第1 事案の概要
1 判決の概要
東京地裁令和8年2月12日判決(令和7年刑(わ)第1699号)は,東京都世田谷区の認可外保育施設で生後4か月の乳児が睡眠中に窒息死した事件について,施設長と保育従事者の双方に業務上過失致死罪の成立を認めた。
施設長については保育体制の確保と職員への指導,保育従事者については寝かせ方と睡眠中の観察が,それぞれの注意義務として問題とされた。
審理したのは東京地方裁判所刑事第1部であり,裁判長は53期の今井理裁判官である。
2 事故の経過
令和5年12月13日,施設には0歳児5人を含む合計9人の乳幼児が預けられていた。
施設で唯一保育士資格を有していた施設長が外出し,保育士資格を有しない保育従事者2人で保育に当たっていた。
被告人となった保育従事者は,同日午後2時50分頃,独力で寝返りのできない生後4か月の乳児をうつ伏せの姿勢で敷き布団に寝かせ,乳児は鼻や口を塞がれて窒息により死亡した。
第2 施設長と保育従事者の過失
1 施設長の注意義務と過失
判決は,施設長には,保育業務に必要な知識及び技能を有する者を含む十分かつ適切な業務体制を確保するとともに,世田谷区が定めた認可外保育施設に対する指導監督基準に従い,睡眠中の乳幼児の顔色や呼吸の状態をきめ細かく観察・記録し,乳児を寝かせる場合には仰向けに寝かせるよう職員を指導するなどの注意義務があったとした。
その上で,施設長は,自らが外出を控え,あるいは必要な代替要員を確保するなどして適切な体制を確保することをせず,保育士資格を有しない2人だけの不十分かつ不適切な体制で保育を行わせたと認定した。
また,「寝かしつけるときには仰向けにする」などと口頭で指導するのみで,睡眠中の乳幼児の顔色や呼吸の状態を観察・記録するよう適切に指導していなかったとした。
2 保育従事者の注意義務と過失
判決は,保育従事者には,独力で寝返りのできない乳児をうつ伏せの姿勢で寝かせることを差し控え,布団等により鼻や口が塞がれないような措置を講じるとともに,就寝中の乳児の状態をきめ細かく観察すべき注意義務があったとした。
その上で,保育従事者が漫然と乳児をうつ伏せの姿勢で敷き布団に寝かせ,その状態をきめ細かく観察しなかった過失を認定した。
3 過失の競合
判決は,施設長の体制確保・指導上の過失と保育従事者の寝かせ方・観察上の過失とが競合したことにより,乳児が鼻や口を塞がれたことに気付かず,窒息により死亡させたと認定した。
第3 判決と量刑
1 主文
判決は,施設長を禁錮1年6月,保育従事者を禁錮10月に処し,いずれも3年間その刑の執行を猶予した。
求刑は,施設長につき禁錮1年6月,保育従事者につき禁錮10月であった。
2 量刑の理由
判決は,保育従事者について,自力で寝返りができない乳児をうつ伏せの姿勢で寝かせた過失は大きいとしつつ,施設長の外出により,経験の浅いアルバイト従業員と2人で0歳児5人を含む9人の保育を余儀なくされたために過失が誘発された面があるとした。
他方で,施設長については,保育業務を統括する立場にあった上,乳児の母親からうつ伏せ寝をさせないよう強く要望されていたのに,当然の指導をせず,乏しい人員状況を認識しながら漫然と外出したとして,その過失は保育従事者より数段重いとした。
その上で,結果は誠に重大であるとしながら,被告人両名が公訴事実を認めて謝罪と哀悼の意を表していること,前科がないこと,施設が加入していた損害保険から一定額の保険金が支払われる見込みがあることなどを考慮し,実刑をもって臨むべき事案とまではいえないと判断した。
第4 出典
裁判所HPの裁判例検索「東京地方裁判所 令和8年2月12日判決(令和7年刑(わ)第1699号)」
同判決の全文(PDF)(罪となるべき事実は1頁~2頁,量刑の理由は2頁~4頁)
今井理裁判官(53期)の経歴