メインコンテンツへスキップ
       

ロッキード事件の嘱託証人尋問と最高裁判所の「不起訴宣明」―昭和51年の裁判官会議から最大判平成7年2月22日まで(AI作成)

第1 本記事の対象と結論

1 本記事の対象と基準日

本記事は,ロッキード事件の捜査で行われた米国在住の証人に対する嘱託証人尋問について,昭和51年に最高裁判所が裁判官会議の決議に基づいて「最高裁判所宣明書」を出した経緯と,最高裁判所大法廷平成7年2月22日判決がその嘱託証人尋問調書の証拠能力を否定するまでを整理する。
経緯は,国会会議録の答弁,同判決及びその控訴審である東京高等裁判所昭和62年7月29日判決の判文,並びに東京高等裁判所平成17年2月9日判決の別紙に掲載された最高裁判所裁判官会議の議事録(開示部分)によって確認した。
山本祐司『最高裁物語(下巻)』の記述は,帰属を明示して補足に用いた。
法令は,令和8年9月27日現在の条文をe-Gov法令検索で確認した。

2 結論

①東京地方検察庁の検察官は,昭和51年5月22日,刑事訴訟法226条に基づく証人尋問を東京地方裁判所の裁判官に請求し,その裁判官が米国の裁判所に証人尋問を嘱託した。
②検事総長と東京地方検察庁検事正は,証人らを刑事訴訟法248条により起訴猶予とする旨の宣明書を発したが,米国の連邦地方裁判所の判事は,日本国の最高裁判所のオーダー又はルールが提出されるまで証言調書を伝達してはならないと命じた。
③最高裁判所は,昭和51年7月14日の裁判官会議でこの命令の真意を調査することとし,事務総局刑事局第二課長と刑事局付の2名を米国に出張させた。
④最高裁判所は,同月24日の裁判官会議で,検事総長の確約が将来にわたり検察官によって遵守され,証人らが公訴を提起されることはないことを宣明する書面を米国の連邦地方裁判所に送付することを決定した。
⑤当時の最高裁判所刑事局長は,国会で,この宣明書を裁判所法12条に基づく司法行政上の措置と説明し,受訴裁判所の裁判を拘束するものではないと答弁した。
⑥控訴審の東京高等裁判所昭和62年7月29日判決は,最高裁判所の宣明は事実認識を明らかにしたにすぎないもので,裁判所法12条による司法行政権の行使として許容される範疇の行為であるとした。
⑦最高裁判所大法廷平成7年2月22日判決は,検事総長らの宣明によっていわゆる刑事免責が付与されたものと解した上で,刑事訴訟法は刑事免責の制度を採用していないとして嘱託証人尋問調書の証拠能力を否定したが,これを除いても犯罪事実を認定できるとして被告人2名の上告を棄却した。
⑧その後,平成28年法律第54号による刑事訴訟法の改正で,裁判所の決定により証言等を証人に不利益な証拠とすることができないこととする刑事免責の制度(157条の2・157条の3)が設けられた。

第2 嘱託証人尋問に至る経緯

1 刑事訴訟法226条に基づく証人尋問の請求

昭和51年10月15日に衆議院ロッキード問題に関する調査特別委員会で行われた法務大臣の中間報告によれば,同年3月24日に法務省と米国司法省との間で,関係資料を捜査,調査及び裁判のみに使用し,秘密保持を厳守すること,相互に司法共助の実現に最善の努力をすること等を内容とする司法取り決めが締結された。
同報告によれば,東京地方検察庁は,米国在住の関係人の任意の取調べを試みたが,関係人がこれを拒否したため,「五月二十二日刑事訴訟法二百二十六条に基づく起訴前の証人尋問を東京地方裁判所裁判官に請求し、同裁判官の嘱託決定を得て、検事二名を米国に派遣するなど右嘱託尋問の実現に鋭意努力をしました。」とされている。
刑事訴訟法226条は,「犯罪の捜査に欠くことのできない知識を有すると明らかに認められる者が、第二百二十三条第一項の規定による取調に対して、出頭又は供述を拒んだ場合には、第一回の公判期日前に限り、検察官は、裁判官にその者の証人尋問を請求することができる。」と定める。
同法228条1項は,この請求を受けた裁判官は,証人の尋問に関し,「裁判所又は裁判長と同一の権限を有する。」と定めている。

