第1 本記事の対象と結論
1 対象と基準日
本記事は,職場で長年にわたり事実上見過ごされてきた行為について,使用者がある時点から問題視し,本人に注意をしないまま観察・記録を続けて懲戒処分をした場合に,その処分が有効かという問題を扱う。
素材とするのは,市の職員が勤務時間中に職員団体(公務員の労働組合に当たるもの)の活動をしていたことを理由とする減給処分と戒告処分を取り消した大阪地方裁判所令和8年3月30日判決(令和6年(行ウ)第42号,懲戒処分取消等請求事件)である。
この判決は,令和8年9月28日時点で裁判所ウェブサイトの裁判例検索には掲載されていないため,判例データベース(判例秘書)で判決の全文を確認した。
法令は令和8年9月28日現在の条文をe-Gov法令検索で確認し,最高裁判例は裁判所ウェブサイトの判決全文で確認した。
本記事では,この判決を,被告となった市の名前から「門真市事件」と呼ぶ。
地方裁判所の判決であり,控訴の有無は確認できていない。
2 結論
①判決は,勤務時間中の組合活動による職場離脱について,職務専念義務違反という懲戒事由があることは認めた。
労使で定めたガイドラインが勤務時間中に許していた活動に当たらず,上司が咎めなかったことも正式な承認とはいえず,公務の運営に具体的な支障が出たことも要らないとした。
②それでも判決は,減給処分と戒告処分の両方を取り消した。
長年にわたり上司から指導も注意も受けない状況が続き,本人が黙認されていると受け止めることがあり得たのに,市は,違反を強く疑い,本人が問題ないと考えていることも知った後,注意指導をせずに5か月以上離席を止めずに記録を続け,その記録を根拠に処分したからである。
判決は,これを,是正の機会を与えることなく「そのまま非違行為を重ねるのを待ち、懲戒処分に及んだ」ものとして,信義則に反し,社会通念上著しく妥当を欠き,裁量権を逸脱・濫用したと判断した。
③市は,注意や指導より事実確認を先行させる必要があったと主張したが,判決は,これからされる非違行為を止めずに観察したものであり,既にされた非違行為の確認にとどまらないとして退けた。
④最も軽い懲戒処分である戒告も取り消されている。
戒告は懲戒権者の裁量の範囲内とされやすい処分であるが(最高裁判所平成24年1月16日判決),処分に至る経過に問題があれば,処分の軽さだけでは適法にならないことを示している。
⑤使用者の側では,長年の取扱いを改めて懲戒の対象にするときは,まず問題であることを告げてルールを示し,是正の機会を与えてから,その後も続いた行為を対象にすることが重要になる。
処分を受けた側では,懲戒事由があることを争うだけでなく,黙認の経緯,注意指導の有無,使用者が問題を把握した時期と処分までの期間を争点にできる。
民間企業でも,使用者が知りながら注意や警告をしてこなかった行為を理由とする懲戒処分を無効とし,又は重すぎるとした裁判例がある(東京高等裁判所昭和54年12月24日判決,函館地方裁判所令和7年8月8日判決等)。
第2 事案の概要
1 当事者と処分
原告は,市の職員として長く勤務し,市の職員団体の役員を務めていた2名である。
1名は平成17年7月から令和3年7月まで執行委員長を務め,もう1名は平成30年7月から書記長を務め,令和2年7月から処分の時までは副委員長の地位にあった。
市は,令和2年10月14日,執行委員長だった職員に対して減給処分(1か月間,給料及び地域手当の合計額の10分の1を減ずる)を,書記長だった職員に対して戒告処分をした。
処分の理由は,いずれも,法令で勤務時間中に行うことが認められていない職員団体の活動を行い,正当な理由なく勤務時間中に職場を離脱し,職務を怠っていたというものである。
原告らは審査請求をしたが,市の公平委員会は,令和5年9月28日,審査請求をいずれも棄却する裁決をした。
原告らは,処分の取消しと裁決の取消しを求めて訴えを起こした。
2 勤務時間中の組合活動に関する取決め
地方公務員法55条の2第6項は,「職員は、条例で定める場合を除き、給与を受けながら、職員団体のためその業務を行ない、又は活動してはならない。」と定めている。
