おとり捜査の限界と,訴因変更・釈明・不意打ちの三つの問題を,公式資料から抽出した50項目と約5000字の答案で確認する。
第1 この記事の対象と結論
本記事は,令和4年司法試験論文式試験・刑事系科目第2問を対象とし,完成答案と50項目の評価表を示す。評価表は法務省の公式採点基準ではなく,公式の出題の趣旨と採点実感から本記事が独自に抽出したものである。
本問の中心は,おとり捜査の適法性,放火の具体的着火方法が変わる場合の訴因変更の要否,検察官が釈明した共謀日と異なる日の共謀を認定する場合の防御保障である。答案では,初期の捜査を適法,取引中止申出後の増量・割増代金等による誘導を違法と解し,設問2-1では例外的に変更不要,設問2-2では変更不要としてもそのまま有罪判決することは許されないとする。これらは理由を伴う答案上の結論であり,公式資料が結論を一律に指定したものではない。
重み5は14項目である。捜査の違法性の実質的理由から判断枠組みを導くこと,訴因変更の二段階判断,釈明の効果を先に判断すること及び不意打ち防止措置が骨格になる。許容分岐を別の立場の答案へ累積要求しない。
第2 評価項目の示し方と重み付けの基準
1 評価項目の示し方
一つの項目に一つの判定対象を置き,答案の具体的記載から充足を判断できる形にした。項目の区分は必須・高評価・負例・許容分岐とし,必要なものには適用条件を示す。負例は避けるべき誤りを示す。各資料の根拠欄は頁と内容の要約であり,公式配点を示さない。「記載なし」は本問の関連範囲を実読した結果である。一般的な学習指針は項目数に混ぜていない。
2 5段階の重み付けの基準
重み5=採点実感が評価の分かれ目とした事項又は答案の骨格。重み4=出題の趣旨が検討を求め,採点実感も評価又は具体的な誤りの指摘を通じて取り上げた事項。重み3=一方が明示する中核の理由付け。重み2=一方が軽く触れる補強又は典型的誤り。重み1=一方が控えめに触れるだけの事項。本記事は重み4を高評価の記述だけに限定しない。件数を各段階に割り当ててから重みを付ける方法は採っていない。
第3 本問の概要
設問1では,身元不明の大麻密売人甲に対し,警察官PがAの紹介で買い手を装う。甲は100グラムのサンプルを渡した後,取引の中止を申し出るが,Pは代金を1.5倍にし,5キロを10キロへ増量する。AもPの信用を保証し,甲は大麻を持参して検挙される。この各段階の適法性を具体的事実から論じる。
設問2-1では,乙の放火について,訴因の「点火した石油ストーブを倒し」という着火方法を「何らかの方法で」と認定できるかが問題になる。別の着火方法は専門家の補充尋問に現れ,双方には追加の主張立証の機会が与えられている。設問2-2では,共謀のみの甲について,冒頭陳述で釈明された11月1日の共謀を双方が争った後,裁判所が11月2日の共謀という心証を得る。両設問とも判示の十分性は検討対象外である。
第4 評価項目と重み
1 設問1
| 番号 | 評価項目 | 重み | 出題の趣旨 | 採点実感 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | おとり捜査の意義を身分・意図の秘匿、働き掛け、実行時の検挙によって示す[必須] | 4 | 19頁・設問1(おとり捜査の意義に関する理解に関する記述) | 8頁・設問1(おとり捜査の意義について示した上でに関する記述) |
| 2 | 特別の根拠規定がない中で任意捜査として許容される法的性質を論じる[必須] | 4 | 19頁・設問1(特別の根拠規定がなくに関する記述) | 8頁・設問1(おとり捜査の法的性質を論じることが求められるに関する記述) |
| 3 | 犯罪創出・不公正又は人格的自律への侵害から違法性の実質的理由を述べる[高評価] | 5 | 19頁・設問1(不公正な捜査方法に関する記述) | 10頁・設問1(実質的な理由についての自己の見解に関する記述) |
| 4 | 違法性の実質的理由と強制・任意の区別の基準を整合させる[必須] | 4 | 19頁・設問1(法的性質との整合性に関する記述) | 8頁・設問1(実質的理由との関係を意識した論述に関する記述) |
| 5 | 実質的理由から適法性の判断基準・判断要素を導く[高評価] | 5 | 20頁・設問1(判断基準と判断要素に関する記述) | 9頁・設問1(判断基準及び判断要素に関する記述) |