最高裁判所大法廷平成7年2月22日判決によれば,この請求は,被告人B外2名に対する贈賄及び氏名不詳者数名に対する収賄等を被疑事実とし,当時米国に在住していた証人らに対する証人尋問を,国際司法共助として同国の管轄司法機関に嘱託するよう求めるものであった。
嘱託先は,同判決では「カリフォルニア州中央地区連邦地方裁判所」,最高裁判所の裁判官会議の議事録では「中部カリフォルニア合衆国連邦地方裁判所」と表記されている。
国会の質疑では,証人はコーチャン,クラッター及びエリオットの3名とされている。

2 検事総長と東京地方検察庁検事正の宣明

東京高等裁判所昭和62年7月29日判決によれば,証人らが嘱託証人尋問の際も自己負罪拒否特権を行使して証言を拒否することが予想されたため,検事総長は昭和51年5月20日に,東京地方検察庁検事正は同月22日に,それぞれ宣明書を発した。
検事総長の宣明書は,「右各証人の証言内容及びこれに基づき将来入手する資料中に、仮に、日本国の法規に抵触するものがあるとしても、証言した事項については、右証人三名を日本国刑事訴訟法二四八条によって起訴を猶予するよう東京地方検察庁検事正に指示している。この意思決定は、当職の後継者を拘束するものである。」という趣旨のものであった。
東京地方検察庁検事正の宣明書も,同じ証人3名を同条によって起訴猶予とし,「この意思決定は、当職の後継者を拘束するものである。」という趣旨のものであった。
同判決によれば,東京地方裁判所の裁判官は,嘱託書に,検察官が起訴を猶予する意思がある旨を証人に告げた上で尋問されたいと希望しているので,「貴国国内法において許容される範囲内で右希望に添う措置をとるよう要請する。」旨を付記した。
刑事訴訟法248条は,「犯人の性格、年齢及び境遇、犯罪の軽重及び情状並びに犯罪後の情況により訴追を必要としないときは、公訴を提起しないことができる。」と定める。
山本祐司『最高裁物語(下巻)』(講談社+α文庫,1997年)222頁及び226頁は,当時の検事総長を布施健,東京地方検察庁検事正を高瀬礼二と記している。

3 ファーガソン判事の命令

東京高等裁判所昭和62年7月29日判決によれば,昭和51年6月25日,最初の証人は日本国において刑事訴追を受けるおそれがあることを理由に証言を拒否し,他の証人も同様の意向を表明したため,前記の各宣明書が証人らに交付された。
しかし,宣明によって日本国の法規上適法に免責が得られたか否かについて異議申立て等がされ,証人尋問手続は一時停滞した。
同判決によれば,同年7月6日,連邦地方裁判所の所長代行の判事は,「日本の司法機関のみが日本国憲法三八条に基づいてイミュニティを付与する権利を有するというのが、私の熟慮した上での意見である。」との見解を示した。
その上で,この判事は,証言録取の開始を命じるとともに,「本件証人がその証言において明らかにしたあらゆる情報を理由として、また右証言した結果として入手されるあらゆる情報を理由として、日本国領土内において起訴されることがない旨を明確にした日本国最高裁判所のオーダー又はルールを日本国政府が当裁判所に提出するまで、本件嘱託書に基づく証言調書を伝達してはならない。」と命じた。
最高裁判所大法廷平成7年2月22日判決は,この判事を「ファーガソン判事」としている。
昭和53年3月22日の衆議院法務委員会で,岡垣勲最高裁判所刑事局長は,「中部カリフォルニア合衆国連邦地方裁判所のウォーレン・J・ファーガソンという裁判官が七月六日に決定をいたしました。」と答弁している。

