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第1 本記事の対象と結論の要旨
1 対象と射程
本記事は,信託銀行が「遺言信託」の名称で提供する役務のうち,当該信託銀行が遺言執行者となる部分の費用対効果を対象とし,弁護士に遺言執行を依頼する場合と対比する。
対象とする信託銀行は,三菱UFJ信託銀行,三井住友信託銀行,みずほ信託銀行及びりそな銀行である。いずれも「遺言信託」又は同種の名称の商品の手数料を公表しており,本記事の手数料に関する記述はその公表手数料表に依拠する。
遺言代用信託(民事信託・家族信託を含む信託法上の信託)は本記事の対象ではない。両者は名称が似るが法的性質を異にするため,第1の3で区別する。
2 結論の要旨——遺言執行は弁護士への依頼を第一に検討すべき
(1) 費用の差
信託銀行の遺言執行報酬には最低報酬額が設定され,遺言書保管開始時の基本手数料(33万円から110万円)が別に発生する。
最低報酬額は,本記事で確認した範囲で33万円から165万円と幅があるが,最低報酬額の低いプランほど基本手数料が高く設定されているから,実質的な下限は「基本手数料+最低報酬額」の合計で見る必要がある。
この合計は,本記事で確認した範囲で121万円から187万円である。弁護士の遺言執行報酬は自由化されており,最低額を設ける事務所が多いものの,公表されている料金例や日本弁護士連合会のアンケート結果を見る限り,上記の合計を下回る例が多い(第5の2)。したがって,遺産が単純で高額でない事案では,弁護士に依頼する方が費用を抑えられることが多い。
(2) 対応できる範囲の差
費用以上に重要なのが,対応できる範囲の差である。相続人間に紛争が生じた場合,信託銀行は遺言執行者への就職を辞退し又は辞任することがある。争訟性のある事務は弁護士法72条により弁護士でない者が業として扱えないためと考えられる。就任前に既に法的紛争が生じ,遺言執行業務の遂行が著しく困難と認められる場合に信託銀行が遺言執行者に就任しないことは,日本弁護士連合会と信託協会の協議会合意書に定められており,一部の信託銀行の商品説明にも就職の辞退や辞任に関する定めがある(第2の3)。これに対し,弁護士に依頼すれば,遺言の作成段階から関与し,紛争が予想される場合には,誰を遺言執行者とし弁護士がどの立場で関与するかをあらかじめ設計しておくことで,遺留分侵害額請求や遺言の効力をめぐる紛争への対応まで見据えることができる。もっとも,弁護士が自ら遺言執行者に就任した場合は,職務の中立性から,後に一部の相続人の代理人となることが弁護士会の懲戒との関係で制約される(第6の2)。この制約を踏まえた関与の設計ができることも,作成段階から弁護士が関与する意義である。
専門家の関与が最も必要となる紛争局面で信託銀行が退く可能性がある一方,弁護士はその局面こそを本来の業務とする。この差は,遺言執行者の選択において決定的な意味を持ち得る。
(3) 信託銀行の利点との対比
もっとも,法人である信託銀行は遺言者に先立って死亡・引退しないなどの利点も指摘される。本記事は,これらの利点が弁護士への依頼で代替できるかを含めて対比し(第6・第7),判断の材料を提供する。
3 用語——「遺言信託」は信託法上の信託ではない
(1) 「遺言信託」の実体
信託銀行の「遺言信託」は,商品の名称に「信託」を含むが,信託法上の信託ではない。実体は,遺言書作成の相談,公正証書遺言の保管,及び遺言執行という役務を組み合わせたものである。信託協会も,遺言信託を「信託銀行等が遺言書作成の相談から、遺言書の保管、そして遺言書の執行まで相続に関する手続きをサポートするサービス」と説明し,同協会の「よくあるご質問(Q&A)」では,一般に金融機関の「遺言信託」は信託法上の信託契約ではなく,遺言作成・保管・執行に関するサービスであるとしている。
みずほ信託銀行はこの役務を「遺言執行引受予諾業務」と称しており,名称自体が,商品の中核が遺言執行の引受けにあることを示している。
(2) 通常の遺言との違いと金銭信託の併用
したがって,「遺言信託」を利用しても,通常の公正証書遺言を作成し,執行者を定めることを超える特別の法的効果が生じるわけではない。商品の中核は,財産の管理・承継のために信託の仕組み(受託者への財産移転や受益権の設定)を用いるものではなく,この点で遺言代用信託とは異なる。
もっとも,同じ信託銀行が,遺言によって設定する金銭信託を別の商品として併売しており,これを組み合わせる場合には,遺言公正証書の中に信託の設定に関する条項が置かれ,信託法上の信託が成立する。
この場合の信託報酬は遺言執行報酬とは別に発生するから,費用を比較するときは両者を分けて数える必要がある(第4の4)。役務の内容が通常の遺言作成・執行と同質であるならば,その担い手として弁護士と信託銀行のいずれが適するかは,費用と対応範囲によって判断することになる。
銀行サービスとしての「遺言信託」,信託法上の遺言による信託及び遺言代用信託の違いについては,「遺言信託」で整理している。
第2 信託銀行が遺言執行を担える法的根拠とその限界
1 兼営法1条1項4号による併営業務
(1) 併営業務の認可
銀行その他の金融機関が信託業務を営むことは,金融機関の信託業務の兼営等に関する法律(兼営法)1条1項が内閣総理大臣の認可を要件として認めている。同項は営むことができる業務を列挙し,その4号に「財産に関する遺言の執行」を掲げる。信託銀行が遺言執行者となり得るのは,この併営業務の認可に基づく。
(2) 財産に関する遺言の執行に限られること
条文が「財産に関する遺言の執行」と限定していることは,業務範囲を画する上で重要である。みずほ信託銀行の商品説明も「お引き受けできる遺言執行の範囲は、法律により財産の処分・相続に関するものに限られています」と述べ,遺言の内容によっては引き受けられない場合があるとする。認知(民法781条2項)や推定相続人の廃除(民法893条)のように,財産処分にとどまらない執行を要する事項は,信託銀行の業務範囲に含まれないと解される。信託協会も,信託銀行等は身分行為に関する遺言執行を行うことができないと説明している。弁護士にはこのような業務範囲の限定はない。
