の法改正や判例を平成18年当時の答案の根拠に混ぜない。
判決の事案が問題文と異なる場合には,その違いと引用する範囲を説明する。

問題文と出題趣旨は法務省の資料の字句・句読点のとおり掲げ,PDFの版面上の改行は段落ごとにまとめた。

3 全12問の主な論点

科目問題主な論点
憲法第1問営利的表現・放送の特性,広告時間制限と免許取消し,国家賠償・損失補償
憲法第2問法的拘束力を持つ住民投票と国民投票,代表民主制・地方自治
民法第1問詐欺取消しと動産の第三取得者,即時取得・対抗問題,旧売主担保責任
民法第2問他人物賃貸借,94条2項類推,権利者の拒絶後の相続,敷金と留置権
刑法第1問過失行為を利用した間接正犯,殺人と傷害致死の共同正犯
刑法第2問カード不正利用,詐欺未遂,私文書偽造・行使,店長の背任と立替払請求
商法第1問取締役・監査役の任務懈怠,株主の間接損害,違法行為の差止め
商法第2問見せ手形,交付・白地補充,架空支店名義の裏書,署名独立・善意取得
民事訴訟法第1問訴状の必要的記載事項,補正命令,裁判長による却下命令の形式・効力
民事訴訟法第2問裁判上の自白,抗弁・積極否認,自白撤回,別訴の矛盾挙動と信義則
刑事訴訟法第1問場所令状と第三者の身体,必要な処分・追跡,現行犯逮捕と差押え
刑事訴訟法第2問実況見分調書,指示説明と過去の事実の供述,伝聞例外の区別

第2 憲法

1 第1問 営利的表現・放送の特性,広告時間制限と免許取消し,国家賠償・損失補償

(1) 問題文(問題PDF1頁)

国会は,主に午後6時から同11時までの時間帯における広告放送時間の拡大が,多様で質の高い放送番組への視聴者のアクセスを阻害する効果を及ぼしているとの理由から,この時間帯における広告放送を1時間ごとに5分以内に制限するとともに,この制限に違反して広告放送を行った場合には当該放送事業者の放送免許を取り消す旨の法律を制定した。この結果,放送事業者としては,東京キー局の場合,1社平均で数十億円の減収が見込まれている。この法律に含まれる憲法上の問題点について論ぜよ。

(2) 出題趣旨(出題趣旨PDF1頁)

本問は,放送事業者の広告放送の自由を制約する法律が制定されたという仮定の事案について,営利的表現の自由の保障根拠や放送という媒体の特性を踏まえて,その合憲性審査基準を検討し,当該事案に適用するとともに,放送事業者に生じうる損害に対する賠償ないし補償の可能性をも検討し,これらを論理的に記述できるかどうかを問うものである。

(3) 模範答案

1 本法は,午後6時から同11時までの広告放送を1時間ごとに5分以内に制限し,違反の場合に放送免許を取り消す。そこで,広告放送の自由を制約する時間規制と,放送活動全体を失わせる制裁を分けて,その合憲性を検討する。
 広告は商品の販売を促す営利的表現であるが,消費者が商品を比較し,生活上の選択をするための情報も提供する。したがって,営業の手段であることだけを理由に憲法21条の保障外とすることはできない。放送事業者にも,その活動の性質上,表現の自由が保障される。広告収入に基づく事業活動については22条1項の営業の自由も問題となるが,表現活動に固有の制約を,経済活動への規制としてのみ審査してはならない。

2 もっとも,営利的広告は,政治的意見の発表と比べて民主的意思形成との結び付きが弱く,虚偽・誤導的な情報から消費者を保護する必要もある。ただし,本法は虚偽広告を排除するものではなく,適法で有益な広告をも時間によって制限する。営利性から直ちに緩やかな審査で足りるとはいえない。
 放送は,限られた電波を利用し,多数の視聴者へ同時に強い影響を及ぼす。その社会的役割から,視聴者が多様な情報を受け取れるよう制度を整備することには理由がある。他方,番組の編集内容を国家が決めれば,放送の自由を害する。媒体の特性は,規制の必要性を支える事情であると同時に,その規制が情報の多様性をかえって損なわないかを検討すべき事情でもある。

3 広告時間の制限は,特定の思想や商品の広告を選別せず,放送時間の配分に着目する点で,表現内容そのものを狙う規制とは異なる。しかし,広告の発表機会を直接減らし,その収入を通じて番組制作にも影響する。そこで,重要な視聴者利益のために実質的な必要性があり,制限の範囲・程度がその実現に相応したものかを審査すべきである。
 多様で質の高い番組へのアクセスを確保する目的は,視聴者の情報受領の利益に資する。ただし,「質」を行政の好む番組内容という意味に解してはならず,広告の過度の集中によって多様な番組を見る機会が失われることの防止として理解する必要がある。広告が減れば当然に番組の質が上がるわけでもない。目的の重要性と,5分という上限の有効性・必要性とは別に判断しなければならない。

4 本法が視聴の集中する時間帯に限っていることは,目的との関連性を支える。もっとも,数十億円の減収による制作財源の縮小が,番組の画一化を招き,目的に逆行するおそれもある。減収額だけで違憲とせず,国に対して一律5分という上限の実質的な正当化を求めるべきである。本問には,広告量を減らすことと多様性の確保との関係,自主規制やより緩やかな上限では足りない事情が示されていない。提示された事情だけでは,この上限の必要性を基礎付けるには足りない。したがって,本答案の採る実質的必要性の審査の下では,時間規制自体も21条に違反すると解する。

5 さらに,一度の軽微な超過をも含めて直ちに免許を取り消す制度は,広告以外の報道・意見表明まで失わせる。是正命令,段階的制裁,反復・重大な違反への限定など,より侵害の小さい方法が考えられる。本法には違反の程度に応じた調整がなく,時間規制の実効性のために放送活動全部を奪うのは均衡を失する。したがって,一律の免許取消しを定める部分は21条に違反すると解する。

6 放送事業者の損害について,違憲な規制により損害を受ければ,17条を背景に国家賠償法1条による請求を検討できる。ただし,法律の違憲性と国会議員の職務行為の国家賠償法上の違法性は同一ではなく,職務上の義務違反,故意・過失,因果関係及び損害の立証を要する。数十億円という見込み額が,そのまま賠償額になるものではない。
 規制を適法とする場合にも,29条3項の損失補償が問題となり得る。しかし,将来も同じ広告収入を得る利益が当然に補償対象となるわけではない。財産権への規制が一般に受忍すべき制約を超え,特定の者に特別の犠牲を課すものかを検討する必要がある。通常の放送制度上の負担にとどまるなら補償は認められず,減収の大きさだけから補償義務を導くこともできない。

(4) 出題趣旨を踏まえた解説

出題趣旨は,①営利的表現の保障根拠,②放送媒体の特性,③審査基準と具体的適用,④賠償・補償の可能性を挙げる。
答案1から5は①から③を,答案6は④を扱う。
広告主の商品情報だけでなく,放送事業者の番組制作を支える収入構造にも着目した点が答案の整理である。

時間制限と免許取消しは,制約の強度が異なる。
広告時間を減らせば質の高い番組が増えるという関係を自明とせず,規制目的との適合性,時間帯の限定,代替手段を検討する必要がある。
答案の違憲という結論は,出題趣旨が指定した唯一の結論ではない。
放送の公共性や周波数の制約を重くみて時間制限を合憲とし,取消制裁だけを過大とする構成にも論述の余地がある。

減収が大きいことだけで国家賠償又は損失補償が成立するわけではない。
違憲判断と立法行為の国家賠償法上の違法性は区別する。
損失補償についても,収益への期待が財産権としてどこまで保護され,規制が一般的な受忍限度を超える特別の犠牲に当たるかを別途検討するのが答案の課題である。

(5) 現行法とその後の裁判例

現行法の比較では,憲法21条に加え,放送法3条の番組編集の自由,4条の番組編集準則,5条の番組基準及び電波法76条の監督措置を区別する。
本問の,広告放送を1時間ごとに5分以内に制限し,違反に放送免許の取消しを結び付ける法律は仮定のものであり,現行法の規制内容を述べたものではない。

出題後の最高裁平成29年12月6日大法廷判決(平成26年(オ)第1130号,平成26年(受)第1440号,第1441号,民集71巻10号1817頁)は,日本放送協会の放送を受信することのできる受信設備を設置した者に受信契約の締結を強制する放送法64条1項(当時)の規定を,憲法13条,21条,29条に違反しないとした。
しかし,公共放送の受信料制度に関する判断であり,民間放送の広告時間規制及び免許取消しを直接合憲とした判決ではない。
放送制度全体の目的と,個々の規制手段の審査を分けて読む必要がある。

条文:e-Gov法令検索・日本国憲法。
裁判例:判決・決定原文への個別ページ。

関連記事:令和6年度司法試験公法系第1問の模範解答と評価項目―出題の趣旨・採点実感から抽出した40項目と5段階の重み付け(AI作成)。

2 第2問 法的拘束力を持つ住民投票と国民投票,代表民主制・地方自治

(1) 問題文(問題PDF1頁)

A市において,「市長は,住民全体の利害に重大な影響を及ぼす事項について,住民投票を実施することができる。この場合,市長及び議会は,住民投票の結果に従わなければならない。」という趣旨の条例が制定されたと仮定する。この条例に含まれる憲法上の問題点について,「内閣総理大臣は,国民全体の利害に重大な影響を及ぼす事項について,国民投票を実施することができる。この場合,内閣及び国会は,国民投票の結果に従わなければならない。」という趣旨の法律が制定された場合と比較しつつ,論ぜよ。

(2) 出題趣旨(出題趣旨PDF1頁)

本問は,条例により投票結果に法的拘束力を与える住民投票制度を導入することが憲法上許されるかという点について,日本国憲法における代表民主制と直接民主制の位置づけや関連規定の趣旨,地方自治の本旨等に関する基本的理解を踏まえながら,国民投票の場合と対比しつつ,論理的記述ができるかどうかを問うものである。

(3) 模範答案

1 本問の住民投票と国民投票は,投票結果に従う政治的責任を生じさせるだけでなく,議会及び執行機関を法的に拘束する制度である。住民又は国民の意思を直接確認すること自体の可否と,投票結果に最終決定権を与えることの可否は,区別して検討しなければならない。

2 まず,国民投票について,憲法は国民主権を採るが,国民があらゆる国政事項を直接決定する制度を当然に採用しているわけではない。前文は代表者を通じた行動を掲げ,41条は国会を唯一の立法機関とし,43条1項は両議院を全国民の代表によって構成する。議員は,選挙時の特定の指示に法的に拘束される代理人ではなく,討議を通じて国民全体の利益を判断する代表者と解すべきである。また,65条及び66条3項は,内閣への行政権の帰属と,国会に対する連帯責任を定めている。
 国民主権の理念を具体化するため,代表制を補完する直接民主制を導入できるとの考え方も成り立つ。しかし,主権の帰属と,憲法が定めた国家機関の権限行使とは別である。国民主権だけから,法律によって憲法上の権限配分を変更できるとはいえない。憲法改正について96条が国会の発議と国民の承認という特別の手続を定めていることも,直接的決定を代表制とどう結び付けるかを憲法自身が規律していることを示す。

3 本問の国民投票を定める法律は,対象を特定の事項に限定せず,国民全体の利害に重大な影響を及ぼす事項につき,内閣総理大臣の判断で投票を実施し,国会と内閣を拘束する。立法については,国会が審議を経て異なる判断をする余地がなくなり,実質的な立法意思の決定が国会外に移る。行政についても,内閣が国会に責任を負って判断する仕組みを,投票による拘束に置き換えることになる。
 しかも,内閣総理大臣が国会を拘束する投票の実施を選択できることは,国会と内閣の均衡を損なう。投票事項が重大であるほど,この問題は小さくならない。したがって,憲法上の根拠なく,このような一般的・法的拘束力のある国民投票を通常の法律で導入することは許されない。他方,国会や内閣の判断権を残す諮問的投票は,同じ理由で当然に排除されるものではない。

4 これに対し,地方自治については,92条が地方自治の本旨を保障している。その内容には,地域の事務を地方公共団体が自主的に処理する団体自治と,住民の意思に基づいて処理する住民自治が含まれる。地域の具体的な問題について住民が直接意思を示す制度は,住民自治を実質化する方法となる。国会についての41条と異なり,93条1項は地方議会を唯一の意思決定機関と明記していない。したがって,国民投票が許されないという結論だけから,住民投票も同様に許されないとすることはできない。
 もっとも,93条は議事機関として議会を設置し,長と議員を住民が直接選挙する制度を採る。地方でも代表機関は憲法上の地位を有するから,住民自治の名の下に,その機能を全面的に空洞化させる制度は許されない。95条の地方特別法に関する住民投票は,地方で直接的意思決定が認められる一例ではあるが,それだけであらゆる拘束的住民投票が条例によって創設できることまで証明するものではない。