| 6 | 機会提供・犯意誘発の区別だけで判例の判断を尽くしたとしない[必須] | 4 | 20頁・設問1(どちらに当たるかのみに関する記述) | 9頁・設問1(比例原則から必要性に関する記述) |
| 7 | 必要性と対置する権利・利益を特定する[必須](比例原則を採用する答案) | 4 | 19頁・設問1(人格的自律権・個人の尊厳に関する記述) | 9頁・設問1(必要性に対置される権利・利益に関する記述) |
| 8 | 平成16年決定の「少なくとも」を必要十分条件と取り違えない[負例] | 2 | 記載なし | 9頁・設問1(少なくともに関する記述) |
| 9 | 紹介者限定の密売の閉鎖性を通常捜査の困難と結び付ける[必須] | 3 | 20頁・設問1(密売先は紹介者に限られに関する記述) | 記載なし |
| 10 | 架空名義・電話の変更・身元所在地不明を通常捜査の困難と評価する[必須] | 3 | 20頁・設問1(携帯電話の契約名義は架空人名義に関する記述) | 間接(8頁・具体的事実を評価する包括的要請) |
| 11 | 尾行失敗による通常捜査の困難を評価する[必須] | 3 | 20頁・設問1(尾行した際も見失っているに関する記述) | 記載なし |
| 12 | Aの現在の密売情報から事前の犯罪意思の嫌疑を評価する[必須] | 3 | 20頁・設問1(甲が今でも大麻を密売しているに関する記述) | 記載なし |
| 13 | サンプル取引への応諾を事前の犯罪意思の判断に用いる[必須] | 3 | 20頁・設問1(サンプルとしての大麻の取引に応じに関する記述) | 記載なし |
| 14 | 甲の10キロ取扱発言を大量取引への意思・能力の資料として評価する[必須] | 3 | 20頁・設問1(10キログラム程度の大麻に関する記述) | 記載なし |
| 15 | 直接の被害者がいない犯罪の性質を評価する[必須] | 3 | 20頁・設問1(直接の被害者がいない犯罪に関する記述) | 記載なし |
| 16 | 警察による大麻の回収見込みを法益侵害の危険と結び付ける[必須] | 3 | 20頁・設問1(回収されることが見込まれているに関する記述) | 記載なし |
| 17 | 初回の取引場所への不安とPによる手配の意味を評価する[必須] | 3 | 20頁・設問1(取引場所を気にする発言に関する記述) | 記載なし |
| 18 | 甲の取引中止申出を後期の評価の変化として扱う[必須] | 3 | 20頁・設問1(明日の取引はやめたいに関する記述) | 間接(8頁・具体的事実を評価する包括的要請) |
| 19 | X組との関係を装う誘導の意味を評価する[必須] | 3 | 20頁・設問1(暴力団X組と交遊があるかのように装いに関する記述) | 間接(8頁・具体的事実を評価する包括的要請) |
| 20 | 1.5倍の代金提示を利益誘導として評価する[必須] | 3 | 20頁・設問1(約束した代金の1.5倍に関する記述) | 間接(8頁・具体的事実を評価する包括的要請) |
| 21 | 10キロへの増量提案を犯罪の拡大との関係で評価する[必須] | 3 | 20頁・設問1(10キログラムの大麻を買っても良いに関する記述) | 間接(8頁・具体的事実を評価する包括的要請) |
| 22 | Aによる信用保証を警察側の働き掛けとして評価する[必須] | 3 | 20頁・設問1(Aに指示しに関する記述) | 間接(8頁・具体的事実を評価する包括的要請) |
| 23 | サンプルで逮捕せず大量所持時に逮捕した選択を実質的違法理由から検討する[高評価] | 5 | 20頁・設問1(甲を逮捕せずに関する記述) | 9頁・設問1(逮捕することができたものの逮捕せずに関する記述) |
| 24 | 反対方向の事実も抽出し採用した基準に即して結論を導く[高評価] | 5 | 20頁・設問1(抽出した事実の持つ意味を的確に評価に関する記述) | 9頁・設問1(反対の結論に導き得る事実に関する記述) |
| 25 | 「機会があれば犯罪を行う意思」と犯罪成立要件の故意を混同しない[負例] | 2 | 記載なし | 9頁・設問1(故意と同一のものに関する記述) |
