第1 この記事の対象と結論
本記事は,平成22年5月16日実施の新司法試験・論文式公法系科目第1問(憲法)を扱う。
固定した住まいを失ったXについて,生活保護の申請が却下され,国政選挙で投票できなくなった事例である。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 対象 | 平成22年新司法試験 公法系科目第1問(憲法) |
| 問題文 | 公法系科目PDF1~6頁 |
| 答案の基準時 | 平成22年5月16日 |
| 出題の趣旨 | PDF1頁の公法系科目第1問 |
| 採点実感 | 憲法部分PDF1~4頁 |
| 主要判例 | 最大判昭和33年10月15日・最大判平成17年9月14日 |
| 項目数と重み | 全24項目,重み5が4項目,重み合計91 |
| 答案分量 | 3952字(見出し記号及び改行を除く) |
| 法令の扱い | 試験実施時を基準とし,試験後の改正は答案に適用しない |
| 資料確認日 | 令和8年11月6日 |
この答案は,生活保護について,現在地を所管するY市が申請を審査すべきであり,却下処分は生活保護法に反すると考える。
選挙権については,Xのような者に投票の機会を確保する仕組みを欠く限度で違憲と考える。
国家賠償法上の違法は別に判断し,問題文の事実だけではその成立を認めるには足りないと評価する。
重み5の4項目は,生活保護の審査対象(番号1),現在地による所管と却下の適否(番号5),在外国民選挙権判決の枠組み(番号13),投票の代替経路を欠くという審査対象(番号14)である。
第4に全評価項目,第5に答案とその対応表,第7に公式資料と判決原文を置く。
第2 評価項目の示し方と重み付けの基準
1 評価項目の示し方
出題の趣旨及び採点実感を手掛かりに,答案から充足の有無を判断できる24項目を独自に抽出した。
両資料の明示箇所と,記述から間接的に導いた箇所を区別している。
【注意】を付した項目は,誤りを避けることを求める評価項目であり,独立の減点を設ける趣旨ではない。
【条件付き】を付した項目は,その構成を採る答案に適用する。
採点実感は一般論として定型的な審査を指摘し,生活保護で条文解釈に代えて目的と手段だけを論じる例と,選挙権で基準を掲げるだけで具体的に検討しない例を示している。
番号23は,こうした指摘のうち三つの立場の論述構成に関わる部分を扱い,番号1・13の法的な判断内容と区別する。
2 5段階の重み付けの基準
| 重み | 判断の基準 |
|---|---|
| 5 | その設問の判断を大きく分ける核心 |
| 4 | 結論を理由付きで支える主要な論証・当てはめ |
| 3 | 通常押さえる法的処理・事情の評価 |
| 2 | 論証を補強する説明・個別事情・誤りの注意 |
| 1 | 補充的な引用・記述範囲の確認 |
重みとその合計はこの記事の分析に用いる指標であり,法務省の配点や得点を表すものではない。
第3 本問の概要
1 問題文と事実関係
平成22年新司法試験・公法系科目の問題文(法務省)のPDF2~3頁に問題・設問があり,4~6頁に第1問の参考資料がある。
Xは勤務先の倒産や派遣切りにより職と住居を失い,支援団体のシェルターを住所として住民登録した。
施設の過密化に伴いシェルターに帰らなくなり,Y市内のインターネット・カフェや軒先で起居するようになった。
4月の居住実態調査後,Xの住民登録が抹消され,Xは市役所から国民健康保険被保険者証も失効するとの説明を受けた。
Xは前日に宿泊した店を居住地と記載して生活保護を申請しましたが,福祉事務所長は却下し,不服申立ても棄却された。
問題文によれば,Xと同じ状況にある人にも生活保護を認める自治体がある。
Xは10月の衆議院議員総選挙で選挙人名簿から抹消されたため投票できなかった。
Y市全域は一つの小選挙区であり,7年前の総選挙の際に,ホームレスの人たちなどの支援活動を行うNPOが,国政選挙における「住所」要件の改正を求める請願書を総務省に提出していた。
