第1 結論―水中にいても熱中症の危険はなくならない
プールに入っていれば体が冷えるため,熱中症にはならないと思われがちである。
しかし,水温が高い場合,頭部が直射日光を受ける場合,運動強度や活動時間が大きい場合には,水泳中でも体温が上昇する。
口の中が水でぬれて喉の渇きを感じにくくても,発汗によって水分は失われる。
日本スポーツ振興センターの学校屋外プールに関する資料は,水温が中性水温である33度から34度より高い場合には,水中でじっとしていても体温が上がると説明している。
水温が高いときは,こまめにプールから出て日陰で休み,シャワーや送風で体を冷やし,発汗量に応じて水分を補給することが重要である。
大阪地裁平成29年6月23日判決は,障害者を対象とする水泳教室で参加者が熱中症を発症して死亡した事案について,指導者に定期的な退水と給水をさせる義務を認めた。
もっとも,これは参加者の障害特性,意思表示の困難,指導環境,室温及び水温等を踏まえた個別判断である。
すべての水泳指導者について,同じ間隔・方法による退水や給水が常に法的義務になると一般化することはできない。
第2 プールで熱中症が起こる理由
1 水温が高ければ水による冷却を期待できない
水は空気より熱を伝えやすいため,適切な水温では体を冷やす方向に働く。
しかし,水温が高くなると,運動によって生じた熱を十分に逃がせなくなる。
屋外プールでは,日射,気温及びプールサイドからの輻射熱が水温の上昇にも影響する。
水温だけを見れば足りるわけでもない。
プールサイドや更衣室の温度,直射日光,風通し及び休憩場所の環境も確認する必要がある。
2 水泳は運動強度があり,喉の渇きにも気付きにくい
日本スポーツ振興センターの資料は,ゆっくり泳いだ場合でも安静時の4倍以上の代謝量になるとし,水泳教室や部活動では活動時間が長くなり得ることを指摘している。
水中運動でも発汗する。
ところが,口の中が水でぬれるため,喉の渇きを感じにくいことがある。
本人から「喉が渇いた」と申告がないことだけで,給水の必要がないとは判断できない。
第3 大阪地裁平成29年6月23日判決の事案
1 水泳教室と参加者の状況
大阪地裁平成29年6月23日判決(平成26年(ワ)第9333号,判例秘書の判例番号 L07250660)は,水泳教室に参加した24歳の男性が熱中症を発症して死亡した事案である。
参加者には重度の知的障害等があり,自分で体調を管理し,異常を言葉で伝え,又は自ら休憩を選択することが容易ではなかった。
他方,水泳経験があり,泳ぐ能力自体が低かったという事案ではない。
判決が認定したプール室内の室温は約36度,水温は約32度であった。
指導者は,室内が暑いことと水分補給の重要性を認識していたが,定まった休憩時間は設けられていなかった。
2 裁判所が重視した事情
裁判所は,参加者が自ら体調変化を把握して給水を求めることが困難であったこと,指導者が参加者の特性を理解していたこと,高温の環境で運動が継続されたことなどを重視した。
また,単に飲料を用意して本人の判断に任せるのでは足りず,指導者が定期的にプールから上がらせ,給水させる必要があったと判断した。
第4 認められた義務と因果関係
1 定期的に退水・給水させる義務
裁判所は,指導者に,参加者を定期的にプールから上がらせて水分補給をさせる義務があったとした。
参加者本人が給水を申し出なかったことだけで,この義務がなくなるとはしなかった。
この判断は,障害のある人には一律に本人の判断能力がないという考え方に基づくものではない。
当該参加者の障害特性,普段の行動,指導者との関係及び当日の環境を踏まえて,必要な介助の内容を具体化した判断である。
2 死亡との因果関係と生存の相当程度の可能性
裁判所は,適切な退水・給水が行われていれば死亡を確実に避けられたという直接の因果関係までは認めなかった。