岡垣刑事局長は,昭和51年7月15日の衆議院ロッキード問題に関する調査特別委員会で,ファーガソン決定には「日本国において将来その証人が起訴されることのないということを事実上ではなく法律上保証するという文言が入っておる」と述べた。
その上で,文言どおりに受け止めると,「現在の刑事訴訟法なりあるいは検察審査会法なりというものとの関連できわめて困難であることは、これはどなたもおわかりになれるところだと思います。」と答弁した。
同年7月21日の参議院ロッキード問題に関する調査特別委員会で,安原美穂法務省刑事局長は,命令の趣旨を,日本国の最高裁判所が起訴されることがないことを明確にした規則又は決定を提出するまでは,証言が得られても日本国の裁判所に伝達してはならないとするものと要約した。

第3 最高裁判所の対応

1 昭和51年7月14日の裁判官会議と職員の派遣

東京高等裁判所平成17年2月9日判決の別紙3には,昭和51年7月14日の最高裁判所裁判官会議の議事録のうち開示された部分が掲載されている。
それによれば,刑事局関係事項として,「A刑事局長より,別紙に基づき,ロッキード事件の尋問嘱託の経過,C決定の趣旨,及び同決定に対する対応策につき説明あり,意見を交換の上,同決定の真意を把握するための調査を行い,その上で対応策を検討することを了承する。」と記載されている。
人事の項には,「C決定の調査のため約十日間の予定で,最高裁判所事務総局刑事局第二課長H及び同刑事局付Iの両名にアメリカ合衆国へ出張を命ずることを諮り,決定する。」と記載されている。

翌7月15日の衆議院ロッキード問題に関する調査特別委員会で,岡垣刑事局長は,裁判官会議の結果として事務当局に「場合によっては現地に人を派遣して調査する必要もある」との指示があったと答弁した。
同局長は,前日のうちに外務省を通じて米国の司法当局と接触できるかどうかを交渉していると述べた。
同年7月21日の参議院ロッキード問題に関する調査特別委員会で,同局長は,「最高裁からは、岡田課長とそれから局付一名と、二名の裁判官を派遣いたしまして、ファーガソン判事とは会談をいたしました。」と答弁した。
同月29日の衆議院の委員会では,質問した委員がこの課長を「岡田二課長」と呼んでいる。
前記『最高裁物語(下巻)』222頁は,派遣された課長を岡田良雄としている。

派遣の目的について,岡垣刑事局長は,同年8月4日の参議院ロッキード問題に関する調査特別委員会で,ルールという言葉は規則,規程,内規,通達まで含む幅の広い概念であり,刑事訴訟規則のようなものとぴたりと合うものではないと説明した。
同局長は,米国の刑事免責には起訴禁止のトランザクショナル・イミュニティーと証拠禁止のユース・イミュニティーがあり,ファーガソン裁定は起訴禁止を求めているようであるがその点も明らかではないとした上で,「かけられた問いの意味を明らかにしないで答えるというわけにはいかない」ため調査に行ったと述べた。
同局長は,同年7月29日の衆議院ロッキード問題に関する調査特別委員会で,派遣の結果について,「その結果、得た感触では必ずしも、そういう決定だとか、あるいは訴訟規則をつくるとかいうことには限られないという感触を得て帰ったわけでございます。」と答弁した。
前記『最高裁物語(下巻)』223頁は,ファーガソン判事が派遣された課長に「何も法律改正をする必要はありませんよ。日本の態度がはっきりすればよいのですから、最高裁の意見でもいいんですよ」と述べたと記している。

2 検事総長の第二次宣明

東京高等裁判所昭和62年7月29日判決によれば,検察当局は,ファーガソン判事の命令に対応する措置として,検事総長名義で昭和51年7月21日付けの最高裁判所あての宣明書を発した。
この宣明書は,先の宣明書の内容を再確認した上で,「当職は、ここに改めて、前記三名の証人に対しその証言及びその証言の結果として入手されるあらゆる情報を理由として日本国領土内で公訴を提起しないことを確約する。」旨を記載したものであった。
同判決は,この第二次宣明が最高裁判所あてになされているのは,ファーガソン判事の命令が最高裁判所からの文書の提出を求めていることと「形式的に対応させるため」であるとしている。

