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国税職員の身上把握とは―国税庁の手引書「的確な身上把握のために」(平成26年7月)と大阪国税局の事務運営指針(令和元年7月31日)(AI作成)

第1 本記事の対象と結論

1 対象とする2つの資料

本記事は,国税庁及び国税局が「身上把握」と呼んでいる職員の人事管理の仕組みについて,次の2つの資料を読んで整理するものである。
基準日は令和8年10月1日である。

①国税庁長官官房人事課・監察官室「的確な身上把握のために」(平成26年7月)
②大阪国税局長「職員の身上の的確な把握について(事務運営指針)」(令和元年7月31日付け大局総人二(服)第255号)

①は,表紙,はじめに,目次,本文23頁及び参考文献から成る全27頁の冊子であり,管理者に対する研修の資料として作られたものである(はじめに)。
②は,大阪国税局の各部長及び各税務署長に宛てた全2頁の事務運営指針である。
いずれも当ブログに掲載しているPDFであり,表紙等に,①は「共通(研修関係)」「各種手引書(正本)」,②は「共通(法令・通達)」「事務運営指針及び事務運営指針関係書類(正本)」という行政文書の分類が記載されている。
以下,①を「手引書」,②を「大阪国税局指針」と呼び,手引書の頁は冊子に印字された頁で示す。

2 結論

結論は次のとおりである。
①国税組織では,身上把握は上司である管理者の「当然の職務」とされ,非行防止だけでなく,職員の能力や適性に応じた配置及び業務配分にも使う人事管理の手段と位置付けられている。
②把握の対象は,勤務時間外の私生活と心身の状態にまで及び,特に家計の状況(借財)は,重大な職務関連非行を防ぐために積極的に聴き取るべき事項とされている。
③大阪国税局指針は,人事評価の評価者等が,定期人事異動後と身上申告書の提出時期の年2回,非常勤職員を除く全職員と個室等で個別面談をするよう定めている。
④他方で,人種・本籍・思想・信条等のいわゆるセンシティブ情報は,特段の事由がない限り聴き取らず,把握した情報は厳格に管理することとされている。
⑤部下職員の非行の兆候を知った管理者は,自ら調査をせず,直ちに上司等へ報告すべきものとされ,報告を怠ったり身上把握が不十分であったりした管理者自身も,監督責任を問われ得る。

第2 身上把握の根拠と目的

1 手引書が挙げる根拠

手引書は,身上把握を直接定めた法律は無いとした上で,国家行政組織法10条を根拠に挙げる(1頁)。
手引書は,同条を「各省大臣,各委員会及び各庁の長官は,その機関の事務を統括し,職員の服務について,これを統督する。」と引用している。
もっとも,法務省の日本法令外国語訳データベースに収録された同条の日本語本文は「各省大臣、各委員会の委員長及び各庁の長官は、その機関の事務を統括し、職員の服務について、これを統督する。」であり,手引書の引用には「の委員長」が欠けている。
国税庁では,国税庁長官が国税組織全体の職員の服務を統督し,実際の運用では,各階層の管理・監督の地位にある者がこれに当たるという説明である。
その上で,手引書は,部下職員の服務を監督することは管理者の当然の職務であり,その手段の一つとして身上把握が行われていると述べる。

手引書は,「服務」の意味について,日本人事行政研究所編『服務・勤務時間・休暇関係質疑応答集(第8次改訂版)』3頁の説明を引いている。
それによれば,服務とは,組織の秩序を維持し,その目的を統一的・能率的に達成するために組織の構成員に求められる規律であり,必要に応じて勤務時間外,職場外で守るべきものまで含むとされている。

2 手引書が引く政府答弁書は警察職員に関するもの

手引書は,身上把握が「職員の指導監督上,必要な人事管理」の一環として行われることの出典として,平成19年の2つの政府答弁書を挙げている(2頁の注2)。
しかし,衆議院ウェブサイトで原文を確認すると,これらは,鉢呂吉雄衆議院議員が提出した「警察職員の不祥事に関する質問主意書」及び同再質問主意書に対する答弁書であった。
質問主意書は,平成19年8月,警視庁の巡査長が交番勤務中に拳銃で女性を殺害した事件を受けて,警察職員の「身上監督」の根拠や方法を問うたものである。