2 設問が求めること
| 設問 | 立場・対象 | 指定・範囲 | 到達点 |
|---|---|---|---|
| 1 | Xの訴訟代理人 | 生活保護と選挙権について憲法上の主張を構成する | 却下に対する主張と,投票機会の喪失に対する主張を別々に示す |
| 2 | 被告の反論を想定した自分の見解 | Y市の運用及び国の選挙制度を対象に,反論の要点に応答する | それぞれの理由を評価し,処分と選挙制度についての結論及び国賠の判断を示す |
第4 評価項目と重み
1 生活保護(設問1・2)
| 番号 | 評価項目 | 重み | 出題の趣旨 | 採点実感 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 生活保護法19条の解釈適用と却下処分を審査対象とし,生活保護法自体の合憲性や最低生活水準を決める立法裁量と区別する。 | 5 | PDF1頁 生存権段落「立法裁量論」 | PDF1頁 2(1)ウ・PDF2頁 2(2)ア「法令違憲」 |
| 2 | 憲法25条の保障を生活保護法1~3条が具体化していることを,同法19条の解釈の理由として使う。 | 4 | PDF1頁 生存権段落「生存権保障」 | PDF2頁 2(2)ア・PDF3頁 同イ「生存権保障」 |
| 3 | 失職・就労努力と不安定な収入,持病と受診断念から,保護の入口を閉ざすと生存と健康に具体的な危険が生じることを論じる。 | 4 | PDF1頁 生存権段落「生存」 | PDF2頁 2(2)ア(間接) |
| 4 | Xの起居が不安定である事情を基に,前泊したインターネット・カフェが居住地に当たるかを,申請書の記載と実態を区別して論じる。 | 4 | PDF1頁 生存権段落「居住地」 | PDF2頁 2(2)ア「居住地」 |
| 5 | 居住地がないか明らかでない場合にY市内の現在地で生活保護法19条1項2号の実施機関を定め,一律却下の適否を判断する。 | 5 | PDF1頁 生存権段落「現在地」 | PDF2頁 2(2)ア「現在地」・PDF3頁 冒頭(続き) |
| 6 | 【注意】社会権として具体化された生活保護を扱い,自由権的効果や生存権の法的性格の一般論を主軸にしない。 | 2 | PDF1頁 記載なし | PDF3頁 2(2)イ「自由権的効果」 |
| 7 | Y市で排除されるXと,同じ困窮・滞在条件で他自治体の審査又は保護を受けられる者を比較し,憲法14条1項の問題を特定する。 | 4 | PDF1頁 生存権段落末「別異の取扱い」 | PDF3頁 2(2)ウ「地域的不平等」 |
| 8 | 東京都売春等取締条例事件の地域差の許容理由を説明し,条例制定による差と,全国法による生活保護の運用差を区別する。 | 4 | PDF1頁 生存権段落末「先例」 | PDF3頁 2(2)ウ「東京都売春取締条例事件判決」 |
| 9 | 地方自治の余地と全国的な最低生活保障の関係を踏まえ,Y市の財政負担と都市イメージを理由に同条件の者を一律に排除する合理性を検討する。 | 4 | PDF1頁 生存権段落末(間接)「自治体」 | PDF3頁 2(2)ウ「地方自治」 |
2 選挙権(設問1・2)
| 番号 | 評価項目 | 重み | 出題の趣旨 | 採点実感 |
|---|---|---|---|---|
| 10 | 公職選挙法9条1項の積極要件と11条1項の欠格を,選挙人名簿による選挙権行使の条件と区別する。 | 4 | PDF1頁 選挙権段落「積極的要件」 | PDF2頁 2(1)カ・PDF3頁 2(3)ア「公職選挙法」 |
| 11 | 住基法15条と公職選挙法21条・27条・28条・42条の連鎖で,住民登録の抹消と選挙人名簿からの抹消を区別し,Xが投票できなくなった過程を説明する。 | 4 | PDF1頁 選挙権段落「選挙人名簿」 | PDF2頁 2(1)カ・PDF3頁 2(3)イ「住民基本台帳法」 |