3 昭和51年7月24日の裁判官会議と宣明書

東京高等裁判所平成17年2月9日判決の別紙4には,昭和51年7月24日の最高裁判所裁判官会議の議事録のうち開示された部分が掲載されている。
それによれば,刑事局関係事項として,「A刑事局長より,別紙に基づき説明あり,次いでB事務総長より,資料一号と同趣旨の書類を送付することについては,本日欠席のJ,K両裁判官もあらかじめ了承ずみである旨の補足説明あり,意見交換の後,資料一号中『右は』を『この宣明は』と修正の上,これを中部カリフォルニア合衆国連邦地方裁判所裁判官に送付することを決定する。」と記載されている。
岡垣刑事局長は,同年8月4日の参議院の委員会で,宣明書は全員一致であり,当日は2名が欠席して13名が出席し,欠席した2名からも事前に賛成である旨を聞いていたと答弁した。

岡垣刑事局長は,同年7月29日の衆議院の委員会で,裁判官会議で送付を決めた書面について,「最高裁判所宣明書という題になっております。」と答弁した。
同じ委員会で,安原法務省刑事局長は,最高裁判所の宣明の文言を「最高裁判所は、前記の諸事情にかんがみ、検事総長の右確約が将来にわたりわが国のいかなる検察官によっても遵守され、本件各証人らがその証言及びその結果として入手されるあらゆる情報を理由として公訴を提起されることはないことを宣明する。」と読み上げた。
東京高等裁判所昭和62年7月29日判決も,最高裁判所が昭和51年7月24日にこれと同旨の文言の宣明書を発したと認定している。
岡垣刑事局長は,この宣明書が「ロッキード事件についての証人尋問についてのみ出されたもの」であると答弁した。
昭和53年3月22日の衆議院法務委員会では,質問した委員が,この宣明書は「最高裁判所長官藤林益三名義」であると述べている。
前記『最高裁物語(下巻)』224頁は,決議の文書に署名があったのは藤林益三長官だけであったと記している。

裁判所法12条1項は,「最高裁判所が司法行政事務を行うのは、裁判官会議の議によるものとし、最高裁判所長官が、これを総括する。」と定める。
同条2項は,「裁判官会議は、全員の裁判官でこれを組織し、最高裁判所長官が、その議長となる。」と定めている。

4 米国の裁判所による解除と調書の送付

東京高等裁判所昭和62年7月29日判決によれば,各宣明書の内容は昭和51年7月24日のうちに外交経路を経て米国の裁判所に伝達され,同裁判所の所長の判事は,宣明書によって命令の条件が充足されたものと認め,証人らの証言を直ちに反訳し,伝達すべきことを命じた。
同判決によれば,最初の証人について同年7月6日ないし9日に行われた4日分の証言調書は,同年8月5日に日本側に送付する手続がとられた。
岡垣刑事局長は,同年7月29日の衆議院の委員会で,スチーブンス所長がした決定の仮訳として,「一九七六年七月六日の裁判所の決定に関して日本国最高裁判所は宣明書を発した。それで、その英訳文を命令に添付する。したがって、東京地方裁判所の尋問嘱託に基づいて、証人らの証言調書を直ちに翻訳し送付することを命令する。」という内容を紹介した。
同局長は,この決定が電信で外務省を通じて届いたと答弁した。
前記の中間報告によれば,クラッター及びエリオットの尋問は米国の刑罰法令上の刑事免責に関する問題により一時延期されたが,同年9月8日に開始され,同月29日に嘱託証人尋問は終了した。

第4 宣明書の法的性格

1 最高裁判所刑事局長の答弁

岡垣刑事局長は,昭和51年7月29日の衆議院の委員会で,宣明書の性質について,「この下級裁判所がした嘱託の目的が達せられるように何らかの努力をするということは、これは最高裁判所がやるべき司法行政上の行為として当然のことであろうということでやられたものでございます。」と答弁した。
同局長は,宣明書の効力が検察庁の訴追に及ぶかという質問に対し,「宣明書というのはあて名というものはございませんので、最高裁判所がただそういうことを宣明しておる。」と答えた。
同局長は,同年8月4日の参議院の委員会で,最高裁判所は,検察官があらかじめ起訴猶予を約束したことの当否を「前提にして今回の措置をとったものではございません。」と答弁した。
同局長は,同じ答弁で,下級裁判所の嘱託した証人尋問調書が円滑に得られる方法があり,それが現行法の範囲内でできることであれば,「当然最高裁判所としてすべき司法行政の範囲に入るであろう」と考えて措置がとられたと述べた。