平成19年9月25日内閣衆質168第21号の答弁書は,警察では職員の身上が記載された書面の提出を求め,上司が職員を面接するなどの方法により身上を把握し,指導していると説明している。
同答弁書は,これが「職員の指揮監督上必要な人事管理の一環」であり,「適正な人事管理に必要な範囲で,職員の私生活に関する事項にも及ぶ場合がある」と答弁している。
平成19年10月19日内閣衆質168第110号の答弁書は,その「適正な人事管理に必要な範囲」とは「職員の任免,懲戒等を適正に行うために必要な範囲」であるとし,具体的な範囲及び限度は個別具体的な事情によるので一概に答えることは困難であるとしている。

このように,手引書は,警察職員について政府が示した説明を国税職員にも当てはめたものと考えられる。
答弁書の「指揮監督上」という語は,手引書では「指導監督上」と書き換えられている。
政府答弁書の位置付けについては,政府答弁書は裁判所を拘束するか―質問主意書への答弁書が判決で使われた裁判例で整理している。

3 身上把握の目的

手引書は,身上把握を非行防止のためだけのものとはしていない(2頁)。
人事管理は,任免,給与,研修,評価,処遇,服務,懲戒及び退職管理まで広く関係するものであり,身上把握は,職員の能力や適性に沿った人事配置や業務配分にも使われると説明されている。

手引書によれば,管理者は,部下職員について,次の点を見極める必要がある。
①職務を的確に遂行する知識,判断力及び健康な精神を備えているか。
②職務に意欲をもって取り組んでいるか。
③服務規律を守り,組織の一員であることを自覚した言動をしているか。

手引書は,身上把握を本来の職務ではないと考えて形式的な把握にとどめたり,「見て見ぬふり」をしたりする管理者がいることを指摘し,身上把握は管理者の仕事そのものであると強調している。
その例として,複数の税務署で多額の国庫金が詐取された事案について,形式的な身上把握にとどまり事務を任せ切りにしていた署では犯行が行われ,深度ある身上把握と厳正な仕事の管理をしていた署では犯行が行われなかったという事例を挙げている(3頁)。
また,加算税の賦課決定の処理が遅れた職員が,決裁印のカラーコピーを貼った決議書を作り,納税者へ通知書を送らなかった事例では,仕事を中途半端にする傾向を把握していた統括官が,システムによる確認を部下に任せて本来の手続を怠ったことが,非行を防げなかった原因とされている(3頁)。

手引書は,身上把握が上司と部下のコミュニケーションの手段でもあり,「明るく風通しの良い職場」の実現にも役立つとしている(はじめに)。

第3 「身上」の範囲と種類

1 範囲は私生活と心身の両面に及ぶ

手引書は,把握しようとする「身上」は「その人の全て」であり,勤務時間中はもとより,勤務時間外の私的なことも含み,心身の両面にわたるものであるとする(4頁)。
その理由として,公務員は職務外で非行をしても,国家公務員法99条の信用失墜行為の禁止により責任を追及される場合があることを挙げている。

同時に,手引書は,身上把握が私生活に及ぶのは「適正な人事管理に必要な範囲内」であるとし,プライバシーに介入されることを嫌う職員もいるので,対応には十分な配慮と工夫が必要であるとしている(4頁)。
この「適正な人事管理に必要な範囲」という限定は,前記の政府答弁書と同じ表現である。

2 身上の種類

手引書は,身上を次のとおり2つの観点で分類している(6頁)。

観点種類内容の例
公私の区別職務面(公的)の身上仕事の進め方,処理の遅れの原因,仕事上の悩み,職場の人間関係
公私の区別私行面(私的)の身上配偶者との関係,子の教育,借入金の返済等の私生活上の悩み,趣味・嗜好
状況の区別静態的な身上家族構成,特技,資格,経歴,経験年数等,身上申告書に書かれているような事項
状況の区別動態的な身上(心情)日々変化する心の動き,勤務・仕事の処理状況,生活態度,家庭事情,欲求,悩み,不安・不満

手引書は,身上申告書の記載事項を確認するだけでは十分な身上把握とはいえないとし,職場の人間関係や処遇への不満,能力・意欲の不足から来る不安が非行の大きな誘因になっているとして,部下職員の「心の情」まで把握するよう求めている(6頁)。

