第1 チェック・オフをめぐる四つの段階
1 結論
チェック・オフとは,使用者が組合員の賃金から組合費を控除し,その金員を労働組合へ引き渡す仕組みである。
この仕組みをめぐる紛争では,①使用者が団体交渉に応じる義務,②賃金控除に必要な労働基準法24条1項ただし書の労使協定,③個々の組合員による委任,④複数組合の間での中立保持義務を分けて検討する必要がある。
チェック・オフは義務的団交事項であるから,少数組合からの申入れであっても,使用者は正当な理由なく交渉を拒否できない。
もっとも,交渉義務は,少数組合との間で労基法24条の労使協定を締結し,又は要求どおりにチェック・オフを実施する義務と同じではない。
賃金から組合費を控除するには,法定の締結資格を有する過半数組合又は過半数代表者との書面による協定が必要である。
その協定があっても,使用者が個々の組合員の賃金を控除して組合へ支払うには,各組合員による委任を別に確認しなければならない。
複数組合が併存する場合,過半数組合だけが労基法24条の協定締結資格を有するという差に応じた合理的な対応は,直ちに不当労働行為とはならない。
しかし,少数組合との交渉を形だけで終わらせ,多数組合にだけ便宜を与える一連の対応が少数組合の弱体化を目的とするものと評価されるときは,労働組合法7条2号の不誠実団交又は同条3号の支配介入が成立し得る。
2 本記事の対象と資料
本記事は,民間事業場における組合費のチェック・オフを中心に,少数組合から団体交渉の申入れを受けた使用者と,チェック・オフの実現を求める労働組合の双方が確認すべき法的な順序を扱う。
地方公務員の給与控除及び混合組合には別の法令上の問題があるため,個別裁判例を紹介する範囲を除き対象としない。
調査の基準日は令和8年9月23日であり,同日に取得したe-Gov法令APIの現行条文,裁判所及び厚生労働省の公開資料,法務省の令和6年司法試験公式資料並びに判例秘書で確認した判決全文を用いた。
本記事はAIを用いて資料の検索,整理及び初稿作成を行った上で,条文,裁判年月日,事件番号及び判示内容を原資料と照合している。
労働協約の一般的な効力は「労働協約(AIリライト)」を,労働組合による個別紛争の団体交渉と弁護士法72条との関係は「労働組合の団体交渉と弁護士法72条-個別労働紛争・拠出金・退職代行の境界(AI作成)」を参照されたい。
第2 チェック・オフは義務的団交事項である
1 義務的団交事項の範囲
労働組合法7条2号は,使用者が雇用する労働者の代表者との団体交渉を正当な理由なく拒むことを不当労働行為として禁止している。
義務的団交事項には,組合員の労働条件その他の待遇のほか,団体的労使関係の運営に関する事項であって,使用者が処分できるものが含まれる。
チェック・オフは,組合費の徴収という労働組合の財政及び日常的運営に関係し,給与計算を行う使用者の協力を必要とする。
大阪地方裁判所令和5年7月31日判決は,チェック・オフへの協力を含む要求事項について,組合員の待遇又は団体的労使関係の運営に関し,使用者に処分可能であるとして,義務的団交事項に当たると判断した。
2 交渉義務と合意義務の違い
使用者は,チェック・オフを求める少数組合との交渉に応じ,少数組合が労基法24条の協定締結当事者になれない理由,事業場に過半数組合があるか,過半数代表者を選出する余地があるか,組合員本人の委任をどのように確認するかを具体的に説明する必要がある。
山形大学事件の最高裁令和4年3月18日第二小法廷判決は,使用者が必要に応じて主張の論拠を説明し,その裏付け資料を提示するなどして,誠実に団体交渉に応ずべき義務を負うと判示した。
もっとも,使用者は合意又は譲歩を義務付けられるわけではない。
法的制約を具体的に説明し,資料を示し,代替案を検討しても合意に至らなかったというだけで,直ちに不誠実団交になるものではない。
大阪府労働委員会令和4年5月27日命令も,会社が労基法24条1項ただし書に違反するとの見解と根拠を示した場面について,説明方法に丁寧さを欠く点はあっても,その対応だけでは不誠実であるとまではいえないと判断した。
他方,山形大学事件判決によれば,合意成立の見込みがないというだけで,労働委員会が誠実交渉命令を発することは妨げられない。
