第1 審査請求と取消訴訟の選択
行政庁の処分又は法令に基づく申請に対する不作為に不服がある場合,裁判所に訴えを提起するほか,行政不服審査法に基づく審査請求を利用できることがある。本稿は,処分についての審査請求を中心に,期間,執行停止,審理員による審理,裁決の種類と拘束力,取消訴訟への移行を整理する。現行法令と総務省の公式資料は2026年9月23日に確認した。
1 審査請求の特徴
審査請求は,行政庁が処分の適法性だけでなく妥当性も審査する制度である。裁判所の取消訴訟が処分の違法性を審査するのに対し,審査請求では「違法ではないが不当である」という主張も審理対象になる。
総務省の公式パンフレットは,審査請求自体に費用はかからないと説明している。もっとも,提出書類の写しの交付等には実費の範囲内の手数料が必要な場合がある。
2 原則は自由選択である
行政事件訴訟法8条1項本文により,審査請求ができる処分であっても,原則として直ちに処分の取消訴訟を提起できる。審査請求をした後でなければ訴訟を起こせないのが一般原則ではない。
ただし,税,社会保険,労災保険その他の個別法が,裁決等を経てからでなければ処分取消訴訟を提起できないと定める場合がある。また,行政不服審査法ではなく特別の不服申立制度が適用される分野もある。処分通知書の教示と根拠法令の双方を確認する必要がある。
第2 審査請求期間
1 知った日から3月と処分日から1年
処分についての審査請求は,原則として次の両方の期間内にしなければならない(行政不服審査法18条1項・2項)。
①処分があったことを知った日の翌日から起算して3月
②処分があった日の翌日から起算して1年
それぞれ「正当な理由」があるときは例外があるが,例外が認められることを前提に期限を過ぎるべきではない。処分通知書,送達証明,郵便追跡記録,電子通知の受信履歴等を保存し,「処分日」「発送日」「到達日」「実際に知った日」を区別する。
2 郵送日数と教示の間違い
審査請求書を郵便又は法律上の信書便で提出した場合,行政不服審査法18条3項は,送付に要した日数を審査請求期間の計算に算入しないと定める。ただし,発送日や送付手段を証明できる資料は残しておくべきである。
処分庁が誤った審査庁を教示し,教示された行政庁に書面で審査請求がされた場合,同法22条は書類の送付と,初めから正しい審査庁に審査請求がされたものとみなす救済を定める。教示がなかった場合の提出先と送付については同法83条の定めがある。
3 土地改良区の賦課処分には30日の特則がある
前記の3月・1年という一般則を,すべての個別制度にそのまま当てはめてはならない。
土地改良法46条1項は,同法の当該款に基づき土地改良区がした処分について,行政不服審査法2条及び4条1号による審査請求を認める。
同条2項は,行政不服審査法18条1項本文の期間を,処分があったことを知った日の翌日から起算して30日としている。
この特則は土地改良法46条1項の対象となる処分への審査請求に関するものであり,市町村がした滞納処分や,土地改良区から届くすべての文書の期限まで,一律に30日とするものではない。
賦課金の通知・明細,処分の根拠及び処分主体を確認し,行政不服審査法18条2項の原則1年という期間と,正当な理由の例外もあわせて確認する。
申立先も,監督する都道府県知事と当然に決めつけず,土地改良法46条と行政不服審査法4条1号による当該土地改良区への審査請求となる対象かを,通知書の教示と法令で確かめる。
事務局への問い合わせや訂正の相談は,法定の審査請求とは異なる。
審査請求をしても執行は自動的に止まらないため,納期限や徴収の段階に応じ,同法25条の執行停止も検討する。
同じ年度の納付書が再び届いた場合には,当初の賦課処分,土地改良法39条による法定の督促及び通常の催告・納付書の再発行を区別する。
金額,発出主体,根拠,処分日と教示を確認し,今回は何の取消し・変更を求めるのかを特定する必要がある。
再発行の納付書を受け取っただけで,既に知っていた当初の賦課処分の審査請求期間が新しく始まると考えてはならない。
今回初めて当初の処分を知った場合や,新たな賦課・変更その他の処分がされた場合は,その事実に即して期間を判断する。
督促自体を争えるか,督促を争う手続で当初の賦課の問題をどこまで主張できるかも,別に検討すべき問題である。
事務局への訂正照会と審査請求を分け,対象処分ごとに「処分日」「知った日」「申立期限」を記録することが大切である。