市と職員団体は,昭和46年に覚書を交わし,平成21年3月17日には,勤務時間内に行うことのできる組合活動の明確化等を目的とするガイドラインを労使合意の上で策定していた。
ガイドラインが有給で行うことができるとした活動は,本交渉,予備交渉,事務折衝,組合活動交渉と一体をなす機関会議及び交渉となりうる事項に関する意見交換等であった。
ただし,ガイドラインの内容は,市の人事担当部門以外には周知されていなかった。
執行委員長だった職員の上司は,職員が組合活動のために離席していることは知っていたが,どのような活動が許されるかを承知しておらず,適法な活動をしているのだろうという程度の認識で,活動の内容を確認することも,咎めることもなかった。
3 市が問題を把握してから処分までの経過
判決が認定した経過は,次のとおりである。
①平成30年12月5日,職員の所属課の管理職らが人事課に,職員が毎日のように組合活動のため離席していることを相談した。
人事課は,離席時間を人事評価でマイナスに評価すべきでないと回答し,離席の日時や活動の内容を確認するよう指示することもなかった。
②平成31年4月11日,市民から,労働組合の幹部が勤務時間中に長時間組合活動をしているとの問合せのメールが届いた。
これを受けて,上司は,人事課長の勧めで,同月15日から職員の離席の状況を記録し始めた。
③令和元年5月10日,上司は職員と面談し,離席中の活動の内容と,それが問題のない活動であるという職員の認識を聞き取った。
しかし,上司は,誤解されるようなことはしないようにという一般的な注意喚起をしただけで,離席について具体的な注意や指導はせず,その後も離席を止めなかった。
同じ日,報告を受けた人事課長は,ガイドラインの範囲外の活動による離席の疑いがあると考え,懲戒処分等の指針の様式で報告書を上げるよう指示したが,職員に注意するよう求めることはなかった。
④その後も,人事課は,懲戒処分を行う可能性を念頭に置きながら,指導や注意をせずに観察記録を続けるよう上司に指示し,記録は令和元年10月31日分まで続いた。
⑤人事課は,令和元年10月以降に関係者から,同年11月からは職員ら本人からもヒアリングを行い,職員分限懲戒審査会を経て,令和2年10月14日に処分をした。
第3 職務専念義務違反は成立するとされた
1 職場離脱の事実
判決は,観察記録(職員の修正意見を反映したもの),ヒアリングの結果,職員分限懲戒審査会での発言及び本人尋問から,執行委員長だった職員について,平成28年11月から令和元年10月までの間,平均して午前に35分間,午後に41分間,勤務時間中に職場を離脱していたと認定した。
書記長だった職員についても,ヒアリングの結果から,平成30年7月から令和元年10月までの間,平均して月に3回から5回程度,1回10分から20分程度の職場離脱を認定した。
原告らは,観察記録のない期間の離席時間には客観的な裏付けがないと主張した。
しかし,判決は,地方公務員に対する懲戒処分に関し法定証拠主義は採用されておらず,原告らがヒアリングで処分理由書記載のとおりの離席があったと述べていて,事実に反してそう述べる理由もうかがわれないとして,この主張を退けた。
2 ガイドラインが許す活動に当たらないこと
原告らは,役員同士の協議,組合員からの相談や報告の受付,機関会議の準備作業等の活動は,覚書とガイドラインにより昭和46年以来認められてきたと主張した。
判決は,覚書やガイドラインが認めるのは当局との交渉や会議への出席等であり,職員団体の内部での協議や相談,機関会議の準備作業は含まれないとした。
地方公務員法上,給与を受けながら行うことができる活動が限られていることや,ガイドラインが勤務時間内の組合活動を明確にする目的で作られたことも,その理由に挙げている。
3 上司が咎めなかったことと承認の区別
原告らは,離席の際にホワイトボードに「組合」と書いた磁石を貼り,又は上司の承諾を得ていたから,職務専念義務の免除と給与を受けることの承認を得ていたと主張した。
判決は,原告らが活動の内容を具体的に説明したことはうかがわれず,上司も適法かどうかを確認せずに咎めなかったにとどまるから,市が活動の内容を知った上で適法なものと認めて許していたとはいえないとした。
