第1 通達の意味と法的性質
1 通達は通常,行政組織内部の命令である
国家行政組織法14条2項は,各省大臣,各委員会及び各庁の長官が,所掌事務について命令又は示達をするため,所管の諸機関及び職員に対して訓令又は通達を発することができると定めている。
通達は,通常,上級行政機関が下級行政機関又はその職員に対して,法令の解釈,事務の取扱い又は行政運営の方針を示す行政組織内部の命令である。
もっとも,同法は省及びその外局について定めるものであり,内閣府に置かれる委員会及び庁については,内閣府設置法(平成11年法律第89号)58条7項が同じ趣旨を定めている。
例えば警察庁は,警察法(昭和29年法律第162号)15条により国家公安委員会に置かれ,同委員会は内閣府設置法64条により内閣府に置かれる委員会であるから,警察庁長官が通達を発する根拠は内閣府設置法58条7項である。
警察庁の通達がどこに,どのような形で掲載されているかは,別の記事である警察庁の通達の調べ方で扱っている。
本記事は,令和8年9月7日現在の法令,裁判所ウェブサイト掲載判例及び公開資料をAIで照合し,通達の法的性質と権利救済の関係を整理したものである。
個別の通達については,発出権限,名宛人,根拠法令,内容及び通達に基づいて実際に行われる行為を別々に確認する必要がある。
2 国民と裁判所を直接拘束する法規ではない
最高裁昭和43年12月24日第三小法廷判決(昭和39年(行ツ)第87号,民集22巻13号3147頁)は,通達は原則として法規の性質を持たず,関係機関及び職員に対する行政組織内部の命令にすぎないとした。
そのため,一般の国民は通達に直接拘束されず,裁判所も通達に示された法令解釈に拘束されない。
通達に反する行政処分であるという事情だけで,その処分の効力が左右されるわけでもない。
裁判所は,通達とは異なる法令解釈を採り,通達に定める取扱いが法令に反するときは,その違法を独自に判断できる。
3 名称ではなく根拠・内容・効果を確認する
「通達」という名称が付されていても,その名称だけで国民に対する法的効果又は取消訴訟の対象性が決まるわけではない。
反対に,通知,要領,基準又は指針という名称であっても,法令上の根拠と内容によっては,個別の処分又は行政手続法上の基準として重要な意味を持つ。
判断の順序は,①誰が誰に発出したか,②どの法令と権限に基づくか,③国民の権利義務を直接変える内容か,④後続する処分又は決定があるか,⑤行政実務でどのように反復適用されているか,の順が分かりやすい。
事実上の影響が大きいことは重要な事情であるが,それだけで直ちに通達自体が法規又は行政処分となるものではない。
第2 通達が関わる場合の争い方と主要判例
1 争う対象を先に特定する
通達に不利益を感じる場合でも,訴訟で何を対象とするかは一つではない。
通達自体,通達に基づく個別処分,将来予定される処分,公法上の法律関係又は違法な取扱いによる損害を区別する必要がある。
| 争う対象 | 主な訴訟類型又は法的統制 | 中心となる確認事項 |
|---|---|---|
| 通達自体 | 処分取消しの訴え | 国民の権利義務に直接具体的な法律上の影響を及ぼすか |
| 通達に基づく個別の処分又は決定 | 取消訴訟等 | 個別行為が行政事件訴訟法上の処分に当たるか,根拠法令に適合するか |
| 将来予定される処分 | 差止めの訴え | 重大な損害を生ずるおそれと,他に適当な方法がないことが認められるか |
| 行政処分以外の継続的な不利益 | 公法上の法律関係に関する確認の訴え | 確認対象が明確であり,現実の危険に対する有効適切な争訟方法であるか |
| 違法な通達又は取扱いによる損害 | 国家賠償請求 | 公務員の職務上の注意義務違反,違法性,故意又は過失及び損害が認められるか |
2 通達自体の取消し-最高裁昭和43年12月24日判決
行政事件訴訟法3条2項の処分取消しの訴えは,行政庁の処分その他公権力の行使に当たる行為を対象とする。
最高裁昭和43年12月24日第三小法廷判決は,墓地埋葬法に関する通知について,行政組織内部の命令にすぎず,墓地の管理者等の権利義務に直接具体的な法律上の影響を及ぼさないとして,その取消しを求める訴えを許さなかった。
この判決は,法律解釈に関する通達が例外なく取消訴訟の対象外になると述べたものではない。
