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発信者情報開示にかかった費用は相手に請求できるか―全額・一部認容の裁判例と立証資料(AI作成)

第1 開示費用と慰謝料を分けて請求する

匿名の投稿者を特定するために支出した発信者情報開示の費用は,投稿者に対する不法行為の損害賠償として認められる場合がある。
しかし,開示のために契約した報酬の全額が当然に回収できるわけではない。
対象投稿の違法性に加え,投稿者を特定するために必要な費用であったか,請求する投稿と費用が対応するか,誰がどのように負担したかを明らかにする必要がある。

本記事は,令和8年10月7日時点の民法709条・710条,法務省の令和8年4月の損害賠償調査報告,判例秘書掲載の下記裁判例の判断本文を基礎に,請求準備を説明する。
開示手続自体の要件やログ保存の初動は,SNSやネットで名誉毀損やプライバシー侵害があったときの法的対応を参照されたい。

1 請求項目の区別

項目主に説明・立証する事項
慰謝料保護利益,投稿内容,悪質性,拡散,被害の具体的影響
発信者特定費用匿名性,手続の必要性,対象投稿との対応,契約と実質的負担
削除費用削除の対象・必要性と支出の対応。開示費用との重複の有無
本訴の弁護士費用投稿者に賠償を求める訴訟について不法行為と相当因果関係のある範囲

開示費用を請求する場合にも,投稿者に対する本訴の弁護士費用と混同しない。
一つの契約に開示・削除・賠償請求が含まれる場合は,契約上の業務範囲と費用の内訳を確認し,同じ支出を二重に計上しない。

2 調査の数字を全額回収の保証にしない

法務省調査報告の印刷36頁の集計では,開示費用を独立して請求した調査対象35件のうち,全額認容10件,一部認容21件,弁護士費用として考慮1件,損害と認めず1件,支出の証拠がない2件とされている。
これは収録裁判例等から選定された調査対象についての集計であり,すべての開示事件の回収率ではない。
不認容や減額の理由は個別に検討しなければならず,この数字だけで請求額や受任の可否を決めることはできない。

第2 裁判例が示す費用の必要性と対象投稿の対応

1 東京高裁令和2年1月23日判決

東京高裁令和2年1月23日判決(令和元年(ネ)第3668号・第4142号,判例タイムズ1490号109頁,判例秘書L07520665)は,匿名の加害者を特定するための開示手続に係る弁護士報酬等について,必要な費用として不法行為との相当因果関係を認めた。
投稿者が分からなければその者に損害賠償を求めることができないという開示手続の役割を踏まえた判断である。

同判決で認められた開示手続費用は202万6455円であり,別の削除関係費用等を含む認容合計227万1687円とは区別する必要がある。
合計額のすべてを「発信者情報開示の弁護士報酬」と紹介してはならない。

同判決では,本訴で請求していない投稿に対応する費用,刑事告訴の費用,将来の削除請求の費用等が別に検討されている。
インターネット被害への対応として支出したという共通点だけで,すべてが賠償対象になるとはいえない。

2 原審と控訴審の認容額を混同しない

横浜地裁川崎支部令和2年5月26日判決(平成31年(ワ)第190号,判例秘書L07551325)と,その控訴審である東京高裁令和3年5月12日判決(令和2年(ネ)第2495号,判例秘書L07620156)では,認容額が次のように異なる。

項目原審控訴審
慰謝料70万円100万円
開示費用14万円20万円
本訴の弁護士費用7万円10万円
合計91万円130万円

控訴審は名誉毀損による侵害を否定した一方,名誉感情の侵害を認め,差別的で悪質な内容,児童が被害者であること,インターネット上の閲覧可能性等を考慮した。
したがって,この判決を名誉毀損の慰謝料を認めた例として紹介することも,慰謝料100万円を一般的な最低額とすることも適切でない。

原審は,主張された開示費用80万円をそのまま認めず,負担の立証と相当な範囲を検討している。
原審・控訴審の開示費用が慰謝料の20%に相当することから,あらゆる事件で開示費用を20%に限るという算定規則を導くことはできない。

第3 請求準備のための対応表を作る

1 投稿と手続を結び付ける

相談時から,投稿のURL・投稿番号・日時を保存し,どの投稿について,どの事業者に,どの手続を行ったかを整理する。
複数の投稿を一つの申立てで扱った場合は,本訴で賠償を求める投稿と,開示だけを行った投稿を区別する。

確認項目残す資料・記録
投稿の同一性URL,投稿番号,日時,投稿内容と前後の文脈
開示先と手続相手方事業者,申立書,決定,回答,手続の経過
業務と費目委任契約,見積り,着手金・報酬・実費等の内訳
支出と負担請求書,振込記録,立替え・返済の合意,費用負担の関係
本訴との対応賠償対象の投稿一覧,共通費用と個別費用の説明

共通費用については,投稿数,手続の共通性,業務内容等を踏まえ,なぜその範囲を対象投稿に対応する費用として求めるのかを説明する。
投稿数だけで機械的に割れば必ず認められるというものではない。

2 第三者の立替えと未払いを区別する

家族,勤務先,支援団体等が支払った場合には,支払者の名義だけでなく,契約当事者,返済義務の有無,最終的な費用負担を確認する。
本人の損害として請求する場合は,本人がどのような債務又は負担を負ったのかを具体的に示す必要がある。

領収証だけが唯一の立証方法というわけではないが,費用の存在と負担を示す資料が不足すると請求が認められないおそれがある。
未払いの場合も,未払いという一事だけで常に損害がないと断定せず,契約上の支払義務とその内容を検討する。

第4 請求額と回収見込みを依頼者に説明する

開示で投稿者を特定できること,その投稿が不法行為となること,開示費用が賠償として認められること,認容された額を現実に回収できることは,それぞれ別の段階である。
依頼者には,開示に必要な費用を支出する時点で,全額の回収を保証することはできないと説明する必要がある。

賠償請求の準備では,①投稿の違法性,②特定のための必要性,③費用の内訳・実質的負担,④本訴対象との対応,⑤相手方の支払能力を順に確認する。
本記事の対応表は,これらの説明と資料収集のための実務上の整理であり,すべてを満たせば裁判所が請求全額を認めるという要件表ではない。

判決取得後の管理については,判決で確定した債権の消滅時効は10年及び強制執行・財産開示手続と時効の完成猶予・更新を参照されたい。

第5 出典

① 民法709条・710条(令和8年10月7日時点のe-Gov掲載条文)
② 法務省民事局・インターネット上の名誉権侵害等の損害賠償額等に関する調査報告書(令和8年4月,印刷35頁~41頁)
③ 東京高裁令和2年1月23日判決(令和元年(ネ)第3668号・第4142号,判例タイムズ1490号109頁,判例秘書L07520665)
④ 横浜地裁川崎支部令和2年5月26日判決(平成31年(ワ)第190号,判例秘書L07551325)
⑤ 東京高裁令和3年5月12日判決(令和2年(ネ)第2495号,判例秘書L07620156)