4 公務の運営への具体的な支障は要らないこと
地方公務員法35条は,「職員は、法律又は条例に特別の定がある場合を除く外、その勤務時間及び職務上の注意力のすべてをその職責遂行のために用い、当該地方公共団体がなすべき責を有する職務にのみ従事しなければならない。」と定めている。
判決は,職務専念義務違反の成立に公務の運営に対する具体的な支障が必要と解すべき理由はないとし,いずれにしても離席の間は公務を行えず,支障を生じさせていたことは明らかであるとした。
こうして,職務専念義務違反の懲戒事由(地方公務員法29条1項)は認められた。
第4 それでも処分が取り消された理由
1 懲戒処分の裁量と司法審査
地方公務員法29条1項は,職員が職務上の義務に違反し,又は職務を怠った場合等に,懲戒処分として戒告,減給,停職又は免職の処分をすることができると定めている。
懲戒事由がある場合に処分をするか,どの処分を選ぶかについて,最高裁判所昭和52年12月20日判決(神戸税関事件)は,懲戒権者の裁量に任されているとした上で,「懲戒権者が右の裁量権の行使としてした懲戒処分は、それが社会観念上著しく妥当を欠いて裁量権を付与した目的を逸脱し、これを濫用したと認められる場合でない限り、その裁量権の範囲内にあるものとして、違法とならないものというべきである。」とした。
門真市事件の判決も,懲戒事由を認めたうえで,この裁量権の逸脱・濫用の有無を検討している。
原告らは,勤務時間中の活動を認める労使の合意や了解があった以上,取扱いを変える前に告知や警告が必要だったと主張した。
判決は,そのような合意や了解は認められないとして,この主張自体は退けた。
判決が処分を違法としたのは,合意や了解があったからではなく,次に述べる処分に至る経過のためである。
2 「黙認されている」と受け止めることがあり得た状況
判決は,原告らが処分の対象期間より相当前から日常的に勤務時間中の活動をしており,上司から指導や注意を受けたり,疑問を示されたりすることのない状況が続いていたことから,市が許可していなかったとしても,少なくとも原告らにおいて「黙認されていると受け止めることがあり得る状況であった」とした。
そして,原告らがそう認識していたのは,市が管理職にもガイドラインを周知せず,長期間,許される活動かどうかを意識せずに漫然と離席を許す運用をしてきたことの結果でもあるとした。
3 遅くとも令和元年5月10日以降は注意指導をすべきだったこと
判決は,市は,平成30年12月5日の相談の時点で,ガイドラインを知る人事課においてガイドラインの範囲外の活動を推認し得る状況にあり,遅くとも令和元年5月10日には,具体的な離席の状況と,職員がその離席を問題のないものと認識していることを知ることができたとした。
そのうえで,市は,遅くとも令和元年5月10日以降,職員団体の役員に対して,勤務時間中に行うことができる活動についての認識を確認し,ガイドラインとその解釈を示すなどして,注意指導を行うべきであったとした。
4 「非違行為を重ねるのを待」った処分
ところが,市は,職員に違法の疑いがあることを告げることも,是正するよう注意指導することもせず,職員団体にガイドラインの解釈についての問題意識を指摘することもないまま,懲戒処分の対象とすることを想定しつつ,その後も5か月以上,離席を止めずに記録を続けた。
そして,その観察記録を重要な根拠資料の一つとして減給処分をし,書記長だった職員についても特段の注意指導を経ないまま戒告処分をした。
判決は,市が,ガイドラインの範囲外の活動の継続を強く疑うべき事情と,職員がそれを問題のない行動と認識していることを知り,放置すれば活動が続くことを知りながら,長年誤解を助長しかねない取扱いをしてきたにもかかわらず,「原告らに対し、誤った認識を是正する機会を与えることなく、そのまま非違行為を重ねるのを待ち、懲戒処分に及んだ」と述べた。
そのうえで,処分は「いずれも、信義則に反し、社会通念上著しく妥当を欠くものというべきであり、裁量権を逸脱・濫用したものとして違法である」とした。
5 事実確認を先行させたという反論が退けられた理由