判決は,本件通知の形式,内容,関係法令及び確定した事実を検討し,当該通知に直接の法的効果がないと判断したものである。
3 通達に基づく課税と個別決定-最高裁昭和33年判決・平成15年判決
最高裁昭和33年3月28日第二小法廷判決(昭和30年(オ)第862号,民集12巻4号624頁)は,パチンコ球遊器に対する課税が通達を機縁として行われた事案で,通達の内容が法律の正しい解釈に合致する以上,課税処分は法律の根拠に基づくとした。
課税を適法にするのは通達の拘束力ではなく,通達に示された解釈が法律に適合することである。
最高裁平成15年9月4日第一小法廷判決(平成11年(行ヒ)第99号,集民210号385頁)は,法令と労災就学援護費支給要綱によって設けられた制度について,労働基準監督署長の支給又は不支給の決定が具体的な支給請求権に直接影響するとして,抗告訴訟の対象となる行政処分に当たるとした。
通達又は要綱自体に直接の対外的効力がなくても,それを介して行われる個別決定は処分となり得る。
個別処分を取り消す訴えには出訴期間があり,行政事件訴訟法14条は,原則として処分又は裁決があったことを知った日から6か月,処分又は裁決の日から1年と定めている。
正当な理由及び審査請求後の起算に関する例外があるため,通達の公表日だけでなく,処分通知,教示及び審査請求の経過を確認する必要がある。
4 将来処分の差止めと公法上の確認-最高裁平成24年2月9日判決
最高裁平成24年2月9日第一小法廷判決(平成23年(行ツ)第177号等,民集66巻2号183頁)は,東京都教育委員会の通達を踏まえて各校長が発する職務命令と,その違反を理由とする懲戒処分等が争われた事案である。
同判決は,懲戒処分が反復継続的かつ累積加重的にされる危険の下では,差止めの訴えに必要な「重大な損害を生ずるおそれ」があるとした。
同判決は,行政処分以外の処遇上の不利益が反復継続的かつ累積加重的に発生し拡大する危険について,公法上の法律関係に関する確認の訴えに確認の利益があるとも判断した。
もっとも,差止め又は確認の訴えが認められるかは,対象となる義務及び不利益の具体性,発生の蓋然性,損害の回復困難性並びに他の救済方法の有無によって決まる。
5 信義則と平等原則-最高裁平成19年2月6日判決・令和4年4月19日判決
最高裁平成19年2月6日第三小法廷判決(平成18年(行ヒ)第136号,民集61巻1号122頁)は,法令上の根拠を欠く通達に基づいて健康管理手当の支給を打ち切られた事案で,支給義務者が消滅時効を主張することを信義則に反し許されないとした。
通達が国民に法令上の根拠を有する取扱いであるとの推測を与えることなどを踏まえた事例判断であり,通達一般に法的拘束力を認めた判決ではない。
最高裁令和4年4月19日第三小法廷判決(令和2年(行ヒ)第283号,民集76巻4号411頁)は,財産評価基本通達には国民に対する直接の法的効力がないとした一方,課税庁が通達による画一的な評価を行っているときは,特定の者について合理的な理由なく異なる評価をすることが平等原則に反し得るとした。
同判決は,本件では通達評価を用いることが実質的な租税負担の公平に反する事情があり,通達評価を上回る価額を用いる合理的な理由があるとして,納税者側の上告を棄却した。
6 違法な通達と国家賠償-最高裁平成19年11月1日判決
通達の法解釈が誤っていることから,直ちに通達の発出又は取扱いの継続が国家賠償法1条1項上違法になるわけではない。
最高裁平成19年11月1日第一小法廷判決(平成17年(受)第1977号,民集61巻8号2733頁)は,担当者が職務上通常尽くすべき注意義務を尽くさずに違法な402号通達を発出し,取扱いを継続したと認められる事情がある場合に限って,国家賠償法上の違法性が認められるとした。
同判決の多数意見は,法律に明記されていない国外転居を理由として,具体的に発生した健康管理手当等の受給権を失わせる重大な内容であったこと,従前の解釈の法律上の根拠が欠けると認識した後も慎重な検討をせずに通達を発出したことなどを重視した。
その上で注意義務違反と過失を認め,国の上告を棄却したが,国家賠償責任を否定すべきであるとする反対意見が付されている。
通達が後に改正された場合については,大阪高等裁判所令和元年10月10日判決(平成31年(行コ)第25号,判例タイムズ1473号18頁)がある。