| 12 | 国民主権と代表民主制における選挙権・投票権の機能から審査密度を理由付け,表現の自由からその保障を導かない。 | 4 | PDF1頁 選挙権段落「選挙権(投票権)の意義」 | PDF4頁 2(3)エ「国民主権」 |
| 13 | 在外国民選挙権判決を踏まえ,選挙の公正を保ちながら投票を可能にすることが事実上不能又は著しく困難といえるかで全面的な行使制限を検討する。 | 5 | PDF1頁 選挙権・判例段落「やむを得ない事由」 | PDF3頁 2(3)ア・PDF4頁 同ウ「著しく困難」 |
| 14 | 通常の住所・名簿制度の機能を保ちながら,住所のない者の投票を可能にする制度を欠くことを憲法審査の対象として明示する。 | 5 | PDF1頁 選挙権・仕組み段落「仕組みを設けていない」 | PDF3頁 2(3)イ「立法不作為」 |
| 15 | 憲法47条による選挙制度の形成と,住所による選挙区への帰属・本人確認・二重登録防止の機能を踏まえ,制度維持の反論に答える。 | 4 | PDF1頁 やむを得ない事由(間接)「選挙の公正」 | PDF3頁 2(3)イ・PDF4頁 同ウ「選挙の公正」(制度機能は間接) |
| 16 | XがY市内で起居し,市全域が一小選挙区であることを,選挙区帰属を確認する難しさの評価に使う。 | 4 | PDF1頁 事案に即した検討(間接)「個別的・具体的」 | PDF4頁 2(3)ウ(間接)「具体的に検討」 |
| 17 | 本人確認と重複・恣意的な登録を抑える代替措置を示し,選挙の公正と投票機会を両立できるか検討する。 | 4 | PDF1頁 事案に即した検討(間接)「やむを得ない事由」 | PDF4頁 2(3)ウ「方策の可能性」 |
| 18 | 立法不作為の憲法適合性と,国会議員の個人に対する職務上の義務に照らした国家賠償法1条1項の違法性を分ける。 | 4 | PDF1頁 国家賠償請求段落(間接)「国家賠償請求」 | PDF4頁 2(3)オ「区別して検討」 |
| 19 | 在外国民選挙権判決に基づき,立法措置が必要不可欠であることが明白で,国会が正当な理由なく長期間怠ったかを検討する。 | 4 | PDF1頁 国家賠償請求段落「上記判決が示す要件」 | PDF4頁 2(3)オ「国家賠償法上違法」 |
| 20 | 総務省への請願と7年の経過を,在外国民選挙権判決における法案提出・廃案後の経過と比べ,国会の認識可能性と対応に必要な期間を評価する。 | 4 | PDF1頁 国家賠償請求段落(間接)「事案に即した具体的検討」 | PDF4頁 2(3)オ「請願書を総務省」 |
| 21 | 【条件付き】選挙権行使の審査に判例と異なる枠組みを採る場合も,採用理由と,選挙の公正を確保しつつ投票を認める方策の可否を具体的に示す。 | 3 | PDF1頁 記載なし | PDF4頁 2(3)ウ「方策の可能性」 |
3 論述構成と検討範囲(設問1・2)
| 番号 | 評価項目 | 重み | 出題の趣旨 | 採点実感 |
|---|---|---|---|---|
| 22 | 設問1で原告の筋の通った主張を示し,設問2で被告の反論の要点を示した上で,自説で両者を具体的に検討する。 | 3 | PDF1頁 末尾の答案構成「三つの立場」 | PDF1頁 2(1)イ・エ/PDF2頁 同オ「事案の内容」 |
| 23 | 【注意】原告・被告・私見を審査基準の厳しさだけで作り分けず,対立する理由と事実に応答する。 | 2 | PDF1頁 末尾の答案構成「戦略的」 | PDF1頁 2(1)エ~PDF2頁冒頭「パターン化」 |
| 24 | 国民健康保険などの周辺事情は保護の必要性を示す材料として使い,憲法上の検討対象を生活保護と選挙権に絞る。 | 1 | PDF1頁 二つの問題の提示(間接)「もう一つは」 | PDF1頁 1「生活保護と選挙権の問題に限定」 |
4 重みの分布
24項目の内訳は,重み5が4項目,重み4が15項目,重み3が2項目,重み2が2項目,重み1が1項目であり,重みの合計は91点である。