他方,適切な措置が取られていれば,現実に死亡した時点でなお生存していた相当程度の可能性があったと判断した。
そのため,死亡による全損害の賠償請求は認めなかったものの,その可能性を侵害したことについて,両親それぞれ385万円,合計770万円の限度で請求を認容した。
「死亡との因果関係を否定したから指導者に責任はない」と要約することも,「死亡による損害を全面的に認めた」と要約することも正確でない。
第5 判決を一般化するときの注意
1 すべてのプールに同じ義務を定めた判決ではない
本判決は一審判決であり,障害者を対象とする水泳教室での個別事案である。
成人が自由に利用するプール,学校の授業,競技者の練習,幼児の水遊び及び業務として行う監視・指導では,管理者と利用者の関係も必要な配慮も異なる。
休憩や給水の間隔を一律の分数で示すのではなく,水温・室温,運動強度,活動時間,参加者の年齢・健康状態・障害特性,意思表示の可能性及び監視体制を踏まえて計画する必要がある。
2 現在の公的資料と判決当時の事情を分ける
現在の公的資料は,水中での活動とプールサイドでの活動を分け,高水温時の退水・冷却,水分補給及び休憩場所の確保を求めている。
これは現在の安全管理を考えるために有用である。
他方,後に公表された資料を,判決当時の指導者が当然に知っていた基準として遡って用いることはできない。
判決が認定した当時の予見可能性と,現在の運営者が採るべき対策は分けて説明する必要がある。
第6 水泳教室・プールイベントの確認事項
1 活動前
①水温,室温,プールサイド,更衣室,日射及び風通しを確認する。
②活動の中止,短縮,休憩延長及び内容変更の判断基準と判断者を決める。
③参加者の年齢,健康状態,服薬,障害特性,体調変化の伝え方及び必要な介助を確認する。
④日陰又は冷房のある休憩場所,飲料,冷却設備,緊急連絡先及び搬送手順を準備する。
⑤本人からの申告だけに頼らず,誰が参加者の状態を観察するかを決める。
2 活動中
①時間を決めて退水,休憩,冷却及び給水を促し,実施状況を確認する。
②泳ぎ方,反応,ふらつき,顔色及び会話の様子に変化がないかを観察する。
③一人に異変が生じた場合,同じ環境で活動する他の参加者についても継続の可否を見直す。
④本人が続ける意思を示していても,危険が具体化した場合には指導者側で中止を判断する。
3 異変が生じた後
活動を中止させ,涼しい場所へ移し,身体を冷却する。
意識障害,自力で水分を摂取できない状態その他の重い症状がある場合には,救急要請を含む医療対応を優先する。
発見時刻,症状,水温・室温,実施した措置,連絡及び搬送の経過を記録する。
第7 労働者・学校・一般利用者で適用関係を分ける
会社の指示でプールの設営,監視,指導又は片付けをする労働者については,暑熱環境下の作業として労働安全衛生法令上の措置が必要になる場合がある。
詳しくは,社内運動会・屋外イベントの熱中症対策―安衛則612条の2,WBGTと中止判断を参照されたい。
学校の部活動における注意義務と医学資料の扱いについては,龍野高校テニス部熱中症事故判決の批判的検討―学校現場・医学的知見・注意義務の限界で扱っている。
第8 出典と確認範囲
① 大阪地裁平成29年6月23日判決(平成26年(ワ)第9333号,判例秘書の判例番号 L07250660。判例秘書で判決全文確認済み)
② 日本スポーツ振興センター「学校屋外プールにおける熱中症対策」
③ スポーツ庁「スポーツの事故防止について」
④ 文部科学省「教育・保育施設等におけるプール活動・水遊びの事故防止及び熱中症事故の防止について」
⑤ 大阪地方裁判所・特別保存事件一覧表(平成30年度完結分)
判決本文は判例秘書で確認し,裁判所,事件番号及び判決日は大阪地方裁判所の特別保存事件一覧でも照合した。
インターネット上の二次解説にある控訴審和解の記載は,一次資料で確認できなかったため,本記事には採用していない。