第1 この記事の対象と結論
平成21年司法試験刑事系科目第1問(刑法)は,貸金業者の預金を従業員が流用した事例と,その発覚を防ぐための狂言行為を素材とする。
本記事は,Aの口座からB社の口座へ振り込まれた80万円と,乙がATMから引き出した120万円を分け,その後の狂言行為まで検討する。
本答案では,80万円について甲に業務上横領罪,乙にその幇助犯を認め,乙には単純横領罪の刑を科す構成を採る。
120万円については乙に窃盗罪を認め,甲の責任は因果関係と故意を分けて否定する。
狂言行為では甲乙に偽計業務妨害罪の共同正犯を認め,甲には乙の事件に関する証拠偽造罪・偽造証拠使用罪も認める。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 対象 | 平成21年司法試験論文式試験・刑事系科目第1問 |
| 基準時 | 平成21年の本試験時の刑法 |
| 問題文 | PDF2~4頁の第1問 |
| 出題の趣旨 | PDF6~7頁の刑事系科目第1問(第2問の直前まで) |
| 採点実感 | PDF18~20頁の刑法部分 |
| 評価項目 | 21項目(重み5は6項目,重みの合計は83) |
| 答案 | 3,997字(改行を除く) |
| 判例・法改正 | 試験後の判例・法改正を答案の根拠にしていない。特定の裁判例の判旨を引用していない。 |
第4に21の評価項目を,第5に答案とその解説を掲載する。
重み5の項目は2・9・13・14・15・17番である。
第2 評価項目の示し方と重み付けの基準
1 評価項目の示し方
評価項目は,出題の趣旨と採点実感の記載を,答案の何を見れば充足を判定できるかが分かる形に整理したものである。
各評価項目の重みは本記事独自の目安であり,法務省の公式採点基準や項目別配点ではない。
「注意」は避けるべき誤りを示すもので,別の減点枠として集計するものではない。
条件付きの項目は,採用する法的構成や比較の必要に応じて参照するものである。
2 5段階の重み付けの基準
| 重み | 判断基準 |
|---|---|
| 5 | その設問の判断を大きく分ける核心 |
| 4 | 結論を理由付きで支える主要な論証・当てはめ |
| 3 | 通常押さえる法的処理・事情の評価 |
| 2 | 論証を補強する説明・個別事情・誤りの注意 |
| 1 | 補充的な引用・記述範囲の確認 |
第3 本問の概要
1 問題文と事実関係
| 場面 | 事実の概要 |
|---|---|
| 預金管理 | 甲は貸付けと出納を担当し,Aの口座の通帳・カードを入れた金庫の鍵を持つ。乙は営業担当で,カードの暗証番号を知らなかった。 |
| 80万円 | 甲から200万円の振込みを指示された乙が,そのうち80万円をAの口座から甲の管理するB社の口座に直接振り込む。 |
| 120万円 | 乙がATMでAの口座から現金を引き出し,同じ銀行の窓口で自己の借金の返済先へ振り込む。 |
| 狂言行為 | 甲が乙の手足を縛って自動車のトランクに閉じ込め,約30分後に警察へ通報し,乙が架空の強盗被害を説明する。 |
2 設問が求めること
設問は,特別法違反の点を除き,具体的な事実を摘示しつつ甲及び乙の罪責を論じることを求めている。
丙の罪責は問われていないため,本記事は甲乙の成立罪と罪数までを示す。
第4 評価項目と重み
1 80万円の口座間振込と事実評価
| 番号 | 評価項目 | 重み | 出題の趣旨 | 採点実感 |
|---|---|---|---|---|
| 1 | 事実を列挙するだけで終えず,個々の事実がどの要件の肯否に働くかを示す。 | 3 | PDF6頁・財産犯の検討(事実の摘示) | PDF18頁・2,PDF20頁・3(2)ウ②③ |
| 2 | 預金の法律上の占有を,銀行に対する払戻し・送金の権限を根拠として説明する。 | 5 | PDF6頁・財産犯の第1 | PDF20頁・3(2)ウ② |
| 3 | 甲の鍵・出金指図・貸付裁量とAの点検の実態から,甲の払戻権限を評価する。 | 4 | PDF6頁・財産犯の第2 | PDF18頁・2,PDF20頁・3(2)ウ② |
