第1 本記事の対象と結論
1 本記事の対象
本記事は,被保険者や保険金受取人が自分の保険会社に請求する保険金(車両保険,人身傷害保険,火災保険,傷害保険,生命保険等)の支払が遅れた場合に,保険会社に対していつから遅延損害金を請求できるかを扱う。
交通事故の加害者に対する損害賠償債務は事故日から遅滞となるが(不法行為・交通事故の遅延損害金はいつから発生するか―事故日起算,弁護士費用及び損害費目ごとの起算日),保険会社の保険金支払債務は保険契約に基づく債務であり,遅滞となる時期の決まり方が異なる。
自賠責保険の被害者請求については,自動車損害賠償保障法16条の9に別の定めがあるので,自賠責保険の被害者請求と遅延損害金―自賠法16条の9の「必要な期間」,利率及び訴訟提起の実益を参照されたい。
本記事は,令和8年10月18日時点の法令及び公表資料に基づいている。
2 結論
① 約款で保険金の支払期限を定めていても,その期限が,保険事故・損害額等の確認をするための「相当の期間」を経過する日より後であるときは,相当の期間を経過する日が支払期限となる(保険法21条1項,52条1項,81条1項)。
② 支払期限を定めなかったときは,保険会社は,請求後,保険事故等の確認をするために必要な期間を経過するまでは遅滞の責任を負わない(同法21条2項,52条2項,81条2項)。
③ 被保険者等が正当な理由なく保険会社の調査を妨げ,又はこれに応じなかった場合は,それによって支払が遅れた期間について,保険会社は遅滞の責任を負わない(同法21条3項,52条3項,81条3項)。
④ ①と③に反する特約で被保険者等に不利なものは無効となる(同法26条,53条,82条)。
⑤ 損害保険会社の約款には,請求完了日からその日を含めて30日以内の支払を原則とし,警察等への照会が必要な場合等に期間を延長するものがある。
⑥ 保険法の制定前にも,最高裁平成9年3月25日判決は,30日の猶予期間の経過により履行期が到来するとし,必要な調査を終えた後に遅滞なく支払うというただし書によって履行期は延びないとしていた。
⑦ 遅延損害金の利率は,保険会社が遅滞の責任を負った最初の時点の法定利率によるので,令和2年4月1日以後に遅滞となった保険金は年3%である。
第2 保険法の規定
1 支払期限を定めた場合(保険法21条1項)
損害保険契約について,保険法21条1項は次のとおり定めている。
「保険給付を行う期限を定めた場合であっても、当該期限が、保険事故、てん補損害額、保険者が免責される事由その他の保険給付を行うために確認をすることが損害保険契約上必要とされる事項の確認をするための相当の期間を経過する日後の日であるときは、当該期間を経過する日をもって保険給付を行う期限とする。」
約款の支払期限が長すぎる場合でも,その期限がそのまま通用するのではなく,確認に必要な「相当の期間」を経過する日が期限となる。
期限を経過すれば,保険会社は遅滞の責任を負う。
2 支払期限を定めなかった場合(21条2項)
保険法21条2項は,「保険給付を行う期限を定めなかったときは、保険者は、保険給付の請求があった後、当該請求に係る保険事故及びてん補損害額の確認をするために必要な期間を経過するまでは、遅滞の責任を負わない。」と定めている。
期限の定めのない債務は請求を受けた時から遅滞となるのが民法の原則であるが(民法412条3項),保険金については,確認に必要な期間が経過するまで遅滞にならない。
3 調査を妨げた場合(21条3項)
保険法21条3項は,保険会社が確認に必要な調査を行うに当たり,「保険契約者又は被保険者が正当な理由なく当該調査を妨げ、又はこれに応じなかった場合には、保険者は、これにより保険給付を遅延した期間について、遅滞の責任を負わない。」と定めている。
保険会社から求められた書類の提出や調査への協力に正当な理由なく応じないと,その期間の遅延損害金は請求できない。
4 被保険者に不利な特約は無効(26条)
保険法26条は,「第十五条、第二十一条第一項若しくは第三項又は前二条の規定に反する特約で被保険者に不利なものは、無効とする。」と定めている。
21条1項と3項は,被保険者に不利な方向に約款で変えることができない片面的強行規定である。