昭和53年3月22日の衆議院法務委員会で,同局長は,宣明書の法的性質について,訴訟で争われているとして詳しい説明を控えつつ,宣明書は「具体的事件について受訴裁判所がいろいろとこれから裁判されていく上において何らの拘束力も持たないところの司法行政上の措置である」と答弁した。
同局長は,同じ答弁で,裁判官会議が,「裁判所法の十二条の規定に基づく司法行政上の措置としてこのような内容の宣明書を出すということを御決定になった」と述べている。

2 国会での疑問と法務省の答弁

昭和51年8月4日の参議院の委員会では,秦野章委員が,「司法行政というのはそもそも内輪のことを決めるので、外の被告人やなんかに影響するようなことをやるのじゃないのですよね、本来は。」と述べ,最高裁判所が検事総長を手伝うことには批判があると質問した。
同年7月29日の衆議院の委員会で,永末英一委員は,宣明書が検察庁の訴追について日本の法令上何らかの効力を及ぼすものではない性格のものかと質問した。
同じ委員会で,安原法務省刑事局長は,最高裁判所の宣明について,「検察庁、検事総長以下の証人並びにアメリカの裁判所に対する確約を最高裁判所が保証していただいたというふうに私どもは理解をいたしております。」と答弁した。
同局長は,検察審査会との関係について,起訴猶予に対する検察審査会の権限を排除するものではないが,検察審査会の意見は検察庁を拘束しないため,「検察庁としては確約を守るわけでございます。」と答弁した。

3 控訴審判決の判断

東京高等裁判所昭和62年7月29日判決では,弁護人が,最高裁判所の宣明は法的免責を付与する内容のものであって違法であるなどと主張した。
同判決は,最高裁判所の宣明について,証人らが公訴を提起されることがない旨の「事実認識を明らかにしたにすぎないものと理解される」とした。
同判決は,「証人らに対する免責が法令に基づき付与されるものであるとの法的判断を示したものではなく、また、最高裁判所の決定に基づき免責を付与するものであることを示したものでもないことが明らかである」とした。
そして,同判決は,最高裁判所は,「裁判体として嘱託にかかわる事件について司法判断を示したものではなく、司法行政の主体として、下級裁判所の司法権の行使を適正、円滑ならしめる必要から、その目的をもって司法行政上の作用として右措置をとったことが明らかであって、裁判所法一二条による司法行政権の行使として許容される範疇の行為であるから、なんら違法性を有するものではない。」とした。
同判決は,宣明の前提として嘱託手続の適法性について一応の判断がされていると解する余地があるとしても,その判断は「事件についての司法判断と性質を異にする司法行政上の判断であって裁判体に対する拘束性を有するものではない」とした。
前記『最高裁物語(下巻)』227頁は,第一審の東京地方裁判所が最高裁判所の宣明について「宣明の性質は事実認識の表明であって司法行政作用の範囲内である」と述べたと紹介している。

第5 最高裁判所大法廷平成7年2月22日判決

1 判決の概要

最高裁判所大法廷平成7年2月22日判決(昭和62年(あ)第1351号,刑集49巻2号1頁)は,外国為替及び外国貿易管理法違反,贈賄,議院における証人の宣誓及び証言等に関する法律違反被告事件の上告審判決である。
裁判長は草場良八最高裁判所長官であった。
国会の質疑では,この判決は,ロッキード事件の丸紅ルートの上告審判決と呼ばれている。
判決の主文は「本件各上告を棄却する。」であり,判文上の被告人はA及びBの2名である。
前記『最高裁物語(下巻)』227頁によれば,田中角栄元首相は,平成5年12月16日,大法廷の判決を受けることなく死亡した。

同判決によれば,嘱託証人尋問調書は,第一審裁判所において刑事訴訟法321条1項3号の書面として取り調べられ,犯罪事実を認定する証拠として挙示されていた。
高橋省吾最高裁判所刑事局長は,平成7年4月11日の衆議院法務委員会で,第一審判決は刑事免責は合理的理由があり適法であるとし,第二審判決は嘱託尋問調書を刑事訴訟法321条1項3号に該当するとして証拠能力を肯定したと答弁した。