| 4 | 乙のカード等の一時的所持と指示範囲内の操作を,独立した預金占有と区別する。 | 4 | PDF6頁・財産犯の第1~第3 | PDF20頁・3(2)ウ② |
| 5 | 出納担当の継続性と反復を用いて,占有の業務性を,占有自体と別に判断する。 | 3 | PDF6頁・財産犯の第3 | PDF20頁・3(2)ウ② |
| 6 | 資金の帰属・横領の客体を特定し,B社口座を支配する甲が自己用途で処分したと評価する。(横領構成を採る場合) | 4 | PDF6頁・財産犯の第1~第3 | PDF20頁・3(2)ウ② |
| 7 | 【注意】指示と送金実行を分け,採用した横領構成の既遂時点と未送金分の扱いを示す。(横領構成を採る場合) | 4 | PDF6頁・財産犯の第3 | PDF19~20頁・3(2)イ①⑤ |
| 8 | 口座間振込における電子計算機使用詐欺の成否を,対銀行の権限と不実記録に即して位置付ける。(口座振替につき電子計算機使用詐欺を検討する場合) | 4 | PDF6頁・財産犯の第1~第3 | PDF19頁・3(2)ア③,イ② |
| 9 | 実際に操作した乙の行為を甲に帰属させるため,間接正犯又は共犯の根拠を明示する。 | 5 | PDF6頁・甲乙の法的な関係 | PDF18頁・3(2)ア①,PDF19頁・ア③ |
| 10 | 情を知る乙を利用する構成と乙を正犯とする構成を,認識・支配・対象財産犯から比較する。(採用・不採用の比較。別構成を累積成立させない。) | 4 | PDF6頁・甲乙の法的な関係 | PDF19頁・3(2)ア③ |
| 11 | 意思連絡の欠如と片面的幇助の成否を分け,乙が事情を知って実行前・実行時に寄与したことを示す。 | 4 | PDF6頁・甲乙の法的な関係 | PDF19頁・3(2)ア②③ |
| 12 | 横領の占有身分と業務上の加重身分を分け,65条1項と2項の適用を示す。(非身分者の横領への加功を認める場合) | 4 | PDF6頁・共犯と身分 | PDF19頁・3(2)ア③ |
2 120万円の現金引出し
| 番号 | 評価項目 | 重み | 出題の趣旨 | 採点実感 |
|---|---|---|---|---|
| 13 | ATM内の銀行占有の現金につき,乙の無権限の払戻しと窃盗の成否を検討する。 | 5 | PDF6頁・財産犯の第1~第3 | PDF19頁・3(2)ア④,イ①③ |
| 14 | 甲の指示・カード交付と乙の独自行為との条件関係と,危険の現実化による結果帰属を区別する。 | 5 | PDF6頁・甲乙の法的な関係の末尾 | PDF19頁・3(2)ア④ |
| 15 | 甲の想定と現実を客体・行為態様・構成要件で対照し,故意の有無を錯誤として評価する。 | 5 | PDF6頁・甲乙の法的な関係の末尾 | PDF19頁・3(2)ア④ |
| 16 | 【注意】事後承認から窃盗既遂前の意思連絡や従犯の故意を遡及させない。 | 3 | PDF6頁・甲乙の法的な関係 | PDF19頁・3(2)ア② |
3 狂言行為
| 番号 | 評価項目 | 重み | 出題の趣旨 | 採点実感 |
|---|---|---|---|---|
| 17 | 監禁の外形を示した上で,乙の承諾の効力を対立する理由と具体的な範囲から判断する。 | 5 | PDF6~7頁・後半(監禁罪と承諾) | PDF18頁・3(1) |
| 18 | 甲乙の通報・外形作出・虚偽説明の連鎖につき,警察の初動を対象とした偽計業務妨害と共同実行を判断する。 | 4 | PDF6頁・後半 | PDF18頁・3(1) |
| 19 | 後段の国家的法益に対する罪の候補を,実在する窃盗・作出した資料・本人と他人の関係に即して検討する。(候補を採る場合は個別要件を充足。) | 3 | PDF6頁・後半(国家的法益に対する罪) | PDF18頁・3(1) |
4 犯罪相互の関係
| 番号 | 評価項目 | 重み | 出題の趣旨 | 採点実感 |
|---|---|---|---|---|