第3 賃金全額払の原則と労使協定
1 労働基準法24条の仕組み
労働基準法24条1項本文は,賃金を通貨で,直接労働者に,その全額を支払うことを原則とする。
同項ただし書により,法令に別段の定めがある場合,又は当該事業場の過半数組合若しくは過半数代表者との書面による協定がある場合には,賃金の一部を控除して支払うことができる。
厚生労働省の「確かめよう労働条件」は,この協定による控除の例として,社内預金,購買代金及び組合費等を挙げている。
労基法24条1項違反には同法120条1号の罰則があるため,書面による協定の有無及び締結当事者の資格は,単なる社内手続の問題ではない。
済生会中央病院事件の最高裁平成元年12月11日第二小法廷判決は,組合費のチェック・オフも賃金の一部を控除するものである以上,労基法24条1項ただし書の要件を満たす必要があるとした。
2 少数組合は協定当事者になれない
事業場に労働者の過半数で組織する労働組合がある場合は,その過半数組合が労基法24条の協定当事者となる。
過半数組合がない場合は,事業場の労働者の過半数を代表する者が協定当事者となる。
したがって,少数組合は,労働組合法上の団体交渉及び労働協約の当事者にはなれるものの,少数組合であるという資格だけでは,労基法24条の協定当事者になれない。
これは少数組合の団体交渉権を否定するものではなく,労働組合法上の労働協約と,労働基準法上の刑罰法規の適用を解除する労使協定とで,制度の目的及び締結資格が異なることによる。
3 過半数代表者を選出できる場合
過半数組合がない事業場では,労基法24条の協定を締結する者を選出することを明らかにした上で,投票,挙手等の方法による手続によって過半数代表者を選出できる。
労働基準法施行規則6条の2によれば,過半数代表者は労基法上の管理監督者であってはならず,使用者の意向に基づいて選出された者であってもならない。
使用者は,労働者が過半数代表者であること,代表者になろうとしたこと,又は代表者として正当な行為をしたことを理由として不利益に取り扱わないようにしなければならない。
また,代表者が協定に関する事務を円滑に遂行できるよう必要な配慮を行わなければならない。
少数組合自身を協定当事者にすることはできなくても,過半数組合がない場合には,この選出手続を経て協定を締結する経路が残る。
それにもかかわらず,使用者が「少数組合だから法律上不可能である」とだけ回答し,選出手続又は協定内容の検討に進まない場合には,誠実交渉義務の観点から問題となり得る。
4 少数組合の組合費を控除項目に含めること
労基法24条1項ただし書は,協定の締結当事者を過半数組合又は過半数代表者に限定する一方,控除できる組合費を当該過半数組合の組合費だけに限定していない。
そのため,本記事では,適法な締結当事者との協定に少数組合の組合費を控除項目として明記し,個々の組合員から別に委任を得て実施する余地があると考える。
ただし,この点を直接の争点として判断した裁判例は,今回全文を確認した判例秘書登載判決の中では確認できなかった。
具体的な協定の効力は,控除項目の記載,事業場の範囲,締結手続及び各組合員の委任によって判断する必要がある。
第4 労使協定だけでは個々の賃金を控除できない
1 各組合員の委任が必要である
労基法24条の労使協定は,同条本文の全額払原則に対する刑事法上の例外を設けるものであり,それだけで使用者に個々の労働者の賃金を処分する私法上の権限を与えるものではない。
エッソ石油事件の最高裁平成5年3月25日第一小法廷判決は,使用者が有効にチェック・オフを行うには,労使協定のほか,賃金から控除した組合費相当額を労働組合に支払うことについて,個々の組合員から委任を受ける必要があるとした。
したがって,実施前には,①労基法24条の書面による労使協定,②使用者と組合との取扱合意,③個々の組合員による委任を区別して確認すべきである。
2 中止の申出を受けた場合
エッソ石油事件判決によれば,組合員はチェック・オフの開始後も使用者にその中止を申し入れることができ,使用者はその組合員について控除を中止しなければならない。
