第1 本記事の対象と結論
1 対象と基準日
本記事は,法律事務所が生成AIのサービスを使うときに,同じ事業者のサービスの中でも「どのモデルを,どの業務に,どの条件で使うか」をどう決め,新しいモデルに切り替えるときに何を確かめ直すかを扱う。
事業者ごと・サービスごとの規約の比較や,値上げ・提供終了への備えは,生成AIサービスの値上げ・提供終了・モデル廃止に備える契約と運用で扱っているので,本記事ではモデル単位の管理に絞る。
事業者の公表資料は令和8年9月28日に各社の公式ページで確認し,法令は同日現在の条文をe-Gov法令検索で確認した。
本記事は,事業者の一つであるAnthropic社の生成AI(Claude)を用いて作成している。
このため,本記事ではモデルの性能や回答の質の優劣は論じず,各社が公式に公表している条件(データの扱い,保存期間,廃止の予告期間等)だけを取り上げる。
2 結論
①同じ事業者の中でも,モデルによってデータの保存の条件が違うことがある。
Anthropic社は,特定の高性能のモデル(同社が「covered models」と呼ぶもの)について,データを保存しない契約(ゼロデータ保持)を結んだ組織でも,入力と出力を30日間保存するとしている。
OpenAI社も,ゼロデータ保持等の承認を受けた顧客について,特定のモデルをその対象外とする権利を留保している。
そのため,事業者単位やサービス単位の許可だけでは足りず,モデル単位で条件を確かめる必要がある。
②許可の台帳は,事業者・プランだけでなく,モデル名,提供経路(事業者から直接か,クラウド事業者経由か),学習への利用の有無,保存期間,保存・処理の地域,廃止の予定と予告期間,許可する業務と入力してよい情報の区分を,モデルごとに記録する形にするのがよい。
③新しいモデルに切り替えるときは,事件の情報を含まない試験用の入力で新旧の出力を比べ,データの条件を公式資料で確かめ直してから台帳を更新する。
廃止の予告期間は事業者によって異なる(Anthropic社は公開モデルについて少なくとも60日前,OpenAI社は一般提供のモデルについて少なくとも6か月前)ので,切替えの準備はこの期間から逆算して組む。
④守秘義務(弁護士職務基本規程23条)と個人情報保護法(25条・27条・28条)の観点からの確認は,モデルが変わるたびに必要になる。
個人情報保護委員会は,個人データを含むプロンプトを入力する場合には,事業者がそのデータを機械学習に利用しないこと等を十分に確認するよう注意喚起している。
第2 モデル単位で考える理由
1 同じ事業者でもモデルごとに条件が違う例
Anthropic社のプライバシーセンターの「Data retention practices for Covered Models」は,同社が指定する高性能のモデル(Mythos級のモデルと,同様の能力を持つとして今後指定するモデル)について,令和8年6月9日から,入力と出力を安全対策のために30日間保存するとしている。
この扱いは,データを保存しない設定(ゼロデータ保持)の組織にも及ぶとされ,それ以外のモデルは従来の条件のままとされている。
他方,同社が令和8年9月22日に公表したClaude Opus 5.5については,公式ページに,これまでのOpusのモデルと同様にゼロデータ保持で利用できる旨が記載されている。
OpenAI社の開発者向け資料「Your data」は,ゼロデータ保持等の承認を受けた顧客について,重大なリスクのある活動の調査や防止のために合理的に必要な場合等には,特定のモデルをその対象外とする権利を留保しており,その場合は事前に書面で通知するとしている。
同社が令和8年9月17日に公表した法律分野向けの「Astra for Law」は,当初は選ばれた法律事務所に限って提供され,検索の対象は米国の法令・判例とされている。
このように,同じ事業者の同じ契約の中でも,モデルによってデータの保存や提供の条件が違うことがある。
「この事業者のこのプランは使ってよい」という許可だけでは,新しいモデルが加わったときに,そのモデルの条件を確かめる機会がないまま使われてしまうおそれがある。
2 新しいモデルの公表が続いていること
令和8年9月だけでも,OpenAI社がGPT-6 Astra(9月3日),Astra for Law(9月17日)並びにGPT-6 Sol及びLuna(9月22日)を,Anthropic社がClaude Opus 5.5(9月22日)を公表している。
既存のサービスの画面で新しいモデルが選べるようになると,利用者は特に意識しないまま新しいモデルを使い始めることがある。
モデルの選択は,事務所の管理の対象として扱う必要がある。
第3 守秘義務と個人情報保護法から見た確認事項
1 弁護士職務基本規程
弁護士職務基本規程23条は,「弁護士は、正当な理由なく、依頼者について職務上知り得た秘密を他に漏らし、又は利用してはならない。」と定めている。