市は,非違行為の疑いがある事実を本人に知らせる前に事実調査を先行させるのは通常かつ当然のことであり,注意や指導より事実確認を先行させたことを非難される理由はないと主張した。
判決は,市の調査の経過は,新たに非違行為が行われるのを知りながらそれを止めずに観察したというものであり,既に行われた非違行為の内容の確認にとどまるものとは到底言えないとして,この主張を退けた。
判決が問題にしたのは,事実確認をしたこと自体ではない。
過去の行為について事実を確かめることと,これから行われる行為を止めずに記録し続けることとは区別され,後者は,処分の根拠となる非違行為を使用者が自ら積み増したと評価され得る。
6 判断されなかった争点と戒告の取消し
原告らは,団結権の侵害(地方公務員法56条の不利益取扱いの禁止),比例原則違反及び裁決に関与した公平委員の公正さも主張していたが,判決は,裁量権の逸脱・濫用で処分を違法としたため,「その余の点について検討するまでもなく」として判断していない。
最高裁判所平成24年1月16日判決(東京都教職員国旗国歌訴訟)は,戒告処分について,「法律上,処分それ自体によって教職員の法的地位に直接の職務上ないし給与上の不利益を及ぼすものではない」ことなども考慮して,職務命令違反に対する戒告は基本的に懲戒権者の裁量権の範囲内に属するとし,他方で減給以上の処分を選ぶには慎重な考慮が必要であるとした。
門真市事件で戒告まで取り消されたのは,処分の重さの釣り合いではなく,処分に至る経過が信義則に反するとされたためである。
第5 裁決の取消しを求める訴えが却下された理由
原告らは,公平委員会の裁決についても,取消しを求めていた。
判決は,審査請求は原処分が違法又は不当であるとしてその取消しを求めるものであるから,裁決の取消しを求める訴えの目的も究極的には原処分の取消しにあるとし,原処分の取消判決がされるときは,裁決の取消しを求める訴えは訴えの利益を欠くとして,これを却下した。
行政事件訴訟法10条2項は,「処分の取消しの訴えとその処分についての審査請求を棄却した裁決の取消しの訴えとを提起することができる場合には、裁決の取消しの訴えにおいては、処分の違法を理由として取消しを求めることができない。」と定めている(原処分主義)。
処分そのものの違法を争うのは処分の取消しの訴えであり,裁決の取消しの訴えで争えるのは,裁決に固有の違法(本件で主張された公平委員の関与等)に限られる。
処分の取消しが認められると,裁決を取り消す実益はなくなる,というのが判決の判断である。
第6 実務上の注意点
1 長年の取扱いを改めるとき
使用者が,これまで事実上見過ごしてきた行為をある時点から問題にする場合は,まず本人と関係する管理職に,その行為がルールに反することと,今後は認めないことをはっきり伝える必要がある。
労働組合や職員団体の活動に関わる場合は,組合に対しても,ルールの解釈についての問題意識を示すことが考えられる。
門真市事件の判決も,役員の認識を確かめ,ガイドラインとその解釈を示して注意指導を行うべきであったとし,職員団体への指摘がなかったことも処分に至る経過の一つとして挙げている。
懲戒処分の対象にするのは,注意指導の後もなお続いた行為とするのが安全である。
注意指導の日時,内容及び示したルールは,面談記録や書面で残しておく。
2 証拠の集め方
過去の行為について,記録を確かめ,関係者や本人から事情を聴くことは,処分の前提として必要である。
しかし,違反の疑いを強く持った後に,本人に告げないまま行為を続けさせ,その記録を処分の根拠にすることは,門真市事件のように処分の適法性を損なうおそれがある。
疑いを持った時点で注意指導をし,それ以後の記録は,指導に従ったかどうかを確かめるためのものとして位置付ける方がよい。
3 ルールの周知
門真市事件では,ガイドラインが人事担当部門以外に周知されておらず,上司自身がどの活動が許されるかを知らなかったことが,黙認の外観を生んだ原因の一つとされた。
就業規則,労使協定,ガイドライン等のルールは,対象となる従業員だけでなく,現場で許可や注意をする立場の管理職にも周知し,許される行為と許されない行為の判断基準を共有しておく必要がある。
