第1 本判決をどのように批判すべきか
1 検討の対象と結論
兵庫県立龍野高校テニス部の平成19年5月24日の事故について,大阪高裁平成27年1月22日判決(平成26年(ネ)第668号,国家賠償請求控訴事件)は,顧問の練習指示に注意義務違反があったとして,兵庫県の賠償責任を認めた。
本件控訴審の担当裁判官は,大阪高等裁判所第12民事部の裁判長裁判官・森宏司(30期),裁判官・一谷好文(38期)及び裁判官・秋本昌彦(50期)である(判決49頁)。
本記事は,公開された控訴審判決原文,学校事故の法律書及び熱中症の専門資料を用い,その理由付けを批判的に検討する。
本判決の問題は,学校に安全確保を求めたこと自体にはない。
問題は,高校生の自主性を理由として注意義務の軽減を認めながら,どの程度の練習軽減・休息・指示があればその義務を果たしたことになるのか,そして,その措置を取れば本件の重篤な事故を回避できたといえるのかについて,公開された判決理由の説明が十分とはいい難いことである。
学校が事故前に使える判断基準を示さず,事故後に判明した危険要因を積み上げて責任を認定する運用が広がれば,部活動の継続をためらわせるおそれがある。
これは本記事の評価であり,本判決によって部活動の廃止が増えたとする実証的な主張ではない。
他方,当日の練習負荷や休息の不足についての認定を前提とすれば,県の責任を認める結論には相応の根拠がある。
本判決は顧問の常時立会い義務を否定しており,「部活動中に事故が起きれば学校が必ず責任を負う」という判決でもない。
批判は,こうした限定と判決を支持する材料を明示した上で行う必要がある。
2 法律書と専門資料の位置付け
俵正市著『学校事故の法律と事故への対応(改訂版)―付 学校事故関係最高裁判例集―』(法友社)は,平成24年6月26日発行の改訂版である。
本判決より前の書籍であり,龍野高校事故の控訴審判決に対する直接の評釈として引用することはできない。
本記事では,同書の発達段階に応じた注意義務,高校生の自主性,スポーツに内在する危険,具体的な予見可能性及び補償制度についての説明を,比較検討の基礎として用いる。
熱中症の専門家の視点については,公表されたスポーツ医学・救急医学の資料を参照する。
本件の診療記録全部を用いた再鑑定や,専門医への個別照会を行ったものではない。
事故当時の予防義務,後日の医学的知見を用いた疾病原因の検討,現在の学校運営に向けた提案は,それぞれ時点と目的を区別する。
第2 判決の内容と批判の前提
1 裁判所の認定と県の主張を区別する
裁判所は,試験最終日に,通常の午後の練習より早い昼間の時間帯に約3時間の練習が設定され,連続した動作を伴う密度の高い練習となっていたと認定した。
また,初夏の晴天,日陰の乏しいコート,帽子の不着用,試験勉強による睡眠不足の可能性,新任キャプテンの配分経験等を,顧問が事前に考慮できる事情として挙げた(判決14頁~18頁・30頁~31頁)。
これに対し,県は,メニューの切替え等に飲水の機会があり,体調に応じた休止も可能であったなどと主張していた。
しかし,これは当事者の主張であり,裁判所がそのまま認定した事実ではない(判決7頁)。
判決は,水分補給について特段の指導がなく,十分な休憩時間を設定しない練習指示であったと認定している(判決31頁)。
学校側を擁護するために,県の主張を裁判所の認定事実へ置き換えることはできない。
2 認めた義務と否定した義務
県の責任は国家賠償法1条1項に基づいて認められた。
在学契約に付随する安全配慮義務違反の請求は選択的に併合されていたが,判決は,その請求によって認容額を上回る損害は生じないとして,契約上の責任については判断していない(判決48頁)。
顧問について認められたのは,練習を通常より軽くし,休憩と水分補給の余裕を設けるよう,あらかじめ指示する義務である。
他方,事故当日の練習に常に立ち会う義務は否定された。