| 26 | 働き掛けが強いという評価を実質的違法理由に結び付ける[必須] | 4 | 20頁・設問1(判断基準に当てはめてに関する記述) | 9頁・設問1(働きかけが強いことが違法方向に作用する理由に関する記述) |
2 設問2-1
| 番号 | 評価項目 | 重み | 出題の趣旨 | 採点実感 |
|---|---|---|---|---|
| 27 | 訴因の本質を具体的な犯罪事実の主張として示す[必須] | 4 | 20頁・設問2-1(いわゆる事実記載説に関する記述) | 8頁・設問2-1(訴因の本質を踏まえつつに関する記述) |
| 28 | 訴因変更の要否を変更の可否・訴因特定・判示十分性と混同しない[必須] | 5 | 20頁・設問2-1(訴因変更の要否に関する記述) | 9頁・設問2-1(訴因変更の可否の問題のみに関する記述) |
| 29 | 審判対象の特定に不可欠な事実の変更は防御状況にかかわらず変更を要すると示す[必須](判例枠組みを採用する答案) | 5 | 21頁・設問2-1(防御活動のいかんにかかわらずに関する記述) | 9頁・設問2-1(この例外を第1段階の検討において適用に関する記述) |
| 30 | 着火方法の変更が事件の識別を変えない理由を具体化する[必須](判例枠組みを採用する答案) | 4 | 21頁・設問2-1(審判対象画定に必要不可欠な事実の変動に関する記述) | 10頁・設問2-1(十分な理由を示すことなくに関する記述) |
| 31 | 防御上一般的に重要な事実が訴因に明示された場合の変更原則を示す[必須](判例枠組みを採用する答案) | 5 | 21頁・設問2-1(それが訴因に明示された以上に関する記述) | 9頁・設問2-1(当該事実が訴因として明示されているに関する記述) |
| 32 | 明示された具体的着火方法が防御に重要である理由を示す[必須](判例枠組みを採用する答案) | 4 | 21頁・設問2-1(被告人の防御にとって重要な事実の変動に関する記述) | 10頁・設問2-1(防御にとって重要な事実の変動とはいえないに関する記述) |
| 33 | 不意打ちなしと不利益なしの両方を例外の条件として示す[必須](第2段階に到達する答案) | 5 | 21頁・設問2-1(被告人に不意打ちを与えずに関する記述) | 8頁・設問2-1(かつ、被告人にとって不利益であるといえないに関する記述) |
| 34 | 専門家の補充尋問で別の着火方法が顕在化したことを評価する[必須] | 4 | 21頁・設問2-1(証人への尋問状況に関する記述) | 10頁・設問2-1(石油ストーブを倒す方法以外での着火に関する記述) |
| 35 | 裁判所の追加主張立証の確認と双方の応答を防御機会として評価する[必須] | 4 | 21頁・設問2-1(当事者への働きかけに関する記述) | 10頁・設問2-1(追加の主張、立証の予定に関する記述) |
| 36 | 乙が放火態様を争っていないとの誤認を避ける[負例] | 2 | 記載なし | 10頁・設問2-1(被告人が放火の態様を争っていないに関する記述) |
| 37 | 概括化によって罪責等が不利益に変更されないことを独立に検討する[必須](変更不要の例外を採用する答案) | 4 | 21頁・設問2-1(被告人にとって不利益であるといえない場合に関する記述) | 8頁・設問2-1(かつ、被告人にとって不利益であるといえないに関する記述) |
| 38 | 平成24年決定の事案との差を審理過程から示す[高評価](判例を採用する答案・番号の暗記自体は要件でない) | 4 | 21頁・設問2-1(最決平成24年2月29日に関する記述) | 8頁・設問2-1(平成24年決定に示された判断も意識に関する記述) |
3 設問2-2
| 番号 | 評価項目 | 重み | 出題の趣旨 | 採点実感 |
|---|---|---|---|---|
| 39 | 釈明内容が訴因になるかを変更要否に先立って検討する[必須] | 5 | 21頁・設問2-2(検察官が釈明した内容が訴因の内容になるのかに関する記述) | 10頁・設問2-2(最初から訴因変更の要否を論じるに関する記述) |
| 40 | 訴因の明示・特定に必要な事項の釈明は訴因になるという一般則を示す[必須](この一般則を採用する答案) | 5 | 21頁・設問2-2(訴因の明示・特定に必要な事項に関する記述) | 8頁・設問2-2(なるとすればどのような場合に関する記述) |