もっとも,使用者が組合からの脱退を働き掛け,又は中止申出の作成に関与した上で控除を停止した場合には,形式上は中止申出があっても,組合の弱体化を狙った支配介入になり得る。
宮城県労働委員会令和2年9月26日命令は,会社側の関与によって提出された脱退届に基づくチェック・オフ停止を,一連の組合弱体化行為の一部として評価した。
第5 少数組合との団体交渉で説明すべき事項
1 法的障害と代替手段を具体化する
使用者は,少数組合からチェック・オフを求められたとき,少数組合自身とは労基法24条の協定を締結できないという結論だけを述べるのでは足りない。
少なくとも,①対象事業場,②過半数組合の有無,③過半数代表者を選出できるか,④協定に記載する控除項目,⑤組合員本人の委任方法,⑥実施事務及び個人情報の管理を交渉の対象として特定する必要がある。
実施コスト,給与計算の安全性,組合員本人の意思確認又は個人情報管理について合理的な提案をすることは許される。
しかし,資料を示さず,組合側の提案を検討せず,結論を固定して交渉を引き延ばすときは,不誠実団交と評価され得る。
2 長年の取扱いを終了する場合
チェック・オフは労働組合に対する便宜供与であり,長年継続したというだけで,使用者が将来にわたって当然に継続義務を負うものではない。
他方,大阪地方裁判所平成28年5月18日判決は,長年のチェック・オフを中止する場面で,中止の合理的理由,組合活動への影響,団体交渉の有無及び使用者の組合に対する態度を総合して,支配介入と団体交渉拒否を認めた。
従来の取扱いを終了する場合には,中止理由を具体的に説明し,事前に協議し,代替の徴収方法へ移行する時間を確保することが,紛争を避ける上で有用である。
第6 多数組合だけに実施する場合の中立保持義務
1 複数組合を平等に尊重する
日産自動車事件の最高裁昭和60年4月23日第三小法廷判決は,同一企業内に複数の自主的労働組合が併存する場合,使用者は各組合の団結権を平等に尊重し,中立的態度を保持すべきであるとした。
使用者が一方の組合をことさらに強化し,他方を弱体化させる目的で便宜供与を使い分けるときは,労働組合法7条3号の支配介入が問題となる。
2 合理的な取扱いの差は許される
日産自動車事件判決は,各組合の組織力,交渉力等に応じた合理的かつ合目的的な対応まで中立保持義務に反するものではないとした。
多数組合が事業場の労働者の過半数を組織し,労基法24条の協定締結資格を有するという法的な差を考慮することもできる。
したがって,使用者が多数組合との間で適法な協定を締結し,その組合員から個別委任を得てチェック・オフを行うことは,それだけで少数組合に対する支配介入になるわけではない。
3 労働基準法上の適法性とは別に審査する
多数組合との協定が労基法24条に適合することは,少数組合との関係で支配介入が成立しないことまで意味しない。
少数組合に対する従前の団交対応,多数組合の結成又は組合員移籍への使用者の関与,便宜供与の時期,説明内容の差,他の協定及び少数組合への弱体化効果を総合して判断する必要がある。
令和6年司法試験の出題趣旨及び採点実感も,多数組合とのチェック・オフ協定が労基法24条に適合するかを確認した後,少数組合への一連の対応を踏まえて中立保持義務違反を別に検討する構造を示している。
第7 済生会中央病院事件の多数意見と反対意見
1 多数意見
済生会中央病院事件では,病院が15年余にわたり協定を締結しないまま行っていたチェック・オフを,複数組合が併存するに至った時期に中止したことが争われた。
最高裁多数意見は,労基法24条1項ただし書に違反する取扱いを中止したこと,本件の事実関係では新たな協定によって適法化する余地がなかったことなどを踏まえ,中止は不当労働行為に当たらないとした。
多数意見は,労基法24条の要件を欠くチェック・オフを組合活動上の必要だけで正当化できないことを示す。
現在の判例法理として用いるべきなのは,この多数意見である。
2 反対意見
反対意見は,過半数組合との書面協定であっても,その効力は当該組合以外の労働者には及ばないことを前提に,過半数要件を厳格に適用すると少数組合が協定を締結できず,団結権の実質的保障を損なうおそれを指摘した。
そして,突然の全面中止に至った時期,手続及び効果を重視し,支配介入に当たると評価した。