顧問が最初の約30分間指導していた際に異常な身体症状が現れていたとする証拠はなく,過去に変調を来した特定の練習も,当日の予定に含まれていなかったとされた(判決28頁~31頁)。
学校長が当日の練習に顧問を立ち会わせる義務も認められなかった。
校外練習へのAED携行や,顧問不在時の緊急連絡態勢に関する指導については,本件の救急対応の時間関係等から,損害との因果関係が否定された(判決31頁~32頁)。
AEDの整備や緊急連絡態勢が学校一般に不要であるという意味ではない。
第3 学校事故法理からみた注意義務の限界
1 高校生の自主性は義務の内容に反映されるべきである
俵書67頁~68頁は,教育活動の内容と児童生徒の発達段階によって注意義務の程度が異なると説明し,74頁~75頁では高校生の自主性・判断能力が問題となる裁判例を扱う。
幼児,小学生,中学生,高校生に同じ監視・生活管理を求めることは適切でない。
高校の部活動では,生徒が自己の体調を申告し,休息を選び,練習内容を調整する能力を育てることも教育の一部となる。
本判決も,自主的活動という性質を踏まえ,注意義務が軽減されるべきことを明示している。
ただし,顧問がメニューと時間を指示し,部員が習慣的に忠実に従っていたため,本件では具体的な健康上の危険を生じさせない指示・指導が必要であったとする(判決29頁)。
この事実認定を受け入れた上でも,指導者が練習計画を提示することと,生徒から休止・変更の判断権を奪うことは区別して考える必要がある。
記事として問うべきなのは,①体調不良時にメニューを減らす権限が実際に保障されていたか,②休息や飲水が指示違反と扱われる慣行があったか,③主将に変更・中止の権限と判断方法を伝えていたか,④年齢・経験に応じてどこまで自己管理を期待できたかである。
計画を作ったという事実だけで自主性の考慮を実質的に消してしまえば,多くの部活動で注意義務の軽減は機能しなくなる。
もっとも,本件でこれらの権限が十分に保障されていたと確認できたわけではない。
2 危険一般の存在と具体的な予見可能性
金武中学校事件の最高裁昭和58年2月18日判決(昭和56年(オ)第539号,民集37巻1号101頁)は,自主的な部活動について常時の監視義務を当然には認めず,問題となった事故の予見可能性を,従前の指導や紛争の状況等から具体的に検討するよう求めて破棄差戻しとした。
最終的に学校の責任がないと確定した判決として紹介することはできない(最高裁判決3頁~4頁,俵書91頁~92頁・237頁~239頁)。
本件でも,暑い日に運動すれば熱中症が起こり得るという一般論と,当日の計画をどのように変更すべきであったかは別の問題である。
事故の正確な経過や心筋障害の重さまで予見できなければ責任を負わない,ということでもない。
問題となるのは,健康を害する具体的な危険を認識できた事情と,その事情から合理的に導かれる予防行動との対応である。
3 スポーツに内在する危険と結果責任の回避
安佐南中学校柔道部事件の最高裁平成9年9月4日判決(平成6年(オ)第1237号,集民185号63頁)は,練習経験や受け身の習得状況を検討し,深刻な後遺障害が生じた事故でも,適切な指導を行った顧問の責任を否定した(最高裁判決6頁~9頁,俵書88頁~89頁)。
重大な結果から直ちに指導の不適切さを逆算しないという点に,比較上の意味がある。
熱中症の予防可能性は柔道の技に伴う危険と同一ではなく,この判決から本件の免責を直接導くことはできない。
俵書96頁~98頁に掲載された鳥取県立高校柔道事故の説明も,スポーツの教育的価値と危険を踏まえ,経験・技量・体力に照らした過度の訓練かどうかを問題にしている。
ここでは同書による下級審裁判例の紹介として参照するものであり,その判決原文は今回確認できていない。
熱中症対策を怠ってよいという論拠にはならないが,安全確保義務を,事故を絶対に起こさない義務へ変質させてはならないという検討の出発点となる。
第4 批判1――義務を果たすための具体的な基準が薄い