第4 身上把握の方法

1 方法の全体像と前提となる信頼関係

手引書は,身上把握の方法として,①仕事を通じた把握,②個別面談,③他の職員からの情報収集,④動向把握(観察),⑤レクリエーションや懇親会等のプライベートな時間・空間での把握の5つを挙げる(8頁)。
仕事を通じた把握とは,同行調査,指令,復命等の日常の仕事の過程で,職員の不安や疑問を感じ取り,指導することである(9頁)。

手引書は,管理者が「職権で聴取する」という姿勢で臨めば部下職員は心を開かないとし,信頼関係の醸成が前提になるとする(7頁)。
信頼されない上司の例として,一方的に指示・命令する,事なかれ主義で悩みを見過ごす,不用意な言動で部下の尊厳を傷つけることが挙げられている。
反対に,仕事を熟知している,困ったときに力になる,部下の話に真剣に耳を傾ける,誰に対しても公平である,自分の考えをオープンに言う,ささいな約束も守る上司には,部下が心を開くとされている。

2 個別面談

(1) 誰が行うか

個別面談は,人間関係が最も濃い直接の上司である管理者が行うのが基本であるが,複数の目で見るため,署長や副署長等の上位の管理者が重ねて行うことも考慮するとされている(10頁)。
手引書は,統括官,副署長及び署長が全職員と重ねて面談したところ,消費者金融の利用と異性関係の問題で悩んでいる職員が見つかり,指導・助言ができたという事例を挙げている。

(2) いつ行うか

個別面談は,定期異動の後や身上申告書の提出時期に行うことが多いが,決められた時期に行えば足りるものではなく,職員が悩んだり困ったりしている様子が見えたときは,その都度行う必要があるとされている(11頁)。
不良な借財の返済状況や親族の病状のように,継続して経過を把握する必要がある事項は,適時に面談するよう求められている。

(3) どのように行うか

手引書は,効果的な面談のための配慮として,次の3点を挙げている(12頁~13頁)。
①事前の準備として,部下職員の経歴や家族構成,前任者から引き継いだ事項,身上申告書の記載で確認したい事項,日常業務で気付いた事項をメモしておく。
②面談では,自然な笑顔で応対するなど雰囲気を和らげ,相手の話への理解を確かめながら相づちや質問を繰り返す傾聴を行う。
③面談の場所は,プライバシーが確保された空間とし,窓のブラインドを開けたり,正面ではなく斜め横に座る「90度対面式」にしたりする工夫もある。

ただし,緊張させないようにと考えて視線を合わせずにメモを取り続けたり,あらかじめ様式を渡して記入させたりすることは,表情や言葉から相手の「心の揺れ」を測れなくなるので避けるべきであるとされている(13頁)。

(4) 面談の公平性と均質性

手引書は,特別な個別事情がない限り,基本的な聴取項目,深度及び時間を職員間で同じにすべきであるとする(14頁)。
仕事ができて信頼の置ける職員について「この程度でいいだろう」と表面的な把握で済ませ,仕事を任せ切りにした結果,重大な非行を防げなかった例が多いとされ,納税者への対応を任せ切りにした職員が納税者と不適切な関係に陥った事例が挙げられている。
部下職員が異性であっても,言葉遣いに注意しながら,分け隔てなく聴き取る必要があるとされている。

3 家計の状況の聴取

手引書は,国税組織への信頼を大きく損なう重大な職務関連非行の原因の多くが経済的な問題であり,税金に関わる仕事をしている以上,「お金」に関する非行が組織に与える打撃は最も大きいとして,管理者に家計の状況を積極的に聴き取るよう求めている(15頁)。
不良な借財で悩んでいる職員がいれば,上位の管理者と相談しながら,原因を解明して分相応な生活に改めさせ,家族を含めて協議して返済計画を立てさせるなど,早期の解決に向けて指導するものとされている。
手引書は,不良な借財は繰り返されることが非常に多く,生活習慣や趣味にまで及ぶ根本的な対策が必要であるとする。

事例としては,共働きで余裕があると判断していた職員が,過去の借財のために配偶者から少額の小遣いしか渡されず,納税者から借金をしていた例と,過去の借財を把握していながらその後の情報がないため面談で経済面を聴かずにいたところ,その間に不正行為で多額の金銭を得ていた例が挙げられている(15頁)。