同規程18条は,「弁護士は、事件記録を保管し、又は廃棄するに際しては、秘密及びプライバシーに関する情報が漏れないように注意しなければならない。」と定め,19条は,事務職員等が「その法律事務所の業務に関して知り得た秘密を漏らし、若しくは利用することのないように指導及び監督をしなければならない」と定めている。
事件の情報を生成AIに入力することが秘密を「他に漏らし」たことになるかは,事業者がデータをどう扱うか(学習に使うか,誰が閲覧できるか,いつ消すか)によって評価が変わる。
その扱いがモデルによって違い得る以上,守秘義務の観点からの確認もモデル単位で行うことになる。
事務職員が使う場合は,同規程19条の指導監督の一環として,許可したモデル以外を使わないように台帳と運用で示しておく。
なお,日本弁護士連合会は生成AIの利用に関する注意事項を取りまとめているが,会員向けの資料であり,本記事では内容に立ち入らない。
2 個人情報保護法
個人情報保護法25条は,「個人情報取扱事業者は、個人データの取扱いの全部又は一部を委託する場合は、その取扱いを委託された個人データの安全管理が図られるよう、委託を受けた者に対する必要かつ適切な監督を行わなければならない。」と定めている。
同法27条1項は,本人の同意を得ずに個人データを第三者に提供することを原則として禁じ,同条5項1号は,利用目的の達成に必要な範囲内で個人データの取扱いを委託することに伴って提供する場合は,提供を受ける者は第三者に当たらないとしている。
同法28条は,外国にある第三者に個人データを提供する場合について,別に本人の同意等を求めている。
生成AIの事業者への入力が「委託」に当たるか,外国にある第三者への提供として同法28条の対象になるかは,事業者がデータをどの国で保存・処理し,どの目的に使うかによって検討が分かれる。
Anthropic社は,処理のための通信を米国・欧州・アジア・オーストラリアの国に振り分けることがあるとしつつ,データは米国に保存されるとしている。
OpenAI社は,日本の地域を選んだ場合の扱いについて,保存は日本で行うが,処理は日本に限られない旨を表で示している。
こうした条件はモデルや提供経路によって変わり得るので,台帳にはモデルごとに保存と処理の地域を記録しておく。
3 個人情報保護委員会の注意喚起
個人情報保護委員会は,令和5年6月2日の「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等」で,個人情報取扱事業者に対し,個人情報を含むプロンプトを入力する場合には特定した利用目的を達成するために必要な範囲内であることを十分に確認すること,本人の同意なく個人データを含むプロンプトを入力し,そのデータが応答結果の出力以外の目的で取り扱われる場合には法に違反する可能性があることから,事業者がそのデータを機械学習に利用しないこと等を十分に確認することを求めている。
モデルを切り替えるたびに,この確認をやり直すことになる。
第4 モデル単位の許可台帳
1 記録する項目
許可台帳には,モデルごとに次の項目を記録する。
| 項目 | 記録する内容 | 確認する資料の例 |
|---|---|---|
| 事業者・プラン | 契約している事業者とプランの名称 | 契約書,管理画面 |
| モデル名 | 利用者が選ぶ名称と,APIのモデル名(例:claude-opus-5-5) | 事業者のモデル一覧 |
| 提供経路 | 事業者から直接か,クラウド事業者経由か | 契約書,管理画面 |
| 学習への利用 | 入力・出力を学習に使うか,フィードバック機能の扱い | 利用規約,プライバシーの説明 |
| 保存期間 | 保存の有無と期間,ゼロデータ保持の可否 | プライバシーの説明,個別の合意 |
| 保存・処理の地域 | どの国で保存し,どの国で処理するか | プライバシーの説明,地域の設定 |
| 廃止の予定 | 廃止予定日,最短の提供期間,予告期間 | 事業者の廃止予定の一覧 |
| 許可する業務 | 調査の下書き,文章の校正等,使ってよい業務 | 事務所の規程 |
| 入力してよい情報 | 公開情報のみ,匿名化した事件情報まで等 | 事務所の規程 |
| 確認日と確認者 | 最後に公式資料を確かめた日と担当者 | 台帳 |
2 台帳の運用
台帳に載っていないモデルは使わないことを原則とし,新しいモデルが選べるようになったら,使い始める前に台帳の項目を埋めて許可を判断する。
クラウド事業者経由で使う場合は,モデルの廃止日程や保存の扱いをそのクラウド事業者が決めることがあるので,経路ごとに別の行として記録する。
Anthropic社のモデル廃止の資料も,同社が示す日付は同社が運営する基盤に適用され,クラウド事業者経由の場合はそれぞれの事業者が日程を決めるとしている。