1 通常より軽い練習という基準の不明確さ
判決30頁は,通常の練習が午後4時から午後6時30分までであったのに対し,当日は約3時間で,日差しの強い時間帯に密度の高い練習が行われたことを重視する。
時間の延長に加え,強度,日射,休息及び体調を合わせて評価した判断であり,単に30分延長したことだけを責任の根拠としたものではない。
それでも,「通常より軽くする」という義務の提示には限界がある。
通常の練習自体の安全性が比較基準として十分に吟味されないままでは,通常より少し軽ければ足りるのか,短くしても高強度であれば足りないのかが分からない。
合理的な判断には,当日の走行・反復動作の量,連続運動時間,実際の休息時間,休息場所,飲水のしやすさ等を,通常の練習と対応させた説明が必要になる。
判決が練習の種類と時間を認定していることは評価すべきである。
しかし,公開された理由では,どのメニューの削減又はどの休息の追加によって危険が許容できる水準となるかという説明は乏しい。
学校現場に対する行動指針として一般化する場合,この曖昧さは看過できない。
2 飲水の機会と休息の実効性を区別する
県の主張するメニューの切替え時の短い間隔等が,本件で十分な休息として認定されたわけではない。
また,飲める機会があったことと,必要な水分を落ち着いて補給し,運動による熱産生を抑えられる休息があったことは同じではない。
主将が準備や後輩への指示をしていれば,他の部員の休息時間がそのまま主将の休息時間になるとも限らない。
批判すべきは,「特段の指導」がなかったという表現だけで,普段の安全教育,当日の口頭指示,自由に飲水・休止できる環境,実際の行動の関係を十分に説明できているかである。
公開された理由からは,これらを判定する基準や,当日のどの時点の不足が決定的であったかを読み取りにくい。
ただし,当日の指示に十分な休息の設定がなかったという判決の認定を,単に水筒があった,切替え時間があったという主張だけで覆すこともできない。
3 立会い義務を否定しても事前指示の義務は残る
常時立会いを否定しつつ事前の安全指示を要求することは,法的に矛盾しない。
その場で異変を発見し対応する義務と,あらかじめ危険な計画を組まない義務は,対象も時点も異なるからである。
むしろ,実行可能な事前指示によって,常時監視を減らす仕組みを作ることには合理性がある。
問題は,顧問が不在であるという理由から,事前にあらゆる体調変化を見込んだ計画を求める方向へ広げないことである。
不在時には運動負荷を抑える,休息を確保する,生徒が中止できるようにするなど,何をすれば足りるのかを明確にする必要がある。
本件のような具体的条件についての義務を,「顧問が離れる日は常に通常より軽くしなければならない」という学校一般の規則として読み替えることには反対すべきである。
第5 批判2――事故後の医学的再構成と事故前の判断を混同させない
1 気温,地表面温度及び暑さ指数は異なる
環境省の説明によれば,暑さ指数(WBGT)は湿度,日射・輻射等の熱環境及び気温を取り入れる指標であり,気温の数値とは異なる。
運動指針にも,WBGTと参考としての気温が別の欄に示されている(環境省「暑さ指数とは?」)。
したがって,「気温30度だからWBGT30である」「気温35度未満だから激しい運動も安全である」という説明はいずれも誤りである。
判決15頁の地表面温度が気温より高くなるという記述も,コートの気温又はWBGTがそのまま同じだけ上がるという意味ではない。
異なる種類の温度を足し合わせて危険区分を決めることはできない。
一方,WBGTの実測値がないから危険を認定できないということでもなく,日射,湿度,風,運動負荷等の資料を用いた認定は可能である。
2 日平均湿度と翌日の雨からの推認には限界がある
判決21頁~22頁は,姫路観測点の日平均湿度66%及び翌日の降水量51ミリメートル等から,事故当日の当該地域の湿度も相当程度高かったと推認する。