表ごとにみると,生活保護は9項目・36点,選挙権は12項目・49点,論述構成と検討範囲は3項目・6点である。
問題文は第1問全体の配点を100点とするだけで,設問ごとの配点を示していないため,この内訳は配点の割合を表すものではない。
重み5の4項目(番号1・5・13・14)は,生活保護では審査の対象と現在地による所管,選挙権では在外国民選挙権判決の判断枠組みと投票の代替経路の欠落であり,いずれも各論点の結論を分ける部分である。
| 重み | 項目数 | 重みの小計 |
|---|---|---|
| 1 | 1 | 1 |
| 2 | 2 | 4 |
| 3 | 2 | 6 |
| 4 | 15 | 60 |
| 5 | 4 | 20 |
| 合計 | 24 | 91 |
第5 模範解答
1 答案の前提と表記
試験実施日の法令と判例を基準にする。
答案中の「公選法」は公職選挙法を指す。
設問1はXの主張,設問2は反論とそれを踏まえた見解である。
2 答案
設問1 Xの訴訟代理人としての主張
1 生活保護
福祉事務所長の却下処分の取消しを求める。
固定した住まいのないXについて保護の要否の審査を拒むことは,憲法25条の保障を具体化した生活保護法2条及び19条に反し,憲法25条の生存権保障を損なう。
また,同じ状態の者を他自治体では保護し得るのにY市では一律に排除することは,憲法14条1項に違反する。
生活保護法は,生活に困窮する国民に必要な保護を行い,最低生活を保障して自立を助ける(1条ないし3条)。
19条1項は実施機関を定める規定であり,同項1号の居住地は継続した起居の実態に即して判断すべきである。
Xが申請書で居住地としたのは申請前日に泊まった店であり,そこを中心に継続して暮らしているわけではない。
居住地を欠き,又はその所在が明らかでないとしても,2号により現に所在する区域を所管する実施機関が保護を担う。
インターネット・カフェや軒先で起居するXの所在がY市内にある以上,その場所の種類で現在地を否定できない。
Y市長から委任を受けた所長(同条4項)は申請を審査し,要件を満たせば保護を決定すべきである。
Xは長く正規雇用で働いていたが,倒産,派遣切り,寮退去が続いた。
再就職を求めて応募しても採用されず,支援団体の施設は過密で,アルバイト収入も安定しない。
住民登録を失った後,医療費負担のため,持病と体調不良があっても受診できない。
問題は給付の水準の高低以前に,医療扶助を含む最低生活の制度にアクセスできず,生存と健康が脅かされることにある。
Y市の運用では,同じ困窮と滞在の実態にある者が他の自治体では保護の必要性を判断してもらえるのに,Xは入口で拒まれる。
全国法が保障する最低生活について,自治体の財政負担や都市イメージを理由にこのような差を設けることには合理性がない。
2 選挙権
Xは公職選挙法9条1項の国政選挙権の積極要件を満たし,同法11条1項の欠格事由に当たる事情も示されていない。
ところが,住民基本台帳法15条に基づき住民基本台帳を選挙人名簿の登録に用いる制度の下で,公選法21条1項は市町村内の住所と住民基本台帳への原則3箇月以上の継続記録を要求する。
同法27条1項は市町村内の住所喪失を知ったときの表示を定め,28条2号は表示をされた者につき住所喪失後4箇月での抹消を定める。
Xは4月に市長による住民登録抹消を受け,10月の総選挙で選管の名簿から抹消されていたため,原則として名簿登録を投票の条件とする同法42条1項の下で投票できなかった。
憲法15条1項・3項,43条1項及び44条ただし書は,国民が代表者の選定を通じて主権を行使できることを保障する。
国政選挙権があっても,投票の機会を全面的に奪われれば,その保障は実質を失う。
最大判平成17年9月14日は,選挙の公正を保ちながら行使を認めることが事実上不可能又は著しく困難でなければ,制限にやむを得ない事由があるとはいえないとする。