5 そこで,地方の代表制を基本として維持しながら,地域の特定事項に限り直接民主制を補完的に組み込む余地は,憲法上認められると解する。ただし,制度の具体化には92条及び94条の限界がある。地方公共団体の組織・運営は法律によって定められ,条例制定権も法律の範囲内にある。地方自治法が議会の議決又は長の判断に委ねた権限を,条例だけで住民投票の最終決定権へ移すことはできない。憲法上制度を設ける余地があることと,現行の法律の下で条例により設けられることは異なる。
 本件条例は,「重大な影響を及ぼす事項」という広い対象につき,市長の選択で投票を実施し,市長と議会を一律に拘束する。議会の実質的な議事機能を奪う適用は93条との緊張を生じ,法定権限を変更する限りでは94条の法律による限界にも反する。したがって,本件のような包括的拘束をそのまま有効とすることはできない。住民の意見を尊重しつつ法定機関の判断権を残す制度,又は法律上の根拠と対象の限定を備えた制度とは区別すべきである。

(4) 出題趣旨を踏まえた解説

出題趣旨の中心は,住民投票の一般的な長所ではなく,投票結果に『法的拘束力』を与える制度の可否である。
答案は国政と地方政治を分け,憲法41条・43条・65条による代表制の構造と,92条以下の地方自治の構造を比較する。
諮問型の投票と,機関の決定を置き換える投票を区別することが出発点となる。

地方自治には住民自治の要素があるが,それだけで条例が市長・議会の法定権限を自由に変更できるとはいえない。
憲法上許される制度設計かという問題と,地方自治法に反していないかという問題を分けるのが答案の整理である。
国政についても,憲法が直接投票を置く場合と,法律だけで国会・内閣を拘束する制度を新設する場合とは異なる。

別の構成として,地方自治の本旨に基づく制度形成の余地を広く認めることは考えられる。
その場合も,対象事項,法的効果,議会・長の権限との調整を具体化しなければならない。
問題文の広い文言を限定解釈するなら,どこをどの根拠で限定するかを示す必要がある。

(5) 現行法とその後の裁判例

現行の地方自治法14条による条例制定権は法令の範囲内で行使される。
同法の直接請求制度と,条例による諮問型住民投票とを同一視しないことが必要である。
憲法95条の地方特別法についての住民投票も,本問の包括的な拘束型住民投票とは対象と根拠が異なる。

出題後の最高裁令和4年5月25日大法廷判決(令和2年(行ツ)第255号,令和2年(行ヒ)第290号,第291号,第292号,民集76巻4号711頁)は,最高裁判所裁判官国民審査法が在外国民に審査権の行使を全く認めていないことは,憲法15条1項,79条2項,3項に違反するとした。
これは憲法79条が定める国民審査への参加をめぐる事件であり,一般的な政策国民投票を法律で設け,国会や内閣を拘束できるという判断ではない。

条文:e-Gov法令検索・日本国憲法。
裁判例:判決・決定原文への個別ページ。

関連記事(憲法改正原案・国民投票法案を審査する憲法審査会の手続):参議院議員のしおり(令和7年版)の解説(AI作成)。

第3 民法

1 第1問 詐欺取消しと動産の第三取得者,即時取得・対抗問題,旧売主担保責任

(1) 問題文(問題PDF2頁)

Aは,Bに対し,A所有の甲絵画(時価300万円。以下「甲」という。)を200万円で売却して引き渡し,BはAに代金全額を支払った。Bは,その1か月後,Cに対し,甲を300万円で売却して引き渡し,CはBに代金全額を支払った。現在,甲はCが所持している。AB間の売買は,Bの詐欺によるものであったので,Aは,Bとの売買契約を取り消し,Cに対し甲の返還を求めた。

1(1)Aの取消しがBC間の売買契約よりも前になされていた場合,AC間の法律関係はどうなるか。考えられる法律構成を2つ示し,両者を比較しつつ,論ぜよ。

(2)(1)の場合において,Cが甲をAに返還しなければならないとき,BC間の法律関係はどうなるか。

2Aの取消しがBC間の売買契約よりも後になされた場合,AC間の法律関係はどうなるか。考えられる法律構成を2つ示し,両者を比較しつつ,論ぜよ。なお,これらの構成は,1(1)で示した2つの構成と同じである必要はない。

(2) 出題趣旨(出題趣旨PDF2頁)

本問は,動産売買契約の詐欺による取消しと第三者との関係について,取消しの前後の各場面において,考えられる法律構成(即時取得,対抗問題,詐欺による取消し前の善意の第三者保護など)から2つを提示し,比較検討する能力を問うものである。また,取消し後の第三者が目的物を返還しなければならない場合における売主との関係(売主の担保責任など)につき,提示された法律構成との整合性を保ちつつ論じることも求められる。

(3) 模範答案

1 取消しがBC間の売買より前の場合
(1)Aは,Bの詐欺を理由に売買を取り消すことができ,取消しにより法律行為は初めから無効であったものと扱われる。したがって,原則として甲の所有権はAに帰属し,Aは所有権に基づきCへ返還を求める。もっとも,Cは取消し後に取引に入った者であり,その保護をどの制度によって図るかが問題となる。
 第一に,取消しの遡及効を貫き,Bを無権利者としてCの即時取得を検討する構成がある。甲は動産であり,CはBとの売買という取引行為により引渡しを受け,占有を取得している。民法192条の平穏・公然,善意・無過失等の要件を満たせば,Cは甲の所有権を取得してAの請求を拒める。Aは甲をBに売却して任意に占有を移しており,詐欺によって意思表示をしたことだけで,甲を盗品又は遺失物と同様に扱うことはできない。即時取得の要件を欠くなら,CはAに甲を返還しなければならない。
 第二に,取消しによるAへの所有権の復帰と,BからCへの所有権移転を,対抗関係として処理する構成がある。この構成では,動産物権変動の対抗要件である引渡しを定める178条により優劣を決める。Aは取消しの意思表示をしただけで引渡しを受けたとはいえず,これに対してCは現実の引渡しを受けているから,原則としてCが優先する。ただし,Aに対抗要件がないことを主張する正当な利益を欠く背信的悪意者であれば,Cは保護されない。
 両説は,取消し後にBが無権利者となったことを正面から扱うか,復帰的物権変動を対抗要件によって処理するかで異なる。即時取得構成はCに善意・無過失を要求するが,対抗関係構成では単なる悪意だけでCが排除されるわけではない。両説の主観的要件を混合してはならない。私は,取消しによりAの所有権が回復した後のBによる処分は無権利者処分であり,動産の取引安全は192条によって調整するのが,取消しの遡及効と整合すると考える。したがって,Cの善意・無過失の有無によって返還の要否が分かれる。

(2)CがAに甲を返還すべき場合,BC間の売買まで当然に無効となるわけではない。他人の権利を目的とする売買も当事者間では有効であり,Bは権利を取得してCに移転する義務を負う。Bがこの義務を履行できなくなったとき,Cは,出題当時の560条・561条による担保責任を追及し,売買を解除して,支払済みの代金300万円の返還を求めることができる。
 また,Cが契約時に甲の所有権がBに属しないことを知らなかった場合には,損害賠償も問題となる。反対に,そのことを知っていたCについては,561条が損害賠償を制限する点に注意を要する。解除による代金返還と,それ以外の損害の填補は別であり,300万円を重ねて二重に回収することはできない。甲の時価も300万円であるから,当然に別途300万円の損害があるともいえない。対抗関係構成を採る場合にも,CがAに対抗できず権利の移転を受けられないとする以上,BC間の権利移転義務及び担保責任との整合性を説明する必要がある。

2 取消しがBC間の売買より後の場合
 第一の構成は,96条3項による取消し前の第三者保護である。Cは,詐欺によるAB間の売買を基礎として,甲について独立した法律上の利害関係を取得した第三者に当たる。出題当時の同項は善意の第三者を保護する規定であり,現行法の「善意でかつ過失がない」という要件を持ち込んではならない。Cが詐欺の事実を知らなければ,Aは取消しをCに対抗できず,返還を求められない。Cが悪意なら,その保護は受けられない。
 第二に,取消しの遡及効によりBの権利を遡って失わせ,その結果生じる無権利者取引を192条の即時取得によって救済する構成が考えられる。この場合には善意だけでなく無過失が必要となり,善意だが過失のあるCの扱いで第一説と差が生じる。また,取引当時にはBに権利があったことと,192条の無権利者取引という前提を,遡及効によってどう接続するかの説明も必要となる。
 私は,取消し前に現れた第三者については,その場面を直接規律する96条3項を優先すべきと考える。192条の要件を付加して同項の保護を狭めるべきではない。したがって,取消し前のCは善意であれば保護され,取消し後のCについては前記の即時取得の要件に従って判断する。

(4) 出題趣旨を踏まえた解説

出題趣旨は,取消し前後それぞれで二つの法律構成を示し,比較することを要求する。
答案は取消し後について即時取得構成と対抗問題構成を,取消し前について96条3項による保護と即時取得による処理を検討する。
結論を並べるだけでなく,各構成でCの善意・無過失,引渡し及びAへの返還義務がどう位置付けられるかを比較する必要がある。

取消し後の取得を対抗問題とする場合も,動産の公示方法は178条の引渡しである。
不動産の取消しと登記についての判例を,登記のある不動産と同じようにそのまま当てはめることはできない。
他方,即時取得構成では,遡及的な無権利を前提とするため,192条の要件が結論を左右する。

小問1(2)は独立した付け足しではない。
CがAに返還しなければならないという前提と,BC間の売主の権利移転義務,担保責任及び代金返還の説明を整合させる必要がある。
答案の弱点は,複数構成の紹介が先行すると,どの構成を採用した場合にどの救済が生じるかが読み取りにくくなる点である。
各構成の結論を小問ごとに閉じる書き方も考えられる。

(5) 現行法とその後の裁判例

現行民法96条3項は,詐欺による取消しを対抗できない第三者について,善意に加えて無過失を要求する。
出題当時の同項の文言を前提とした答案に,この無過失要件を遡って加えてはならない。
192条による即時取得の善意・無過失の要件とは,根拠条文を分けて整理する。

売買についても,現行560条は権利移転の対抗要件の具備に関する規定であり,出題当時の他人の権利の売買を扱った旧560条と内容が異なる。
現行561条及び565条による権利の移転・権利の契約不適合,415条・541条等の一般規定との関係を確認して,現在の紛争処理を組み立てる必要がある。
取消後の不動産転得者を扱う関連記事も,動産の即時取得の直接の根拠にはならない。

条文:e-Gov法令検索・民法。

関連記事:財産分与の錯誤取消しと不動産の転売―課税の誤解,民法95条4項の第三者と登記,取消し後の買主(AI作成)。

2 第2問 他人物賃貸借,94条2項類推,権利者の拒絶後の相続,敷金と留置権

(1) 問題文(問題PDF2頁)

Aは,B所有名義で登記されている建物(以下「本件建物」という。)をBから賃借して引渡しを受け,本件建物で店舗を営んでいる。Aは,賃借に当たってBに敷金を支払い,賃料もBに遅滞なく支払ってきた。ところが,本件建物は,真実はBの配偶者であるCの所有であり,CがBに対し,Bの物上保証人として本件建物に抵当権を設定する代理権を付与し登記に必要な書類を交付したところ,Bが,Cに無断でB名義に所有権移転登記を経由した上,Aに賃貸したものであった。以上の事案について,次の問いに答えよ(なお,各問いは,独立した問いである。)。

1Aが本件建物を賃借してから1年後に,Aは,その事実を知ったCから本件建物の明渡しを請求された。Aは,Cに対し,どのような主張をすることが考えられるか。

2Aは,本件建物がBの所有でないことを知った後,Cに対してBとの賃貸借契約が当初から有効であることを認めてほしいと申し入れたものの,Cは,これを拒絶した。その後,Cが死亡し,BがCを単独相続したところ,Bは,Aが本件建物を賃借してから1年後に,Aに対し本件建物の明渡しを請求した。

(1)Aは,Bに対し,BがCを単独相続したことを理由に本件建物の明渡しを拒絶することができるか。

(2)仮に(1)の理由で明渡しを拒絶することができないとすれば,Aは,Bに対し,どのような主張をすることができるか。特に敷金の返還を受けるまで本件建物の明渡しを拒絶すると主張することができるか。

(2) 出題趣旨(出題趣旨PDF2頁)

小問1は,代理人が基本代理権を逸脱してなした行為が代理形式ではなく自己名義でなされた場合に,民法94条2項の類推適用など善意の相手方を保護するための法理を問うものである。小問2は,他人物賃貸借において権利者の拒絶の意思が示された後にその地位を他人物賃貸人が相続した場合の法律関係を考察し,さらに他人物賃貸借が履行不能により終了した場合における賃借人の法的主張について敷金返還請求を中心に検討することを求めるものであり,典型的でない事例への応用能力を試すものである。

