最高裁大法廷は,令和5年10月25日,性別の取扱いの変更審判について,生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠くことを求める要件を憲法13条に違反し無効と判断しました。ただし,外観要件まで多数意見が無効と判断したわけではありません。申立てでは,最高裁決定が無効とした要件,現在も裁判所案内に掲げられている要件,必要書類を分けて確認する必要があります。
第1 最高裁令和5年10月25日大法廷決定の結論
最高裁令和5年10月25日大法廷決定(令和2年(ク)第993号)は,性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律3条1項4号の生殖不能要件を,憲法13条に違反し無効としました。
最高裁は,医学的知見の進展により,必要な治療を受けたかどうかが性別適合手術の有無だけで決まるものではなくなったと指摘しました。その上で,生殖腺除去手術を受けるか,性自認に従った法令上の性別の取扱いを受ける重要な法的利益を断念するかという過酷な二者択一を迫ることは,必要かつ合理的な制約ではないと判断しました。
条文が形式上残っていても,違憲無効とされた生殖不能要件を満たさないことを理由に性別変更審判を拒むことはできません。
第2 現在の要件をどう読むか
裁判所の「性別の取扱いの変更」案内は,令和8年10月1日現在,次の事項を掲げています。
- 2人以上の医師により,法律上の「性同一性障害者」に該当すると診断されていること
- 18歳以上であること
- 現に婚姻していないこと
- 現に未成年の子がいないこと
- 生殖腺がないこと又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること
- 他の性別の性器の部分に近似する外観を備えていること
このうち5番目の生殖不能要件について,裁判所案内自体が,最高裁大法廷決定により憲法13条に違反し無効と判断されたと注記しています。実務では,単に条文又は古い書式を読むのではなく,この違憲無効判断を反映して要件を整理します。
第3 外観要件は別問題である
同法3条1項5号の外観要件は,「その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていること」を求めます。令和5年大法廷決定の多数意見は,原審がこの要件に関する申立人の主張を判断していなかったため,更に審理させる目的で事件を原審に差し戻しました。
反対意見には外観要件も違憲無効とする見解がありますが,多数意見の判断ではありません。現在の裁判所案内も外観要件を掲げています。そのため,「最高裁決定により性別適合手術に関する要件はすべてなくなった」と説明するのは正確ではありません。
外観要件への該当性,必要な医療資料及び申立先家庭裁判所の運用は,申立て時点で個別に確認します。令和5年大法廷決定後の差戻審や下級審実務を援用する場合は,報道や二次資料だけでなく,入手可能な裁判書本文で射程を確認する必要があります。
第4 申立人・管轄・費用
- 申立人:性別の取扱いの変更を求める本人です。
- 申立先:申立人の住所地を管轄する家庭裁判所です。
- 申立手数料:収入印紙800円分です。
- 連絡費用:連絡用の郵便切手が必要です。額と組合せは裁判所ごとに異なるため,申立先の案内を確認します。保管金による電子納付を利用できる場合もあります。
第5 申立てに必要な書類
裁判所の全国共通案内が標準的な添付書類として掲げるのは,次の書類です。
- 申立書
- 申立人の出生時から現在までの全ての戸籍謄本(除籍謄本・改製原戸籍謄本を含む。)
- 所定事項の記載がある2人以上の医師による診断書
診断書は通常の診断書なら何でもよいわけではありません。法律と厚生労働省令が定める事項を満たす必要があるため,裁判所窓口又は厚生労働省の記載要領・参考様式を用います。家庭裁判所は審理に必要な追加書類を求めることがあります。
第6 申立て前の確認手順
- 住所地と管轄を確認する:転居予定がある場合は,申立時の住所と管轄を確認します。
- 戸籍を出生まで遡る:現在戸籍だけでなく,転籍,婚姻,離婚,改製等の履歴を追い,連続した一式をそろえます。
- 婚姻・子の状況を確認する:現に婚姻していないこと,現に未成年の子がいないことを戸籍と現況で確認します。
- 医師2名の診断書を点検する:診断根拠,治療経過及び省令所定の記載事項に不足がないかを確認します。
- 生殖不能要件と外観要件を混同しない:4号は違憲無効ですが,5号は別に検討します。古い案内や診断書の記載を機械的に流用しません。
- 追加資料を説明できる形にする:医療記録,生活状況の説明書等を求められた場合に,提出目的とプライバシーへの影響を確認します。
第7 審判後の取扱い
特例法4条1項は,性別の取扱いの変更審判を受けた者について,法律に別段の定めがある場合を除き,民法その他の法令の適用上,性別が他の性別に変わったものとみなすと定めています。
審判が出ただけで全ての契約・登録・証明書の表示が自動的に変わるとは限りません。審判の確定後は,審判書謄本・確定証明書の要否を確認し,戸籍,住民票,マイナンバーカード,旅券,運転免許,健康保険,年金,金融機関,勤務先及び資格登録等について,それぞれの窓口と必要書類を確認します。
第8 実務上の注意点
- 最高裁決定を引用するときは,「生殖不能要件を違憲無効とした」ことと,「外観要件について多数意見は判断せず差し戻した」ことを必ず併記します。
- 本人の医療情報,戸籍及び性別変更申立ての事実は機微性が高いため,依頼受付,電子ファイル名,郵送物の宛名及び連絡方法を事前に確認します。
- 申立て時点の法令,裁判所書式,郵便料及び診断書様式を再確認します。
- 戸籍変更後の親子関係,相続,婚姻,生殖補助医療その他の法律関係は,特例法4条の「法律に別段の定めがある場合」を含め,個別に検討します。
第9 出典と確認範囲
③ e-Gov法令検索「性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律」
本記事の基準日は令和8年10月1日です。上記最高裁決定及び同日閲覧の裁判所手続案内を確認しました。判例秘書はセッション期限切れのため,本記事作成時には本文照合をしていません。令和5年大法廷決定後の差戻審結果・各地の下級審運用については,裁判所公式の公開全文を確認できた範囲に限って利用し,本記事では未確認の報道内容を判断根拠にしていません。