第1 本記事の対象と結論
1 龍野高校テニス部事故の控訴審判決
本記事は,兵庫県立龍野高校のテニス部で平成19年5月24日に発生した事故について,大阪高裁平成27年1月22日判決(平成26年(ネ)第668号,国家賠償請求控訴事件)が学校側の義務違反と損害をどのように判断したかを説明する。
公立学校の部活動における熱中症事故では,事故が発生したことだけで県の責任が当然に成立するわけではない。顧問が指示した練習の内容,時間帯,休息・水分補給,生徒の状態及び指導体制を具体的に確認する必要がある。
2 判決の重要な区別
本判決は,顧問が校外の練習に常に立ち会う義務までは認めなかった一方,練習内容を軽減し,休憩と水分補給の余裕を設けるよう,あらかじめ指示する義務の違反を認めた。「立会い義務がない」という判断と,「練習の指示について責任がない」という判断は別である。
また,県の責任は国家賠償法1条1項に基づいて認められた。在学契約に付随する安全配慮義務違反の請求は選択的に併合されていたが,判決は,それによって認容額を上回る損害は生じないとして,その責任について判断していない(判決48頁)。
第2 顧問の注意義務と立会いの要否
1 公立学校の教育活動としての部活動
判決は,公立学校の教育活動に伴う事故について,教育活動も国家賠償法1条の公権力の行使に含まれるとし,課外のクラブ活動も学校の教育活動の一環として行われる以上,顧問には生徒を指導監督して事故を防ぐ一般的な注意義務があるとした。
高校の部活動には生徒の自主性を尊重すべき面がある。しかし,顧問が練習メニューや時間を指示し,生徒がその指示に忠実に従って練習している場合は,健康を害する具体的な危険が生じないよう,指示・指導する義務がある(判決29頁)。
2 常時の立会い義務は認められなかった
校外の部活動であっても,具体的に事故を予見できる特段の事情がない限り,顧問が個々の活動に常に立ち会う義務までは負わないとされた。本件では,過去に生徒が変調を来した練習が事故当日に予定されていたわけではなく,顧問が最初の約30分間指導していた時点で異常な身体症状が出ていたことも認められなかった。
裁判所は,この事情から立会い義務違反の主張を採用しなかった。しかし,その後の練習に立ち会って体調の変化に即応できないからこそ,事前の練習計画と休息等の指示が別に問題となった(判決28頁・31頁)。
第3 予見可能性と練習指示の義務違反
1 気温だけでは判断しない
判決は,熱中症の危険について,運動の強度や負荷に加え,気温・湿度,暑さへの慣れ,水分補給,帽子・服装,睡眠不足や体調不良等を考慮した。
本件では,普段より長い約3時間の密度の高い練習が,通常より日差しの強い時間帯に設定されていた。定期試験の最終日で,生徒が試験勉強による睡眠不足の状態にある可能性も顧問は認識していた。初夏の晴天で,テニスコート内は30度前後に上昇する状況にあり,めぼしい日陰もなく,当該生徒が帽子を着用していないことも認識できた。
さらに,キャプテンになったばかりの生徒が,顧問不在の下で部員を指示して練習する初日であり,配分や段取りに慣れず,真面目な性格から無理をしても指示されたメニューを率先してこなそうとすることが想定できたとされた(判決30〜31頁)。
2 認められた具体的な義務
顧問には,当日の練習を通常より軽い内容にとどめ,休憩時間を設けて十分な水分補給の余裕を与えるなど,熱中症に陥らないよう,あらかじめ指示する義務があるとされた。
これに対し,実際には通常より長く密度の高い練習を指示し,水分補給について特段の指導をせず,そのための十分な休憩時間も設定しなかったため,義務違反が認められた。
この判決を,「5月でも事故が起きたから予見可能性がある」「気温が一定以上なら必ず県が賠償する」といった単独の条件に置き換えることはできない。職場の死亡災害統計に特定月の事例がないことも,学校の特定の練習に危険がなかったことを示すものではない。
第4 因果関係と認められなかった主張
1 熱中症の認定と義務違反との関係
