第1 本記事の対象と確認時点
1 本記事が扱う範囲
本記事は,個人弁護士が独立開業するときに検討すべき所得税,源泉所得税,消費税,インボイス及び地方税の主な手続を,令和8年9月2日現在の公表資料に基づいて整理するものである。
弁護士法人を設立する場合の法人税,登記及び社会保険の手続は対象外である。
2 弁護士会上の独立と税務上の開業日を区別すること
所属事務所の変更日,事務所登録日,賃貸借契約日及び税務上の事業開始日は,必ずしも同じ日になるとは限らない。
開業日は,自己の計算と危険において継続的に業務を開始した実態を踏まえて決め,最初の受任,広告,設備購入,事務所使用開始その他の資料と整合させる必要がある。
第2 開業時に最初に決める事項
1 事業の形態と納税地
個人事業として開業するのか,弁護士法人を設立するのか,共同事務所で経費を分担するのかを最初に区別する。
個人事業の場合は,納税地,事務所所在地,屋号,開業日及び事業内容を整理し,所轄税務署を確認する。
共同事務所の賃料,人件費,複合機代その他の共通経費は,誰が契約者となり,誰が立替払いをし,どの基準で負担するかを文書化するのが望ましい。
依頼者から受け取る預り金は売上げと区分し,事業用口座,預り金口座及び私用口座を可能な範囲で分ける必要がある。
2 帳簿と請求書を開業日から整えること
青色申告の特別控除又は消費税の仕入税額控除を適切に検討するには,後日まとめて復元するのではなく,開業日から帳簿及び証憑を保存することが重要である。
請求書番号,事件又は顧客の管理番号,報酬,消費税等,源泉徴収税額,実費及び預り金を対応させると,確定申告時の照合が容易になる。
守秘義務の対象となる事件情報を会計ソフト又は外部サービスへ入力するときは,税務上必要な記録と事件情報を分け,サービスの権限,保存場所及び委託先を確認する必要がある。
第3 個人事業の開業届
1 令和8年から提出期限が変わったこと
令和8年1月1日以後に個人事業を開始した場合,「個人事業の開業・廃業等届出書」の提出期限は,開業した年分の所得税の確定申告期限までである。
従前の資料に見られる「開業から1か月以内」という期限を,令和8年以後の開業へそのまま当てはめてはならない。
もっとも,開業届の期限が延びても,青色申告承認申請書,給与支払事務所等の開設届出書,消費税関係届出書その他の期限が同じように延びたわけではない。
開業届だけを基準に手続全体の日程を決めるのは相当でない。
2 提出方法と保存
開業届は,納税地の所轄税務署へ提出し,e-Taxによるオンライン提出も利用できる。
提出後は,送信結果,受信通知又は提出控えその他の提出事実が分かる記録を保存する必要がある。
第4 青色申告の承認申請
1 提出期限
青色申告を希望する場合は,開業届とは別に「所得税の青色申告承認申請書」を提出する必要がある。
提出期限は,原則として青色申告をしようとする年の3月15日までであり,その年の1月16日以後に開業した場合は開業日から2か月以内である。
したがって,令和8年に開業した人が開業届を当年分の確定申告期限まで先送りすると,青色申告承認申請の期限を先に徒過することがある。
青色申告を予定する場合は,開業日を確定した時点で申請期限を暦に登録すべきである。
2 控除額と記帳方法
青色申告特別控除には,55万円,所定の追加要件を満たす65万円又は10万円の区分がある。
55万円控除には正規の簿記,貸借対照表及び損益計算書の添付並びに期限内申告等が必要であり,65万円控除にはこれらに加えてe-Taxによる申告又は一定の優良な電子帳簿保存が必要となる。
控除額だけでなく,青色申告による純損失の繰越し,青色事業専従者給与その他の制度も検討対象となる。
ただし,各制度には独立した要件及び届出期限があるため,家族へ金員を支払えば当然に必要経費になるわけではない。
第5 従業員等へ給与を支払う場合
1 給与支払事務所等の開設届出
事務職員,勤務弁護士その他の従業員へ給与を支払う場合は,「給与支払事務所等の開設・移転・廃止届出書」を,開設の事実があった日から1か月以内に提出する。
令和8年に開業した個人事業者については,開業届に給与支払の状況を記載したことだけでこの届出を省略できる取扱いではないため,別途の届出を確認する必要がある。
2 源泉所得税及び納期の特例
給与の支払者は,給与から所得税及び復興特別所得税を源泉徴収し,原則として所定の期限までに納付する。