2 弁護士法72条による限界——紛争になれば扱えない
(1) 弁護士法72条と兼営法の関係
弁護士法72条は,弁護士又は弁護士法人でない者が,報酬を得る目的で「訴訟事件、非訟事件……その他一般の法律事件」に関して鑑定・代理・仲裁・和解その他の法律事務を取り扱うことを業とすることを禁じ,ただし書で「この法律又は他の法律に別段の定めがある場合」を除くと定める。信託銀行の遺言執行は,兼営法という「他の法律」の定めによって適法に行い得るが,その範囲は同法が認めた「財産に関する遺言の執行」にとどまる。
(2) 紛争性のある事務は扱えないこと
相続人間で遺言の効力や遺産の帰属が争われ,あるいは遺留分侵害額の請求(民法1046条)がされて紛争性のある事務の処理が必要になった場合,その代理・和解等は弁護士法72条が弁護士に留保する法律事務に当たり得る。信託銀行はこれを業として扱えないため,紛争局面では対応の限界に直面する。相続に紛争は珍しくなく,遺留分の問題は多くの遺言で潜在的に存在する。信託銀行を選ぶことは,この限界をあらかじめ抱え込むことを意味する。
3 就職辞退・辞任という帰結と依頼者の負担
(1) 日弁連と信託協会の協議会合意書
日本弁護士連合会と社団法人信託協会が平成6年2月22日付けで調印した協議会合意書(自由と正義1994年5月号87頁~88頁)は,第三2で「信託銀行は、財産に関する遺言書であっても、遺言執行者就任前にすでに法的紛争が生じており、遺言執行業務を遂行することが著しく困難と認められる場合には、遺言執行者に就任しない。」と定める。
また,同第一2は,顧客の財産に関して本人と推定相続人その他の者との間で現に法的紛争があり,又は法的紛争を生じる蓋然性が極めて高いと認められる場合には,信託銀行は遺言書作成の相談に応じないとする。
合意書の本文と成立の経緯は,「日弁連と信託協会の協議会合意書(平成6年2月22日付)」に掲載している。
(2) 各信託銀行の商品説明
信託銀行側の説明にも,この限界に対応する定めが見られる。信託協会は,相続開始時の事情の変化等により遺言執行が法令上又は事実上著しく困難であると認められる場合には,信託銀行等が遺言執行者への就任を辞退することがあると説明している。みずほ信託銀行は,相続開始後「遺言執行が著しく困難な場合は、遺言執行者への就職を辞退させていただくこともあります」と明記する。
同行は,あわせて「遺言執行の対象となる財産については、遺言の内容にしたがって当行が執行できる範囲に限らせていただきます」とも明記しており,就職の辞退に至る前の段階でも,財産ごとに執行を引き受けるか否かが分かれることを示している。りそな銀行は,執行を辞退する場合に精算費(本記事で確認した額で16万5000円)を申し受けるとし,辞退があり得ることを前提とした料金を設けている。同行の商品概要説明書は,推定相続人との間で現に紛争を生じている案件や紛争を生ずる可能性が高い案件など,案件の内容によっては受託できない場合があるとしている。三菱UFJ信託銀行は,就職通知の発送後に遺言執行者を辞任することを家庭裁判所が認めた場合の報酬(相続財産目録の交付前で33万円等)を定めている。
(3) 就職の辞退と辞任の違い
遺言執行者に指定された者は,就職を承諾する前であれば就職を辞退することができ,この段階では家庭裁判所の許可を要しないと解される。
これに対し,就職を承諾した後は,正当な事由があるときに家庭裁判所の許可を得て任務を辞することができるにとどまる(民法1019条2項)。
なお,利害関係人から相当の期間を定めて就職を承諾するかどうかを確答すべき旨の催告を受けた場合に,その期間内に相続人に対して確答しないときは,就職を承諾したものとみなされる(民法1008条)。
(4) 後任の遺言執行者と二重の費用負担
信託銀行が辞退・辞任しても,後任の遺言執行者が当然に置かれるわけではない。
遺言に予備的な遺言執行者の定めがなければ,利害関係人の請求により家庭裁判所が遺言執行者を選任することができ(民法1010条),その報酬は家庭裁判所が定めることができる(民法1018条1項本文)。
信託銀行の報酬基準によるとする遺言の定め(第7の4③)は,家庭裁判所が選任した遺言執行者には及ばないと考えられ,選任された遺言執行者の報酬も遺言の執行に関する費用として相続財産の負担となる(民法1021条)。
遺言執行者を置かずに相続人が手続を進めることもあり得るが,紛争が生じれば,その対応は弁護士に依頼することになる。
この場合,信託銀行に支払った基本手数料(三菱UFJ信託銀行,みずほ信託銀行及びりそな銀行は,中途解約時にも返還しないとしている)に加えて,後任の遺言執行者の報酬や弁護士費用が重ねて生じ得る。
紛争が予想される事案で信託銀行を選ぶことは,二重の費用負担につながるおそれがある。
はじめから弁護士に依頼していれば,この重複は避けられる。
辞退と辞任の区別,後任の確保及び費用の比較については,「信託銀行に遺言執行者を辞退・辞任してもらう方法-相続開始後のメリット・デメリット」で整理している。
第3 遺言執行者の職務・報酬・費用の枠組み
1 職務の内容と権限
(1) 相続人への通知と財産目録の交付
遺言執行者は,就職を承諾したときは直ちに任務を行わなければならず,任務開始時に遅滞なく遺言の内容を相続人に通知しなければならない(民法1007条1項・2項)。また,遅滞なく相続財産の目録を作成して相続人に交付する義務を負う(民法1011条1項)。
(2) 遺言執行者の権限
遺言執行者は,遺言の内容を実現するため,相続財産の管理その他遺言の執行に必要な一切の行為をする権利義務を有し,遺言執行者がある場合には遺贈の履行は遺言執行者のみが行うことができる(民法1012条1項・2項)。特定財産承継遺言があるときは,対抗要件を備えるために必要な行為をすることができ,対象が預貯金債権であるときは払戻しの請求及び一定の場合の解約の申入れをすることができる(民法1014条2項・3項)。
もっとも,この民法1014条2項から4項までの規定は,施行日(令和元年7月1日)前にされた特定の財産に関する遺言に係る遺言執行者によるその執行については適用されない(平成30年法律第72号附則8条2項)。
