第1 住民訴訟の性質
1 地方公共団体の財務会計を住民が争う制度である
住民訴訟は,地方自治法242条の2に基づき,地方公共団体の住民が,違法な財務会計行為又は怠る事実について是正を求める民衆訴訟である。
住民個人の損害賠償又は私的権利の回復を目的とする通常の民事訴訟・取消訴訟とは異なる。
最高裁昭和53年3月30日判決は,住民訴訟の訴権について,住民全体の利益を保障するため法律により特別に認められた参政権の一種であり,原告は公益の代表者として地方財務行政の適正化を主張するものと説明した。
2 対象は財務会計行為等に限られる
対象は,公金の支出,財産の取得・管理・処分,契約の締結・履行,債務その他の義務の負担,公金の賦課・徴収を怠る事実,財産の管理を怠る事実などである。
政策判断,職員人事,行政処分一般の適否を直接争う制度ではない。
非財務会計行為の違法が支出等の違法性に影響することはあるが,住民訴訟の直接の対象となる財務会計行為,行為者,日付及び金額を特定する必要がある。
第2 住民監査請求の前置
1 原則として先に監査請求をする
住民訴訟を提起するには,原則として,当該地方公共団体の監査委員に住民監査請求をしていることが必要である。
監査請求を経ずに直ちに住民訴訟を提起することはできない。
監査請求書では,①請求人が住民であること,②対象となる財務会計上の行為又は怠る事実,③違法又は不当とする理由,④地方公共団体に生じる損害,⑤求める措置を記載し,事実証明書を添付する。
2 監査請求の期間
財務会計行為があった日又は終わった日から1年を経過すると,正当な理由がない限り監査請求をすることができない。
秘密裡にされた支出,後日初めて知り得た行為又は複数段階の契約・支出については,対象行為,起算点及び正当な理由を具体的に検討する。
怠る事実については,行為が一回で完結する場合と同じ起算方法にならないことがある。
ただし,実質的には特定の財務会計行為の違法を理由とする請求である場合など,期間制限との関係を判例に照らして確認する必要がある。
3 監査委員の処理期間
監査委員は,請求を受理した場合,原則として60日以内に監査・勧告等を行う。
請求人は,監査結果に不服がある場合だけでなく,60日以内に監査・勧告がされない場合又は勧告に基づく措置に不服がある場合にも,法定の要件の下で住民訴訟を提起できる。
第3 住民訴訟の4類型
1 第1号請求―差止め
執行機関又は職員による違法な財務会計行為を事前に差し止める請求である。
当該行為により普通地方公共団体に回復困難な損害を生ずるおそれがあることなど,法定要件を確認する。
2 第2号請求―取消し又は無効確認
違法な行政処分たる財務会計行為について,取消し又は無効確認を求める。
契約行為のすべてが行政処分になるわけではないため,対象行為の法的性質を確認する。
3 第3号請求―怠る事実の違法確認
執行機関又は職員が,公金の賦課・徴収又は財産の管理を違法に怠る事実について,違法確認を求める。
回収すべき債権を行使しない場合等が問題となる。
4 第4号請求―相手方に対する請求を求める訴え
執行機関又は職員に対し,財務会計行為に関与した職員又は行為の相手方に損害賠償請求,不当利得返還請求等をするよう求める訴えである。
平成14年改正後は,住民が当該職員等に直接支払を求める構造ではない。
4号請求で,地方公共団体の顧問弁護士が被告となった執行機関等の代理人となれるかは,株主代表訴訟で会社の顧問弁護士は被告取締役の代理人になれるか―職務基本規程28条の利益相反,会社の補助参加及び住民訴訟の場合で扱っている。
第4 出訴期間
1 監査結果に不服がある場合
監査結果又は勧告に不服がある場合は,原則として監査結果又は勧告内容の通知があった日から30日以内に住民訴訟を提起する。
勧告に基づく措置に不服がある場合は,当該措置に係る通知日から30日以内である。
2 監査委員が期間内に処理しない場合
監査委員が請求日から60日を経過しても監査又は勧告を行わない場合は,60日を経過した日から30日以内に提起する。
監査請求の受付日,補正の経過,結果通知の受領日及び措置通知日を証拠で確認する。
3 期間計算は個別条文を再確認する
住民監査請求の1年制限と住民訴訟の30日制限は別である。
対象行為が複数ある場合,各行為について期間を計算する。
正当な理由,請求の同一性及び監査請求で特定した対象の範囲も訴訟要件となる。
第5 対象となる支出と主要判例
1 少額の支出も対象になり得る
最高裁大法廷昭和52年7月13日判決(昭和46年(行ツ)第69号・民集31巻4号533頁)の津地鎮祭事件では,市体育館起工式のため市が公金7663円を支出したことの適法性が争われた。
金額が少額であることだけで住民監査請求・住民訴訟の対象外になるわけではない。
他方,訴訟類型,損害の有無,違法性及び請求内容は別に立証する必要がある。
2 監査請求の対象外判断は個別事案である