(3) 模範答案

1 Cからの明渡請求について
 Cは建物の真の所有者であり,所有権に基づいてAに明渡しを求めることができる。AはBとの賃貸借を主張できるが,BはCの代理人として契約したのではなく,自己を所有者として賃貸している。他人物賃貸借はAB間で有効でも,そのことだけで所有者Cを拘束するわけではない。また,不動産の登記に公信力があるとしてAを保護することもできない。
 そこで,Aは,B所有名義の登記を信頼した第三者として,94条2項の類推適用を主張することが考えられる。同項は,虚偽の権利外観を作り出した者に,その外観を信頼して取引に入った第三者に対する不利益を負担させる趣旨を持つ。賃借人も,外観に基づいて建物の使用権を取得する法律上の利害関係を有する。
 もっとも,Cが認めたのは抵当権を設定する代理権であり,Bへの所有権移転やB名義の賃貸ではない。C自身が虚偽の所有権登記を積極的に作出又は承認した事案と,同一には扱えない。単に配偶者であることも,所有権喪失に相当する負担をCへ課す根拠にはならない。
 そこで,Cによる代理権及び登記書類の交付が,権限を超えた外観の発生とどの程度結び付くかを検討し,94条2項と110条の趣旨を併せた類推適用を考える。この構成では,C側に外観について帰責性があり,AがBの所有権又は賃貸権限を信頼したことについて善意であるだけでなく過失もないことを要すると解する。Bに与えた権限と実際の行為との隔たりを,無視できないからである。
 AはB名義の登記を確認し,建物の引渡しを受け,賃料も支払っている。しかし,これらだけで無過失が確定するわけではなく,契約時に権利関係を疑う事情があったかも問題となる。所要の帰責性及び善意・無過失が認められれば,CはAに真実の所有関係を主張して賃借権を否定できず,Aは契約上の使用を継続できる。認められなければ,Aは他人物賃貸借をCに対抗できず,明渡しを要する。

2 BがCを単独相続した場合
(1)本小問では,Cが契約の効力を認めることを拒絶した後に相続が生じている。この順序が重要である。Bは当初からAとの賃貸借の当事者であり,相続によって初めて賃貸人になるわけではない。相続によって取得するのは真の所有者としての地位である。
 無権代理人が本人を相続した場合の法理を参考にすれば,相続前に本人が追認を拒絶したときには,本人に効果が及ばないことが既に確定しており,その後の相続だけで効果が復活するとはいえない。本件は自己名義の他人物賃貸借であるから,その法理を直接適用することはできないが,権利者の拒絶が先行したという確定状態を尊重する理由は共通する。
 Cの明確な拒絶によりBがAに建物を使用収益させることができなくなり,賃貸借が履行不能によって終了したとするなら,Bによる所有権取得だけで終了した契約が当然に復活するものではない。Aは,相続があったという理由だけでは明渡しを拒めない。Bが他人物賃貸人であったことから生じる契約責任の問題は,これと別に残る。

(2)AはBに対し,使用収益させる義務の不履行について損害賠償を求めることができる。BはCに無断で登記を移して賃貸した者で,不能の原因について帰責性がある。営業移転費用等は発生と因果関係を要し,実際に利用できた1年間の利益を無視して既払賃料全額を当然に損害とすることはできない。
 敷金は,存続中の賃料に加えて終了後明渡しまでの契約上の債務も担保し,明渡し後に残額の返還を受けるのが原則である。他人物賃貸借もAB間では有効であり,その終了後Aが建物を返還する契約上の義務まで,Bの従前の無権利から当然に消滅するものではない。所有権を失った旧賃貸人についても契約上の返還義務と遅滞損害金の担保が残るとした判例の考え方を,本件にも及ぼすべきである。
 Bの給付不能によって終了したことやAに賃料滞納がないことは,Aの損害賠償や従前の賃料債務を判断する事情である。しかし,終了後の返還義務不履行から生じ得る契約上の損害までなくなることを意味しない。Bが相続した所有権に基づく使用利益請求を,旧賃貸借の被担保債務と同一視せずとも,契約上の清算関係は別に残る。よって,本件では担保目的が全て失われて敷金が直ちに返還期に達するとは解しない。
 明渡しと敷金返還は対価関係になく,533条の同時履行の抗弁は認められない。また,敷金返還残額はまだ具体化せず,Aが直ちに履行を求められる状態にないから,弁済期到来を要する295条の留置権も,敷金返還のみを根拠としては成立しない。Aはまず明け渡し,被担保債務を控除した残額をBに求めるべきである。
 これとは別に,Aの損害賠償債権が具体的に発生し弁済期にあり,本件建物に関して生じた債権と評価できるなら,その債権による留置を主張する余地はある。しかし,その損害発生等は本問で確定しておらず,単に金銭的回復が必要だというだけでは足りない。少なくとも敷金を返してもらうまでという理由だけで,明渡しを拒むことはできない。

(4) 出題趣旨を踏まえた解説

出題趣旨は小問1について,基本代理権を逸脱し,代理形式ではなく自己名義で行為した者との取引をどう保護するかを問う。
BはCの代理人として賃貸したのではないため,表見代理の条文を直ちに適用するだけでは足りない。
答案は不実の所有権登記という外観,Cの帰責性及びAの信頼を,94条2項等の類推適用によって整理する。

最高裁平成18年2月23日第一小法廷判決(平成15年(受)第1103号,民集60巻2号546頁)は,不実の所有権移転登記がされたことについて,所有者に,自らこれに積極的に関与した場合やこれを知りながらあえて放置した場合と同視し得るほど重い帰責性があるとして,94条2項,110条の類推適用により,所有者は善意無過失の買主に対して登記名義人が所有権を取得していないことを主張できないとした事例である。
本問の抵当権設定の代理権・書類の交付から,その重い帰責性が当然に認められるとはいえない。
答案で保護を検討する場合も,判例の結論の機械的な転用を避ける必要がある。

小問2は,Cが承認を拒絶した後にBが相続した順序が重要である。
本人が無権代理行為の追認を拒絶した後に無権代理人が本人を相続しても,無権代理行為が有効になるものではないとした最高裁平成10年7月17日第二小法廷判決(平成6年(オ)第1379号,民集52巻5号1296頁)は,代理形式で行われた行為の事案である。
自己名義の他人物賃貸借である本問では,同判決の考え方を参考にするにとどめ,無権代理人が本人を相続した一般論だけで処理せず,拒絶によって確定した関係と,B自身の賃貸人としての債務を分ける。
敷金は,賃貸借終了後明渡しまでに生ずる賃料相当損害金の債権等も担保し,敷金返還請求権は明渡しの時にそれまでの被担保債権を控除した残額について発生する(最高裁昭和48年2月2日第二小法廷判決(昭和46年(オ)第357号,民集27巻1号80頁))。
同判決は,明渡し前に賃貸人が家屋の所有権を他へ譲渡した場合でも,賃借人は賃貸人に家屋を返還すべき契約上の債務を負い,その不履行による損害賠償請求権も敷金によって担保されるとしており,答案はこの考え方を本問に及ぼしている。
敷金返還については明渡しとの先後関係を検討し,別個の損害賠償債権を根拠とする留置権の可否とは区別する。
所有者が他人物賃貸人を相続する逆向きの事案とも結論を混同してはならない。

(5) 現行法とその後の裁判例

現行民法622条の2第1項は,賃貸借の終了と賃貸物の返還を受けたこと等を敷金返還義務の発生原因として定める。
敷金を預けたという事実だけから,返還されるまで常に建物を留置できるとはいえない。
賃貸借の終了原因,未払債務の控除及び建物返還の有無を確認する必要がある。

現行605条の2は不動産の賃貸人の地位の移転について定めるが,本問は当初から所有者でない者が賃貸し,権利者が拒絶した後に相続した事案である。
通常の賃貸中の不動産の譲渡と同じ条文処理で全てを解決できるわけではない。
関連記事は相続の方向が逆であるため,信義則の検討方法を比較して読む資料となる。

条文:e-Gov法令検索・民法。
裁判例:判決・決定原文への個別ページ,判決・決定原文への個別ページ,判決・決定原文への個別ページ。

関連記事:他人の土地を無断で貸した者を所有者が相続したとき―賃借人は明渡しを拒めるか,損害賠償及び留置権(AI作成)。

第4 刑法

1 第1問 過失行為を利用した間接正犯,殺人と傷害致死の共同正犯

(1) 問題文(問題PDF4頁)

病院長である医師甲は,その病院に入院中の患者Xの主治医Aから,Xに対する治療方法についての相談を受けた。Xに対して恨みをもっていた甲は,特異体質を持つXに特定のある治療薬を投与すれば副作用により死に至ることを知っていたことから,Aをしてその治療薬をXに投与させてXを殺害しようと考えた。そして,甲は,Aが日ごろから研修医乙に患者の検査等をすべて任せて乙からの報告を漫然と信用して投薬を行っていることを知っており,かつ,乙がAの指導方法に不満を募らせていることも知っていたので,AにXの特異体質に気付かせないままその治療薬を投与させるため,乙を仲間に引き入れることにした。そこで,甲は,乙に対し,「Xに特異体質があるので,特定のある治療薬を投与すれば,Xは,死に至ることはないが,聴力を失う。」旨うそを言い,Aの治療行為を失敗させることによってAの信用を失わせようと持ち掛けた。すると,乙は,これを承諾し,甲に対し,「AからXの検査を指示されたときは,Aに『Xに特異体質はない。』旨うその報告をする。」と提案し,甲は,これを了承した。その上で,甲は,Aに対し,その治療薬を投与してXを治療するよう指示した。そこで,Aは,乙に対し,Xの特異体質の有無について検査するよう指示したが,乙は,Xに対する検査をしないまま,Aに対し,「Xを検査した結果,特異体質はなかった。」旨報告した。Aは,本来,自らXの特異体質の有無を確認すべき注意義務があり,もし,AがXの特異体質の有無を自ら確認していれば,Xの特異体質に気付いて副作用により死に至ることを予見し,その投薬をやめることができた。しかし,Aは,実際には,その確認をせず,軽率にも乙の報告を漫然と信用したため,Xの特異体質に気付かないまま,Xに対し,その治療薬を投与してしまった。その結果,Xは,副作用に基づく心不全により死亡した。甲及び乙の罪責を論ぜよ(ただし,特別法違反の点は除く。)。

(2) 出題趣旨(出題趣旨PDF4頁)

本問は,患者の殺害を企図した病院長が,他の医師とともに,患者の主治医をして患者の特異体質に気付かせないまま治療薬を投与させて患者を死亡させたという事例を素材として,事案を的確に把握してこれを分析する能力を問うとともに,過失行為を利用した間接正犯及び共同正犯の成否等に関する理解とその事例への当てはめの適切さを問うものである。

(3) 模範答案

1 甲及び乙の行為の構造
 Xに投薬して死亡させたのはAであるが,甲はXの特異体質と薬の致死的副作用を知り,その事情をAに隠して投薬させるため乙を計画に加えている。乙も,Xに聴力障害を生じさせる意思で,検査をしないまま特異体質がないという虚偽の報告をした。そこで,Aの過失行為を介した正犯の成立と,甲乙間の共同関係を分けて検討する。

2 Aの過失を介した実行
 間接正犯は,他人を単に犯罪のきっかけとして利用した場合ではなく,その者の行為を通じて自ら構成要件を実現したと評価できる場合に認められる。直接行為者が無過失でなければ成立しないとすると,他人の注意不足を計画的に利用した者の正犯性を適切に捉えられない。したがって,Aに注意義務違反があっても,そのことだけで間接正犯を否定すべきではない。
 もっとも,Aには医師として独立した判断権限があり,自ら検査すべき義務もあったから,甲の指示だけで当然に道具と評価することはできない。本件では,甲はAが乙の報告を漫然と信用することを知り,その行動傾向を利用している。乙は,投薬の適否を左右する検査情報を虚偽の報告に置き換えた。Aの投薬判断の基礎となる重要情報を意図的に誤らせ,予定した投薬へ導いている点で,単なる助言や機会提供を超えている。
 Aが自己の確認義務を尽くせば投薬を回避できたことは,Aの過失を基礎付ける。しかし,まさにその確認を怠ることを利用して甲乙の計画が実現したのであって,独立した異常な介在事情により計画と無関係に結果が生じたのではない。Aの過失があるから甲乙には教唆又は幇助しか成立しないとするのは相当でない。

3 甲の殺人罪
 甲は,薬を投与すればXが死亡することを知っており,Xを殺す目的で,乙の虚偽報告を組み込んだ上でAに投薬を指示した。その指示と情報操作は,Xへの致死的投薬を実現するための行為であり,Aの投薬を介して殺人の実行と評価できる。
 Xは,甲が認識していたとおり,特異体質による薬の副作用から心不全で死亡している。意図した危険が具体化したのであるから,甲の行為と死亡結果との因果関係及び結果帰属が認められる。したがって,甲には199条の殺人罪が成立する。乙が殺意を有しないことは,甲自身の殺意と正犯性を失わせるものではない。

4 乙の傷害致死罪
 乙は,薬によりXの聴力を失わせるという説明を信じ,その結果を生じさせるために虚偽報告をしている。聴力喪失は身体の生理的機能の障害であり,乙には傷害の故意がある。Aの治療を失敗させ,その信用を失わせたいという動機があっても,Xの身体への侵害を認識・意欲したことは変わらない。
 乙は死亡しないと聞かされており,殺意を認めることはできない。しかし,殺意がないことと,現実に生じた死亡について一切責任を負わないことは別である。傷害致死罪は,故意の傷害行為から死亡結果が生じた場合を処罰する。乙は副作用による身体侵害を意図し,まさにその薬の副作用によって死亡が生じているから,死亡との因果的連関は認められる。したがって,乙の責任は殺人罪ではなく205条の傷害致死罪によって評価すべきである。