| 41 | 識別説から共謀日時を必要事項としない理由を示す[許容分岐](識別説を採用又は説明する答案) | 4 | 21頁・設問2-2(いわゆる識別説に関する記述) | 8頁・設問2-2(共謀の日にちがこれに該当せずに関する記述) |
| 42 | 防御権説では共謀のみの被告人との関係で日時の必要性を説明する[許容分岐](防御権説を採用又は説明する答案) | 3 | 21頁・設問2-2(共謀のみに関与した被告人との関係に関する記述) | 記載なし |
| 43 | 取り込まれたとする場合は変更要否と防御状況を続けて判断する[許容分岐](取り込みを肯定する構成) | 4 | 22頁・設問2-2(訴因変更の要否が問題となるに関する記述) | 7頁・設問2-2(訴因変更の要否の問題となりに関する記述) |
| 44 | 取り込まれない場合も不意打ち防止措置の必要を検討する[必須](取り込みを否定する構成) | 5 | 22頁・設問2-2(裁判所が何らかの措置を講じる必要に関する記述) | 10頁・設問2-2(これを否定する場合であってもに関する記述) |
| 45 | 共謀のみの甲にとって共謀日が防御の中心であると評価する[必須] | 4 | 21頁・設問2-2(共謀のみに関与した被告人に関する記述) | 10頁・設問2-2(甲は共謀のみに関与しに関する記述) |
| 46 | 1日のアリバイと尋問・論告弁論の経過から争点を具体化する[必須] | 4 | 22頁・設問2-2(審理の経過等に関する記述) | 10頁・設問2-2(その日の共謀の有無をめぐりに関する記述) |
| 47 | 2日の共謀が顕在化しないまま1日の防御を排斥する不意打ちを認定する[必須](取り込み否定説でも検討) | 5 | 22頁・設問2-2(争点として顕在化させることなく認定に関する記述) | 11頁・設問2-2(どのような場合に不意打ちとして許されないかに関する記述) |
| 48 | 弁論再開・争点明示・釈明・追加の防御機会という具体的措置を示す[必須](不意打ちがあるとする答案) | 5 | 22頁・設問2-2(裁判所として採るべき措置に関する記述) | 8頁・設問2-2(何らかの措置を講じる必要に関する記述) |
| 49 | 共謀一般の否認や訴因の文言が同じというだけで不意打ちを否定しない[負例] | 2 | 記載なし | 10頁・設問2-2(当事者間で共謀をめぐって争われているに関する記述) |
4 答案全体
| 番号 | 評価項目 | 重み | 出題の趣旨 | 採点実感 |
|---|---|---|---|---|
| 50 | 規範を具体的事実の意味と結び付け理由ある結論まで完結させる[高評価] | 5 | 19頁・答案全体(具体的結論に至る思考過程に関する記述) | 11頁・答案全体(事例中の事実をただ書き写しているに関する記述) |
5 重みの分布
| 重み | 項目数 | 重みの合計 |
|---|---|---|
| 5 | 14 | 70 |
| 4 | 17 | 68 |
| 3 | 15 | 45 |
| 2 | 4 | 8 |
| 1 | 0 | 0 |
| 合計 | 50 | 191 |
N=50,W=191。重み5は14項目,4は17項目,3は15項目,2は4項目,1は0項目である。これは抽出項目の集計であり,公式配点ではない。
重み5の全項目は次のとおりである。各項目は現在の公開表の番号で確認できる。
番号3:犯罪創出・不公正又は人格的自律への侵害から違法性の実質的理由を述べる。適用条件:採用説に対応する理由を示す。重み5の理由:採用構成の骨格を形成する。
番号5:実質的理由から適法性の判断基準・判断要素を導く。適用条件:選択した枠組みに応じる。重み5の理由:採用構成の骨格を形成する。
番号23:サンプルで逮捕せず大量所持時に逮捕した選択を実質的違法理由から検討する。適用条件:全答案。重み5の理由:採用構成の骨格を形成する。
番号24:反対方向の事実も抽出し採用した基準に即して結論を導く。適用条件:全答案。重み5の理由:採用構成の骨格を形成する。
番号28:訴因変更の要否を変更の可否・訴因特定・判示十分性と混同しない。適用条件:全答案。重み5の理由:採用構成の骨格を形成する。
