弁護士業務と源泉徴収義務


目次
第1 弁護士報酬を支払う場合の源泉徴収義務
1 源泉徴収義務が発生する場合の取扱い
2 源泉徴収義務が発生しない場合の取扱い
3 消費税と源泉徴収
第2 弁護士報酬に関する最高裁判例
第3 支払調書に関するメモ書き
1 総論
2 共同受任弁護士の報酬に関する源泉徴収及び支払調書
3 支払調書及び法定調書
4 その他
第4 不法行為に基づく損害賠償請求権に含まれる弁護士費用
第5 源泉徴収額の計算サイト
第6 関連記事その他


第1 弁護士報酬を支払う場合の源泉徴収義務
1 源泉徴収義務が発生する場合の取扱い
(1)ア 法人が弁護士に対して弁護士の業務に関する報酬又は料金(以下「弁護士報酬」といいます。)を支払う場合,源泉徴収をする必要があります(所得税法204条1項2号)ところ,支払金額が税抜で100万円以下の場合,税率は10.21%です。
イ 税込みの弁護士費用で考えた場合,例えば,11万円の弁護士報酬を支払うに際しては,1万210円を源泉徴収する必要があります。
(2)ア 国税庁HPの「No.2798 弁護士や税理士等に支払う報酬・料金」には,「1 源泉徴収の対象となる報酬・料金に含まれるもの」として以下の記載があります。
  弁護士や税理士などの業務に関する報酬・料金は、源泉徴収の対象となります。
  謝金、調査費、日当、旅費などの名目で支払われるものも源泉徴収の対象となる報酬・料金に含まれます。
  ただし、支払者が直接、交通機関やホテル等に支払う交通費、宿泊費等で、その金額が通常必要な範囲内のものであるときは、源泉徴収の対象となる報酬・料金に含めなくてもよいことになっています。
  なお、弁護士等に支払う金銭等であっても、支払者が国等に対し登記、申請をするため本来納付すべきものとされる登録免許税、手数料等に充てるものとして支払われたことが明らかなものについては、源泉徴収をする必要はありません。
  また、報酬・料金の額の中に消費税及び地方消費税の額(以下、「消費税等の額」といいます。)が含まれている場合は、原則として、消費税等の額を含めた金額を源泉徴収の対象としますが、請求書等において、報酬・料金の額と消費税等の額が明確に区分されている場合には、その報酬・料金の額のみを源泉徴収の対象とする金額として差し支えありません。
イ 東京高裁昭和49年9月26日判決(判例秘書に掲載)は,弁護士に対し実費と報酬とを区分しないで「一切の費用として」との名目により支払われた金員は,源泉徴収の対象になると判示していますところ,国税庁の見解に基づく源泉徴収の範囲はこれにとどまらないこととなります。
(3) 所得税基本通達の関係条文は以下のとおりです。
① 所得税基本通達204-2(報酬、料金等の性質を有するもの)
  法第204条第1項第1号、第2号及び第4号から第7号までに掲げる報酬、料金又は契約金の性質を有するものについては、たとえ謝礼、賞金、研究費、取材費、材料費、車賃、記念品代、酒こう料等の名義で支払うものであっても、同項の規定が適用されることに留意する。
② 所得税基本通達204-4(報酬又は料金の支払者が負担する旅費)
  法第204条第1項第1号、第2号、第4号及び第5号に掲げる報酬又は料金の支払をする者が、これらの号に掲げる報酬又は料金の支払の基因となる役務を提供する者の当該役務を提供するために行う旅行、宿泊等の費用も負担する場合において、その費用として支出する金銭等が、当該役務を提供する者(同項第5号に規定する事業を営む個人を含む。)に対して交付されるものでなく、当該報酬又は料金の支払をする者から交通機関、ホテル、旅館等に直接支払われ、かつ、その金額がその費用として通常必要であると認められる範囲内のものであるときは、当該金銭等については、204-2及び204-3にかかわらず、源泉徴収をしなくて差し支えない。
③ 所得税基本通達204-11(登録免許税に充てるため支払われた金銭等)
  法第204条第1項第2号に掲げる報酬又は料金の支払者が、同号に規定する者に対し委嘱事項に関連して支払う金銭等であっても、当該支払者が国又は地方公共団体に対し登記、申請等をするため本来納付すべきものとされている登録免許税、手数料等に充てるものとして支払われたことが明らかなものについては、同項の規定は適用しない。
2 源泉徴収義務が発生しない場合の取扱い
(1) 個人が弁護士に対して弁護士報酬を支払う場合,又は給与等につき所得税を徴収して納付すべき個人(例えば,他人を雇用している自営業者)でない限り,源泉徴収をする必要はありません(所得税法204条2項2号・184条)。
(2) 法人であると,個人であるとを問わず,弁護士法人に対して弁護士報酬を支払う場合,源泉徴収をする必要はありません(国税庁タックスアンサーの「No.2798 弁護士や税理士等に支払う報酬・料金等」参照)。
3 消費税と源泉徴収
・ 国税庁HPの「タックスアンサーNo.2798 弁護士や税理士等に支払う報酬・料金」には以下の記載があります。
 報酬・料金の額の中に消費税および地方消費税の額(以下、「消費税等の額」といいます。)が含まれている場合は、原則として、消費税等の額を含めた金額を源泉徴収の対象としますが、請求書等において、報酬・料金の額と消費税等の額が明確に区分されている場合には、その報酬・料金の額のみを源泉徴収の対象とする金額として差し支えありません(注)。
(注) 令和5年10月1日から消費税の仕入税額控除制度において適格請求書等保存方式(いわゆる「インボイス制度」)が開始された後も、上記の取扱いは変更ありません。