5 甲乙間の共同正犯
 甲は計画を立て,乙を勧誘し,主治医Aに投薬を指示した。他方,乙は自ら虚偽の検査報告という方法を提案し,Aに実際に報告している。双方は,Xに特異体質がないとAに誤信させ,薬の副作用による身体侵害を生じさせる点で意思を通じ,重要な役割を分担している。乙の自律的な参加を無視して,甲が乙を全面的に支配したという一本の間接正犯関係だけで処理するべきではない。
 犯罪の共同については,両者の認識した罪名が異なる場合でも,共通する犯罪事実の範囲で意思の連絡と共同実行があれば,その範囲で共同正犯を認めることができると解する。本件では,傷害行為を共同して実現し,それからXの死亡が生じたという限度で共同関係を認める。ただし,甲の殺意まで乙へ帰属させることはできない。
 よって,Aの投薬を介した共同実行として,甲には殺人罪が成立し,甲と乙は傷害致死罪の限度で共同正犯となるから,乙には傷害致死罪の共同正犯が成立すると解する。甲について傷害致死を殺人と別個に重ねて処罰するものではない。A自身の業務上過失致死の成否は,本問が罪責の検討を求める甲及び乙とは区別し,Aの過失の存在を利用関係の評価に用いるにとどめる。

(4) 出題趣旨を踏まえた解説

出題趣旨は,過失ある主治医Aを利用した間接正犯と共同正犯の成否を,具体的事実に即して論じることを求める。
A自身に注意義務違反があるから甲・乙は間接正犯にならない,あるいはAに過失があるから当然に甲・乙が間接正犯になる,といういずれの短絡も避ける必要がある。
答案は,情報の遮断と虚偽報告により投薬過程を支配した点を重視する。

甲は死亡を認識・意図し,乙は聴力喪失を認識していた。
両者の主観を同じものとして扱うことはできない。
答案は傷害の限度で意思を重ね,甲の殺人と乙の傷害致死を区別する構成を採る。
乙の死亡結果への責任を説明するには,共同関与の範囲と,傷害行為から死亡が生じた因果関係を別々に示す必要がある。

Aが自ら確認すれば死亡を予見して投薬を止められたという事実は,Aの過失だけでなく,利用者側の行為支配の評価にも関わる。
反対構成として教唆・幇助を検討するなら,故意の正犯行為を欠くAに対してどの犯罪の共犯が成立するのかを説明しなければならない。
『間接正犯』という名称だけで,甲乙間の意思連絡の評価を省略できない。

(5) 現行法とその後の裁判例

現行刑法でも,199条の殺人,204条の傷害,205条の傷害致死及び60条の共同正犯を,行為者ごとの認識・意思と行為への関与に分けて検討する。
実際の医療事故では,診療記録,検査担当者の権限,報告経路及び薬剤の危険性の認識を証拠によって確定する必要があり,本問の確定した事実を現実の医療事件へ置き換えてはならない。

現行条文の法定刑には拘禁刑が用いられている。
出題当時の犯罪成立の検討と,現在の刑罰の表記は基準時が異なる。
関連記事で扱う間接正犯についても,利用された者の能力,認識及び自律的判断の余地が異なる事案では,そのまま同じ結論を導けない。

条文:e-Gov法令検索・刑法。

関連記事:平成25年司法試験刑事系第1問(刑法)の模範解答と評価項目―出題の趣旨・採点実感から抽出した40項目と5段階の重み付け(AI作成)。

2 第2問 カード不正利用,詐欺未遂,私文書偽造・行使,店長の背任と立替払請求

(1) 問題文(問題PDF4・5頁)

甲は,Xが個人として経営する電化製品販売店Y店舗において,同店舗の商品管理その他業務全般を統括する店長乙に対し,不正に取得した信販会社A発行で名義人Bのクレジットカードを使用する正当な権限がないのに,これがあるように装って同カードを呈示し,30万円のパーソナルコンピュータ1台の購入を申し込み,B名義で売上票に署名し,これを乙に渡した。乙は,売上票を受け取った後,甲がBとは別人であって甲に同カードを使用する正当な権限がないことに気付いた。しかし,乙は,低迷しているY店舗の販売実績を上げるとともに店長としての地位を保とうと思い,甲に対する売上げを同カードによる正規の売上げとして処理することに決め,そのパーソナルコンピュータを甲に引き渡した。そして,乙は,信販会社Aの担当者Cに対し,B名義の署名のある売上票を送付して,甲に対する売上げは同カードを使用する正当な権限のない者に対する売上げであるのに,同カードを使用する正当な権限のある者に対する売上げであるように装い,代金の立替払を請求し,その旨誤信したCをして,信販会社A名義の普通預金口座からX名義の普通預金口座に30万円を振り込ませた。甲及び乙の罪責を論ぜよ(ただし,特別法違反の点は除く。)。

(2) 出題趣旨(出題趣旨PDF5頁)

本問は,商品販売店店長が,他人名義のクレジットカードを使用して商品を詐取しようとした者に対し,そのカードの不正使用に気付きつつ商品を渡すとともに,信販会社からその代金の立替払を受けたという事例を素材として,事案を的確に把握してこれを分析する能力を問うとともに,詐欺罪,業務上横領罪,背任罪等に関する理解とその事例への当てはめの適切さを問うものである。

(3) 模範答案

1 甲による売上票の作成・交付
 甲は,Bのカードを使用する正当な権限があると装い,B名義で売上票に署名した。売上票は,カード取引が名義人によって行われたことを示し,代金の決済に用いられる文書である。作成名義人はBであるのに,甲にはB名義で作成する権限がない。文書内容の虚偽にとどまらず,作成名義の真正を偽っているから,行使目的の有印私文書偽造罪が成立する。自筆のB名義署名があるので,押印の記載がないことだけで無印の文書とするべきではない。
 甲は,その売上票を真正なものとして乙に渡し,決済手続に用いさせようとしているから,偽造私文書行使罪も成立する。乙が受領後に不正に気付いたことは,甲による偽造文書の行使をなかったことにするものではない。

2 甲の商品取得について
 甲はカードの正当な使用権限を装い,乙にパソコンの交付を申し込んだ。使用権限は,店側が正規の代金回収を見込んで商品を渡すかを判断する重要事項であり,その点の虚偽表示は詐欺の欺罔行為に当たる。甲には,乙の錯誤を介して商品を取得する故意があり,購入申込み及び売上票の交付によって実行に着手している。
 しかし,乙はパソコンを渡す前に甲に正当な使用権限がないことを知った。したがって,商品の交付は,その権限があるという乙の錯誤に基づくものではなく,甲の欺罔と処分行為との間の因果的連鎖を欠く。甲が実際に商品を得たからといって,当然に詐欺既遂となるのではない。甲には商品を対象とする詐欺未遂罪が成立する。

3 乙によるパソコンの交付
 乙は商品管理その他の業務全般を統括する店長であり,商品の独立した管理を委託されている。商品は乙の業務上の占有に属するXの物であるから,窃盗ではなく業務上横領の成否が問題となる。
 もっとも,任務に反する処分の全てが横領になるわけではない。不法領得の意思について,財物を自己又は第三者の計算で所有者のように処分する意思を要すると解する。乙は代金を自己に取り込むのでなく,店舗の売上げとして処理し,Xの口座への立替払を求めている。委託目的外の処分として横領とする評価も考えられるが,本問では本人Xの計算による販売事務の濫用を重視し,横領を否定して背任として評価する。
 乙はXのために商品販売事務を処理する者である。不正使用と知りながら正規取引として商品を出す行為は任務に背き,店長の地位保全という自己図利目的もある。表面上の販売実績を増やす目的が併存しても,正当な回収の基礎を欠く取引を自己の保身のため通した点を重視する。Xは商品を失い,通常の立替払請求権で確保されない回収の危険を負うから,財産上の損害もある。後に不正な請求で入金を得ても,返還を求められる危険を伴う以上,先の損害を当然に否定しない。よって乙に背任罪が成立する。

4 乙の立替払請求について
 乙は,正当な使用権限のある者への売上げであると装ってCに請求した。Cはこれを信じ,A社の口座からXの口座へ30万円を振り込ませた。正規のカード取引であることは,A社が立替払義務の有無を判断する基礎であるから,欺罔,錯誤及び財産的処分の連鎖が認められる。利益の受領者が乙自身でなくXであることは,第三者に財産的利益を得させる詐欺を否定する理由にならない。本件はA社の口座からXの口座への振替によりXに預金債権を取得させたもので,現金の交付ではなく財産上の利益の取得に着目し,乙にA社を被害者とする2項詐欺罪が成立すると解する。
 さらに,乙は,甲がBでなく無権限使用者であると知りながらB名義の売上票を送付したので,その真正を偽って決済の証明資料として用いたことについて,偽造私文書行使罪も成立する。もっとも,甲による偽造は乙が事情を知る前に終了しているから,後の行使の故意だけで乙を当初の偽造の共犯とすることはできない。

5 共犯と罪数
 甲と乙が,乙の認識後の商品処分又はA社への詐欺について意思を通じたことは,提示事実から直ちには認定できない。甲が不正な取引を開始したことや結果的に商品を得たことだけで,乙の後続行為の共同正犯としてはならない。
 甲の有印私文書偽造,同行使及び商品詐欺未遂は,売上票を偽造・行使して商品を得ようとした順次の手段・結果の関係にあり,54条1項後段の牽連犯として科刑上一罪となる。
 乙の偽造私文書行使と2項詐欺も,売上票を用いて不正な立替払を受ける手段・結果の関係にあるから牽連犯とする。他方,先の商品交付によるXへの背任は,後のA社への請求とは行為・客体・被害者が異なり,通常の手段・結果の関係ともいえない。よって,この背任罪と行使・詐欺の牽連犯とは45条前段の併合罪となる。

(4) 出題趣旨を踏まえた解説

出題趣旨は詐欺,業務上横領及び背任の理解と事実への当てはめを求める。
答案は,①甲による商品購入申込み,②乙が不正に気付いた後の商品交付,③乙から信販会社への立替払請求を分ける。
乙は商品を渡す前に権限の不存在を知ったので,商品の取得を乙の錯誤に基づく詐欺既遂と説明することはできない。
甲については,商品を対象とする詐欺未遂と,売上票の偽造・行使という文書犯罪を検討することになる。

乙の商品交付は,商品を占有していたという点だけから業務上横領と決められない。
商品管理その他業務全般を統括する店長としての処分権限の内容を検討し,権限の濫用による任務違背を背任として把握するのか,委託の趣旨に背く領得として横領と把握するのかを区別する。
答案は包括的権限に着目するが,権限の存在と損害の有無は別の要件である。

立替払請求ではCの錯誤と振込行為がある。
商品交付の局面で乙に錯誤がなかったことは,Cに対する欺罔の局面で,Cの錯誤や乙の欺罔行為を否定する理由にはならない。
むしろ,乙が甲の無権限を知っていたことは,Cに対する詐欺の故意を基礎付ける。
甲乙の間でこの立替払詐欺の共謀があったかも,甲による最初の不正利用だけから補えない。
預金口座への振込を刑法246条2項の利益移転とする答案の整理は,取引の仕組みと財産的損害を具体化して説明する必要がある。

(5) 現行法とその後の裁判例

現行刑法246条の詐欺と246条の2の電子計算機使用詐欺は,どちらもカード不正利用に関係し得るが,同じ構成要件ではない。
人である担当者を誤信させて処分させる行為と,電子計算機への虚偽情報等の入力により財産権の得喪・変更に係る不実の電磁的記録を作る行為を区別する。

最高裁平成16年2月9日第二小法廷決定(平成14年(あ)第1647号,刑集58巻2号89頁)は,本問の出題より前に,クレジットカードの名義人に成り済まして同カードを利用し商品を購入する行為が詐欺罪に当たるとした事例である。
最高裁平成18年2月14日第一小法廷決定(平成17年(あ)第1601号,刑集60巻2号165頁)も出題より前で,窃取したクレジットカードの名義人氏名等を決済代行業者の電子計算機に入力送信して電子マネーの利用権を取得した行為が電子計算機使用詐欺罪に当たるとした事例である。
後者を,本問の担当者Cに対する欺罔・振込請求と同じ事案の判例として引用することはできない。
現代のオンライン決済へ検討を広げる場合も,決済の仕組みと誰が誤信したかを確定する必要がある。

条文:e-Gov法令検索・刑法。
裁判例:判決・決定原文への個別ページ,判決・決定原文への個別ページ。

関連記事:会社のクレジットカードを私用に使われたら―利用権限,返還請求と税務処理を分ける確認表(AI作成)。

第5 商法

1 第1問 取締役・監査役の任務懈怠,株主の間接損害,違法行為の差止め

(1) 問題文(問題PDF3頁)