番号29:審判対象の特定に不可欠な事実の変更は防御状況にかかわらず変更を要すると示す。適用条件:判例枠組みを採用する答案。重み5の理由:採用構成の骨格を形成する。
番号31:防御上一般的に重要な事実が訴因に明示された場合の変更原則を示す。適用条件:判例枠組みを採用する答案。重み5の理由:採用構成の骨格を形成する。
番号33:不意打ちなしと不利益なしの両方を例外の条件として示す。適用条件:第2段階に到達する答案。重み5の理由:採用構成の骨格を形成する。
番号39:釈明内容が訴因になるかを変更要否に先立って検討する。適用条件:全答案。重み5の理由:採用構成の骨格を形成する。
番号40:訴因の明示・特定に必要な事項の釈明は訴因になるという一般則を示す。適用条件:この一般則を採用する答案。重み5の理由:採用構成の骨格を形成する。
番号44:取り込まれない場合も不意打ち防止措置の必要を検討する。適用条件:取り込みを否定する構成。重み5の理由:採用構成の骨格を形成する。
番号47:2日の共謀が顕在化しないまま1日の防御を排斥する不意打ちを認定する。適用条件:取り込み否定説でも検討。重み5の理由:採用構成の骨格を形成する。
番号48:弁論再開・争点明示・釈明・追加の防御機会という具体的措置を示す。適用条件:不意打ちがあるとする答案。重み5の理由:採用構成の骨格を形成する。
番号50:規範を具体的事実の意味と結び付け理由ある結論まで完結させる。適用条件:全答案。重み5の理由:採用構成の骨格を形成する。
第5 模範解答
1 答案の前提と表記
試験実施日である令和4年5月14日当時の法令を基準とする。大麻に関する法令は問題文の参照条文を前提とし,現在の法令へ置き換えない。見出しを1・(1)・アの順に下げ,問題の所在,規範,当てはめ,結論を論点ごとに示す。答案本文は見出しを含め,改行を除いて5,027字である。
判例の許容例を唯一の許容条件にせず,捜査の必要性と公正・自律への侵害を具体的に比較する。公判では,訴因に取り込まれるか,訴因変更を要するか,不意打ち防止措置を要するかを区別する。識別説を主位とし,防御権説を条件付きの別構成として示す。
2 答案
1 設問1について
(1) 捜査の性質及び判断枠組み
ア Pは警察官という身分と検挙目的を秘し,大麻の買い手を装って甲に取引を求め,甲が大麻を持参したところで検挙している。AもPの依頼を受けて紹介と信用の保証を行っているから,これらは捜査機関又はその依頼を受けた協力者が身分・意図を秘して犯罪を実行するよう働き掛け,実行に出た相手方を検挙するおとり捜査に当たる。
イ おとり捜査は虚偽を用いるが,相手方が取引に応じるかを決める余地を残しており,直ちに意思を制圧して重要な権利利益を制約する強制処分となるわけではない。ただし,犯罪を防止・摘発する機関が犯罪を作り出して処罰するのは公正な捜査に反し,働き掛けが相手方の自律的な意思決定を損なうことも問題となる。虚偽による誘導は,直ちに意思制圧を伴う強制処分に当たらなくても,捜査の公正と人格的自律を害し得る。任意捜査であっても刑事訴訟法197条1項の必要性・相当性の限界に服する。
少なくとも,直接の被害者がいない薬物犯罪等について,通常の捜査方法だけでは摘発が困難な場合に,機会があれば犯罪を行う意思があると疑われる者を対象とするおとり捜査は,同項に基づく任意捜査として許容される。これは許容される場合を示す判例の基準であり,その要素を唯一の許容条件とするものではない。また,ここでいう犯罪意思は,機会があれば実行する事前の意思傾向であって,個々の犯罪成立要件としての故意と同じではない。ただし,既存の犯罪意思が疑われるという一事で全ての誘導が適法になるのではない。対象犯罪の性質,嫌疑と通常捜査の困難性,働き掛けの内容・程度,対象者の反応等を具体的に検討し,犯罪意思を新たに作り出したり,既存の意思を著しく超える犯罪を誘発したりする手段を排除すべきである。
(2) 11月23日までの捜査
ア 本件は大麻密売の摘発を目的とし,直接の被害者がいない薬物犯罪の捜査である。取引される大麻は警察が回収する予定であり,第三者への流通による法益侵害を生じさせる危険は小さい。甲は異なる契約名義の携帯電話を順次使い,関係者の供述でも身元や所在地が分からず,Pらの調査で電話の契約名義人も架空と判明した。栽培場所や大麻の所在も把握できていないから,紹介者だけに密売する閉鎖性もあるから,通常の捜査だけで証拠を集めて検挙するのは困難であり,買い手を装う必要性が高い。