これに対し,21条2項は期限を定めなかった場合の規定であり,26条の対象に掲げられていない。
5 生命保険・傷害疾病定額保険(52条,81条)
生命保険契約については保険法52条が,傷害疾病定額保険契約については同法81条が,21条と同じ構造の規定を置いている。
被保険者に不利な特約の無効も,53条及び82条が定めている(いずれも保険金受取人に不利なものを無効とする)。
6 施行日と経過措置
保険法(平成20年法律第56号)は,平成22年4月1日から施行された(金融庁「保険法等の施行に伴う政令及び内閣府令等の公布について」(平成21年12月24日))。
同法は原則として施行日以後に締結された保険契約に適用されるが(附則2条),施行日前に締結された保険契約であっても,保険事故(傷害疾病定額保険では給付事由)が施行日以後に発生した場合には,21条・26条,52条・53条及び81条・82条が適用される(附則3条2項,4条2項,5条2項)。
第3 約款の支払時期の定め
1 請求完了日から30日以内の原則
損害保険会社の約款には,必要書類の提出等の手続が完了した日から30日以内に保険金を支払うことを原則とするものがある。
例えば,SOMPOダイレクトの「保険金の支払方法・時期(履行期)について」は,「必要となる書類をご提出いただく等、必要な手続きを完了した日からその日を含めて30日以内に、当社が保険金をお支払いするために必要な書類の事項の確認を終え、保険金をお支払いします。」と説明している。
2 特別な照会・調査が必要な場合の延長
同じページは,「特別な照会・調査等が不可欠な場合、当社は、確認が必要な事項およびその確認を終えるべき時期を通知し、お支払いまでの期間を延長することがあります。」とし,延長後の日数の例を次のとおり示している。
| 期間を延長する場合 | 延長後の日数 |
|---|---|
| 警察,検察,消防その他の公の機関による捜査・調査結果の照会を行う場合 | 180日 |
| 医療機関,検査機関その他の専門機関による診断,鑑定等の結果の照会を行う場合 | 90日 |
| 災害救助法が適用された災害の被災地域における必要な事項の確認のための調査を行う場合 | 60日 |
同ページは,「必要書類や延長期間は、商品や事故内容によって異なります。」としているので,実際の日数は契約した保険会社・商品の約款で確認する必要がある。
同ページによれば,同社は,火災保険・地震保険では平成22年1月1日以降に発生した事故から,その他の商品では同年4月1日以降に発生した事故から,支払時期をこのように明確化している。
3 約款の期限と保険法21条1項の関係
約款が延長後の期限を定めていても,その期限が個々の事案で確認に必要な「相当の期間」を経過する日より後であれば,保険法21条1項により,相当の期間を経過する日が支払期限となる。
例えば,警察への照会が必要とされた事案でも,照会の結果を待つまでもなく確認を終えられる状況になっていれば,約款の180日を待たずに期限が到来する可能性がある。
争いになった場合は,約款の日数だけでなく,保険会社がいつ何を確認し,いつ確認を終えたかが問題となる。
第4 裁判例
1 最高裁平成9年3月25日判決(ただし書では履行期は延びない)
最高裁平成9年3月25日判決(平成5年(オ)第1858号,民集51巻3号1565頁)は,保険法の制定前の火災保険普通保険約款の支払時期条項について判断したものである。
この約款は,手続をした日から30日以内に保険金を支払うとし,「ただし、当会社が、この期間内に必要な調査を終えることができないときは、これを終えた後、遅滞なく、保険金を支払います。」というただし書を置いていた(判決全文2頁)。
最高裁は,調査のための猶予期間を約款で定めることについて,「その期間が調査のために通常必要とされる合理的な範囲内であって、これにより被保険者が損害発生後遅滞なく損害のてん補を受ける利益が実質的に害されない限り、その規定は有効なものといわなければならない。」とした(判決全文4頁)。
他方,ただし書については,「右ただし書の文言は極めて抽象的であって、何をもって必要な調査というのかが条項上明らかでない」とし,「これ自体では保険契約者等の法律上の権利義務の内容を定めた特約と解することはできず」,事務処理上の準則を明らかにしたものにすぎないとした(判決全文4頁~5頁)。