裁判所は,医療記録や医学的資料等を検討して,事故時に熱中症に罹患し,それによって重度の心筋障害が生じたと認定した(判決27頁)。その上で,練習を軽減し休息・水分補給を確保する指示の義務違反との因果関係を認めた(判決33頁)。
疾病の診断,顧問の指示内容,結果回避のために必要であった措置を区別して検討していることが重要である。部活動後に重い症状が生じたという事実だけで,診断や因果関係の説明を省略してよいわけではない。
2 学校長の義務及びAEDに関する判断
学校長が事故当日の練習に顧問を立ち会わせる義務等は認められなかった。また,校外練習にAEDを携行させず,緊急時の連絡態勢に関する指導をしなかったという主張についても,本件事故との因果関係が否定された。
本件では,倒れた直後に119番通報がされ,約3分後に救急車が到着し,さらに6分後に救急隊員によるAEDを用いた救命措置がされていた。仮に顧問が携行していても,離れた場所から戻って実際に使うまでの時間がそれより早くなるとは認め難いという,具体的な時間関係に基づく判断である(判決31〜32頁)。学校のAED整備や緊急連絡態勢が一般に不要であると判示したものではない。
第5 損害賠償額と給付の調整
1 本人と両親の認容額
判決主文は,県に対し,本人へ2億2895万2305円,両親へそれぞれ440万円と,各金額について事故日から支払済みまで年5分の割合による金員の支払を命じた(判決2頁)。年5分は本件に適用された当時の法定利率であり,現在のすべての事故に同じ利率を適用する趣旨ではない。
本人の損害には,治療費,付添看護費・将来介護費,装具等購入費,慰謝料等が含まれる。重い後遺障害の下では,将来の介護や継続的な治療の必要性が認容額に大きく影響する。本件の金額を,部活動中の熱中症事故一般の賠償額の相場として用いることはできない。
2 災害共済給付等の控除
裁判所は,日本スポーツ振興センターの災害共済給付について,填補対象となる損害と同性質で,対応関係を有する損害の元本との調整を行った。他方,兵庫県高等学校教育振興会からの見舞金は,損害填補の性質を認める証拠がないとして控除しなかった(判決46〜48頁)。
本人の損害合計2億3806万3180円から,災害共済給付911万0875円を控除した額が,認容された2億2895万2305円である。この調整は,生徒の不注意を理由とする過失相殺とは別の問題である。
第6 学校事故の調査で確認する資料
1 事故前の計画と指示
本判決を踏まえると,練習メニュー,予定時間と実施時間,休憩・水分補給の指示,顧問の在場時間,天候と現場の環境,試験等の日程及び生徒の体調に関する情報を,事故前に誰が把握していたかを確認することが重要である。
特に,生徒の自主練習という説明がある場合でも,実際に誰がメニューや時間を決め,生徒がどの程度指示に従うことを求められていたかを調べる。名目だけで監督義務の有無を判断しない。
2 事故後の対応と損害
症状が現れた時刻,発見,練習中止,通報,救急隊到着及び救命措置の時刻を,記録や関係者の説明から照合する。因果関係と損害については,診療記録,後遺障害の状態,将来の治療・介護の必要性,既払給付の対象と支給日を分けて整理する。これらは,判決の判断を踏まえた調査上の着眼点である。
第7 関連記事と出典
過重労働・過労自殺と使用者の安全配慮義務(電通事件・東芝事件)は,労働者に対する業務管理の義務と減額を扱う。学校事故と労働災害では,当事者関係,適用法及び注意義務の内容をそれぞれ確認する必要がある。
本記事の直接の出典は,大阪高裁平成27年1月22日判決の公開原文である。主文,注意義務・因果関係及び損害調整の該当頁を上記各節に示した。原審は神戸地裁平成22年(ワ)第1138号であり,控訴審が引用した原審理由の全体を,本記事で独立に紹介するものではない。
確認日は令和8年10月7日である。本記事は控訴審判決の判断を対象とし,その後の支払額や現在の学校向け熱中症対策基準は,この判決の認容額・当時の注意義務と混同せず扱う。