Aは従前甲から大麻を入手しており,甲が栽培し,紹介された者に密売していたと述べている。出所祝いの電話だけでは売買意思を確定できないが,11月20日にはAが現在も密売していることを確認している。甲はAからPの紹介を受け,サンプルの提供自体を了承した。したがって,警察の働き掛け前から,機会があれば大麻を密売する意思があると疑う具体的根拠がある。
イ 甲は安全な取引場所への不安を示したが,これは大麻取引そのものをやめる意思というより,摘発を避けたいという反応である。Pが宿泊施設を手配し安全であると述べたのは,犯罪の機会を整える働き掛けである。甲は危険を感じれば行かないと述べ,取引の判断を留保している。Aの紹介を利用した点を含めても,脅迫や特別な利益によって新たな犯罪意思を植え付けたとはいえない。
また,Pの5キロの購入希望に対し,甲は100グラムのサンプルを持参し,残りの取引も約束し,自ら10キロ程度を扱うこともあると述べている。少量のサンプルで質と取引意思を確認することは,潜行性の高い密売への接近方法として合理的である。11月23日までの働き掛けは既存の意思に対する機会提供として相当であり,適法である。
(3) 11月24日以降の捜査
ア 100グラムの授受時点で逮捕することも可能であった。しかし,Pらは大掛かりな密売の全容解明を目的としており,その時点で直ちに逮捕しないことが当然に違法とはいえない。甲を尾行しても見失っており,栽培拠点等の解明には通常捜査の困難がなおある。従前に5キロの取引を約束していたことも,捜査を継続する必要性を支える。
他方,甲は24日には翌日の取引を取りやめたいと明示した。理由は摘発への不安であるから,密売一般の意思を放棄したとまではいえないが,当該取引については実行を控えようとしていた。この反応に対しては,初回と同じ相当性評価をそのまま維持できない。
イ Pは理由を繰り返し問い,X組との長年の関係を装い,約束の1.5倍の代金を申し出た。なお甲が渋ると,当初の5キロから10キロへ数量を増やし,先に金を見せることと具体的金額まで提示した。単価の増額と数量の倍増を合わせれば,当初の5キロ取引より相当に大きな利益を示したことになる。さらに,Pの指示を受けたAが,甲の照会に対してPの虚偽の信用を裏付けた。捜査機関側が,利益と信頼の双方から撤回の意思を翻すための誘因を重ねている。
確かに,10キロという量は甲自身の発言にあり,甲は先に現金を見せる条件を付して最終的に取引を決めた。しかし,大量取引を行い得る能力や一般的な密売意思があることと,この時点でこの条件の取引を行う意思があることは別である。現実に撤回を申し出た甲に,警察が増量・割増代金・協力者による虚偽の保証を累積した点を軽視できない。
ウ 全容解明という目的は正当であっても,目的のために犯罪の規模を拡大してよいわけではない。最初の取引を越えて強い誘因を与え,甲が実行を控えようとしていた大量所持を誘発した後期の働き掛けは,既存意思への機会提供の相当な限度を越える。したがって,24日以降のおとり捜査は違法と解する。
2 設問2の1について
(1) 訴因変更の要否
ア 訴因は,検察官が審判を請求する具体的犯罪事実を示すものと解する(事実記載説)。裁判所が訴因と異なる事実を認定する場合に訴因変更手続が必要かは,訴因が持つ審判対象の画定と被告人の防御範囲の告知という機能から判断する。刑事訴訟法256条3項,312条は,裁判所が自由に事実を認定して被告人を不意打ちすることを許す趣旨ではない。
まず,訴因の記載中,審判対象を特定・識別するのに不可欠な事項に実質的変更があれば訴因変更が必要である。それ以外でも,一般的に防御にとって重要な事項が訴因に明示されている以上,それと実質的に異なる事実を認定するには原則として変更を要する。ただし,具体的な防御や審理の経過に照らして不意打ちがなく,認定事実が訴因より被告人に不利益ではない場合には,例外的に変更手続なしの認定も許される。
イ 資料1と2は,犯行日時・場所・客体・灯油散布・焼損結果を共通にし,乙による同一の放火事件を対象とする。相違は,ストーブを倒して着火したという具体的方法を,何らかの方法による着火とする点だけである。事件の識別は変わらないので,審判対象画定の見地から変更は必要でない。