この推論を,事故時刻のテニスコートにおける湿度が直接測定されていた事実として紹介してはならない。
日平均値と正午から午後の値,観測点とコートの値には,それぞれ時間的・場所的な隔たりがある。
翌日の実際の降雨を用いて事故当日の環境を事後的に再構成することは,証拠評価の方法として直ちに不合理ではない。
しかし,翌日に実際に降った雨は,練習開始時に既に発生していた事実ではない。
当日の予報から何を認識できたかも別途確認する必要がある。
診断のための事後的な推認を,そのまま顧問が事故前に把握できた危険の程度へ移し替えることはできない。
本記事の批判は,湿度が低かったと断定することではない。
事後的な環境推定に伴う幅と,事故前に認識できる情報の範囲を示した上で,義務違反を説明すべきだということである。
なお,判決の過失判断自体は,湿度だけでなく,当日の晴天,練習負荷,休息等を重視しているため,この湿度の推認を疑問視しても,直ちに県の責任を否定できるわけではない。
3 試験最終日と新任主将という要因の評価
試験勉強による睡眠不足の可能性や,新任主将が無理をしてしまう可能性は,事前に配慮し得る事情である。
判決は,顧問が睡眠不足の可能性を認識していたことも認定している(判決30頁)。
顧問が個々の部員の実際の睡眠時間を把握していたという認定とは区別しなければならない。
これらは多くの学校で起こる条件でもある。
試験最終日又は主将交代直後というだけで一律に練習を危険視するのであれば,学校が予定を立てる際の基準は過度に広くなる。
当日の負荷や環境と組み合わせて,どの程度の体調確認・指示・時間変更を求めるかを示す必要がある。
真面目な性格を考慮することにも,限定が必要である。
生徒が責任感から無理をする場面に注意することは合理的だが,性格だけから事故の具体的危険を認定したり,教員に内面的な状態の正確な把握を求めたりすることは適切でない。
休止しても不利益を受けないことを明示し,主将を含めて休むことを許容する運営を求める方が,学校にとって実行可能な基準となる。
第6 熱中症の専門資料が支える批判と支えない批判
1 平成19年の医学資料も事故防止を保証していない
事故当時の平成19年に公表されたスポーツ医学の声明は,個人の生理的反応と日々の健康状態には違いがあり,勧告を守っても防止を保証できないと説明する。
同時に,比較的涼しい環境でも発症し得ること,睡眠不足,飲水不足及び急な負荷の増加等が問題となることを示している(出典第11・2の平成19年声明556頁・558頁~559頁)。
この知見は,「熱中症が起きた以上,適切な対策をしなかった」という逆算に対する重要な反論となる。
一方,「5月で気温も極端ではないから,顧問には危険を考える理由がなかった」という反論も支えない。
当時の外国の専門声明が存在したことから,日本の高校顧問がその細部を当然に知るべきであったとはいえず,当時の国内での普及状況を別に検討する必要がある。
2 専門家も危険要因を個別事故の確率へ機械的に変換できない
日本救急医学会『熱中症診療ガイドライン2024』は,発症リスク因子を気象条件と合わせた補助的情報として位置付け,暑熱順化の予防効果には研究上の限界を示している。
他方,WBGTについては,無作為化比較試験がないことを測定不要の理由とせず,疫学的知見等から有用とする(同書25頁~26頁・29頁~30頁・32頁~33頁)。
研究上の不確実性は,予防措置を不要にするものではない。
ただし,ある危険因子の存在から,特定の休息や練習短縮で本件事故が回避できた確率まで自動的に導けるわけでもない。
判決に対しては,一般的なリスクの説明と,本件における措置の効果の説明を区別するよう求めるべきである。
部活動を休んだ期間があったという事実だけで,その生徒が暑熱順化を全く失っていたと決め付けることも適切でない。
部活動以外の運動や暑熱への曝露を含めて検討する必要がある。