第2 弁護士報酬に関する最高裁判例
1(1)  土地の売買契約の買主は,当該売買契約において売主が負う土地の引渡しや所有権移転登記手続をすべき債務の履行を求めるための訴訟の提起・追行又は保全命令若しくは強制執行の申立てに関する事務を弁護士に委任した場合であっても,売主に対し,これらの事務に係る弁護士報酬を債務不履行に基づく損害賠償として請求することはできません(最高裁令和3年1月22日判決)。
(2) ビジネスローヤーズHP「債務不履⾏に基づく損害賠償請求訴訟において弁護⼠費⽤を請求できるか -最高裁令和3年1⽉22⽇判決がもたらす実務上のインパクト-」が載っています。
2 最高裁昭和48年11月30日判決は,控訴審の民事訴訟事件につき,依頼者と弁護士との間のいわゆるみなし成功報酬の特約がその効力を生じないとした事例判決です。
3(1) noteに「#モデル契約書の沼 損害賠償条項等における契約書の文言を根拠とする「弁護士費用実額」の請求可能性についての一考察」が載っていますところ,その改訂版が自由と正義2021年12月号48頁ないし55頁に載っています。
(2) みずほ中央法律事務所HPに「【損害賠償として弁護士費用を請求することの可否(責任の種類による分類)】」が載っています。


