第1 同期歌詞データと表示用SDKをめぐる争い
音楽アプリで再生に合わせて歌詞の色を変えるSDKをめぐり,東京地裁は,同じ機能を持つ二つのプログラムのソースコードを比較した。
Web APIとの通信やXMLの解析には共通点があったが,裁判所は,共通部分の創作性と比較対象となったコードの相違を検討し,複製・翻案を認めなかった。
同期歌詞データについても,対象の特定と取得・開示の時期が問題となった。
シンクパワーとソケッツはいずれも,音楽配信事業者向けに同期歌詞データを提供する事業を営んでいた。
レコチョクのAndroid端末向けアプリに組み込まれた両社のSDKは,Web APIを介して情報を要求し,サーバーから返るXMLを解析して,端末に同期歌詞を表示する機能を付加するものだった。
同期歌詞データは表示の素材であり,SDKは表示機能をアプリに組み込むためのプログラムである。
シンクパワーは,令和2年12月,ソケッツとレコチョクを被告として訴えを提起した。
東京地裁令和8年5月27日判決(令和2年(ワ)第32989号)は,ソケッツに対する訴えのうち,同期歌詞データの使用・開示の差止めと消去を求める部分を却下し,その余の請求を棄却した。
シンクパワーとレコチョクの間では,弁論準備手続期日において訴訟上の和解が成立しており,両社の令和7年2月19日の発表によれば,シンクパワーはレコチョクに対する訴えを取り下げ,レコチョクはこれに同意した。
ソケッツの令和8年10月7日付けの適時開示によれば,シンクパワーは同年6月11日に知的財産高等裁判所に控訴した。
裁判所公表の第一審判決,レコチョクとシンクパワーの共同発表,ソケッツの控訴に関する適時開示
第2 同じ機能を持つコードのどこを比べるか
著作権法10条1項9号はプログラムの著作物を例示し,同条3項はプログラム言語,規約及び解法に保護が及ばないと定める。
裁判所は,指令の表現,指令の組合せ及び指令の順序からなるプログラム全体に選択の幅が十分にあり,ありふれた表現ではなく作成者の個性が表れているかを検討した。
プログラムの基本的な仕組みや処理の流れ自体は,同項3号の解法として保護されないとした。
その上で,相手方のコードに接する者が元のコードの表現上の本質的な特徴を直接感得できるかを検討した。
翻案の意義について,判決は,言語の著作物に関する江差追分事件の最高裁判決を引用している。
著作権法,江差追分事件・最高裁平成13年6月28日判決(平成11年(受)第922号,民集55巻4号837頁)
Web APIとの通信に関する対象部分では,インスタンス変数や取得用のgetメソッド,コンストラクタから呼び出す初期化メソッド,ログの出力などに共通点があった。
裁判所は,Web APIとの通信に必要な情報を提供する指令の組合せがAPIの仕様に規制されて同様になりやすいことや,Javaで一般的に使われる書き方であることを踏まえ,共通部分をありふれた表現とした。
初期化を担当するメソッドや順序,取得した値の代入先,扱う情報などの相違も確認した。
XML解析に関する対象部分では,入力形式に応じたメソッド,解析時の繰返しと分岐,イベント通知,例外処理などに共通点があった。
裁判所は,既存のXMLパーサーの利用や,Javaで通常使われる構文の組合せを検討し,共通部分に創作性を認めなかった。
各対象部分の組合せに創作性を認める余地があると仮定しても,記述内容,順序及び組合せの違いから,本質的な特徴を直接感得できないとした。
第一審判決25~40頁
第3 行数と相違率の読み方
Web APIの対象部分は,シンクパワー側が89行,ソケッツ側が141行だった。
裁判所は,ソケッツ側の141行のうち少なくとも約44%が明らかに相違し,それ以外も具体的な記述が一致するわけではないとした。
XML解析の対象部分は,シンクパワー側が56行,ソケッツ側が65行だった。
裁判所は,ソケッツ側の65行のうち少なくとも約30%の行が明らかに相違するとした。
SDK全体のクラス数はシンクパワー側が56個,ソケッツ側が39個で,具体的な対比は双方とも各2クラスだった。
これらの数字は,記述内容や順序,組合せの違いと併せて検討された事情である。
比較表では,どちらのどの版の何行を分母としたか,コメントや空行を含むか,比較のために行を並べ替えたかを明示すると,数字が表す範囲を確認しやすい。
