第1 文書回答の結論
1 対象と基準日
本記事は,東京国税局審理課長が令和8年6月9日に回答し,国税庁ホームページに令和8年10月1日に掲載された文書回答「公益財団法人が遺贈を受けた後に遺留分侵害額請求に基づき金銭を支払う場合の税務上の取扱いについて」(https://www.nta.go.jp/about/organization/tokyo/bunshokaito/hojin/260609/index.htm )を説明する。
確認日は令和8年11月2日である。
通常の会社への遺贈は,会社への不動産遺贈で確認する税金―みなし譲渡・受贈益・遺留分の精算で説明している。
2 結論
公益財団法人が包括遺贈を受け,賃貸建物の取得により収益事業である不動産貸付業を行うことになった場合でも,遺留分権利者に支払う金銭の額は,その不動産貸付業から生ずる所得の金額の計算上,損金の額に算入されない。
これが照会者の見解であり,東京国税局は,照会に係る事実関係を前提とする限り,貴見のとおりで差し支えないと回答した。
もっとも,回答は東京国税局としての見解であり,事前照会者の申告内容等を拘束するものではない。
事実関係が異なる場合又は新たな事実が生じた場合には,回答内容と異なる課税関係が生ずることがあるとも明記されている。
第2 照会の事実関係
照会者は,法人税法上の公益法人等に該当する公益財団法人である。
公正証書遺言に基づき,死亡した個人から,相続開始時に有していた一切の財産を包括的に取得することとなった。
財産には,現金・預金,賃貸中の建物及びその建物に係る借地権が含まれている。
この賃貸建物の取得により,照会者は,新たに法人税法上の収益事業として不動産貸付業を行うこととなる。
遺言者には遺留分権利者がいる。
そこで,遺留分権利者から民法1046条1項に基づく請求を受けて支払う金銭の額が,不動産貸付業の所得の計算上損金になるかが照会された。
第3 なぜ問題になるのか
公益法人等は,収益事業から生ずる所得についてのみ法人税が課され(法人税法6条),収益事業とそれ以外の事業の経理を区分しなければならない(法人税法施行令6条)。
法人税基本通達15-2-5(1)は,収益事業について直接要した費用の額又は収益事業について直接生じた損失の額を,収益事業に係る費用又は損失の額として経理するとしている。
同通達(2)は,収益事業と収益事業以外の事業とに共通する費用又は損失の額を,継続的に,資産の使用割合等の合理的な基準により配賦するとしている。
遺留分を算定するための財産の価額には,賃貸建物の価額も含まれる(民法1043条1項)。
そうすると,支払額に遺産全体に占める賃貸建物の割合を乗じた金額は,不動産貸付業の損金になるのではないか,という疑問が生じる。
照会者は,この疑問を明示した上で,損金算入されないとの見解を示した。
第4 照会者の理由
照会者の説明は,次の2段階である。
①特定の費用又は損失が収益事業に直接要し又は直接生じたものかは,個々の費用又は損失の性質,その発生原因などに応じて合理的に判断すべきである。
②本件の支払額は,遺贈に伴い遺留分が侵害され,遺留分権利者が遺留分侵害額請求権を行使したことによって生じた損失であり,賃貸建物の貸付けに要した費用又は貸付けから生じた損失ではない。
つまり,算定の基礎に賃貸建物が含まれていても,支払の発生原因が貸付けにあるとはいえない,というのが照会者の説明である。
これは,遺留分侵害額請求権が金銭債権であることとも整合すると考えられる。
民法1046条1項は,受遺者に対し遺留分侵害額に相当する金銭の支払を請求できると定めており,賃貸建物そのものの返還を求める権利としていない。
第5 平成4年の最高裁判決との関係
1 判決の内容
遺留分の支払と法人の課税については,最高裁平成4年11月16日判決(平成3年(行ツ)第84号,最高裁判所裁判集民事166号613頁,判例秘書の判例番号 L04710093)がある。
同判決は,法人に対する遺贈について遺留分減殺請求がされ,受遺者が価額による弁償を行ったときは,その遺贈は所得税法59条1項1号の遺贈に当たるとした。
遺言者の譲渡所得は,遺留分の精算があっても影響を受けないという結論である。
大堀誠一裁判官の補足意見は,法人が受遺者である場合,遺贈による収益には法人税が課され,「法人の支出した右価額弁償金の額は、法人税の所得計算上その支払の時の損金に算入されることとなる」と述べている。
味村治裁判官の反対意見も付されている。
2 文書回答と矛盾しない理由
補足意見は,法人の所得計算一般の話である。
これに対し,文書回答は,公益法人等について,収益事業から生ずる所得の計算上損金に算入されるかを問題にしている。
公益法人等には法人税が収益事業から生ずる所得についてのみ課される(法人税法6条)以上,収益事業以外の事業に係る費用又は損失は,収益事業の所得の計算では損金にならない。
したがって,「法人が払った遺留分は損金になる」という一般論を,公益法人の収益事業にそのまま当てはめることはできないと考えられる。
