第1 本記事の対象と結論
1 本記事の対象と基準日
本記事は,天皇が自ら国事に関する行為(以下「国事行為」という。)を行うことができない場合に,他の皇族がこれを行う二つの制度,すなわち摂政と国事行為の臨時代行について,憲法,皇室典範及び国事行為の臨時代行に関する法律(以下「臨時代行法」という。)の規定と,国会での政府答弁を整理するものである。
法令は,令和8年9月27日現在の条文をe-Gov法令検索で確認し,国会での答弁は,同日に国会会議録検索システムで原文を確認した。
皇室典範は,令和8年法律第66号による改正(令和8年10月24日施行予定)の前後の条文を確認した。
2 結論
①憲法4条2項は,天皇は法律の定めるところにより国事行為を委任することができると定め,これを受けた臨時代行法は,天皇に疾患又は事故があるときに,摂政を置くべき場合を除き,内閣の助言と承認により,摂政となる順位にある皇族に国事行為を委任して臨時に代行させることができるとしている。
②憲法5条により,皇室典範の定めるところにより摂政を置くときは,摂政は天皇の名で国事行為を行う。
③摂政は,天皇が成年に達しないときに置かれるほか(皇室典範16条1項),天皇が精神若しくは身体の重患又は重大な事故により国事行為を自らすることができないときに,皇室会議の議により置かれる(同条2項)。
④臨時代行は天皇の委任によって始まるのに対し,摂政は天皇の意思にかかわりなく置かれる点が,法案審議の際の政府答弁で両制度の違いとして説明された。
⑤昭和39年の法案審議で,宮内庁長官は,委任すること自体も国事行為として内閣の助言と承認が必要であり,委任を受けた皇族は,摂政と同じく天皇の名で国事行為を行うと答弁した。
⑥臨時代行法は,昭和46年の昭和天皇のヨーロッパ訪問の際に初めて適用され,その後も外国訪問や病気の際に用いられた。
⑦摂政が国事行為を他の皇族に委任できるかについて,憲法と臨時代行法に明文の規定はなく,本記事の調査範囲では,これを直接述べた政府答弁も見当たらなかった。
⑧もっとも,令和8年司法試験の短答式試験では,「天皇が国事行為を委任する行為も国事行為に当たるから、摂政は、国事行為を委任することができる。」との記述が出題され,法務省が公表した正解では,この記述は正しいものとされた。
第2 憲法の規定
1 国事行為と内閣の助言と承認
憲法3条は,「天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負ふ。」と定める。
憲法4条1項は,「天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない。」と定める。
憲法7条は,憲法改正・法律等の公布,国会の召集,衆議院の解散,国務大臣等の任免の認証,栄典の授与,儀式等の10項目を,天皇が内閣の助言と承認により国民のために行う国事行為として列挙している。
2 委任と摂政
憲法4条2項は,「天皇は、法律の定めるところにより、その国事に関する行為を委任することができる。」と定める。
憲法5条は,「皇室典範の定めるところにより摂政を置くときは、摂政は、天皇の名でその国事に関する行為を行ふ。この場合には、前条第一項の規定を準用する。」と定める。
憲法5条が準用しているのは4条1項であり,4条2項の委任の規定を準用する旨の文言はない。
第3 摂政
1 摂政を置く場合
皇室典範16条1項は,「天皇が成年に達しないときは、摂政を置く。」と定める。
同条2項は,「天皇が、精神若しくは身体の重患又は重大な事故により、国事に関する行為をみずからすることができないときは、皇室会議の議により、摂政を置く。」と定める。
天皇の成年は18年である(皇室典範22条)。
2 摂政となる者
皇室典範17条1項は,摂政は,①皇太子又は皇太孫,②親王及び王,③皇后,④皇太后,⑤太皇太后,⑥内親王及び女王の順序により,成年に達した皇族がこれに就任すると定める。
同条2項により,②の場合は皇位継承の順序に従い,⑥の場合は皇位継承の順序に準ずる。
摂政又は摂政となる順位にあたる者に精神若しくは身体の重患又は重大な事故があるときは,皇室会議の議により,摂政又は摂政となる順序を変えることができる(同法18条)。