Aは,個人で営んできた自動車修理業を会社形態で営むこととし,友人Dにも出資してもらい,甲株式会社を設立した。甲社は,取締役会及び監査役は置くが,会計参与及び会計監査人は置かないものとされ,取締役には,Aのほか,以前からAに雇われていた修理工のB及びCが選任されるとともに,監査役には,Aの妻Eが選任され,また,代表取締役には,Aが選定された(以上の甲社成立までの手続には,何ら瑕疵はなかった。)。ところが,甲社では,取締役会が1回も開催されず,その経営は,Aが独断で行っていた。そのため,Aは,知人Fから持ち掛けられた事業拡張のための不動産の購入の話にも安易に乗ってしまい,Fに言われるまま,手付名目で甲社の資金3000万円をFに交付したところ,Fがこれを持ち逃げして行方不明となってしまい,その結果,甲社は,資金繰りに窮することとなった。1甲社の株主であるDは,A,B,C及びEに対し,会社法上,それぞれどのような責任を追及することができるか。

2AがFに3000万円を交付する前の時点において,この事実を知った甲社の株主であるD及び監査役であるEは,Aに対し,会社法上,それぞれどのような請求をすることができたか。

(2) 出題趣旨(出題趣旨PDF3頁)

本問は,小規模な取締役会設置会社において,代表取締役が会社の規模に比して高額な契約を独断で締結したところ,相手方の債務不履行により会社に多額の損害が生じた場合について,代表取締役,他の取締役及び監査役の会社に対する任務懈怠責任及び株主を第三者とする損害賠償責任並びに株主及び監査役の差止請求権の有無及び要件等を的確に理解し,当該事例へ適切に当てはめることができるかを問うものである。

(3) 模範答案

1 甲社に対する責任
(1)会社法423条1項により,役員等が任務を怠り会社に損害を生じさせたときは,その賠償責任を負う。Aは代表取締役であるが,甲社は取締役会設置会社であり,その業務執行は取締役会による決定・監督に服する。重要な財産の処分・譲受け等を代表取締役が独断で決めることはできない。
 本件不動産の購入と3000万円の手付交付は,事業拡張に関する取引であり,支出後に甲社が資金繰りに窮していることから,その財務状態にとって重要なものと評価できる。Aは取締役会を開催せず,Fに言われるまま安易に巨額の資金を交付した。取引の安全性やFの履行能力を十分調査せず,必要な意思決定手続も履践しなかった点で,善管注意義務及び忠実義務に反する。
 経営上の判断に結果的な失敗があったことだけでは任務懈怠にならない。しかし,本件では合理的な情報収集と意思決定過程自体に欠陥があるから,経営判断に伴う裁量によって免責されない。適切に調査・審議していれば支出を回避できたと認められる限り,持ち逃げされた3000万円について因果関係もあり,Aは甲社に賠償責任を負う。

(2)B・Cも,取締役である以上,代表取締役の業務執行を監視する任務を負う。従来は修理工であり,実際の経営をAに任せていたとしても,名目的な取締役であることを理由に法定の監督責任を免れることはできない。取締役会が一度も開かれずAの独断経営が続くなら,報告を求め,取締役会の招集を求めるなど,監督機関を機能させる措置を採るべきであった。
 B・C各人が監督措置を採るべき状況にあり,適切な監督で支出を阻止できたなら,監視を怠った各人も423条1項の責任を負う。Aの責任から各人の責任が自動的に導かれるわけではない。

(3)業務監査権限を有するEは取締役の職務執行を監査する(381条)。取締役の不正行為若しくはそのおそれ,法令・定款違反の事実又は著しく不当な事実を認めたときは,遅滞なく取締役会へ報告する(382条)。Aの妻であることは免責事由ではない。業務監査権限を有するEが,独断経営を放置して監査や報告を怠り,適切な監査によって本件損害を防止できたなら,423条1項による責任を負う。ただし,定款により監査範囲が適法に会計に限定されている場合には,その権限・義務の範囲から別に判断しなければならない。限定の事実は問題文に示されていない。
 各人が同一の会社損害について責任を負う場合には,430条による連帯責任が問題となる。Dは会社の損害を自己のものとして直接請求するのではなく,847条の要件に従い,会社に対する提訴請求を経て責任追及等の訴えを提起し,甲社への支払を求める。原則の60日間の経過を待てば会社に回復できない損害が生ずる場合の例外も検討する。提訴請求には,原則として6か月前から引き続き株式を有することを要するが,非公開会社にはこの保有期間の制限はない。

2 D自身に対する責任
 役員等が職務を行うについて悪意又は重大な過失により第三者に損害を与えた場合には,429条1項の責任が問題となる。株主であることだけで「第三者」から一律に除かれるとは解すべきでないが,会社の3000万円の損失とD個人の損害は区別する必要がある。
 甲社の財産が減少したために株式の価値が下がったという間接損害は,会社への賠償によって回復を図るべきであり,Dが持株割合相当額を当然に自己への支払として求めることはできない。D固有の直接損害があれば,その内容,各役員の悪意・重過失及び因果関係を別に検討する。本件では,Dが甲社の株主であること以外に固有の損害は示されていないから,会社損害の回復を求める構成が中心となる。

3 支出前の差止め
 Dは,Aが法令又は定款に違反する行為をし,会社に所定の損害が生ずるおそれがある場合,360条による差止めを請求できる。本件では,重要な取引を取締役会決議なく実行しようとする点が法令違反となり,3000万円を失えば資金繰りに窮する危険がある。ただし,2条9号の監査役設置会社における株主の差止めは,回復することができない損害のおそれを要する。会計限定監査役を置く非公開会社は同号の定義から除かれ,その場合は著しい損害のおそれによる。本件ではEの監査範囲を確認して分ける。本件では,3000万円の喪失が資金繰りを窮迫させることを,事業継続を害し事後賠償では填補し難い危険と評価する。よって,所定の保有要件を満たすDは差止めを請求できる。単なる一時的な金銭損失にとどまり回復不能の危険がないと認定される場合は,通常の監査役設置会社でのDの請求は認められない。保有期間は前述の区別による。
 業務監査権限を有するEは,385条に基づき,Aの法令・定款違反行為によって会社に著しい損害が生ずるおそれがあるとき,差止めを請求できる。Eについて,株主Dと同じ回復不能性まで要求してはならない。手付交付前であるから,Eは取締役会への報告等と併せて,違法な支出の差止めを求めることができる。緊急の場合には,実行前に効力のある保全措置を採る必要がある。

(4) 出題趣旨を踏まえた解説

出題趣旨は,会社に対する責任,株主を第三者とする責任及び事前の差止めを区別して論じることを求める。
答案はA自身の判断・手続違反と,BCの監視義務,Eの監査義務を分ける。
Fによる持ち逃げという結果だけで任務懈怠を逆算せず,支出前に確認すべき事実,会社の規模と3000万円の重要性,取締役会の不開催を具体的に検討するのが要点となる。

EがAの妻であることは監査役の責任を当然に軽減しない。
他方,監査役の監査範囲が会計に限定される旨の定款の有無は明らかでないため,会社法389条の適用を無条件に決めることもできない。
会社の損害とD個人の株式価値下落等の損害を分け,423条・株主代表訴訟と429条の問題を区別する必要がある。

事前救済では,監査役Eの385条と株主Dの360条の主体・要件をそれぞれ検討する。
監査役の報告義務を定める382条は,取締役の不正の行為若しくはそのおそれ,法令・定款に違反する事実又は著しく不当な事実を対象とするので,監査役の職務一般を定める381条の文言と混ぜない。
Dの回復できない損害も,資金繰りに窮するという事実から当然に倒産すると補ってはならず,支出時点で具体的に評価する必要がある。

(5) 現行法とその後の裁判例

本問は,会社法(平成17年法律第86号)が平成18年5月1日に施行された後の出題であり,問題文も「会社法上」の責任・請求を問うので,答案は同法の規定によっている。
現行会社法でも,362条の取締役会の権限,423条の会社に対する責任,429条の第三者責任及び360条・385条の差止めを分ける。
小規模会社だから取締役会を開催しなくてよいということにはならない。
会計限定監査役については,389条の要件と適用除外を確認する。

出題後の最高裁平成21年7月9日第一小法廷判決(平成20年(受)第1602号,集民231号241頁)は,株主が会社法350条に基づき会社に損害賠償を求めた事案で,従業員らによる架空売上げの計上を防止するためのリスク管理体制について,会社の代表者に構築義務違反の過失がないとした事例である。
一定の管理体制を備えていた会社で,通常容易に想定し難い偽造等があった事案であり,取締役会を一度も開かず代表者が独断で多額の支出をした本問を免責する根拠にはならない。

条文:e-Gov法令検索・会社法。
裁判例:判決・決定原文への個別ページ。

関連記事:企業不祥事の「分岐点」と内部統制―例外運用,違和感の記録及び取締役の責任(AI作成)。

2 第2問 見せ手形,交付・白地補充,架空支店名義の裏書,署名独立・善意取得

(1) 問題文(問題PDF3頁)

大阪市内で電化製品販売業を営むY株式会社の代表取締役Aは,デジタルカメラの某人気機種を安値で大量に調達しようと考え,何度か取引をしたことのある「東京都内に本店のあるZ株式会社の大阪支店営業部長甲山一郎」と自称する人物(以下「B」という。)に対し,売主を探してきてほしい旨の依頼をしたところ,Bから,「Y社振出しの約束手形を所持していると仲介者として行動しやすい。売主との話がついたら返すから,取りあえず貸してほしい。」と言われたため,取引銀行から交付されていた統一手形用紙を用いて,その振出人欄に「Y社代表取締役A」と記名して銀行届出印ではない代表者印を押捺し,手形金額欄に「3,000,000円」と記入したものを,受取人欄,満期欄及び振出日欄を空白にしたまま,Bに交付した。ところが,Bは,その受取人欄に「Z社大阪支店」と記入して満期欄と振出日欄も補充し,裏書人欄に「Z社大阪支店長甲山一郎」と記名捺印した上,これを割引のため金融業者Xに裏書譲渡し,その割引代金を持ったまま姿をくらました。その後の調査により,東京都内にZ社は実在するものの,同社には,大阪支店はなく,甲山一郎という氏名の取締役や従業員もいないことが判明した。XがY社に対して手形金の支払を請求した場合,この請求は認められるか。

(2) 出題趣旨(出題趣旨PDF3頁)

本問は,受取人欄,満期欄及び振出日欄を空白にしたいわゆる見せ手形を交付した場合について,振出しの名義人が手形上の責任を負うかどうかを問うものである。具体的には,受取人欄,満期欄及び振出日欄の記載を欠くこと,振出しの名義人が手形債務を負担する意思を有していたとはみられないこと等の事実が手形上の責任の発生ないし手形所持人による権利の取得にどのような影響を与えるかについて整合的な論述をすることが求められる。

(3) 模範答案

1 手形の形式について
 約束手形には,手形金額,受取人,振出日,振出人の署名等の法定事項が必要である。本件では,AがY社を代表して振出人欄に記名し,代表者印を押している。記名捺印による署名ができ,銀行届出印の使用は手形法上の振出署名の要件ではないから,届出印と異なることだけでY社の署名が無効になるわけではない。
 受取人欄及び振出日欄の空白は,完成手形としての形式的な欠缺となる。他方,満期の記載を欠く手形については,一覧払として扱う法定の補充規律がある。ただし,本件では後に満期も記入されているので,その記載を許す合意又は補充権限があったかが問題となる。統一手形用紙を用いたことだけで,全ての空欄を自由に補充する権限が生ずるものではない。

2 見せ手形とY社の債務負担
 Aは,売主を探す際の信用を示すため,一時的に用紙をBへ貸し,取引の話がつけば返還を受けるつもりであった。手形金を支払う意思でBに振り出したと直ちに評価することはできない。また,白地手形は,未完成の記載を後に補充して手形として流通させることを予定したものであるから,空欄があるという外形だけで,本件を当然に補充権限付きの白地手形とすることもできない。
 手形債務の成立に交付についての合意を要すると解すれば,AB間には手形債務を負担する合意がなく,Bは有効な手形上の権利を取得していない。そうすると,Bに権利がなかったという入口の問題を,単に通常の原因関係上の抗弁がある場合と同じに扱い,手形法17条だけで解決するのは十分でない。
 しかし,Aは,Y社の真正な振出署名及び300万円の金額を備えた手形用紙を,自己の意思でBの支配下に置いている。外部の者に見せるという目的もあり,完成・流通する外観の発生についてY社側の帰責性は小さくない。その外観を信頼して取引した第三者まで,当初の内部的な貸与目的を理由に排除すれば,手形取引の安全が害される。
 そこで,当初から手形としての交付合意がない場合であることを維持しつつも,補充権限を欠く完成の危険を自ら作出した点に着目し,白地補充に関する10条(77条2項により約束手形に準用)の保護の趣旨を類推して,善意で重大な過失のない取得者に対しては,その欠缺を主張できないと解する。この構成によれば,Y社の責任はBへの貸与合意そのものからではなく,帰責性を伴う権利外観と第三者保護によって説明される。

