第1 最初に所得の種類を分ける
司法修習を終了した年の確定申告では,同じ年に受け取った金員を,①司法修習中の給付,②勤務先からの給与,③個人名義で受け取った弁護士報酬,④借入金及び⑤費用弁償に分ける必要がある。所得の種類によって,申告の要否,所得金額の計算,源泉徴収及び消費税の取扱いが異なるからである。
雇用契約に基づいて法律事務所又は企業で働き,勤務先の指揮監督を受けて支給される金員は,原則として給与所得である。これに対し,自己の計算と危険で独立して行った個別事件,国選事件,講演,原稿その他の業務の報酬は,事業所得又は雑所得の検討対象となる。契約書の表題又は本人の選択だけで所得区分が決まるものではなく,勤務時間及び場所の拘束,業務上の指揮監督,他人による代替可能性,道具及び経費の負担,報酬の計算方法並びに損失を負担する可能性等の実態を総合して判断する必要がある。
第2 確定申告が必要となる場合
1 給与を1か所から受けた場合
1か所から給与の支払を受け,その給与の全部が源泉徴収の対象となる人は,給与所得及び退職所得以外の所得金額の合計額が20万円を超える場合,原則として確定申告をする必要がある。判定に用いるのは「収入金額」ではなく,収入金額からその所得について認められる必要経費を控除した「所得金額」である。
基本給付金及び住居給付金については,後記のとおり,控除できる必要経費はないとされている。そのため,これらの支給額の合計が20万円を超える司法修習終了者は,勤務先で年末調整を受けていたとしても,通常は確定申告が必要になる。給与収入が2000万円を超える場合も,年末調整の対象外となり,確定申告が必要である。
2か所以上から給与を受けた場合は,年末調整を受けなかった給与の収入金額と,給与所得及び退職所得以外の所得金額との合計額が20万円を超えるか等を別途判定する必要がある。20万円以下の申告不要制度は給与所得者についての例外であるため,独立開業者の事業所得について一律に適用できるものではない。
2 20万円以下の場合
所得税の20万円以下の申告不要制度が適用されても,住民税の申告まで不要になるわけではない。また,医療費控除,寄附金控除その他の理由で所得税の確定申告をする場合は,20万円以下の所得も申告書に含めなければならない。
3 年末調整を受けていない場合
年の中途で退職し,同じ年に再就職しなかった人は,通常,退職した勤務先で年末調整を受けない。この場合,給与から源泉徴収された所得税が納め過ぎになっていれば,翌年1月1日から5年間,還付申告をすることができる。年の中途で別の勤務先に再就職した場合は,原則として,新しい勤務先が前の勤務先の給与を含めて年末調整をする。
4 確定申告をする場合の全所得
確定申告は,還付を受けたい所得だけを選んで行う手続ではない。確定申告をする以上,その年分について申告すべき給与,雑所得,事業所得その他の所得を全て計上する必要がある。
第3 司法修習中に受け取った金員
1 基本給付金及び住居給付金
最高裁判所「第79期司法修習生の修習給付金等について」は,基本給付金及び住居給付金を雑所得として確定申告の対象にすると案内し,これらについて控除できる必要経費はないとしている。
大阪地裁令和4年12月22日判決(令和3年(行ウ)第48号・所得税更正処分取消請求事件)も,基本給付金は学資金として非課税となるものではなく,雑所得に当たり,司法修習のための交通費,書籍代その他の支出を必要経費として控除することはできないと判断した(判決書32頁~43頁)。大阪高裁令和5年7月26日判決(令和5年(行コ)第15号・税務訴訟資料第273号順号13866)は,所要の補正をした上で第一審判決を引用して控訴を棄却し,最高裁第二小法廷令和5年12月22日決定(税務訴訟資料第273号順号13915)が上告受理申立てを受理しなかったため,大阪高裁判決は確定している。ただし,最高裁判所の決定は上告受理申立てを受理しなかったものであり,最高裁判所が独自の実体判断を示した判決ではない。
修習給付金制度の沿革及び関係資料については,「司法修習生の給費制,貸与制及び修習給付金」も参照されたい。
2 移転給付金及び旅費
最高裁判所の現行案内は,移転給付金を確定申告の対象外としている。移転給付金及び修習のために支給される旅費は,費用弁償として収入と対応経費が一致するため,課税所得が生じないという整理である。