公表判決ではコード対照表の別紙が省略されており,本文から個々の行の集計までは再現できない。
第一審判決35~37頁・41~42頁・47頁
第4 営業秘密の使用・開示をどう判断したか
不正競争防止法2条6項の営業秘密には,秘密管理性,有用性及び非公知性が必要である。
本件で裁判所は,二つのSDKに共通するプログラム構造や記載は,書籍やウェブサイトに多数の記載例がある一般的な手法を組み合わせたありふれたものであり,シンクパワーのSDKを参照しなければ作成できないものではないとして,共通部分の情報が有用であるとはいえないとした。
その上で,シンクパワー側のSDKの営業秘密該当性を確定しないまま,ソケッツがそのSDKを参照した可能性を否定できないとしても,共通部分の情報に有用性がなく,共通する記載部分も全体との関係で極めて限定的であることから,同法2条1項7号の使用・開示に当たらないとした。
営業秘密を主張する場面では,何を秘密情報として保護するのかを特定し,相手が利用したと主張する箇所に結び付ける必要がある。
独自の設計や組合せを問題とする場合は,その内容と事業上の効用を,秘密管理や相手方による利用を示す資料と分けて整理するとよい。
不正競争防止法,第一審判決41~42頁
第5 限定提供データの差止めと損害賠償
差止め・消去について,原告は途中でデータベースの格納先による限定を外し,目録記載の楽曲演奏に対応する同期歌詞データを対象とした。
裁判所は,曲名,アーティスト名,アルバム名で楽曲演奏を特定しても,被告が別途作成・保有する無関係のデータが含まれ得るとして,訴えを却下した。
データそのものを識別できるよう,格納先,レコードID,版,基準日,提供元などから案件に合う項目を選び,目録と請求原因を対応させることが実務上の課題となる。
損害賠償では,限定提供データ制度の経過措置が問題になった。
第一審は,不正競争防止法2条1項11号について,令和元年7月1日より前の不正取得に係る行為には,施行日以後の開示を除き,改正後の同法3条・4条が適用されないとした。
同日以後の対象データの不正取得,又は施行前の不正取得を前提とした施行後の開示を裏付ける証拠が足りないとして,同法4条に基づく請求を棄却した。
裁判所は,利用者への楽曲ごとの配信について使用と開示を区別し,被告が配信主体だったという立証も足りないとした。
裁判所は,本件同期歌詞データが限定提供データに該当するかや,被告のデータが原告のデータと同じかを判断せずに結論を出した。
データの取得,契約先への提供,利用者への配信を,主体,日時,対象となる版,実際に渡った情報を分けて時系列に並べると,適用条文と証拠を対応させやすい。
第一審判決15~20頁,平成30年改正法(平成30年法律第33号)
第6 開発記録とデータの提供記録をどう残すか
コードの比較では,納品物とリポジトリの版を対応させ,復元したコードを使う場合は復元方法と原資料を記録する。
対照表では,仕様やライブラリ由来の記述,一般的な書き方,独自に選べた表現を分け,独自性を主張する箇所は選択できた別案と併せて示す。
参照可能性を示す仕様書の交付記録やアクセス履歴と,具体的な表現が利用されたことを示す資料には,別の欄を設ける。
データ提供契約では,提供対象と更新単位,許された利用・開示,受領者と提供経路,契約終了時に返還・消去する対象を,実際の運用と対応させる。
提供履歴は,誰がいつどの版のデータを誰に渡したかを後から確認できる粒度で残す。
これらは本判決を踏まえた実務上の整理方法である。
第7 出典・関連記事
東京地裁令和8年5月27日判決(令和2年(ワ)第32989号)
最高裁平成13年6月28日判決(平成11年(受)第922号,民集55巻4号837頁)
著作権法(e-Gov法令検索)
不正競争防止法(e-Gov法令検索)
不正競争防止法等の一部を改正する法律(平成30年法律第33号)(衆議院)
シンクパワー「レコチョクとシンクパワーの和解成立 および 同期歌詞データサービスの利用に関する契約締結について」(令和7年2月19日)
ソケッツ「(開示事項の経過)当社に対する控訴の提起に関するお知らせ」(令和8年10月7日)
自作プログラムの著作権は誰のものか―著作物性・職務著作と会社への譲渡前の確認
データベースを模倣されたときの立証―創作性・依拠性・一般不法行為・不正競争の分け方