4 他の職員からの情報収集

手引書は,本人が直属の上司には悩みを打ち明けなくても,身近な先輩や同期には打ち明けていることが多く,職員の噂は直属の上司の耳には入りにくいが他部門の統括官等にはよく聞こえてくるとして,「知らぬは上司ばかりなり」とならないよう,平素から他部門の統括官等と情報を交換できる態勢を作るよう求めている(16頁)。
面談の際に,同じ部門の他の職員の様子や部門内の人間関係を尋ねることも重要とされている。
事例として,部下職員から「A署に勤務する同僚にお金を貸している。」という情報を得た統括官が,上司を通じてA署の担当統括官に連絡し,多額の不良な借財が発覚した例が挙げられている。

5 動向把握(観察)の着眼点

手引書は,職員が言葉に出さずに「困った」「何とかして欲しい」というサインを出していることがあるとし,次の6つの観点から職員の態度や事象を観察するよう求めている(17頁~18頁)。

観点着眼点の例
勤務状況落ち着きのなさ,理由不明の離席,居眠り,小声の電話や頻繁な携帯電話の使用,仕事の遅れやミス,部門での孤立,出張先からの直帰の申出の多さ
出勤状況等あいまいな理由の遅刻・早退,電話による年次休暇の取得,特定の曜日の休暇,短期の病気休暇の繰り返し,服装や顔色の変化,睡眠不足や二日酔い
生活態度・金銭感覚収入に見合わない高価な自動車やブランド品,クレジットカードの支払や借入金の返済の窮状,同僚や部門積立からの借金,気前のよすぎるおごり
家庭生活家庭の話題を極端に避ける,離婚・教育・健康・介護の悩み,養育費や仕送りによる生活の窮状
交友関係付き合いの急な変化,単独行動の多さ,特定の納税者・税理士・団体役員との付き合い,派手な異性関係・交友関係,悪い風評
趣味・嗜好ギャンブル,極端に多いゴルフ,高級な飲食店や風俗店,株式・FX・商品取引への熱中,趣味や海外旅行への多額の支出

第5 大阪国税局の事務運営指針(令和元年7月31日)

1 基本的な考え方

大阪国税局指針は,身上把握を,的確な事務運営,公務能率の確保及び非行等の未然防止の観点から,局内の各課(室)長,署長及び副署長(指針は「監督者」と呼ぶ。)の重要な職責の一つと位置付けている(1項)。
その上で,画一的な方法ではなく,あらゆる機会を捉えて実施し,プライバシーに十分配意しつつ,職員の健康状態,家庭事情,経済状況等を的確に把握し,職員の実情に応じた指導・助言を行う「深度ある身上把握」を行うものとしている。

2 対象者と実施者

対象者は,国税局及び税務署に勤務する非常勤職員を除く全ての職員である(2項(1))。
実施者は,原則として人事評価制度における評価者又は補助者であり,評価者である局の課長補佐や署の統括官等が身上把握をした職員について,更に深度ある身上把握が必要と認められるときは,監督者が実施するとされている(2項(2))。
手引書が「直接の上司」としていた面談者を,人事評価の評価者等と結び付けて特定した点が特徴である。

3 時期と方法

身上把握は,実施者と対象者が接触するあらゆる機会を捉えて行うが,特に次の2つの時期には,対象者全員に対して個別面談の方式で実施するものとされている(3項)。
①定期人事異動の後の早い時期(おおむね8月上旬まで)
②身上申告書の提出時期(おおむね3月下旬から4月上旬まで)
育児休業中の職員等については,電話等の方法で実施するとされている。

4 場所,意識の醸成,留意事項及び情報の管理

大阪国税局指針は,次の事項も定めている(4項~7項)。
①個室等の適切な場所で面談するなど,対象者のプライバシーに十分配慮する。
②監督者は,幹部会等の機会を通じて,実施者に身上把握の必要性や重要性を説明し,意識の醸成を図る。
③実施者は,職場での信頼関係の醸成に努め,対象者の人物,性格,経済的事情その他の身上や行動を平素から観察・把握する。
④身上把握の結果,問題点が把握された対象者については,放置せず,速やかに監督者に報告するとともに,適切な指導・助言を行う。
⑤把握した職員の身上等は,職員個人のプライバシーに大きく関わるものであることを認識し,実施者が厳格な管理の下で取り扱う。