奈良地裁令和5年2月14日判決(税務訴訟資料第273号順号13814)の事案でも,課税庁は移転給付金及び出張研修旅費を雑所得の総収入金額に算入する一方,それぞれ同額を必要経費に算入しており,同判決はその計算を含む更正処分を適法とした。大阪高裁令和5年9月21日判決(税務訴訟資料第273号順号13887)も控訴を棄却した。国税庁公表資料では両判決の事件番号がマスキングされており,裁判所ウェブサイトの裁判例検索では確認できなかったため,裁判所HP未掲載として扱う。
3 修習専念資金
修習専念資金の貸与元本は返済義務を伴う借入金であり,受領した元本そのものを収入として申告するものではない。もっとも,無利息貸付けによる利息相当額の経済的利益については,前記大阪地裁判決及び大阪高裁判決で課税関係が争われ,課税処分が維持された。貸与を受けた人は,当該期の最高裁判所案内及び交付資料に従い,申告対象となる利息相当額を確認する必要がある。
第4 勤務弁護士として受け取った給与
勤務先から給与所得の源泉徴収票を受け取り,支払金額,給与所得控除後の金額,所得控除の額の合計額及び源泉徴収税額を確認する。年末調整を受けていても,基本給付金,住居給付金又は個人名義の報酬による所得がある場合は,別途,確定申告の要否を判定する必要がある。
平成31年4月1日以後に提出する所得税の確定申告書には,給与所得の源泉徴収票を添付又は提示する必要はない。ただし,申告内容の入力及び後日の照会に必要であるため,源泉徴収票は保存すべきである。司法修習終了年に複数の勤務先から給与を受けた人は,全ての源泉徴収票を集め,前職分が年末調整に含まれているかを確認する必要がある。
第5 個人名義で受け取った弁護士報酬
個人に対して支払われる弁護士報酬は,原則として所得税及び復興特別所得税の源泉徴収対象となる。報酬,謝金,調査費,日当及び旅費等の名目だけで源泉徴収の対象外になるものではないが,支払者が交通機関又はホテル等に通常必要な範囲の交通費又は宿泊費を直接支払った場合等には,源泉徴収対象額に含めなくてよい場合がある。また,請求書で報酬額と消費税額を明確に区分している場合,源泉徴収対象額を税抜報酬額とすることが認められている。詳細は,「弁護士業務と源泉徴収義務」も参照されたい。
支払調書を受け取っていないことは,その収入を申告しなくてよい理由にならない。請求書,領収証,入金口座,支払調書及び源泉徴収額を照合し,総収入金額と既に納付された源泉所得税額を集計する必要がある。
必要経費は,当該収入を得るために直接必要であった支出又は所得を生ずべき業務について生じた支出に限られる。私的支出,司法修習そのもののための交通費又は書籍代を,弁護士登録後の事業所得の必要経費へ振り替えることはできない。
第6 独立開業した場合の届出及び青色申告
1 開業届
自己の計算と危険で弁護士業務を開始した人は,「個人事業の開業・廃業等届出書」を納税地の所轄税務署へ提出する。令和8年1月1日以後に事業を開始した場合の提出期限は,開業した年分の所得税の確定申告期限までである。雇用される勤務弁護士は,勤務を開始したという理由だけで自己の事業についての開業届を提出するものではない。
2 青色申告
青色申告を希望する場合は,開業届とは別に「所得税の青色申告承認申請書」を提出する必要がある。提出期限は原則として青色申告をしようとする年の3月15日までであり,その年の1月16日以後に新たに事業を始めた場合は開業の日から2か月以内である。令和8年から開業届の提出期限が変わっても,青色申告承認申請書の期限を徒過してよいわけではない。
55万円又は65万円の青色申告特別控除には,複式簿記による記帳,貸借対照表及び損益計算書の添付,期限内申告並びにe-Tax又は一定の電子帳簿保存等の要件がある。適用を希望する人は,開業後ではなく,開業前又は開業直後から記帳方法を決める必要がある。
3 帳簿,事業用口座及び預り金
独立開業する場合は,事業用口座と私用口座をできる限り分け,開業日から継続して帳簿を作成するのが望ましい。依頼者から受け取った預り金は弁護士の売上げではないため,報酬と混同せず,預り金として区分して管理する必要がある。