大法廷判決は,嘱託証人尋問調書の証拠能力を肯定した原判決を論難する上告趣意について,「本件嘱託証人尋問調書を除いても、原判決の是認する第一審判決の挙示するその余の関係証拠によって、同判決の判示する本件各犯罪事実を優に認定することができるから、所論は、原判決の結論に影響を及ぼさない主張というべきである。」とした。
その上で,同判決は,「所論の重要性にかんがみ、本件嘱託証人尋問調書の証拠能力の有無について、以下判断を示すこととする。」として,「本件嘱託証人尋問調書の証拠能力を肯定した原判決は、是認することができない。」とした。
同判決は,内閣総理大臣が運輸大臣に対し民間航空会社に特定機種の航空機の選定購入を勧奨するよう働き掛けることは,内閣総理大臣の運輸大臣に対する指示として賄賂罪の職務行為に当たるとして,被告人Bにつき贈賄罪の成立を肯定した原判決の結論を是認した。

2 宣明の経緯についての判示

同判決は,最高裁判所の関与について,「検事総長が改めてCらに対しては将来にわたり公訴を提起しないことを確約する旨の宣明をし、最高裁判所は検事総長の右確約が将来にわたり我が国の検察官によって遵守される旨の宣明をし、これらが右連邦地方裁判所に伝達された。」と認定した。
その上で,同判決は,「前記の検事総長及び東京地方検察庁検事正の各宣明は、Cらの証言を法律上強制する目的の下に、同人らに対し、我が国において、その証言内容等に関し、将来にわたり公訴を提起しない旨を確約したものであって、これによって、いわゆる刑事免責が付与されたものとして、Cらの証言が得られ、本件嘱託証人尋問調書が作成、送付されるに至ったものと解される。」とした。
同判決は,いわゆる刑事免責が付与されたものと解した対象として検事総長及び東京地方検察庁検事正の各宣明を挙げており,最高裁判所の宣明については,前記の経緯の部分で,検事総長の確約が遵守される旨の宣明をしたと認定している。

3 証拠能力を否定した理由

同判決は,刑事免責の制度を,「自己負罪拒否特権に基づく証言拒否権の行使により犯罪事実の立証に必要な供述を獲得することができないという事態に対処するため、共犯等の関係にある者のうちの一部の者に対して刑事免責を付与することによって自己負罪拒否特権を失わせて供述を強制し、その供述を他の者の有罪を立証する証拠としようとする制度」と説明した。
同判決は,「我が国の憲法が、その刑事手続等に関する諸規定に照らし、このような制度の導入を否定しているものとまでは解されないが、刑訴法は、この制度に関する規定を置いていない。」とした。
そして,この制度を採用するかどうかは,「これを必要とする事情の有無、公正な刑事手続の観点からの当否、国民の法感情からみて公正感に合致するかどうかなどの事情を慎重に考慮して決定されるべきものであり、これを採用するのであれば、その対象範囲、手続要件、効果等を明文をもって規定すべきものと解される。」とした。
同判決は,国際司法共助の過程で獲得された証拠についても,「我が国の刑訴法等の関係法令にのっとって決せられるべきもの」であり,別異に解すべき理由はないとした。
結論として,同判決は,「我が国の刑訴法は、刑事免責の制度を採用しておらず、刑事免責を付与して獲得された供述を事実認定の証拠とすることを許容していないものと解すべきである以上、本件嘱託証人尋問調書については、その証拠能力を否定すべきものと解するのが相当である。」とした。