古い遺言に基づく執行では,預貯金の払戻しや解約について民法1014条3項の明文の根拠を用いることができないから,遺言中に払戻し・解約の権限を定める条項があるかどうかを含め,遺言の作成時期と内容を確かめる必要がある。
特定財産承継遺言と遺贈との違い,特定財産承継遺言に係る遺言執行者の権限及びこの経過措置については,「相続させる遺言と特定財産承継遺言――違い,効力,登記及び遺言執行者の権限」で整理している。
平成30年法律第72号による改正により,遺言執行者がその権限内で遺言執行者であることを示してした行為は相続人に対して直接に効力を生ずることが明文化された(民法1015条)。
(3) 作業量を左右するもの
これらの規定から分かるとおり,遺言執行者の中核的な作業は,相続人への通知(相続人の人数に対応する),財産目録の作成(財産の件数に対応する),及び名義変更・払戻し・解約(口座や不動産の件数に対応する)である。作業の分量は,遺産の評価額ではなく,関係者や財産の件数に対応して増減する。
2 報酬の決まり方(民法1018条)
(1) 遺言の定めが優先すること
遺言執行者の報酬について,民法1018条1項は,家庭裁判所が相続財産の状況その他の事情によって定めることができるとしつつ,ただし書で「遺言者がその遺言に報酬を定めたときは、この限りでない」とする。遺言に報酬の定めがあれば,その定めが優先する。
(2) 信託銀行の料金表も交渉の対象となること
信託銀行の最低報酬額や料率も,法が一律に定めた金額ではなく,遺言者と信託銀行との契約に基づき遺言に定める報酬として機能するにすぎない。弁護士の報酬も同様に自由化されており,遺言に定めておくことができる。いずれも当事者が設定する価格である以上,最低報酬額の有無や算定方法を含めて比較・交渉することができる。信託銀行の定型的な料金表を所与とする必要はない。
(3) 家庭裁判所が選任した遺言執行者の報酬
家庭裁判所が選任した遺言執行者の報酬については,「家庭裁判所が選任した遺言執行者の報酬の目安-現行法と旧基準」で,現行法上の決定方法,考慮要素及び旧日弁連基準の位置付けを整理している。
3 費用の負担(民法1021条)と復任(民法1016条)
(1) 執行費用は相続財産の負担
遺言の執行に関する費用は相続財産の負担とするが,これによって遺留分を減ずることはできない(民法1021条)。遺言執行時に生じる信託銀行の報酬も,遺言執行に関する費用として相続財産から支弁されるのが通常であり,最終的には相続人が取得する遺産を減少させる。
(2) 復任と司法書士・税理士への委任
遺言執行者は,自己の責任で第三者にその任務を行わせることができる。ただし,遺言者が遺言に別段の意思を表示したときはその意思に従う(民法1016条1項)。信託銀行が遺言執行者となる場合も,不動産の相続登記は司法書士が,相続税の申告は税理士がそれぞれ行い,これらの士業に対する報酬・登録免許税は,各行の説明によれば信託銀行の報酬とは別に相続人の負担とされる(第4の1)。すなわち,信託銀行の報酬は,これらの専門業務そのものの対価ではなく,執行事務の遂行と各専門家との調整に対する対価である。弁護士に依頼する場合も登記・税務は各士業に委ねるが,弁護士は遺留分等の法的紛争を自ら処理できる点で,調整の対価に見合う範囲がより広い。
(3) 復任に関する経過措置
民法1016条について注意を要するのは,改正の経過措置である。復任を原則自由とする現行の同条は,令和元年7月1日以後にされた遺言に係る遺言執行者に適用され,同日前にされた遺言については改正前の規定(遺言執行者は,やむを得ない事由がなければ第三者にその任務を行わせることができないが,遺言者がその遺言に反対の意思を表示したときはこの限りでないとするもの)による(平成30年法律第72号附則8条3項)。古い遺言に基づく執行では,やむを得ない事由の有無と,遺言に復任を認める定めがあるかどうかによって,復任の可否が決まる。
第4 「遺言信託」の手数料構造
1 署名時・保管中・執行時の三層と別途実費
各信託銀行の手数料は,おおむね次の三つの層と,別途の実費とで構成される。
(1) 署名時の基本手数料
署名時の基本手数料(取扱手数料)は,遺言書の保管を開始する時に支払う。三菱UFJ信託銀行(2019年10月1日現在)は,初期費用を抑える「30万円型」で33万円,総費用を抑える「100万円型」で110万円とする。三井住友信託銀行は,執行コースの基本手数料をプランⅠで33万円,プランⅡで88万円とする。みずほ信託銀行(2025年10月1日現在)は,プラン30で33万円,プラン100で110万円とする。りそな銀行は,執行基本コースの取扱手数料を33万円,執行オプションコースを88万円とする。
(2) 保管料と変更手数料
保管期間中は,年間保管料(管理料)が発生する。三菱UFJ信託銀行は年5500円,三井住友信託銀行・みずほ信託銀行・りそな銀行は年6600円である(いずれも消費税込み。プランにより無料となる場合がある)。遺言書の変更手数料は,三菱UFJ信託銀行・三井住友信託銀行・みずほ信託銀行が5万5000円,りそな銀行が11万円である。
(3) 別途の実費
これらとは別に,公正証書の作成に係る公証人手数料,不動産の相続登記に係る登録免許税及び司法書士報酬,相続税の申告・準確定申告に係る税理士報酬,各種証明書の取得費用などは,相続人の負担となる。みずほ信託銀行は,これらの実費について司法書士・税理士から直接請求がある旨を明記している。基本手数料や執行報酬は,これらの実費とは別に発生する信託銀行固有の費用である。
2 最低報酬額と算定基礎
(1) プランごとの最低報酬額
遺言執行時の報酬は,遺産の評価額に逓減的な料率を乗じて算定され,最低報酬額が設定されている。最低報酬額は,基本手数料を33万円とするプラン(初期費用を抑えるプラン)を基準にすると,三井住友信託銀行(プランⅠ)及びみずほ信託銀行(プラン30)で110万円,りそな銀行(執行基本コース)で121万円,三菱UFJ信託銀行(30万円型)で165万円である。
これに対し,基本手数料を厚く払って総額を抑えるプランでは,最低報酬額は低くなる。
三井住友信託銀行(プランⅡ)及びみずほ信託銀行(プラン100)で33万円,りそな銀行(執行オプションコース)で66万円,三菱UFJ信託銀行(100万円型)で77万円である。