もっとも,同判決は,改正前の民法の遺留分減殺請求と価額弁償に関するものであり,補足意見は判決の多数意見そのものではない。
現行の民法1046条の遺留分侵害額請求は,はじめから金銭の支払を請求する権利であるから,遺贈が失効して復活するという補足意見の説明はそのまま当てはまらない。
遺贈の効力が失われない以上,遺言者のみなし譲渡所得に影響しないという結論は,現行法の下でも同じ方向になると考えられる。
第6 この回答が扱っていないこと
文書回答の対象は,遺留分の支払額を不動産貸付業の所得の計算上損金に算入するかどうかに限られる。
次の点は,回答の対象ではない。
①公益財団法人が遺贈により取得した財産に係る受贈益の取扱い。
②賃貸建物が公益目的事業に該当する場合。
法人税法施行令5条2項1号は,公益社団法人又は公益財団法人が行う事業のうち公益目的事業に該当するものは収益事業に含まれないとしている。
回答は,不動産貸付業が収益事業となることを前提にしている。
③金銭の代わりに不動産等を移転する場合の課税。
④遺言者側のみなし譲渡所得税。
⑤公益財団法人以外の法人。
通常の会社には,収益事業と収益事業以外の事業の区分という前提がない。
類似の事案でも,文書回答をそのまま当てはめることはできない。
国税庁は,文書回答事例について,照会と事実関係などが異なる場合はもちろん,類似の事例であっても取扱いが異なる場合があるとしている。
第7 遺贈を受ける公益法人が確認すること
1 包括遺贈は債務と申告も引き継ぐ
包括受遺者は,相続人と同一の権利義務を有する(民法990条)。
国税通則法5条1項は,相続人に包括受遺者を含むものとして,被相続人に課されるべき国税等の納付義務の承継を定めている。
所得税法59条1項1号は,法人に対する遺贈による山林又は譲渡所得の基因となる資産の移転を時価による譲渡とみなす。
租税特別措置法40条は,公益法人等に対する遺贈について,一定の要件を満たし国税庁長官の承認を受けた場合に,所得税法59条1項1号の適用上,その遺贈がなかったものとみなすことを定めている。
そのため,全財産の包括遺贈を受ける公益法人は,遺言者の準確定申告(所得税法2条2項,125条),みなし譲渡所得税,承認申請の要否及び期限を,遺贈を受ける判断と同時に確認する必要があると考えられる。
納税義務の承継は,被相続人の未納の国税は相続人がどう引き継ぐか―国税通則法5条の相続分による承継,遺産分割との関係,納付責任額,限定承認・相続放棄及び大阪国税局の承継マニュアルで説明している。
2 遺留分の支払原資を確保する
遺留分は,兄弟姉妹以外の相続人に認められ,直系尊属のみが相続人である場合は遺留分を算定するための財産の価額の3分の1,それ以外は2分の1である(民法1042条1項)。
遺留分侵害額の請求権は,遺留分権利者が相続の開始及び遺留分を侵害する遺贈があったことを知った時から1年間行使しないときは時効によって消滅し,相続開始の時から10年を経過したときも同様である(民法1048条)。
遺産が賃貸建物と借地権に偏っている場合,金銭の支払原資が不足するおそれがあると考えられる。
受遺者は遺贈の目的の価額を限度として遺留分侵害額を負担する(民法1047条1項)が,包括遺贈を受けるかどうかの判断では,遺留分の額と税負担を先に見積もることが望ましい。
3 遺言を作る側が確認すること
公益法人への全財産の遺贈を希望する場合,遺言者の側でも,法定相続人の有無,遺留分の額,流動性のある財産の割合を確認しておくことが望ましい。
遺留分侵害額を支払えば,遺贈の目的である公益活動に使える財産はその分だけ減ると考えられる。
遺贈寄附の受入れ方針を法人側に事前に確認することも考えられる。
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第9 出典
最高裁平成4年11月16日判決(平成3年(行ツ)第84号,最高裁判所裁判集民事166号613頁,判例秘書の判例番号 L04710093)
東京国税局「公益財団法人が遺贈を受けた後に遺留分侵害額請求に基づき金銭を支払う場合の税務上の取扱いについて」(令和8年6月9日回答。https://www.nta.go.jp/about/organization/tokyo/bunshokaito/hojin/260609/index.htm )及び同別紙(https://www.nta.go.jp/about/organization/tokyo/bunshokaito/hojin/260609/01.htm )
国税庁「文書回答手続をご利用ください!」(https://www.nta.go.jp/law/bunshokaito/tokusetsu.htm )
法人税基本通達15-2-5(https://www.nta.go.jp/law/tsutatsu/kihon/hojin/15/15_02.htm )
法人税法2条13号,6条
法人税法施行令5条,6条
民法990条,1042条,1043条,1046条,1047条,1048条
国税通則法5条
所得税法2条,59条,125条
租税特別措置法40条