第1 判決の概要
1 事件と主文
東京地方裁判所刑事第13部は,令和8年5月26日,東京大学大学院医学系研究科に設置された社会連携講座をめぐり,大学側の担当者2人に遊興の接待を供与したとして贈賄罪に問われた法人代表者に対し,懲役1年,執行猶予3年の判決を言い渡した(東京地裁令和8年5月26日判決(令和8年(わ)第10564号))。
求刑は懲役1年2か月であった。
判決書の末尾には,刑事第13部の裁判官として池上弘裁判官の氏名が記載されている。
2 本記事の範囲
本記事は,裁判所HPで公表された判決書の「罪となるべき事実」と「量刑の理由」に基づき,接待を供与した側の判決を整理する。
接待を受けた側の刑事事件は,本記事の対象としていない。
第2 認定された事実
1 講座と被告人の立場
判決によれば,被告人は,東京大学に対し,令和5年4月1日に同大学大学院医学系研究科に設置された臨床カンナビノイド学講座の設置及び共同研究の申込みをしてその契約を締結していた一般社団法人の代表理事として,法人の業務全般を統括していた。
量刑の理由では,被告人がカンナビノイドを含有する化粧品の商品化を実現しようとしていたことが指摘されている。
2 接待を受けた2人の職務
接待を受けた一人は,医学系研究科の皮膚科学分野の教授で,附属病院の皮膚科長として,講座の設置手続,運営,研究内容の選定及び実施等を統括するなどの職務に従事していた。
もう一人は,令和5年3月31日までは医学部講師,同年4月1日以降は特任准教授で,皮膚科の一員として,講座の設置手続,運営,研究内容の選定及び実施等をするなどの職務に従事していた。
量刑の理由では,この2人を「担当教授及び講座長」と呼んでいる。
3 供与の趣旨と回数・金額
判決は,講座の設置手続,運営,研究内容の選定及び実施等について有利かつ便宜な取り計らいを受けたことに対する謝礼と,今後も同様の取り計らいを受けたいという趣旨で,接待が供与されたと認定した。
接待は,令和5年3月10日から令和6年8月9日までの間に,教授に対して28回(代金合計183万952円相当),もう一人に対して30回(代金合計196万7433円相当)行われた。
判決は,これらの接待の供与を,それぞれの職務に関して賄賂を供与したものと認めた。
4 国立大学法人の職員と贈賄罪
国立大学法人の役員及び職員は,刑法その他の罰則の適用については,法令により公務に従事する職員とみなされる(国立大学法人法19条)。
犯行当時の刑法198条は,公務員に賄賂を供与し,又はその申込み若しくは約束をした者を,3年以下の懲役又は250万円以下の罰金に処するとしていた。
公表された判決書には法令の適用の記載がないため,本記事ではこれらの条文の内容を紹介するにとどめる。
第3 量刑の理由
1 強要されたとの主張に対する判断
被告人は,担当教授らによる講座の廃止を恐れて,利益の供与を強要されたと主張した。
判決は,少なくとも犯行期間中の講座長とのメッセージ履歴には被告人の恐怖心をうかがわせる内容が見当たらず,時には被告人が講座長に対して強い態度を示したことも見受けられるとした。
また,当初は講座長から被告人の負担を気遣われる中でも,被告人の方が積極的な供与姿勢を示したことで担当教授らと癒着するようになり,常習的に犯行に及んだものと評価した。
2 不利な事情
判決は,講座の設置前後の1年余りにわたる28回から30回の接待の内容が,性的志向の強いものであったと指摘した。
その上で,東京大学における職務の公正さや廉潔性を強く害したとして,被告人の刑事責任は軽視できないとした。
3 有利な事情と結論
他方で,判決は,事件後に被告人が警察署へ赴いて一連の事実関係を供述したことで,全容が明らかになった面があることを指摘した。
そして,前科がない被告人に対しては,懲役刑を科した上で,情状証人として出廷した母の監督の下,社会内で更生を図るのが相当であると判断した。
主文は,被告人を懲役1年に処し,この裁判が確定した日から3年間その刑の執行を猶予するというものである。
第4 出典
東京地裁令和8年5月26日判決(令和8年(わ)第10564号)
同判決の判決書(裁判所HPのPDF)
国立大学法人法(e-Gov法令検索)
刑法(e-Gov法令検索)
池上弘裁判官(60期)の経歴