(2) 比較すべきは「基本手数料+最低報酬額」の合計
もっとも,これは基本手数料が88万円から110万円へ上がることの裏返しであるから,比較すべきは「基本手数料+最低報酬額」の合計である。
この合計は,三井住友信託銀行で121万円,みずほ信託銀行で143万円,りそな銀行で154万円,三菱UFJ信託銀行で187万円となる。
りそな銀行は,どちらのコースでも取扱手数料と最低報酬額の合計額が同じである旨を自ら明示している。
この最低報酬額の存在が,費用対効果を大きく左右する。遺産の内容が単純で,執行の実作業が少ない場合であっても,最低報酬額を下回る請求はされないからである。弁護士の報酬にも最低額を設ける例は多いが,本記事で確認した公表料金例では,その額はいずれも信託銀行の「基本手数料+最低報酬額」の合計を下回っていたから,単純な事案では,弁護士に依頼する方が低い報酬で足りることが多い(第5の2)。
(3) 算定基礎の評価方法
算定基礎にも留意を要する。各行とも,遺言執行報酬の算定基礎を消極財産すなわち債務を控除する前の積極財産とする点は共通するが,評価の方法は一律ではない。三菱UFJ信託銀行は「相続税評価額による執行対象財産額」とし,課税価格の特例等により減額される前の評価額であること及び債務の額を減額しないことを明示する。みずほ信託銀行は「執行時の積極財産の金額で相続税評価額とします」とする。これに対し,三井住友信託銀行は「当社所定の相続財産評価額(消極財産控除前)」とした上で,不動産は固定資産税評価額,非上場株式は税理士等による評価額の算定がない場合は1株当たりの資本金額に株数を乗じた額,保険契約に関する権利は解約返戻金相当額とする旨を公表している。りそな銀行は,手数料の頁では「当社所定の計算式によります」とするが,商品概要説明書では,債務差引前の相続財産額を基礎とし,不動産は所有権の移転登記申請時における登録免許税の課税標準(固定資産税評価額があるときはその価額),不動産以外の資産は相続税法及び財産評価基本通達による評価額(各種特例の適用前)によるとしている。債務を控除しない額を基礎とするため,債務がある事案では,実質的な取得額に比して報酬が高くなる。加えて,不動産の評価を相続税評価額によるか固定資産税評価額によるかでも報酬額は変わり得るから,契約前に評価方法を確認する必要がある。
(4) 算定基礎に含まれる財産の範囲
算定基礎となる財産の範囲の表現も一様ではない。三菱UFJ信託銀行は前記のとおり「執行対象財産額」を,りそな銀行は「遺言執行対象財産の相続財産額」を基礎とするのに対し,三井住友信託銀行は「相続・遺贈財産に係る当社所定の相続財産評価額」,みずほ信託銀行は「相続財産の価額」としている。信託銀行が自ら執行しない財産(執行の対象外とされた財産や,他の遺言執行者が執行する財産)が算定基礎に含まれるかは,約定書の文言によって分かれ得る。
(5) 自行グループ預かり資産の優遇料率
なお,各行とも自行グループに預けられた資産の部分には低い料率(0.33パーセント又は0.3パーセント)を適用しており,資産を当該グループに集約している顧客ほど料率面で有利になる仕組みを採る。裏を返せば,グループ外の資産が中心の遺産では,料率面の恩恵は乏しい。
3 中途解約・辞退時の費用
(1) 基本手数料の不返還
三菱UFJ信託銀行,みずほ信託銀行及びりそな銀行は,基本手数料(取扱手数料)を契約の中途解約の場合でも返還しない旨を手数料表に定めており,三菱UFJ信託銀行及びみずほ信託銀行は変更手数料についても同様とする。遺言者が存命中に方針を変えて解約しても,これらの銀行では支払済みの基本手数料は戻らない。三井住友信託銀行の公表する手数料の頁にはこの点の記載が見当たらないから,契約書面で確認する必要がある。
(2) 中途解約金と精算費
三菱UFJ信託銀行の「30万円型」では,保管期間中の中途解約金として22万円が設定されている。りそな銀行の精算費(16万5000円)は,中途解約の場合のほか,信託銀行が執行を辞退する場合にも支払うものとされている(執行基本コースのみの設定であり,執行オプションコースには設定がない)。なお,三菱UFJ信託銀行の中途解約金も「30万円型」のみの設定で,「100万円型」では申し受けないとされている。中途解約金や精算費の有無はプランによって異なるから,どのプランを選ぶかによって,途中でやめたときの負担も変わる。信託銀行の側の事情で執行に至らなかった場合にも費用が生じ得る点は,契約前に確認すべき事項である。
4 遺言に付随する金銭信託の信託報酬
(1) 遺言で設定する金銭信託
信託銀行の「遺言信託」は,第1の3で述べたとおり,それ自体は信託法上の信託ではない。
もっとも,同じ信託銀行が,遺言によって設定する金銭信託を別の商品として併売している。
三菱UFJ信託銀行の「特約付き金銭信託[パーソナルトラスト]」は,商品概要において「契約書または遺言により信託設定します」と明示し,最低受託単位を原則3000万円以上,信託契約期間を原則30年を上限とし,受益権は譲渡又は質入れをすることができないとする。
遺言によって信託を設定する場合には,遺言公正証書の中に信託の設定に関する条項が置かれることになる。
(2) 信託報酬の額と支払時期
この場合の信託報酬は,遺言執行報酬とは別に発生する。
公表されている信託報酬表によれば,管理報酬は,信託元本(想定)額が5000万円未満で220万円,5000万円以上7500万円未満で4.4パーセント,7500万円以上1億円未満で330万円,1億円以上で3.3パーセントである(いずれも消費税込み)。
遺言により信託を設定する場合の支払時期は二つに分かれ,遺言作成時に,信託元本想定額に信託報酬率(消費税抜き)を乗じた額の3分の1(10万円単位に切上げ)に消費税を加えた額を支払い,遺言執行時(信託設定時)に残額を支払う。
信託設定後は毎年10月1日に13万2000円が信託元本から引き落とされ,受益者の死亡に伴う受益者変更時には33万円がかかる。
遺言作成後の財産価格の変動により遺言執行時の額が既払額を下回った場合には,遺言執行時の管理報酬は徴収しないとされている。
(3) 前払分は返還されないこと