5 手引書との対応関係

2つの資料の対応関係は,次のとおりである。

事項手引書(平成26年7月)大阪国税局指針(令和元年7月31日)
位置付け管理者の当然の職務監督者の重要な職責の一つ
面談者直接の上司が基本,上位の管理者も重ねて人事評価の評価者又は補助者が原則,必要なら監督者
時期定期異動後や身上申告書の提出時期に多いが,随時も必要定期異動後(8月上旬まで)と身上申告書の提出時期(3月下旬~4月上旬)は全員と個別面談
場所プライバシーが確保された空間個室等の適切な面談場所
情報の扱い上司への報告・共有,取扱いに注意問題点は速やかに監督者へ報告,厳格な管理

第6 情報の取扱い,引継ぎ及び監督責任

1 報告と自ら調査をしないこと

手引書は,管理者が把握した情報について,次の対応を求めている(19頁)。
①部下職員の身上を把握して必要な指導を行い,把握した情報は上司に報告して共有する。
②態度・行動・交友関係等に異常を察知したときや,非行の噂を耳にしたときは,速やかに上司に報告する。
③非行又はその兆候を知ったときは,早計に自ら調査等をせず,直ちに上司や国税局に報告して対応を協議する。

③の理由として,手引書は,かつての重大な職務犯罪で,端緒をつかんだ管理者が独自に調査した結果,証拠隠滅が図られた例があったことを挙げている。
また,行政文書等の無断持出しが,場合によっては文書毀棄罪や窃盗罪等の刑法犯に当たることにも触れている。

2 情報の引継ぎと引受け

手引書は,適正な人事管理に必要な職員の情報は,各官署の上位の管理者に集められて引継ぎ・引受けが行われるので,定期異動の前に上司への報告漏れがないかを確かめるよう求めている(20頁)。
異動後に前任官署から転入職員の情報が引き継がれていないと分かったときは,原則として上司を介して前任官署の管理者に確認し,他の官署へ転出した職員の情報で今後の指導に有用なものは,上司の了解を得た上で確実に引き継ぐものとされている。

手引書は,酒癖が悪いという風評が単身赴任先の署に引き継がれず,飲食店からの苦情に発展した例と,ギャンブルによる消費者金融の利用を把握して親族の支援で一括返済させたが,後任の統括官に引き継がなかったため再びギャンブルと借入れに手を染めた例を挙げ,的確な身上把握は適切な引継ぎがあって活きるとしている(20頁)。

3 監督責任

手引書は,非行が発生した場合に,身上把握や業務の管理その他の管理者として行うべき職務を怠ったと認められるときは,管理者自身も国家公務員法82条1項2号(職務上の義務に違反し,又は職務を怠った場合)に当たり,監督責任を問われるとする(21頁)。

人事院事務総長発の「懲戒処分の指針について」(平成12年3月31日職職―68,最終改正令和2年4月1日職審―131)は,監督責任関係として,次の2つの標準例を定めている。
①指導監督不適正:部下職員が懲戒処分を受ける等した場合で,管理監督者としての指導監督に適正を欠いていた職員は,減給又は戒告とする。
②非行の隠ぺい,黙認:部下職員の非違行為を知得したにもかかわらず,その事実を隠ぺいし,又は黙認した職員は,停職又は減給とする。

手引書は①を「指導監督に適性を欠いていた場合」と書いているが,懲戒処分の指針の文言は「適正を欠いていた」である。
手引書は,これを国税組織に即して具体化し,監督責任が問われる場合として次の6つを挙げている(21頁)。

場合具体例
報告義務を怠った場合非行に関する情報(非行の事実,投書,通報等)を速やかに上司等に報告せず,放置又は隠ぺいした
非行防止の配慮に著しく欠けていた場合非行防止の注意喚起や注意事項の伝達をしなかった
部下職員の身上把握が不十分であった場合非行が予想される生活態度や勤務状況を看過し,又は認識しながら措置を講じなかった,非行を看過・黙認した
事務面の指導・監督が不十分であった場合仕事の管理・決裁が形式的で担当者に任せ切りにした,ルールを無視した事務処理を看過・黙認した
特に重大な非行事件で監督者の過失が推認される場合重大悪質事件で報道され,社会的信用を著しく失墜した場合など
その他特に重大な懈怠が認められる場合等部下職員からの相談や指導の求めを成り行き任せにした,管理者自身の言動が非行の一因となった