同時に,通学や体育の経験があるというだけで,当日の長時間・高密度の練習への耐性が証明されたことにもならない。
本件の暑熱順化の程度を個別に測定した資料は,今回確認した公表資料にはない。
3 最新の専門資料を平成19年の義務として遡及させない
日本スポーツ協会『スポーツ活動中の熱中症予防ガイドブック』第6版は,令和7年6月の改訂である。
環境に応じた負荷の調整,休息,自由に飲水できる環境及び体調確認等を説明する一方,指針を平均的な目安とし,個人差・競技特性への配慮を求める(同書15頁~16頁・39頁~40頁・53頁~54頁)。
具体的な基準を学校に示す点では,本判決の抽象的な表現を補う資料となる。
しかし,現在の測定機器,身体冷却法,数値目安及び実施体制を,平成19年にそのまま求められていた義務として扱うことはできない。
同ガイドブックの説明からは,平成6年に初版と運動指針が公表されていたことも確認できるため,熱中症対策が当時存在しなかったとすることも誤りである。
当時の版,学校の保健資料,教育委員会の通知及び実際の周知内容によって,どの情報を合理的に得られたかを詰める必要がある。
本判決29頁~30頁は,事故前からスポーツにおける熱中症の危険が広く知られており,本件高校でも広報が行われていたと認定している。
県も,事故当時の社会一般における認知を認めていたとされる。
したがって,学校への情報提供が全くなかったことを前提とする批判はできず,問題は,どのような条件でどの措置を求める具体的な情報が提供されていたかである。
なお,事故後に発展した医学知識を用いて,過去の疾病原因を検討することは,後年の予防基準を過去の教員に課すこととは異なる。
後年の診断基準を参照したというだけで,本判決の医学的認定が誤りであるとはいえない。
第7 批判3――義務違反と事故発生との因果関係の説明が短い
1 疾病原因と義務違反の因果関係は別である
本判決は,診療記録,検査値及び医師の意見等から,熱中症による重度の心筋障害であったと判断している。
ウイルス性心筋炎等との鑑別にも相当の頁を割いている(判決19頁~27頁)。
初期の深部体温が測定されず,後に測った体温には治療等の影響があり得ることも検討している。
後の体温が40度に達していなかったという一点で,熱中症を否定する批判は説得的でない。
これに対し,顧問の義務違反から熱中症・心筋障害への因果関係については,判決33頁の一段落で,先行する認定と義務違反の判断を参照して結論を述べている。
熱中症が心筋障害を起こしたことと,顧問がある指示をしていれば熱中症を回避できたことは,論理的に別の命題である。
疾病の認定が詳しいことだけで,後者の説明が充足されるわけではない。
2 必要な代替行動とその効果を特定すべきである
本件では,①練習開始時刻の変更,②総時間の短縮,③連続運動の削減,④休息時間・休息場所の確保,⑤飲水の指示,⑥体調申告と個別の休止の保障等が,代替行動の候補となる。
どれが法的に要求され,どの行動又は組合せによって本件の進行を回避できたと認定するのかを,証拠に即して説明する必要がある。
これは,判決がこれら全てを個別の義務として認めたという意味ではない。
予防行動の組合せの効果を評価する際,全ての休息時間や飲水量を厳密な数値で確定し,絶対確実な防止を証明することまで求める批判も適切ではない。
しかし,一般に危険を減らすという医学的知見と,本件における結果回避の認定をつなぐ説明は必要である。
少なくとも,どの段階で負荷又は体温上昇を抑え得たか,症状の現れ方,実際の飲水・休息,個体差等を踏まえた推論を明示することが望ましい。
3 落雷事故の最高裁判決との比較
土佐高校落雷事故の最高裁平成18年3月13日判決(平成17年(受)第76号,民集60巻2号401頁)は,平均的な指導者が危険を十分認識していなかったとしても,当時の科学的知見に反する認識は免責理由にならないとした。