しかし,着火方法は放火の実行行為の内容であり,乙がいかに火を放ったかについての防御に一般的に重要である。具体的方法の記載を落とすことで検察官が主張した方法の立証失敗を回避することにもなり得るから,単なる抽象化として当然に変更不要とすることはできない。防御上の重要性からは原則として変更を要する。
(2) 具体的な審理経過
ア 乙はストーブの傍らの大麻が自然に燃えたと弁解し,灯油を散布したことも,意図的に着火したことも否認している。防御の中心は故意の放火の有無であり,ストーブを蹴り倒したかだけに限られてはいない。
さらに,専門家の証人尋問で,裁判所はストーブを倒す方法以外の着火の可能性を補充尋問し,可燃物に火を付けて灯油に着火する方法も可能だという証言を得た。裁判所は双方に放火態様に関する追加主張・立証の予定を確認し,双方がないと回答している。別の着火方法による故意放火の可能性は公判に現れ,当事者がそれに対応する機会を与えられていた。
したがって,争点化も審理もされていない無限定の方法を判決で突然認定する場合とは異なり,資料2の認定は乙に不意打ちを与えない。心証に至った理由を明らかにすることも,認定の過程を理解する手掛かりとなる。ただし,理由説示だけで欠けていた防御機会を事後的に補えるわけではなく,本件ではそれに先立つ具体的審理が重要である。
イ 資料2でも故意による同じ家屋への放火と同じ焼損結果を認定するだけであり,別の悪質な態様を積極的に加えず,乙だけが屋内にいたという点も変わらない。ストーブを倒すという具体的な認定をできない限度で方法を概括化するのであって,罪責や防御負担をより重くするものではない。
以上より,具体的審理に照らし,例外的に訴因変更手続を経ずに資料2の事実を認定して判決することが許される。罪となるべき事実の記載の十分性は設問の対象外である。
3 設問2の2について
(1) 検察官の釈明と訴因の範囲
ア 釈明された事実が訴因の明示・特定に必要な事項であれば,その釈明によって訴因の内容になる。そこで,特定に必要な事項をどこまで要求するかを先に判断する。
訴因は他の犯罪事実から識別できる程度に特定されれば足りると解する(識別説)。防御のための細部は審理中の争点明示と防御機会の保障によって補うことができるからである。資料3の訴因は,甲が乙と共謀して11月26日に本件家屋へ放火したというものであり,共謀が成立した日時・場所を明示していない。共謀日時・場所は,本件放火を他の事件から識別するために不可欠ではなく,資料3自体によって対象事件は特定されている。
検察官は求釈明に応じ,冒頭陳述で11月1日・本件家屋内と明示した。しかし,冒頭陳述は立証する事実を明らかにするものであり,審判対象が既に特定されている以上,そこでの説明を全て訴因に取り込んで審判対象を限定する必要はない。ここでは共謀日を訴因の一部にしたものとは扱わない。したがって,資料3と同じ事実を認定し,その理由中で共謀日を2日と説示するために,直ちに訴因変更が必要になるわけではない。
他方,防御権行使に支障がない程度の具体化まで特定に要求する防御権説なら,実行行為を行わず共謀のみに関与した甲との関係では,その日時は重要であり,釈明により訴因に取り込まれたと考えられる。この立場なら,一般的にもアリバイ防御に重要な事項を1日から2日へ変えることになる。具体的審理にも不意打ちがあるため,その立場では変更手続なしの認定を許す例外はない。
(2) 訴因外の争点と防御保障
ア 訴因変更が不要であることは,審理で明確にされた争点を裁判所が不意打ちに変更してよいことを意味しない。当事者主義の下では,検察官が具体的に主張し,被告人がその主張を前提として防御した事項と異なる認定をする場合にも,現実の防御機会を保障する必要がある。
本件で弁護人は,11月1日に甲が一日中K県L市の自宅にいたとアリバイを主張した。乙は1日に指示を受けたと証言し,その信用性について反対尋問がされ,裁判所も1日の行動を補充尋問した。甲に対する質問も同日の行動を対象とした。論告・弁論まで各当事者はこの主張を維持している。攻撃防御は1日の共謀の存否に集中しており,2日を対象とする共謀については防御の機会が与えられていない。