事業者の資料は予告なく改訂されることがあるので,台帳には資料の名称と確認日を書き,少なくとも契約の更新時とモデルの切替え時には確かめ直す。
事務所全体の生成AIの利用ルールの作り方は,法律事務所の生成AI利用ガイドラインの作り方で扱っている。
第5 業務ごとの使い分けの考え方
1 入力する情報の区分から決める
業務ごとのモデルの使い分けは,まず入力する情報の区分から決める。
公開された判決や法令を読む業務,依頼者を特定できない一般的な文章を作る業務,事件の記録そのものを扱う業務では,求められるデータの条件が違う。
事件の記録を扱う業務には,学習に使われず,保存期間が短く,事務所として契約上の条件を確認できたモデルだけを割り当てる。
2 出力を確かめられるかどうか
生成AIの出力は,どのモデルでも,条文・裁判例・事実関係に誤りを含むことがある。
業務の割当てでは,出力を一次資料で確かめる手順を組み込めるかどうかも考える。
法律分野向けをうたうモデルでも,検索の対象がどの国の法源かを確かめる必要がある(Astra for Lawは,公表資料上,米国の法令・判例を対象としている)。
3 費用
料金はモデルごとに違い,同じ事業者の中でも上位のモデルほど高いのが通常である。
例えば,公表されている100万トークン当たりのAPI料金は,Claude Opus 5.5が入力4ドル・出力20ドル,GPT-6 Astraが入力10ドル・出力50ドルである(いずれも令和8年9月28日時点の標準の料金)。
料金は業務の割当てを決める一つの要素であり,従量課金の管理については,生成AIの利用料が予算を超えないためにで扱っている。
第6 切り替えるときの再検証の手順
1 手順
新しいモデルに切り替えるときは,次の順で確かめる。
①使うモデルを名称で固定し,自動で最新のモデルに切り替わる設定にしない。
②事件の情報を含まない試験用の入力(公開された判決の要約,架空の事例の文章作成等)を用意しておき,新旧のモデルで同じ入力に対する出力を比べる。
③比べる観点(条文・裁判例の正確さ,事実の取り違え,文体,出力の長さ等)をあらかじめ決めておく。
④新しいモデルの学習への利用,保存期間,保存・処理の地域,ゼロデータ保持の可否を公式資料で確かめる。
⑤台帳を更新し,許可する業務と入力してよい情報の区分を決めてから,事務所内に知らせる。
2 日程の組み方
Anthropic社は,公開したモデルについて,廃止の少なくとも60日前に利用者へ通知するとしており,モデルごとの廃止予定の一覧には,Claude Opus 5.5について「Not sooner than September 22, 2027」と,最短の提供期間を示している。
OpenAI社は,一般提供のモデルについて少なくとも6か月前,特定の用途向けの派生モデルについて少なくとも3か月前に予告するとし,プレビューのモデルは短い予告となり得るとしている。
ただし,両社とも,安全上の理由等によって予告期間が短くなることがあり得る旨を示している。
したがって,再検証の日程は,予告を受けてから組み立てるのではなく,最短の提供期間や予告期間から逆算して,あらかじめ試験用の入力と比較の観点を用意しておくのがよい。
予告を受けた後に代わりのサービスへ移るときの契約上の確認事項は,生成AIサービスの値上げ・提供終了・モデル廃止に備える契約と運用の第6で扱っている。
第7 関連記事
生成AIサービスの値上げ・提供終了・モデル廃止に備える契約と運用
法律事務所の生成AI利用ガイドラインの作り方
生成AIの利用料が予算を超えないために
第8 出典
1 事業者の公表資料
①Anthropic「Introducing Claude Opus 5.5」(令和8年9月22日)
②Anthropic「Pricing」
③Anthropic Privacy Center「Data retention practices for Covered Models」
④Anthropic Privacy Center「Where are your servers located?」
⑤Anthropic「Model deprecations」
⑥OpenAI「GPT-6 Astra」(令和8年9月3日)
⑦OpenAI「Astra for Law」(令和8年9月17日)
⑧OpenAI「Introducing GPT-6 Sol and Luna」(令和8年9月22日)
⑨OpenAI「Your data」
⑩OpenAI「Deprecations」
⑪OpenAI「Pricing」
2 公的資料
①個人情報保護委員会「生成AIサービスの利用に関する注意喚起等」(令和5年6月2日)
②日本弁護士連合会「弁護士職務基本規程」18条・19条・23条
3 法令
①個人情報の保護に関する法律25条・27条・28条(e-Gov法令検索)