| 20 | 【注意】無権限処分と財産的損害を個別に示し,類似財産犯を根拠なく累積させず,後段の背任を当然視しない。 | 2 | PDF6~7頁・財産犯,末尾 | PDF19頁・3(2)イ②③④,PDF20頁・ウ① |
| 21 | 甲乙それぞれについて成立罪を確定し,行為関係を根拠として罪数を示す。 | 3 | PDF7頁・罪数 | 個別の指摘なし |
5 重みの分布
| 重み | 項目数 | 番号 |
|---|---|---|
| 5 | 6 | 2・9・13・14・15・17 |
| 4 | 9 | 3・4・6・7・8・10・11・12・18 |
| 3 | 5 | 1・5・16・19・21 |
| 2 | 1 | 20 |
| 1 | 0 | なし |
合計は21項目で,重みの合計は83である。
第5 模範解答
1 答案の前提と表記
答案は試験当時の刑法を基準にした一例である。
条文番号は刑法の条文を指す。
比較した別の構成を同時に成立させるものではない。
2 答案
第1 A口座の資金管理と80万円の送金
1 甲はAの貸金業のため,貸付けの可否・条件を判断し,契約締結・貸付けに加え出納・預金取引を任されていた。
甲は金庫の鍵を持ち,カード等を取り出して経理担当者に取引の金額と相手先を具体的に指示した。
Aは通帳と帳簿を点検したが証憑と突き合わせず,個々の出金を事前承認していた事情はない。
したがって,甲はAから銀行に対する払戻しや送金の権限を委ねられ,Aの口座に預けられた現金に相当する預金資金を,銀行との関係で処分を指図できるという意味で法律上占有していた。
これはAの資金であり,甲固有の財産ではない。
資金管理を担当し反復継続してこの支配を行うことから,その占有は業務上のものである(刑法253条)。
乙は営業担当で,従前はカードの暗証番号も知らず,A口座の出納管理を任されていなかった。
乙がカード等を渡されたのは,経理担当の不在時に,指定先へ指定金額を送金し記帳するためである。
銀行に対してその指示の範囲内で端末を操作できても,自己の判断で払戻しを決める地位を与えられたわけではなく,乙に独立の法律上の占有はない。
2 甲は遊興費を得るため,取引のないB社への広告宣伝費を装ってAの預金を移すことにした。
甲はB社を代表し,その口座の通帳,届出印及びカードを管理している。
Aの資金をその管理目的に反して,自己が自由に利用できるB社口座へ振り込むのは,不法領得の意思を外部に発現する処分である。
現に80万円が入金された時点でその処分が実現した。
指示段階では乙が実行しないことやAが払い戻すことも可能で,当該資金はまだA口座にあり,指示だけで既遂には達しない。
差額120万円の送金は実現せず,横領未遂の処罰規定もない。
3 甲は自ら端末を操作していないため,乙の操作を甲に帰属させられるかを検討する。
乙は甲の不正を知っており,事情を知らない道具とはいえない。
しかも乙は送金額を変えており,乙が自ら犯罪を実行したと見る余地がある。
しかし80万円の振込先・方法は甲が指定し,甲がAの資金を管理し,甲が指定したB社の利益になる。
乙に独立の資金支配はなく,80万円については,甲の領得を知りながらその指示した処分を遂行したにとどまる。
甲は,自己の委託上の地位に基づく処分を,事情を知る補助者を利用して実現した間接正犯として業務上横領罪を負う。
乙に別途自己の利益を求める動機があっても,120万円の行為と区別すればこの評価を妨げない。
乙を正犯,甲を教唆犯(61条1項)とするには,乙がどの財産犯を自ら実行し,甲の指示がその犯意を生じさせたかを示す必要がある。
乙に独立の預金占有がなく,振込先も甲の指定した口座である。
銀行が認める操作権限がないのに正当な取引を装って不実の預金記録を作り,B社に預金債権を取得させたのであれば電子計算機使用詐欺(246条の2)が問題となる。
しかし本件の80万円は,Aから送金を任された甲がその事務を乙に具体的に指示し,乙が指示額の一部を指定口座に振り込んだものである。
金額が減少したことによって対銀行関係で送金権限が失われる事情はない。
