労働協約


目次

第1 総論
第2 労働協約の有効期間
第3 労働協約の規範的部分及び債務的部分
第4 労働協約の規範的効力の限界
第5 労働協約の拡張的効力
第6 ユニオン・ショップ協定
第7 就業規則と一体となった労働協約
第8 労使協定と労働協約の違い
第9 関連記事その他

第1 総論
1 労働組合と使用者又はその団体との間の労働条件その他に関する労働協約は,書面に作成し,両当事者が署名し,又は記名押印することによってその効力を生じます(労働組合法14条)。
2(1) 労使間の合意文書の表題が「覚書」,「了解事項」等の名称であっても,労働組合法14条に該当すれば,労働協約となります。
(2) 団体交渉議事録であっても労使双方が署名したものであれば,その内容によっては労働協約と解されることがあります。

第2 労働協約の有効期間
1 労働協約には,3年を超える有効期間の定めをすることができませんし(労働組合法15条1項),3年を超える有効期間の定めをした労働契約は,3年の有効期間を定めた労働協約とみなされます(労働組合法15条2項)。
2 有効期間の定めがない労働協約は,90日前に予告することで解約できます(労働組合法15条3項及び4項)。

第3 労働協約の規範的部分及び債務的部分
1(1) 労働協約に定める労働条件その他の労働者の待遇に関する基準は労働協約の規範的部分といいますところ,この部分に違反する労働契約の部分は無効となります(労働組合法16条)。
(2) 労働協約の規範的部分としては,賃金(額の決定・支払方法,定期・臨時の昇給,賞与),退職金,労働時間,休日・休暇,安全衛生,職場環境,災害補償,服務規律,人事異動,昇進,休職,解雇,定年制,福利厚生,職業訓練などを定めた部分があります(労働組合対策室HPの「労働協約 規範的効力と債務的効力」参照)。
(3) 以下の理由に基づき,個別の労働契約において労働協約の定める労働条件を上回ることは許されないと解されています(ユニオン対策に強い弁護士による無料相談HP「労働協約の内容よりも労働者に有利な個別契約を締結することはできますか?」参照)。
① 労働基準法13条が「基準に達しない労働条件」と定めているのと異なり,労働組合法は16条は「基準に違反する労働契約の部分」と定めていること
② 企業別に締結されることが多い日本の労働協約は,労働条件を直接設定することを意図している場合が多いこと
③ 個別の労働契約において労働協約の定める労働条件を上回ることが認められた場合,使用者は,厄介な組合員に対し,労働協約で定めた労働条件よりも有利な労働条件を提示するなどして労働組合の弱体化を図る可能性があること
2 労働組合と使用者の関係を定めた部分を労働協約の債務的部分といいますところ,労働協約の債務的部分としては,非組合員の範囲,ユニオンショップ,便宜供与(在籍専従・組合事務所・掲示板・組合休暇など),労使協議制,団体交渉のルール(委任禁止事項・団体交渉の時間なと),平和条項(労働協約の有効期間中に労働協約に定める事項の改廃を目的とした争議行為を行わないという条項)などを定めた部分があります(労働組合対策室HPの「労働協約 規範的効力と債務的効力」参照)。

第4 労働協約の規範的効力の限界
1 労働協約が特定の又は一部の組合員を殊更不利益に取り扱うことを目的として締結されたなど労働組合の目的を逸脱して締結されたものである場合,労働協約の規範的効力が否定されることがあります(朝日火災海上保険事件に関する最高裁平成9年3月27日判決参照)。
2(1) 具体的に発生した賃金請求権を事後に締結された労働協約の遡及適用により処分又は変更することは許されません(最高裁平成31年4月25日判決。なお,先例として,最高裁平成元年9月7日判決及び最高裁平成8年3月26日判決参照)。
(2) 使用者と労働組合との間の当該労働組合に所属する労働者の未払賃金に係る債権を放棄する旨の合意につき,当該労働組合が当該労働者を代理して当該合意をしたなど,その効果が当該労働者に帰属することを基礎付ける事情はうかがわれないという事実関係の下においては,これにより当該債権が放棄されたということはできません(最高裁平成31年4月25日判決)。

第5 労働協約の拡張適用
1(1) 一の工場事業場に常時使用される同種の労働者の4分の3以上の数の労働者が一の労働協約の適用を受けるに至った場合,当該工場事業場に使用される他の同種の労働者に関しても,不利益部分も含めて,当該労働協約が適用されます(労働組合法17条のほか,最高裁平成8年3月26日判決)。
(2) 労働組合法17条の趣旨は,主として一の事業場の4分の3以上の同種労働者に適用される労働協約上の労働条件によって当該事業場の労働条件を統一し,労働組合の団結権の維持強化と当該事業場における公正妥当な労働条件の実現を図ることにあります(最高裁平成8年3月26日判決)。
(3) 同種の労働者の4分の3以上かどうかにつき,最高裁平成8年3月26日判決では支店単位で判断されました。
2(1) 労働協約の拡張適用が認められるのは,労働協約の規範的部分だけです(最高裁昭和48年11月8日判決)。
(2) 労働協約によって特定の未組織労働者にもたらされる不利益の程度・内容,労働協約が締結されるに至った経緯,右労働者が労働組合の組合員資格を認められているかどうか等に照らし,労働協約を右労働者に適用することが著しく不合理であると認められる特段の事情があるときは,その効力を右労働者に及ぼすことはできません(最高裁平成8年3月26日判決)。
3 厚生労働省HPに「労働協約の拡張適用について」が載っています。