その結果,保険会社は,「右期間内に必要な調査を終えることができなかったとしても、右期間経過後は保険金の支払について遅滞の責めを負うものと解するのが相当である。」とされた(判決全文5頁)。
同判決は,保険契約者等が調査を妨害したなどの特段の事情がある場合を例外として留保しており(判決全文4頁),この考え方は,保険法21条3項と同じ方向にある。
2 最高裁平成20年2月28日判決(合意による履行期の延期)
最高裁平成20年2月28日判決(平成19年(受)第733号,集民227号371頁)は,車両保険金の請求で,約款上の履行期が到来した後に,保険会社の代理人弁護士が「なお調査中」として調査への協力を求める文書を送り,被保険者がこれに協力した事案である。
最高裁は,平成9年判決を引いて,履行期はただし書にかかわらず請求手続の日からその日を含めて30日を経過した日に到来するとしたうえで,協力依頼書の送付は履行期を調査結果が出るまで延期することを求めるもので,被保険者は調査に協力することによりこれに応じたとし,「本件保険金請求権の履行期は,合意によって,本件免責通知書が上告人に到達した同月12日まで延期されたものというべきである。」とした(判決全文4頁~5頁)。
この判決は消滅時効の起算点についての判断であるが,調査への協力が履行期の延期の合意と評価されることがある点で,遅延損害金の起算日にも関係する。
保険金請求権の消滅時効については,保険金請求権の消滅時効の起算点―保険会社の調査による履行期の延期と最高裁平成20年2月28日判決で扱っている。
3 最高裁平成24年4月27日判決(無保険車傷害保険金)
最高裁平成24年4月27日判決(平成21年(受)第1923号,集民240号223頁)の事案では,約款に「被上告人は,被保険者又は保険金請求権者が保険金請求の手続をした日から30日以内に保険金を支払う。」との定めがあった(判決全文3頁)。
最高裁は,無保険車傷害保険金の支払債務に係る遅延損害金の利率を商事法定利率の年6分とし,保険金に対する「弁済期の翌日である平成18年3月21日から支払済みまで商事法定利率である年6分の割合による遅延損害金」の支払を認めた(判決全文6頁~7頁)。
起算日は判示事項として争われたものではないが,事故日ではなく約款上の弁済期の翌日から遅延損害金が付されている。
4 名古屋高裁平成26年1月23日判決(30日・180日型の約款)
名古屋高裁平成26年1月23日判決(平成25年(ネ)第699号)は,平成22年12月7日の交通事故の保険金請求事件である。
この保険契約では,請求完了日からその日を含めて30日以内に支払うが,警察,検察,消防その他の公の機関による捜査結果又は調査結果の照会が不可欠な場合には,請求完了日からその日を含めて180日を経過するまでに支払うと定められていた(判決全文18頁)。
保険会社は,必要資料の提出を受けた後,検察庁への調査等を行って支払を拒否した。
同判決は,保険会社が支払を拒否した日までに必要な調査を終えていたことから,「本件保険金支払期限は同日に到来したものというべき」とし,支払拒否日の翌日を遅延損害金の起算日とした(判決全文18頁~19頁)。
延長型の約款でも,180日が経過するまで当然に遅滞にならないのではなく,調査を終えた時点で期限が到来すると判断された例である。
なお,同判決は保険法21条に言及していない。
第5 遅延損害金の利率と計算
1 利率は遅滞の最初の時点の法定利率
金銭債務の不履行による損害賠償の額は,債務者が遅滞の責任を負った最初の時点における法定利率によって定まる(民法419条1項)。
保険金支払債務は保険契約に基づく債務であるため,平成24年判決は,改正前の商法514条により年6分としていた。
しかし,商法514条は民法の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(平成29年法律第45号)3条により削除され,同法4条3項後段は,令和2年4月1日(施行日)前に債務者が遅滞の責任を負った商行為によって生じた債権の遅延損害金の法定利率は「なお従前の例による」としている。