国内に住所を有しない在外国民と同じく,Xも名簿制度によって権利の行使を阻まれている。
Xの就労,シェルターへの入居,その後の起居はいずれもY市内であり,市全域は一つの小選挙区である。
過去の登録を起点として市内での継続した生活と本人性を確かめ,他の市町村での登録の有無を照合する制度は考えられる。
居所が市内で変わるだけなら選挙区は変わらず,小選挙区の帰属を理由に投票を全面的に拒む必要性は乏しい。
比例代表の投票機会まで奪う理由も示されていない。
通常の住所による登録を残しながら,このような者にも投票を可能にする別の経路を設けるべきであった。
これを設けない立法不作為は,少なくともXのような者について上記憲法の規定に違反する。
国に対しては,次回の具体的な選挙で投票できる地位の確認を求めるとともに,国家賠償法1条1項により,投票機会を失った精神的損害の賠償を求める。
国は先行選挙の時点で支援団体から総務省への請願により問題を具体的に指摘されており,代替措置が必要であることを国会も把握できたと主張する。
7年を経過しても対応せず,Xに一票も投じる機会を与えなかったことは,立法措置の不可欠性が明白となった後の職務上の義務違反に当たると主張する。
設問2 被告側の反論を踏まえた私見
1 生活保護
Y市は,移動する者の担当区域の確認や重複給付の防止には一定の運用の幅が必要であり,地域の実情と財政に応じた処理も許されると反論するであろう。
憲法25条が保障する生存権は,生活保護法によって具体化されている。
本件の中心は既存の法律の下で所長が申請を却下したことの適否にある。
19条1項2号は,居住地のない者についても実施機関を確保するために現在地を基準とする。
固定性を要求すれば1号で拾えない者を改めて排除し,2号の意味が失われる。
同条2項が,居住地が明らかでも急迫時には現在地を所管する機関が保護する別の規定を置いていることからも,1項2号に急迫を要求する理由はない。
所管の確認のためXの居住歴や現にいる区域を調査すること,他の機関への照会で重複を防ぐこと,収入や資産の状況を調べて必要な保護を決めることは許される。
シェルターは総定員100名に対し登録者が200名を超え,Xは現にそこへ帰らず市内で起居している。
前泊先を安定した居住地と評価できなくとも,場所の種類だけでY市内の現在地まで否定する理由はない。
Y市は法19条1項2号に従って審査すべきである。
平等について,最大判昭和33年10月15日は,憲法94条が認める条例制定権の下で,地方の実情に即した売春取締条例が各地で異なり得ることを理由に,その地域差から直ちに平等原則違反とはいえないとした。
本件は,各自治体が条例で別々の規律を設けた場面と異なり,同一の全国法が保障する保護を実施する場面である。
現地の調査方法等に違いを認める余地があっても,同程度に困窮し同様に市内に所在する者を,宿泊場所の類型で審査から排除できることにはならない。
地方側にも費用負担が生じることは,Y市の財政上の関心を説明する。
しかし,負担回避のために現在地を否定すれば,他の自治体に保護の事務や費用が集中し得る上,法が全国で確保しようとする保護の入口が失われる。
都市イメージも,Xの所在や保護の必要性とは関係がない。
同条件の者を一律に違って扱う合理的な理由は認められない。
本件却下は憲法25条・14条の趣旨に沿って解した生活保護法2条・19条に反し,取り消すべきである。
その上でY市が資産や収入等を審査し,要件に応じた保護を決定する。
2 選挙権
国は,憲法47条が選挙制度の具体化を立法に委ね,住所が選挙区の帰属,本人確認及び二重登録の防止を客観的に処理する基準になると反論するであろう。
居所を転々とする者について,どの選挙区に属するかを判定することには困難があるという指摘には理由がある。
通常の選挙人名簿に住所を用いることは合理的である。
シェルターに帰らないXに以前の住所がなおあると扱えば,住民基本台帳の正確性を損なう。
争点は,そのような住所を有しない者について,投票を可能にする別の仕組みを設けないことにある。