請求の相手方,金額,免除,督促及び資料の整理は,土地改良区からの賦課金請求は払う必要があるか―金額・免除・滞納・争い方で詳しく説明している。
第3 審査請求書の作成と提出
1 必要的記載事項
書面でする処分についての審査請求書には,少なくとも,①審査請求人の氏名又は名称と住所又は居所,②審査請求に係る処分の内容,③処分があったことを知った年月日,④審査請求の趣旨と理由,⑤処分庁の教示の有無と内容,⑥審査請求の年月日を記載する(同法19条2項)。
趣旨は,何の処分の全部又はどの部分の取消し・変更を求めるかが特定できるようにする。理由は,処分に至る時系列,根拠法令の要件,認定された事実の誤り,手続的瑕疵,裁量判断の問題及び不当である理由を分けて記載すると整理しやすい。
2 不備がある場合
審査請求書が法定の要件を満たさない場合,審査庁は相当の期間を定めて補正を命じる(同法23条)。期限内に補正しない場合や,不適法で補正できないことが明らかな場合は,審理手続を経ない却下裁決の対象になる(同法24条)。
第4 審査請求と執行停止
1 審査請求だけでは処分は止まらない
審査請求をしても,処分の効力,処分の執行又は手続の続行は自動的に停止しない(同法25条1項)。許可取消し,業務停止,強制徴収,公表前の命令その他時間の経過で回復が難しくなる処分では,審査請求書と別に執行停止の申立てを検討する。
2 裁量的停止と必要的停止
処分庁の上級行政庁又は処分庁自身が審査庁である場合,必要があると認めれば,申立て又は職権で執行停止その他の措置をとることができる。それ以外の審査庁は,審査請求人の申立てと処分庁の意見聴取を経て,法定の範囲で執行停止をすることができる(同条2項・3項)。
さらに,申立てがあり,処分等により生ずる重大な損害を避けるために緊急の必要があると認められるときは,審査庁は原則として執行停止をしなければならない。ただし,公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとき,又は本案について理由がないとみえるときは例外である(同条4項)。
申立書では,重大な損害の内容,損害がいつ現実化するか,金銭賠償では回復しにくい理由,代替手段の有無,公共の福祉への影響と本案の見通しを,日付と資料に結び付けて示す必要がある。
3 取消訴訟の執行停止との違い
行政事件訴訟法25条の執行停止は,取消訴訟が提起されていることを前提に,裁判所が判断する。これに対し,行政不服審査法25条の執行停止は,取消訴訟の提起前でも審査請求とともに求められる。同じ「執行停止」でも,判断主体,手続,要件の文言及び不服申立方法が異なる。
第5 審理員による審理
1 審理員の指名と除外
審査庁は,原則として審査庁に所属する職員から審理員を指名し,審査請求人と処分庁等に通知する(行政不服審査法9条1項)。処分や再調査の決定に関与した者,審査請求人と一定の親族関係にある者,代理人,利害関係人等は審理員になれない(同条2項)。
他方,委員会等の法定の機関が審査庁である場合,条例に特別の定めがある場合,審理手続を経ないで却下する場合等は,審理員を指名しない。「審査請求では必ず審理員が付く」とは限らない。
2 主張と証拠を出す機会
処分庁等は弁明書を提出し,審理員はその写しを審査請求人と参加人に送付する(同法29条)。審査請求人は反論書や証拠書類等を提出し,申立てにより口頭意見陳述をし,審理員の許可を得て処分庁等に質問できる(同法31条)。
審理員に対し,参考人の陳述,鑑定,検証,処分庁等への質問を求めることもできる。審理手続が終結するまでは,原則として提出書類等の閲覧又は写しの交付を求められる(同法38条)。
第6 審理員意見書と行政不服審査会等
1 審理手続の終結から諮問まで
審理員は,必要な審理を終えたと認めるときは審理手続を終結し,審理員意見書と事件記録を審査庁に提出する(同法41条・42条)。
審査庁は,法定の例外を除き,国の場合は行政不服審査会,地方公共団体の長が審査庁である場合は条例に基づく第三者機関に諮問する(同法43条)。ただし,審査請求人が諮問を希望しない場合,不適法として却下する場合,処分の全部を取り消す場合等,条文が掲げる例外がある。
情報公開請求に対する開示決定等についての審査請求には特則がある。行政機関の保有する情報の公開に関する法律18条1項は,審理員の指名(同法9条)等,審理員による審理手続に関する規定を適用しないとしており,同法19条1項により,裁決をすべき行政機関の長は,原則として情報公開・個人情報保護審査会に諮問しなければならない。審査会での意見書の提出等の手続は,情報公開・個人情報保護審査会への意見書の書き方と提出方法で整理している。