上司が内容を確かめずに離席等を認める運用が続くと,後からルール違反として処分しようとしても,本件と同様の争点が生じ得る。
4 処分を受けた側の争い方
処分を受けた側は,懲戒事由の有無だけでなく,処分に至る経過を争点にできる。
具体的には,①その行為が長期間どのように扱われてきたか(上司が知っていたか,咎められたことがあったか),②使用者がいつ問題を把握したか,③把握してから処分までに注意指導があったか,④観察や記録がいつ誰の指示で始まり,いつまで続いたか,を資料で確かめることになる。
門真市事件では,人事課への相談,市民からのメール,面談の日付と内容,人事課の指示が証拠と証言で具体的に認定されており,これが判断の決め手になっている。
5 民間企業の懲戒処分への参考
門真市事件は地方公務員の事件であり,懲戒処分の適法性は,懲戒権者の裁量権の逸脱・濫用という枠組みで判断されている。
民間企業の懲戒処分については,労働契約法15条が,「使用者が労働者を懲戒することができる場合において、当該懲戒が、当該懲戒に係る労働者の行為の性質及び態様その他の事情に照らして、客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合は、その権利を濫用したものとして、当該懲戒は、無効とする。」と定めている。
枠組みは異なるが,処分に至る経過が「その他の事情」として相当性の判断に取り込まれることは考えられ,長年の黙認の後に注意指導なく処分することの危険は,民間企業でも同じように意識しておくのがよいと考えられる。
実際に,民間企業でも,使用者が知りながら注意や警告をしてこなかった行為を理由とする懲戒処分を,無効とし,又は重すぎるとした裁判例がある(次の6)。
注意指導と記録の一般的な進め方は,問題社員対応の基本手順―事実確認・注意指導・改善機会・記録化から処分までで扱っている。
6 民間企業で黙認や注意指導の欠如が考慮された裁判例
東京高等裁判所昭和54年12月24日判決(昭和51年(ネ)第2251号,東京流機製造事件)は,組合役員が「指名ストライキ」の名目で就業時間中に職場を離れて組合の用務をしていたことを理由とする懲戒解雇の事案である。
会社は,通告書を受け取りながら長期間異議を述べずにこれを静観し,その後に警告を発していた。
判決は,警告を発するまでの分について,会社が「黙示の承諾を与えていたものというべく、しからずとするも、被控訴人らからそう受取られてもやむを得ない事情にあつたということができるから、これを被控訴人らの懲戒処分の事由とすることは著しく当を失したものであり、まして、最も重い処分である懲戒解雇の事由とすることは、明らかに懲戒権の範囲を逸脱したものといわなければならない。」とした。
勤務時間中の組合活動を使用者が見過ごしてきた点で,門真市事件と共通する。
函館地方裁判所令和7年8月8日判決(令和6年(ワ)第26号)は,特別養護老人ホームの看護師が,処方薬の服用のさせ方等を理由に懲戒解雇された事案である。
判決は,問題とされた取扱いが,上司も認識しながら自ら行い,施設の看護師の間で長年にわたって行われてきたものであるとして,「まずは、本件施設の服薬介助に関する業務体制見直しや、それを踏まえた事前の注意指導を行うべきであり、それをすることなく原告に対する懲戒事由として扱うことは相当ではない。」とし,懲戒解雇を労働契約法15条・16条により無効とした。
札幌地方裁判所平成17年5月26日判決(平成15年(ワ)第1873号)は,職場のパソコンを私的なメール等に使ったことを理由とする降任・減給の処分の事案で,「被告事務局ではパソコンの取扱規則等がなく,職員のパソコンの私的利用に対し何ら注意や警告がなされなかったことからすると,私的メール交信の事案のみをもって降任処分を課するのは重すぎる処分というべきである。」とし,減給も懲戒権の濫用として無効とした。
東京地方裁判所平成21年4月24日判決(平成19年(ワ)第21941号等)も,支店長のセクシュアル・ハラスメントを悪質なものと認めつつ,「これまで原告に対して何らの指導や処分をせず,労働者にとって極刑である懲戒解雇を直ちに選択するというのは,やはり重きに失するものと言わざるを得ない」として,懲戒解雇を無効とした。