大阪市令和6年3月8日付住民監査請求結果通知には,請求人が原告となっている訴訟に関する弁護士費用の支出の是非を含め,監査請求の対象外と判断した事案がある。
これは当該請求の特定内容と法的構成に基づく個別判断であり,弁護士費用の支出が一般に監査請求の対象外になるという意味ではない。
監査結果の結論だけでなく,対象行為の特定と対象外とした理由を読む必要がある。
3 「怠る事実」と1年の請求期間
最高裁平成14年7月2日判決(平成10年(行ヒ)第51号)は,談合業者に対する不法行為債権の行使を怠る事実について,監査委員が特定の財務会計行為の違法を判断しなければ監査できない関係にない場合,地方自治法242条2項の1年の請求期間は適用されないとした。
もっとも,請求書に「怠る事実」と書けば常に期間制限がなくなるわけではない。①求める措置,②対象となる財務会計行為又は怠る事実,③違法判断のため先行する財務会計行為の違法を判断する必要があるか,④起算点・期間,⑤必要証拠を一枚の表にし,監査請求と訴状の対象が対応しているかを確認する。
4 財務会計行為の違法と地方公共団体の損害は別に立証する
最高裁平成6年12月20日判決(平成5年(行ツ)第15号)は,普通地方公共団体が土地を使用する一方で固定資産税等を賦課徴収しなかった事案について,非課税措置が違法であることから直ちに税額相当額の損害が残るとは限らず,地方公共団体が得た土地使用利益との関係も検討しなければならないとして原判決を破棄した。
住民訴訟では,財務会計行為又は怠る事実の違法性だけでなく,①誰の行為について故意・過失又は法定の責任要件を主張するか,②違法行為と損害との因果関係,③地方公共団体に現実に残った損害額,④反対給付・使用利益・回収額等の利益,⑤損益相殺又は相殺,⑥求める救済の範囲を分けて検討する必要がある。違法性の立証に成功しても,利益を控除した損害がゼロであれば,4号請求の損害賠償請求は認められないことがある。
実務では,「違法な支出・非課税額」と「最終的な損害額」を同じ欄に置かず,支出額,受領した財産・役務・使用利益,既回収額,代替取引の有無及び評価時点を別々に記録する。この分解は,監査請求書で地方公共団体の損害を特定し,訴状で請求原因と損害額を対応させる際にも有用である。
第6 通常の取消訴訟・国家賠償請求との違い
1 住民個人の権利救済ではない
住民訴訟は,住民であることを基礎に地方公共団体の財務会計の適正を確保する制度である。
処分によって自分の営業,財産又は身体に損害を受けた者が自己の救済を求める場合は,取消訴訟,差止訴訟,国家賠償請求等を別に検討する。
2 同じ事実から複数の訴訟が生じ得る
行政事業に伴う支出が違法であるとの住民訴訟と,事業認可の取消訴訟,又は被害を理由とする国家賠償請求が並行することがある。
しかし,原告適格,対象行為,違法性,損害及び判決の効力はそれぞれ異なる。
第7 提起前チェックリスト
1 監査請求
①住民資格,②地方公共団体,③財務会計行為又は怠る事実,④行為者,⑤日付・金額・相手方,⑥違法又は不当の理由,⑦地方公共団体の損害,⑧求める措置,⑨1年制限,⑩事実証明書を確認する。
2 住民訴訟
①監査請求前置,②監査対象と訴訟対象の同一性,③4類型の選択,④被告,⑤管轄,⑥30日の出訴期間,⑦回復困難な損害等の個別要件,⑧請求の趣旨を確認する。
第7の2 環境公共事業での代替的な救済経路
大規模な道路,ダム,廃棄物処理施設等で,事業認可又は許可の取消訴訟における周辺住民の原告適格が難しい場合でも,地方公共団体の支出,契約,債務負担その他の財務会計行為に違法があると主張する場面では,住民監査請求・住民訴訟が別の経路となり得る。
ただし,住民訴訟は環境評価手続や許可処分そのものの違法を直接確認する一般的な訴訟ではない。対象は地方自治法242条1項の財務会計行為又は怠る事実であり,先に住民監査請求を経る必要がある。公金支出等の特定,その財務会計法規上の違法性,一年の監査請求期間及び30日の出訴期間を先に確認する。環境上の違法と財務会計行為の違法の接続は,根拠法令と支出・契約の具体的関係から論ずる。
第8 出典及び関連記事
地方自治法242条・242条の2(e-Gov法令検索),本記事でリンクした最高裁判決及び大阪市通知を確認した。
行政事件全体は,行政事件訴訟の主要論点を参照されたい。
mintsの事件類型入力は,mintsで行政訴訟を提起するときの被告・処分行政庁・事件類型の選び方を参照されたい。
補助金の交付や公有財産の無償使用が憲法89条後段に違反するかが争われた住民訴訟の裁判例は,自治体の補助金や公有財産の無償使用は憲法89条後段に違反するか―「公の支配」の判断基準と住民訴訟の裁判例を参照されたい。
住民訴訟のように自己の法律上の利益にかかわらない資格で提起する民衆訴訟と「法律上の争訟」との関係は,「法律上の争訟」と司法権の限界を参照されたい。