2 一律の法定裁決期限はない
行政不服審査法16条は,審査庁となるべき行政庁に対し,審査請求が到達してから裁決までの標準審理期間を定めるよう努め,定めたときは公にするよう求めている。これは全事件に共通する裁決期限を定めた条文ではない。
もっとも,処分の取消訴訟に審査請求前置が法定されている場合でも,審査請求の日から3か月を経過しても裁決がないときは,裁決を経ないで処分の取消訴訟を提起できる(行政事件訴訟法8条2項1号)。著しい損害を避ける緊急の必要があるとき又は裁決を経ないことに正当な理由があるときも同様である。
第7 裁決の種類と効力
1 却下・棄却・認容
審査請求が期間経過後にされた場合その他不適法な場合は「却下」,適法であるが理由がない場合は「棄却」となる(行政不服審査法45条1項・2項)。
審査請求に理由がある場合,審査庁は原則として処分の全部又は一部を取り消し,又は変更する(同法46条)。ただし,審査庁が処分庁の上級行政庁でも処分庁でもない場合は,処分の変更はできない。法令に基づく申請を却下・棄却した処分を取り消す場合には,審査庁の立場に応じ,一定の処分をすべき旨を命じ,又は審査庁自ら処分することがある。
2 不利益変更の禁止と事情裁決
審査庁は,審査請求人の不利益に処分を変更できない(同法48条)。
処分が違法又は不当であっても,取消し等により公の利益に著しい障害が生ずる場合,審査庁は法定の事情を考慮して審査請求を棄却できる。この場合,主文で処分が違法又は不当であることを宣言しなければならない(同法45条3項)。
3 裁決書,効力発生と拘束力
裁決は,主文,事案の概要,審理関係人の主張の要旨と理由を記載した裁決書によって行う(同法50条)。裁決は原則として審査請求人に送達された時に効力を生じ(同法51条),関係行政庁を拘束する(同法52条1項)。
申請を却下・棄却した処分が裁決で取り消された場合等には,処分庁は裁決の趣旨に従って改めて処分をしなければならない。取消裁決が申請の当然の認容を意味するとは限らず,取消理由と裁決の主文を確認する必要がある。
第8 裁決後の取消訴訟
1 原処分主義
処分の取消訴訟と,その処分についての審査請求を棄却した裁決の取消訴訟の両方を提起できる場合,裁決取消訴訟では原処分の違法を理由とすることができない(行政事件訴訟法10条2項)。処分の実体的な要件認定,事実認定又は裁量判断を争うのであれば,原則として原処分の取消しを求める。
裁決取消訴訟で争うのは,裁決庁の構成,裁決の手続,裁決の対象範囲,裁決に固有の理由不備等,裁決自体の瑕疵である。もっとも,個別法が裁決のみに対する取消訴訟を認める「裁決主義」を定める場合は別である。
処分の取消訴訟と裁決の取消訴訟を併せて提起し,処分の取消しが認められたときは,裁決の取消しを求める訴えは訴えの利益を欠くとして却下されることがある。大阪地裁令和8年3月30日判決は,市職員に対する懲戒処分を取り消す一方で,公平委員会の裁決の取消しを求める訴えをこの理由で却下した。詳細は,長年黙認されてきた行為を懲戒処分できるか―注意指導をせずに観察・記録を続けた処分と門真市事件(大阪地裁令和8年3月30日判決)で扱っている。
2 審査請求後の出訴期間
処分又は裁決につき審査請求ができる場合に実際に審査請求をしたときは,その審査請求をした者については,原則として次の期間内に処分又は裁決の取消訴訟を提起する(行政事件訴訟法14条3項)。
①裁決があったことを知った日から6か月
②裁決の日から1年
それぞれ正当な理由があるときの例外がある。「審査請求中だから後で考えればよい」ではなく,裁決の送達日,処分取消訴訟の被告,裁決固有の違法の有無と原処分の違法を区別して検討する。
第9 不作為についての審査請求
1 「法令に基づく申請」が必要である
行政不服審査法3条は,「法令に基づき行政庁に対して処分についての申請をした者」が,申請から相当の期間を経過しても行政庁の不作為がある場合に,不作為についての審査請求をできると定める。したがって,①法令に基づく申請であること,②行政庁の処分を求める申請であること,③処分その他の応答をしない状態が相当期間続いていることを順に確認する。