3 摂政の廃止と在任中の地位
皇室典範20条は,16条2項の故障がなくなったときは,皇室会議の議により摂政を廃すると定める。
同法21条は,摂政はその在任中訴追されないが,これがため訴追の権利は害されないと定める。
4 皇室会議の議決
皇室会議は,皇族2人,衆議院及び参議院の議長及び副議長,内閣総理大臣,宮内庁の長並びに最高裁判所の長たる裁判官及びその他の裁判官1人の計10人で組織される(皇室典範28条)。
摂政の設置(16条2項),順序の変更(18条)及び廃止(20条)の議事は,出席した議員の3分の2以上の多数で決する(同法35条1項)。
これらの場合には,4人以上の議員の要求があるときは,議長は皇室会議を招集しなければならない(同法33条2項)。
最高裁判所長官が皇室会議の議員となることは,最高裁判所長官の地位,権限及び選任の記事でも紹介している。
第4 国事行為の臨時代行
1 委任の要件
臨時代行法1条は,同法は憲法4条2項の規定に基づく天皇の国事行為の委任による臨時代行について定めるものであるとしている。
同法2条1項は,「天皇は、精神若しくは身体の疾患又は事故があるときは、摂政を置くべき場合を除き、内閣の助言と承認により、国事に関する行為を皇室典範(昭和二十二年法律第三号)第十七条の規定により摂政となる順位にあたる皇族に委任して臨時に代行させることができる。」と定める。
摂政の要件が「重患」「重大な事故」であるのに対し,臨時代行の要件は「疾患」「事故」であり,程度の限定が付いていない。
昭和53年3月16日の参議院予算委員会で,内閣法制局長官は,摂政を置く要件を精神若しくは身体に著しい障害がある場合等と説明した上で,臨時代行の要件は「その著しいというのが実は外してあ」ると答弁している。
2 委任を受ける皇族
委任を受けるのは,皇室典範17条により摂政となる順位にあたる皇族である(臨時代行法2条1項)。
その皇族が成年に達しないとき,又は精神若しくは身体の疾患若しくは事故があるときは,天皇は,内閣の助言と承認により,皇室典範17条に定める順序に従って,成年に達し,かつ,故障がない他の皇族に委任をする(同条2項)。
3 委任の解除と終了
天皇は,その故障がなくなったとき,委任を受けた皇族に故障が生じたとき等には,内閣の助言と承認により,委任を解除する(臨時代行法3条)。
委任は,皇位の継承,摂政の設置又は委任を受けた皇族の皇族たる身分の離脱によって終了する(同法4条)。
4 公示と訴追の制限
国事行為が委任され,又は委任が解除されたときは,内閣がその旨を公示する(臨時代行法5条)。
委任を受けた皇族は,委任がされている間,訴追されないが,このため訴追の権利は害されない(同法6条)。
5 摂政との比較
| 項目 | 摂政 | 国事行為の臨時代行 |
|---|---|---|
| 憲法上の根拠 | 5条 | 4条2項 |
| 置かれる場合 | 天皇が成年に達しないとき,又は重患・重大な事故により国事行為を自らすることができないとき | 天皇に疾患又は事故があるとき(摂政を置くべき場合を除く。) |
| 始まり方 | 未成年の場合は当然に置かれ,重患・重大な事故の場合は皇室会議の議による | 天皇が内閣の助言と承認により委任する |
| 就任・受任する者 | 皇室典範17条の順序による成年の皇族 | 同条により摂政となる順位にあたる皇族 |
| 終わり方 | (16条2項の場合)故障がなくなったときに皇室会議の議により廃する | 委任の解除,皇位の継承,摂政の設置,身分の離脱 |
| 在任中の訴追 | 訴追されない | 委任の間は訴追されない |
第5 法案審議での政府答弁
1 委任の法的性質
臨時代行法案は,昭和39年の第46回国会で審議された。
昭和39年4月23日の参議院内閣委員会で,宇佐美毅宮内庁長官は,臨時代行は摂政を置くに至らない事故の場合であり,その場合は天皇に意思能力が存在するとして,「天皇の意思によって委任ざれる(ママ)というのが法律上の解釈のたてまえになろうかと思うのであります。」と答弁した。