4 大野正男裁判官の補足意見

大野正男裁判官は,嘱託証人尋問は受託国である米国で合法とされる手続で実施されたものであり,捜査資料の収集手続として重大な違法があるものということはできないとした。
その上で,同裁判官は,「捜査の端緒ないし捜査資料の収集として右のごとき嘱託証人尋問をし得るということと、その結果得られた資料を我が国の刑事裁判上事実認定の証拠とすることができるということとは別個の問題であり、異なった観点からの考察が必要である。」とした。
同裁判官は,証拠としての許容性を否定する理由として,我が国で認められていない制度によって得られた資料を採用することが公正の観念に反することと,被告人の反対尋問権及び対審権の保障の面で問題があることの2点を挙げた。
後者について,同裁判官は,証人らが来日の意思を有せず,我が国の法廷で被告人及び弁護人が反対尋問をする機会がないことは「嘱託した当時からあらかじめ明らかであったのである。」と述べた。

5 判決後の国会の質疑

平成7年2月23日の衆議院予算委員会で,則定衛法務省刑事局長は,この判断を「深刻な問題の提起がなされたというふうに受けとめておる」とし,「場合によりますと法律上の手当てを要するのではないかという問題を含めて、慎重に検討していかなければならない問題であろうと思っております。」と答弁した。
同年3月17日の参議院法務委員会で,高橋最高裁判所刑事局長は,一,二審は嘱託証人尋問調書の証拠能力を肯定しており,最高裁判決は刑事免責の制度を採用していないことを理由にこれを否定したと答弁した。

第6 平成28年改正による刑事免責制度

1 刑事訴訟法157条の2・157条の3

平成28年法律第54号(刑事訴訟法等の一部を改正する法律)は,平成28年6月3日に公布された。
e-Gov法令検索の改正履歴に掲載された同法による改正後の条文を確認すると,平成28年12月1日施行の段階の刑事訴訟法には「これらを証人に不利益な証拠とすることができないこと」という文言がなく,平成30年6月1日施行の段階の刑事訴訟法にはこの文言がある。
刑事訴訟法157条の2第1項は,検察官は,証人が刑事訴追を受け,又は有罪判決を受けるおそれのある事項についての尋問を予定している場合であって,必要と認めるときは,あらかじめ,裁判所に対し,当該証人尋問を一定の条件により行うことを請求することができると定める。
その条件の1つは,「尋問に応じてした供述及びこれに基づいて得られた証拠は、証人が当該証人尋問においてした行為が第百六十一条又は刑法第百六十九条の罪に当たる場合に当該行為に係るこれらの罪に係る事件において用いるときを除き、証人の刑事事件において、これらを証人に不利益な証拠とすることができないこと。」である(同項1号)。
もう1つは,「第百四十六条の規定にかかわらず、自己が刑事訴追を受け、又は有罪判決を受けるおそれのある証言を拒むことができないこと。」である(同項2号)。
同条2項は,裁判所は,この請求を受けたときは,尋問事項に証人が刑事訴追を受け,又は有罪判決を受けるおそれのある事項が含まれないと明らかに認められる場合を除き,当該証人尋問を同項各号の条件により行う旨の決定をするものとすると定める。
同法157条の3は,証人が証言を拒んだと認める場合に,それ以後の証人尋問を同じ条件により行うことを検察官が請求できることを定める。
同法146条は,「何人も、自己が刑事訴追を受け、又は有罪判決を受ける虞のある証言を拒むことができる。」と定めている。

2 昭和51年の措置との対比

最高裁判所大法廷平成7年2月22日判決が認定した昭和51年の措置は,検事総長らが証人らに対し「将来にわたり公訴を提起しない旨を確約したもの」であった。
これに対し,刑事訴訟法157条の2の条文は,裁判所の決定によって,証言及びこれに基づいて得られた証拠を証人に不利益な証拠とすることができないこととするものであり,公訴を提起しないことを定めるものではない。
岡垣刑事局長は,昭和51年8月4日の答弁で,証拠禁止の考え方を「それによって出た証拠はその人には不利に使わないというユース・イミュニティー」と説明していた。
平成27年6月19日の衆議院法務委員会で,林眞琴法務省刑事局長は,刑事免責制度について,「裁判所の決定によりまして、証言及びこれに基づいて得られた証拠が証人自身の刑事事件において不利益な証拠とされないという免責を付与することによりまして、証人に対して、本来、自己負罪拒否特権の対象となる事項についても証言を義務づけるという制度でございます。」と説明した。
同局長は,同年5月20日の同委員会で,同じ改正で設けられた合意制度(刑事訴訟法350条の2以下)と刑事免責制度は「全く別個の制度」であり,刑事免責制度は「協議、合意といった要素は含んでおりません。」と答弁した。
合意制度では,検察官がする行為の1つとして「公訴を提起しないこと。」が掲げられている(刑事訴訟法350条の2第1項2号イ)。