反対意見は法廷意見ではないため,それ自体を現在の判例法理として記載することはできない。
もっとも,少数組合への説明,代替措置及び中立的運用を検討する際の重要な反対方向の資料である。
第8 不当労働行為が成立する場合の救済
1 誠実交渉命令
使用者の対応が労働組合法7条2号の不誠実団交に当たる場合,労働委員会は,使用者に誠実な団体交渉を命ずることができる。
山形大学事件判決は,交渉事項について合意成立の見込みがない場合であっても,使用者が誠実交渉義務を尽くしていなければ,誠実交渉命令を発することができるとした。
2 協定締結そのものを命じることとの違い
誠実交渉命令は,使用者に説明及び資料提示を尽くさせ,交渉力の回復と労使間の意思疎通の正常化を図るものである。
これに対し,少数組合とのチェック・オフ協定の締結そのものを命ずることは,労基法24条の締結資格及び当事者自治との関係で,労使関係への過度の介入となり得る。
支配介入が成立する場合には,労働委員会が,組合活動への影響の除去及び再発防止に必要な文書交付又はポスト・ノーティス等を命ずることがある。
救済内容は,不当労働行為の態様,既に生じた影響及び正常な集団的労使関係を回復するために必要な範囲に応じて定められる。
第9 導入・変更・中止の確認順序
1 導入前の確認
チェック・オフを導入するときは,次の順序で確認すると,団体交渉,労基法24条及び個別委任を混同せずに処理できる。
①対象となる事業場及び労働者の範囲を確定する。
②過半数組合の有無を確認する。
③過半数組合がなければ,労基法施行規則6条の2に従い,目的を明示した手続で過半数代表者を選出する。
④書面による協定で,控除項目,対象者,金額の決定方法及び控除時期を明確にする。
⑤使用者と各組合との間で,名簿通知,変更期限,送金日,誤控除の訂正及び個人情報の取扱いを定める。
⑥各組合員による個別の委任を得て,その記録を保存する。
2 変更又は中止の確認
導入後は,組合員からの中止申出,組合脱退,休職,退職,控除額の変更及び複数組合間の移籍に対応する手順を設ける必要がある。
長年の取扱いを変更するときは,法的根拠だけでなく,変更理由,組合活動への影響,代替措置及び移行期間を団体交渉で説明する。
複数組合がある場合には,各組合への説明内容,交渉経過,協定締結資格及び取扱いの差に合理的理由があることを記録する。
適法な賃金控除の手続と,少数組合を弱体化させない中立的な運用の双方を確認することが,チェック・オフ紛争を予防する基本となる。
第10 出典・参考資料
1 法令
① e-Gov法令検索「労働基準法」24条1項,120条1号
② e-Gov法令検索「労働基準法施行規則」6条の2
③ e-Gov法令検索「労働組合法」6条,7条2号・3号
2 裁判例
① 最高裁判所令和4年3月18日第二小法廷判決・山形大学事件,令和3年(行ヒ)第171号,民集76巻3号283頁,判例秘書L07710012
② 最高裁判所平成元年12月11日第二小法廷判決・済生会中央病院事件,昭和63年(行ツ)第157号,民集43巻12号1786頁,判例秘書L04410110
③ 最高裁判所平成5年3月25日第一小法廷判決・エッソ石油事件,平成3年(オ)第928号,裁判集民事168号127頁・労判650号6頁,判例秘書L04810036(裁判所HP未掲載)
④ 最高裁判所昭和60年4月23日第三小法廷判決・日産自動車事件,昭和53年(行ツ)第40号,民集39巻3号730頁,判例秘書L04010039
⑤ 大阪地方裁判所令和5年7月31日判決,令和4年(行ウ)第98号,判例秘書L07850753
⑥ 大阪地方裁判所平成28年5月18日判決・泉佐野市事件,平成27年(行ウ)第282号
3 労働委員会命令及び公的解説
① 大阪府労働委員会令和4年5月27日命令,令和2年(不)第42号
② 宮城県労働委員会令和2年9月26日命令・佐田事件,平成30年(不)第2号
③ 厚生労働省「確かめよう労働条件-賃金の額や支払方法などは,労基法等で規制がありますか?」
④ 法務省「令和6年司法試験論文式試験問題出題の趣旨」,労働法第2問・資料上31頁~33頁
⑤ 法務省「令和6年司法試験の採点実感(選択科目)」,労働法第2問・資料上28頁~31頁