3 受取人及び裏書の問題
 Bは,受取人を「Z社大阪支店」と記載し,裏書人を「Z社大阪支店長甲山一郎」と表示した。しかし,Z社自体は実在しても大阪支店はなく,BにはZ社を代表又は代理する権限もない。支店は本店と別の法人ではないから,支店表示から直ちに独立した架空法人を受取人と考えるべきではなく,手形面上,Z社を指す表示として理解できるかをまず判断する必要がある。
 そのように理解できる場合,Bの裏書署名はZ社に帰属せず,Z社が裏書人として責任を負うことはない。ただし,無権限の裏書があることと,真正なY社の振出署名が無効になることは別であり,手形署名独立の原則による検討を要する。B自身の無権代理人責任の有無も,Y社の責任と区別される。
 また,受取人表示と裏書人表示が手形面上連続していれば,実際にZ社が裏書したかという実質的な権利帰属とは別に,Xの形式的資格が問題となる。形式的な裏書の連続は,無権限裏書を真正にするものではないが,所持人の権利取得を検討する前提となる。Xが無権利者からの取得者である点については,16条2項による善意取得の要件も満たす必要がある。

4 Xの請求の成否
 以上より,外形上の裏書の連続があり,XがBの無権利及び権限のない補充を知らず,これを知らないことに重大な過失もなければ,Y社は,見せ手形として貸与したことや無権限の補充を理由として支払を拒めず,300万円の手形金請求が認められると解する。
 もっとも,金融業者Xが,割引時に,実在しない支店やBの権限を容易に確認できたのに,取引状況上当然求められる注意を著しく欠いたなら,保護は受けられない。銀行届出印と異なるという事実だけで直ちに重過失とはいえないが,Bの説明,取引の異常性,確認の容易さなどを総合する必要がある。本問はXの認識や調査状況を示していないため,Xが金融業者であることだけから善意取得を当然に認め,又は当然に否定することはできない。

(4) 出題趣旨を踏まえた解説

出題趣旨は,白地の三つの記載欄と,振出名義人に債務負担意思がない事情を,責任発生及び所持人の権利取得へ整合的に結び付けることを求める。
答案1は形式,答案2は交付・補充権の問題,答案3は受取人と裏書,答案4は請求の成否を扱う。
満期の記載欠缺は一覧払の法定補充がある一方,受取人・振出日の欠缺は同じ処理ではない。

最高裁昭和25年2月10日第二小法廷判決(昭和23年(オ)第133号,民集4巻2号23頁)は,「見せ手形」として貸す約束で署名し任意に交付した手形について,振出行為は成立しており,手形を詐取されたという事由は悪意の取得者に対する人的抗弁事由にとどまり,善意の取得者に対しては振出人は手形上の義務を免れないとした。
本問の用紙は三つの欄が白地であり,同判決の手形の記載及び流通経路とは異なる。
上記の模範答案が選ぶ交付合意欠缺と10条類推の構成は,この事案の違いを踏まえた答案独自の整理である。
同判決は,署名して任意に交付した以上,振出行為は成立するとしており,答案の構成はこの判示と理由付けを異にする。

別の構成は,署名済み用紙の任意交付と流通外観を重視し,補充の問題と17条の人的抗弁を分けて説明するものである。
いずれの構成でも,10条による補充欠缺の対抗制限と,16条2項による無権利者からの取得を同一の問題と扱わないことが重要である。
また,架空の支店名があることから,実在するZ社と別の架空法人を当然に受取人と決めることもできない。
名義の解釈,形式的連続と実質的権利を順に検討する必要がある。

(5) 現行法とその後の裁判例

現行手形法7条・8条,10条,16条・17条,75条から78条を用いる場合も,署名の効力,補充の効力,所持人の資格及び権利取得はそれぞれ別の段階となる。
銀行届出印と異なる印を押したことだけで,真正な代表者名義の記名押印が当然に無効になるわけではない。

昭和25年判決は出題前の判例であり,本問との事案の違いは上記の解説で示した。
現在の電子的な決済や電子記録債権の問題は,紙の約束手形に関する本問と制度が異なる。
関連記事の平成14年度商法第2問は,交付欠缺,手形の変造及び署名者の責任を扱うため,どの段階の瑕疵が誰の責任へ影響するかを比較する資料となる。

条文:e-Gov法令検索・手形法。
裁判例:判決・決定原文への個別ページ。

関連記事:平成14年度旧司法試験論文式試験の模範答案―憲法・民法・刑法・商法・民事訴訟法・刑事訴訟法の全12問と出題趣旨を踏まえた解説(AI作成)。

第6 民事訴訟法

1 第1問 訴状の必要的記載事項,補正命令,裁判長による却下命令の形式・効力

(1) 問題文(問題PDF6頁)

訴状の必要的記載事項の趣旨を明らかにした上で,その不備を理由とする訴状の却下について,その裁判の形式と効果を踏まえて,説明せよ。

(2) 出題趣旨(出題趣旨PDF6頁)

訴状に必要的記載事項の記載が要求される趣旨の基本的な理解とともに,その記載に不備がある場合に裁判長の命令によって訴状が却下されることの趣旨及び訴状却下命令の効力について問う問題である。訴状の必要的記載事項が当事者の確定及び訴訟上の請求の特定のために要求されることに触れ,裁判長の訴状審査権と補正命令の概要を説明した上で,訴状却下命令のための審理において口頭弁論が開かれない理由や命令の既判力の有無等を論ずべきである。

(3) 模範答案

1 必要的記載事項とその趣旨
 訴えは訴状を裁判所に提出して提起し,訴状には,当事者及び法定代理人,請求の趣旨及び原因を記載しなければならない。これらは,誰と誰との間で,何について裁判を求めるかを定め,被告に防御の対象を示すための必要的記載事項である。
 当事者の記載は,裁判を求める者と求められる者を確定するために必要である。その表示は,訴状の一部の字句だけでなく,記載全体から当事者が識別できるかに即して判断すべきであり,単なる誤記と当事者が確定できない不備とを同視すべきではない。法定代理人の記載は,本人に代わって訴訟を追行する者を明らかにし,有効な送達及び訴訟行為を確保するために要求される。
 請求の趣旨は,原告が求める判決の内容を示す。例えば金銭給付を求めるなら,被告にどの金額の支払を命ずる判決を求めるかを明らかにする。これにより,被告の防御対象だけでなく,裁判所が判断すべき範囲も定まる。
 請求の原因の必要的な記載は,その請求を他の請求から識別し,訴訟物を特定できるものでなければならない。同じ金額の請求でも,複数の取引があれば,どの取引に基づくものかが不明では審判対象を定められない。他方,訴訟物の特定に必要な事実と,その権利が実際に成立することを基礎付ける全ての事実,さらにその証拠とは同一ではない。主張立証が不十分であることを,直ちに訴状の必要的記載事項の欠缺と扱ってはならない。

2 裁判長の審査及び補正命令
 必要的記載事項に不備がある訴状をそのまま送達して審理を始めれば,当事者も請求も不明確なまま,被告と裁判所に不必要な負担を生じさせる。そこで137条は,裁判長による訴状審査と補正の仕組みを設けている。
 裁判長は,訴状が133条2項に違反するとき,相当の期間を定め,不備を補正するよう原告に命じなければならない。裁判を受ける権利を保障するため,補正が可能であるのに直ちに訴状を却下するのではなく,原告に具体的な補正の機会を与える必要がある。補正命令は,何が不明で,何を補う必要があるかを原告が理解できる内容であるべきであり,定める期間もその補正に相当なものでなければならない。
 訴え提起の手数料の納付がない場合も137条の対象となるが,これは,当事者・請求の特定という必要的記載事項の欠缺そのものとは区別される。また,主張された権利が実体法上成立しないという理由で,裁判長が訴状審査の段階において請求を棄却する権限を持つわけではない。

3 訴状却下の裁判の形式
 原告が相当な期間内に補正しない場合,裁判長は命令で訴状を却下し,その手続を終了させる。これは受訴裁判所が本案について判断する判決ではなく,訴状の審査を担う裁判長の命令である。したがって,必要的記載事項の不備を理由とする訴状却下命令,訴訟要件を欠くことを理由とする訴え却下判決,実体的理由に基づく請求棄却判決は,それぞれ主体・対象及び判断内容が異なる。
 命令による裁判については,口頭弁論を経なければならないとはされていない。訴状却下は,訴状の記載及び補正の有無という,訴訟を開始・進行させるための入口の事項を対象とし,被告との対立審理によって権利の存否を確定するものではない。簡易迅速な審査を行う必要があり,原告には先行する補正の機会と不服申立てが保障されることから,口頭弁論を開かずに命令をすることが認められる。もっとも,裁判長が必要な審尋等をする余地まで否定されるわけではない。

4 効力及び不服申立て
 訴状却下命令に対しては,即時抗告ができる。原告は,そもそも必要的記載事項が欠けていなかったこと,既に補正したこと,補正命令又は期間の定めが適切でなかったこと等を争うことができる。
 命令が確定すれば,その訴状による訴訟手続は終了する。しかし,訴状却下は請求権の存否を判断したものではなく,本案についての既判力は生じない。また,訴状の不備に関するこの命令を,同一の権利について後に適式な訴状を提出することまで妨げる確定判断と扱うべきではない。原告は,不備を解消した訴状によって改めて提訴できる。
 このように,訴状却下命令の確定による当該手続の終了と,後訴を拘束する既判力とは区別される。必要的記載事項の趣旨,補正の保障,裁判長による命令という形式及び再度の適式な提訴が可能であることは,いずれも,明確な審判対象を備えた訴訟を適正に開始するという制度目的から一体として理解できる。

(4) 出題趣旨を踏まえた解説

出題趣旨は,記載事項の列挙にとどまらず,当事者及び請求を特定する趣旨,裁判長の訴状審査権と補正,口頭弁論を開かない理由及び既判力の有無を求める。
答案はこの順で,訴えを受理して被告へ送達し,審理を始める前提となる形式審査として整理する。

請求の原因は,請求を特定するのに必要な事実と,実体法上請求を理由付ける事実を区別して考える必要がある。
請求を特定できるが勝訴に必要な事実の主張が足りない場合と,何を求める訴えか不明な場合とを混同して,いずれも訴状却下の対象としてはならない。
訴訟物の理解によって,特定に必要な記載の説明にも差が生じ得る。

却下命令は訴状審査の段階の裁判であり,本案の権利の存否を確定する判決ではない。
そのため本案についての既判力を生じない。
ただし,『既判力がない』ことを『どのような効力もない』という意味に広げてはならず,手続を終了させる効果と即時抗告による不服申立てを説明する必要がある。

(5) 現行法とその後の裁判例

現行の民事訴訟法では,民事訴訟法等の一部を改正する法律(令和4年法律第48号)により令和5年2月20日から住所・氏名等の秘匿制度が133条に置かれたことに伴い,訴状の必要的記載事項の規定は134条2項に移り,137条1項も134条2項を引用している。
また,令和8年5月21日に施行された同法の改正規定により,訴えの提起の手数料を納付しない場合は137条から切り離され,裁判所書記官が納付を命ずる処分をし,それでも納付しないときに裁判長が命令で訴状を却下する137条の2が設けられた。
137条の2及び電子情報処理組織による申立て等の規定は同日以後に提起された訴えに適用され,それより前に提起された訴えには従前の規定が適用されるから(同法附則11条・12条),両者を一律に扱うことはできない。
弁護士等によるオンライン提出の義務化と,訴状の内容上の補正の要否も別の問題である。

民事訴訟法132条の11第1項は,委任を受けた訴訟代理人(弁護士等)や国・地方公共団体の指定代理人等に限って電子情報処理組織による申立て等を義務付けており,本人訴訟の当事者は書面による提出も選ぶことができる(132条の10第1項)。
提出方法が電子化されても,当事者・請求の特定と補正の要否を検討する実務上の必要がなくなるわけではない。
関連記事では,mints上で訂正する場合の対象ファイルと補正の方法を確認できる。

条文:e-Gov法令検索・民事訴訟法。

関連記事:mintsの訴状訂正・補正の方法-記載例・提出先・訴えの変更との違い(AI作成)。

2 第2問 裁判上の自白,抗弁・積極否認,自白撤回,別訴の矛盾挙動と信義則

(1) 問題文(問題PDF6頁)

株式会社Xは,Yとの間で中古の機械を代金300万円で売り渡す旨の契約(以下「本件売買契約」という。)を締結し,当該機械をYに引き渡したが,Yが代金の支払をしないと主張して,Yに対し,本件売買契約に基づき代金300万円の支払を求める訴えを提起した。この事例に関する次の各場合について答えよ。

1Yは,第1回口頭弁論期日において,(1)「Xとの間で本件売買契約を締結したことは認めるが,契約締結後に当該機械の性能では購入の目的を達成することができないことが判明したから,本件売買契約は錯誤により無効である。」と主張した。ところが,第2回口頭弁論期日において,Yは,(2)「Xと本件売買契約を締結したのはYではなく,Yが代表取締役をしている株式会社Zである。」と主張した。Yの(1)及び(2)の各主張の訴訟上の意味を明らかにした上で,(2)の主張の訴訟法上の問題点について論ぜよ。