そのため,令和2年3月31日以前に遅滞となった保険金は年6分,令和2年4月1日以後に遅滞となった保険金は民法の法定利率(令和8年4月1日から令和11年3月31日までの期も年3%)による。
詳しくは,遅延損害金の利率は年3%か年5%か―令和2年4月1日の経過措置,商事法定利率の廃止及び3年ごとの見直しを参照されたい。
2 計算例
令和8年5月1日に必要書類を全部提出して請求が完了し,約款上の支払期限は同日を含めて30日以内とされていたが,保険会社が同年11月30日に保険金500万円を支払ったとする。
支払期限は令和8年5月30日であり,遅延損害金は翌日の同年5月31日から支払日の同年11月30日までの184日分となる。
起算日と支払日をいずれも算入し,年3%・1年を365日とする日割計算で,500万円×0.03×184日÷365日=7万5,616円(1円未満切捨て)となる。
もっとも,保険会社が警察への照会等を理由に期間の延長を通知していた場合や,被保険者が調査に応じなかった期間がある場合は,起算日が変わる。
第6 実務上の確認事項
① 請求完了日(必要書類を全部提出した日)を記録し,提出書類の控えと送付記録を残す。
② 保険会社から,確認が必要な事項と確認を終えるべき時期の通知(延長の通知)が来ているかを確認する。
③ 約款の支払時期条項を読み,原則の日数と延長の日数・事由を確認する。
④ 保険会社の調査(医療照会への同意,事情聴取,書類提出)に正当な理由なく応じないと,その期間の遅延損害金は請求できないので(保険法21条3項),調査には応じる。
⑤ 調査への協力を求める文書に応じると,履行期の延期の合意と評価されることがある(最高裁平成20年2月28日判決)ので,文書の趣旨を確認する。
⑥ 支払期限を過ぎて支払われた場合や訴訟で請求する場合は,期限の翌日からの遅延損害金を含めて請求する。
加害者に対する損害賠償の遅延損害金と,自分の保険会社に対する保険金の遅延損害金は別のものである。
人身傷害保険金を受け取った後に加害者へ請求できる遅延損害金については,人身傷害保険金を受け取った後も加害者に遅延損害金を請求できるか―最高裁平成24年2月20日判決と保険代位の範囲で扱っている。
第7 関連記事
① 遅延損害金に関するメモ書き
② 自賠責保険の被害者請求と遅延損害金―自賠法16条の9の「必要な期間」,利率及び訴訟提起の実益
③ 人身傷害保険金を受け取った後も加害者に遅延損害金を請求できるか―最高裁平成24年2月20日判決と保険代位の範囲
④ 遅延損害金の利率は年3%か年5%か―令和2年4月1日の経過措置,商事法定利率の廃止及び3年ごとの見直し
⑤ 保険金請求権の消滅時効の起算点―保険会社の調査による履行期の延期と最高裁平成20年2月28日判決
⑥ 人身傷害保険の補償範囲と請求順序―人傷先行・賠償先行,保険代位及び自賠責回収
⑦ 人身傷害保険金請求訴訟の訴状作成チェックリスト―管轄,当事者,請求原因,保険金計算,既払金及び保険代位
第8 出典・参考資料
1 法令
① 保険法21条,26条,52条,53条,81条,82条,附則2条~5条(e-Gov法令検索)
② 民法412条,419条(e-Gov法令検索)
③ 民法の一部を改正する法律の施行に伴う関係法律の整備等に関する法律(平成29年法律第45号)3条,4条3項(衆議院・制定法律)
④ 商法514条(現行は削除。改正前の条文はe-Gov法令検索・平成31年4月1日施行時点)
2 裁判例
① 最高裁平成9年3月25日判決(平成5年(オ)第1858号,民集51巻3号1565頁。裁判所HP)
② 最高裁平成20年2月28日判決(平成19年(受)第733号,集民227号371頁。裁判所HP)
③ 最高裁平成24年4月27日判決(平成21年(受)第1923号,集民240号223頁。裁判所HP)
④ 名古屋高裁平成26年1月23日判決(平成25年(ネ)第699号。裁判所HP)
3 公表資料
① 金融庁「保険法等の施行に伴う政令及び内閣府令等の公布について」(平成21年12月24日)
② SOMPOダイレクト「保険金の支払方法・時期(履行期)について」