他方,最高裁判所平成27年2月26日判決(平成26年(受)第1310号,海遊館事件)は,管理職のセクシュアル・ハラスメントを理由とする出勤停止の処分について,事前に警告や注意を受けていなかったことを本人に有利に考慮した原審の判断を否定した。
その理由は,被害の申告を受ける前の時点において,会社が「被上告人らのセクハラ行為及びこれによる従業員Aらの被害の事実を具体的に認識して警告や注意等を行い得る機会があったとはうかがわれない」ことであった。
これらを並べると,注意指導がなかったことが処分の相当性を否定する事情として重く見られるのは,使用者がその行為を知り,又は知り得ながら,注意や警告をしてこなかった場合であることが分かる。
使用者が知る機会のなかった行為については,事前の注意がなかったことは処分を軽くする理由にはなりにくい。
長年見過ごしてきた行為を問題にするときは,使用者がいつからその行為を知っていたかが,処分の有効性を左右する事実になる。
第7 この判決を読む際の留意点
①地方裁判所の判決であり,控訴審の判断は確認できていない。
令和8年4月15日に掲載された弁護団の報告は,執筆の時点で控訴期間中であるとしていた。
同協会が令和8年9月15日に掲載した定期総会の報告もこの判決を紹介しているが,控訴の有無には触れていない。
なお,地方公共団体が被告となる処分の取消訴訟の控訴には議会の議決が要らないので(地方自治法96条1項12号),市議会の議決の記録からも控訴の有無は分からない。
②判決の判断は,ガイドラインが管理職に周知されていなかったこと,市が違反を強く疑った日と本人の認識を知った日が証拠上特定されたこと,その後5か月以上の観察が続いたこと等,事案に即したものであり,注意指導を経ない懲戒処分が常に違法になるとしたものではない。
③判決の結論は,産経新聞の報道(令和8年3月30日)と,原告側の弁護団による民主法律協会の報告(令和8年4月15日)でも確認できる。
④戒告処分を受けた職員の役職について,提訴時の弁護団の報告は「副執行委員長」としている。
判決の認定では,この職員は処分の対象となった行為の当時は書記長であり,令和2年7月から副委員長になっているので,処分時の役職を書いたものと考えられる。
本記事では,行為の当時の役職で書いた。
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第9 出典
1 裁判例
①大阪地方裁判所令和8年3月30日判決(令和6年(行ウ)第42号,懲戒処分取消等請求事件,判例秘書の判例番号 L08150230)
②最高裁判所昭和52年12月20日判決(昭和47年(行ツ)第52号,行政処分無効確認等,附帯請求事件,民集31巻7号1101頁。神戸税関事件)
③最高裁判所平成24年1月16日判決(平成23年(行ツ)第263号等,懲戒処分取消等請求事件,集民239号253頁)
④東京高等裁判所昭和54年12月24日判決(昭和51年(ネ)第2251号,東京流機製造懲戒解雇事件)
⑤函館地方裁判所令和7年8月8日判決(令和6年(ワ)第26号,地位確認等請求事件)
⑥札幌地方裁判所平成17年5月26日判決(平成15年(ワ)第1873号,懲戒処分無効確認等請求事件)
⑦東京地方裁判所平成21年4月24日判決(平成19年(ワ)第21941号等,地位確認等請求事件)
⑧最高裁判所平成27年2月26日判決(平成26年(受)第1310号,懲戒処分無効確認等請求事件,集民249号109頁)
2 報道・報告
①産経新聞の記事(令和8年3月30日)
②民主法律協会の弁護団報告(判決後)(令和8年4月15日)
③民主法律協会の弁護団報告(提訴時)(令和6年3月15日)
④民主法律協会の定期総会の報告(令和8年9月15日)
3 法令
①地方公務員法29条1項・35条・55条の2第6項・56条(e-Gov法令検索)
②労働契約法15条・16条(e-Gov法令検索)
③行政事件訴訟法10条2項(e-Gov法令検索)
④地方自治法96条1項12号(e-Gov法令検索)