取引先に直接振り込むという操作形式自体は通常の支払と同じであり,Aとの内部関係で支出目的が不正であることから,銀行に対しても無権限の入力であったとはいえない。
現金が移されたわけでもないため窃盗も成立せず,前記の構成を採る。
4 乙は,甲の机の中にB社名義の通帳を見たことや,B社には取引の実体がないと聞いたことから,甲の領得の企図を知って80万円の送金を実行した。
甲は乙が事情を知っているとは考えておらず,共同で犯罪を実行する意思の連絡はないから共同正犯(60条)は成立しない。
他方,正犯の認識を要しない幇助として,乙は甲の横領を認識しながら,振込操作によってこれを実現させた(62条1項)。
乙に占有者の身分はないが,65条1項により業務上横領罪の幇助犯が成立する。
業務上占有者という刑を加重する身分を欠くので,同条2項により単純横領罪(252条1項)の刑を科す。
第2 120万円の現金引出し
1 ATM内の現金は銀行が占有する財物である。
カード・暗証番号の一致は機械が作動する条件であって,銀行が権限を欠く者に払出しを許したことを意味しない。
乙が認められた操作はB社への送金であり,自分の債務の返済のため現金で引き出す権限はなかった。
乙は銀行へ向かう途中で自分の借金の弁済に充てることを決め,カードをATMに差し直して120万円を引き出し,ポケットに入れた。
銀行の意思に反して現金を自らの支配に移し,その経済的用途に従って利用する意思もあったから窃盗罪(235条)が成立する。
引落記録はこの現金取得に伴うもので,乙に別個の財産上の利益を生じさせたものではない。
後に銀行窓口で弁済のため送金したことは,取得済みの現金の処分である。
2 甲のカード等の交付がなければ,経理担当でもなく暗証番号を知らなかった乙は本件払戻しを行えなかったから,条件関係は認められる。
甲が渡したのが現金払戻しにも使える手段であり,同じ機会に,指示額の範囲内で出金したことは,甲の行為が作った危険が結果に現れたと見る根拠になる。
しかし甲の指示はB社への振込みに特定され,乙はその後,甲の意図を利用して自らの債務を弁済しようと決め,別個の操作で銀行の現金を取得した。
金額の上限が同じなのも,乙が発覚を避けるため甲の計画に便乗した結果である。
甲の指示による送金の危険が現実化したとはいえず,窃盗の実行を甲の指示による結果として帰属させることはできない。
仮に因果関係を認めても,甲が予定したのは委託上の地位を用いたAの預金資金の振替であり,現実に行われたのは払戻権限のない乙による銀行占有の現金取得である。
単なる実行方法・受取人の違いで横領と同じ構成要件内にとどまる事実のそごではない。
財物に対する占有の主体及び侵害の態様が異なり,両者の実質的な重なりも認められないため,認識した横領の事実から窃盗の故意を肯定できない。
甲は乙の計画を知らず,窃盗について共同実行の意思,教唆又は幇助の故意もない。
帰社後に流用を知って後始末を約しても,既に既遂となった窃盗に遡って関与したことにはならない。
第3 狂言行為
1 甲は,乙の両手足を縛り口を塞ぎ,車のトランクを閉めて立ち去った。
乙が自力で離脱することはできず,監禁の外形がある(220条)。
犯罪の偽装に協力するための承諾を法秩序が許容しないという見方もある。
しかし,同罪が保護するのは本人の移動の自由であり,同意の対象とされた具体的な拘束について意思決定が自由であり,実際の拘束がその範囲に収まる限り,偽装の違法性だけで承諾を無効とする理由はない。
乙は場所,拘束方法,トランクへの収容,約30分後の通報を知らされ,自分の不正の発覚を避けるためこれを承諾し,トランク内に横たわった。
Aを恐れたのは動機であり,甲から同意を強制された事情はない。
甲は乙の鼻呼吸を確認し,予定どおり通報して乙は間もなく発見された。
承諾の範囲を超えたといえる事実はなく,監禁罪は成立しない。
2 甲が持ちかけ,乙が承諾して,甲乙は,けん銃を持った強盗の被害に遭った外観を作って警察を呼ぶことにした。
甲は拘束された乙のいる車を地下駐車場に残し,約30分後に不審音の通報をし,乙は駆け付けた警察官に架空の強盗を説明した。