費用対効果の観点で重要なのは,遺言作成時に支払った管理報酬について,「遺言が取り消された場合および信託期間中に信託が終了した場合でも払い戻しされません」と公表されていることである。
遺言を撤回した場合も,信託の設定後に信託期間の途中で信託が終了した場合も,この前払分は戻らない。
基本手数料の不返還(第4の3)と同じ負担が,信託報酬についても生じる。
(4) 3000万円で設定した場合の負担
最低受託単位である3000万円で信託を設定した場合,設定までの管理報酬は合計220万円で,信託元本の約7パーセントに当たる。
これに毎年13万2000円が信託期間中加算される。
これらは遺言執行報酬(第4の2)とは別枠であるから,遺言執行と金銭信託の両方を同じ信託銀行に委ねる場合には,双方を合算して費用対効果を判断する必要がある。
第5 費用対効果の比較
1 試算の前提と方法
(1) 試算の前提
費用対効果を検討するため,信託銀行に支払う費用(基本手数料と遺言執行報酬の合計)を,遺産額ごとに試算する。以下の金額は,各行が公表する料率表(原典)に基づき本記事が計算したものであり,公表された確定額ではない。
前提は次のとおりである。遺産は当該信託銀行グループ外の預金・不動産等(各行の料率表で自行グループ預かり資産の優遇料率の対象外とされる財産。以下「その他の財産」という)とし,最も総額の小さいプランを選んだものとする。年間保管料,及び全ての選択肢に共通して発生する実費(登録免許税・司法書士報酬・税理士報酬・公証人手数料)は含めない。これらの実費は,弁護士に依頼する場合も相続人自身が執行する場合も同様に発生するため,選択肢間の差を見るには除外するのが相当だからである。
各行の料率表は消費税の内外の表示が揃っていない(三菱UFJ信託銀行は料率が消費税抜きで最後に1.1を乗じる方式,三井住友信託銀行及びみずほ信託銀行は消費税込みの表示)ため,消費税込みに揃えて計算した。
(2) 遺産額ごとの試算結果
| 遺産額(その他の財産) | 信託銀行に支払う費用の試算(最も安いプラン。基本手数料+執行報酬) |
|---|---|
| 3000万円 | 約121万円から187万円(いずれも最低報酬額が適用される水準) |
| 5000万円 | 約121万円から187万円(最低報酬額又はこれに近い水準) |
| 1億円 | 約187万円から約204万円 |
| 3億円 | 約396万円から約418万円 |
上記は本記事が各行の公表料率から計算した概算であり,実費・保管料を含まない。実際の額は財産構成,適用プラン,特別執行報酬の有無等により異なる。
2 比較の結果
(1) 弁護士の公表料金例
弁護士の遺言執行報酬は,平成16年4月1日に弁護士会の報酬基準が廃止されて以降,各事務所が自由に定めており,一律の基準はない。公表されている料金例を見ると,基本料金に遺産額の一定割合を加える形が多く,遺産額の小さい区分に固定額を置くなどして最低額を設ける事務所が多い。もっとも,その最低額は,本記事で確認した範囲では,着手金等を含めても33万円(消費税込み)前後のものが多く,いずれも信託銀行の「基本手数料+最低報酬額」の合計(121万円から187万円)を下回っていた。
(2) 日本弁護士連合会のアンケート結果
また,日本弁護士連合会が平成20年11月に実施したアンケートでは,定型的な遺言書で,評価額の総額が5000万円の遺産(不動産,預金及び株券)について,遺言書を作成した弁護士が遺言執行者にもなる場合の遺言執行手数料として,20万円前後から100万円前後までの回答が合計91.8パーセントを占めていた(「アンケート結果にもとづく市民のための弁護士報酬の目安(2008年度アンケート結果版)」22頁)。遺言書作成の手数料が別に生じることを考慮しても,これは,第5の1の試算で同じ5000万円の遺産について信託銀行に支払う費用(約121万円から187万円)をおおむね下回る水準である。ただし,これらは各事務所が公表する料金例や過去の調査結果であって,統一された相場ではないため,個別の見積りによる確認を要する。
(3) 相続人自身が執行する場合
相続人自身が遺言執行者となる場合(遺言で相続人の一人が指定される場合を含む),専門家報酬は生じず,実費のみで足りることがある。全財産を一人に相続させる(又は包括して遺贈する)といった単純な遺言では,執行の作業も限定的である。
(4) 総合的な評価
以上を総合すると,遺産が単純で高額でない事案,特に最低報酬額が張り付く1億円以下の帯域では,信託銀行の費用は,弁護士に依頼する場合や相続人自身が執行する場合に比べて高くなりやすい。もっとも,遺産が大きくなるほど信託銀行の料率は逓減するから,遺産額が大きい帯域では,弁護士の料金体系によっては差が小さくなり,又は信託銀行の方が低くなることもある。費用の面からは,弁護士への依頼が合理的な選択となる事案が多いと考えられる。
3 作業量は遺産額に比例しない
信託銀行の報酬が遺産の評価額を基礎とする一方,遺言執行の実作業は,第3の1で述べたとおり,相続人への通知(人数),財産目録の作成(件数),名義変更・払戻し・解約(口座・不動産の件数)に対応して増減する。同じ1億円でも,一つの不動産と一つの預金口座だけからなる遺産と,多数の口座・有価証券・複数の不動産からなる遺産とでは,作業量が大きく異なる。
評価額を基礎とする定率的な算定は,作業量と乖離し得る。高額だが単純な遺産では,作業量に比して報酬が過大になりやすい。この乖離が,費用対効果の観点から信託銀行の遺言執行が割高になりやすい構造的な理由である。作業量に応じた報酬設定を交渉しやすいのは,定型商品を持たない弁護士の側である。
第6 弁護士に依頼する利点——信託銀行の限界との対比
1 遺言作成から執行・紛争対応までの一貫性
弁護士に依頼する最大の利点は,遺言の作成,執行,及び相続をめぐる紛争への対応を,同一の受任者が一貫して担える点にある。第2で述べたとおり,信託銀行は「財産に関する遺言の執行」に業務が限られ,紛争性のある事務を扱えないため,遺留分侵害額請求(民法1046条)や遺言の効力を争う訴訟が生じれば,別途弁護士に依頼せざるを得ない。
弁護士であれば,遺言の内容と背景事情を作成段階から把握しているため,紛争が生じても事情の再説明を要さず,紛争対応へ移行しやすい(ただし,弁護士が自ら遺言執行者に就任した場合の制約について第6の2で述べる)。窓口が一つで済むことは,相続人にとっての負担軽減にもつながる。