第6 ユニオン・ショップ協定
1 ユニオン・ショップ協定は,労働協約の一種でありますところ,労働者が労働組合の組合員たる資格を取得せず又はこれを失った場合に,使用者をして当該労働者との雇用関係を終了させることにより間接的に労働組合の組織の拡大強化を図ろうとするものです。
2 ユニオン・ショップ協定のうち,締結組合以外の他の労働組合に加入している者及び締結組合から脱退し又は除名されたが,他の労働組合に加入し又は新たな労働組合を結成した者について使用者の解雇義務を定める部分は,民法90条により無効です(日本シェーリング事件に関する最高裁平成元年12月14日判決)。

第7 就業規則と一体となった労働協約
・ 就業規則は,労働条件を統一的・画一的に定めるものとして,本来有効期間の定めのないものであり,労働協約が失効して空白となる労働契約の内容を補充する機能も有すべきものであることを考慮すれば,就業規則に取り入れられこれと一体となっている右退職金協定の支給基準は,右退職金協定が有効期間の満了により失効しても,当然には効力を失わず,退職金額の決定についてよるべき退職金協定のない労働者については,右の支給基準により退職金額が決定されます(最高裁平成元年9月7日判決)。

第8 労働協約と労使協定の違い
1 労働協約は以下の点で労使協定と異なります(労働政策研究・研修機構HP「労働協約と労使協定」参照)。
① 趣旨・目的
・   労働協約は,組合員を代表する労働組合が,労働者と使用者間に存在する交渉力格差を集団的交渉によって解消し,よりよい労働条件を獲得しようとするものであり,組合員の労働契約の規律を本来の目的としています。
    労働組合が労働協約によって労働条件を独自に設定する自由(協約自治)は憲法28条により保障され,労働協約には労働組合法16条によって規範的効力が付与されています。
・ 労使協定は,国家が定める最低労働条件を全面的・一律に適用することが実務上不都合と考えられる事項について,事業場の全従業員のために最低労働条件規制の例外を認めるための手段として,法政策上導入されたものです。
    例えば,労働時間は,1日8時間・週40時間が上限である(労働基準法32条)が,いついかなる場合もこの法定労働時間を超えてはならないとすると,業務上の必要性に対応できず,また労働者の意向にも反することがあるため,現場の労使の判断を尊重する趣旨で,労働者代表との合意(労使協定)による労働時間延長が許容されています(労働基準法36条1項)。
② 締結主体
・ 労働協約は労働組合(労働組合法2条)が締結主体であり,多数組合(過半数組合)か少数組合かに関わらず,すべての労働組合が締結権限を持ちます。
・ 労使協定は,当該事業場で過半数を組織する労働組合が存在する場合にはその労働組合,そうした労働組合が存在しない場合には,過半数を代表する者(過半数代表者)が締結主体となり,「過半数」の代表であることが要件です。
    ただし,労使協定は,労働組合が組織されていない事業場でも,過半数代表者を1名選出すれば,その者が締結できるという点では,締結主体の選択肢が広いです。
③ 効力要件
・ 労働協約の効力要件は書面で作成されていること及び両当事者の署名又は記名押印です(労働組合法14条)。
・ 労使協定の効力要件は書面で作成されていることのほか,①労働基準法,②育児・介護休業法又は③高年齢者雇用安定法9条2項(ただし,平成24年9月5日法律第78号による改正前のものであり,令和6年度までに限る。)所定の事項が記載されていることです。
    また,36協定のように,一部の労使協定については,労働基準監督署への届出が効力要件とされています。
④ 効力範囲
・ 労働協約は労働組合を単位として適用されるものであり,原則として当該協約を締結した組合の組合員にのみ適用されます。
・ 労使協定は事業場を単位として適用されるものであり,当該事業場の全労働者に適用することが予定されています。
⑤ 規範的効力の有無
・ 労働協約の規範的部分は労働契約を規律する規範的効力を有します(労働組合法16条)。
・ 労働基準法上の労使協定の効力は,その協定に定めるところによって労働させても労働基準法に違反しないという免罰効果を持つものであり,労働者の民事上の義務は,当該協定から直接生じるものではなく,労働協約,就業規則等の根拠が必要です(改正労働基準法の施行について(昭和63年1月1日付の労働書労働基準局長及び婦人局長の通達の「労使協定の効力」参照)
2 労働政策研究・研修機構HP「労働協約と労使協定」には以下の記載があります。
     労使協定自体から労働契約を規律する効力は生じないので,それに基づく処遇を行うには,労働協約,就業規則又は労働契約による具体的権利義務の設定が必要である。問題は,労使協定が過半数組合と使用者の間で,労組法 14条の要件を満たして締結された場合に,当該協定を同時に労働協約と扱うことができるかである。労使協定には書面性が必要であり,労組法 14条の要件はこれに加えて署名または記名押印を要求するにとどまるので,労使協定が同条の形式を満たすことは実際上多いと考えられる。
     通説は,現行法が労使協定を労働協約の形式で締結しうることを前提としている(労基法施行規則16条2項(山中注:現在の労働基準法施行規則17条1項1号),24条の2第2項)ことから,当該労使協定は同時に労働協約であり,当該組合の組合員に対しては規範的効力が及ぶとしている。

第9 関連記事その他
1 労働者及び使用者は,労働協約,就業規則及び労働契約を遵守し,誠実に各々その義務を履行しなければなりません(労働基準法2条2項)。
2 就業規則が法令又は労働協約に反する場合,法令又は労働協約が優先します(労働契約法13条)。
3 以下の記事も参照してください。
・ 同一労働同一賃金
・ 高年齢者雇用安定法に関するメモ書き
・ 就業規則に関するメモ書き
・ 労働基準法に関するメモ書き


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