電話の言葉だけでは強盗と述べていないが,現場の外形及び事前に取り決めた説明と合わせて,実在しない被害に対応させる偽計である(233条)。
強制力を用いて排除できる妨害と異なり,虚偽と見破れなければ現場の確認・救出を必要とする初動対応は偽計による妨害から保護される。
現にその対応に人員を向けさせ,通常の警察業務を妨げるに足りる。
甲乙が役割を分担して行ったから,偽計業務妨害罪の共同正犯となる。
3 拘束された乙を被害者として発見させる外形は,架空の強盗に関するだけでなく,現に生じた乙の窃盗で120万円がどこへ行ったかを誤らせる客観的な資料になる。
甲は乙の出金を強盗被害に見せるため,虚偽の供述に加えて客観的な状況を新たに作り,通報により警察官に見せたから,他人である乙の刑事事件の証拠偽造・使用(104条)に当たる。
自己の横領の発覚をも恐れたが,この現場が示すのは120万円の行方であって,80万円のB社への送金原因ではない。
丙への口裏の依頼だけでは,丙による書類作成や供述が実際にあったとはいえず,架空貸付けのためどのような記録が作られたかも明らかでない。
乙の参加と説明は自己の窃盗事件のためであり,乙自身に証拠偽造・使用の正犯は成立しない。
他人を教唆して自己の事件の証拠を偽造させる場合は教唆犯となり得るが,乙は後始末を求めただけで,偽造を決意し筋書きを考えたのは自己の発覚も恐れた甲である。
乙が甲に証拠偽造の犯意を生じさせたとは認められない。
強盗被害の偽装には,捜査を架空の強盗に向け,乙を犯人として発見することを困難にする面がある。
他方,甲が警察に示したのは現金の行方を誤らせる同じ偽造証拠であり,本件では,これと区別して乙を隠避させる行為(103条)までは認めない。
実在する者に刑事処分を受けさせる目的もなく,虚偽告訴等罪(172条)は成立しない。
第4 罪数
甲の証拠偽造と使用は同じ窃盗について同一の偽造証拠を対象とする一連の行為で一罪となり,通報で警察を現場に導き偽装状況を示した行為は証拠の使用であるとともに偽計業務妨害の実行でもあるから,両罪は観念的競合となる(54条1項前段)。
これと先行する業務上横領罪は併合罪となる(45条前段)。
乙の業務上横領幇助,窃盗及び偽計業務妨害の各罪は併合罪となる。
3 出題の趣旨・採点実感を踏まえた解説
(1) 答案と評価項目の対応
答案の第1は1~12番,第2は13~16番,第3は17~19番,第4は21番を主に扱う。
20番は財産犯の検討全体に関する注意である。
次表は,重み5・4の項目及び条件付きの項目を,第4と同じ文言で示す。
対応箇所は答案内の見出しである。
| 番号 | 重み | 評価項目 | 答案の該当箇所・留保 |
|---|---|---|---|
| 2 | 5 | 預金の法律上の占有を,銀行に対する払戻し・送金の権限を根拠として説明する。 | 答案 第1・1 |
| 3 | 4 | 甲の鍵・出金指図・貸付裁量とAの点検の実態から,甲の払戻権限を評価する。 | 答案 第1・1 |
| 4 | 4 | 乙のカード等の一時的所持と指示範囲内の操作を,独立した預金占有と区別する。 | 答案 第1・1 |
| 6 | 4 | 資金の帰属・横領の客体を特定し,B社口座を支配する甲が自己用途で処分したと評価する。(横領構成を採る場合) | 答案 第1・1~2。当該構成・比較の範囲内。 |
| 7 | 4 | 【注意】指示と送金実行を分け,採用した横領構成の既遂時点と未送金分の扱いを示す。(横領構成を採る場合) | 答案 第1・2。当該構成・比較の範囲内。 |
| 8 | 4 | 口座間振込における電子計算機使用詐欺の成否を,対銀行の権限と不実記録に即して位置付ける。(口座振替につき電子計算機使用詐欺を検討する場合) | 答案 第1・3。当該構成・比較の範囲内。 |
| 9 | 5 | 実際に操作した乙の行為を甲に帰属させるため,間接正犯又は共犯の根拠を明示する。 | 答案 第1・3~4 |
| 10 | 4 | 情を知る乙を利用する構成と乙を正犯とする構成を,認識・支配・対象財産犯から比較する。(採用・不採用の比較。別構成を累積成立させない。) | 答案 第1・3。当該構成・比較の範囲内。 |