遺留分侵害額請求の期限と手続については,「遺留分侵害額請求の期限と手続―内容証明・交渉・調停・訴訟・必要書類」で整理している。
2 遺言執行者と相続人代理人の利益相反という制約とその設計
(1) 懲戒例のある制約
弁護士に依頼する場合に留意すべき制約がある。遺言執行者に就任した弁護士が,相続人間の紛争において一部の相続人の代理人(訴訟・調停・交渉の代理人)となることは,職務の中立性を損なうものとして問題とされ,弁護士職務基本規程が定める職務を行い得ない事件(同規程27条・28条)に当たり得るとして,弁護士会の懲戒処分を受けた例がある。この問題については,単位弁護士会の懲戒例が多数蓄積している。
(2) 関与の形の設計
もっとも,これは弁護士に依頼すること自体の難点ではなく,関与の形を設計することで対応できる。紛争が予想される事案では,弁護士が自ら遺言執行者に就任せず,特定の相続人の代理人となる立場をとることや,遺言執行者の代理人(民法1016条1項の復任による)として関与することが考えられる。誰を遺言執行者とし,弁護士がどの立場で関与するかを作成段階から設計できるのは,定型商品を持たない弁護士の側の利点である。詳細は,遺言執行者が特定の相続人の代理人をしたことに関する,弁護士会の懲戒例を参照されたい。
(3) 相続法改正後の取扱い
なお,令和元年7月1日施行の改正相続法により,遺留分侵害額の請求は遺留分侵害額に相当する金銭の支払を求めるものとされた(民法1046条1項)ため,遺留分をめぐる争いが遺言の執行そのものに影響する場面は従来より少なくなった。もっとも,遺言執行者が一部の相続人の代理人となることの可否についての弁護士会の取扱いは,現時点では従前と変わらないとみられ,遺言執行が完了しているか否かにかかわらず,兼務は差し控える対応が安全と考えられる。
3 紛争を予防する遺言設計
弁護士は,遺言の作成段階で,将来の紛争を見据えた設計をすることができる。遺留分を侵害しない配分の検討,特定財産承継遺言(民法1014条2項)と遺贈の使い分け,予備的遺言執行者の指定,執行者の報酬・復任に関する条項の整備などである。これらは,定型的な商品として遺言信託を提供する信託銀行では対応しにくい部分である。
遺言をめぐる紛争は,執行段階での対応よりも,作成段階での予防によって回避できることが多い。作成から関与する弁護士は,この予防の局面で機能する。誰を遺言執行者とするか(弁護士自身か,第三者か)も,この予防設計の一部である(第6の2)。
4 最低報酬と算定基礎の柔軟性
第4で述べたとおり,信託銀行の報酬には最低報酬額が設定され,算定基礎は債務控除前の積極財産とされている。これに対し,弁護士の報酬は自由化されており,公表されている料金表では最低額を設けて遺産額を基礎とする例が多いものの,個別の協議により,最低報酬額を設けないことも,作業量や実際の取得額(債務控除後)を基礎とする定め方も可能である。
報酬を遺言に定めておけばその定めが優先する(民法1018条1項ただし書)から,遺言者は,弁護士と協議して,事案の実態に見合った報酬条項を設けることができる。定型の料金表を基本とする信託銀行に比べ,費用設計の柔軟性が高い。
5 継続性という利点への対応
(1) 弁護士法人の利用
信託銀行を推す理由として,法人であるため遺言者に先立って死亡・引退せず,長期の保管と確実な執行が期待できる点が挙げられることがある。もっとも,遺言執行者に資格の制限はほとんどなく,欠格事由は未成年者及び破産者に限られる(民法1009条)から,法人を執行者とすること自体は弁護士に依頼する場合でも可能である。弁護士は,弁護士法人(弁護士法30条の2)を設立することができ,弁護士法人を遺言執行者に指定すれば,個人の弁護士に生じ得る継続性の問題に対応できる。
(2) 遺言書の長期保管
また,遺言書の長期保管については,公証役場が公正証書遺言を保管し,自筆証書遺言についても法務局の保管制度(自筆証書遺言書保管制度)が利用できる。
法務局における保管の手続と,保管された遺言書について検認が不要となる仕組みについては,「自筆証書遺言書保管制度―法務局の保管手続と検認不要のメリット」で整理している。
(3) 公正証書のデジタル化と保管の主体
なお,2025年10月1日から公正証書の作成手続がデジタル化され,公正証書は原則として電磁的記録により作成・保存されることとなった。
これに伴い,従来の「正本」「謄本」は書面で作成される公正証書を指す用語となり,電磁的記録で作成される公正証書については「公正証書正本情報」「公正証書証明情報」,これらを書面に出力したものについては「同一事項証明書面」「全部事項出力書面」という呼称が用いられる。
公正証書遺言の原本,正本等及び謄本等の違いと,これらを請求できる者については,「公正証書遺言の原本,正本等及び謄本等―電子化後の違いと請求できる人」で整理している。
保管の主体が公証役場であることに変わりはない。保管の確実性を理由に信託銀行を選ぶ必要性は,必ずしも高くない。予備的な遺言執行者を定めておけば,指定した執行者が欠けた場合にも対応できる。
第7 依頼者への説明と実務上の留意点
1 事情聴取事項
遺言執行者の選択を助言するに当たっては,少なくとも次の事項を聴取することが有用である。
① 推定相続人の人数・関係,及び相続人間に対立の兆候があるか(紛争の可能性は,弁護士への依頼を選ぶ大きな要素となる)。
② 遺産の構成(不動産・預貯金・有価証券の別,件数,概算評価額),及び債務の有無・額。
③ 資産を特定の金融機関グループに集約しているか(グループ内資産の低料率が適用され得るか)。
④ 遺言の内容が財産の処分・承継に限られるか,認知・廃除等を含むか。
⑤ 執行者の担い手となり得る相続人・親族がいるか,いない場合に中立の第三者を要するか。
⑥ 既に信託銀行と契約している場合は,そのプラン・基本手数料・保管料・執行報酬の料率及び最低報酬額,解約・辞退時の費用。
2 信託銀行の利点は弁護士で代替できるか
(1) 弁護士による代替