第7 関連記事

最高裁判所裁判官会議の議事録
最高裁判所裁判官会議議事録の不開示範囲-令和8年度(最情)答申第14号
最高裁判所判事の裁判以外の職務―裁判官会議,長官所長会同,憲法週間の視察,外国出張,判例委員会及び宮中行事
最高裁判所長官は裁判で一番強いのか-大法廷・小法廷,裁判官会議及び事務総局との関係
歴代の最高裁判所長官-就任・退任,前職,指名内閣及び国民審査
最高裁判所事務総局刑事局の事務分掌
検察庁法14条に基づく法務大臣の指揮権―一般的指揮と個別事件の指揮
政府答弁書は裁判所を拘束するか―質問主意書への答弁書が判決で使われた裁判例
警察及び検察の取調べ-録音録画・苦情申入れ・検面調書・黙秘権
共犯者を同じ弁護士が弁護する場合の利益相反――国選・私選の違いと対応

第8 出典・参考資料

1 法令

①刑事訴訟法(e-Gov法令検索)146条,157条の2,157条の3,226条,228条,248条,321条,350条の2
②裁判所法(e-Gov法令検索)12条

2 裁判例

①東京高等裁判所昭和62年7月29日判決(昭和59年(う)第263号,高裁判例集40巻2号77頁,裁判所ウェブサイト)
②最高裁判所大法廷平成7年2月22日判決(昭和62年(あ)第1351号,刑集49巻2号1頁,裁判所ウェブサイト)
③東京高等裁判所平成17年2月9日判決(平成16年(ネ)第3752号,高裁判例集58巻1号13頁,裁判所ウェブサイト)

3 国会会議録

①衆議院ロッキード問題に関する調査特別委員会第15号(昭和51年7月15日)発言番号97,同99,同101
②参議院ロッキード問題に関する調査特別委員会閉会後第16号(昭和51年7月21日)発言番号114,同116
③衆議院ロッキード問題に関する調査特別委員会第19号(昭和51年7月29日)発言番号63,同64,同191,同193,同195,同204,同205,同207,同214,同216
④参議院ロッキード問題に関する調査特別委員会閉会後第20号(昭和51年8月4日)発言番号159,同160
⑤衆議院ロッキード問題に関する調査特別委員会第4号(昭和51年10月15日)発言番号2(法務大臣の中間報告)
⑥衆議院法務委員会第9号(昭和53年3月22日)発言番号20,同21
⑦衆議院予算委員会第17号(平成7年2月23日)発言番号102
⑧参議院法務委員会第7号(平成7年3月17日)発言番号19
⑨衆議院法務委員会第6号(平成7年4月11日)発言番号165,同168
⑩衆議院法務委員会第15号(平成27年5月20日)発言番号27
⑪衆議院法務委員会第25号(平成27年6月19日)発言番号15

4 文献

①山本祐司『最高裁物語(下巻)』(講談社+α文庫,1997年)222頁ないし227頁

5 調査範囲

国会会議録は,令和8年9月27日に国会会議録検索システムの検索用APIで,「宣明」「局付」「嘱託」「藤林益三」「嘱託尋問」「刑事免責制度」等の語と期間を指定して検索し,該当する発言の前後を会議単位で確認した。
裁判例は,同日に裁判所ウェブサイトの裁判例検索で裁判年月日により検索し,判決の全文を確認した。
第一審の東京地方裁判所の昭和53年12月20日付け決定は,裁判所ウェブサイトの裁判年月日による検索では表示されず,その内容は控訴審判決,大法廷判決及び国会答弁に現れた範囲で記載した。
最高裁判所宣明書の原本と,昭和51年7月の裁判官会議の議事録のうち不開示とされた部分(議事の過程)は確認していない。
同書の記述は,該当頁を画像で確認した上で,帰属を明示して用いた。