2Yが,第1回口頭弁論期日において,「Xと本件売買契約を締結したのはYではなく,Yが代表取締役をしている株式会社Zである。」と主張したため,Xは,Yに対する訴えを取り下げた。その上で,Xは,改めてZを被告として同様の訴えを提起したところ,Yは,Zの代表取締役として,「Xと本件売買契約を締結したのはYであり,Zではない。」と主張した。裁判所は,Zの主張をどのように取り扱うべきか。

(2) 出題趣旨(出題趣旨PDF6頁)

1は,裁判上の自白,抗弁及び否認を正しく理解しているかを問う問題である。(1)の主張は自白及び抗弁から成ること,(2)の主張は積極否認であり,かつ,自白の撤回であることをそれぞれ理由を付して指摘した上で,自白の拘束力の内容及びその根拠,自白の撤回が許される要件について論ずべきである。2は,民事訴訟においてどのような場合に信義則が適用されるかを問う問題であり,XY間の訴訟とXZ間の訴訟とが当事者を異にする別訴訟であることを踏まえて検討すべきである。

(3) 模範答案

1 Yの第1回期日及び第2回期日の主張
(1)Xの請求は,Yとの売買契約に基づく代金300万円の支払請求である。第1回口頭弁論期日におけるYの主張は,一体として請求を争うものではあるが,その中の事実に対する陳述を分けて評価しなければならない。
 まず,Xとの間で売買契約を締結したと認めた部分は,Xが請求原因として主張する,Yを買主とする契約成立の主要事実を認めるものであり,裁判上の自白となる。代金支払義務の存在というXの請求全体を認める請求の認諾とは異なる。Yは,むしろ錯誤による無効を理由に,請求の棄却を求めているからである。
 その錯誤の主張は,請求原因となる契約締結の事実を前提に,契約の効力を妨げる別の事実を主張するものであり,抗弁に当たる。錯誤無効という法的結論それ自体と,その判断の基礎となる錯誤の内容・契約との関係等の事実は区別される。契約後に性能が目的に足りないと分かったことから,実体法上当然に錯誤無効になるかという問題は,この訴訟上の分類とは別である。

(2)第2回期日の主張は,契約の買主がYではなくZであったというものである。Yは,自己を買主とする契約成立の事実を否定するだけでなく,Zという別の契約当事者を積極的に指摘しているから,積極否認に当たる。Yの売買を認めた上で別の法律効果を主張する抗弁ではない。同時に,先に自白した主要事実を争うことになるため,裁判上の自白の撤回に当たる。
 裁判上の自白が成立した事実は,179条により証明を要しない。弁論主義の下で,当事者間に争いのない主要事実を裁判所が証拠によって反対に認定すれば,当事者の手続上の信頼を害する。そこで,自白は裁判所を拘束するとともに,自白者もこれを任意に撤回することはできない。
 ただし,自白によって保護される相手方が撤回に同意した場合には,撤回を認めることができる。また,自白が真実に反し,錯誤に基づくものであったことが認められる場合にも,真実に反する自白への拘束を維持する必要はない。Yは,自白した事実が真実でなかったこと等,撤回を許す事情を主張立証すべきであり,単に「実はZが買主だった」と述べ直すだけでは足りない。
 本問にはXの同意や撤回要件を基礎付ける証拠までは示されていない。したがって,裁判所は,Yの新しい説明が一見もっともらしいことだけで自白の拘束を解かず,撤回の適否を判断する必要がある。撤回を認められない場合には,Yを買主とする契約成立を前提として,錯誤の抗弁その他の争点を判断する。

2 XZ間の後訴における主張
 この場合,前訴ではYが契約当事者はZであると主張したため,XはYに対する訴えを取り下げ,改めてZを被告とした。後訴での「買主はYである」という主張は,形式上はZによる請求原因の否認である。
 しかし,前訴の当事者はXとYであり,後訴はXとZとの別訴訟である。前訴が取り下げられている以上,前訴判決の既判力を持ち出すことはできず,前訴でのYの発言が,そのままZによる後訴の裁判上の自白になるものでもない。法人と代表者個人の当事者としての別異性を無視して,先の発言に形式的な自白の拘束力を与えるべきではない。
 他方,訴訟上の行為も,2条の信義則に従う。YはZの代表取締役であり,自分が買主ではなくZが買主であると主張して,Xに訴えの取下げと被告の変更をさせた。その本人が,今度はZを代表して正反対の説明をすれば,Xは,契約当事者の表示を双方から使い分けられ,どちらに対しても権利を実現できない危険を負う。
 Xは,別の第三者が述べたことを一方的に信じたのではなく,Zを代表する地位にあるY自身の,契約主体についての明確な訴訟上の説明に従って手続を変更している。Yの前訴での説明に合理的な訂正理由があるか,Xがそれを信頼したことに不当な点がないか等を確認すべきであるが,本問の事情の下で,Zが代表者を介して矛盾する立場を採ることは,Xの正当な手続的信頼を害すると評価できる。
 したがって,裁判所は,Zの独立した法人格を理由に直ちに信義則の適用を排除せず,正当な事情がない限り,この矛盾する否認を信義則に反するものとして許さないと解すべきである。これは,YとZを同一当事者と扱うことではなく,別当事者間であっても,代表関係と具体的な手続経過に基づき主張を制限するものである。その上で,Zを買主とする売買成立を前提として,代金額,未払その他の残る要件・抗弁を審理し,Xの請求の当否を判断すべきである。

(4) 出題趣旨を踏まえた解説

出題趣旨は,小問1の最初の主張が自白と抗弁から成り,次の主張が積極否認であると同時に自白の撤回となることを,理由とともに示すよう求める。
答案は,売買契約の成立を認める陳述と,錯誤による無効を主張する陳述を分け,自白による審判対象の固定と撤回要件を検討する。

錯誤無効という法的評価全体が自白により裁判所を拘束するのではない。
どの具体的事実について,相手方の主張と一致する不利益な陳述がされたかを確定する必要がある。
撤回についても,反真実及び錯誤等の要件を示し,後の主張が前の主張と異なるというだけで当然に撤回を許してはならない。

小問2は当事者を異にする別訴である。
前訴のYの陳述をZの裁判上の自白として直ちに扱ったり,訴えの取下げに本案判決の既判力を認めたりすることはできない。
答案は,YがZの代表者でもあり,Xが前訴の主張に従って訴えを取り下げた経緯を,信義則上の矛盾挙動として評価する。
もっとも,Zに主張制限を及ぼす帰属と,Xの信頼・不利益を具体的に示すことが必要であり,代表者が同じという事実だけで常に結論が決まるわけではない。

(5) 現行法とその後の裁判例

現行民法95条は錯誤による意思表示の効果を取消しと定める。
出題当時の錯誤無効という抗弁を,現行法でも同じ文言でそのまま用いることはできない。
錯誤の要件と取消権行使の主張を,契約締結時期及び改正法の適用関係に即して検討する。

現行民事訴訟法179条による自白の扱いと,同法2条の信義誠実の原則は区別する。
前訴の資料を後訴で利用できるかという証拠の問題と,矛盾する主張を許すかという問題も同じではない。
関連記事の平成14年度第2問は,被告の氏名を冒用して出頭した者が請求原因事実を自白した場合に,その自白が被告本人の自白としての効力を持つかを扱っており,誰の陳述が裁判上の自白となるかという点で本問と比較できる。

条文:e-Gov法令検索・民事訴訟法。

関連記事:平成14年度旧司法試験論文式試験の模範答案―憲法・民法・刑法・商法・民事訴訟法・刑事訴訟法の全12問と出題趣旨を踏まえた解説(AI作成)。

第7 刑事訴訟法

1 第1問 場所令状と第三者の身体,必要な処分・追跡,現行犯逮捕と差押え

(1) 問題文(問題PDF7頁)

警察官Aは,甲に対する覚せい剤譲渡被疑事件につき,捜索場所を甲の自宅である「Xマンション101号室」,差し押さえるべき物を「取引メモ,電話番号帳,覚せい剤の小分け道具」とする捜索差押許可状を得て,同僚警察官らとともに,甲宅に赴いた。玄関ドアを開けた甲に,Aが捜索差押許可状を呈示して室内に入ったところ,その場にいた乙が,テーブル上にあった物をつかみ,それをポケットに入れると,ベランダから外に逃げ出した。これを見たAらは,直ちに乙を追い掛け,甲宅から300メートルほど離れた路上で転倒した乙に追い付いた。Aは,乙に対しポケット内の物を出すように要求したが,乙がこれを拒否したため,その身体を押さえ付けて,ポケット内を探り,覚せい剤粉末が入ったビニール袋を発見した。Aは,乙を覚せい剤所持の現行犯人として逮捕し,その覚せい剤入りビニール袋を差し押さえた。以上の警察官の行為は適法か。

(2) 出題趣旨(出題趣旨PDF7頁)

本問は,場所に対する捜索差押許可状を執行する際,その場に居合わせた者に対し,いかなる場合に,どのような措置を実施することができるかを問うことにより,令状による捜索・差押えの効力が及ぶ範囲とその根拠について,刑事訴訟法の基本的な知識及び理解力並びに具体的事案に対する応用力を試すものである。

(3) 模範答案

1 甲宅への立入り
 Aらは,甲の覚せい剤譲渡被疑事件について,捜索場所をXマンション101号室,差押対象を取引メモ,電話番号帳及び小分け道具とする捜索差押許可状を得ている。令状は,裁判官による事前審査を通じて,捜索対象と証拠との関係及び侵害の範囲を限定するものである。Aが甲に令状を呈示して当該室内に入った行為は,令状の執行として適法である。

2 場所令状と乙の所持品
 場所に対する捜索令状は,そこに差押対象物が存在する可能性を根拠として発せられる。したがって,場所内にある家具や容器を,その対象物が入り得る範囲で捜索することはできる。しかし,その場に偶然居合わせた第三者の身体や,個人的な所持品まで,場所内にあるという理由だけで無制限に捜索できるわけではない。第三者の身体等への捜索は,独自のプライバシー侵害を伴い,令状の場所指定とは別の審査を要するからである。
 もっとも,令状の執行が始まってから,場所内にあった物をその場の者が取り上げて隠したとき,移し替えによって直ちに捜索権限が失われるとすれば,適法な執行を容易に妨害できる。そこで,令状の対象場所内にあり,差押対象物である合理的な可能性のある物について,その移動を現認し,隠匿先と物の連続性を把握している場合には,その物に対する捜索を必要な範囲で続行できると解する。
 本件乙は,Aが令状を呈示して入室した直後に,テーブル上の物をつかみ,ポケットに入れて逃げ出している。単に乙が現場にいた,又は抽象的に不審だったという事案ではない。取引メモ等の小さな差押対象物を隠して持ち出した可能性があり,その隠匿先も特定されている点が重要である。

3 追跡と路上でのポケット内の捜索
 乙が令状記載の101号室を出た以上,路上そのものが当然に場所令状の捜索場所となるわけではない。しかし,現に進行中の捜索を妨げる持出しについて,直ちに追跡して対象物への支配を回復する措置は,令状の執行を実効化するための処分として検討できる。刑事訴訟法222条1項により準用される111条1項の「その他必要な処分」も,このような執行に付随する必要な措置を根拠付け得る。
 その場合でも,場所令状を一般的な身柄拘束権限に変えてはならない。追跡が連続しているか,持出物と隠匿先を見失っていないか,時間・距離の隔たり,別の独立した捜索と評価される事情がないかを検討する必要がある。
 本件では,Aらは乙を直ちに追い掛け,約300メートル先で転倒した乙に追い付いている。距離があることだけで執行との関連を断つべきではなく,継続的な持出しへの対処と評価できる。したがって,乙のポケットに移された物を確認するための捜索は,当初の捜索と一体のものとして許容し得る。反対に,この機会に乙の身体全体や別の所持品を一般探索することまでは認められない。

4 身体を押さえ付けた措置
 Aは先にポケットの物を出すよう求め,乙が拒否したため身体を押さえている。適法な捜索に必要な限度で抵抗を排除することは,111条1項の必要な処分として認められる。ただし,当該物を確保するために必要で,相当な方法に限られる。
 乙は現に物を持ち出して逃走しており,提出を拒んでいるから,その物の隠滅又は再度の逃走を防ぐ必要がある。ポケット内の物を確認する間,必要な限度で身体を押さえたのであれば相当である。危害を加える程度の過剰な力や,捜索と関係のない長時間の拘束を許すものではない。本問の措置は,その限度を超えないものとして適法と解する。

5 発見後の逮捕及び差押え
 当初の令状の差押対象は,取引メモ等であり,覚せい剤粉末自体は列挙されていない。そこで,覚せい剤が被疑事件に関係するというだけで,直ちに当初令状による差押えを認めてはならない。
 しかし,ポケットから覚せい剤入りの袋が発見されれば,乙が現に覚せい剤を所持しているという犯罪と犯人の明白性が認められる。乙を所持罪の現行犯人として212条・213条により逮捕でき,その逮捕現場で220条1項2号による差押えをすることができる。ここでは,元の譲渡被疑事件の令状による捜索と,発見した所持犯罪の現行犯逮捕に伴う差押えとを区別する。
 以上より,現認した持出物に限定された継続的捜索と必要相当な有形力を前提とすれば,Aらの行為は順次適法と評価できる。後に覚せい剤が見つかったという結果によって,それ以前の捜索権限を遡って作り出したものではない。