同長官は続けて,「これはやはり委任するということは、国事行為として内閣の助言と承認は必要かと思います。」と述べた。
同年3月13日の衆議院内閣委員会で,宇佐美長官は,摂政を置くときは天皇の意思にかかわらず皇室会議で決まるのに対し,こちらの委任は天皇の意思がはっきりしている場合であって,摂政の場合とは根本的に違うと説明した。
2 天皇の名で行うこと
昭和39年3月17日の衆議院内閣委員会では,摂政は天皇の名で国事行為を行うが,臨時代行の委任を受けた者も天皇の名で行うのかとの質問に対し,宇佐美長官は,「本法は、委任代行という考え方でございまして、天皇の名においてという考え方でございます。」と答弁し,摂政の場合と同じかとの確認に「さようでございます。」と答えた。
3 委任の範囲
昭和39年3月13日の衆議院内閣委員会で,野田武夫総理府総務長官は,委任行為の中に別に制限がないから,法律の全般的解釈からは憲法7条の10項目の国事行為全般の委任になると答弁した。
同長官は,そのうえで,国事行為の重要性に照らした運用上の配慮を述べている。
4 摂政との区別
昭和39年3月19日の衆議院内閣委員会で,高辻正巳内閣法制次長は,摂政は天皇の意思にかかわりなく置かれる法定代行の制度であり,天皇の意思能力に瑕疵のない場合はむしろ委任によるべきであるという議論が旧憲法下の学説にもあったと説明した。
同年4月28日の参議院内閣委員会で,瓜生順良宮内庁次長は,臨時代行の例として,かぜで高い熱が続いて休んでいる場合や,外国旅行のため国内にいない場合を挙げた。
第6 実施例
昭和46年3月3日の参議院予算委員会で,高辻正巳内閣法制局長官は,予定されていた昭和天皇の外国訪問中の国事行為について問われ,臨時代行法の適用が「今回初めて行なわれることになると思います」と答弁した。
昭和55年2月21日の衆議院内閣委員会で,富田朝彦宮内庁長官は,昭和46年のヨーロッパ訪問と昭和50年のアメリカ訪問の際に,閣議の承認を経て臨時代行が行われ,皇太子が国事行為臨時代行者としての務めを果たしたと答弁した。
平成3年3月11日の衆議院予算委員会第一分科会で,宮尾盤宮内庁次長は,昭和天皇が病気になった昭和62年,手術を受けたとき及び病状が重くなった昭和63年に臨時代行の制度を用い,当時の皇太子が務めを果たしたと答弁した。
令和8年7月の皇室典範等改正法案の審議で,木原稔内閣官房長官は,皇族の身分を離れた者は,摂政,国事行為の臨時代行や皇室会議の議員といった法制度上の役割を担うことはできないと答弁した。
第7 摂政は国事行為を委任できるか
1 条文の状況
臨時代行法2条1項は,委任をする主体を「天皇」と定め,しかも「摂政を置くべき場合を除き」と定めており,摂政が置かれている場合の委任について定めた規定はない。
同法4条は,委任は摂政の設置によって終了すると定めている。
憲法5条が準用するのは4条1項だけであり,4条2項を準用する旨の文言はない。
他方で,摂政は天皇の名で国事行為を行い(憲法5条),前記第5の1の宮内庁長官の答弁は,委任すること自体を国事行為として説明している。
昭和47年3月30日の衆議院内閣委員会では,摂政が置かれた場合に天皇の名で国事行為を行うときは一部委任はできないと解釈してよいかとの質問に対し,宇佐美毅宮内庁長官は,「摂政の場合は、一々の委任行為ということはなくて、当然その行為をなさることだと思います。」と答弁した。
この答弁は,摂政が国事行為を行う仕組みを説明したものであり,摂政が他の皇族に国事行為を委任することの可否を述べたものではない。
2 司法試験での出題
令和8年司法試験の短答式試験(憲法)第11問は,天皇制に関する三つの記述の正誤を問うものであった。
その記述ウは,「天皇が国事行為を委任する行為も国事行為に当たるから、摂政は、国事行為を委任することができる。」というものであった。
法務省が公表した正解によれば,この記述(解答欄No.23)は正しいものとされた。
同じ問の記述アは,天皇は内閣の指名に基づいて最高裁判所の裁判官を任命するというもので,記述イは,国事行為の委任は皇室典範の定めるところにより行うというものであり,公表された正解ではいずれも誤りとされた。