手引書は,脚注で,職務外の非行についても監督責任が問われた例があるとし,「最高裁一小昭和59年5月31日判決『吹田千里郵便局』事件」を挙げている(21頁の注4)。
しかし,裁判所ウェブサイトに掲載されている同日の最高裁判所第一小法廷判決(昭和58年(行ツ)第136号,集民142号203頁)は,懲戒免職処分の取消しを求めた事件であり,判示事項は「当該公務員の職務と関連のない行為が国家公務員法八二条一号及び三号所定の懲戒事由にあたるとされた事例」である。
裁判要旨によれば,郵政職員である公務員が空港反対運動に参加して犯罪行為を実行し,逮捕された行為が,国家公務員法99条の信用失墜行為に当たるとともに懲戒事由に当たるとされたものであり,管理者の監督責任を判断したものではない。
同日の最高裁判決で裁判所ウェブサイトに掲載されているものは,この判決のほかには差押債権の支払を求めた民事事件しかなく,本記事では,手引書の脚注と一致する判決を確認できなかった。
この判決は,監督責任の例としてではなく,職員本人の職務外の非行が懲戒事由になり得ることを示す例として読むのが正確であると考えられる。

手引書は,部下職員に対し,部門研修やミーティング等のあらゆる機会を通じて非行防止の注意喚起を行い,事務処理のミスがあっても隠さず遅滞なく上司に報告するよう日頃から指導することを,非行防止の第一歩としている(21頁~22頁)。

第7 プライバシーとの関係

1 手引書が示す限界

手引書は,身上把握が職員本人のプライバシーに大きく関わることを認識し,聴取・収集した個人情報の取扱いに十分配意しなければならないとする(4頁)。
その上で,取扱いによって個人の人格等を侵害したり不当な差別に利用されたりするおそれのある「センシティブ情報」(人種,民族,社会的身分,門地,本籍,出生地,思想,信条,信仰等)は,特段の事由がある場合を除き,聴き取ってはならないとしている。
その参考として,手引書は,当時の行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律3条2項と,労働者の個人情報保護に関する研究会の「労働者の個人情報保護に関する行動指針」(平成12年12月20日)を挙げている。

この行動指針は,使用者が原則として収集してはならない個人情報として,人種,民族,社会的身分,門地,本籍,出生地その他社会的差別の原因となるおそれのある事項と,思想,信条及び信仰を挙げている(第2の2(3))。
同指針は,労働者が指針に反する質問への回答を拒否したこと等を理由として,解雇その他の不利益な取扱いをしてはならないともしている(第2の2(6))。

2 手引書が挙げる裁判例

手引書は,独立行政法人労働政策研究・研修機構の資料によるとして,プライバシーの侵害とされた事件を,①労務の遂行に関わりのない私的領域への干渉,②私生活に関わる情報をみだりに第三者に開示すること,③使用者の権利行使や人事管理上の措置に伴うものの3つの類型に分け,最高裁判決2件と下級審の裁判例7件を挙げている(5頁)。
このうち最高裁判決2件は裁判所ウェブサイトの裁判例検索で確認できたが,下級審の7件は裁判所ウェブサイトに掲載がなく,本記事では判文を確認できなかったので,個別の紹介は省略する。
裁判所ウェブサイトに掲載がないことは,その裁判例が存在しないことを意味しない。

最高裁判所第三小法廷平成7年9月5日判決(平成4年(オ)第10号,集民176号563頁)の裁判要旨は,会社が,特定政党の党員又はその同調者であることのみを理由として,職制等を通じて職場の内外で従業員を継続的に監視する態勢を採り,退社後に尾行したり,ロッカーを無断で開けて私物の手帳を写真に撮影したりした一連の行為を,プライバシーを侵害するものであって人格的利益を侵害する不法行為に当たるとしている。
手引書は①の類型の例として挙げ,「思想調査のため」の監視と要約しているが,裁判要旨にはその表現はない。