イ 共謀日を2日とする認定は,1日のアリバイが認められても甲を有罪にできる構成である。甲が共謀一般を否認していたからといって,別の日についてのアリバイ,乙との接触,供述の信用性に関する反論まで尽くしたとはいえない。日付が一日違うだけという形式的な差の小ささも,アリバイ防御が失われる実質的不利益を解消しない。
また,罪となるべき事実の表記が資料3と同じでも,理由中で共謀日を変えることで防御を排斥する以上,同じ不意打ち問題が生じる。判決理由に乙の日付の取り違えを説明するだけでは,判決前に2日の共謀を争う機会の代わりにならない。
ウ 裁判所は,2日の共謀の可能性を争点として明示し,検察官に釈明を求め,甲側に追加の主張・立証の機会を与える必要がある。既に結審しているから,刑事訴訟法313条1項による弁論再開等を行うべきである。
以上より,訴因変更を不要と解しても,本件の審理経過のまま,2日に共謀したとの理由によって資料3の事実を認定し有罪判決をすることは許されない。
以上
3 出題の趣旨・採点実感を踏まえた解説
設問1の番号3・5は,なぜおとり捜査を制限するのかという実質的理由を,任意性の分類と相当性判断に接続する項目である。番号23では,サンプルでの検挙可能性を述べるだけで終わらず,全容解明という必要性と国家による犯罪拡大の危険を比較する。後期を適法とする構成も結論だけでは排除されないが,中止申出,利益誘導,Aの保証を正面から説明する必要がある。
設問2-1の番号29・31・33は,事件の識別に不可欠な事実,訴因に明示された一般的に防御上重要な事実,具体的防御状況による例外の順序を示す。例外を第1段階に持ち込めない。不意打ちなしと不利益なしも別々に検討する。平成24年決定では別の着火方法が争点化されていなかったが,本問では補充尋問と追加立証の確認がある。その差を評価する。
設問2-2の番号39・40は釈明の効果を先に決める項目である。取り込みを肯定する防御権説は番号42・43,否定する識別説は番号41・44に対応する。後者でも,1日のアリバイを中心とした審理から2日の共謀へ移る不意打ちを検討し(番号47),結審後の弁論再開・争点明示・防御機会という措置まで閉じる(番号48)。判決理由で日時の取り違えを説明するだけでは事前の防御機会の代わりにならない。
公式資料の許容構成を全て一つの答案へ累積要求するものではない。完成答案は主位構成に必要な全項目を満たすことを目指し,選ばない分岐の位置付けも明らかにした。採点実感末尾の一般的指摘は,制度の趣旨と具体的な刑事手続を理解し,自説に整合した読みやすい文章にすることを求めるものである。
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現行法の防御準備期間と停止請求の実務は,訴因変更後の防御準備と公判手続の停止で整理している。試験当時の条文と現在の手続は区別して参照されたい。
第7 出典及び確認状態
1 公式資料
2 法令
第197条第1項,第256条第3項,第294条,第312条,第313条第1項を試験当時の版で確認した。第312条の当時の項構成と現在の項構成を混同しない。
3 裁判例
最決平成16年7月12日・刑集58巻5号333頁(おとり捜査)
最決平成13年4月11日・刑集55巻3号127頁(訴因変更の要否)
最決平成24年2月29日・刑集66巻4号589頁(着火方法の変更)
最判昭和58年12月13日第三小法廷判決・昭和55年(あ)第1284号・刑集37巻10号1581頁は,裁判所掲載原文8頁を確認した。原文6頁は,従前の攻防と異なる共謀日を争点として顕在化させない認定を不意打ちによる防御権侵害として違法とする。他方,8頁は他の事実から共謀への関与を肯定できるとして上告を棄却している。手続の違法性と上告審の破棄判断を区別する。
4 確認状態
問題は刑事系PDFの5~8頁(印刷頁2~5)を本文・画像で確認した。出題の趣旨は19頁の第2問から22頁まで,採点実感は第2問の7~12頁全部を実読した。平成16年・平成13年・平成24年の各決定は裁判所掲載原文をそれぞれ3・4・8頁読んだ。昭和58年判決も裁判所掲載原文8頁を確認した。公式資料の答案要求,判決の判示及び本記事の独自評価を区別する。
法令と三つの決定原文の確認は確認済み,公式資料が求める検討事項は資料の記載,重み付け・答案構成・後期の違法判断は本記事の推論である。参考記事は書式の参考にのみ用いた。確認日:令和8年10月8日。