選挙人を定める規定を単純に無効にしても,誰がどこで投票できるかは決まらず,公正な選挙の執行を損ない得る。
在外国民判決との共通点は,国民に国政選挙権を認めながら制度上行使の経路がないことである。
代表者の選定に参加できるかが問われ,投票後に争っても当該選挙への参加は取り戻せないから,憲法47条の制度形成の余地を考慮しても,同判決の枠組みで実質的な制約を審査すべきである。
国外での情報提供や投票管理とは課題が異なり,国内では市町村間で記録を照合できる。
反面,一時的な滞在地を自由に選べるだけでは帰属を適切に定められない。
そこで,一定の基準日までの申出を求め,従前の住民記録と継続した起居を示す支援団体等の資料を照合し,転出や他の名簿への登録がないことを確かめる方法が考えられる。
Xの場合は従前からY市に生活上の結び付きがあり,市内の起居場所の変更は小選挙区を変えない。
直前の選挙区選択や重複を防ぐ負担を考慮しても,少なくともこの類型で投票を認めることが著しく困難だとはいえない。
よって,代替経路を欠く限度で違憲と考える。
地位確認は具体的な次回選挙について有効な救済となり得るが,判例の事案には既に在外選挙人名簿があった。
本問では帰属を判定する代替制度を欠くので,違憲の判断から直ちにXを特定の名簿に登録できるとまではいえない。
国家賠償法上は,国会議員が個々の国民に対して負う職務上の義務に違反したかを別に判断する。
平成17年判決によれば,権利行使の機会の確保に立法措置が必要不可欠であることが明白なのに,国会が正当な理由なく長期にわたり怠った場合などに,例外的に同法上の違法となる。
同判決では,在外国民の投票を可能にする法律案が閣議決定されて国会に提出され,廃案後も当該選挙まで10年以上立法措置が執られなかった。
本問の請願は行政機関である総務省に宛てたものである。
7年は短くなく,市内の生活関係を確認し得る者への対策を検討できたとするXの主張には理由がある。
他方,国会への伝達,具体的な制度案の検討状況,全国で帰属と重複を確認する仕組みに要した時間は与件から確定できない。
7年という数字のみで判断せず,措置の不可欠性を国会が認識し得た時点と,そこからの対応期間を評価すべきである。
本件の事実だけでは例外的な違法を認めるには足りない。
立証が補われれば,過失,適時に制度があればXが投票できたか,投票できなかった精神的損害を更に検討する。
3 出題の趣旨・採点実感を踏まえた解説
(1) 答案と評価項目の対応
設問1・2の各「1 生活保護」は番号1~9,各「2 選挙権」は番号10~21に対応する。
番号22~24は,両設問を通じた立場の分け方,反論への応答及び検討範囲に対応する。
番号1・5は生活保護の審査対象と現在地,番号13・14は選挙権の審査枠組みと制度の欠落に当たり,いずれも重み5である。
重み4・5及び条件付きの項目は次の表で個別に示す。
| 番号 | 重み | 評価項目 | 答案の該当箇所・留保 |
|---|---|---|---|
| 1 | 5 | 生活保護法19条の解釈適用と却下処分を審査対象とし,生活保護法自体の合憲性や最低生活水準を決める立法裁量と区別する。 | 設問1「1」,設問2「1」 |
| 2 | 4 | 憲法25条の保障を生活保護法1~3条が具体化していることを,同法19条の解釈の理由として使う。 | 設問1「1」,設問2「1」 |
| 3 | 4 | 失職・就労努力と不安定な収入,持病と受診断念から,保護の入口を閉ざすと生存と健康に具体的な危険が生じることを論じる。 | 設問1「1」 |
| 4 | 4 | Xの起居が不安定である事情を基に,前泊したインターネット・カフェが居住地に当たるかを,申請書の記載と実態を区別して論じる。 | 設問1「1」 |
| 5 | 5 | 居住地がないか明らかでない場合にY市内の現在地で生活保護法19条1項2号の実施機関を定め,一律却下の適否を判断する。 | 設問1「1」,設問2「1」 |