手引書が③の類型の例として挙げる最高裁判所第二小法廷昭和43年8月2日判決(昭和42年(オ)第740号,民集22巻8号1603頁)の裁判要旨は,所持品検査は,これを必要とする合理的理由に基づいて,一般的に妥当な方法と程度で,しかも制度として,職場従業員に対して画一的に実施されるものでなければならないとしている。
手引書の要約は「合理的理由」と「妥当な方法と程度」だけを挙げ,制度として画一的に実施されることという要件を省いている。

3 現在の法令から見た留意点

手引書が参考に挙げた行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律は,令和3年の改正により個人情報の保護に関する法律(以下「個人情報保護法」という。)に統合され,国の行政機関に関する部分は令和4年4月1日に施行された(個人情報保護委員会「令和3年 改正個人情報保護法について」)。
したがって,手引書の「『行政機関の保有する個人情報保護の法律』第3条第2項」という参照(法律の題名は,正しくは「行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律」である。)は,現在では個人情報保護法の行政機関等の義務の規定に読み替える必要がある。

個人情報保護委員会の「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(行政機関等編)」(令和8年10月一部改正)5-1によれば,行政機関等は,法令の定めに従い適法に行う事務又は業務を遂行するため必要な場合に限り個人情報を保有することができ(個人情報保護法61条1項),特定された利用目的の達成に必要な範囲を超えて個人情報を保有してはならない(同条2項)。
同ガイドラインは,保有する個人の範囲及び個人情報の内容は,利用目的に照らして必要最小限のものでなければならないとしている。

同ガイドライン4-2-5によれば,人種,信条,社会的身分,病歴,犯罪の経歴等は「要配慮個人情報」(個人情報保護法2条3項)に当たる。
大阪国税局指針は職員の健康状態を把握の対象に挙げているが,健康状態のうち病歴や診療の事実等は要配慮個人情報に当たり得るので,取扱いには一層の注意が要ると考えられる。

なお,同ガイドライン6-2によれば,行政機関の職員に係る個人情報ファイルで,専らその人事,給与若しくは福利厚生に関する事項又はこれらに準ずる事項を記録するものは,個人情報保護委員会への事前通知を要しない個人情報ファイルとされ(個人情報保護法74条2項3号),個人情報ファイル簿の作成及び公表の適用除外にも当たる(マニュアル処理に係るファイルを除く。)。

第8 実務上の意味

1 国税職員やその家族から相談を受けたとき

国税職員が上司との面談で借財や家庭の事情を細かく聞かれることについて,法的にどう考えるかが問題になることがある。
手引書と大阪国税局指針を見る限り,家計の状況や家庭事情を聴き取ることは国税組織の通常の運用として予定されており,聴取そのものが直ちに違法とはいえない。
他方で,手引書自身が,センシティブ情報の聴取を原則として禁じ,聴取の範囲を「適正な人事管理に必要な範囲」に限っていることは,面談の在り方を検討する際の手掛かりになる。

懲戒処分や監督責任が問題になった事案では,身上把握の記録(面談の内容,報告の有無と時期,引継ぎの有無)が重要な証拠になり得る。
職員本人は,個人情報保護法76条1項により,自己を本人とする保有個人情報の開示を請求できる。
ただし,同法78条1項7号ヘは,人事管理に係る事務に関し公正かつ円滑な人事の確保に支障を及ぼすおそれがある情報等を不開示情報としているので(同ガイドライン7-1-4),面談記録の全部が開示されるとは限らない。

2 民間企業の人事管理への応用と限界

手引書の手法のうち,信頼関係を前提にした個別面談,傾聴,面談の公平性,異動時の引継ぎ,非行の兆候を把握したときに自ら調査せず報告する経路をあらかじめ決めておくことは,民間企業のハラスメントや不正の予防にも参考になる。
もっとも,手引書は,国家公務員の服務と信用失墜行為の禁止を前提にしており,同じ範囲の私生活の把握を民間企業にそのまま持ち込むことはできない。
民間企業が従業員の私生活上の情報を集める場合には,個人情報保護法の個人情報取扱事業者の規律と,手引書が参考に挙げた裁判例(第7の2)が示すプライバシーの限界を,別途検討する必要がある。