同判決は,平成25年5月27日付けの改正前の財産評価基本通達189の(2)に従って取引相場のない株式を純資産価額方式により評価して相続税を申告納付した相続人らが,改正後の通達によって算出した税額との差額について,国に不当利得の返還又は国家賠償を求めた事案で,請求を棄却した第一審判決に対する控訴を棄却した。
同判決は,旧通達の定める評価方法により評価額を算定すると当然に客観的な時価を超える金額となることを認めるに足りる証拠はなく,旧通達の制定行為が裁量を逸脱したものとは認められないとし,取引相場のない株式について公認会計士等による評価を義務付けることとすれば法定の期限内に納税申告をさせ税額を確定すべき要請に副わない事態が生じ得るから,課税庁としては「割り切った運用を容認せざるを得ない」と述べている。
同判決は裁判所ウェブサイト未掲載であり,判例秘書で全文を確認した。
上告は,最高裁令和2年7月16日第一小法廷決定により棄却され,上告受理の申立ても受理しないとされている。
第3 通達と行政手続法
1 審査基準・処分基準・行政指導指針に当たる場合
行政手続法2条8号は,法律に基づく命令又は規則だけでなく,審査基準,処分基準及び行政指導指針も「命令等」に含めている。
通達の形式で定められた文書でも,申請に対する許認可等の判断基準,不利益処分の判断基準又は複数の者に共通する行政指導の指針に当たるかを,内容に即して確認する必要がある。
同法5条は審査基準を定めることと原則的な公示を,同法12条は処分基準を定めて公にする努力義務を,同法36条は一定の行政指導指針を定めて原則として公表することを規定している。
三つの基準は,根拠,対象及び公表に関する規律が同一ではない。
審査基準・処分基準・行政指導指針のいずれにも当たらない内部基準もある。
特定の者を名あて人としない処分の判断基準や,同法3条1項により第2章から第4章の2までの規定が適用されない処分(外国人の出入国,帰化等に関する処分)の判断基準がその例である。
これらの基準も,基準自体が根拠法令に照らして合理的か,個別の事案で基準と異なる取扱いをする合理的な理由があるかという形で,裁量権の逸脱・濫用の審査に用いられる。
基準の分類と裁量審査との関係は,行政裁量の司法審査で整理している。
2 意見公募手続の対象と例外
行政手続法39条は,命令等を定めようとする場合に,案と関連資料を公示し,原則として30日以上の意見提出期間を定めて広く一般の意見を求めるものとしている。
したがって,通達という名称だけを理由に,意見公募手続の対象外であると判断することはできない。
他方,同法3条2項6号は,審査基準,処分基準又は行政指導指針のうち,法令,慣行又は制定機関の判断によって公にされるもの以外のものについて,第6章を適用しないと定めている。
同法39条4項にも緊急の場合その他の適用除外があるため,具体的な文書については,行政手続法上の「命令等」に当たるか,公にされるものか,個別の適用除外があるかを順に確認する必要がある。
第4 裁判所内部の規則・規程・通達等
1 最高裁判所規則と司法行政上の監督
日本国憲法77条は,最高裁判所が訴訟手続,弁護士,裁判所の内部規律及び司法事務処理に関する事項について規則を定める権限を有すると定めている。
最高裁判所規則は,この憲法上の規則制定権に基づくものであり,行政組織内部の通達とは法的根拠が異なる。
裁判所法80条は,最高裁判所等による司法行政の監督関係を定めている。
もっとも,同法81条は,その監督権が裁判官の裁判権に影響を及ぼし,又はこれを制限することはないと明記しており,司法行政上の通達によって個々の裁判内容を指揮することはできない。
2 裁判所内部の通達・通知・事務連絡
最高裁判所事務総局秘書課『司法行政文書の書き方(9訂)』の抜粋は,裁判所内部の文書実務について,通達を職務運営上の細目的事項,法令解釈又は行政運営の方針等を指示し,その他一定の行為を命ずる文書と説明している。
同資料は,依命通達,移達,通知及び事務連絡も区別している。
同資料によれば,通知は一定の事実,処分又は意思を特定の相手方に知らせるものであり,事務連絡は事務担当者間の連絡事項を書面化したものである。
ただし,これは裁判所内部の文書実務上の区分であり,各行政機関に共通する法律上の定義ではないから,他の機関の文書は当該機関の根拠規定,内容及び運用を別に確認する必要がある。