| 7 | 4 | Y市で排除されるXと,同じ困窮・滞在条件で他自治体の審査又は保護を受けられる者を比較し,憲法14条1項の問題を特定する。 | 設問1「1」,設問2「1」 |
| 8 | 4 | 東京都売春等取締条例事件の地域差の許容理由を説明し,条例制定による差と,全国法による生活保護の運用差を区別する。 | 設問2「1」第4段落。条例による地域差と全国法の運用を区別。 |
| 9 | 4 | 地方自治の余地と全国的な最低生活保障の関係を踏まえ,Y市の財政負担と都市イメージを理由に同条件の者を一律に排除する合理性を検討する。 | 設問2「1」 |
| 10 | 4 | 公職選挙法9条1項の積極要件と11条1項の欠格を,選挙人名簿による選挙権行使の条件と区別する。 | 設問1「2」 |
| 11 | 4 | 住基法15条と公職選挙法21条・27条・28条・42条の連鎖で,住民登録の抹消と選挙人名簿からの抹消を区別し,Xが投票できなくなった過程を説明する。 | 設問1「2」 |
| 12 | 4 | 国民主権と代表民主制における選挙権・投票権の機能から審査密度を理由付け,表現の自由からその保障を導かない。 | 設問1「2」第2段落(選挙権の憲法上の根拠) |
| 13 | 5 | 在外国民選挙権判決を踏まえ,選挙の公正を保ちながら投票を可能にすることが事実上不能又は著しく困難といえるかで全面的な行使制限を検討する。 | 設問1「2」,設問2「2」 |
| 14 | 5 | 通常の住所・名簿制度の機能を保ちながら,住所のない者の投票を可能にする制度を欠くことを憲法審査の対象として明示する。 | 設問1「2」,設問2「2」 |
| 15 | 4 | 憲法47条による選挙制度の形成と,住所による選挙区への帰属・本人確認・二重登録防止の機能を踏まえ,制度維持の反論に答える。 | 設問2「2」 |
| 16 | 4 | XがY市内で起居し,市全域が一小選挙区であることを,選挙区帰属を確認する難しさの評価に使う。 | 設問1「2」,設問2「2」 |
| 17 | 4 | 本人確認と重複・恣意的な登録を抑える代替措置を示し,選挙の公正と投票機会を両立できるか検討する。 | 設問1「2」,設問2「2」 |
| 18 | 4 | 立法不作為の憲法適合性と,国会議員の個人に対する職務上の義務に照らした国家賠償法1条1項の違法性を分ける。 | 設問2「2」末尾2段落。実体違憲と国賠法上の違法を区別。 |
| 19 | 4 | 在外国民選挙権判決に基づき,立法措置が必要不可欠であることが明白で,国会が正当な理由なく長期間怠ったかを検討する。 | 設問2「2」末尾2段落。実体違憲と国賠法上の違法を区別。 |
| 20 | 4 | 総務省への請願と7年の経過を,在外国民選挙権判決における法案提出・廃案後の経過と比べ,国会の認識可能性と対応に必要な期間を評価する。 | 設問2「2」末段落。国会への法案提出・廃案後の経過と,総務省への請願を対比。 |
| 21 | 3 | 【条件付き】選挙権行使の審査に判例と異なる枠組みを採る場合も,採用理由と,選挙の公正を確保しつつ投票を認める方策の可否を具体的に示す。 | 設問2「2」。本答案は判例の枠組みを採用しているため適用外。 |
(2) 設問1で構成するXの主張
出題の趣旨は,住まいを失った者が,生活保護と投票の機会から排除される仕組みの検討を求めている。
答案では,生活保護法の目的から第19条の現在地を解釈し,生存と健康への影響を事実で示した(番号1~5)。
次いで,他自治体との比較を示し,選挙権については資格と行使を分け,具体的な選挙で投票できなかった理由を名簿制度から説明した(番号7,10~13)。
通常の制度を残した上で必要な代替経路を求める点が,番号14の対象の特定に当たる。
(3) 設問2で反論を検討する方法
生活保護について,出題の趣旨と採点実感は,全国法の運用と条例制定による地域差の違いを検討するよう求めている。