| 11 | 4 | 意思連絡の欠如と片面的幇助の成否を分け,乙が事情を知って実行前・実行時に寄与したことを示す。 | 答案 第1・4 |
| 12 | 4 | 横領の占有身分と業務上の加重身分を分け,65条1項と2項の適用を示す。(非身分者の横領への加功を認める場合) | 答案 第1・4。当該構成・比較の範囲内。 |
| 13 | 5 | ATM内の銀行占有の現金につき,乙の無権限の払戻しと窃盗の成否を検討する。 | 答案 第2・1 |
| 14 | 5 | 甲の指示・カード交付と乙の独自行為との条件関係と,危険の現実化による結果帰属を区別する。 | 答案 第2・2第1段落 |
| 15 | 5 | 甲の想定と現実を客体・行為態様・構成要件で対照し,故意の有無を錯誤として評価する。 | 答案 第2・2第2段落 |
| 17 | 5 | 監禁の外形を示した上で,乙の承諾の効力を対立する理由と具体的な範囲から判断する。 | 答案 第3・1 |
| 18 | 4 | 甲乙の通報・外形作出・虚偽説明の連鎖につき,警察の初動を対象とした偽計業務妨害と共同実行を判断する。 | 答案 第3・2 |
| 19 | 3 | 後段の国家的法益に対する罪の候補を,実在する窃盗・作出した資料・本人と他人の関係に即して検討する。(候補を採る場合は個別要件を充足。) | 答案 第3・3。当該構成・比較の範囲内。 |
(2) 80万円の口座間振込
出題の趣旨は,銀行との関係でだれに払戻権限があるかを出発点としている。
答案は2~8番を第1の1~3で処理し,操作をした乙の認識と正犯性を検討した上で9~12番の結論を示す。
乙を正犯とする構成を採る場合は,その財産犯の各要件と甲の教唆との関係を説明する必要がある。
(3) 120万円の現金引出し
出題の趣旨と採点実感は,甲の認識と現実のそごを理由に因果関係や故意を否定できるかの検討を重視している。
答案の第2の2は,カードの交付が引出しの条件になったことと,乙の独自の行為を甲の指示の結果として帰属させることを区別する。
因果関係を肯定する場合も,甲が認識した横領と現実の窃盗の実質的な重なりを別に確認する(13~16番)。
(4) 狂言行為と罪数
出題の趣旨は,監禁罪の成否に対する乙の承諾の影響を特に挙げている。
答案の第3は,承諾の自由と範囲,警察の初動に対する偽計,乙の窃盗に関する証拠の作出を分けている(17~19番)。
罪数は第4で処理している(21番)。
証拠偽造罪・偽造証拠使用罪の成否や犯人隠避罪との区別は,本記事が問題文から導いた評価である。
(5) 答案の弱点と扱わなかった事項
同じ偽装が乙への嫌疑をそらすことを重視する場合は,犯人隠避罪を肯定する構成も検討の余地がある。
その場合は,証拠偽造罪との関係と罪数まで再検討することになる。
狂言自体でAに新たな財産上の損害を生じさせた事情は示されていないため,その行為だけで背任罪を認めていない。
問題文から作成方法が分からない架空貸付けの記録を,独立した偽造証拠としては数えていない。
特別法違反は設問が除外している。
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第7 出典
1 法務省の一次資料
平成21年新司法試験試験問題・論文式試験(刑事系科目) PDF2~4頁の第1問。
平成21年新司法試験論文式試験問題出題趣旨 PDF6~7頁の刑事系科目第1問。
平成21年新司法試験の採点実感等に関する意見(刑法) PDF18~20頁。
2 法令
刑法(平成19年法律第54号による改正後のもの。日本法令外国語訳データベース) 45条,54条,60条~65条,103条,104条,172条,220条,233条,235条,246条の2,252条,253条。
同法は,平成19年法律第54号による改正の後,平成22年法律第26号まで改正されていない(国立国会図書館・日本法令索引)。
答案では特定の裁判例の結論を引用していない。
評価項目の重みと答案の各罪の結論は,本記事の分析である。