信託銀行の利点として挙げられる継続性・中立性・ワンストップの調整は,いずれも弁護士への依頼で相当程度代替できる。継続性は弁護士法人の利用や予備的執行者の指定で,中立性は利害関係のない弁護士の選任で,調整は執行から紛争対応までを担える弁護士の一貫受任で対応できる。
(2) 信託銀行が選択肢となり得る場面
他方で,信託銀行が積極的な選択肢となり得る場面が全くないわけではない。相続人が全く存在しない又は極めて疎遠で,執行の担い手も相談相手も身近にいない場合や,遺言者が信託銀行の店舗網・信用力に強い安心を求める場合には,信託銀行の利用も一つの選択肢である。もっとも,その場合でも,最低報酬額・辞退時の費用・紛争時に別途弁護士が必要となり得ることを説明した上で,費用に見合うかを個別に判断すべきである。
3 遺言書における執行者・報酬・復任・予備執行者の定め方
(1) 報酬の定め
遺言執行者の報酬は,遺言に定めればその定めが優先する(民法1018条1項ただし書)。弁護士を執行者とする場合も,報酬の算定方法を遺言に明記しておくことで,執行段階での紛議を避けやすい。
(2) 復任の定め
復任については,遺言に別段の意思を表示することができる(民法1016条1項ただし書)。執行者が第三者に任務を行わせることを認めるか否か,認める場合の責任の所在を,遺言者の意向に沿って定めておくことが考えられる。令和元年7月1日前にされた遺言では改正前の規定が適用されるため,古い遺言を見直す際には,この点を含めて条項を確認することが有用である。
(3) 予備的な遺言執行者
また,指定した執行者が就職を辞退・辞任する場合に備え,予備的な遺言執行者を定めておくことも検討に値する。予備的な定めがないまま,指定された者が就職を承諾しない場合等には,利害関係人の請求により,家庭裁判所が遺言執行者を選任することができる(民法1010条)。
4 信託銀行と契約する前に確認すべき事項
信託銀行の「遺言信託」を利用しようとする場合,又は既に契約している場合には,少なくとも次の事項を,公表資料ではなく実際に交付される契約書面で確認しておく必要がある。
(1) 執行の対象となる財産(①・②)
① 遺言執行の対象となる財産の範囲。みずほ信託銀行が「遺言執行の対象となる財産については、遺言の内容にしたがって当行が執行できる範囲に限らせていただきます」と公表しているとおり,信託銀行は財産ごとに引受けの可否を判断する。財産の一覧について,どれが執行の対象となり,どれが対象外となるかを,契約前に財産ごとに明示してもらうこと。
② 執行の対象外となった財産を誰が執行するか。遺言に包括的な条項を置いて執行対象外の財産をまとめて承継させる場合には,その取得者自身を当該財産の遺言執行者に指定する条項が置かれることがある。この場合,遺言執行者を信託銀行に指定したつもりでも,一部の財産については相続人が自ら執行することになる。執行の対象外となった財産が信託銀行の報酬の算定基礎に含まれるかも,約定書の文言で確認すること(第4の2)。
(2) 報酬・費用の定めと負担(③~⑥)
③ 報酬の定めがどこにあるか。遺言公正証書には報酬の金額を記載せず,別に差し入れる約定書の報酬基準を参照する方式が用いられることがある。この場合,遺言書だけを見ても報酬額は分からないから,約定書及び報酬基準の写しの交付を受け,遺言書とあわせて保管すること。また,関連する商品の契約に伴う割引の定めがあるときは,その要件と,割引制度の廃止後も既存の約定に適用されるかを確認すること。例えば,三菱UFJ信託銀行は,資産承継プランニングの依頼又は見直しに伴って遺言信託を申し込む者について,取扱手数料を申し受けず,執行報酬を規定額から30パーセント又は40パーセント割り引く制度を公表していたが,2018年7月2日現在の告知でその廃止等を案内し,既存の契約の扱いには触れていない。
④ 報酬・費用を誰が,どの財産から負担するか。執行費用と執行報酬を,換価される金融資産の取得者に負担させ,その換価代金から随時支出することができるとする条項が置かれることがある。不動産を取得する相続人と金融資産を取得する相続人とで実質的な負担が偏らないかを検討すること。
⑤ 登記費用・公租公課の負担者。相続登記の登録免許税等を遺言執行に関する費用に含めるか,現物を取得する者の負担とするかは,遺言の条項によって分かれ得る(第4の1)。
⑥ 信託銀行が作成する財産目録・分割案の試算に何が計上され,何が計上されていないか。信託銀行自身の遺言執行報酬や信託報酬が計上されていない試算では,示された手取額はこれらを控除する前の金額である。評価が難しい財産が0又は空欄のまま計上されていないかもあわせて確認すること。遺言の変更案と同時に作られた試算は,公正証書にならなかった案文を前提にしていることがあるので,相続開始後は,試算の前提となった遺言が実際に作成されたかを確かめ,遺言執行者の指定がない財産や別の者が遺言執行者とされた財産が,執行の対象や報酬の基礎に含まれていないかを確認すること。
(3) 遺留分,辞退・辞任及び金銭信託(⑦~⑨)
⑦ 遺留分に関する説明。信託協会は,信託銀行等が遺言書を作成する段階で,遺言の内容が遺留分を侵害しないよう助言も行っていると説明している。遺留分を侵害する可能性のある遺言とする場合には,その旨の説明を書面で受けているかを確認すること。作成時の試算で遺留分が充足されていても,その後の財産の変動により侵害が生じ得ることに留意すること。
⑧ 就職辞退・辞任の要件とその場合の費用。辞退・辞任があり得る場合の要件,既払の基本手数料・変更手数料が返還されるか,辞退時に別途の精算費が生じるかを確認すること(第2の3・第4の3)。
⑨ 金銭信託を併用する場合の信託報酬(第4の4)。遺言作成時に支払う前払分があること,及びそれが遺言の撤回の場合にも信託の途中終了の場合にも返還されないことを確認すること。遺言による信託では,受益者に指定された者は当然に受益権を取得するが(信託法88条1項本文),受託者に対する意思表示によりこれを放棄することができる(同法99条1項本文)。また,受託者に指定された信託銀行が,利害関係人から信託の引受けをするかどうかの確答を催告されて期間内に確答しないときは,遺言執行者の場合(民法1008条)とは逆に,引受けをしなかったものとみなされる(信託法5条2項)。受益権の放棄や引受けの拒絶があった場合に前払分がどう扱われるかも,あわせて確認すること。