3 情報公開請求で得られる資料

本記事の2つの資料のように,人事管理に関する手引書や事務運営指針も,行政文書として情報公開請求の対象になる。
国税局の内部資料と情報公開の手続については,東京国税局の考査課情報及び情報公開事務整理簿で整理している。

第9 関連記事

国税庁の法令解釈通達と事務運営指針の違い及び法的効力については,国税庁の法令解釈通達・事務運営指針・文書回答事例・質疑応答事例で整理している。
通達が行政組織の内部の命令であり,国民を直接拘束するものではないことについては,国税庁の通達の法的性質で説明している。
国税庁及び東京国税局の内部資料としては,国税庁長官及び東京国税局長の事務引継資料(令和元年7月頃の文書)も掲載している。
司法修習生が提出する身上報告書の取扱いについては,司法修習生の身上報告書等の取扱いを参照されたい。

第10 別の機会に掘り下げる点

本記事は2つの資料の内容の整理を中心としており,次の点は別の機会に検討する。
①テーマ:国税庁の身上申告書の様式と記載事項。
未検討点:本記事では身上申告書の様式を入手しておらず,記載事項や提出の根拠を確認していない。
②テーマ:手引書の改訂と他の国税局の運用。
未検討点:平成26年7月より後に手引書が改訂されたか,東京国税局等の他の国税局が同種の事務運営指針を定めているかは確認していない。
③テーマ:身上把握の記録の保存と開示。
未検討点:面談記録の様式,保存期間,保有個人情報の開示請求に対する実際の開示・不開示の判断例は確認していない。
④テーマ:手引書が挙げる下級審裁判例の判文。
未検討点:手引書が挙げる下級審の裁判例7件は裁判所ウェブサイトに掲載がなく,判例データベースで判文と書誌を確認する必要がある。
⑤テーマ:手引書の注4が挙げる「吹田千里郵便局」事件の特定。
未検討点:裁判所ウェブサイトに掲載された同日の最高裁判決は監督責任の事件ではなかったので,手引書の作成者が別の裁判例を指していた可能性を含め,判例データベースで確認する必要がある。

第11 出典

1 本記事で読んだ資料

①国税庁長官官房人事課・監察官室「的確な身上把握のために」(平成26年7月)(全27頁)
②大阪国税局長「職員の身上の的確な把握について(事務運営指針)」(令和元年7月31日付け大局総人二(服)第255号)(全2頁)

2 法令

①e-Gov法令検索・国家行政組織法10条(本文は日本法令外国語訳データベースで確認)
②e-Gov法令検索・国家公務員法82条1項2号及び99条(82条の本文は法務省作成の関係法令の抜粋で確認)
③e-Gov法令検索・個人情報の保護に関する法律2条3項,61条,74条2項3号,76条1項及び78条1項7号ヘ
本記事の作成時(令和8年10月1日)は,e-Gov法令検索がシステムメンテナンス中で利用できなかったため,①及び②は括弧内の資料で,③は3の⑥の個人情報保護委員会のガイドラインの記載で確認し,e-Govでの照合はしていない。

3 公的資料

①衆議院議員鉢呂吉雄君提出警察職員の不祥事に関する質問に対する答弁書(平成19年9月25日内閣衆質168第21号)
②衆議院議員鉢呂吉雄君提出警察職員の不祥事に関する再質問に対する答弁書(平成19年10月19日内閣衆質168第110号)
③人事院「懲戒処分の指針について」(平成12年3月31日職職―68,最終改正令和2年4月1日職審―131)
④労働者の個人情報保護に関する研究会「労働者の個人情報保護に関する行動指針」(平成12年12月20日,厚生労働省ウェブサイト)
⑤個人情報保護委員会「令和3年 改正個人情報保護法について」
⑥個人情報保護委員会「個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(行政機関等編)」(令和4年1月,令和8年10月一部改正)4-2-5,5-1,6-2及び7-1

4 裁判例

①最高裁判所第三小法廷平成7年9月5日判決(平成4年(オ)第10号,集民176号563頁)(裁判所ウェブサイト)
②最高裁判所第二小法廷昭和43年8月2日判決(昭和42年(オ)第740号,民集22巻8号1603頁)(裁判所ウェブサイト)
③最高裁判所第一小法廷昭和59年5月31日判決(昭和58年(行ツ)第136号,集民142号203頁)(裁判所ウェブサイト)