単なる陳情,相談,職権発動の申出又は事実上の要望は,行政庁に応答義務を生じさせる「法令に基づく申請」ではない。行政庁が職権で措置を開始できる制度について,住民が書面を提出したというだけでは足りず,根拠法令がその者に処分を求める手続上の地位を与えているかが重要である。
2 要綱上の「申請」との区別
自治体の要綱が「申請書」「保護の申請」「決定通知」等の語を用いていても,要綱が法令の委任に基づく法規命令ではなく内部的な事務処理基準にとどまるときは,その文言だけで行政不服審査法3条の申請になるとは限らない。まず,法律・政令・省令・条例が申請制度を設けているか,要綱がその委任を受けているか,根拠法令が申請に対する諾否の応答義務を予定しているかを確認する。
大阪高裁平成13年6月21日判決は,介護保険法施行前の老人福祉法10条の4に基づくホームヘルパー派遣について,申出書の提出は職権発動の契機にすぎず,手続上の申請権を認めたものではないとした。これは旧制度の居宅サービスに関する判決であり,現行法の入所措置や各自治体の条例を直接判断したものではないが,「申請」という書式名と法令上の申請権を区別する際の重要な参照例である。
このため,法令の委任に基づかない高齢者緊急一時保護事業実施要綱による「申請」が,法的には老人福祉法11条の職権による入所措置の発動を求める申出にすぎない場合,不応答は行政不服審査法3条の「行政庁の不作為」に当たらず,不作為についての審査請求は不適法となる可能性が高い。もっとも,別の条例又は法令が申請権を付与している場合や,要綱が法令の委任を具体化したものである場合は結論が異なり得る。
3 期間と救済手段
処分についての審査請求期間を定める同法18条は,不作為についての審査請求にそのまま適用されない。不作為については,行政庁が処分をすべき相当の期間を経過した後に申し立てる。ただし,審査請求時まで不作為が続いていること,申請先・処分権限・標準処理期間の有無を確認する必要がある。
行政事件訴訟では,不作為の違法確認の訴え及び申請型義務付け訴訟も,法令に基づく申請を前提とする。要綱上の申出に法令上の申請権がないときは,名称を変えても同じ入口問題が残る。もっとも,高齢者の生命・身体に危険がある場面では,審査請求の可否とは別に,高齢者虐待防止法9条2項等に基づく市町村の保護義務,国家賠償法上の職務義務違反,成年後見の市町村長申立て等を検討する必要がある。
第10 受任直後の確認項目
1 最初に確保する書類
①処分通知書と封筒,②送達・受信記録,③申請書と添付資料,④行政庁からの照会・補正依頼,⑤聞取り又は弁明の記録,⑥処分基準・審査基準,⑦教示文,⑧後続措置の予定を示す文書を確保する。
2 期限表を作る
少なくとも,審査請求の原則3月・1年と個別法による特則,取消訴訟の6か月・1年,執行又は後続処分の予定日,不服申立前置の有無を1枚の期限表にする。
土地改良法46条の対象処分については,知った日の翌日から30日という特則も期限表に記載する。
審査請求と取消訴訟は別の制度であり,一方の期限確認で他方を代用しない。
第11 関連記事
土地改良区の賦課金については,土地改良区からの賦課金請求は払う必要があるか―金額・免除・滞納・争い方を参照されたい。
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個別制度の審査請求は,労災保険の審査請求及び再審査請求,国税不服審判所,要介護認定の結果に納得できない場合の資料収集と争い方で説明している。
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電子提出の入力事項は,mintsで行政訴訟を提起する方法で整理している。
情報公開請求の不開示決定等に対する審査請求と情報公開・個人情報保護審査会の手続は,行政機関等に対する情報公開請求の基礎で説明している。
老人福祉法上の職権措置と申請権の関係は,老人福祉法の「やむを得ない事由による措置」で詳しく説明している。
第12 出典と確認範囲
②の2e-Gov法令検索「行政機関の保有する情報の公開に関する法律」18条・19条
⑤大阪高裁平成13年6月21日判決(平成10年(行コ)第71号)
本稿は行政不服審査法の一般的な審査請求を扱う。国税,地方税,社会保険,労災保険,入管,懲戒その他の個別法による申立先,期間,前置,再審査請求及び裁決主義は別途確認を要する。
土地改良区の賦課処分に関する追記は,令和8年10月13日に確認したe-Gov法令検索「土地改良法」46条及び行政不服審査法4条・18条・25条による。