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遺産分割で借金を一人に負担させられるか―債権者への責任,債務引受と不履行への対応(AI作成)

第1 相続人間の合意だけでは債権者への責任は消えない

遺産分割で「自宅を取得する長男が,父の借金を全部払う」と決めても,他の相続人が債権者への支払義務から当然に解放されるわけではない。
相続人同士で誰が負担するかという問題と,債権者が誰に請求できるかという問題は,分けて考える必要がある。

本記事は,相続開始時に存在する通常の貸金債務について,相続人全員が相続を単純承認し,遺言による相続分の指定等もない場合を中心に説明する。
保証債務,公租公課,住宅ローンの団体信用生命保険等は個別の規律・契約の確認が必要になるため,以下の計算例の対象に含めない。
法令の記載は,令和8年11月4日時点の現行法による。

相続人は,相続開始の時から,被相続人の財産に属した一切の権利義務を承継する(民法896条本文)。
各共同相続人は,その相続分に応じて被相続人の権利義務を承継し(民法899条),通常の金銭債務は,相続開始によって法定相続分に応じて当然に分割されると考えられている。
そのため,不動産や預貯金の取得者を遺産分割で決めるのと同じ方法で,債権者への責任まで自由に変えられるわけではない。

遺言で相続分が指定されている場合でも,相続債務の債権者は,各共同相続人に対し,法定相続分に応じて権利を行使することができる(民法902条の2本文)。
ただし,債権者が共同相続人の一人に対して指定相続分に応じた債務の承継を承認したときは,この限りでない(同条ただし書)。

裁判所の「裁判手続 家事事件Q&A」も,被相続人の債務は法定相続分に応じて当然に分割されるため原則として遺産分割の対象にならず,調停で特定の相続人が債務を相続する旨の合意が成立しても,相続人間の内部関係を決めたにすぎず,その内容を債権者に主張できるわけではないと説明している。
遺産分割協議書を債権者へ送ったという事実だけで,他の相続人の免責まで認められたと考えるのは危険である。

例えば,亡くなった父の借金の元本が1200万円で,相続人が子3人だけであり,各法定相続分が3分の1であるとする(民法900条4号本文)。
利息等を除いた承継債務は各400万円であり,長男が全額を支払うという内部合意だけでは,債権者による次男・三男への各400万円の請求を排除できない。

第2 履行引受,併存的債務引受,免責的債務引受の違い

相続人間の約束が,長男に他の相続人の分も債権者へ支払わせる趣旨であれば,履行引受として整理することが考えられる。
その場合,他の相続人は長男に約束どおりの支払を求める立場になるが,その合意だけで債権者が長男に対する直接の請求権を取得するとは限らない。
協議書の名称ではなく,誰が誰に対して何を約束し,債権者もその合意に関与したかを確認する。

方法債権者に対する関係他の相続人の免責
相続人間の履行引受引受人が他の相続人に対して支払を約束する合意だけでは生じない
併存的債務引受引受人も従来の債務者と連帯して同じ内容の債務を負う生じない
免責的債務引受引受人が同じ内容の債務を負い,従来の債務者がその債務を免れる法定の成立・効力要件を満たせば生じる

併存的債務引受は,債権者と引受人となる者との契約によってすることができるほか,債務者と引受人となる者との契約によってもすることができ,後者は債権者が引受人となる者に対して承諾をした時に効力を生ずる(民法470条2項・3項)。
もっとも,引受人は債務者と連帯して同一の内容の債務を負担するのであり(同条1項),支払う人が増える仕組みであるから,これを行っただけで従来の債務者が免責されるものではない。

免責的債務引受には,債権者と引受人となる者との契約による方法と,債務者と引受人となる者が契約をし,債権者が引受人となる者に対して承諾をする方法がある(民法472条2項・3項)。
前者は,債権者が債務者に対してその契約をした旨を通知した時に効力を生ずるため(同条2項後段),債権者との契約書だけで手続が終わったかも確認が必要である。
また,免責的債務引受の引受人は,債務者に対して求償権を取得しない(民法472条の3)。