第3 支払調書に関するメモ書き
1 総論
(1) 支払調書の正式名称は「報酬、料金、契約金及び賞金の支払調書」です。
(2) 弁護士報酬,税理士報酬等を支払った場合,翌年1月31日までに支払者の所轄税務署に支払調書を提出する必要があります。
(3) 平成28年分以降の支払調書にはマイナンバーを記載する必要があります。
2 共同受任弁護士の報酬に関する源泉徴収及び支払調書
(1)ア 委任契約書又は法律顧問契約書に記載されている受任者としての弁護士が甲及び乙の2名の場合において弁護士報酬の振込口座が甲名義の口座だけとなっている場合,法人の依頼者としては,甲名義の口座に源泉徴収後の弁護士報酬を送金し,かつ,年明けに甲宛の支払調書を作成すれば足りることとなります。
 甲及び乙としては,法人の依頼者から受領した報酬を按分してそれぞれの収入とした上で,支払調書の添付なしに確定申告をするものの,按分した収入と源泉所得税額の形状根拠資料を共同事務所で保存しておく必要があります。
イ 税務署に提出する確定申告書に支払調書を添付する法的義務はありません(マネーフォワードクラウド確定申告HP「確定申告と支払調書の関係とは?」参照)。
(2) Q&Aでわかる!弁護士事務所の正しい会計・税務171頁及び172頁には以下の記載があります。
 収入経費按分型の共同事務所の場合、共同事務所全体の収入を各パートナー弁護士に按分することになりますので、年明けに届く報酬・料金の支払調書は、確かに形式上は代表パートナー名義ではありますが、実態は共同事務所全体の収入に対する報酬と源泉徴収税額といえます。
 あくまでも各パートナー弁護士の確定申告は、共同事務所全体の収入を収入按分表を作成して各パートナー弁護士に按分された金額をもとに各パートナーが収入とするとともに、源泉所得税についても按分された収入に応じて各パートナー弁護士に按分されることになります。
 したがって、Q50に記載のとおり、「支払調書」は、確定申告書に添付する必要はありませんので、報酬・料金の支払調書がなくても他のパートナー弁護士が確定申告を行ううえで問題はありません。
 ただし、各パートナー弁護士に按分した収入と源泉所得税額の計上根拠資料として、共同事務所に届いた支払調書、パートナー収入経費按分表を共同事務所にて適切に保存しておく必要があります。
 また、各パートナー弁護士が確定申告を行う際に記載する、確定申告書第二表の「所得の内訳」の欄には所得の種類、支払者の住所・氏名、収入金額、源泉徴収税額などを記載することになっていますが、そこには按分された収入金額と源泉徴収税額の総額を記載することで足ります。
 なお、注意点は、収入按分表については、全てのパートナーが承認した旨の合意書を作成しておくことが必要です。また、按分割合については合理性が要求されることは当然のことです。


3 支払調書及び法定調書
(1)ア 支払調書は,「給与所得の源泉徴収票等の法定調書合計表」と一緒に所轄の税務署に提出する必要があります。
イ 支払調書を報酬等の支払先に発行する義務はありません(マネーフォワードクラウド会計HP「支払調書の発行義務はあるのか?」参照)。
(2) 法定調書は,2種類の源泉徴収票及び58種類の支払調書の総称です(国税庁HPの「タックスアンサーNo.7401 法定調書の種類」参照)。
(3) 国税庁HPの「第5 報酬・料金等の源泉徴収義務」に,所得税法204条1項各号に基づく源泉徴収義務がある業務の具体的内容が書いてあります。
4 その他
(1) pasture HPに「支払調書の無料エクセルテンプレート・フォーマット」が載っています。
(2) 税務研究ノート(栗原洋介税理士事務所)「支払調書をExcelで作成し、csvデータをe-Taxソフト(WEB版)で送信する方法」が載っています。
(3) 衆議院議員長妻昭君提出国税OB税理士に対してあっせんした顧問先企業での勤務実態に関する質問に対する答弁書(平成14年12月6日付)には以下の記載があります。
 一般に、税理士、弁護士等との顧問契約は、役務提供の内容が具体的に定められている場合を除き、その顧問契約期間において、企業がその税理士、弁護士等に対しいつでも必要に応じて相談等を行うことができるというものであり、結果として、仮にその顧問契約期間中に企業がその税理士、弁護士等に相談等を行うことがなかったとしても、その顧問料等は、その事業年度の所得の金額の計算上、損金の額に算入される。