(4) 出題趣旨を踏まえた解説

出題趣旨は,場所に対する令状が居合わせた者へ及ぶ範囲と根拠を問う。
答案は,場所にある物の捜索と,第三者の身体の捜索を区別し,乙がテーブル上の物をポケットへ移して逃走した具体的行為を,令状執行を妨げる行為への対応として検討する。
第三者が室内にいることだけで,身体捜索まで包括的に許されるという論証では足りない。

300メートル離れた路上という事実は,場所令状の地理的範囲を際限なく広げてよいかを問う。
答案は,直ちに始まった追跡の継続性,捜索対象物を隠して持ち出した疑い,要求に対する拒否及び身体拘束の程度を,111条の必要な処分の限界として評価する。
この結論は答案の法的評価であり,出題趣旨が追跡の距離だけで一義的な結論を指定したものではない。

身体を探って覚せい剤が発見された後の逮捕・差押えと,発見前の身体捜索の適法性を順に判断する必要がある。
後に現行犯逮捕できたことを,先行する捜索の根拠に遡らせてはならない。
令状の差押対象の記載に覚せい剤そのものが含まれない点も,逮捕に伴う差押え等の別の根拠を検討する理由となる。

(5) 現行法とその後の裁判例

現行刑事訴訟法218条の令状による捜索・差押え,222条1項により準用される111条1項前段の必要な処分,212条以下の現行犯逮捕及び220条の逮捕に伴う処分を,時点ごとに分けて確認する。
物を隠したという外形から,令状記載物であること又は覚せい剤の所持を知っていたことまで自動的に補うことはできない。

現在の捜査実務でも,追跡開始から発見・逮捕までの経過を,映像,捜査報告書及び関係者供述で特定することが重要である。
関連記事は逮捕に伴う無令状捜索を中心に扱うため,本問の先行する場所令状の執行とは根拠が異なる。
第三者の身体や連行後の捜索について,例外的な許容範囲を比較する資料となる。

条文:e-Gov法令検索・刑事訴訟法。

関連記事:逮捕に伴う無令状捜索・差押え―逮捕の現場・第三者の身体・連行後の捜索(AI作成)。

2 第2問 実況見分調書,指示説明と過去の事実の供述,伝聞例外の区別

(1) 問題文(問題PDF7頁)

甲は,交差点において赤色信号を殊更に無視し,かつ,重大な交通の危険を生じさせる速度で自動車を運転し,通行人を死亡させたとして,危険運転致死罪で起訴された。公判において,検察官は,事故を目撃したAを現場に立ち会わせて実施した実況見分の結果を記載した司法警察員作成の実況見分調書の証拠調べを請求したところ,甲の弁護人は,「不同意」との意見を述べた。その実況見分調書には,(1)道路の幅員,信号機の位置等交差点の状況,(2)Aが指示した自動車と被害者の衝突地点,(3)甲の自動車が猛スピードで赤色信号を無視して交差点に進入してきた旨のAの供述,が記載されていた。裁判所は,この実況見分調書を証拠として取り調べることができるか。

(2) 出題趣旨(出題趣旨PDF7頁)

本問は,交通事故事件において証拠上重要な役割を負う実況見分調書を素材として,実況見分における立会人の指示説明の性質とその証拠能力に関する基本的な理解を問うことによって,伝聞証拠に関する刑事訴訟法の基本的な知識の有無と具体的事案に対する応用力を試すものである。

(3) 模範答案

1 検討の方法
 実況見分調書は,公判外で司法警察員が観察し,又は立会人から聞いた内容を書面にしたものである。弁護人が不同意であるから,同意を理由に調書全体を証拠とすることはできない。もっとも,同じ一通の調書にも,作成者自身の観察と,他人の供述とが含まれる。調書の名称だけで一律に証拠能力を決めず,各記載を何の証明に用いるかに即して,伝聞性と適用される例外を判断する必要がある。
 伝聞証拠が原則として排除されるのは,知覚・記憶・表現等の過程に誤りの危険があるのに,原供述者を反対尋問して吟味する機会がないためである。これに対し,供述があったという事実自体を証明する場合と,その供述内容が真実であることを証明する場合とでは,問題となる過程が異なる。

2 交差点の客観的な状況
 道路の幅員や信号機の位置は,実況見分をした司法警察員が現場で直接観察・測定した状況である。その記載を現場の客観的状況の証明に用いるときは,検証の結果を記載した書面についての321条3項の規律によって検討すべきである。実況見分が任意処分として行われたことだけを理由に,検証調書に関する規定の趣旨を及ぼせないと解する必要はない。
 すなわち,作成者が公判期日に証人として尋問を受け,真正に作成したことを供述するという要件を満たせば,この部分を証拠とすることができる。調書の記載が具体的な観察・測定を正確に反映するかは,その尋問及び他の証拠との比較を通じて吟味される。弁護人の不同意は同項による採用まで妨げるものではないが,真正作成の証明を不要にするものでもない。

3 Aが指示した衝突地点
 司法警察員が直接観察したのは,Aがある地点を指示したことと,その地点の現場状況である。警察員が衝突自体を目撃したわけではない。このため,Aの指示によって特定された場所の形状・位置を明らかにすることと,事故が実際にそこで起きたことを明らかにすることを分ける必要がある。
 前者の目的では,指示は見分対象を特定する役割を果たす。見分した場所を識別するための指示説明として,その場所の観察結果と一体に321条3項の規律で扱うことができる。この限りでは,Aの記憶する衝突地点が正しかったことを直接の立証対象としているのではない。
 これに対し,真実の衝突地点がそこだったという証明に用いるなら,Aの指示は,身振りを含む「ここで衝突した」という公判外の供述として機能する。その内容の真実性を用いる以上,Aの知覚・記憶の正確さを吟味する必要があり,司法警察員が指示を正確に記録したというだけでは足りない。現場における指示説明だという名称だけで,この供述過程の危険を消すことはできない。
 したがって,後者の目的では,Aの供述を記載した部分について,被告人以外の者の供述録取書に関する321条1項3号の要件を別に検討すべきと解する。Aを公判で尋問できるなら,原則としてその証言によって実際の衝突地点を証明することになる。

4 赤信号及び猛スピードについての供述
 Aの供述を,甲が赤信号を殊更に無視し,重大な危険を生じさせる速度で進入したことの証明に用いる場合,その内容が真実であることを必要とする。これは司法警察員が現場で観察した現在の状態ではなく,Aが過去に目撃した運転状況の説明である。現場で録取されたというだけで,実況見分の客観的な結果に置き換えることはできない。
 この部分も,321条1項3号による供述録取書の要件を満たすことが必要となる。すなわち,死亡等の法定事由による供述不能,犯罪事実の存否の証明に欠くことのできないこと,供述が特に信用すべき情況の下でされたこと等を要し,供述録取書としての形式要件も問題となる。調書作成者の真正作成の供述だけで,これらの要件を代用することはできない。
 本問にはAの供述不能や特信情況等の具体的な事情は示されていないから,この記載があることと作成者の証言だけを理由に,過去の運転状況の証明に用いることはできない。また,「猛スピード」という表現をそのまま法定の危険な速度の要件充足と同一視するのではなく,Aの認識の基礎及び他の証拠との関係を検討する必要がある。

5 結論
 裁判所は,調書全体を一括して採用するのではなく,客観的な見分結果は321条3項により,Aの指示・供述は立証目的に応じてその範囲を画するべきである。供述内容の真実性を立証する部分について別途の例外要件が満たされなければ,その部分を除外し,採用した見分結果を介して同じ供述内容を迂回して認定することも許されない。

(4) 出題趣旨を踏まえた解説

出題趣旨は,実況見分の立会人の指示説明の性質と証拠能力を中心に問う。
答案は一通の調書を一括処理せず,(1)交差点の客観的状態,(2)Aが指示した衝突地点,(3)過去の運転状況についてのAの供述を区別する。
『司法警察員が作成した調書』という表題だけで,すべてが321条3項に入るわけではない。

最高裁昭和36年5月26日第二小法廷判決(昭和36年(あ)第149号,刑集15巻5号893頁)は,実況見分調書も321条3項所定の書面に含まれるとし,立会人の指示説明を求めるのは実況見分の一つの手段にすぎず,これを調書に記載するのは実況見分の結果を記載するにほかならないとして,立会人の署名押印を要しないとした。
もっとも,過去の事故状況についての供述の真実性を立証するために利用する場合まで,すべて同項で処理できるという趣旨に広げてはならない。

(2)について,指示された場所を確認して見分したという意味で用いるのか,そこが実際の衝突地点であったという供述内容の真実性のために用いるのかを意識することが重要である。
(3)は後者の問題であり,Aの公判供述を得る方法又は321条1項3号等の要件を検討する。
署名押印の有無と,死亡等による供述不能,不可欠性及び特信情況を,別々の要件として落とさず論じる必要がある。

(5) 現行法とその後の裁判例

現行刑事訴訟法でも,320条の伝聞法則と321条の各伝聞例外を,記載内容と要証事実ごとに選ぶことが必要である。
現場の写真・映像,捜査官が観察した状態,立会人の説明及び捜査官の意見を,一つの報告書に収録されたという理由で同じように処理することはできない。

なお,本問の危険運転致死罪は,出題当時は刑法に規定されていたが,現在は自動車の運転により人を死傷させる行為等の処罰に関する法律2条10号(赤色信号等の殊更無視)に規定されている。

本問より前の昭和36年判決は,現在の検討でも,指示説明を見分の手段として扱う範囲を考える出発点となる。
関連記事は再現写真や説明部分も分けて取り扱うため,本問の衝突地点の指示と,赤信号を無視したという過去の供述の違いを比較できる。

条文:e-Gov法令検索・刑事訴訟法。
裁判例:判決・決定原文への個別ページ。

関連記事:実況見分調書の写真と説明の証拠能力―再現供述・真正作成・署名押印の確認手順(AI作成)。

第8 出典・参考資料

1 法令

日本国憲法(令和8年11月4日時点の現行版)
民法(明治29年法律第89号。令和8年11月4日時点の現行版)
刑法(明治40年法律第45号。令和8年11月4日時点の現行版)
会社法(平成17年法律第86号。令和8年11月4日時点の現行版)
手形法(昭和7年法律第20号。令和8年11月4日時点の現行版)
民事訴訟法(平成8年法律第109号。令和8年11月4日時点の現行版)
刑事訴訟法(昭和23年法律第131号。令和8年11月4日時点の現行版)
国家賠償法(昭和22年法律第125号。令和8年11月4日時点の現行版)
地方自治法(昭和22年法律第67号。令和8年11月4日時点の現行版)
放送法(昭和25年法律第132号。令和8年11月4日時点の現行版)
電波法(昭和25年法律第131号。令和8年11月4日時点の現行版)

現行法は令和8年11月4日時点の版であり,平成18年当時の条文とは条番号や文言が異なる場合がある。

2 裁判例(裁判所ウェブサイト掲載)

最高裁平成29年12月6日大法廷判決(平成26年(オ)第1130号,民集71巻10号1817頁)
最高裁令和4年5月25日大法廷判決(令和2年(行ツ)第255号,民集76巻4号711頁)
最高裁平成18年2月23日第一小法廷判決(平成15年(受)第1103号,民集60巻2号546頁)
最高裁平成10年7月17日第二小法廷判決(平成6年(オ)第1379号,民集52巻5号1296頁)
最高裁昭和48年2月2日第二小法廷判決(昭和46年(オ)第357号,民集27巻1号80頁)
最高裁平成16年2月9日第二小法廷決定(平成14年(あ)第1647号,刑集58巻2号89頁)
最高裁平成18年2月14日第一小法廷決定(平成17年(あ)第1601号,刑集60巻2号165頁)
最高裁平成21年7月9日第一小法廷判決(平成20年(受)第1602号,集民231号241頁)
最高裁昭和25年2月10日第二小法廷判決(昭和23年(オ)第133号,民集4巻2号23頁)
最高裁昭和36年5月26日第二小法廷判決(昭和36年(あ)第149号,刑集15巻5号893頁)

3 裁判例(裁判所ウェブサイト未掲載)

本稿で言及した裁判例は,いずれも裁判所ウェブサイトに掲載されたものであり,この区分に掲げる裁判例はない。

4 公文書

法務省「論文式試験問題・出題趣旨」(旧司法試験第二次試験の平成14年度~平成22年度)
法務省「平成18年度旧司法試験第二次試験論文式試験問題」(憲法1頁,民法2頁,商法3頁,刑法4頁~5頁,民事訴訟法6頁,刑事訴訟法7頁)
法務省「平成18年度旧司法試験第二次試験論文式試験問題と出題趣旨」(憲法1頁,民法2頁,商法3頁,刑法4頁~5頁,民事訴訟法6頁,刑事訴訟法7頁)
法務省「平成18年度旧司法試験第二次試験論文式試験及落判定考査委員会議議事要旨」
裁判所「民事裁判手続のデジタル化」