同時に,取り得た措置と,その措置による回避可能性等について更に審理させるため,破棄差戻しとしている(最高裁判決5頁~7頁,俵書85頁~87頁)。
学校の慣行が科学的に不適切であれば,慣行があるというだけでは免責されない。
一方,予見可能性を認めたことから結果回避可能性まで当然に認めるわけでもない。
この二段階の検討を本件にも求めることは,学校事故の法理に沿った批判である。
なお,控訴審は原審の理由を多数引用している。
今回確認した控訴審原文だけで,原審の認定理由及び提出された医学意見書の全体は確認できない。
したがって,「回避可能性の証拠が一切なかった」「専門家の意見を全く検討していない」と断定することはできない。
批判の対象は,公開された判決の説明の十分性である。
第8 学校現場の状況を踏まえた批判
1 顧問が常時監視する前提では学校運営を設計できない
学校の教員には,授業,準備,成績処理,生徒指導,保護者対応及び校務等がある。
同時に複数の教育活動が進む中で,部活動の安全を顧問の継続的な目視だけに依存させる設計には限界がある。
ただし,これらの一般的な事情から,事故当日の当該顧問の業務量や不在の理由が正当であったとまで認定することはできない。
文部科学省の平成18年度・平成28年度比較資料は,中学校の部活動顧問の活動時間の分布とその長時間化を示している。
対象は中学校であり,平成19年の龍野高校の顧問の実態を直接示す調査ではない(「部活動顧問の勤務実態」1頁~9頁)。
本記事では,部活動の指導体制を教員の他の業務との関係で考えるための背景資料として扱う。
本判決が常時立会いを否定した点は,この問題にも対応し得る。
ただし,不在時の指示義務を具体化せず,事故後に義務の不足を判断するだけでは,教員にとって実質的には「立ち会うか,活動を止めるか」という選択になりかねない。
そのような萎縮を避けるために,実行可能な事前措置の範囲を説明することが必要である。
2 専門知識の要求と組織的な支援を対応させる
日本スポーツ協会の令和3年調査では,高校の顧問等について,担当教科が保健体育以外で,担当部活動の競技経験もない教員の割合は25.3%であった。
この項目の高校回答者は2466人であり,平成26年調査の40.9%から割合は低下している(調査結果の概要1頁~2頁)。
調査対象は無作為抽出した全日制高校400校等であり,回答者の数値を全国の全教員の実態と同一視することはできない。
この調査は事故後のもので,本件顧問の能力や知識を示すものではない。
競技経験の有無は,熱中症の基本的な知識の有無とも一致しない。
ただし,全ての顧問が担当競技の専門家であるという前提では学校の指導体制を設計できず,研修・設備・相談先を組織的に整える必要性を考える資料となる。
教員が熱中症の基本的な危険と初期対応を学ぶ必要はある。
しかし,臨床検査値から心筋障害の原因を鑑別したり,個々の生徒の発汗量や熱耐性を正確に予測したりする専門能力まで,部活動顧問一般に期待することはできない。
本判決自体が顧問に医学的な鑑別診断を要求したわけではなく,そのように紹介して批判することも不適切である。
学校設置者と管理職は,練習場所の利用条件,測定機器,休息場所,給水,指導者の配置及び中止判断の方法を整える必要がある。
こうした支援を伴わず,事故後に顧問だけへ個別判断の不足を帰する運用が妥当かという制度上の問題がある。
これは現在の運営に向けた提案であり,本件で学校長の独立した法的義務違反が認められたという説明ではない。
本判決は,校長が教員向けに事故防止の研修を行うことを望ましいとしつつ,本件でその法的義務までは認めていない(判決31頁)。
判決だけから学校全体の安全体制の整備方法が十分に示されているわけではない,という限界も併記すべきである。
ただし,県の賠償責任を認めるために,顧問の義務違反と校長の義務違反の両方を認定しなければならないわけではない。
3 忙しいことは免責理由そのものではない