借入金の元本は収入ではなく,返済した元本も必要経費ではない。事業のための借入れに係る利息は,事業との関連性及び家事関連費との区分を確認して必要経費を検討する。
第7 申告前に集める資料
申告前には,少なくとも次の資料を集める。
① 最高裁判所又は司法研修所から交付された基本給付金,住居給付金,移転給付金及び修習専念資金の資料。
② 全ての勤務先の給与所得の源泉徴収票。
③ 個人事件,国選事件,講演,原稿その他の報酬に関する請求書,領収証,支払調書及び通帳。
④ 国民年金,国民健康保険,弁護士国民健康保険その他の社会保険料の支払資料。
⑤ 生命保険料,地震保険料,iDeCo,小規模企業共済等の控除証明書。
⑥ 医療費控除,寄附金控除,住宅借入金等特別控除その他の適用を受けるための資料。
⑦ マイナンバーカードその他の本人確認資料。
⑧ 還付金の振込先となる本人名義の口座。
添付,提示又は保存の要否は資料ごとに異なるため,「原本を示して写しを全て添付する」という一律の扱いをしてはならない。e-Taxでは,生命保険料控除証明書等の一定の第三者作成書類について,記載内容を入力して送信することにより添付を省略できる。書面申告で本人確認書類の写しを添付する場合も,マイナンバーカード等の原本を郵送してはならない。
税理士がマイナンバーを記載した申告書を書面で代理提出する場合も,税務代理権限証書,税理士証票の提示又は写し及び本人の番号確認書類の写し等による確認が必要であり,税理士へ依頼しただけで本人確認資料が一律に不要になるものではない。
ふるさと納税についてワンストップ特例を申請していた場合でも,所得税の確定申告をするとワンストップ特例は無効になる。そのため,確定申告をする場合は,ワンストップ特例を申請した寄附分も含め,全てのふるさと納税を寄附金控除の計算に含める必要がある。
第8 住民税
1 所得税の申告不要制度との違い
給与所得者について所得税の20万円以下の申告不要制度が適用される場合でも,原則として,その所得について住民税の申告が必要である。所得税の確定申告をした場合は,その申告内容が自治体に送られるため,通常は同じ内容の住民税申告書を別に提出する必要はない。
2 徴収方法
給与及び公的年金等以外の所得に対する住民税については,確定申告書で「特別徴収」又は「自分で納付」を選択することができる。給与からの特別徴収は原則として6月から翌年5月までの12回であり,普通徴収は自治体の納期ごとに自分で納付する。大阪市の普通徴収は,通常,6月,8月,10月及び翌年1月の年4回である。
徴収方法の選択は,副収入が勤務先に判明しないことを保証する制度ではない。実際の取扱いは自治体によって異なるため,居住地の自治体の案内を確認する必要がある。
第9 提出,納付,訂正及び提出記録
1 提出時期
納付すべき所得税がある申告の受付期間は年ごとに定められるため,対象年の国税庁「確定申告特集」で確認する。還付申告は,原則として対象年の翌年1月1日から5年間提出することができる。ただし,55万円又は65万円の青色申告特別控除等には期限内申告が要件となるため,「還付になるから5年間いつでもよい」と一律にはいえない。
2 e-Tax及び提出記録
e-Taxは,メンテナンス時間を除き,確定申告期間外も原則として24時間利用できる。電子申告は,申告データがe-Taxの受付システムに記録された時点で到達したものと扱われるため,申告後は受信通知及び送信した申告データを保存する。
ID・パスワード方式のID及びパスワードは,令和7年10月1日から新規発行が停止されている。既に発行を受けている人も,ID・パスワード方式は令和9年分の確定申告から利用できなくなる予定であるため,マイナンバーカード方式等へ移行する必要がある。
税務署は令和7年1月から申告書等の控えへの収受日付印を廃止したため,書面提出の場合も,提出方法に応じた記録を残す必要がある。時間外収受箱への投函について,翌朝の一定時刻までなら前日提出として扱われるという一般的な運用は,公的資料で確認できないため,期限間際の提出方法として予定すべきではない。
3 納付
所得税の納付方法には,振替納税,ダイレクト納付,インターネットバンキング又はATM,クレジットカード,スマートフォンアプリ,QRコードによるコンビニ納付及び現金納付がある。利用上限,決済手数料及び利用可能時間は方法ごとに異なるため,国税庁の最新案内を確認する。還付申告の場合は,申告書に本人名義の還付口座を記載する。