実務では,免責される相続人,対象となる借入契約,元本・利息・遅延損害金の範囲,効力発生の時点を債権者と具体的に合意し,その成立・通知等の証拠を残すことが大切である。
単に「長男からの返済を受け取る」との対応と,「次男・三男には請求しない」との免責の合意を同じものとして扱わないようにする。

第3 約束した相続人が支払わない場合

他の相続人は,内部合意の内容に応じて,負担を引き受けた相続人に債権者への支払を求めることになる。
債権者から請求されて自分で弁済した場合には,その支出について内部合意に基づく償還請求を検討する。
支払先,期限,弁済済みの額,どの債務に充当されたかを整理し,同じ負担について二重の填補を求めないようにする。

「約束を破ったのだから,自宅の取得を白紙に戻せる」とは限らない。
最高裁平成元年2月9日判決(昭和59年(オ)第717号,民集43巻2号1頁)は,共同相続人間で遺産分割協議が成立した場合に,相続人の一人が協議において負担した債務を履行しないときであっても,その債権を有する相続人は,民法541条によって協議を解除することができないとした。

同判決は,遺産分割はその性質上協議の成立とともに終了し,その後は協議で債務を負担した相続人とその債権を取得した相続人との間の債権債務関係が残るだけであると説明している。
また,解除を認めると,民法909条本文により遡及効を有する遺産の再分割を余儀なくされ,法的安定性が著しく害されることも理由に挙げている。
したがって,単なる支払の遅れに対しては,まず協議に基づく履行請求・償還請求を具体化することになる。

この判断は,成立した協議を債務不履行を理由に一方的に解除できるかという問題についてのものである。
協議当初からの詐欺や錯誤等により協議の効力を争う場合とは,主張・立証すべき事情が異なる。
錯誤については,遺産分割協議における錯誤取消し―旧法の要素の錯誤,裁判例と実務対応(AI作成)も参照されたい。

第4 協議書を作る前に確認したい事項

まず,借入契約書,残高証明,返済予定表,督促状等から,債権者と対象債務を特定する。
元本だけでなく,利息や遅延損害金,担保・保証の有無も確認し,協議書に書いた「借金全部」が何を指すのかを明らかにする。

次に,内部の負担調整で足りるのか,他の相続人の債権者に対する免責まで必要なのかを決める。
免責が必要なら,財産取得の合意をする前に,債権者がどの条件で応じるかを確認し,債権者の承諾等を得られない場合の取扱いも協議しておくことが有用である。

内部合意には,支払先,期限,分割払の方法,支払を確認する資料の交付方法,他の相続人が支払った場合の精算方法を具体的に定めることが考えられる。
不履行時に金銭を回収できる見込みも重要であり,取得財産の価値だけでなく,引受人の支払能力を確認する。

例えば,「長男が借金を全部負担する」という一文だけで終えず,対象契約を特定した上で,「他の相続人の免責について債権者と別に合意するのか」「免責されるまでは誰が返済状況を管理するのか」まで明らかにする。
具体的な条項は,債権者との契約内容や返済方法に合わせて作成する必要がある。

第5 遺産を取得しない合意と相続放棄は別の手続

遺産分割で財産を取得しないことにしただけでは,通常の相続債務を債権者に対して免れることにはならない。
家庭裁判所への申述による相続放棄(民法938条)とは区別する必要がある。
相続の放棄をした者は,その相続に関しては,初めから相続人とならなかったものとみなされる(民法939条)。

相続の承認又は放棄は,原則として,自己のために相続の開始があったことを知った時から3か月以内にしなければならない(民法915条1項本文)。
相続財産の全部又は一部を処分したときや,この期間内に限定承認又は相続の放棄をしなかったときは,単純承認をしたものとみなされ(民法921条1号・2号),単純承認をした相続人は無限に被相続人の権利義務を承継する(民法920条)。
債務を承継するかどうか自体を検討している段階では,遺産の処分や協議書への署名を進める前に相談することが大切である。

第6 出典と関連記事

① 民法(e-Gov法令検索)470条,472条,472条の3,541条,896条,899条,900条,902条の2,909条,915条,920条,921条,938条,939条
② 裁判所「裁判手続 家事事件Q&A」
③ 最高裁平成元年2月9日判決(昭和59年(オ)第717号,民集43巻2号1頁)の全文

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