第4 不法行為に基づく損害賠償請求権に含まれる弁護士費用
1 不法行為の被害者が自己の権利擁護のため訴えを提起することを余儀なくされ,訴訟追行を弁護士に委任した場合には,その弁護士費用は,事案の難易,請求額,認容された額その他諸般の事情を斟酌して相当と認められる額の範囲内のものに限り,右不法行為と相当因果関係に立つ損害であり,被害者が加害者に対しその賠償を求めることができます(最高裁昭和58年9月6日判決。なお,先例として,最高裁昭和44年2月27日判決)。
2(1) 被保険者の運行供用者責任の成否について保険会社が争ったため,交通事故の被害者が自動車損害賠償保障法16条1項の規定に基づき保険会社に対し損害金支払請求の訴えを提起することを余儀なくされ,訴訟追行を弁護士に委任した場合には,その弁護士費用は,事案の難易,請求額,認容された額その他諸般の事情を斟酌して相当と認められる限度で,交通事故と相当因果関係がある損害となります(最高裁昭和57年1月19日判決)。
(2) 諸般の事情を斟酌して相当と認められる限度で,交通事故と相当因果関係がある損害として認められた弁護士費用に対して,さらに過失相殺の規定が適用されることはありません(最高裁昭和52年10月20日判決(判例秘書に掲載))。
3 弁護士費用に関する損害は,被害者が当該不法行為に基づくその余の費目の損害の賠償を求めるについて弁護士に訴訟の追行を委任し,かつ,相手方に対して勝訴した場合に限って、弁護士費用の全部又は一部が損害と認められるという性質のものであるが,その余の費目の損害と同一の不法行為による身体傷害など同一利益の侵害に基づいて生じたものである場合には一個の損害賠償債務の一部を構成するものというべきであるから(最高裁昭和48年4月5日判決参照),右弁護士費用につき不法行為の加害者が負担すべき損害賠償債務も、当該不法行為の時に発生し,かつ,遅滞に陥ります(最高裁昭和58年9月6日判決)。
4 不法行為に基づく損害賠償債務の遅延損害金は,民法405条の適用又は類推適用により元本に組み入れることはできません(最高裁令和4年1月18日判決)。
5 不法行為又は安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求の場合,相手方に弁護士費用を請求できますところ,以下の記事が参考になります。
① 「#モデル契約書の沼 損害賠償条項等における契約書の文言を根拠とする「弁護士費用実額」の請求可能性についての一考察」(改訂版につき自由と正義2021年12月号48頁ないし55頁)
② みずほ中央法律事務所HPの「【損害賠償として弁護士費用を請求することの可否(責任の種類による分類)】」


第5 源泉徴収額の計算サイト
・ 生活や実務に役立つ計算サイトkeisan「原稿料や講演料等の源泉徴収税を計算」を使えば,弁護士報酬等を支払うときの源泉徴収額を計算できますし,「源泉徴収税を手取額から逆算」を使えば,手取り額から源泉徴収税を計算できます。


第6 関連記事その他
1(1) 「第2版 弁護士・社労士・税理士が書いたQ&A労働事件と労働保険」につき,例えば,以下のことが書いてあります
・ 仮処分命令・判決と労働保険・社会保険・税金
・ 復職和解と労働保険・社会保険・税金
・ 退職和解と労働保険・社会保険・税金
・ 和解条項例
(2) 杉並区・荻窪 税理士小林誉光事務所HP「司法書士、税理士、弁護士等に報酬を支払うとき」が載っています。
(3) 経済産業省HPに「国際競争力強化に向けた日本企業の法務機能の在り方研究会 報告書~令和時代に必要な法務機能・法務人材とは~」(令和元年11月19日付)が載っています。
2 民訴法上,訴訟代理権を有する代理人は保全処分や強制執行についても当然に代理権を有する(民事訴訟法54条1項)ものの,これは訴訟法の権限を定めたに過ぎず,依頼者との関係では各手続ごとに費用を要し,報酬も訴訟とは別に受けることができますから,原則として個別の委任を要するものと解されています(福岡地裁平成2年11月9日判決(判例秘書に掲載))。
3(1) マネーフォワードクラウド会計HPに「弁護士費用の仕訳に使える勘定科目まとめ」が載っています。
(2) 昭和27年の所得税法改正により,弁護士等の報酬について源泉徴収制度が開始しました(名古屋青年税理士連盟HP「源泉徴収制度の仕組みとその問題点 」参照)。
(3) 最高裁昭和56年4月24日判決は,弁護士の顧問料が事業所得と判断された事例です。
4 以下の記事も参照してください。
・ 源泉所得税に関するメモ書き
・ 破産管財人の選任及び報酬
・ 司法研修所弁護教官の業務は弁護士業務でないものの,破産管財人として行う業務は弁護士業務であること
 司法研修所弁護教官の任期,給料等


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