学校の負担を批判の中心に置く場合でも,必要な休息を予定し,飲水・休止の権限を伝えるといった,比較的負担の小さい措置を無視することはできない。
また,安全に実施できる条件が整わない場合には,時間帯,場所又は活動内容を変更する必要も生じる。
人手が足りないから既知の重大な危険を放置してよい,という結論にはならない。
学校現場の事情は,義務の内容,実施可能な方法,指導体制及び代替活動を検討するために用いるべきである。
危険を把握した際の対応を省くための理由として用いるべきではない。
顧問の負担軽減と生徒の安全確保を両立させる仕組みを提示することが,判決批判の実務的な意義となる。
第9 賠償額と被害者救済をどう位置付けるか
1 高額の賠償と過失判断を分ける
判決は県に対し,本人への2億2895万2305円及び両親への各440万円等の支払を命じた。
本人の損害合計2億3806万3180円から災害共済給付911万0875円を調整した結果である(判決2頁・46頁~48頁)。
顧問個人にこの金額の支払を命じた判決として紹介してはならない。
重い後遺障害に伴う長期の介護等が必要であれば,損害額が高額になることには理由がある。
金額が大きいというだけで,過失認定が不当であるということにはならない。
同時に,被害が極めて重いことから,事故前の注意義務や因果関係の要件を緩めてよいということにもならない。
2 補償と責任の追及は別の仕組みである
俵書4頁~5頁は,災害共済給付の対象となる「学校の管理下」と,学校設置者が賠償責任を負う範囲は一致しないと説明する。
給付による救済と,教員の過失を前提とする賠償責任を区別することは,生徒の支援と適正な過失判断を両立させるために重要である。
本件で行われた給付と損害額の調整も,生徒の過失を理由とする過失相殺とは異なる。
事故後の学校対応も,事故前の練習指示とは別に評価しなければならない。
不適切な説明や対応があったとしても,それだけで事故前の予見可能性や回避可能性が証明されるわけではない。
被害者への誠実な対応を求めることと,事故原因について厳密な証明を求めることは両立する。
第10 本判決の結論を支持する反論と批判の到達点
1 県の責任を認める立場の有力な根拠
判決を支持する立場からは,極端な高温でなくても熱中症が起こり得ること,初夏・練習再開・長時間の負荷・飲水不足等を合わせて評価すべきこと,主将も自由に休めるとは限らないことが指摘できる。
本件で十分な休息を組み込む指示がなかったという認定が維持されるなら,顧問の不在中に危険が増す計画を避けるよう求めることは,過大な義務とまではいい難い。
これらの反論は,学校の負担を述べるだけでは退けられない。
また,過失判断の全てに数値基準が必要なわけではない。
危険な条件が重なり,実施できる予防措置が明らかである場合には,細かな数値がなくても義務違反を認定し得る。
本記事の批判は,「数値がないから違法な判決である」という形式論ではなく,義務の範囲と本件の回避可能性を説明する上で,省略してよい事項と省略できない事項を問うものである。
2 部活動を成り立たせるために必要な限定
本判決を前提としても,学校の部活動が当然に成立しなくなるとはいえない。
しかし,生徒の自主性を義務の内容に反映せず,予防措置を取った場合に残る危険まで学校の過失へ帰し,必要な措置の範囲を事故後にしか示さない運用には反対すべきである。
そうした運用は,安全な範囲で活動を続ける判断を困難にする。
現在の学校運営への提案としては,環境に応じた活動変更,休息と給水,体調の申告,主将を含む中止権限,不在時の連絡方法を,短く具体的な共通ルールにすることが考えられる。
設置者が設備と指導体制を支え,顧問が全てを独力で判断する仕組みを改めることも必要である。
記録についても,安全のための判断を確認できる簡潔なものとし,記録を増やすこと自体を目的にしてはならない。
本判決に対する最も説得的な批判は,事故の重さや熱中症の危険を否定することではない。