4 申告内容の訂正
法定申告期限内に誤りを発見した場合は,正しい申告書を作成して改めて提出する。特段の申出がない限り,最後に提出された申告書がその年分の申告書として扱われ,表題へ赤字で「訂正申告」と記載することや旧申告書の写しを添付することは,一般的な要件ではない。
法定申告期限後に税額を少なく申告していた場合は修正申告,税額を多く申告していた場合等は更正の請求を検討する。期限前の再提出,期限後の修正申告及び更正の請求は別の手続であるため,誤りに気付いた時点と税額への影響を確認して選択する必要がある。
第10 消費税及びインボイス
雇用される勤務弁護士が勤務先から給与だけを受け取る場合,その給与について本人が消費税を申告するものではない。これに対し,独立して弁護士業務を行い,又は個人名義で課税売上げを得る場合は,所得税とは別に消費税の納税義務を判定する必要がある。
新規開業年及びその翌年は原則として免税事業者となるが,基準期間,特定期間,課税事業者選択及びインボイス発行事業者登録等による例外がある。インボイス発行事業者として登録されている間は,免税事業者となることができない。
令和8年分まで適用できる2割特例並びに令和9年分及び令和10年分の個人事業者に適用できる3割特例等の経過措置がある。制度及び適用期間が改正されているため,申告対象年の国税庁資料で適用要件を確認する必要がある。
第11 確認用チェックリスト
① 司法修習終了年に受け取った全ての金員を,給与,雑所得,事業所得,借入金及び費用弁償に分けたか。
② 基本給付金及び住居給付金を雑所得に計上したか。
③ 移転給付金及び旅費を基本給付金と同じ取扱いにしていないか。
④ 全勤務先の源泉徴収票を集めたか。
⑤ 個人名義の報酬及び源泉徴収税額を,通帳,請求書及び支払調書と照合したか。
⑥ 20万円基準を収入金額ではなく所得金額で判定したか。
⑦ 所得税の申告が不要でも住民税の申告が必要でないかを確認したか。
⑧ 独立開業者だけが必要となる開業届,青色申告及び消費税の手続を,勤務弁護士に混同していないか。
⑨ 対象年に適用される控除額及び申告期限を国税庁の当該年分手引きで確認したか。
⑩ e-Taxの受信通知その他の提出記録を保存したか。
第12 出典・参考資料
1 公的資料
⑨ 国税庁「マイナンバー制度」及び「税務署での本人確認に関するFAQ」。
⑩ 国税庁「納税の方法」。
⑪ 国税庁「申告書を提出した後に,申告内容の誤りに気付いた場合」。
⑫ 国税庁「令和7年度税制改正による所得税の基礎控除の見直し等」及び「令和8年度税制改正による所得税の基礎控除の見直し等」。
⑬ 国税庁「申告書等の控えへの収受日付印の押なつの見直し」。
⑭ e-Tax「送信した申告等データの到達時期」及び「ID・パスワード方式について」。
⑮ 国税庁「新規開業又は法人の新規設立のとき」及び「令和8年度税制改正特集(インボイス制度)」。
⑯ 大阪市「市民税・府民税・森林環境税の納税方法について」及び「市民税・府民税の申告について」。
⑱ 最高裁判所「第79期司法修習生の修習給付金等について」。
2 裁判例
① 大阪地裁令和4年12月22日判決(令和3年(行ウ)第48号・所得税更正処分取消請求事件),判決書32頁~43頁。
② 大阪高裁令和5年7月26日判決(令和5年(行コ)第15号・税務訴訟資料第273号順号13866)。
③ 最高裁第二小法廷令和5年12月22日決定(税務訴訟資料第273号順号13915)。
④ 奈良地裁令和5年2月14日判決(税務訴訟資料第273号順号13814,裁判所HP未掲載)。全文は,国税庁税務大学校の公表PDFで確認した。
⑤ 大阪高裁令和5年9月21日判決(税務訴訟資料第273号順号13887,裁判所HP未掲載)。全文は,国税庁税務大学校の公表PDFで確認した。
3 文献
① 横田寛『弁護士・事務職員のための法律事務所の確定申告入門―会計処理から税務調査対応まで』日本加除出版,平成28年,276頁~280頁,304頁~310頁及び334頁~342頁。
② 木山泰嗣「最新判例・係争中事例の要点解説(第184回)司法修習生の基本給付金は非課税所得に当たらないとされた事例」税経通信81巻1号115頁~124頁,令和8年1月。