答案は,昭和33年大法廷判決の理由を示し,Y市が現地の調査を工夫できることと,保護を一律に排除できることを区別した(番号6~9)。
選挙権について,採点実感は,選挙の公正を維持したまま投票の機会を確保できるかを,事実に即して検討することを求めている。
答案の基準日,従前の記録の利用,市町村間照合は,問題の事情をもとにした記事独自の例であり,法務省が特定の方式を指定したものではない(番号15~17)。
国家賠償については,判決が認定した法案提出と廃案後の経過を本問の総務省宛て請願と比べ,立法不作為の違憲性と,国会議員の職務上の義務違反とを分けた(番号18~20)。
(4) 答案の弱点と扱わなかった事項
Y市との関係を確認できるXの類型を対象としたため,従前の登録が全くない者や市町村を移動する者の制度設計は扱っていない。
次回の投票可能な地位の確認を求める場合も,具体的な選挙と帰属を示せるかという問題が残る。
国民健康保険は受診できなくなった経緯として使い,保険資格の適否を別の憲法問題としては論じていない。
第6 関連記事
1 同じ年度の司法試験
平成22年司法試験論文式試験の主要7科目の模範解答と評価項目
平成22年新司法試験の結果・出題の趣旨・採点実感等(法務省)
平成22年司法試験公法系第2問(行政法)の模範解答と評価項目
2 同じ科目の別の年度の記事
平成23年司法試験公法系第1問(憲法)の模範解答と評価項目
令和7年度司法試験公法系第1問の模範解答と評価項目
3 本問の論点に関連する資料
ホームレスに対する生活保護の適用について(平成15年7月31日,厚生労働省)
第7 出典及び確認状態
1 公式資料
論文式試験問題集[公法系科目](PDF1~6頁)
平成22年新司法試験論文式試験問題出題趣旨(PDF1頁の公法系科目第1問)
平成22年新司法試験の採点実感等に関する意見(憲法)(PDF1~4頁)
平成22年新司法試験の実施日程等について(司法試験委員会決定)
2 法令
日本国憲法14条,15条,25条,43条,44条,47条及び94条を参照した。
生活保護法1~3条及び19条並びに住民基本台帳法15条は,問題の参考資料に掲げられた試験当時の条文によった。
公職選挙法は,9条,11条,12条,21条,27条,28条及び42条を参照した。
試験日当時の版はe-Gov法令検索で閲覧できないため,昭和44年法律第30号の公布条文と,e-Gov法令検索で閲覧できる最も古い平成29年1月1日施行版とを照らし合わせた。
答案で用いた21条1項(市町村の区域内の住所と,引き続き3箇月以上の住民基本台帳への記録),27条1項(住所を有しなくなった旨の表示)及び28条2号(住所を有しなくなった日後4箇月の経過による抹消)の内容は,両方の版で同じである。
42条1項(選挙人名簿に登録されていない者は原則として投票できないこと)は平成29年1月1日施行版の条文によるものであり,問題文も同項を「住所」要件の規定として掲げている。
平成29年1月1日施行版にある,住所を移してから4箇月を経過しない者を従前の市町村の名簿に登録する21条2項と,年齢満18年以上の選挙権年齢は,昭和44年の公布条文にはなく,答案では用いていない。
国の賠償責任については,国家賠償法1条1項と下記大法廷判決を参照した。
3 裁判例
最大判昭和33年10月15日・刑集12巻14号3305頁(東京都売春等取締条例事件)(PDF1~2頁の多数意見)
最大判平成17年9月14日・民集59巻7号2087頁(在外国民選挙権訴訟)(理由第2~第4の関連部分及び主文)
4 確認状態
問題,出題の趣旨及び採点実感は,第1問に関わる範囲を読んだ。
答案は平成22年5月16日を法令の基準とし,問題文の仮設の日付は事実関係として用いている。
当時の条文の参照範囲は前記の資料の記載を中心とし,試験後の法改正や裁判例を答案の根拠にしていない。
採点実感の具体例は答え方の資料であり,判例の理由は裁判所ウェブサイトに掲載された判決原文に照らし合わせている。