最高裁判所の裁判官のうち内閣の指名に基づいて天皇が任命するのは長官だけであり(憲法6条2項),委任の根拠は,憲法4条2項のとおり「法律」(臨時代行法)である。
3 まとめ
摂政による委任を否定する明文はなく,委任が国事行為であるとすれば,天皇の名で国事行為を行う摂政がこれをすることができるという理解が,試験の正解の前提と考えられる。
これに対し,臨時代行法は天皇による委任だけを定め,摂政の設置によって委任が終了すると定めているため,摂政がどの法律の規定に基づいて委任をするのかは,条文上明らかではない。
本記事の調査範囲では,実際に摂政が国事行為を委任した例や,この点を直接述べた政府答弁は見当たらなかった。
第8 令和8年の皇室典範改正との関係
令和8年法律第66号(皇室典範等の一部を改正する法律)は,令和8年7月24日に公布され,皇室典範の改正部分は同年10月24日に施行される。
改正後の皇室典範38条は,一定の要件の下で親王等が皇族男子であった者の子孫である男子を養子とすることを認め,養子となった男子(養子皇族男子)は縁組の時から皇族となるとしている。
同条9項は,養子皇族男子に係る皇室典範17条(摂政の就任順序)の適用について読替えを定めている。
臨時代行法2条は委任を受ける皇族を皇室典範17条によって定めているため,同条の読替えは臨時代行の受任者の順序にも関係する。
読替えの具体的な内容は,同項の表によって定められている。
第9 関連記事
天皇の生前退位に関する国会答弁
天皇の崩御・即位に伴って行われる国事行為としての儀式に関する,昭和63年11月8日の衆議院決算委員会における質疑応答
最高裁判所長官の地位,権限及び選任―任命の仕組み,国民審査及び実務上の留意点
親任式及び認証官任命式
衆議院の解散―憲法上の根拠,手続及び先例
第10 出典・参考資料
1 法令
①日本国憲法(e-Gov法令検索)3条~7条
②皇室典範(e-Gov法令検索)16条~22条,28条,33条,35条,令和8年法律第66号による改正後の38条
③国事行為の臨時代行に関する法律(e-Gov法令検索)1条~6条
2 国会会議録
①第46回国会衆議院内閣委員会第9号(昭和39年3月13日)宇佐美毅宮内庁長官の答弁
②同委員会第9号(昭和39年3月13日)野田武夫総理府総務長官の答弁
③第46回国会衆議院内閣委員会第10号(昭和39年3月17日)宇佐美毅宮内庁長官の答弁
④同委員会第10号(昭和39年3月17日)宇佐美毅宮内庁長官の答弁(摂政の場合と同じか)
⑤第46回国会衆議院内閣委員会第11号(昭和39年3月19日)高辻正巳内閣法制次長の答弁
⑥第46回国会参議院内閣委員会第26号(昭和39年4月23日)宇佐美毅宮内庁長官の答弁
⑦第46回国会参議院内閣委員会第28号(昭和39年4月28日)瓜生順良宮内庁次長の答弁
⑧第65回国会参議院予算委員会第6号(昭和46年3月3日)高辻正巳内閣法制局長官の答弁
⑨第84回国会参議院予算委員会第12号(昭和53年3月16日)真田秀夫内閣法制局長官の答弁
⑩第91回国会衆議院内閣委員会第3号(昭和55年2月21日)富田朝彦宮内庁長官の答弁
⑪第120回国会衆議院予算委員会第一分科会第1号(平成3年3月11日)宮尾盤宮内庁次長の答弁
⑫第221回国会参議院皇室典範等の一部を改正する法律案特別委員会第2号(令和8年7月15日)木原稔内閣官房長官の答弁
⑬第68回国会衆議院内閣委員会第6号(昭和47年3月30日)宇佐美毅宮内庁長官の答弁
3 その他の公的資料
①法務省「令和8年司法試験問題」(短答式試験・憲法第11問)
②法務省「令和8年司法試験短答式試験結果」(正答及び配点)
4 調査範囲
国会会議録検索システムでは,令和8年9月27日に「国事行為 臨時代行」(昭和39年),「臨時代行」(昭和40年以降),「摂政 委任」(昭和22年以降)の語で検索し,該当する発言の原文を確認した。
摂政による委任の可否を直接述べた発言は,これらの検索結果の中には見当たらなかった。
臨時代行の実施回数の全体や,官報による公示の個別の内容は調査していない。