脳死、植物状態、昏睡及び心肺停止は同じ状態ではありません。とりわけ日本法では、医学的な脳死の概念と、臓器移植法上の「法的脳死判定」を区別する必要があります。本記事では、令和8年9月23日現在の法令及び法的脳死判定マニュアル2024に基づき、死亡時点と臓器提供の関係を整理します。
第1 脳死、植物状態及び心肺停止の違い
| 状態 | 概要 | 自発呼吸等 |
|---|---|---|
| 脳死 | 脳幹を含む全脳の機能が不可逆的に停止した状態 | 人工呼吸器なしには呼吸を維持できない |
| 植物状態 | 大脳の広範な障害がある一方、脳幹機能が保たれている状態 | 自発呼吸、睡眠・覚醒周期等がみられることがある |
| 昏睡 | 刺激しても覚醒しない意識障害の状態 | 原因・程度により異なる。回復可能性を直ちに否定しない |
| 心肺停止 | 心拍と呼吸が停止している臨床状態 | 蘇生処置の対象となり得る |
瞳孔散大、対光反射消失又は深い意識障害の一所見だけで脳死とは判断できません。薬物、低体温、代謝・内分泌障害、眼球・鼓膜・頸髄の損傷等の影響を除外し、所定の手順で不可逆性を確認する必要があります。
第2 日本法で脳死が死亡となる範囲
臓器の移植に関する法律6条2項は、「脳死した者の身体」を、脳幹を含む全脳の機能が不可逆的に停止したと判定された者の身体と定義しています。ただし、日本では、脳死が医療・民事・刑事のすべての場面で一律に死亡となる制度ではありません。
厚生労働省の臓器移植に関するQ&Aは、臓器提供の意思と家族の承諾等の要件を満たし、同法に基づく法的脳死判定が行われた場合に、脳死を人の死として扱うと説明しています。臓器提供を前提としない通常の診療で「脳死とされ得る状態」と評価されても、それだけで法的死亡時刻が定まるわけではありません。
第3 法的脳死判定の手順
法的脳死判定は、必要な知識と経験を有する2人以上の医師の判断が一致して行われます。臓器摘出に関与する医師は判定医になれません。
法令及び法的脳死判定マニュアル2024では、原因疾患が確実に診断され、回復可能性がないこと、除外条件に当たらないことを確認した上で、主として次の項目を判定します。
- 深昏睡
- 瞳孔の固定
- 脳幹反射の消失
- 平坦脳波
- 自発呼吸の消失
原則として6時間以上の間隔を置いて2回判定します。6歳未満の小児では24時間以上の間隔が必要です。生後12週未満の者は法的脳死判定の対象外です。
眼球、鼓膜、高位頸髄等の損傷により一部の項目を確認できない場合は、マニュアルが定める条件の下で脳血流検査により補完することがあります。一項目を確認できないまま一般的な印象で判定する手続ではありません。
第4 死亡時点と死亡診断書
法的脳死判定により脳死と判定された者の死亡時刻は、2回目の判定に係る検査が終了した時刻です。死亡診断書には、その時刻を記載します。
第1回目の検査時、臓器提供の意思確認時又は人工呼吸器を装着した時ではありません。相続開始、保険、戸籍及び刑事事件で死亡時刻が問題になる場合は、脳死判定記録と死亡診断書の記載を照合する必要があります。
死亡診断書の読み方は、弁護士のための死亡診断書の実務で説明しています。
第5 臓器提供の意思と家族の承諾
本人が書面で臓器提供の意思を表示している場合、その意思を尊重しつつ、遺族が摘出を拒まないことが要件になります。本人の提供意思が不明な場合でも、本人が提供を拒否しておらず、遺族が書面で承諾する等の法定要件を満たせば提供できる場合があります。
本人の拒否意思がある場合は提供できません。意思表示カード、運転免許証、マイナンバーカード、健康保険証の意思表示欄及び日本臓器移植ネットワークへの登録等を確認します。家族内の話合いは重要ですが、話合いだけで法定要件が置き換わるわけではありません。
第6 検視・犯罪捜査との関係
臓器移植法7条は、死体について検視その他の犯罪捜査に関する手続が行われるとき、その手続が終了した後でなければ臓器を摘出してはならないと定めています。外因死、原因不明死又は犯罪の疑いがある場合、臓器提供の迅速性だけで検視等を省略することはできません。
検視、検案及び警察の死体調査の違いは、検視とはで整理しています。
第7 個別事案で確認すべき資料
- 臓器提供の意思表示に関する書面・登録情報
- 家族への説明記録及び承諾書
- 法的脳死判定記録と判定医の資格・独立性
- 第1回・第2回判定の開始・終了時刻
- 脳波、無呼吸テスト及び必要な補助検査の記録
- 除外条件を確認した体温、薬物、代謝・内分泌検査等
- 死亡診断書、死亡届及び臓器摘出記録
- 検視その他の犯罪捜査手続の有無と終了確認
第8 基準見直しの動向
厚生労働省は、令和8年9月に法的脳死判定基準の見直しに関するワーキンググループを開始しています。令和8年9月23日現在、本記事は現行の臓器移植法、同法施行規則及び法的脳死判定マニュアル2024に基づきます。
検討開始そのものは現行基準の変更ではありません。今後、施行規則又はマニュアルが改訂された場合は、判定項目、対象年齢、補助検査及び判定間隔等を再確認する必要があります。