(4) 消費税と証人(⑩・⑪)
⑩ 消費税の内外。料率表の数値が消費税込みか消費税抜きかは各行で異なるから,比較の際は必ず揃えること。
⑪ 証人を誰が務めるか。公正証書によって遺言をするには証人2人以上の立会いが必要であり(民法969条1項1号),実務上は信託銀行が証人を用意することが多い。証人の欠格事由は,未成年者並びに推定相続人及び受遺者並びにこれらの配偶者及び直系血族等を定める民法974条によるが,2025年10月1日施行の改正により新設された民法969条3項は,遺言公正証書の証人について公証人法35条3項(嘱託事項について利害関係を有する者等の欠格事由)の適用を明文で除外している。したがって,遺言執行者に指定される信託銀行の従業員が証人となることも,条文上は妨げられない。
(5) 商品説明から読み取りにくい事項
これらのうち①②③④⑥は,公表されている商品説明からは読み取りにくく,契約書及び遺言の条項を実際に確認しなければ気づきにくい。
信託銀行に依頼するか弁護士に依頼するかを判断する前に,これらの点を明らかにしておくことが有用である。
第8 結論を左右する不確実な要素と追加確認事項
本記事の結論は,次の要素によって左右され得る。
第一に,手数料の額・料率は各信託銀行が随時改定する。本記事は各行が公表する現在の手数料表(三菱UFJ信託銀行は2019年10月1日現在,みずほ信託銀行は2025年10月1日現在の表示)に依拠しており,助言の時点で最新の表を確認する必要がある。
基準日の表示が数年前のまま据え置かれている表もあるから,見積りの際は最新の交付書面で確認する。
また,公証人手数料令は2025年10月1日に改正されているため,公証人手数料も改正後のものによる。
第二に,弁護士の報酬も自由化されており,事務所ごとに大きく異なる。弁護士に依頼する方が安いとは限らず,比較は具体的な見積りを取得して行うのが確実である。
第三に,本記事の費用試算は,遺産を「その他の財産」とし,実費・保管料を除外した概算である。グループ内資産の割合,特別執行報酬の有無,財産構成の複雑さによって実際の額は変動する。
なお,信託銀行の遺言執行報酬の高低それ自体を過大・不当と判断した裁判例は,本記事の調査の範囲では確認できなかった。報酬は遺言又は契約の定めによって確定するため(民法1018条1項ただし書),額をめぐる争いが訴訟に至りにくい構造にあると考えられる。個別事案で執行者の選択が問題となる場合には,当該契約の条項と,執行事務の内容,紛争の可能性に照らして検討することを要する。
第9 出典・参考資料
1 法令・会規
①民法(明治29年法律第89号)781条2項,893条,969条1項1号・3項,974条,1007条,1008条,1009条,1010条,1011条,1012条,1014条,1015条,1016条,1018条,1019条,1021条,1046条(e-Gov法令検索。平成30年法律第72号による改正前の1016条1項は令和元年6月30日時点の版)
②民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律(平成30年法律第72号)附則8条2項・3項(e-Gov法令検索の民法の頁に改正附則として収録)
③弁護士法(昭和24年法律第205号)30条の2,72条(e-Gov法令検索)
④金融機関の信託業務の兼営等に関する法律(昭和18年法律第43号)1条1項4号(e-Gov法令検索)
⑤信託法(平成18年法律第108号)5条2項,88条1項,99条1項(e-Gov法令検索)
⑥公証人法(明治41年法律第53号)30条,35条3項,43条1項2号・3号,44条1項2号・3号(e-Gov法令検索)
⑦公証人法施行規則(昭和24年法務府令第9号)33条,36条2項(e-Gov法令検索)
⑧弁護士職務基本規程(平成16年11月10日会規第70号)27条,28条(日本弁護士連合会)
2 行政機関及び日本公証人連合会の資料
①自筆証書遺言書保管制度(法務省)
②2025年10月1日から公正証書の作成手続がデジタル化されます!(日本公証人連合会)
③2025年10月1日から公正証書の手数料が変わります。(日本公証人連合会)
3 金融機関・業界団体の資料
①遺言信託[遺心伝心]費用について(三菱UFJ信託銀行。2019年10月1日現在)
②遺言信託[遺心伝心]お手続きの流れ(三菱UFJ信託銀行)
③特約付き金銭信託[パーソナルトラスト]商品概要(三菱UFJ信託銀行。2019年10月1日現在)
④資産承継プランニングのご案内(割引制度)(三菱UFJ信託銀行。Internet Archive Wayback Machineによる2017年10月2日の保存版)
⑤遺言信託[遺心伝心]、資産承継プランニングの手数料等改定について(三菱UFJ信託銀行。2018年7月2日現在)
⑥遺言信託 手数料(三井住友信託銀行)
⑦遺言執行引受予諾業務(みずほ信託銀行。2025年10月1日現在)
⑧遺言信託の手数料(りそな銀行・埼玉りそな銀行)
⑨商品概要説明書-遺言信託-(りそな銀行。2025年7月1日現在)
⑩遺言信託(一般社団法人信託協会)
⑪よくあるご質問(Q&A)(一般社団法人信託協会)
4 弁護士会の資料
①アンケート結果にもとづく市民のための弁護士報酬の目安(2008年度アンケート結果版)(日本弁護士連合会,2009年8月)
5 山中弁護士ブログの関連記事
①遺言信託
②日弁連と信託協会の協議会合意書(平成6年2月22日付)
③信託銀行に遺言執行者を辞退・辞任してもらう方法-相続開始後のメリット・デメリット
④相続させる遺言と特定財産承継遺言――違い,効力,登記及び遺言執行者の権限
⑤家庭裁判所が選任した遺言執行者の報酬の目安-現行法と旧基準
⑥遺留分侵害額請求の期限と手続―内容証明・交渉・調停・訴訟・必要書類
⑦遺言執行者が特定の相続人の代理人をしたことに関する,弁護士会の懲戒例
⑧自筆証書遺言書保管制度―法務局の保管手続と検認不要のメリット
⑨公正証書遺言の原本,正本等及び謄本等―電子化後の違いと請求できる人
⑩遺言執行者が指定されている場合の相続人の注意点――処分禁止,通知請求権及び解任手続