事故前に知り得た事情,年齢に応じた自主性,合理的に実施できる措置及びその結果回避効果を,対応させて説明するよう求めることである。
公開資料からは,理由付けの不足を具体的に指摘できるが,責任を認めた結論が誤りであると断定するところまでは到達しない。
第11 出典と資料の確認範囲
1 判決と学校事故の法律書
① 大阪高裁平成27年1月22日判決(平成26年(ネ)第668号)。主文2頁,認定事実14頁~18頁,医学的判断19頁~27頁,義務・因果関係28頁~33頁,給付調整・結論46頁~48頁を中心に参照した。原審は神戸地裁平成22年(ワ)第1138号である。裁判所公式検索では本件を確認できなかったため,ブログ掲載の原判決PDFを参照した。
② 俵正市著『学校事故の法律と事故への対応(改訂版)―付 学校事故関係最高裁判例集―』法友社,平成24年6月26日。4頁~5頁,67頁~68頁,74頁~75頁,85頁~89頁,91頁~93頁,96頁~98頁,237頁~239頁等を参照した。頁は書籍に印刷された頁であり,PDFの通し番号とは異なる。
③ 最高裁昭和58年2月18日判決(昭和56年(オ)第539号,民集37巻1号101頁,金武中学校事件)。
④ 最高裁平成9年9月4日判決(平成6年(オ)第1237号,集民185号63頁,安佐南中学校柔道部事件)。
⑤ 最高裁平成18年3月13日判決(平成17年(受)第76号,民集60巻2号401頁,土佐高校落雷事故)。
2 医学・環境・学校現場の資料
① American College of Sports Medicine, Armstrong LE et al., “Exertional Heat Illness during Training and Competition”, Medicine & Science in Sports & Exercise, 2007年39巻3号,556頁~572頁,DOI: 10.1249/MSS.0b013e31802fa199。原文PDF(米国ケンタッキー州高校体育協会掲載)。556頁,558頁~559頁の一般原則・危険因子等を中心に参照した。当時の医学資料として扱い,現在の最新版とは位置付けていない。
② 日本救急医学会『熱中症診療ガイドライン2024』。BQ2-01,FRQ2-02,BQ2-03の25頁~33頁を中心に参照した。
③ 日本スポーツ協会『スポーツ活動中の熱中症予防ガイドブック』第6版,令和7年6月。2頁~3頁,14頁~16頁,34頁~36頁,39頁~41頁,53頁~54頁,60頁等を参照した。
④ 環境省「暑さ指数とは?」。WBGTの意味と,気温との区別に参照した。
⑤ 文部科学省「部活動顧問の勤務実態」。平成18年度・平成28年度比較の確定値更新資料。中学校の顧問を対象とする資料であり,本件高校の実態を直接示さない。
⑥ 日本スポーツ協会「学校運動部活動指導者の実態に関する調査・調査結果の概要」,令和3年7月。調査方法・回収状況の1頁及び担当教科と競技経験の2頁を参照した。高校の25.3%は当該項目の回答者2466人の割合である。
確認日は令和8年10月7日である。
本記事は公表された資料から判決の論証を検討するものであり,訴訟記録全部及び個別の診療記録を用いて事故原因を再認定するものではない。
3 関連する論点
過重労働・過労自殺と使用者の安全配慮義務(電通事件・東芝事件)は,業務管理に関する安全配慮義務を扱う。
学校事故では生徒の発達段階と自主性も問題となるため,労働者に対する義務をそのまま移すことはできない。
成人が参加する一般イベント,職場の運営担当者に対する安衛則612条の2及び主催者の中止判断については,社内運動会・屋外イベントの熱中症対策―安衛則612条の2,WBGTと中止判断を参照されたい。
プール・水泳教室における高水温,退水・給水及び指導者の注意義務については,プール・水泳教室でも熱中症になるか―指導者の給水義務と大阪地裁平成29年6月23日判決で整理している。