第5 個別の通達を確認する順序
1 原文と根拠法令を確認する
最初に,通達の全文,発出日,発出者,名宛人,改廃履歴及び公開状況を確認する。
次に,通達が解釈又は運用の対象としている法令の条文を確認し,通達が法律上の要件を追加し,又は法律が保障する権利を失わせる内容になっていないかを照合する。
通達の一部だけを引用した資料では,留保,例外又は改正履歴が欠けることがある。
個別事件では,適用時点の通達本文と現行通達を混同せず,処分時にどの版が用いられたかを特定する必要がある。
2 不利益を生じさせる行為を特定する
通達の存在だけでなく,通知書,不支給決定,更正処分,職務命令,懲戒処分その他の具体的な行為を確認する。
その行為を争う手続は,処分性,原告適格,出訴期間,重大な損害,確認の利益その他の要件によって異なるため,通達の違法性だけを抽象的に論じても救済手段は決まらない。
行政実務が通達に沿って統一されている場合は,同様の状況にある者との取扱いの差,公表された取扱いに対する信頼及び行政庁が異なる取扱いをした理由も確認する。
もっとも,平等原則又は信義則による統制は事案の具体的事情に依存し,通達違反だけから当然に処分の違法又は国家賠償責任が導かれるものではない。
第6 関連記事
裁判所の情報公開-通達・司法行政文書の開示手続と判決情報の公開(AIリライト)は,裁判所の情報公開と司法行政文書の取扱いを説明している。
国税不服審判所-組織,審査請求手続,裁決の効力及び裁判例(AI作成)は,国税処分に対する不服申立ての仕組みを扱っている。
取引相場のない株式の評価に関する有識者会議-国税庁が示した見直しの骨格と論点(AI作成)は,財産評価基本通達を含む非上場株式評価の見直しを扱っている。
通達の一般的な法的性質と,税務又は裁判所情報公開という個別分野の運用を分けて読むことができる。
財産評価基本通達6項(総則6項)の適用は,本記事第2の5で触れた最高裁令和4年4月19日判決の枠組みが,取引相場のない株式の事案でどのように用いられているかを扱っている。
行政処分の処分性とは―抗告訴訟の対象になる行為と最高裁判例(AI作成)は,通達等を契機とする後続行為が抗告訴訟の対象となるかを判断する前提として,処分性の判例基準を整理している。
行政事件訴訟の主要論点―処分性・原告適格・訴えの利益・裁量審査の総合案内(AI作成)は,行政事件訴訟の主要論点を各論記事とともに案内している。
第7 出典・参考資料
1 法令
①国家行政組織法14条2項(e-Gov法令検索)
②行政事件訴訟法3条,4条,14条及び37条の4(e-Gov法令検索)
③行政手続法2条8号,3条2項6号,5条,12条,36条,38条及び39条(e-Gov法令検索)
④国家賠償法1条1項(e-Gov法令検索)
⑤日本国憲法77条及び裁判所法80条・81条(e-Gov法令検索)
2 裁判例
①最高裁判所第二小法廷昭和33年3月28日判決(昭和30年(オ)第862号,民集12巻4号624頁,裁判所ウェブサイト)
②最高裁判所第三小法廷昭和43年12月24日判決(昭和39年(行ツ)第87号,民集22巻13号3147頁,裁判所ウェブサイト)
③最高裁判所第一小法廷平成15年9月4日判決(平成11年(行ヒ)第99号,集民210号385頁,裁判所ウェブサイト)
④最高裁判所第三小法廷平成19年2月6日判決(平成18年(行ヒ)第136号,民集61巻1号122頁,裁判所ウェブサイト)
⑤最高裁判所第一小法廷平成19年11月1日判決(平成17年(受)第1977号,民集61巻8号2733頁,裁判所ウェブサイト)
⑥最高裁判所第一小法廷平成24年2月9日判決(平成23年(行ツ)第177号等,民集66巻2号183頁,裁判所ウェブサイト)
⑦最高裁判所第三小法廷令和4年4月19日判決(令和2年(行ヒ)第283号,民集76巻4号411頁,裁判所ウェブサイト)
⑧大阪高等裁判所令和元年10月10日判決(平成31年(行コ)第25号,判例タイムズ1473号18頁。裁判所ウェブサイト未掲載。判例秘書により全文確認)
3 裁判所内部資料
①最高裁判所事務総局秘書課『司法行政文書の書き方(9訂)』抜粋,PDF2頁~6頁
4 文献
①伊藤真『伊藤真の行政法入門〔第4版〕』日本評論社,2026年,104頁~105頁
②中原茂樹『基本行政法〔第4版〕』日本評論社,2024年,160頁~162頁