給与の支給人員が常時10人未満である場合は,承認を受けることにより,源泉所得税を年2回にまとめて納付できる納期の特例を利用できる場合がある。
給与計算では,扶養控除等申告書,住民税の特別徴収,年末調整及び法定調書も関係する。
労働保険及び社会保険の適用は税務とは別の手続であり,採用前に所管窓口又は専門家へ確認すべきである。
第6 消費税とインボイスの選択
1 新規開業時の原則と例外
新規開業した個人事業者は基準期間がないため,開業年及びその翌年は原則として消費税の免税事業者となる。
もっとも,特定期間の課税売上高又は給与等支払額,課税事業者選択届出書,適格請求書発行事業者の登録その他の事情により課税事業者となる場合があるため,「開業後2年間は必ず免税」と考えてはならない。
課税事業者を選択して設備投資等の仕入税額控除又は還付を検討する場合は,届出の効力,適用開始年及び継続適用に関する制限を確認する必要がある。
有利不利は売上先,経費構成及び今後の売上見込みにより変わる。
2 インボイス登録の効果
適格請求書発行事業者の登録を受けている期間は,免税事業者となることができない。
免税事業者が年の途中から登録を受けた場合は,原則として登録日からその年の12月31日までの課税取引について消費税の確定申告が必要となる。
弁護士の顧客が一般消費者中心であるか,仕入税額控除を必要とする事業者中心であるかにより,登録の実務上の意味は異なる。
取引先から登録を求められたという事情だけで判断せず,登録日,簡易課税,2割特例等の適用可能性及び登録後の事務負担を検討する必要がある。
3 請求書と源泉徴収の関係
インボイスには法定の記載事項が必要であるが,インボイス登録番号の有無と,個人弁護士の報酬に対する所得税の源泉徴収は別の制度である。
報酬額と消費税額を請求書で明確に区分した場合の源泉徴収対象額の取扱いも踏まえ,請求書の様式を開業前に決めておくとよい。
第7 最初の確定申告と地方税
1 所得税の確定申告
個人事業の所得は1月1日から12月31日までを単位として計算し,事業所得以外の給与所得等と合わせて確定申告する。
開業初年度は,開業前の給与,開業後の報酬,未収報酬,開業準備費,固定資産及び源泉徴収税額が混在しやすいため,月次で照合する必要がある。
2 消費税,住民税及び個人事業税
消費税の課税事業者となる場合は,所得税とは別に消費税及び地方消費税の申告を行う。
所得税の確定申告内容は住民税及び個人事業税にも関係し,弁護士業は個人事業税の第三種事業に位置付けられている。
個人事業税の税率,事業主控除及び確定申告時の申告要否は,「個人事業税とは-弁護士(第三種事業)の税率・事業主控除・確定申告時の申告要否(AIリライト)」を参照されたい。
第8 開業時のチェックリスト
1 開業前後に確認する事項
① 個人事業,弁護士法人又は共同事務所のいずれかを区別する。
② 税務上の開業日,納税地,事務所所在地及び所轄税務署を確定する。
③ 開業届及び青色申告承認申請書の異なる期限を暦に登録する。
④ 給与を支払う場合は,給与支払事務所等の届出,源泉徴収及び社会保険等を確認する。
⑤ 消費税の免税・課税選択,インボイス登録及び簡易課税等を比較する。
⑥ 事業用口座,預り金口座,帳簿及び請求書の運用を決める。
⑦ 提出済み届出,受信通知,契約書,請求書及び領収証を保存する。
第9 関連記事
① 司法修習終了翌年の確定申告―修習給付金・給与・弁護士報酬(AIリライト)
② 所得税の確定申告に関するメモ書き(AIリライト)
③ 弁護士報酬の源泉徴収義務と支払調書(AIリライト)
④ 個人事業主の税金,労働保険及び社会保険に関するメモ書き
⑤ 個人事業税とは-弁護士(第三種事業)の税率・事業主控除・確定申告時の申告要否(AIリライト)
⑥ 個人事業主の廃業に関するメモ書き
⑦ 弁護士登録初年度の確定申告-給与・弁護士報酬・源泉徴収票・必要経費(AI作成)
第10 出典
① 国税庁「新たに事業を始めたときの届出など」
② 国税庁「開業する場合」
③ 国税庁「青色申告制度」
④ 国税庁「青色申告特別控除」
⑤ 国税庁「給与支払事務所等の開設・移転・廃止の届出」
⑥ 国税庁「新規開業又は法人の新規設立のとき」
⑦ 国税庁「インボイス制度 新規開業した個人事業者」
⑧ 国税庁「インボイス発行事業者の確定申告」
⑨ 財務省「所得税法等の一部を改正する法律案」