第1 収入がない主婦・主夫も慰謝料を請求できるか
給与収入がないことだけを理由に,交通事故の慰謝料がなくなるわけではない。慰謝料は事故による精神的・肉体的な苦痛に対する賠償であり,働けなかったための収入減を補う休業損害とは項目が異なる。
まず示談案の「入通院慰謝料」「休業損害」「後遺障害慰謝料」「逸失利益」の欄を分けて確認する。慰謝料が記載されていても,家事への支障に関する休業損害が検討されていないことがある。
民法709条・710条は不法行為による財産以外の損害の賠償を定めている。請求には相手の賠償責任,事故と傷害の関係,損害などの検討が必要であり,「主婦だから一定額が必ずもらえる」という制度ではない。
1 最初に見るべき示談案の欄
| 項目 | 何を確認するか |
|---|---|
| 入通院慰謝料 | 傷害の内容,治療の経過,算定基準と対象期間 |
| 家事の休業損害 | 事故前の家事,できなくなった内容と期間,採用日額 |
| 後遺障害慰謝料 | 症状固定後の障害の有無,認定内容と算定基準 |
| 逸失利益 | 後遺障害が将来の家事や就労に与える支障 |
示談金の合計と慰謝料は同じではない。既に支払われた治療費,過失相殺,弁護士費用なども確認し,慰謝料相場と計算方法の各項目と照合する。
第2 慰謝料はいくらになるか
1 主婦・主夫専用の一律の慰謝料額はない
自賠責の支払基準と,民事の示談・裁判で検討する基準を区別する。家事の担当者であることだけで入通院慰謝料の日額や通院月数の表が自動的に変わるわけではない。傷害・治療の内容や経過,個別事情を確認する必要がある。
国土交通省が公表する自賠責の支払基準では,入通院慰謝料の日額は4300円である。ただし,対象日数は傷害の態様,実治療日数その他の事情を勘案して治療期間内で判断される。事故日によって適用される基準が異なる場合があるため,提示書面の事故日と使用基準も確認する。
2 仮の対象日数による計算例
例えば,4300円の日額を用い,慰謝料の対象日数が40日と判断された場合,入通院慰謝料の計算は4300円×40日=17万2000円となる。これは計算方法を示す仮定例であり,通院期間が40日なら必ずこの金額になるという意味ではない。
自賠責の傷害分の支払限度額120万円は,慰謝料だけの限度ではなく,治療関係費,文書料,休業損害などを含む傷害による損害全体の枠である。加害者に対する民事上の損害賠償が当然に120万円で打ち止めになるわけでもない。
3 自分の傷害に合う表を確認する
通院月数だけで相場を確定せず,入院の有無,骨折・手術の有無,治療の必要性,実際の通院状況を確認する。通院期間中に間隔が大きく空いた場合は,通院日数が少ない場合の入通院慰謝料も参照する。慰謝料を増やすためだけに受診回数を増やすのではなく,治療上必要な受診を医師と相談する。
第3 家事ができなかった損害は慰謝料と分ける
1 無収入でも家事の休業損害が問題になる
自賠責の支払基準は,家事従事者について休業による収入減少があったものとみなすことを定めている。原則日額6100円という説明は休業損害に関するものであり,慰謝料の日額4300円とは別である。
もっとも,主婦・主夫という呼び名だけで治療期間の全日を休業日数にできるわけではない。事故前に誰のためにどの家事を担っていたか,傷害によって何がどの程度できなくなったか,その支障がどの期間続いたかを整理する。
2 兼業の場合は給与と家事を二重に足さない
仕事をしている主婦・主夫は,給与の減収だけでなく家事への支障も確認する。一方で,同じ期間・支障について給与の休業損害と家事の休業損害を無条件に足し合わせる扱いにはできない。基礎収入,実際の役割,休業の程度を合わせて検討する必要がある。
家事労働の評価,兼業の場合の基礎収入,家事代行費との関係は,兼業家事従事者の休業損害と家事代行費で詳しく説明している。
第4 家事への支障を記録する
1 家事の名前だけでなく動作と支援を残す
「家事ができなかった」とだけ記すより,動作と期間を具体化する。例えば,洗濯物を持ち上げられない,立ち続けて調理できない,子どもの送迎を家族が代わった,という記録である。診療録に書かれた症状と生活上の支障が対応するかも確認する。
| 記録する事項 | 書き方の例 |
|---|---|
| 事故前の担当 | 家族分の調理,洗濯,掃除,送迎を誰が担っていたか |
| 支障と期間 | いつからいつまで,どの動作が困難だったか |
| 代替した人 | 家族の手伝い,外部サービスの利用,担当の変化 |
| 裏付け | 診断書,受診記録,日々のメモ,領収書,連絡記録 |
この表は本人が整理するための記録例であり,保険会社指定の請求書式ではない。既存の記録を保存し,後から事実に合わせてまとめる。記憶と当時の資料に食い違いがある場合は,その違いも説明できる形にする。
2 後遺障害が残った場合
治療中の家事の休業損害と,症状固定後に問題になる後遺障害慰謝料・逸失利益を分ける。痛みが続くという事情だけで後遺障害等級や将来の損害が自動的に決まるわけではない。医学的資料と具体的な家事・就労への支障を確認する。
将来の家事労働や就労能力の減少については,交通事故の後遺障害による逸失利益を参照する。
第5 示談前に保険会社へ確認すること
提示書面を受け取ったら,慰謝料の算定基準と対象期間,家事の休業損害を検討したか,検討した場合の日額・日数・減額理由,既払金の内訳を確認する。家事の損害が0円なら,「無収入だから」という説明なのか,家事への支障や証明資料の不足が理由なのかを区別する。
問合せでは,「事故前は家族の調理と洗濯を担当しており,事故後の○月○日から○月○日まで,○○の動作が困難で家族が代行した。家事の休業損害について,検討の有無,対象期間,日額と認めない部分の理由を確認したい」のように,事実と求める説明を分けて記載するとよい。
示談書に署名する前に,後遺障害の扱いと清算条項も確認する。説明と資料が対応しない場合は,書面をそろえて弁護士へ相談する。交渉の進め方は,交通事故の示談交渉を参照する。
第6 出典・参考資料
民法709条・710条。
金融庁・国土交通省の自賠責支払基準第2の2・3(PDF3頁)。
国土交通省「損害賠償を受けるときは?」。
以上は令和8年10月10日に確認した。計算例,記録表及び問合せの書き方は,本記事の説明用の整理である。